正義の翼
正義の翼
現鳥王である羽梟がまだ十八歳であった頃、鳥の国は龍の国との戦いに奮闘していた時代である。
その頃の鳥王は、羽梟の父親である鷹目が王座についていた。
前王、父鳥王鷹目は執拗に龍にワルキューレ兵をぶつけていた。当時の龍王ナスカが鳥への侵略行為を止めても、鳥の勢いは収まるところを見せず、次第に国は財政圧迫されていった。そのたび重なる戦争行為により疲弊し、壊れていった鳥の国。龍への憎しみで暴君と化してしまった父王は、国民に“兵”となることを強いた。男は元より女子どもまで、全国民に武器を持たせ、龍の国を滅ぼさんと盲進した。
膨大な武器と防具に国の全資産に注ぎ込み、食料は国民から取り上げ、病人や重傷者、赤子、老人、それらは“無価値”とされ、“排除”された。
その有様はまさに、残虐非道のもの。
国王が国民を盾に使い、戦地で殺し、使えぬと分かれば切捨て殺した。
国民は国王の奴隷にされたのだ。
かつて、鳥人は龍人の奴隷であった。逃げのびて独立国となってからも龍からの侵略は続き、統率者無しには弱く、希望を持てぬ国だった。そのため鳥の国の王は皆、国民を愛し、育み、守ってきた。国民も王を愛し、尊んだ。
それがどうだ、狂王鷹目一世にして王は民の恐怖となり、民は王の道具となった。
鷹目の狂気は凄まじく、国民の精神を蝕み、国をも破滅の道を歩み辿らせていた。
なんとか王の目から逃れ隠れ住むものたちはいたが、皆飢えと病に苦しんだ。
国は廃れ、かつて元気に走り回っていた子どもは皆痩せ倒れ、食料の奪い合いなどで治安も悪化の一途を辿った。
そんな国の実状を目の当たりにした鷹目の子、羽梟は心に受けた痛烈な衝撃を隠しきれなかった。
― このままでは、近い未来にこの国は滅ぶ ―
そう確信を持ち、今まで正しいと信じてきた父の動向に異議を唱え、進軍を阻止せんと幾度にもわたって父に進言した。
しかし、鷹目は聞く耳を待たず、龍への進軍を止めなかった。また、鷹目は従わぬ者を即切り捨てにかかるため、実の子である羽梟であってもそれは例外ではなかった。
そのため、羽梟は反鷹目派のワルキューレ青年を中心とした、“正義の翼”を秘密裏に結成。
進軍に強制連行された国民の中にも倒れる者、病に伏す者、死亡者が次々と出始め、もはや一刻の猶予もなかった。
「“狂王”鷹目を討つ。」
実の父親である鷹目を討つことを決意していた羽梟は、同志達を集めた。
「すでに父にはどんな言葉も届かない。“義鳥軍”との戦いは避けられない。」
義鳥軍は、父 鷹目が龍の殲滅を目的に作ったもので、主に鷹目の思想に賛同する鳥人戦闘部隊ワルキューレが指揮していた。しかし、その下の兵士の大半が国民だった。強制連行され、初めて武器をもたされた国民達。そのほとんどは王に怯えて従っているにすぎず、戦える者などまともにいなかった。おおよそ“軍”などとは決して呼べるものではない。龍人の国家守護戦闘兵“ソルジャー”に刃が立つわけがない。だが鷹目はその“義鳥軍”で龍の国を攻めると言うのだ。乱心しているとしか言えない父に、羽梟は民の命を救うべく動いた。
「父の過ちは俺が正す。民を救う為に、未来の鳥の国の為に、俺と共に戦ってくれ。」
命の保証はできない。一瞬の迷い、一瞬の後悔が死を招く。決心の付かない者は命を大切にしろ。そう羽梟は続けたが、その場に集った者たちの中で、誰一人としてその場を去るものはいなかった。
“鳥の国に未来を”その羽梟の想いに共感し、羽梟と共にあることを誓った若い鳥人達。
今の病み、壊れた国を、その未来を夢見る想いも、愛しさも、全ての道を羽梟に託し、同じ道をついていくと決めた者達。
“生きる”も“死ぬ”も、“この王”と共になら何も恐れも悔いも無い。
羽梟の言葉を、希望に満ちた眼差しで聞き入れる若者達。
勝機はまだ掴めてさえもいなかったが、皆臆することなく前を向いていた。
「俺が王になる。“共に生きさせてくれ”」
絶対者の王でも、権力者の王でも、独裁者の王でもなく、ただ一人の同じ生きる者として“共に生きさせてくれ”と。そんな羽梟の想いに、王への恐怖で震えていた心が、次第に解けていった。
