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ハヤブサの憧れ


「(馬鹿な、幼すぎる)」

アギナの前に片膝を付いた黒髪を逆立てた少年。サイナスと言うらしい。
彼はどこからどのように見ても、子どもだ。流石に龍人の子どもとあって体格は良いが、それでもやはり背丈の小さな子どもだ。ソルジャー隊の前列にいたと言うことは、それなりの地位にいると分かる。大人の戦士ばかりの中、この少年の姿は酷く不自然に感じられた。信じられないものを見る羽梟は、ただ目の前のやり取りに顔を歪めた。

「サイナス。聞いての通りだ。俺は龍王の命により、暫定的に鳥王の部下となった。よって、今から俺の持つソルジャーの全指揮権をお前に譲歩する。お前が隊長だ。いいな。」
「…!」

自分の耳を疑う羽梟。この男は今何と言った。隊の指揮権を目の前の少年に託すと確かに発言した。今回の要である隊の指揮を子どもに任せるというのだ。信頼面において、これほどの不安は無い。何を考えているのか、この男は。そう不審がるのも他所に、今しがた指揮権を与えられた少年が動く。

「はっ、承知致しました。王柱(ヘイピラル)の命により、ソルジャー隊の長を務めます。」

幼い声が、幼くもなく返事をする。サイナスはそれだけ言うと、軍に向き直って指示を出し始めた。更に、羽梟は感心を超えて驚愕する。少年からの命令を、全ソルジャー達は何一つ不満がることなく従っているように見えた。少年も少年で、統率者として恙なく、至極正当な指示を出せている。少年であると言う事を除いていれば、有能な人物だと一見で分かる程だった。

「サイナスは頭が良くてな。あいつはまだガキだが、才能がある。戦術も技も統率も能力が高い。でたらめだが、あれは持って生まれたセンスだろうな。洞察力もある。」
「…俄かには信じがたいな。」
「ああ。ムカつくぜ。まぁ、アステカの気に入りだ。俺も保証する。」
「子どもを戦場に出すのか。貴様の国は。」

今の時世らしからぬ光景に吐き気を覚える。自分の子を連れてきてしまっている手前もあるが、隼を戦いに出す気など毛頭無い。子どもを兵士として起用する事は、羽梟の最も望まぬところだった。睨む視線で明らかな不快感を露わにする羽梟に、アギナが含んだ笑みを浮かべた。

「何言ってんだてめぇ。十にもならない歳から戦場で血をかぶっていたくせに、よく言うぜ。てめぇに殺された龍人に聞かせたらどんな顔すんだろうな。俺がガキの頃“梟の羽”は恐怖の象徴とされていたんだぞ。龍が最も恐れた梟さんよ。」
「…………。」

アギナが嫌味ったらしく羽梟を煽ると、羽梟は横目で不愉快だと、更に睨みを深めた。昔と今では時代が違い過ぎる。過去と比べると言うならば、尚の事現代ではありえぬ事だ。

「勘に触ったか?鳥王。」
「貴様に何が分かる。戦いに出たくて出ていた訳ではない。」

羽梟は、物心ついた頃には父親から殺人術を叩き込まれ、毎日のように自分の剣は血を垂らしていた。当時、鳥の国は龍の国からの侵略を受けていた。一日たりとも気の休まらぬ日が続いていたのだ。
鳥人にとって脅威である龍人から国を守る為に、領土に侵入する敵を撃退する日々。羽梟自身、何も考えず、ただ敵を殺す事だけを考え生きていた幼少期がある。そのうっすらと浮かび上がる記憶が、アギナの話しに影響され呼び起こされる。
己の、あのような経験を、今の世代に負わせまいとする信念が。ただただ、怒りと痛みに捩れかけた。
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