ハヤブサの憧れ
夕刻。
援軍に来た龍軍ソルジャー隊が、鳥軍のワルキューレの野営地付近に到着した。現状把握と軍議の準備は既に整っている。約五十人程のソルジャー隊を率いる男が、鳥王羽梟と挨拶にと言葉を交わす。名はアギナと言い、龍王アステカの右腕にあたる人物である。
背丈は二百を優に超える巨漢。黒髪に浅黒い肌の男だ。体は引き締まった筋肉で覆われ、誇示する頑強な身なりはその強さを物語る。戦わずとも、その極限まで鍛え上げられた姿に圧倒される域だった。アギナの、一国の王である羽梟に向ける悪戯な笑みが、その地位の高さとその気質故を露わにしている。
隊列を組む隊を背後に従え、アギナと羽梟は歩を進めた。
「悪い悪い。ちぃーと、遅れた。」
「遅すぎだ馬鹿野郎。…と言いたいとこだがな、龍王からの謝辞は受けた。どうせ議会の奴らが邪魔したんだろ。」
雀から手渡された親書を取り出す。その中身は、援軍の遅延理由とその謝罪文が手短に綴られていた。品のある筆跡が告げるのは、龍の国では使われていない鳥の国の文字。嘗て鳥人の先祖を奴隷としていた歴史のある龍人。その現代の王が、こうしてこちら側の文字で謝罪してくる。荒れる心境も多少は静まると言うものだ。
「ご名答。察しの通りだ。ま、軍の主導権を議会に移したのはアステカ本人だからな。俺たちが派遣に来るだけでも、すんなりとはいかねぇわけだ。結構骨が折れてる。」
「ふん…やりにくいのは何処も一緒か。」
元々親しみやすい表情をしない羽梟が、ため息を漏らすと眉間がさらに寄る。
国王である身であり、かつてはワルキューレとして龍の国と闘った鳥王。鋭い目元は当時の戦士であった時のものと何ら変わらない。そんな羽梟の過去を知るアギナは、嫌味を交えて鼻で笑った。
「うちの王さまも相変わらずだが、お前もだな。」
「…何がだ。」
「ガキの頃見た最悪な目付きだ。まんまじゃねぇか。」
「大きな世話だ。そう言う貴様は無駄にお喋りになったな。なにが“王の柱”だ。地位ある奴には見えん。」
「っははは。違いねぇ。まぁ、そう言うな。仲良くしようぜ。」
羽梟の苦言に気を悪くするでもなく、破顔するアギナ。そう。“王の柱”とは従来から龍王の右腕として王を支え続ける人物の呼称だ。その存在は、王だけの所有であり、王の指示しか受けず、王の為にしか動かない。それがこの男、現“王の柱”、アギナである。羽梟とは互いに幼い頃、ほんの少し見知った関係だった。
「で、だ。俺はあんたの指示に従うように言い付けられてるんだがな、うちの王様からなんか知らせはあったか?」
「ああ。受け取った親書によるとだな・・―
『軍を遅らせた謝礼として、そちらに寄越した“焦げ鼠”を鳥王の部下として好きに使用してもらいたい。今回の件に限り、我が“王の柱”の権限を全て、鳥王に譲歩する。』
―・・・だそうだ。」
「まぁ、想像してた通りだわ。」
自分が仕える王の言い草に、あーあと頭をボリボリ掻き毟る。“焦げ鼠”と言う酷い言われに一つ舌打つ。ともあれ、龍王アステカの命令は絶対だ。彼が現在仕えるべき相手は、目の前の鳥王と言う事になる。
「貴様には俺の指示で龍軍とは別に、単独行動を取ってもらう。勿論異論は無いな。」
「いいぜ。アステカがそう言ってんだ。俺に拒む理由は無い。」
“王の柱”は謂わば全ソルジャーのトップ、能力的にも格別であり特別な存在。“死の森の龍人”よりも有能とされるソルジャーの中で頂点にいる存在。ならば、特別なことに使うに限る。羽梟はそう考えた。
「…見たところソルジャーを統括しているのはお前の様だが、代わりはいるのか?」
「ああ、その辺心配しなくてもいいぜ。」
移動しながら話すのも程々に、野営地が見えた所でアギナは自分の後ろを隊列していたソルジャーを止めた。羽梟は興味深げに龍軍に目を配ると、列の中に幼い少年がいるのに初めて気が付いた。
「サイナス。」
アギナが名を呼ぶと、返事と共にその少年が駆け寄ってきて跪いた。その光景に、羽梟は瞼を上げて心底驚いた。