破滅に向かう国の復興など、途方も無いように感じられた。それでも、“この王”とならば、“また”王と共に歩んでゆける国になると誰もが心に感じていた。
「俺が先導を切る、誰も死ぬな。血は“捧げるもの”ではない。“活かすもの”だ。」
未来の為に、愛する国の為に、生きて新たな命を生み、育て、希望を継がせていかなければならない。この国を取り戻す。この国を再生させる。この国を死なせはしない。
「行くぞ。未来に。」
羽梟の宝刀“朱雀”が鞘から抜かれ、未来を掴む輝きを放った。
その後
― “正義の翼”は、“龍からの援軍”を得、“義鳥軍”への奇襲に成功。鷹目のワルキューレを降伏させ、解放を願う民を奪還、狂王鷹目を討った。新鳥王の誕生は、国に新たな一歩を歩ませた ―
「ふ~ん。」
王の書斎。黙々と書類に目を走らせながら、筆の羽を揺らしてサインし続ける羽梟。休むことなく王務をこなす父。羽梟から少し離れた場所で、勝手に自分の場所を作って読書をする鴻。鴻はよく、断ることもなく父の書斎にやってきては、書棚から適当に本を引き出して読んでいる。そんな鴻に羽梟がいちいち咎めることもない。王務を邪魔しない限りは怒ることもない。そんな暇と余裕もない。
鴻は“正義の翼”と題された本を読み終わり、鼻声だけの簡単な感想を漏らしたところで、やっと書類にサインし終わった羽梟の手が止まった。
「ねえねえお父さん。」
「あ?」
「この話しってどこまで本当なの?」
読んだ本の表紙を羽梟に向けながら、鴻が尋ねる。
鴻にしてみれば、本の内容は自分が生まれる何十年も前の出来事で、今の豊かで穏やかな鳥の国からは想像もできない。今の国しか知らない鴻には、誰かの作り話しのようにしか思えなかった。
羽梟はちらりと本に目を向けてすぐに他所を向いてしまった。
「ねえってば。」
「さあな。」
素っ気無い父の返事に鴻は不愉快に思うことも無く、本を元に戻した。
父の羽梟が無愛想な態度にはもう慣れているし、特に自分の過去の話題についてはいつものことだった。鴻は“正義の翼”を読んで、大して動揺も驚きもしない。鳥の国の歴史は学習で一通り頭に入っていた。勿論父が王となった経緯も。しかし改めて今の国の始まりを考えると、聞かずにはいられなかった。“どこまで本当なのか”と。
鴻は微笑みながら羽梟の側に寄ると、そっと太い腕に腕を絡ませた。
「僕ね、お父さんの次ねらってんだからね。」
「…あ?」
「この国を、僕がお父さんの国よりももっと凄い国にしてあげる。」
「…………。」
「国王は隼兄に譲ってあげる。でも次の“正義の翼”は僕が継いであげる。」
今からの未来に、何かの危機がまた国を襲うことがあれば、希望を繋ぐ役を自分が担いたい。それが今の鴻の目標であり強い想いがる。野望とも言う。羽梟は返事を返すことなく鴻を見やるだけ。
「だから、安心してね。」
「お前なんかに・・」
ちゅ
「―――。」
鴻が何の前触れもなく背伸びをして、座っている羽梟の顎にちょんと触れるだけのキスをした。
不意をつかれた羽梟は、避けることも出来ずに固るだけ。
「大好きだよ?お父さん。」
妻の雀と被るその顔やしぐさが羽梟をくすぐる。
微笑む鴻が羽梟から離れると、また“大好き”と言い残してあっと言う間に書斎から出て行った。
苦しかったことも、悲しかったことも、その全部を国を思う使命感だけで乗り越えてきた父に、鴻は静かに労いの気持ちと今の国と自分がいることに感謝していた。本当は“ありがとう”と言いたかったのが、実際に父の過去を共にしたのではないし、なにより自分の歳で父の過去に“ありがとう”と言うのは違うように思えた。
“大好き”が一番いいのではないか、そうとっさに思った。
正面の大きな時計を見る。時刻は議会が始まる10分前。
いつものように出迎えのノックが数度される。
「王。国議会のお時間です。ご仕度のほどを。」
扉の向こうで待機する烏炎に返事をした。
2018.01.14 修正、掲載
