Touch wood
早朝から続々と機材が運び込まれる。
ライブラの構成員は多岐に渡るようで今回は解析班もデスクを構えて大所帯だった。
「ものものしいなぁ」
ヴァッシュのコメントに誰も気に留めない。むしろそれほど切羽詰まっているとも言える。
パドマもヴァッシュの横で慌ただしい様子を眺めていた。
そんな時に人混みの中から長い腕がひょいと挙げられる。
「そこの異界組
こっちにきてくれ」
スティーブンの声だ。
きっと何か説明があるに違いない。
「ほら行くぞウルフウッド」
「ダリちゃんもだよ」
「えぇ〜ダリちゃんこの高そうな菓子を食うておきたいんじゃが…」
ヴァッシュはウルフウッドを引きずり
パドマはダリを抱っこしながらそれぞれ連れて行く。
機材の運び入れだけでもかなり早起きしたに違いないのだが毎日スーツは綺麗で綻びがない立ち姿。
パドマはスティーブンを見上げながら、きっと女性にモテるんだろうなと感想を改めて浮かべる。
「まず今回君たちに主体的に動いてほしい案件だ」
「何すればいい?」
ヴァッシュの素直な言葉に手元の資料を早速めくる。
「単刀直入にいうと、昨日接触した少女とまた接触してほしい」
「ワイ死にかけたで」
「というか君たちにしかできないことだ」
「無視か?」
スティーブンの言い分はこうだ。
筐体の電子空間にいた少女は、おそらく重力増加の鍵を握る人物。
実際にウルフウッドが話しかけたことで爆発的に重力異常が増えたのだそう。
むしろ電子空間に存在しているだけでも十分怪しいのでライブラとしては捕縛したいのだと言う。
「じゃが昨日の…げえむの箱が見当たらんが」
「それだが、何も筐体に限らず“電子空間”という“あるけど無い空間”であれば繋がりやすいようだ
少女の反応は拾えるが、その先には進めない
先鋒としてザップを送り込ませたが血法が全て弾かれてしまう」
血法、と聞いてパドマは初日のザップの武器を思い出した。
あれが全て返されるなど尋常じゃない硬さなのではないかと疑問が浮かぶ。しかし弾かれる、ではなく“反応がなくなる”が正しい表現だろう。
「解析班はおそらく、異界のルールが極端に働いているせいでこちらの世界のものでは侵入ができないとの見解だ」
「なるほど、昨日ウルフウッドが入れたってことは僕らの世界のルールなんだ」
「その通りだ」
それならば異界組が入るしか手段はない。
しかし刺激をすれば重力異常が再び増え、文字通り重力増加という結果を招いてしまいかねない。
「あの嬢ちゃんの機嫌損ねたらワイらも外も、まとめてペシャンコっちゅーわけか」
「詳細は君たちに任せる
だが少女が重力増加の原因とは確定していない
あくまで捕縛だ」
レディーファーストなのか、なんなのか。初日の凄み方とはまた別の雰囲気を感じて思わずウルフウッドは眉間に皺を寄せた。
「他戦闘員は重力異常のポイント箇所に配置している
不測の事態、または君たちのように異界から来る者がいないとは限らないからね」
ザップ以外のメンバーはすべてそちらに向かっているらしい。見知った顔が見えない理由がようやくわかった。
「分析、解析班により精神投影を行う
その先の道のりは不明だ
ザップは5時間ほどで少女を発見したようなので根気よくやってくれ」
なるほど、と一行はソファーで爆睡しているザップをみた。
夜通し探索に時間をかけており肉体的に、というよりは精神的疲労を感じたのだろう。心なしか顔色も悪く見える。
「あの娘の場所なら妾がある程度道案内ができよう
思念を読み取ることに集中する故戦力として数えぬほうが良いぞ」
「それはそれで結構だ
作戦決行まであと1時間
それまで英気を養うなり会議するなりしてくれ」
スティーブンはまだやることがあるらしい。
すぐさま別の構成員に指示を出して一行の横を通り過ぎていった。
「えらいなこと押し付けられたなぁ」
「そういえば昨日の女の子のことちゃんと聞いてなかった
どんな子だったの?」
一行は構成員を避けながら部屋に戻る。
街の喧騒と内部の慌ただしさもあっていつもより騒々しい。
「左右の目の色が違う嬢ちゃんやったな
髪もえらい長くて」
そうや、とヴァッシュを見る。
「なんや知らんけどお前をしっとったで
赤いコートを握っとった」
「ええ!?僕!?」
すかさず反応したのはパドマだ。目を細めてじっと見ている。
「また知らない間に女の子たぶらかしたの」
「ち、違うよ誤解だよ!!
