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Touch wood

その頃、先を行っていたエリクス、ヴァッシュ、パドマ。
電撃が化け物を落とし、翼を引き上げる数が減ったため羽の球体が随分と下がった。

「うぉぉおーーりゃーーー!」

エリクスは声を張り上げながら、ビルの排水管をよじ登る。

「そこ登るの!?」「流石俺!」

よじ登った瞬間、そのまま羽の球体に飛びついた。

「張り付いた!?」「流石に危なくない!?」

化け物側も持ち上げる数が減ったために作戦を変更したようだ。
爛れた化け物の翼が鋭利なものに変化する。そのまま羽の球体に何度も切りつけた。
切り付けるたびに羽が一枚ずつ剥がされていく。

ヴァッシュとパドマはすぐさま銃を抜き、その翼を折る。しかしその場で再生し、はぎ取る作業を再開していた。

「これじゃ埒が開かない!!」
「こっちの装備も不十分だ、せめて“俺”があの子を引き出すまで持ち堪えればいいけど」

そうはならないのが人間台風×2だ。
他にしがみついている者がいると察すればすぐに複数体でエリクスに狙いを定める。
もちろん二人で化け物の動きを止めるために弾丸を放つが間髪入れずにわざと射線に割り込んだ化け物たち。
肉塊が飛べばそこからコピーが生まれる。

「だぁーーー!?」
「ヴァッシュ!危ない!!」

次に飛んできたのは赤い槍だ。

「八千劈!」

エリクスに向かう敵を文字通り引き裂き、ビルの建物にまでひしゃげた血液が飛び散っている。
そのまま槍から刀身をチャクラム型に変えた。両腕で投げれば羽の球体の周囲を回り始め、張り付く敵を切り刻む。

「ツェッド!」
「気を抜かないで!堕落王はまだ手を緩めていない!」
「その堕落王って何…?」

球体を浮かす敵が消えた。パドマの疑問を他所に球体は地面へと落下する。
巨大なボールが落ちてくるようなものだ。
やばい、と危機を察知しその場の3人は走って離れる。

唯一今もしがみついているのはエリクスただ一人だ。

落下の衝撃でヘルサレムズ・ロットに風が生まれる。吹き荒れ、砂埃と羽が舞い散った。
風が抜け落ち着いた頃に一同目を開ける。

ヴァッシュは反射的に銃を構えた。ツェッドも然り。
しかし到底間に合うものではないと悟っていた。
一つ目の巨人、亜音速で太刀を振るう化け物中の化け物。つまりは魔人だ。
その太刀はすでに球体に食い込んで、さらに深く刃を進めている最中だった。堕落王はやはり一歩先を見据えている。
刃の真下にいるエリクスはただじっとリボルバーを構えるだけ。
パドマは目を見開き、叫ぶ。

「ブレングリード流血闘術」

だが秘密結社ライブラのリーダーであるクラウスはすでに布石を打ち終えていた。

「117式 絶対不破血十字盾」

刃がそれ以上の侵入を拒まれていた。
地面から突き出た十字架の群れが刃を取り囲む。
次に化け物は太刀を一瞬で振り上げた。亜音速の動きに対応したのは“ヴァッシュたち”だ。

知覚不可の高速射撃。
規格外の同一存在が二人もいれば亜音速の太刀に対抗するには十分すぎる。

一点集中で弾丸を当て続ける。太刀を破壊したことを確認すらしないまま、次は魔人を撃ち抜く。
太刀が折れた時にはすでに魔人の体に弾がめり込み関節の動きを封じられていた。
二人のリボルバーが空になるまで放たれたならば次の予備動作を終えたクラウスが動き出す。

「111式 十字型殲滅槍」

その腹を目掛けて十字架が穿たれた。
それで絶命したのだろう、魔人の体は粉となって消えていった。

「瀬香、瀬香っ!」

エリクスは羽を掻き分ける。深く入った刃の切れ込みに腕を入れた。
周囲に敵は見えない。
一行は改めて羽の球体に近づく。
巨大な片翼は建物に柔らかく横たわり、重さを感じさせない。

「諸君、まだ警戒を怠らないよう」

クラウスは敵が見えないとはいえ警戒を続けている。何せ相手は堕落王なのだから当然の判断だ。

「その…堕落王ってなんなの?」
「堕落王フェムト、遊び半分で世界を滅亡させる狂人です」
「何それ迷惑〜!」

まさにヴァッシュとは対極の存在と言えよう。絶対にお互いわかりあうこともないしなんならお互いが地雷なのではないかとパドマは思う。

「黒いヴァッシュ〜!女の子みつかった!?」

エリクスの返事はない。
一体どうしたのかとパドマは羽の球体に触れた。
すると球体の切れ込みが赤く染まる。
美しい白い羽の上から赤い血管のようなものが覆いつくし、巨大な片翼にまで伸びていた。

