ハヤブサの憧れ
隼と烏炎は、目の前の光景に呆然とした。二人を背に守りながらの戦闘だったはずだが、敵がこちらに向かって突破してくることはなかった。地に臥す三人の龍人。最初に隼を襲った龍人だけが僅かに意識を保っている。
「ぐ、……う。」
「やっぱ肩慣らしにもならねぇか。」
持ち前の爪は折られ、砕けたそれが其処らに散っている。隼の刀を無造作に破壊したあの龍人の爪が、ソルジャーと言うこの男の前では隼の刀も同然だった。
「つ、強すぎる……。」
敵が倒され、警戒を解いた烏炎が刀を下ろして驚嘆をもらす。龍人の爪を"拳"だけで砕き、体術だけで戦った。鍛えぬかれた身体から繰り出される技は、一撃一撃が重い。それを受ける度に龍人の悲痛な声が上がっていた。背負い投げられ打ち付けられた身体から、幾度か鳴る鈍い音もあった。内蔵を痛めて血を吐く生々しいものもあった。3人掛かりだったにも関わらず、敵の攻撃は男の身体に触れることすら叶わなかった。
このソルジャーと呼ばれる男の強さがどれほどかを示している。
「ま、相手が悪かった。しょーがねーわな。」
「貴様は、何者だ…ただのソルジャー、じゃねぇな…」
「そうだな、そこいらの奴らと一緒にされたら困る。俺は、」
這いつくばる龍人の胸ぐらを掴み上げて引き上げると、軽々と爪先が地から浮いた。双方の力と体格の違いがよく分かる。男は軽く拳を握って、一撃を構えた。
「……く、」
「俺は、"王の柱"(ヘイピラル)だ。」
笑う男の拳が龍人の頬を突く。その衝撃だけで、龍人の身体は後方の城壁まで撃ち飛ばされた。壁に体を叩きつけた龍人は、ずるりと崩れ、そのまま動くことはなかった。
「……………すごい。」
暗闇に慣れた目で、男の強さを目の当たりにした隼。龍人をも凌ぐその強さ、それが"ソルジャー"の力なのかと憧憬に近しい胸の高まりを抱いた。
「おっと、自己紹介が遅れたな。」
手の平をこすり合わせながら、男が振り返って近づいてくる。男に一瞥され、刀を収めた烏炎が身を引いた。腰を抜かした状態の隼の前に、大きな男が胡坐をかいてどっしり座り込んできた。遠目でも男の影は大きいと感じていたが、目の前となると、更に巨大だった。
男が懐から何かを取り出すと、握られた手からは小さな光が漏れている。大きな手が開くとき、暗闇を払うように淡い灯りが膨らんでいく。
胡座で腰を落とした男を見上げる隼には、気の良い男の笑みがあった。灯りで分かったことがある。黒髪に、深い褐色の肌に、龍人の金の瞳に長い耳。襲ってきた龍人から助けてくれたのは、龍人だった。
「助けに来るのが遅くなって悪かった。お前は鳥の国の王、鳥王羽梟の第一子、隼。で間違いないな?」
「…はい、僕が隼です。」
「俺はアギナ。龍人の国家守護戦闘兵、ソルジャーを統轄する者だ。そして、龍王アステカの"王の柱"だ。」
隼は聞いたことがあった。確か、父である羽梟が口にしていたことを思い出す。"王の柱"とは、龍の国で頂点に立つ王に寄り添う、たった一人の、最強の、王のソルジャー。
龍の国最強の戦士が、自分の目の前にいた。
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