Touch wood
後方からはバイクがもう一台追ってくる。
それを恨めしそうに見るパドマ。表情から見るにウルフウッドとダリ同様、あの人物に追われていると察した。
「にしても本当にしつこいわね!ヴァッシュはもう通り過ぎたっていうのに!」
ダリはここで改めて認識の齟齬を整理する。
この少女はヴァッシュとウルフウッドを知っていた。しかしダリのことは知らない。逆にダリも少女のことを知らない。
まず大きな違和感はそこだろう。
次に挙げられる点はヴァッシュだ。
ダリの知るヴァッシュは髪が金髪と黒髪に分かれている。しかし先ほど見たヴァッシュは金髪だった。
だからウルフウッドも本当にヴァッシュ自身なのかと疑った。言動、立ち振る舞い、雰囲気全てヴァッシュそのものであるのにどこか“位相”がズレている。
そう表現するに相応しい状況だ。
「ッシャァ!!ようやく追いついたぞ!!ぐにゃぐにゃ、グラサ、ン………」
銀髪の男…先程までパドマとヴァッシュを追っていたザップは少女たちを見る。
「ヴァッシュはあっちよ
残念でした」
「にしても何故追いかけとるんじゃ?野蛮じゃのう」
ザップはじぃっと二人を見た。足元から髪の先まで。
何故だか悪寒がしてパドマは身を震わせる。
戦う者の目から、ガラリと目の色が変わっていく。
「女ーーーー!
何歳!?どこ住み!!」
「うわ……」「やはり野蛮じゃの…」
バイクを寄せてきた色欲魔。今まで追いかけてきてた癖にパドマのことは眼中になかったようだ。
おそらくヴァッシュの射撃だけがK・Kにも匹敵する腕だったからだろう。それにしても初めは興味がなかったようだ。
次第にザップの下品な笑みが近づく。
ダリは遠慮なくそのバイクを蹴り付ける。その細足の蹴りなど大したことはない。子猫の抵抗だと思っていたザップの侮りが敗因だった。
バッコーン!!と真上に飛び上がるバイクと男。
「へ?」「えっ」
「愚か者め」
あれだけしつこく追いかけていたザップは呆気なくここで脱落。
ふん、と鼻を鳴らすダリ。爆発音に肩をすくめ、パドマはミラー越しに上がる煙を見て目を輝かせた。
「すごいっ!私たちあんなに苦労してたのに!」
「なに、あちらが油断しておっただけじゃ」
「でもすごいよ!ねぇ、名前なんていうの?
私パドマ!パドマ・コリンズ!」
ザップの”事故“現場から離れた場所にゆっくりバイクを止める。
バイクから地に足をつけ、振り返った明るい笑顔にダリは拍子抜けする。というのも今までこんな笑顔を向けられたのはひさびさだった。
どこか懐かしい笑顔を浮かべる少女に心がほだされてしまう。
「ダリじゃ」
「ダリちゃ……あ!ごめんなさい!ダリさん!」
「構わんぞ、ダリちゃんで」
ダリの話し方はどこか年長者を思わせる。所作さえも洗練されているように見える。だからこそあわてて敬称をつけたのだがダリは笑って許した。
確かに互いの存在は己の世界とどこかズレている。
それはどうしようもない違和感として心に残っているのだが、目の前にいる少女たちはある種ノーマンズランドでは居て当たり前の存在なのだ。
そんなことを自覚したところでダリの頭に何か乗っているのを見た。
パドマは見たことのない生き物に目を丸くさせる。
「あの…その子は、ダリちゃんの友達?」
指差した先に、毛むくじゃらの生き物は居たのだが瞬きの間に消えてしまう。すると今度はパドマの肩に乗っていた。
「もしや其奴のことか?」
「あっ、いつの間に!」
少なくともダリ、パドマからすれば初めての生物。ワムズとは違って柔らかく温かい。
両手ですくうように、そのまんまるい目をした生き物を乗せた。
「キミなんだか可愛い
どこからきたの?