そんなオッドアイの子なんて僕忘れないしそもそも人の顔覚えるのは得意なんだから!!」
それもそうかと納得してしまうのも癪だ。ともあれなぜヴァッシュを知っているのかは疑問に残る。
少なくともヘルサレムズ・ロットにきたのは合計4名。同時に出現したのだからその情報に不確定要素はない。
「まぁ行ってみればわかるじゃろ
案外その娘は誑かされたのかもしれんぞ」
「ちょっと!人聞きが悪い!」
「日頃の行いがねぇ」
「せやな、チェインとかいう姉ちゃんにもがっつりナンパして蹴られとったろ」
ヴァッシュは慌ててウルフウッドの口を両手で塞ぐが時すでに遅し。
パドマに脛を蹴られて無言で痛みを堪えていた。
スクリーンに投影されている0の世界。何も映し出されず暗闇が広がっていた。
本当にこの電子空間に入るのだろうか。
パドマは目の前の重厚な機械を見て固唾を飲んだ。
「大丈夫だよパドマちゃん
ウルフウッドが昨日平気だったんだから」
「そ、そうよね、うん」
「ワイで毒味すな」
椅子から伸びる配電線は後方の解析班の端末へ何本も伸びている。
配線を踏まないように歩くだけで精一杯の部屋。少し前までは落ち着いた応接室だったのを思い出す。
「各自端末装着願います」
凛とした構成員の声。
びくりと肩が跳ね上がりギクシャクしている。
固まった手をほぐすように、ヴァッシュはパドマの手を握った。
「大丈夫だよ」
手袋越しの体温。指先から腕、肩、顔をなぞるように見上げる。
ヴァッシュは優しい目でパドマに微笑んだ。
たったそれだけで安心感に包まれる。思わずヴァッシュの親指を握った。
「おーおー見せつけてくれとるのぉ」
「ち、ちがうっ!」「ウルフウッド、茶化さない」
顔を真っ赤にするパドマと、せっかく安心させたのにと苦言するヴァッシュ。
けどヴァッシュから手を離すことなどはなかった。
そのまま機械が鈍い音を立てて動き始める。
「精神投影準備を開始しました
パワー充電中、電子空間まで5、4、3、2…投影開始」
心の準備すら待たずそのまま流れるように電子空間へと突入した。
目を開けているはずなのにそれまでいた景色が自分を置き去りにして遠のく。感じている左手の体温だけが本物だ。
「ヴァッシュ?聞こえる?」
「うん、聞こえるよ」
「うまくいったみたいやな
ダリ、ほんじゃ道案内………………」
3名がダリを見る。
視線を斜め下に動かすが見えるのは白い足だけ。
ゆっくり足をたどって見上げる。
「どうじゃ、大人のダリちゃんは
見惚れても構わんぞ?」
「だからなんでそうなんねん!!」
ウルフウッドは両腕をピコピコと上げ下げしながらリアクション芸をする。
それが面白くてダリは軽快に笑った。
長い髪と切れ長の瞳、耳は尖っておりいつものダリの特徴をそのままにしていた。だが身長はヴァッシュとほぼ同等、かつスタイルも女性の輪郭をしっかり描いている。
「ここは電子空間
出されているのは精神
なれば答えは自ずとわかるじゃろ」
パドマは自分の口元を押さえながらダリを見上げる。その丸い瞳は次第にきらきらと輝いた。
「ダリちゃん綺麗〜!!かっこいい〜!!股下5キロメートル!!」
「ふふん、そうじゃろうて」
「もうええわ!ほな行くで!」
「ウルフウッド照れてんの?」
「なわけあるかぁ!」
足音を鳴らしながら先々へ進んでしまう。その背中に向かってダリはそっちじゃないぞと言った。
それで余計怒ってしまったのでウルフウッドは最後尾について一行はようやく進み始める。
