プロローグ

4月。

今日は私立愛和学院、高等部の入学式。
体育館で式を終えて教室に戻り、今は一人ずつ自己紹介をする時間だ。

───ドキ

二つ隣の列の少し後ろの席、立ち上がった女の子の顔を見て心臓が一つ高鳴る。

「…中瀬久莉奈です。神奈川の〇〇中学出身です。よろしくお願いします。」

…神奈川?〇〇中学?

みんなが部活の事や趣味の事も話したりする中、彼女は淡々と最低限の事だけ話して席に着いた。
整った顔立ち…端的に言えば好みの顔をしたその子、『中瀬さん』の表情はどこか暗い。
他の生徒の自己紹介中、顔を上げることはなく視線は自分の机に落とされている。
神奈川から来たなら知り合いもいないだろうし、緊張しているんだろうか。
…にしては、表情が暗すぎるように思える。
もしかして、名古屋に来たくなかったんだろうか。
それに〇〇中学って、あいつと同じだよな…。

色んな事が気になってしまい、俺は彼女から目が離せなくなる。

「次!おーい、次!」
「…えっ?」

後ろの席の奴に背中をツンツンと突かれて、俺は自分の番が回ってきていることにようやく気付いた。
前に向き直ると、先生が呆れた顔でこちらを見ている。

「お前の番だぞ。初日からボケーっとしてんなよー。」

クラス内のあちこちから、小さくクスクスと笑い声が聞こえる。
俺ははにかんで、頭をポリポリ掻きながら立ち上がる。
その時に教室内を見渡しながら、チラリと中瀬さんの方を見る。
他の奴と同じように俺を見て笑っているのを少し期待したが、こちらを見ることすらなくさっきと同じまま。
だけど、その姿が却って俺の心にこびりついた。

「すいませーん…えっと、諸星大です。愛和学院中等部出身。中学ではバスケ部でした。高校でももちろんバスケやります。クラスの盛り上げ役は俺が担当するんで、よろしくお願いしまーす。」

彼女の視線をどうにか俺に向けさせてみたくなり、敢えて軽く振舞ってみる。
俺の言葉に、またあちこちから笑い声が聞こえる。
席に着く時にまた、チラリと中瀬さんを見る。

───ドキ

また一つ心臓が高鳴る。
さっきと変わりないんだろうなと思っていたのに、今度は俺の顔をジッと見ていたのだ。
パッチリとした目を見開いて、口を少しポカンと開けている。
どうやら彼女は驚いているようだった。
が、俺と目が合うと口をキュッと結んで視線をそらし、前に向き直った。

な、なんだ…?

予想しなかった反応に、何とも言えない気持ちになる。
けど、今まで全く顔を上げなかった彼女がこちらを見てくれたことは、少し達成感があった。

自己紹介が終わり、教科書などが配られたり色々な説明がされたりした後、昼前に下校の時間になった。
帰る前に中瀬さんに話しかけてみようか迷う暇もなく、彼女は鞄と荷物を手にすると一番に教室から出て行ってしまった。

やっぱり、緊張しているからってだけじゃなさそうだよな。
次…話かけてみるか。

中等部からこの学校に通っている俺は、高校入学と言っても校舎と制服が変わるだけ、くらいの気持ちだった。
このクラスは中等部からの内部進学生と、高校からこの学校に入った外部入学生が入り混じっている。
クラスの半数くらいが初めて見る顔で、中瀬さんもその1人。
そんな彼女とのちょっと不思議な出会いで、ようやく新しい生活が始まる事を実感していた。
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