ここ危ないよ?」
話しかけるが自身の白い毛を掻いている。
小さく鳴いてダリの肩に瞬時に乗った。
「気ままなやつよの
ところでお主のことじゃが」
パドマだけでも先に認識の擦り合わせをするべきだ。
この違和感を共有することで元の惑星に戻れる可能性も見出せるだろう。
すると先程まで走っていた道路から、白いライダージャケットを汚したままやってきた男。
あの”事故“から生還していたのかとダリは感心する。
だがザップもダリの纏う雰囲気、そしてヒト以上の力に察しがついていた。
この存在はヒトを脅かすものだと。
ならばザップの得意分野であり本来の仕事を果たす相手だ。
「刃身ノ四・紅蓮骨喰──!」
ダリは危機を察知した。
そばにあったバイクで阻害しようとするが、これでは防げない。圧倒的な加速度と加えて大きな刀身はダリという厄災を打ち払うためのものなのだ。
死が刻一刻と迫っているせいか時間の流れが遅くなる。
今更投げつけたバイクが手元に戻ることはない。鉄製のマフラーも上質な革で覆われたシートも呆気なく炎に包まれながら両断されている。
その目の前の情報にかかり切りになっていたダリは、パドマに抱きしめられ、道路に伏せた。
ただの人間では知覚することも難しい斬撃を避けただけではない。ダリと、その肩に乗っていた生き物もまとめて救ったのだ。
ビルが斜めに切れて倒壊を始める。パドマは痛む傷を堪えながらさらにその場所からダリと謎の生物を抱えて離れた。
周囲の慌てる声、悲鳴と土埃。
パドマは二人を大事に抱きしめて風からも守っていた。
「大丈夫!?」
パドマの右腕には赤い傷が入り、血液が表面張力したあと堪えきれず流血していた。
「パドマ、腕が」
「もふもふ君も大丈夫?」
自分の傷など二の次。手で優しく庇っていた手を退けると慌てて逃げていった。
「あ、消えちゃった
怪我もなさそうだしきっと大丈夫よね!」
ザップ・レンフロはその傷を見て眉間に皺を寄せる。
避けられたこともそうだが、ダリという異質な存在を守るなどとは考えられなかった。
「おい女!そのガキがどういう存在かわかってんのか!」
「知るわけないじゃない!」
「っつかさっきから反撃もせずちょろちょろしやがって!邪魔だからあっちいってろ!!」
「行かない!」
「あ゛ぁ!?」
パドマはダリを背中に隠して立ち塞がる。
いい加減ザップの堪忍袋の緒は切れていた。ただでさえ切れやすいのに今回は任務遂行に異常なまでに手間取っている。
そのことも合い余って、余計怒りのボルテージが上がっていた。
「ウルフウッドがダリちゃんを守ってた!
だから私も守りたい!」
ダリも何を勘違いしているのだろう、と思わずにいられない。
そもそもダリとウルフウッドは捕食関係だ。ウルフウッドの魂を熟させ美味しくいただくためにダリはついていってるだけにすぎない。
けれどパドマの熱量は嘘ではない。本気でそう思っているし、今の行動原理はそこにある。
なんて浅はかで愚かなのだろう。目の前の狩人など目もくれずダリはパドマの背中をじっと見上げていた。
「なら、お前も“そっち側”ってことだな!!」
焔丸を振りかざす。見たこともない斬撃に足がすくみそうになる。
しかしパドマはここで負けるわけにはいかなかった。
2丁拳銃を取り出し、向かってくるザップに向けて引き金を引こうとした。
──その時。
突如真横から大男の拳がザップの頬に直撃する。
情けない悲鳴をあげながら向かい側の店のガラスを突き破り吹き飛んでいってしまった。
パドマとダリはザップが飛んだ方向を数秒、ポカンと見ている。
「メンバーの非礼、謝罪をしたい」
パドマは声をかけてきた大男を見上げる。
赤髪に、危険であると本能が叫び出すほどの威圧感。
あ、と声を振り絞ったきり何も言えなかった。
プレッシャーに当てられている。
「なんじゃ、先ほどの小童の仲間か」
代わりに前に出たのはダリだ。
パドマを下がらせてその眼光を大男に向ける。
すると片膝をついて目を合わせてきた。
「あなた方が先ほど、ソニックを助けたと聞いて飛んできた」
「そにっく…?」
男の山のような背中から出てきたのは先ほどの謎の生き物。
キキッと小さく鳴いてパドマの前にやってきた。それだけで胸を撫で下ろし、地面にへたり込む。
「こちらとしてもあなた方を捕まえざるを得ない事情はあった
けれどソニックを助けたことでようやく認識できた
害をなす存在ではない、と」
「は、どうかのぅ
先ほどの銀髪の男の言う通り、妾は人間を糧に生きる存在
それにお主らも油断した背後から妾を──ということも考えられるじゃろう」
「我が魂に誓って、させない」
男は言い切った。
清々しくも炎のゆらめきのような言葉。野獣のような目は、今や篤実さを宿していた。
「それに、あなたはここに来てから人間に手を出していない」
ダリの視線に怯えることなく、じっと見つめる。
どこかヴァッシュの目と似ていた。
「旦那ァーーー!!