時々ダリは立ち止まり、方向を変える。思念はずっと聞こえているがそれは探している少女のものかはわからないようだ。
ダウジングマシンのように一つ一つ可能性があるものを拾って近づいて聞くという地道な作業を続けた。
それでもザップがかけた5時間よりはマシだ。30分程度で、電子空間よりもさらに深い黒がひしめく穴を見つけた。
空間にぽっかり空いたそれをダリは指差す。
「ここじゃな
ほれ早く入るぞ」
「ちょ!何勝手にはいっとんねん!!」
ダリが行けばウルフウッドも入る。
ヴァッシュはパドマの手をまた握りしめた。
「よし、行こう」
「うん」
二人揃って足を踏み入れる。
パドマは思わず目を閉じていたが、目を開いてもそう変わらない。黒い景色だけが広がっていたが変わったのはそこに赤いコートを抱く少女が増えたこと。
「あの子…」
ウルフウッドはヴァッシュの肩を掴み耳打ちする。
「なんでか知らんがお前に会いたがっとる
いつものナンパスマイルでいけ」
「簡単に言ってくれるよ…」
残りの3名は刺激しないように遠巻きから離れて様子を伺う。
口パクでパドマががんばれ!と言ったのを見てヴァッシュは少女に近づいた。
そして気づく。
ただの少女…いや、人間ではないことに。どこか近くて遠い存在。
同時に心配が勝った。
「きみ、どうしたの」
ナンパだなんてことヴァッシュにはできない。ただ膝を抱えて泣いている女の子にできるのは寄り添うことだけだった。
少女は聞き慣れた声にすぐさま顔をあげる。
ウルフウッドが言ったように目を引くオッドアイ。
特に右目はヴァッシュと全く同じ色だ。
「あは、あはは、もぉイヤやな…しんどいわこんな幻覚…」
「幻覚じゃないよ
名前はわかる?どうしてここにいるの?」
「…私忙しいから黙ってて
どうでもいいそんなの…名前なんて…」
腕に抱く赤いコート。確かにヴァッシュが着ている服と似ている。しかしながらかなり痛んでいるものだとわかった。
「放って置けないよ
誰か待ってるの?」
「うるさい、ヴァッシュさんの声で話さないで」
完全に心を閉ざしている。
ヴァッシュはなんだかんだ察しがついていた。
まずザップは入れなかったこと。次いで電子空間という現実とは有耶無耶な場所にあること。
それもそうだろう。なにせここはプラントの中。
この少女が抱く心の中なのだから。
お互い認識はできるけれど触れることもできない。よって捕縛など無理だった。
けれど呼びかけ続けなければいつかこの子は耐えきれなくなる。
そう思って口を開いた。
「頼むよ
君の助けになりたいんだ」
「うるさいっ!!なんなんだよっ!!
金髪で出てくんなっ!」
「へ!?き、金髪じゃだめなの!?」
「当たり前じゃん!!なんなの!?バカにしてんの!?他人だって、今までのことなかったことにしたいの!?」
「ちょ、ちょっと、落ち着こう、」
「落ち着けるわけないじゃん!!いつまでここにいればいいの!?こんなの抱えてどうすればいいの!?
誰のために堪えてるのかもうわかんないよ!!」
泣き出し、辛さを喚いて怒鳴り散らす。
精神が不安定どころか、パニック状態だ。
この様子に見かねたパドマが飛び出した。
「ねぇ!ごめんね!びっくりさせたよね!」
「ひっ」
突然知らない人間が出てきた。
それだけで少女は怯え、距離を取る。
「こ、こない、ほうがいい
早くどこかいって!!」
「ううん、あなたが泣いてるから、私どこにもいかないよ」
「ダメだよ!!ここはダメなの!!
危ないんだよ!!」
「どうして危ないの?ならあなたも危ないよ?