現鳥王である羽梟がまだ十八歳であった頃、鳥の国は龍の国との戦いに奮闘していた時代である。
その頃の鳥王は、羽梟の父親である鷹目が王座についていた。
前王、父鳥王鷹目は執拗に龍にワルキューレ兵をぶつけていた。当時の龍王ナスカが鳥への侵略行為を止めても、鳥の勢いは収まるところを見せず、次第に国は財政圧迫されていった。そのたび重なる戦争行為により疲弊し、壊れていった鳥の国。龍への憎しみで暴君と化してしまった父王は、国民に“兵”となることを強いた。男は元より女子どもまで、全国民に武器を持たせ、龍の国を滅ぼさんと盲進した。
膨大な武器と防具に国の全資産に注ぎ込み、食料は国民から取り上げ、病人や重傷者、赤子、老人、それらは“無価値”とされ、“排除”された。
その有様はまさに、残虐非道のもの。
国王が国民を盾に使い、戦地で殺し、使えぬと分かれば切捨て殺した。
国民は国王の奴隷にされたのだ。
かつて、鳥人は龍人の奴隷であった。逃げのびて独立国となってからも龍からの侵略は続き、統率者無しには弱く、希望を持てぬ国だった。そのため鳥の国の王は皆、国民を愛し、育み、守ってきた。国民も王を愛し、尊んだ。
それがどうだ、狂王鷹目一世にして王は民の恐怖となり、民は王の道具となった。
鷹目の狂気は凄まじく、国民の精神を蝕み、国をも破滅の道を歩み辿らせていた。
なんとか王の目から逃れ隠れ住むものたちはいたが、皆飢えと病に苦しんだ。
国は廃れ、かつて元気に走り回っていた子どもは皆痩せ倒れ、食料の奪い合いなどで治安も悪化の一途を辿った。
そんな国の実状を目の当たりにした鷹目の子、羽梟は心に受けた痛烈な衝撃を隠しきれなかった。
― このままでは、近い未来にこの国は滅ぶ ―
そう確信を持ち、今まで正しいと信じてきた父の動向に異議を唱え、進軍を阻止せんと幾度にもわたって父に進言した。
しかし、鷹目は聞く耳を待たず、龍への進軍を止めなかった。また、鷹目は従わぬ者を即切り捨てにかかるため、実の子である羽梟であってもそれは例外ではなかった。
そのため、羽梟は反鷹目派のワルキューレ青年を中心とした、“正義の翼”を秘密裏に結成。
進軍に強制連行された国民の中にも倒れる者、病に伏す者、死亡者が次々と出始め、もはや一刻の猶予もなかった。
「“狂王”鷹目を討つ。」
実の父親である鷹目を討つことを決意していた羽梟は、同志達を集めた。
「すでに父にはどんな言葉も届かない。“義鳥軍”との戦いは避けられない。」
義鳥軍は、父 鷹目が龍の殲滅を目的に作ったもので、主に鷹目の思想に賛同する鳥人戦闘部隊ワルキューレが指揮していた。しかし、その下の兵士の大半が国民だった。強制連行され、初めて武器をもたされた国民達。そのほとんどは王に怯えて従っているにすぎず、戦える者などまともにいなかった。おおよそ“軍”などとは決して呼べるものではない。龍人の国家守護戦闘兵“ソルジャー”に刃が立つわけがない。だが鷹目はその“義鳥軍”で龍の国を攻めると言うのだ。乱心しているとしか言えない父に、羽梟は民の命を救うべく動いた。
「父の過ちは俺が正す。民を救う為に、未来の鳥の国の為に、俺と共に戦ってくれ。」
命の保証はできない。一瞬の迷い、一瞬の後悔が死を招く。決心の付かない者は命を大切にしろ。そう羽梟は続けたが、その場に集った者たちの中で、誰一人としてその場を去るものはいなかった。
“鳥の国に未来を”その羽梟の想いに共感し、羽梟と共にあることを誓った若い鳥人達。
今の病み、壊れた国を、その未来を夢見る想いも、愛しさも、全ての道を羽梟に託し、同じ道をついていくと決めた者達。
“生きる”も“死ぬ”も、“この王”と共になら何も恐れも悔いも無い。
羽梟の言葉を、希望に満ちた眼差しで聞き入れる若者達。
勝機はまだ掴めてさえもいなかったが、皆臆することなく前を向いていた。
「俺が王になる。“共に生きさせてくれ”」
絶対者の王でも、権力者の王でも、独裁者の王でもなく、ただ一人の同じ生きる者として“共に生きさせてくれ”と。そんな羽梟の想いに、王への恐怖で震えていた心が、次第に解けていった。