援軍に来た龍軍ソルジャー隊が、鳥軍のワルキューレの野営地付近に到着した。現状把握と軍議の準備は既に整っている。約五十人程のソルジャー隊を率いる男が、鳥王羽梟と挨拶にと言葉を交わす。名はアギナと言い、龍王アステカの右腕にあたる人物である。
背丈は二百を優に超える巨漢。黒髪に浅黒い肌の男だ。体は引き締まった筋肉で覆われ、誇示する頑強な身なりはその強さを物語る。戦わずとも、その極限まで鍛え上げられた姿に圧倒される域だった。アギナの、一国の王である羽梟に向ける悪戯な笑みが、その地位の高さとその気質故を露わにしている。
隊列を組む隊を背後に従え、アギナと羽梟は歩を進めた。
「悪い悪い。ちぃーと、遅れた。」
「遅すぎだ馬鹿野郎。…と言いたいとこだがな、龍王からの謝辞は受けた。どうせ議会の奴らが邪魔したんだろ。」
雀から手渡された親書を取り出す。その中身は、援軍の遅延理由とその謝罪文が手短に綴られていた。品のある筆跡が告げるのは、龍の国では使われていない鳥の国の文字。嘗て鳥人の先祖を奴隷としていた歴史のある龍人。その現代の王が、こうしてこちら側の文字で謝罪してくる。荒れる心境も多少は静まると言うものだ。
「ご名答。察しの通りだ。ま、軍の主導権を議会に移したのはアステカ本人だからな。俺たちが派遣に来るだけでも、すんなりとはいかねぇわけだ。結構骨が折れてる。」
「ふん…やりにくいのは何処も一緒か。」
元々親しみやすい表情をしない羽梟が、ため息を漏らすと眉間がさらに寄る。
国王である身であり、かつてはワルキューレとして龍の国と闘った鳥王。鋭い目元は当時の戦士であった時のものと何ら変わらない。そんな羽梟の過去を知るアギナは、嫌味を交えて鼻で笑った。
「うちの王さまも相変わらずだが、お前もだな。」
「…何がだ。」
「ガキの頃見た最悪な目付きだ。まんまじゃねぇか。」
「大きな世話だ。そう言う貴様は無駄にお喋りになったな。なにが“王の柱”だ。地位ある奴には見えん。」
「っははは。違いねぇ。まぁ、そう言うな。仲良くしようぜ。」
羽梟の苦言に気を悪くするでもなく、破顔するアギナ。そう。“王の柱”とは従来から龍王の右腕として王を支え続ける人物の呼称だ。その存在は、王だけの所有であり、王の指示しか受けず、王の為にしか動かない。それがこの男、現“王の柱”、アギナである。羽梟とは互いに幼い頃、ほんの少し見知った関係だった。
「で、だ。俺はあんたの指示に従うように言い付けられてるんだがな、うちの王様からなんか知らせはあったか?」
「ああ。受け取った親書によるとだな・・―
『軍を遅らせた謝礼として、そちらに寄越した“焦げ鼠”を鳥王の部下として好きに使用してもらいたい。今回の件に限り、我が“王の柱”の権限を全て、鳥王に譲歩する。』
―・・・だそうだ。」
「まぁ、想像してた通りだわ。」
自分が仕える王の言い草に、あーあと頭をボリボリ掻き毟る。“焦げ鼠”と言う酷い言われに一つ舌打つ。ともあれ、龍王アステカの命令は絶対だ。彼が現在仕えるべき相手は、目の前の鳥王と言う事になる。
「貴様には俺の指示で龍軍とは別に、単独行動を取ってもらう。勿論異論は無いな。」
「いいぜ。アステカがそう言ってんだ。俺に拒む理由は無い。」
“王の柱”は謂わば全ソルジャーのトップ、能力的にも格別であり特別な存在。“死の森の龍人”よりも有能とされるソルジャーの中で頂点にいる存在。ならば、特別なことに使うに限る。羽梟はそう考えた。
「…見たところソルジャーを統括しているのはお前の様だが、代わりはいるのか?」
「ああ、その辺心配しなくてもいいぜ。」
移動しながら話すのも程々に、野営地が見えた所でアギナは自分の後ろを隊列していたソルジャーを止めた。羽梟は興味深げに龍軍に目を配ると、列の中に幼い少年がいるのに初めて気が付いた。
「サイナス。」
アギナが名を呼ぶと、返事と共にその少年が駆け寄ってきて跪いた。その光景に、羽梟は瞼を上げて心底驚いた。