できない

仗助の瞳を見つめ返すことができない。私が多くを語ってはならないからだ。

仗助の指が絡んだ手で握り返してはいけない。安らぎにとどまってはならないからだ。

仗助の腕が私を抱きしめようとするから、私は身を引く。捕えられる。もがいて抵抗する。体温を、心臓の響きを、感じてはならない。屍を生き返らせてはならないからだ。

静かな吐息が、空っぽを震わせる。切ない声が、器を満たす。

「あまえさせて」

きみは甘える。私は甘ったれてる。私はきみに甘やかされる。

幸せ。どうしても。

幸せになんかなりたくない。離れたくなくなる。離れるのがこわくなる。愛の気配、それは勘違いだと必死に言い聞かせる。愛かもしれない、そんなの知りたくない。消えてしまいたかったのに、消えたくなくなる。なくしたくない、手放したくない、はなさないで、ずっとそばにいて。

私は私が大嫌い。だから私は傷だらけ。治す? それは肉のことでしょ。私ははじめから、肉も魂もおぞましい存在だった。

仗助は幻。幻のように甘美で無垢なカタチに戻るわけがないのに、どうしてこんなに幸せなの? 消えたいのに。ひとりぼっちから、ゼロになりたかったのに。
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