ハヤブサの憧れ
―時は遡ること十五年前―
鳥の国は龍人からの襲撃を受けた。
長き歴史に渡り続いてきた龍と鳥の戦争は終わったのだ。そう誰もが喜びに湧く最中の出来事。その襲撃事実に対し、龍の国は全面否定。国からの攻撃ではなく、“死の森に住む龍人”による侵略攻撃であると声明を出してきた。“死の森に住む龍人”とは、龍の国に住む龍人とは別の龍人だ。国の龍人は彼らを、ガドラ【死の森を這う醜龍の血】と呼び、蔑み、また恐れた。
ガドラが龍の国を攻撃することは幾度もあった。龍の歴史では、《都》と《森》の戦いが絶えず行われてきた。その彼らが、龍の国ではなく鳥の国を攻めた事は、これまでに例を見ぬ事であり、龍・鳥の両国が驚いた。この事態に、龍の国は国家戦闘兵ソルジャーを援軍として鳥の国に派遣。交戦を続けている鳥に加勢に参じた。しかしその対応は、お世辞にも速やかとはとても言えなかった。
「王、龍の国からのソルジャーが本日中に我軍と合流できるそうです。」
「やっとか・・。分かった、引き続き報告をしろ。下がれ。」
「は。」
「……。」
鳥の国の王羽梟は、ソルジャー軍の派遣を渋り続けた龍側に痺れを切らしていた。羽梟には大方の見当が付いていたが、誰の不手際でこんな事態になったのかと、煮え切らないものを抱えていた。本来ならば、この件は龍側が対処すべき事だからだ。
龍の国の対応が遅れたことで、鳥の国の被害は拡大していた。今は、そのソルジャー軍と合流するため、王都から離れた僻遠の地に野営地を設け、待機している。龍と鳥の国境間近。見通しの良い平原にて、ソルジャー隊を待ちわびた。
緊張の緩まぬ最中、羽梟の背後に近寄る気配がある。とたとたと、軽く、幼い音。僅かに聞こえる鎧の音が、今の羽梟には耳障りだった。
「父上。」
「…なんだ。隼。」
羽梟を父と呼ぶ水色の髪と翼の少年が、背後から声をかけてきた。少年はまだやっと十と一歳になったばかりだった。しかし、きっちりと鳥の国のワルキューレ軍の武装をしている。子ども用に作られた真新しい鋼の鎧が、傷一つなく光る。羽梟はわが子の頼りない戦姿を見て、顔を歪めた。
「僕にできることは、僕は何をすればいいですか?」
「お前が役に立てること等無い。大人しく王都に帰れ。」
「い、嫌です。僕だって国を守りたい。ワルキューレとして訓練は受けました。」
「これは訓練ではない。」
父の苛々とした視線が隼に刺さる。だが隼は物おじせずに言い返す。自分にもそれなりの覚悟があって付いてきたのだと訴えるように。
「分かっています。でも僕だって戦えます。だから、」
「野営地で待機。明日王都へ帰還しろ。鳥を用意させる。命令だ。いいな。」
「…、でも。」
「俺は忙しい。二度も言わせるな。」
「……はい。」
父の切って捨てるような言葉に、隼は俯いてその場を去る。羽梟は隼が野営地に向かうのを確認すると、軽く息を吐いた。隼は勝手に隊に交じり、付いてきていたのだ。時間ができ次第、付き人を任せていた人物と共に詰責の時間が必要だろう。
「あなた。」
隼が去るのと同時に、頭上から軽やかな羽音が耳に届く。見上げると、真っ白な怪鳥が降りてきた。人一人が乗れる程度の大きさの鳥の名は、イスカルと言う。イスカルから聞こえた小さな小鳥の鳴き声。チュンチュン。そんなスズメの可愛らしく、耳に心地いい女性の声。
この国の鳥妃である雀(スズメ)が空から現れた。彼女は羽梟の妻だ。小柄ではあるが、少女とは呼ばせぬ彼女が夫に呼びかける。一言も言ってやったことなどないのだが、羽梟は彼女の声が好きだった。
「あの子。私への手紙で、あなたと一緒に戦うんだって言って、凄く喜んでいたのよ。やっぱり男の子ね。本当に来ていて驚いたけれど。」
「…。勝手に付いてきやがったんだ。明日帰るように言ってやった。」
「やっぱり、そうだと思ったわ。全くもうあの子ったら、ちっとも約束を守らないんだから…」
「それよりどうした。雀。」
「あ、そうだったわ。龍王様からの親書よ。すぐに読んで。」
「龍王から?」
羽梟の真横に降り立った雀は、仕事で龍の国へ趣いていた。水色の髪と羽を持つ彼女は、隼の母親だ。そして龍王アステカと友好を持つたった一人の鳥人だ。国を動けない羽梟に代わり、情報を武器に戦争が起こらないよう龍の懐に潜り、国同士の仲を取り持つ。外交が雀の仕事だ。
その雀が、急遽鳥の国に戻った。内密に死守してきた親書と共に。