一緒に出られる方法考えよう?」
パドマが来てから明らかに態度が変わった。
それが良いことか悪いことかわからない。ただ怒鳴り散らし、話を聞かないということはなくなった。
少女は首を横に振る。
「でちゃダメ!私はここにいないとダメ!!」
「どうして?教えてくれる?」
ぼろぼろと涙を流し、そっとコートをめくった。
そこには眩しいほどの光があった。
いつかヘルサレムズ・ロットに来た時に、ヴァッシュの右腕から放たれた光ととても似ている。
「それは…?」
「あぶないから、離れて!!私もどうして抑えられてるかわかんない!」
「落ち着いて、大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない!!さっき、光が漏れちゃった…!!空間が消えて知らないところに投げ出されてっ、これ外に出したらダメなやつ!わかんないけどダメ!!」
もう一歩、少女に近づこうとしたパドマの肩をヴァッシュが握った。
「ヴァッシュ…?」
「……それ、ブラックホールだ」
「へ…?」
「どうしてそれがあるのかわからないけど、その子がずっと抑えてる
力も不安定なのに、無意識に抑え続けてるけど取りこぼしてそれが現実に出てきてしまうのかもしれない」
ウルフウッドは思い出す。初めて少女と会う直前のことだ。
ハンドルが急に取られて壁を突き破った。あれは文字通り吸い込まれたのだ。
そしてさらにダリもその光でヘルサレムズ・ロットにきた原因がわかる。
「その娘の思念と溢れたぶらっくほーるが混ざったのじゃろう
じゃから並行世界の妾たちが“引っ張られた”」
「へ…並行…世界…?」
怯え切った目は未だ幼い。口を閉じて、数秒考えたのちに震えながら言った。
「わたし、私の、せいですか
私が、ヴァッシュさんに会いたいって、思ったから」
「嬢ちゃんの知っとるヴァッシュは何処におるんや」
「が、がんばって、抑えてた、けど
上手くできなかったから、迷惑かけたんですか、私
私が、わたし…わたし…」
コートの下に隠れた光が強くなる。
少女は慌てて抱きしめるが動揺しているせいかそれは膨れ上がる。
「ごめんなさい!!ごめんなさい、逃げてください!!
ごめんなさい!!」
光の中心に黒い泡が見えた。
美しい光を生み出すそれは湧き出ては消え、潰れては発生して
不気味な生命をも思わせる。
「おいどうするんやトンガリ!!」
「大丈夫!落ち着いて!」
咄嗟に駆け寄る。震える小さな手を握ろうとしたが通り抜けていく。
ヴァッシュは珍しく顔をしかめた。
パドマもその隣に並んだ。
「私たち逃げないよ!ここにいるから!
一緒にいるよ!」
「ごめんなさい、うまく、できなくて、どうすれば、いいかわかんなくって
ヴァッシュさんに、あいたいって、思って、ごめんなさい」
顔を俯かせる。長い髪でとうとうその表情は見えなくなった。
完全に放棄されたブラックホールは際限なく広がっていく。
「おいおい、これもうやばいやろ」
「やばいのう
重力異常どころか増加してしまうのう」
なんの手立てもない。完全に少女の手を離れてブラックホールは完成されつつあった。
「瀬香」
少女は顔をあげた。
その場にいた4人もまたブラックホールに向けていた意識を背後にやる。
黒い服と黒い髪の、やつれた男が膝を抱えた少女に歩み寄る。
ダリとウルフウッド
パドマとヴァッシュの間を抜けて少女と目を合わせる。
「ごめんね、ずっと、一人にさせて」
少女は目を見開き声も出ない。
「それと、いつも瀬香に辛い思いばかりさせて本当にごめん」
両手が少女の両頬を包むがもちろん触れられない。
それでも目の前にいるのは少女がずっと待っていた人物だった。
「ぁ…う……」
「この後すぐ迎えにいくから
俺に場所を教えて」
少女は何度も頷く。涙を散らしながら必死に。
そうすると膨れ上がったブラックホールは完全に停止した。
言葉一つで止めて見せた。
「待ってるね、ヴァッシュさん」
それからヴァッシュは少女の頭に口付ける。
とても愛しそうに目を細めながら。
黒い空間が開けた。足元から一面草花が咲き誇り、ノーマンズランドではあり得ない風景へと変貌する。
思わず見惚れるほどに清々しい景色だった。
気づけば一行は現実世界に引き戻されていた。
瞬きのうちに応接室があった。
そして誰かが勢いよく走っていく音。
ウルフウッドは立ち上がる。
今のは誰だ、と自分の認識を疑わざるを得ない。
しかし一瞬でも感じた気配を裏付けるのは間違いなくヴァッシュだった。
「あ、あはは!びっくりした!!」
無音の応接室にヴァッシュの笑い声が響く。
「今の、俺だ!!」
その言葉を皮切りにパドマ、ウルフウッド、ダリ、ヴァッシュは一斉に応接室から飛び出した。
スティーブンは直ちに戦闘員に指示する。
「全員、エリクスと異界組の行動を追え!
随時報告を漏らすな!
