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「なんであんたに教えなくちゃいけないのよ」 「お願い、力を貸して」 「大体あんた教師でしょ」 「教師はエイドリアンの方よ」 「もうー、判ったわ。協力してあげる」 「ありがとう、ロリ」 メリディアナの街に居を置くエイドリアン・シーデルマンの生活は高校教師という彼の仕事にふさわしく高潔且つ質素なものだ。 質素と言っても決して彼が貧しい生活を送っているのではない。また、聖職といわれる職業に就いているからだけでもなく、こっそりとIDと性別を偽り逃亡生活を送るが故に余計なものを身の回りにおかないのだろう。 いずれにしても真実は本人にしかわからないが。 つまり彼は常日頃物の少ない、シンプルイズベスな生活をしている。 出自がありえないせいもあってか、サイバーシックスとして人様の家に深夜お邪魔するのとはまた別問題として、基本エイドリアン・シーデルマンは自室に人を招きいれるような密着した友人付き合いを行っていない。 「ねぇ、ロリ。これ全部刻まなくちゃ駄目なの?」 「あったり前でしょ!? でなくっちゃ、溶かす時失敗するじゃないの」 そんな色気も人気もないはずの空間に朝からただよっているのは甘いカカオの香りであり、おまけにキッチンからは女性の声が上がっているのは一体どういうことか。 「チョコレートなんて削って溶かして固めて飾るだけなんだから難しくないわ」 「そんな簡単に言わないでよ、大変なんだから」 弾けるように笑いあう。 姦しいには一人足りなくとも立派に賑やかな女性二人がキッチンに並んで和気藹々と。 一人は部屋の本来の主。 もう一人はその生徒。 だが今回はその立場が見事に逆転しているようだ。 サイバーシックスはST.バレンタインディに向けてロリの助けを借りつつ、現在チョコレートと甘くも甘 い戦いを繰り広げている真っ最中。 逸る心を必死に抑え、チョコレートを細かく刻み、きっちりとした温度管理の下にゆっくりと湯煎にかけて溶けきったところで用意した型に静かに流し込む。 そこで型ごと冷蔵庫の中に入れて一休み。 一息つけば本日限定講師のロリ・アンダーソンが笑う。 「結構やるじゃないの、サイバーシックス」 「ありがと、でも大変だったわ」 これまでの作業中、何度力余って容器ごと中身を壊そうとしかけたか。 それを言うと、またロリが笑った。 「あんたのそのチョコ、ルーカスに渡すんでしょ」 「……そうよ。ロリは今年も渡すの?」 「ちゃんと渡すわよ、本気だもん」 言っておくけどあんたに、じゃなくてエイドリアンにだからね! 腰を手に当て力強く宣言したロリにサイバーシックスは若干の困惑を混ぜた笑みで応えた。 しばらくして完全に固まったチョコレートを型からはずし、お湯につけて暖めたチョコペンの先をちょんと切り、出来上がったチョコレートに思いを込めたメッセージを飾り付ける。 ゆっくりと丁寧に常日頃の感謝を込め――― サイバーシックスが時間をかけて仕上げを完了させたのを確認したロリはどれどれと手元を覗き込むと、 ぷっと吹き出しお腹を抱えて笑い出した。 「あんたねぇ、まさかそんなの本気でルーカスに贈るつもりぃ?」 「ええ、本気よ」 笑いすぎて涙目になりながら問うロリにサイバーシックスも笑って返した。 END(?) おまけ ああ、どうして 両の手に収まってしまうほどのこの小さな、子供じみた菓子がどうしてこんなに愛しいのだろう。 市販のそれを砕いて溶かしてなんとも可愛らしい形に再形成されたそれを受け取った時、ルーカスは高揚する自分を大人の理性で必死になって抑えた。 それでもこみ上げる感情を消し去ることなどできようもない。 送り主の彼女が窓から帰ってしまった今も、ずっと精神が十代の子供のように浮かれ高ぶったままだ。 リボンを解き、包装紙を丁寧に開けるとメッセージが書き込まれた中身が姿を現す。デコレートされた、昼間の“彼女”を意図されたメッセージに一瞬呆けてしまったが、あえて深い意味は考えないよう、心臓の形をした茶色い塊を両の指で押さえ慎重に力を込めれば贈り物は乾いた音と共に欠けた。 一番小さなそれをつまみ静かに口の中に入れる。 まるで神聖な儀式のように いびつに割れた固いそれはルーカスの体温に溶けほろほろと甘く溶けていく。 まるで彼女みたいだ。 今頃部屋で眠っているであろうチョコレートの送り主を想い、ルーカスは一人笑みを浮かべた。 END |