「まさか…!」

翼自身が羽ばたいた。
自分で逃げるように空を飛び始める。
その衝動でエリクスは球体から投げ出されたがツェッドが受け止める。

「あの時…!何か仕込まれたんだ!!」

あの時、とは太刀を振るう魔人のことだ。
堕落王からすればそれは叩き割ることなど目的ではない。翼を操作する外部装置を埋め込めればそれでよかったのだ。

「すまない、警戒を促しながらこの失態だ」

翼が飛び立つ先に黒い穴ができた。
そこに吸い込まれようとしている。
エリクスは止まることなど出来やしない。

「クラウスさん!中に女の子がいるの!
黒いヴァッシュの恋人!」
「ならば、ツェッドくん」

クラウスはツェッドに目配せした。

「刃身ノ弍・空斬糸」

ビル群から抜け出す前にツェッドは赤い糸を張り巡らす。
そしてクラウスがツェッドの糸を引っ張った。
エリクス、パドマ、ヴァッシュも同じく引っ張る。

「つ、綱引きってワケね!体力には自信があるわよ!!」
「オーエス!オーエス!!」

そして追いついたウルフウッドとダリ。
網を張り、羽の球体を引っ張っているのだから自ずとやるべき事は理解した。

「何でこないなっとんねん!」
「ほれほれもっと腰落とさぬか!!」

ダリが思い切り引っ張れば球体はがくりと地上へ近づく。

「み、見た目によらずすごいですねあなた」
「じゃが焼石に水じゃて!」

さらにここで来たのはザップだ。

「うお!?なんだこれ!?」
「ザップくん、空斬糸を頼む」
「はぁ〜〜!?まぁいいっすけど〜〜!?」

二重に張られた網。
ザップが引っ張っている糸をクラウスはもう片方の腕で引っ張った。

「なんで中の嬢ちゃんは出てこんのや!!」
「何か仕込まれて瀬香が出てこられないんだ!俺の声は届いてるはずなのに!!」
「なら切ってしまえばええじゃろ!」
「切ったらダメだよ!どこにあの子がいるかわかんないんだから!!」
「だとしてもあの赤いのを切らないと、俺たちジリ貧だ!」

異界組はただ糸を引っ張るだけで精一杯だ。
そこでクラウスは一つ、解決策を提示する。

「レオナルド君にセラカ君を見つけて貰えばいい」
「レオが…?」
「あとはこちらの仕事だ
任せたまえ」

犬の息切れが聞こえる。否、この場でおそらく平凡であり普通に近いレオナルドだった。

「よ、呼びました〜!?」
「ちょうどいいところに、あの球体に女性がいる
どこにいるか私に“見せてくれないか”」
「視界共有ですか!?
わ、わかりました!」

レオは目を開く。
青い電子的な光が眼前を覆い、それはクラウスにも発生していた。

「います!ちょうど中央!!
翼と繋がっています!」

「念の為確認だが、あの球体は割ってしまっても?」

エリクスは頷く。

「大丈夫!」

「ならばよかった」

クラウスは糸から腕を離す。
再び球体は空へ逃げようと網を突き破る勢いだ。

「32式 電速刺突撃」

刺突しながらもクラウスは球体を輪切りにする。
切れた端から羽は球体が維持できなくなりその場からほつれていく。
羽を散らしながら見えた中に、長い髪の少女がこぼれ落ちる。

「瀬香!!」

エリクスは走った。
瀬香と一緒に溢れたブラックホールはすぐさま赤い血管状のものに絡め取られていく。
そのまま網目を掻い潜り黒い穴に向かって一瞬にして消えてしまった。

エリクスは両腕を広げて実体の瀬香を抱き止めた。勢いのまま抱きしめて背中から受け身を取る。
空から羽が幾つも、柔らかく降り注いだ。

「あ、ああ、瀬香!」

体を起こして前髪を掻き分ける。まつ毛が震えて、オッドアイが開かれた。
お互いの眼前にずっと探していた人物がいる。

「瀬香っ、怪我は、痛いところは、
苦しくない!?なにか、なにか、」

エリクスは瀬香に尋ねながら声が震えている。
目の縁に涙をいっぱい溜めて、もうすでに泣いていた。

「ヴァッシュ、さん
っさ、さびしかった、ずっと」

瀬香が泣きながらそう言うのでエリクスもまたこれまでにないくらい泣いた。
眉をしならせて嗚咽混じりで抱きしめる。

「おれも、俺もだよ
恋しかった…!!」

二人はようやく再会した。
パドマとヴァッシュ、クラウスは思わず泣きそうになりながら見ていたが事態はさらに急転する。

今まで静かになっていた巨大な街灯テレビに堕落王フェムトが映った。
気だるそうに適当な拍手をしている。椅子に座る様子も、もはや体を寝かせて机に脚を乗せていた。

『はいはい、よかったよかった
反吐が出るほどうんざりだがね!
じゃあ次はこれで行こう!
楽しみたまえよ!!』

嫌な笑顔を残して消えた。代わりに生まれたのはヘルサレムズ・ロットを覆う巨大な何か。
黒い渦が空を覆い、ゆっくり何かが顔を見せた。
非常にスピードは緩やかだ。だがそれをいつまでも見ているほど悠長構えていられない。