なんで殴るんすかーーーー!!」
這い戻ってきたザップ。頭にガラス片が刺さり血が飛び出していた。
それにしてもこの人はよく“事故”に巻き込まれるなぁ、とパドマは思う。
「ライブラ全員武装解除
彼女らを丁重にもてなしたまえ」
「ハァーーーーー!?」
腰を上げ、緩んだネクタイを締め直す。
「異界からの稀人、ヘルサレムズ・ロットへようこそ」
◆
「エリクスさん?どうかしました?」
黒髪でどこか野暮ったい男は中心街からあがる煙をじっと見ていた。
レオはそんな様子に心配になって前に立つ。
「どこか傷が痛むとか?
なら少し休みましょうか」
「ああ、いや、大丈夫…
それよりこの街はいつもあんな感じなのかい?」
ドーン、という音。ザップさんがまた爆発でもしたのかな、などと適当な想像をしていた。
とりわけ今回のレオは他人事でいられる。
「ええ、まぁ…世界の危機なんてしょっちゅうですよ」
「キミも…ええと、ライブラ、の一員なんだろ?僕に付き合わせちゃって悪いなあ」
首を横に振る。
そもそもこんな穏便な人といられることも、穏便な仕事ができることにもある種感謝しているのだから。
「ヘーキですよ!むしろオレがいないほうがうまくいくこともありますし!
それより恋人さん探さないと」
「──うん、ありがとう、レオナルド」
「だから、レオでいいですってば」
男は穏やかな人となりだった。
少なくともレオにとって彼はとても“眩しく”感じる。それは良いことなのか悪いことなのかわからない。
けれど片翼をもがれたような、悲しい顔をずっとしているのでほっとくにほっとけないのだ。
それにこれまでの行動で怪しい点もなかった。
だが一点挙げるとすれば、困っている人を見捨てられなさ過ぎる、という長所でもあり短所だろう。
その長い前髪の下にどんな目が隠れているのだろう。何を思って両足を踏み締め、拳を作っているのだろう。
レオは気を取り直して、エリクスと呼ばれる男と行方不明の恋人探しを再開した。
「それじゃあ、次のポイントにいきましょうか」
「うん、お願いするよ」
傷を抱え未だ治りきっていない。それでも彼は彼女を探したいのだと言って足を止めることはない。
それほどまでに好きなのかと思うと、恋人の人物像も知らないくせにいいカップルなんだろうな、なんて想像してしまった。
「あ…ところでその恋人さんの名前聞いてなかった」
「あれ?そうだったっけ
ゴメンゴメン、彼女の名前は──」
この優しいエリクスの隣にはきっと似たような人種で、年齢も同じで、溌剌とした女性がいたに違いない。
勝手な想像をしながら言葉に耳を傾ける。
「木下 瀬香」
想像とかけ離れた名前につい足を止めてしまう。
え?と無意識に聞き返していたようだ。
静寂に鳥の鳴き声がよく響いた。
「ああ、ファミリーネームを逆にしなきゃね
セラカ・キノシタ
日本人なんだ」
「じゃ、ジャパニーズ、なんですか」
「そう、僕の天使」
15歳、なんて情報もぶっ込んでくるのでレオは近くのベンチに座って頭を抱える。
「…あの……ストーカーとか…そういうのじゃ…」
「ち、ちがうちがう!!ちゃんと理由あってお付き合いしてるから!!」
エリクスは慌てて両手を振ってレオの考えを否定した。
しかしそれを信じるに足るまでの信頼はまだない…というか、今までの信頼がむしろ消えた。たった今。
特に近い年齢の妹を持つレオだからこそだ。
エリクスの年齢はおよそ20代前半。少なくともここで5歳も年齢が離れていた。
もしミシェーラに置き換えたら、レオはとてもじゃないが冷静ではいられない。
「と、とにかく、本当に大丈夫!
