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ハヤブサの憧れ


「まいった・・。」

夕暮れが今にも終わろうとしていた。夕日が落ちてゆく空に、大きなドラゴンが悠然と飛ぶ。色は黒。その重々しい見た目とは裏腹に、軽やかに浮遊する。まさにこの世、この空の覇者そのものだ。
アギナと共にドラゴンに乗る人物が、固定紐を握り締め、しきりに下を見下ろしている。赤い髪と赤い翼、野営地で羽梟に叱咤されていた烏炎だ。実は羽梟に乗せられたワイバーンを勝手に降りていた。あれだけの叱声を浴びせられていたにも関わらず、烏炎は隼を探す為に命令に背いていたのだ。お前もか、と唖然と呆けた。直に戦闘が始まるあの場に放って置くこともできず、半ば強引に烏炎と連れてきた。
今頃その事実に気づいた羽梟は、恐ろしく激怒した顔をしていることだろう。

「おい。本当に隼を見つけられるんだろうなアンタ!」
「おいおい、口には気をつけろ。鳥王じゃあるまいし。今探してるだろ。」
「どこがだ!ただ飛んでるだけじゃねぇか!」

 烏炎がドラゴンに乗せられてから随分立っている。だがアギナは一向に探しに出る気配が無い。本人が探すと言い出し、鳥王とも約束を交わしている。それにも関わらず、ドラゴンに跨る男は焦る様子も無い。ドラゴンをゆったり撫でているだけ。
 隼を一刻も早く見つけ出し、無事を確認したい。烏炎の苛立ちはとっくに沸点を超える中、アギナは立場を弁えない烏炎に大人気なく腹を立てる。この場に羽梟やその他が居れば発言も改めていた、かもしれない。

「だから、口に気をつけろって言ってるだろ何様だ!」
「口が悪いのは元からだ、アンタだって口が良いわけじゃないだろ!」
「誰にモノ言ってんのか分かってんのかお前・・」
「知るか!隼を探すのに強引に連れてきたのはアンタだろ!俺は一人で探すつもりだったんだ!」
「てめぇ・・こっから落としてもいいんだぜ。第一、ただ飛んでるだけじゃねぇよ。」
「なら・・!!何故探さない!!アイツに何かあってからじゃ、遅いんだぞ!!」

 鬼気迫る程の烏炎に、はぁとため息一つ。探している子どもの世話役だとは聞いている。彼の必死に探し出したいと言う気持ちも分かる。アギナには隼を探す確実な手段があるのだが、面倒だと相手に説明を怠っていた。流石にこのままでは具合が悪い。アギナは相棒に話しかけた。

「ラ・ドゥーム。子どもの“声”とか聞こえてこないか。」
『ヒロッテイルガ、ソレラシイ声ハナイ。』
「まずいかもな。これしくじったら鳥王に首をお捧げ決定だ。」
『黙レ、キガ散ル。』
「さっきから何を話しているんだ…?」

ラ・ドゥームと呼ばれるドラゴンが口を開く。ドラゴンと会話をしているらしいアギナに、烏炎が疑問を抱く。其れもその筈。烏炎に聞こえるのは、ドラゴンの鳴き声だけだからだ。聞いている限り、ドラゴンとアギナの間には何らかの意思疎通が成されていると分かる。
ドラゴンと龍人は言葉を交わし合える。そう聞いたことのある烏炎だが、実際にそのやり取りを目撃したのは初めてだった。アギナの指示で飛び続けるドラゴン。ずっと何かを探っているようだった。

「こいつに地上の状況を探らせている。」
「探らせてるって、何をだ・・?」
「“声”や“物音”だ。ドラゴンの聴界は広い。その気になれば国の一つ分の範囲内でそれらが拾える。」
「なっ…国一つだと…!?」
「ああ。驚くことじゃねぇ。ドラゴンは自然界の頂点だ。種類にもよるが、コイツは格別だ。」

アギナの褐色の手が、得意げに自身のドラゴンを再び撫でる。ドラゴンの中でも、空を自由に飛べる飛竜こそ、上位の存在。彼曰く、飛竜の知能は人間をも凌ぎ、その寿命は数百程もあるとのことだ。
話す間に、辺はみるみると暗がりへと沈みゆく。流石のアギナも焦燥に駆られた。夜になってしまえば非常にまずい事になる。完全な夜こそ、“奴ら”の思う壷だからだ。“奴ら”は、“目が良い”。

「ヤバイな。手遅れになる前に見つけねぇと…。」
『!』

 ぴくりと、ドラゴンが動きを止めて何かに反応した。翼を上下させその場に留まる。首を動かし、ある一点を見つめて唸った。

「見つけたか!?」
『鳥人ノ子供ガ追ワレテイル。』
「何だと・・!」
「どこだ・・?」
『四時ノ方角、急斜面ヲ降リテイル。龍ガ三人。』
「山頂?おい。来るまでに山とかあったか?」
「山頂・・、あの馬鹿・・。薬山ならある。あるがこの方角ではない・・!」
「薬山・・?ああ、あったなそんなのも。・・・隼って餓鬼は馬鹿か?」

烏炎が言う山には覚えがある。アギナは昔、国を飛び出したアステカと共にこの地を彷徨った。その時の記憶を引き出す限り、確かにこの辺にそんな山など無い。鳥王の子は、見当違いも甚だしい方へと向かったようだ。自身の国の地理感も無いときた。全くどうしようもない餓鬼だ。父親の羽梟も、世話役であるこの烏炎も、さぞかし手を焼いていることだろう。

「・・馬鹿だ。頼む、急いでくれ。あの馬鹿に何かあっちゃならねえんだよ・・!」
「応、ラ・ドゥーム!!行き過ぎた!右に旋回!飛ばせっっ!」

ドラゴンの咆哮が空を震わす。直に失せる夕日を背に速度を上げた。


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