始まりとその先
「あなたがユギョム君よね?」
ふと後ろを振り返った。びっくりするくらいの美人だった。
「ほら、小さい時公園でよく遊んだ…覚えてない?」
「もしかしてジミンちゃん?!うわ、偶然!近くに住んでたんだ!」
「…小学生に上がった頃かな、お父さんが死んじゃって。
変な組織に連れてかれて、すごく大変だったの」
カフェでジミンがした話はあまりにも壮絶だった。終始ユギョムはジミンの背中をぽんぽんと優しく叩いた。
「でも、そこから抜けて、独立して今は会社をやってるの。同業者の中でも信頼No. 1なの、すごいでしょ?
おかげさまで婚約者もいるし、幸せなのよ今は」
「どんな仕事なの?」
純粋に気になってそう聞いた。
ジミンは目を俯かせた。
「街の掃除屋さんよ。…大きい声で言えないけど。
ちょっと怖い業界だけど、そこで生きていくしかなかったの。」
つらい人生を送っているジミンに同情した。
「僕の友達が、護衛を求めてるんだ。
よかったら、何人か頼めないかな?同業者の中で人気あるなら、安心して任せられるから」
全然いいわよ、と言ったジミンの口元が不気味に笑っているなんて、僕は気づきもしなかった。
俺の護衛になったジミンは、たまに婚約者の話をした。
「見て、ジェボム。これが私の婚約者。とってもイケメンでしょ?」
見て、と言われたが見る気もなかった。
はいはい、かっこいいですねとだけ言った。
「今日この人と予定があるの。一日くらい、他の人に護衛させてもいいでしょ?」
当たり前だ。束縛するつもりなんてないからな。
ハイヒールの音を高らかに響かせて、高級レストランへと足を踏み入れた。
そこには婚約者の姿があった。
「マーク!会いたかったわ。」
「俺もだよジミン、さぁ座って。」
腰をかけると、早速本題に入った。
「今の依頼先がね…びっくりしないでね?
実は、あのイムグループの一人息子なの」
「すごく大きなプロジェクトだね。俺たちスパイにはもってこいの。」
しっ!とジミンが指を唇に当てた。
「スパイだなんて…そんな大きい声で言っちゃダメでしょ。
それに私たちは、スパイはスパイでも…「顔を覚えた人はみんな殺す」がモットーなんだから」
「でも、ジェボムだけは例外だよ。あいつは監禁して金の権限をこっちに移させたら殺そう」
レストランだというのに不穏な話ばかりする2人は、もう勝利の笑いが止まらなかった。
「まだジェボムは私がスパイだなんて気付いてないわ。
それに彼は…恋人を溺愛してる。恋人も殺す必要があるわ。
今のうちにあいつの恋人のヨンジェと、友達のユギョムを殺すの。そしたら全て完璧だわ」
中庭の芝生はヨンジェの血によって赤く染まる。
ジミンの放った弾丸はヨンジェの心臓を撃ち抜いたため、ほぼ即死だった。
けれど死ぬ直前にジェボムを見た。
ジェボムは元恋人からの視線を浴びても、元恋人が目の前で死んでも、表情は全く変わらなかった。
「ヨンジェ!!!どうしたの??!
ねぇ!しっかりして!!」
ユギョムの叫び声が響く。
ジミンがユギョムにも銃口をむけた。
「待て。」
そこで初めてジェボムがジミンを制止した。
「俺とユギョムとの話が終わるまでは絶対に撃つなよ。」
高圧的な表情でそう言うと、ジミンも腕を下ろさないわけにはいかなかった。
「ねぇ、あの人がなんで隣にいるの?!なんでヨンジェが死んでも何も言わないの?
あの人が好きだからヨンジェを捨てたんだ、そうなんでしょ?!」
その言葉には答えず、ユギョムの肩を乱暴に掴んだ。
「聞け!ユギョマ、俺たちはジミンに関わった時から終わりに向かってたんだ!
ここで俺が何かしてもいずれヨンジェもお前も俺も殺されてた。時間の問題だったんだ」
「…何、言って…」
それでもジェボムは言葉を続けた。
「来世ではヨンジェを幸せにする。必ず。絶対。
お前もヨンジェも死なせないから。
来世でまた、絶対会おうな」
「なに言ってるの?!今世で幸せにしてくれなきゃ意味ないんだよ!ねぇ!ジェボマ!」
ジェボムはユギョムの体をとん、と優しく押した。
ユギョムは芝生に手をついた。
その瞬間、
バシュッ
「ぅあっ!!!痛っ…!!!」
肩を撃たれたユギョムが悶え倒れた。
「なによ、まだ生きてるの…?
いいわ、次はちゃんと心臓を狙うから、っ」
そこでジミンの言葉は途切れた。
目の前を血しぶきが通り過ぎた。
ジェボムがポケットからナイフを取り出し、ジミンの胸に一突きしていたからだ。
「ジェ、ボム…?あなたなんで…」
「お前がスパイだってことは、少し前から気づいてたよ。
でも何もかも手遅れだった。
ヨンジェとは違ってちゃんと痛みを感じさせて死なせてやるよ。丁度いいだろ?」
ジミンがジェボムの胸に銃を押し当てる。
「あなた馬鹿なの?こんな至近距離で撃たれたら誰だって死ぬわよ。
それとも殺されたいの?」
あぁ。とジェボムは即答した。
「この世に俺の生きる意味はなくなったんだよ、さっき。
お前が俺を撃ったらこのナイフを抜いてやるよ。出血多量でじきに死ぬからな」
ジミンはさも悔しそうな顔をする。
ジミンの心臓に刺さったナイフは、深く奥まで到達していた。
「…もうすぐここに到着する私の婚約者に一言言いたいの。お願い、生かせて」
しかしその瞬間、ナイフがずるっと抜かれた。
バシュッ
銃口からも音がした。
「誰が…!ヨンジェを殺したやつに婚約者を会わせるかよ…!」
ジミンの身体は動かなかった。
ジミンがもう息絶えたを見てからしばらくすると、力尽きてジェボムの意識も途切れた。
「…やっぱり。失敗すると思ったよ、こんな大企業なんだからさ」
しばらくして到着したマークは、どこか他人事のように婚約者の死体を見つめた。
ふと隣を見やると、1人だけまだ意識があるようだった。
呼吸はままならないが、確実に生きていた。
「かわいそうに。その状態じゃ、病院に運ばれても後遺症でろくに生きれないよ」
ユギョムは口でたくさん息を吸い込んでいた。目は虚空を追い、マークの姿もよく見えなかった。
「…ころ、して」
目の前で立っている人に向かって、ユギョムは最後の力でそう口に出した。
マークは頷くと、ユギョムの髪をさらりと撫でた。
「俺らの会社ももう終わりだな。君は…ユギョム 君だっけ。
俺はマークっていうんだ。ジミンの婚約者の。ふふ、最期に覚えてて。
…じゃあ、一緒に逝こっか。」
横たわるジミンの手から銃を、ジェボムの手からナイフを拾った。
「引き金、引ける?」
マークはユギョムにそう聞いたが、ユギョムは既に体に力が入るほどの体力は残っていなかった。
「…そっか。じゃあ…」
マークは自分のこめかみに銃を押し当て、ユギョムの胸にナイフを押し当てた。
その直後、
銃口からの鈍い音とナイフが身体を貫く音でお互いの意識は途切れた。