先に行動を起こしたのはK・Kだ。
954血弾格闘技による雷電を含んだ弾頭は紛れもなく直撃した。
だが被弾する様子も、何の影響もない。攻撃はまるで吸い込まれていったかのよう。

「レオ君!」

この異常な現象にクラウスはすぐさまレオを見やる。

「消えた…!?弾丸が、あの渦に触れた途端消滅しました!!」
「っつーことはアレ、俺が電子空間に行った時と同じ現象が起きてるってことか?」
「異界のルールが強く働いているというものですよね」

言い換えれば、渦から何かが完全に出てくるまでは一切手出しができないという時限爆弾だ。
その何かは先ほどのような魔人か、はたまた神に近しい存在か。わかっているのは堕落王フェムトのみ。

「ん〜〜…ねぇパドマちゃん、あれさぁ」
「へ?」
「僕たちと戦ってた巨大ワムズにそっくりじゃない?」

目を凝らす。
真っ黒でよく見えないが、言われてみれば微かな光を反射する光沢などに若干の見覚えはあった。

「さっき一瞬だったけど、あの…セラカちゃん?と出てきたブラックホールが取られちゃったと思うんだよね」
「う、うん?」
「それを利用されて一緒についてきてたワムズを落とそうとしてる…?」

ウルフウッドはパニッシャーを置いて頭を抱えた。

「何してんねん……………」

もうツッコミをする元気もないようだ。
タバコをくわえて火をつける。肺いっぱいに吸い込んだ。

「いやいや!しょうがないでしょこればっかりは〜!」
「というかワムズと一緒に来とったんかお主ら」
「襲われてたから仕方ないわよ…うん…」

とはいえ放っておくわけにもいかない。
クラウスはスティーブンとギルベルトに連絡をとり、事の対処にあたるため部隊の再編成と装備の再補充を指示する。
一方でエリクスと瀬香はずっと二人で泣きながら寄り添っていた。
連戦に続く連戦。パドマはすぅ、と息を吸い込んだ。


「きゅうけーーーーーーい!!!
はい休憩休憩!!
お腹すいた人この指とーーーまれ!!!」
「ほーい!ダリちゃんお腹ぺこぺこじゃ〜」

パドマほど声がよく通る人物はいないだろう。
ダリ以外は全員若干耳を抑えながら驚いていた。

「ドリル娘、んなこと言うたってなぁ」
「だって何やっても攻撃通用しないんでしょ?
じゃあ今こんな状態で対策したって仕方ないじゃない」
「屁理屈か!」

エリクスは瀬香を立たせてメンバーが集まる側までやってきた。
長い髪をかき分け、肩を抱いている。

「俺もそれに賛成
俺たちのルールが働いてるならいくらクラウスたちが強くったって意味がない
俺たちが対策しないと
それに、猶予はまだまだありそうだ」

改めて見上げる。
確かにブラックホールの穴は大きい。しかし出てくるワムズ容量と見合っていないようだ。

「確かに、俺の目測だと片翼で100メートルあったくらいだから…もしかすればブラックホールの容量が合ってなくてワムズを吐き出すのに時間がかかっているのかもしれない」
「ステレオでしゃべるなやトンガリーズ…」
「とにかく!我々異界組は!休憩を希望します!
対策はまた相談させてください!」

パドマは片手をまっすぐ上げてクラウスと対峙する。
実際の見解には説得力があり、ライブラも異界組も疲弊の色が見えていた。
常時監視態勢は敷くとして、戦闘員には十分な休息を与えなければならない。

『どうするんだクラウス』
「Ms.パドマの指摘通りだ
我々には休息と事態回収へ向けた会議を開かねばなるまい」

こうして目の前に未曾有の危機が迫りながらも一同は秘密結社ライブラへと戻ることとなった。
パドマは思わず黒いヴァッシュと瀬香を見る。二人は時々目を合わせてはにかんでいた。

そう、確かに休憩は必要だ。
何より瀬香はあの暗い場所にたった一人でいて、エリクスはそんな彼女を二ヶ月間探し続けていた。

それはそれとして、どうやって同一人物であるヴァッシュ・ザ・スタンピードを落としたのか。経緯を知りたくて知りたくてたまらないのもある。
ウルフウッドの影に隠れながらこそこそと二人の様子を観察していた。

「すっごい、みられとる…」
「あはは…心配なだけだよ」
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