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最悪な週末だ。 まだ始まったばかりだが。 今日はこっちの残業に最後まで付き合わせてしまっただけでなく、怒らせてしまった。 暦の上では既に春を過ぎとっくに夏、それでも夜になればほんの少しだが寒さを感じる。 だがそれ以上に俺達の間に流れる空気が冷たい。 それはもう巨大冷凍庫に突っ込まれたように、だ。 怒らせたのは俺で、怒っているのは俺の少し前を歩いている同僚。 人気の無くなったメリディアナの町を黙々と二人で帰る。 『満天の星の下で』 子供相手に働き倒した一週間の疲れを取るため、また新たなる勤労意欲を掻き立てるために存在する至福の一時、その前夜にあたる大事な時をこのようなじめついた気分で過ごすつもりのない俺は足を動かしながら懸命に現状改善を試みようと俺は必死に頭を巡らせていた。 黙って歩く同僚を宥めよう引きとめようとしてもこの時間ではもうどこの店も開いていないのだ。 「なぁ、まだ怒っているのか?」 「怒ってない」 「俺が悪かったよ、『君』をこんな遅くまで付き合わせてしまって」 「ルーカス、女の子じゃないんだから」 少し前を歩いていたエイドリアンが振り向いて俺を睨んだ。 「だ、だけど夜更けに女性を一人で歩かせるなんて男じゃないだろう?」 俺の言葉にエイドリアンの眉がさらに不機嫌そうに寄った。 あ、また言ってしまった。 だがだがだがしかし! その女性の今現在の姿がどう頑張っても男性にしか見えなくとも、実は俺よりもずっと腕っ節が強くとも、真夜中に近いこの時間にたった一人で家に帰すわけにはいかない。 もう少し一緒にいたいなどという甘ったれた理由だけじゃない。いや、それもあると言うか……実はそっちが本音なのだが現在の状況は“それ以前の問題”という奴で、ああややこしい。 そのありきたりな気遣いがさっきからこの女性の機嫌を損ねているのはよおぉーっく判っているのだが。 やっと目を合わせてくれたエイドリアンにほっとしたのも一瞬、事態は変わらずむしろ悪くなっている現実に俺は空を仰いだ。 溜息交じりで見上げた星空は街の照明が消えたせいか冬ほどではないがいつもよりはっきりと見える。 頭上遠くに広がる無数の星から放つ光は気が遠くなるほどの時間と地球の大気に漉され降り注ぐ。 ああと仰ぎ天に向かってため息一つ。その瞬間星空を切り裂くように白い光が走った。 「……ちゃんと願い事をしたのかい?」 それが流れ星であったことに気がついたのはエイドリアンの問いかけだった。 冷たく張った空気が和らいだのを彼女のからかう様な口調の中に見つけ少しばかしほっとしたのだが、今見た流れ星に昔聞いた話を思い出し気分は澱んだままだ。 最初に教えてくれたのが誰かも思い出せないというのに幼い頃に初めてその話を聞いた時の衝撃を未だに忘れられない。 そして、 目の前にいるエイドリアンは……自分を人間でないという彼女は死んだらどうなるのだろう? 人に作られた、人でない彼女の命が尽きるときは、夜の街を流星のように走る彼女はいつか本当の星となって天空を走るのだろうか。 「ルーカス?」 黙って空を見ていた俺を心配したのだろう気遣うような声と共にエイドリアンが覗き込む。 「いや、なんでもない。ただ……」 『人が死ぬと星が流れるんだよ』 昔聞いた話、それを思い出していたとだけ告げる。 「ルーカスはそっちの話を信じていたんだ」 感心したような声をあげる同僚にいや今も信じているわけじゃないんだが、と言いかけてやめた。 彼女に俺の思いを知られてはいけない。この考えは良くないものだ。 「流れ星は昔から色々言われているからね」 エイドリアンが言葉を重ねる。 「願い事をかなえる星、死を教える星。まだこんな話があるのを知ってるかい」 上を向いた彼女につられて夜空を見上げた。 「好きな人に逢いたくて、でも逢えない人の魂が夜になると流れ星になってその人の所へ飛んでいく。流れ星にはそんな言い伝えもあるんだ」 口元が小さく笑みの形を作る彼女につられ俺も笑う。 好きな人に会いに行くのに悲しい気持ちになる奴はいない。 彼女もよく俺のアパートに来ていた。 俺の気持ちも 彼女の気持ちも はっきりと言ったことも 聞いたことも無いけど 『好きな人に逢いたくて、でも逢えない人の魂が夜になると流れ星になってその人の所へ飛んでいく』 流星のようなサイバーシックスがそれを言ったのだ。 その姿はエイドリアンだけれども。 彼女の気持ちが、流星と同じ物だったらいいと願っている。 期待するのはいけないことだろうか。 「今頃デートの真っ最中かもしれないな」 「そうだね」 だから邪魔しないうちに帰ろう、と促した彼女に短く返事をすると俺はエイドリアンの、いやサイバーシックスの手を取りそのまま走りだした。 END |