世界崩壊一歩手前だ!」
ライブラの構成員は多岐に渡るようで今回は解析班もデスクを構えて大所帯だった。
「ものものしいなぁ」
ヴァッシュのコメントに誰も気に留めない。むしろそれほど切羽詰まっているとも言える。
パドマもヴァッシュの横で慌ただしい様子を眺めていた。
そんな時に人混みの中から長い腕がひょいと挙げられる。
「そこの異界組
こっちにきてくれ」
スティーブンの声だ。
きっと何か説明があるに違いない。
「ほら行くぞウルフウッド」
「ダリちゃんもだよ」
「えぇ〜ダリちゃんこの高そうな菓子を食うておきたいんじゃが…」
ヴァッシュはウルフウッドを引きずり
パドマはダリを抱っこしながらそれぞれ連れて行く。
機材の運び入れだけでもかなり早起きしたに違いないのだが毎日スーツは綺麗で綻びがない立ち姿。
パドマはスティーブンを見上げながら、きっと女性にモテるんだろうなと感想を改めて浮かべる。
「まず今回君たちに主体的に動いてほしい案件だ」
「何すればいい?」
ヴァッシュの素直な言葉に手元の資料を早速めくる。
「単刀直入にいうと、昨日接触した少女とまた接触してほしい」
「ワイ死にかけたで」
「というか君たちにしかできないことだ」
「無視か?」
スティーブンの言い分はこうだ。
筐体の電子空間にいた少女は、おそらく重力増加の鍵を握る人物。
実際にウルフウッドが話しかけたことで爆発的に重力異常が増えたのだそう。
むしろ電子空間に存在しているだけでも十分怪しいのでライブラとしては捕縛したいのだと言う。
「じゃが昨日の…げえむの箱が見当たらんが」
「それだが、何も筐体に限らず“電子空間”という“あるけど無い空間”であれば繋がりやすいようだ
少女の反応は拾えるが、その先には進めない
先鋒としてザップを送り込ませたが血法が全て弾かれてしまう」
血法、と聞いてパドマは初日のザップの武器を思い出した。
あれが全て返されるなど尋常じゃない硬さなのではないかと疑問が浮かぶ。しかし弾かれる、ではなく“反応がなくなる”が正しい表現だろう。
「解析班はおそらく、異界のルールが極端に働いているせいでこちらの世界のものでは侵入ができないとの見解だ」
「なるほど、昨日ウルフウッドが入れたってことは僕らの世界のルールなんだ」
「その通りだ」
それならば異界組が入るしか手段はない。
しかし刺激をすれば重力異常が再び増え、文字通り重力増加という結果を招いてしまいかねない。
「あの嬢ちゃんの機嫌損ねたらワイらも外も、まとめてペシャンコっちゅーわけか」
「詳細は君たちに任せる
だが少女が重力増加の原因とは確定していない
あくまで捕縛だ」
レディーファーストなのか、なんなのか。初日の凄み方とはまた別の雰囲気を感じて思わずウルフウッドは眉間に皺を寄せた。
「他戦闘員は重力異常のポイント箇所に配置している
不測の事態、または君たちのように異界から来る者がいないとは限らないからね」
ザップ以外のメンバーはすべてそちらに向かっているらしい。見知った顔が見えない理由がようやくわかった。
「分析、解析班により精神投影を行う
その先の道のりは不明だ
ザップは5時間ほどで少女を発見したようなので根気よくやってくれ」
なるほど、と一行はソファーで爆睡しているザップをみた。
夜通し探索に時間をかけており肉体的に、というよりは精神的疲労を感じたのだろう。心なしか顔色も悪く見える。
「あの娘の場所なら妾がある程度道案内ができよう
思念を読み取ることに集中する故戦力として数えぬほうが良いぞ」
「それはそれで結構だ
作戦決行まであと1時間
それまで英気を養うなり会議するなりしてくれ」
スティーブンはまだやることがあるらしい。
すぐさま別の構成員に指示を出して一行の横を通り過ぎていった。
「えらいなこと押し付けられたなぁ」
「そういえば昨日の女の子のことちゃんと聞いてなかった
どんな子だったの?」
一行は構成員を避けながら部屋に戻る。
街の喧騒と内部の慌ただしさもあっていつもより騒々しい。
「左右の目の色が違う嬢ちゃんやったな
髪もえらい長くて」
そうや、とヴァッシュを見る。
「なんや知らんけどお前をしっとったで
赤いコートを握っとった」
「ええ!?僕!?」
すかさず反応したのはパドマだ。目を細めてじっと見ている。
「また知らない間に女の子たぶらかしたの」
「ち、違うよ誤解だよ!!