なんだったら僕が怪しいと思ったらすぐ縛ってもいいから!」
だが、レオならある程度ヴァッシュの挙動を多方面から監視もできる。
少しでも怪しい動きをしたら上司(クラウス)に連絡しよう、などと考えて気持ちを切り替えることにした。
それを恨めしそうに見るパドマ。表情から見るにウルフウッドとダリ同様、あの人物に追われていると察した。
「にしても本当にしつこいわね!ヴァッシュはもう通り過ぎたっていうのに!」
ダリはここで改めて認識の齟齬を整理する。
この少女はヴァッシュとウルフウッドを知っていた。しかしダリのことは知らない。逆にダリも少女のことを知らない。
まず大きな違和感はそこだろう。
次に挙げられる点はヴァッシュだ。
ダリの知るヴァッシュは髪が金髪と黒髪に分かれている。しかし先ほど見たヴァッシュは金髪だった。
だからウルフウッドも本当にヴァッシュ自身なのかと疑った。言動、立ち振る舞い、雰囲気全てヴァッシュそのものであるのにどこか“位相”がズレている。
そう表現するに相応しい状況だ。
「ッシャァ!!ようやく追いついたぞ!!ぐにゃぐにゃ、グラサ、ン………」
銀髪の男…先程までパドマとヴァッシュを追っていたザップは少女たちを見る。
「ヴァッシュはあっちよ
残念でした」
「にしても何故追いかけとるんじゃ?野蛮じゃのう」
ザップはじぃっと二人を見た。足元から髪の先まで。
何故だか悪寒がしてパドマは身を震わせる。
戦う者の目から、ガラリと目の色が変わっていく。
「女ーーーー!
何歳!?どこ住み!!」
「うわ……」「やはり野蛮じゃの…」
バイクを寄せてきた色欲魔。今まで追いかけてきてた癖にパドマのことは眼中になかったようだ。
おそらくヴァッシュの射撃だけがK・Kにも匹敵する腕だったからだろう。それにしても初めは興味がなかったようだ。
次第にザップの下品な笑みが近づく。
ダリは遠慮なくそのバイクを蹴り付ける。その細足の蹴りなど大したことはない。子猫の抵抗だと思っていたザップの侮りが敗因だった。
バッコーン!!と真上に飛び上がるバイクと男。
「へ?」「えっ」
「愚か者め」
あれだけしつこく追いかけていたザップは呆気なくここで脱落。
ふん、と鼻を鳴らすダリ。爆発音に肩をすくめ、パドマはミラー越しに上がる煙を見て目を輝かせた。
「すごいっ!私たちあんなに苦労してたのに!」
「なに、あちらが油断しておっただけじゃ」
「でもすごいよ!ねぇ、名前なんていうの?
私パドマ!パドマ・コリンズ!」
ザップの”事故“現場から離れた場所にゆっくりバイクを止める。
バイクから地に足をつけ、振り返った明るい笑顔にダリは拍子抜けする。というのも今までこんな笑顔を向けられたのはひさびさだった。
どこか懐かしい笑顔を浮かべる少女に心がほだされてしまう。
「ダリじゃ」
「ダリちゃ……あ!ごめんなさい!ダリさん!」
「構わんぞ、ダリちゃんで」
ダリの話し方はどこか年長者を思わせる。所作さえも洗練されているように見える。だからこそあわてて敬称をつけたのだがダリは笑って許した。
確かに互いの存在は己の世界とどこかズレている。
それはどうしようもない違和感として心に残っているのだが、目の前にいる少女たちはある種ノーマンズランドでは居て当たり前の存在なのだ。
そんなことを自覚したところでダリの頭に何か乗っているのを見た。
パドマは見たことのない生き物に目を丸くさせる。
「あの…その子は、ダリちゃんの友達?」
指差した先に、毛むくじゃらの生き物は居たのだが瞬きの間に消えてしまう。すると今度はパドマの肩に乗っていた。
「もしや其奴のことか?」
「あっ、いつの間に!」
少なくともダリ、パドマからすれば初めての生物。ワムズとは違って柔らかく温かい。
両手ですくうように、そのまんまるい目をした生き物を乗せた。
「キミなんだか可愛い
どこからきたの?
