0.蒼井咲という人物
気が付いた時、私──
体を包む浮遊感は、プールに浮かんでいる時と似ていると思う。カナヅチな私は浮き輪が無いと沈んでしまうため、よく友達や兄にからかわれたものだ。
ならここは、プールの水面なのだろうか? いや、多分違う。何故なら、私の体は少しづつ浮上していっているからだ。無論、浮き輪なんて持ってはいない。それはきつく目を閉じていても、感触で分かる。
分かる? いや、分かるはずなどない。今の私は五感のいずれも感じられていないのだから。なのに、この浮遊感だけは何故か感じられるのだ。
だから私は、これは夢なのだろうと漠然と思った。これが夢ならば、そこに道理を求め意味が無い。妙に納得してしまった後は、ただ体を包む浮遊感に身を任せるばかりであった。
『────』
誰かの声が聞こえる。霞がかかったようにぼやけていて、誰の声だか、何を言っているのだか、判別はつかない。しかし、それを探ろうとは思わなかった。きっと兄の声だろう。朝に弱い私の一日は、兄に叩き起こされる事から始まるのが通例であった。
ならば、この浮遊──いや、浮上感は夢から覚めようとしている前兆に違いない。早く起きないと、また兄にからかわれる羽目になる。イチ、ニの、サン、で目を開けよう。
起きて、学校に行って、友達と騒いで、授業を受けて、給食を食べて、また授業を受けて。
──イチ。
友達と遊んで、宿題をして、テレビを見て、そしてまた布団で眠りに就くのだ。
──ニの。
今日も楽しい、しかし変わり映えのしないアタリマエを繰り返す一日が始まるのである。
──サン!
『ハッチ、アンロック。環境の変化、有毒物質、危険生物なとに備えてください』
そして、無機質なマシンボイスと共に、私の非日常は唐突にやってきた。
※イラスト:愛渇××様
1/1ページ