そんなオッドアイの子なんて僕忘れないしそもそも人の顔覚えるのは得意なんだから!!」
それもそうかと納得してしまうのも癪だ。ともあれなぜヴァッシュを知っているのかは疑問に残る。
少なくともヘルサレムズ・ロットにきたのは合計4名。同時に出現したのだからその情報に不確定要素はない。
「まぁ行ってみればわかるじゃろ
案外その娘は誑かされたのかもしれんぞ」
「ちょっと!人聞きが悪い!」
「日頃の行いがねぇ」
「せやな、チェインとかいう姉ちゃんにもがっつりナンパして蹴られとったろ」
ヴァッシュは慌ててウルフウッドの口を両手で塞ぐが時すでに遅し。
パドマに脛を蹴られて無言で痛みを堪えていた。
スクリーンに投影されている0の世界。何も映し出されず暗闇が広がっていた。
本当にこの電子空間に入るのだろうか。
パドマは目の前の重厚な機械を見て固唾を飲んだ。
「大丈夫だよパドマちゃん
ウルフウッドが昨日平気だったんだから」
「そ、そうよね、うん」
「ワイで毒味すな」
椅子から伸びる配電線は後方の解析班の端末へ何本も伸びている。
配線を踏まないように歩くだけで精一杯の部屋。少し前までは落ち着いた応接室だったのを思い出す。
「各自端末装着願います」
凛とした構成員の声。
びくりと肩が跳ね上がりギクシャクしている。
固まった手をほぐすように、ヴァッシュはパドマの手を握った。
「大丈夫だよ」
手袋越しの体温。指先から腕、肩、顔をなぞるように見上げる。
ヴァッシュは優しい目でパドマに微笑んだ。
たったそれだけで安心感に包まれる。思わずヴァッシュの親指を握った。
「おーおー見せつけてくれとるのぉ」
「ち、ちがうっ!」「ウルフウッド、茶化さない」
顔を真っ赤にするパドマと、せっかく安心させたのにと苦言するヴァッシュ。
けどヴァッシュから手を離すことなどはなかった。
そのまま機械が鈍い音を立てて動き始める。
「精神投影準備を開始しました
パワー充電中、電子空間まで5、4、3、2…投影開始」
心の準備すら待たずそのまま流れるように電子空間へと突入した。
目を開けているはずなのにそれまでいた景色が自分を置き去りにして遠のく。感じている左手の体温だけが本物だ。
「ヴァッシュ?聞こえる?」
「うん、聞こえるよ」
「うまくいったみたいやな
ダリ、ほんじゃ道案内………………」
3名がダリを見る。
視線を斜め下に動かすが見えるのは白い足だけ。
ゆっくり足をたどって見上げる。
「どうじゃ、大人のダリちゃんは
見惚れても構わんぞ?」
「だからなんでそうなんねん!!」
ウルフウッドは両腕をピコピコと上げ下げしながらリアクション芸をする。
それが面白くてダリは軽快に笑った。
長い髪と切れ長の瞳、耳は尖っておりいつものダリの特徴をそのままにしていた。だが身長はヴァッシュとほぼ同等、かつスタイルも女性の輪郭をしっかり描いている。
「ここは電子空間
出されているのは精神
なれば答えは自ずとわかるじゃろ」
パドマは自分の口元を押さえながらダリを見上げる。その丸い瞳は次第にきらきらと輝いた。
「ダリちゃん綺麗〜!!かっこいい〜!!股下5キロメートル!!」
「ふふん、そうじゃろうて」
「もうええわ!ほな行くで!」
「ウルフウッド照れてんの?」
「なわけあるかぁ!」
足音を鳴らしながら先々へ進んでしまう。その背中に向かってダリはそっちじゃないぞと言った。
それで余計怒ってしまったのでウルフウッドは最後尾について一行はようやく進み始める。