ここ危ないよ?」
話しかけるが自身の白い毛を掻いている。
小さく鳴いてダリの肩に瞬時に乗った。
「気ままなやつよの
ところでお主のことじゃが」
パドマだけでも先に認識の擦り合わせをするべきだ。
この違和感を共有することで元の惑星に戻れる可能性も見出せるだろう。
すると先程まで走っていた道路から、白いライダージャケットを汚したままやってきた男。
あの”事故“から生還していたのかとダリは感心する。
だがザップもダリの纏う雰囲気、そしてヒト以上の力に察しがついていた。
この存在はヒトを脅かすものだと。
ならばザップの得意分野であり本来の仕事を果たす相手だ。
「刃身ノ四・紅蓮骨喰──!」
ダリは危機を察知した。
そばにあったバイクで阻害しようとするが、これでは防げない。圧倒的な加速度と加えて大きな刀身はダリという厄災を打ち払うためのものなのだ。
死が刻一刻と迫っているせいか時間の流れが遅くなる。
今更投げつけたバイクが手元に戻ることはない。鉄製のマフラーも上質な革で覆われたシートも呆気なく炎に包まれながら両断されている。
その目の前の情報にかかり切りになっていたダリは、パドマに抱きしめられ、道路に伏せた。
ただの人間では知覚することも難しい斬撃を避けただけではない。ダリと、その肩に乗っていた生き物もまとめて救ったのだ。
ビルが斜めに切れて倒壊を始める。パドマは痛む傷を堪えながらさらにその場所からダリと謎の生物を抱えて離れた。
周囲の慌てる声、悲鳴と土埃。
パドマは二人を大事に抱きしめて風からも守っていた。
「大丈夫!?」
パドマの右腕には赤い傷が入り、血液が表面張力したあと堪えきれず流血していた。
「パドマ、腕が」
「もふもふ君も大丈夫?」
自分の傷など二の次。手で優しく庇っていた手を退けると慌てて逃げていった。
「あ、消えちゃった
怪我もなさそうだしきっと大丈夫よね!」
ザップ・レンフロはその傷を見て眉間に皺を寄せる。
避けられたこともそうだが、ダリという異質な存在を守るなどとは考えられなかった。
「おい女!そのガキがどういう存在かわかってんのか!」
「知るわけないじゃない!」
「っつかさっきから反撃もせずちょろちょろしやがって!邪魔だからあっちいってろ!!」
「行かない!」
「あ゛ぁ!?」
パドマはダリを背中に隠して立ち塞がる。
いい加減ザップの堪忍袋の緒は切れていた。ただでさえ切れやすいのに今回は任務遂行に異常なまでに手間取っている。
そのことも合い余って、余計怒りのボルテージが上がっていた。
「ウルフウッドがダリちゃんを守ってた!
だから私も守りたい!」
ダリも何を勘違いしているのだろう、と思わずにいられない。
そもそもダリとウルフウッドは捕食関係だ。ウルフウッドの魂を熟させ美味しくいただくためにダリはついていってるだけにすぎない。
けれどパドマの熱量は嘘ではない。本気でそう思っているし、今の行動原理はそこにある。
なんて浅はかで愚かなのだろう。目の前の狩人など目もくれずダリはパドマの背中をじっと見上げていた。
「なら、お前も“そっち側”ってことだな!!」
焔丸を振りかざす。見たこともない斬撃に足がすくみそうになる。
しかしパドマはここで負けるわけにはいかなかった。
2丁拳銃を取り出し、向かってくるザップに向けて引き金を引こうとした。
──その時。
突如真横から大男の拳がザップの頬に直撃する。
情けない悲鳴をあげながら向かい側の店のガラスを突き破り吹き飛んでいってしまった。
パドマとダリはザップが飛んだ方向を数秒、ポカンと見ている。
「メンバーの非礼、謝罪をしたい」
パドマは声をかけてきた大男を見上げる。
赤髪に、危険であると本能が叫び出すほどの威圧感。
あ、と声を振り絞ったきり何も言えなかった。
プレッシャーに当てられている。
「なんじゃ、先ほどの小童の仲間か」
代わりに前に出たのはダリだ。
パドマを下がらせてその眼光を大男に向ける。
すると片膝をついて目を合わせてきた。
「あなた方が先ほど、ソニックを助けたと聞いて飛んできた」
「そにっく…?」
男の山のような背中から出てきたのは先ほどの謎の生き物。
キキッと小さく鳴いてパドマの前にやってきた。それだけで胸を撫で下ろし、地面にへたり込む。
「こちらとしてもあなた方を捕まえざるを得ない事情はあった
けれどソニックを助けたことでようやく認識できた
害をなす存在ではない、と」
「は、どうかのぅ
先ほどの銀髪の男の言う通り、妾は人間を糧に生きる存在
それにお主らも油断した背後から妾を──ということも考えられるじゃろう」
「我が魂に誓って、させない」
男は言い切った。
清々しくも炎のゆらめきのような言葉。野獣のような目は、今や篤実さを宿していた。
「それに、あなたはここに来てから人間に手を出していない」
ダリの視線に怯えることなく、じっと見つめる。
どこかヴァッシュの目と似ていた。
「旦那ァーーー!!
