touch My heart

「なぁ…久莉奈。」

諸星と付き合い始めておよそ一ヶ月。
部活が終わった真冬の帰り道、いつもの公園に立ち寄って諸星と話をしていたら、ふと名前を呼ばれた。

「なあに?…あれ?」

普通に返事をしたものの、すぐに違和感に気付く。

「…今」
「どうかしたのか、久莉奈。」

一度目は自然に呼ばれたけど、二度目は強調するように呼ばれた。

…今まで呼ばれたことのない、下の名前を。

私は驚いて、諸星の顔をジッと見つめる。
その諸星は顔を赤くして、私から視線をそらす。

「呼び方…」
「付き合ってるんだし、名前で呼びたいんだけど…ダメか?」

諸星は顔をそらしたまま、視線だけをこちらに向ける。
だんだん恥ずかしくなってきて、今度は私が視線をそらす。

「…いいよ。」
「じゃあ、これからは久莉奈って呼ぶな。」
「う、うん。」

初めて名前を呼ばれて、諸星との距離がより縮まった感じがする。
そのことがなんだかくすぐったくて、諸星の顔が見られない。

「久莉奈もさ…俺の事、名前で呼んでよ。」
「…恥ずかしい。」
「え~呼んでくれよ~。」

私が了承して気が楽になったのか、からかうように拗ねたふりをしながら私の顔を覗き込む。
目が合うと、諸星はいたずらっぽくニッと笑ってみせた。

…ずるい。

「…大、君」

私は諸星の笑顔にとことん弱い。
観念した私は期待の眼差しで見つめる彼から、また顔をそらして小さく呟いた。

「お、君付け。今まで呼び捨てだったのに。」
「…なんか、恥ずかしくて…嫌?」
「そう呼ばれたことないから新鮮だなー。大ちゃんって呼ばれたことはあったけど。」

彼のその一言に、私は引っかかりを感じてしまった。
だって…今だって大ちゃんって呼ぶ人もいるのに、過去形なんだもの。

「それは…今まで付き合った子の話?」
「えっ!?まぁ…うん。いや、でも、友達からも大君って呼ばれたことねぇぞ?」
「…そうなの?」
「うん。…だからさ、大君って呼ぶのは、久莉奈が最初で最後。」
「最後?」
「だって、久莉奈が俺の最後の彼女なんだからさ。」
「えっ!?ま、まだ付き合って一ヶ月なのに、そんな先のことなんてわかんないじゃない…。」
「俺、久莉奈の事、一生離す気ないけど?久莉奈は、いつか俺から離れていくのか?」
「……」

私だって、離れる気なんてない。
叶うなら…ずっと一緒にいたい。

少し悲しそうな表情に胸が痛くなって、思いっきり首を横に振る。

「…だから、俺を大君って呼ぶのは久莉奈だけ。なんか特別感あっていいな!」

彼の笑顔に、過去に囚われて嫉妬してしまった自分がなんだか恥ずかしくなる。

「…元カノの事、気になる?」
「ううん…平気。過ぎたことを気にしても仕方ないもんね。」
「…そっか。」

俯いた私の顔色を窺う彼に、私は小さく微笑み返す。
彼は安堵した様子で、私の手をそっと握ってはにかむ。

「…久莉奈って案外、ヤキモチ焼きなんだな。なんか嬉しい。」
「嬉しいの?」
「だって、それだけ久莉奈に好かれてるってことだろ。」
「…そう、だけど。…めんどくさいとか思わない?」
「そりゃ、限度はあるけどさ、そのくらいなら逆に可愛いぜ?」
「か、可愛いって…。」
「まぁ、久莉奈だから可愛いんだけどな!」

彼はそう言ってニッと笑うと、私の指に自分の指を絡めてギュッと繋ぎ直した。
その言葉に仕草に、かあっと顔が熱くなって、繋いだ手とは反対の手で頬をおさえる。
火照った頬に、手の冷たさが心地良い。

『久莉奈』

心の中で、彼が呼んでくれた私の名前を反芻する。
家族や友達から呼ばれるのとは違う、特別な響き。
彼の言葉は、こんなにも私の心を揺さぶってくれる。

「…大君。」

私は噛みしめるように、好きな人の名前を呼ぶ。

「ん?何?」
「…何でもない。呼びたかっただけ。」
「ははっ、何それ。」

そう言いながらも、大君は嬉しそうに笑ってくれる。
私の言葉がそうさせているということが、とても嬉しかった。
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