時々ダリは立ち止まり、方向を変える。思念はずっと聞こえているがそれは探している少女のものかはわからないようだ。
ダウジングマシンのように一つ一つ可能性があるものを拾って近づいて聞くという地道な作業を続けた。
それでもザップがかけた5時間よりはマシだ。30分程度で、電子空間よりもさらに深い黒がひしめく穴を見つけた。
空間にぽっかり空いたそれをダリは指差す。
「ここじゃな
ほれ早く入るぞ」
「ちょ!何勝手にはいっとんねん!!」
ダリが行けばウルフウッドも入る。
ヴァッシュはパドマの手をまた握りしめた。
「よし、行こう」
「うん」
二人揃って足を踏み入れる。
パドマは思わず目を閉じていたが、目を開いてもそう変わらない。黒い景色だけが広がっていたが変わったのはそこに赤いコートを抱く少女が増えたこと。
「あの子…」
ウルフウッドはヴァッシュの肩を掴み耳打ちする。
「なんでか知らんがお前に会いたがっとる
いつものナンパスマイルでいけ」
「簡単に言ってくれるよ…」
残りの3名は刺激しないように遠巻きから離れて様子を伺う。
口パクでパドマががんばれ!と言ったのを見てヴァッシュは少女に近づいた。
そして気づく。
ただの少女…いや、人間ではないことに。どこか近くて遠い存在。
同時に心配が勝った。
「きみ、どうしたの」
ナンパだなんてことヴァッシュにはできない。ただ膝を抱えて泣いている女の子にできるのは寄り添うことだけだった。
少女は聞き慣れた声にすぐさま顔をあげる。
ウルフウッドが言ったように目を引くオッドアイ。
特に右目はヴァッシュと全く同じ色だ。
「あは、あはは、もぉイヤやな…しんどいわこんな幻覚…」
「幻覚じゃないよ
名前はわかる?どうしてここにいるの?」
「…私忙しいから黙ってて
どうでもいいそんなの…名前なんて…」
腕に抱く赤いコート。確かにヴァッシュが着ている服と似ている。しかしながらかなり痛んでいるものだとわかった。
「放って置けないよ
誰か待ってるの?」
「うるさい、ヴァッシュさんの声で話さないで」
完全に心を閉ざしている。
ヴァッシュはなんだかんだ察しがついていた。
まずザップは入れなかったこと。次いで電子空間という現実とは有耶無耶な場所にあること。
それもそうだろう。なにせここはプラントの中。
この少女が抱く心の中なのだから。
お互い認識はできるけれど触れることもできない。よって捕縛など無理だった。
けれど呼びかけ続けなければいつかこの子は耐えきれなくなる。
そう思って口を開いた。
「頼むよ
君の助けになりたいんだ」
「うるさいっ!!なんなんだよっ!!
金髪で出てくんなっ!」
「へ!?き、金髪じゃだめなの!?」
「当たり前じゃん!!なんなの!?バカにしてんの!?他人だって、今までのことなかったことにしたいの!?」
「ちょ、ちょっと、落ち着こう、」
「落ち着けるわけないじゃん!!いつまでここにいればいいの!?こんなの抱えてどうすればいいの!?
誰のために堪えてるのかもうわかんないよ!!」
泣き出し、辛さを喚いて怒鳴り散らす。
精神が不安定どころか、パニック状態だ。
この様子に見かねたパドマが飛び出した。
「ねぇ!ごめんね!びっくりさせたよね!」
「ひっ」
突然知らない人間が出てきた。
それだけで少女は怯え、距離を取る。
「こ、こない、ほうがいい
早くどこかいって!!」
「ううん、あなたが泣いてるから、私どこにもいかないよ」
「ダメだよ!!ここはダメなの!!
危ないんだよ!!」
「どうして危ないの?ならあなたも危ないよ?
