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DEAR+1 この時の為の

世界4大組織の一角、組織 AVAN(アヴァン)が壊滅したのが10年ほど前になる。その跡地は未だに放置され続け、崩落した建築物等が手つかずに残されていた。組織壊滅の原因は、内部抗争・実験中の事故・外部からの攻撃等の噂が幾つも飛び交った。だが、事の真相は未だに謎のままだ。

組織の上層部から一般構成員まで、そのほぼ全員が生き残っていないと聞く。仮に生存者がいたとしても、組織の再興は不可能だと容易に推測できた。

AVAN壊滅事件のすぐ後、組織 ZEAL(ゼアル)は、AVAN統治領であった領地を吸収し、領土を急激に拡大させた。統治組織が無くなることで、元AVAN統治民は危険に晒されたからだ。
この世界では、組織に属していなければ他の組織間争いに巻き込まれる恐れがある。所属組織を失った人々を保護し、寛大に受け入れたのがZEALだ。その結果、ZEAL領地の広範囲拡大による深刻な物資不足に加え、元AVAN民とZEAL民との間にいくつもの衝突が生まれることとなった。

しかし、それももう10年前のことである。


「prrrr prrrr」

ZEAL領のとある会社が所有するビルの一室。作業音だけの静かな部屋に、コール音が鳴る。デスクの電話が三度目のコールを鳴らす前に、男の手が受話器を取った。高価そうな椅子に腰かける、180cmは優に超えた緑髪の大柄な男。この会社の社長である男が、低い声で相手をする。

「なんだ。」
「社長、指示を受けていた品が届きました。如何なさいましょう。」
「積んでおけ。動かすな。」
「了解しました。次のご指示まで待機致します。」

部下の女性と思われる声が止み、受信が切れた。男は受話器を置くと、慣れた手つきで素早く番号を打ち、どこかに電話をかける。受話器から三度目のコール音が終わる前に相手が電話に出た。今度も若い女の声だ。

「お待たせ致しました。こちらZEAL支部局、復興部窓口センターでございます。」
「“鳥”だ。局長に繋げ。」
「承知いたしました。少々お待ちくださいませ。」
「―--------- 、私だ。早かったではないか羽梟(ウキョウ)君。」

名前も名乗らずにただ“鳥”とだけ伝え、取り次ぐよう仰ぐ。
保留音が短く続き、程なく馬齢を重ねた声の男が電話に出る。目的の相手が出て羽梟は一呼吸置き、はっきり切り出した。

「ええ。依頼を受けていた物が先ほど届きました。確認、及び引き取りをお願いしたいのですが。」
「ああ。こちらから取りに向かう。しかし、明日になるな。それまでそちらで厳重保管しておいてくれたまえ。」
「・・・・可能な限り至急、お願いしたいのですが。」
「ああ。明日の朝6:00。どうかね。」
「承知致しました。ご配慮に感謝を。」
「なに、君たち“鳥”にしか頼めなくてね。助かったよ。」
「お役に立てて光栄です。」
「・・・ああ、ところでどうだね。お父上の容体は。」

本題のやり取りを終え、早々に電話を切るつもりでいた羽梟は内心舌打ちする。
その衝動が表に出る前にその問いに返答する。他人に踏み込まれたくない部分程、触れただけで腹の中が煮えくり返りそうになるものだ。冷静を装う事には慣れているが、やはり楽ではない。

「・・・変わりありません。恐らく回復することは無いでしょう。」
「そうかね・・、残念に思うよ。」
「お心遣い、痛み入ります。」
「また、宜しく頼むよ。“鳥”」
「は。失礼致します。」


「うるせぇよクソ爺が。てめぇには関係ねぇだろうが。」

通信が切れたと同時に、羽梟は受話器を乱暴に叩きつけて暴言を吐いた。鬱憤も晴れぬままに、先ほど報告を受けた部下の女性に電話をかける。女性は待っていたというように直ぐに出た。

「はい。社長。」
「先方と話が付いた。そのままブツは厳重安置。明日早朝に引き渡し予定だ。」
「了解。・・・何かありましたか?」
「何もない。後は任せる。」
「はい。お任せを。」

苛々とした気迫で手短に用件を言いつける声色に、羽梟の些細な変化に気づいた部下だったが、羽梟は早々に通話を終わらせた。

時刻はMP18:30、退勤準備を始める社員や夜勤に入る者の動きが出る頃合いだ。
羽梟は懐から黒い小さな鍵を徐に取り出すと、デスクの引き出しに取り付けられた鍵穴に差し込み、開錠する。

引き出しを開けると、旧式の黒い携帯電話が入っていた。所謂ガラパゴス携帯だ。
羽梟はその黒い携帯を手に取ると、ダウンさせていた電源を入れて起動させる。相当な年代物だが、バッテリーの充電は満たん。ボタンを押せば正常に反応する。しっかりと使用可能なようだ。
昔ながらの小さなディスプレイは、ただ青く映り、黒いドット文字が時刻を知らせるだけだった。ボタンを押して何かの履歴を確認すると、羽梟は特に何をするでもなく携帯の電源をそのまま落とした。

古い携帯をスーツの胸元にしまうと、引き出しを閉めて席を立ち、上着を羽織る。会社を出る支度をしながら自分以外には誰もいない部屋で、何かに声をかけた。

「鴉(カラス)」
『はい。』

どこからともなく聞こえる声。空気を震わせる声と共に、室内の片隅に何かが現れる。それは赤黒い羽を纏い、静かに現れる異形のモノだった。
この世界に存在する妖魔の類。姿を隠してずっとそこに居たのだろう。起立した佇まいを崩して歩み寄ると、その異形のモノは羽梟に跪いて頭を下げた。浅黒い顔は人のものに似ているが、それ以外の外見は鳥類を連想させた。

「出かける。化けろ。」
『畏まりました。主。病院でしょうか。』
「ああ・・」

鴉と呼ばれる服従者。膝を伸ばして立ち上がる間に、人へと姿を変えていた。人間の黒髪に人の肌、そして一般的なスーツ姿。どこからどう見ても、“普通の人間”そのものだ。

『では、運転はお任せを。』
「途中で適当なコンビニに寄れ。」
『その際は変身(へんげ)なさいますか?』
「一々聞くな。」
『承知いたしました。』

書類やその他諸々が入った自分の手荷物を人の姿をした鴉に持たせる。
二人にそれ以降会話は無く、そのまま会社を後にした。
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