鳥の国は龍人からの襲撃を受けた。
長き歴史に渡り続いてきた龍と鳥の戦争は終わったのだ。そう誰もが喜びに湧く最中の出来事。その襲撃事実に対し、龍の国は全面否定。国からの攻撃ではなく、“死の森に住む龍人”による侵略攻撃であると声明を出してきた。“死の森に住む龍人”とは、龍の国に住む龍人とは別の龍人だ。国の龍人は彼らを、ガドラ【死の森を這う醜龍の血】と呼び、蔑み、また恐れた。
ガドラが龍の国を攻撃することは幾度もあった。龍の歴史では、《都》と《森》の戦いが絶えず行われてきた。その彼らが、龍の国ではなく鳥の国を攻めた事は、これまでに例を見ぬ事であり、龍・鳥の両国が驚いた。この事態に、龍の国は国家戦闘兵ソルジャーを援軍として鳥の国に派遣。交戦を続けている鳥に加勢に参じた。しかしその対応は、お世辞にも速やかとはとても言えなかった。
「王、龍の国からのソルジャーが本日中に我軍と合流できるそうです。」
「やっとか・・。分かった、引き続き報告をしろ。下がれ。」
「は。」
「……。」
鳥の国の王羽梟は、ソルジャー軍の派遣を渋り続けた龍側に痺れを切らしていた。羽梟には大方の見当が付いていたが、誰の不手際でこんな事態になったのかと、煮え切らないものを抱えていた。本来ならば、この件は龍側が対処すべき事だからだ。
龍の国の対応が遅れたことで、鳥の国の被害は拡大していた。今は、そのソルジャー軍と合流するため、王都から離れた僻遠の地に野営地を設け、待機している。龍と鳥の国境間近。見通しの良い平原にて、ソルジャー隊を待ちわびた。
緊張の緩まぬ最中、羽梟の背後に近寄る気配がある。とたとたと、軽く、幼い音。僅かに聞こえる鎧の音が、今の羽梟には耳障りだった。
「父上。」
「…なんだ。隼。」
羽梟を父と呼ぶ水色の髪と翼の少年が、背後から声をかけてきた。少年はまだやっと十と一歳になったばかりだった。しかし、きっちりと鳥の国のワルキューレ軍の武装をしている。子ども用に作られた真新しい鋼の鎧が、傷一つなく光る。羽梟はわが子の頼りない戦姿を見て、顔を歪めた。
「僕にできることは、僕は何をすればいいですか?」
「お前が役に立てること等無い。大人しく王都に帰れ。」
「い、嫌です。僕だって国を守りたい。ワルキューレとして訓練は受けました。」
「これは訓練ではない。」
父の苛々とした視線が隼に刺さる。だが隼は物おじせずに言い返す。自分にもそれなりの覚悟があって付いてきたのだと訴えるように。
「分かっています。でも僕だって戦えます。だから、」
「野営地で待機。明日王都へ帰還しろ。鳥を用意させる。命令だ。いいな。」
「…、でも。」
「俺は忙しい。二度も言わせるな。」
「……はい。」
父の切って捨てるような言葉に、隼は俯いてその場を去る。羽梟は隼が野営地に向かうのを確認すると、軽く息を吐いた。隼は勝手に隊に交じり、付いてきていたのだ。時間ができ次第、付き人を任せていた人物と共に詰責の時間が必要だろう。
「あなた。」
隼が去るのと同時に、頭上から軽やかな羽音が耳に届く。見上げると、真っ白な怪鳥が降りてきた。人一人が乗れる程度の大きさの鳥の名は、イスカルと言う。イスカルから聞こえた小さな小鳥の鳴き声。チュンチュン。そんなスズメの可愛らしく、耳に心地いい女性の声。
この国の鳥妃である雀(スズメ)が空から現れた。彼女は羽梟の妻だ。小柄ではあるが、少女とは呼ばせぬ彼女が夫に呼びかける。一言も言ってやったことなどないのだが、羽梟は彼女の声が好きだった。
「あの子。私への手紙で、あなたと一緒に戦うんだって言って、凄く喜んでいたのよ。やっぱり男の子ね。本当に来ていて驚いたけれど。」
「…。勝手に付いてきやがったんだ。明日帰るように言ってやった。」
「やっぱり、そうだと思ったわ。全くもうあの子ったら、ちっとも約束を守らないんだから…」
「それよりどうした。雀。」
「あ、そうだったわ。龍王様からの親書よ。すぐに読んで。」
「龍王から?」
羽梟の真横に降り立った雀は、仕事で龍の国へ趣いていた。水色の髪と羽を持つ彼女は、隼の母親だ。そして龍王アステカと友好を持つたった一人の鳥人だ。国を動けない羽梟に代わり、情報を武器に戦争が起こらないよう龍の懐に潜り、国同士の仲を取り持つ。外交が雀の仕事だ。
その雀が、急遽鳥の国に戻った。内密に死守してきた親書と共に。