一緒に出られる方法考えよう?」
パドマが来てから明らかに態度が変わった。
それが良いことか悪いことかわからない。ただ怒鳴り散らし、話を聞かないということはなくなった。
少女は首を横に振る。
「でちゃダメ!私はここにいないとダメ!!」
「どうして?教えてくれる?」
ぼろぼろと涙を流し、そっとコートをめくった。
そこには眩しいほどの光があった。
いつかヘルサレムズ・ロットに来た時に、ヴァッシュの右腕から放たれた光ととても似ている。
「それは…?」
「あぶないから、離れて!!私もどうして抑えられてるかわかんない!」
「落ち着いて、大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない!!さっき、光が漏れちゃった…!!空間が消えて知らないところに投げ出されてっ、これ外に出したらダメなやつ!わかんないけどダメ!!」
もう一歩、少女に近づこうとしたパドマの肩をヴァッシュが握った。
「ヴァッシュ…?」
「……それ、ブラックホールだ」
「へ…?」
「どうしてそれがあるのかわからないけど、その子がずっと抑えてる
力も不安定なのに、無意識に抑え続けてるけど取りこぼしてそれが現実に出てきてしまうのかもしれない」
ウルフウッドは思い出す。初めて少女と会う直前のことだ。
ハンドルが急に取られて壁を突き破った。あれは文字通り吸い込まれたのだ。
そしてさらにダリもその光でヘルサレムズ・ロットにきた原因がわかる。
「その娘の思念と溢れたぶらっくほーるが混ざったのじゃろう
じゃから並行世界の妾たちが“引っ張られた”」
「へ…並行…世界…?」
怯え切った目は未だ幼い。口を閉じて、数秒考えたのちに震えながら言った。
「わたし、私の、せいですか
私が、ヴァッシュさんに会いたいって、思ったから」
「嬢ちゃんの知っとるヴァッシュは何処におるんや」
「が、がんばって、抑えてた、けど
上手くできなかったから、迷惑かけたんですか、私
私が、わたし…わたし…」
コートの下に隠れた光が強くなる。
少女は慌てて抱きしめるが動揺しているせいかそれは膨れ上がる。
「ごめんなさい!!ごめんなさい、逃げてください!!
ごめんなさい!!」
光の中心に黒い泡が見えた。
美しい光を生み出すそれは湧き出ては消え、潰れては発生して
不気味な生命をも思わせる。
「おいどうするんやトンガリ!!」
「大丈夫!落ち着いて!」
咄嗟に駆け寄る。震える小さな手を握ろうとしたが通り抜けていく。
ヴァッシュは珍しく顔をしかめた。
パドマもその隣に並んだ。
「私たち逃げないよ!ここにいるから!
一緒にいるよ!」
「ごめんなさい、うまく、できなくて、どうすれば、いいかわかんなくって
ヴァッシュさんに、あいたいって、思って、ごめんなさい」
顔を俯かせる。長い髪でとうとうその表情は見えなくなった。
完全に放棄されたブラックホールは際限なく広がっていく。
「おいおい、これもうやばいやろ」
「やばいのう
重力異常どころか増加してしまうのう」
なんの手立てもない。完全に少女の手を離れてブラックホールは完成されつつあった。
「瀬香」
少女は顔をあげた。
その場にいた4人もまたブラックホールに向けていた意識を背後にやる。
黒い服と黒い髪の、やつれた男が膝を抱えた少女に歩み寄る。
ダリとウルフウッド
パドマとヴァッシュの間を抜けて少女と目を合わせる。
「ごめんね、ずっと、一人にさせて」
少女は目を見開き声も出ない。
「それと、いつも瀬香に辛い思いばかりさせて本当にごめん」
両手が少女の両頬を包むがもちろん触れられない。
それでも目の前にいるのは少女がずっと待っていた人物だった。
「ぁ…う……」
「この後すぐ迎えにいくから
俺に場所を教えて」
少女は何度も頷く。涙を散らしながら必死に。
そうすると膨れ上がったブラックホールは完全に停止した。
言葉一つで止めて見せた。
「待ってるね、ヴァッシュさん」
それからヴァッシュは少女の頭に口付ける。
とても愛しそうに目を細めながら。
黒い空間が開けた。足元から一面草花が咲き誇り、ノーマンズランドではあり得ない風景へと変貌する。
思わず見惚れるほどに清々しい景色だった。
気づけば一行は現実世界に引き戻されていた。
瞬きのうちに応接室があった。
そして誰かが勢いよく走っていく音。
ウルフウッドは立ち上がる。
今のは誰だ、と自分の認識を疑わざるを得ない。
しかし一瞬でも感じた気配を裏付けるのは間違いなくヴァッシュだった。
「あ、あはは!びっくりした!!」
無音の応接室にヴァッシュの笑い声が響く。
「今の、俺だ!!」
その言葉を皮切りにパドマ、ウルフウッド、ダリ、ヴァッシュは一斉に応接室から飛び出した。
スティーブンは直ちに戦闘員に指示する。
「全員、エリクスと異界組の行動を追え!
随時報告を漏らすな!
世界崩壊一歩手前だ!」