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DEAR+1 この時の為の


夕方時、帰宅途中等で行き交う人々が増える時間帯。
羽梟が乗る車は黒く、窓は防弾。おまけに外からは中を見ることはできない特殊な仕様になっている。勿論社長という身分によるものだ。

スーツ姿の人間に化けた鴉が運転する車内。後部座席に腰かける羽梟は、窓に肘を置き流れる外の景色を眺めた。

羽梟には見慣れた景色であり、格別気に入りモノなど無い。だが、まるで何かを探す様に窓の外をじっと眺めている。車に乗れば必ずこの行動を取る羽梟。それは本人には自覚のない一種の癖だった。

会社から少し走った所で、コンビニの駐車場に停車する。このコンビニはよく利用するのだが、羽梟が利用していると知る人物は鴉以外には誰もいない。

理由は簡単で、鴉の術により、他人からは羽梟の姿が別人に見えるからだ。
その変身(へんげ)する姿を決めるのも、鴉の仕事だった。鴉はこういった便利な能力を数多く使いこなしている。

「今日は何だ。」
『そうですね。では、少し個性的な青年にしましょうか。』
「・・・妙なのにはするな。」

鴉の変身能力は自身と主の羽梟のみならず、鴉が特定した人物であれば適用できる。私用で店等を利用する際、羽梟は必ず姿を変えて入店している。

術をかけられた羽梟は、身体の変化を感じ取ると、後方確認の鏡で自分の姿を確認する。すると鏡には、金髪を逆立て、耳や唇にピアスを多数開けた二十歳前後の若い男性が映っていた。すぐに羽梟は不快感を顔に出すが、運転席の鴉は明らかに悪戯を楽しんでいる。無表情のまま、羽梟をからかう鴉。

『お似合いですよ。』
「ふざけやがって・・」
『では、行ってらっしゃいませ。』

目立たない姿にする様に言いつけたにも関わらず、このように主人をからかう。
一度能力を使うと、術を解いて同じ人物を再び変身させるのに時間がかかる。その為、鴉に姿を変更しろと言えないと理解しての事だ。

一つ舌打ちして車を降りた羽梟は、派手な姿のまま足早にコンビニに向かう。
勿論、他の客や店員、防犯カメラには姿を変えた羽梟、目立つ姿の男性にしか見えていない。鴉のせいで店内から視線を浴びながらも、構わず雑誌置き場へと向かった。

案の定、売り場にいた客には避けられた。見やすくなった売り場にある雑誌に目をやる。その中から一冊の雑誌を見つけると、軽く中身を確認して直ぐにレジへと向かった。会計を済ませ車に戻ると、羽梟は早速鴉に噛み付いた。

『おかえりなさいませ。』
「バカ野郎、二度とこの姿を使うんじゃねぇぞ。」
『失礼いたしました。』

羽梟の苛立ちにも動じることなく、淡々と謝礼のみを述べる鴉。
後ろに乗り込んだ羽梟がまた前方の鏡で自分の姿を確かめると、術は解かれ、元の姿に戻っていた。従者の悪ふざけで眉間に皺を寄せる不機嫌な自分の顔が映っていた。

鴉は羽梟を主人とし、服従する妖怪。羽梟には絶対の忠誠を誓っている。羽梟は鴉と契約し、常に傍に置く。その能力をあらゆる事に駆使させ使役している。そんな二人だが、極めてフランクな主従関係だが、その絆は確かなものだった。
私生活から仕事、身の回り。常に羽梟の側には鴉が居た。

鴉は話題を変えるように、羽梟が買った雑誌について触れる。

『“あの方”はいらっしゃいましたか?』
「少しな」
『それはようございました。出しますが宜しいですか?』
「ああ」

コンビニで購入した雑誌は、店の袋から出されることなく羽梟の隣の席に置かれた。
動き出す車に揺れながら、足を組んで再び窓の外に目をやる。羽梟が買った雑誌は、40代以降を対象にした衣服のカタログ雑誌だ。
羽梟自身、そういった通販やファッション等に興味は無く、雑誌の購入目的はそういったものでは無い。

ハンドルを握り運転する鴉が、物言いたげな視線を鏡越しで羽梟に向ける。

『主。』
「・・なんだ。」
『やはり妖魔の、私の術をお使いになる気はございませんか。』
「・・余計なことをするな。」
『お会いしたいのでしょう?』
「……黙れ」

何かの提案をする鴉だったが、羽梟は門前払いで断った。強い拒否を示す羽梟に、鴉は引き下がってそれ以上は何も言わず口を閉ざした。

鴉には優れた探索能力もある。会いたいであろう人物がいる主人の手助けをしたいのだが、その本人に拒まれ続け、内心落胆してきた。拒む理由があるのだろうと察しているが、それがどんなものかを問う事はしない。
鴉は、探ろうと思えば人の内まで探れる。だが、主人の内情を勝手に探る等は、鴉の本意には無かった。

沈黙が続く中、車は目的地に到着する。
阿沙田総合病院、ZEAL(ゼアル)で一番大きく、組織直轄の医療機関だ。

車を降り、鴉と共に病院に入る。途中ため息を漏らし、重い足取りの羽梟。この病院、正確に言えばここに入院しているある人物が原因だ。

病院の受付時間はとっくに過ぎているが、羽梟には関係ない。
入ってすぐの受付に顔を出すと、羽梟に気づいた係りが直ぐに内線に電話をかけた。

「院長。羽鳥様がお見えです。はい。宜しくお願いします。こんにちは羽鳥様。院長が今参りますので少々お待ちくださいませ。」

この病院には定期的に赴いている羽梟。既に病院関係者には十分知られている。ここの院長とも顔見知りで、来院の際は必ず顔を合わせる約束となっている。

受付前で、鴉も人の姿のまま羽梟の付き人として共に院長を待った。

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