破滅に向かう国の復興など、途方も無いように感じられた。それでも、“この王”とならば、“また”王と共に歩んでゆける国になると誰もが心に感じていた。
「俺が先導を切る、誰も死ぬな。血は“捧げるもの”ではない。“活かすもの”だ。」
未来の為に、愛する国の為に、生きて新たな命を生み、育て、希望を継がせていかなければならない。この国を取り戻す。この国を再生させる。この国を死なせはしない。
「行くぞ。未来に。」
羽梟の宝刀“朱雀”が鞘から抜かれ、未来を掴む輝きを放った。
その後
― “正義の翼”は、“龍からの援軍”を得、“義鳥軍”への奇襲に成功。鷹目のワルキューレを降伏させ、解放を願う民を奪還、狂王鷹目を討った。新鳥王の誕生は、国に新たな一歩を歩ませた ―
「ふ~ん。」
王の書斎。黙々と書類に目を走らせながら、筆の羽を揺らしてサインし続ける羽梟。休むことなく王務をこなす父。羽梟から少し離れた場所で、勝手に自分の場所を作って読書をする鴻。鴻はよく、断ることもなく父の書斎にやってきては、書棚から適当に本を引き出して読んでいる。そんな鴻に羽梟がいちいち咎めることもない。王務を邪魔しない限りは怒ることもない。そんな暇と余裕もない。
鴻は“正義の翼”と題された本を読み終わり、鼻声だけの簡単な感想を漏らしたところで、やっと書類にサインし終わった羽梟の手が止まった。
「ねえねえお父さん。」
「あ?」
「この話しってどこまで本当なの?」
読んだ本の表紙を羽梟に向けながら、鴻が尋ねる。
鴻にしてみれば、本の内容は自分が生まれる何十年も前の出来事で、今の豊かで穏やかな鳥の国からは想像もできない。今の国しか知らない鴻には、誰かの作り話しのようにしか思えなかった。
羽梟はちらりと本に目を向けてすぐに他所を向いてしまった。
「ねえってば。」
「さあな。」
素っ気無い父の返事に鴻は不愉快に思うことも無く、本を元に戻した。
父の羽梟が無愛想な態度にはもう慣れているし、特に自分の過去の話題についてはいつものことだった。鴻は“正義の翼”を読んで、大して動揺も驚きもしない。鳥の国の歴史は学習で一通り頭に入っていた。勿論父が王となった経緯も。しかし改めて今の国の始まりを考えると、聞かずにはいられなかった。“どこまで本当なのか”と。
鴻は微笑みながら羽梟の側に寄ると、そっと太い腕に腕を絡ませた。
「僕ね、お父さんの次ねらってんだからね。」
「…あ?」
「この国を、僕がお父さんの国よりももっと凄い国にしてあげる。」
「…………。」
「国王は隼兄に譲ってあげる。でも次の“正義の翼”は僕が継いであげる。」
今からの未来に、何かの危機がまた国を襲うことがあれば、希望を繋ぐ役を自分が担いたい。それが今の鴻の目標であり強い想いがる。野望とも言う。羽梟は返事を返すことなく鴻を見やるだけ。
「だから、安心してね。」
「お前なんかに・・」
ちゅ
「―――。」
鴻が何の前触れもなく背伸びをして、座っている羽梟の顎にちょんと触れるだけのキスをした。
不意をつかれた羽梟は、避けることも出来ずに固るだけ。
「大好きだよ?お父さん。」
妻の雀と被るその顔やしぐさが羽梟をくすぐる。
微笑む鴻が羽梟から離れると、また“大好き”と言い残してあっと言う間に書斎から出て行った。
苦しかったことも、悲しかったことも、その全部を国を思う使命感だけで乗り越えてきた父に、鴻は静かに労いの気持ちと今の国と自分がいることに感謝していた。本当は“ありがとう”と言いたかったのが、実際に父の過去を共にしたのではないし、なにより自分の歳で父の過去に“ありがとう”と言うのは違うように思えた。
“大好き”が一番いいのではないか、そうとっさに思った。
正面の大きな時計を見る。時刻は議会が始まる10分前。
いつものように出迎えのノックが数度される。
「王。国議会のお時間です。ご仕度のほどを。」
扉の向こうで待機する烏炎に返事をした。
2018.01.14 修正、掲載
1/1ページ