なんで殴るんすかーーーー!!」
這い戻ってきたザップ。頭にガラス片が刺さり血が飛び出していた。
それにしてもこの人はよく“事故”に巻き込まれるなぁ、とパドマは思う。
「ライブラ全員武装解除
彼女らを丁重にもてなしたまえ」
「ハァーーーーー!?」
腰を上げ、緩んだネクタイを締め直す。
「異界からの稀人、ヘルサレムズ・ロットへようこそ」
◆
「エリクスさん?どうかしました?」
黒髪でどこか野暮ったい男は中心街からあがる煙をじっと見ていた。
レオはそんな様子に心配になって前に立つ。
「どこか傷が痛むとか?
なら少し休みましょうか」
「ああ、いや、大丈夫…
それよりこの街はいつもあんな感じなのかい?」
ドーン、という音。ザップさんがまた爆発でもしたのかな、などと適当な想像をしていた。
とりわけ今回のレオは他人事でいられる。
「ええ、まぁ…世界の危機なんてしょっちゅうですよ」
「キミも…ええと、ライブラ、の一員なんだろ?僕に付き合わせちゃって悪いなあ」
首を横に振る。
そもそもこんな穏便な人といられることも、穏便な仕事ができることにもある種感謝しているのだから。
「ヘーキですよ!むしろオレがいないほうがうまくいくこともありますし!
それより恋人さん探さないと」
「──うん、ありがとう、レオナルド」
「だから、レオでいいですってば」
男は穏やかな人となりだった。
少なくともレオにとって彼はとても“眩しく”感じる。それは良いことなのか悪いことなのかわからない。
けれど片翼をもがれたような、悲しい顔をずっとしているのでほっとくにほっとけないのだ。
それにこれまでの行動で怪しい点もなかった。
だが一点挙げるとすれば、困っている人を見捨てられなさ過ぎる、という長所でもあり短所だろう。
その長い前髪の下にどんな目が隠れているのだろう。何を思って両足を踏み締め、拳を作っているのだろう。
レオは気を取り直して、エリクスと呼ばれる男と行方不明の恋人探しを再開した。
「それじゃあ、次のポイントにいきましょうか」
「うん、お願いするよ」
傷を抱え未だ治りきっていない。それでも彼は彼女を探したいのだと言って足を止めることはない。
それほどまでに好きなのかと思うと、恋人の人物像も知らないくせにいいカップルなんだろうな、なんて想像してしまった。
「あ…ところでその恋人さんの名前聞いてなかった」
「あれ?そうだったっけ
ゴメンゴメン、彼女の名前は──」
この優しいエリクスの隣にはきっと似たような人種で、年齢も同じで、溌剌とした女性がいたに違いない。
勝手な想像をしながら言葉に耳を傾ける。
「木下 瀬香」
想像とかけ離れた名前につい足を止めてしまう。
え?と無意識に聞き返していたようだ。
静寂に鳥の鳴き声がよく響いた。
「ああ、ファミリーネームを逆にしなきゃね
セラカ・キノシタ
日本人なんだ」
「じゃ、ジャパニーズ、なんですか」
「そう、僕の天使」
15歳、なんて情報もぶっ込んでくるのでレオは近くのベンチに座って頭を抱える。
「…あの……ストーカーとか…そういうのじゃ…」
「ち、ちがうちがう!!ちゃんと理由あってお付き合いしてるから!!」
エリクスは慌てて両手を振ってレオの考えを否定した。
しかしそれを信じるに足るまでの信頼はまだない…というか、今までの信頼がむしろ消えた。たった今。
特に近い年齢の妹を持つレオだからこそだ。
エリクスの年齢はおよそ20代前半。少なくともここで5歳も年齢が離れていた。
もしミシェーラに置き換えたら、レオはとてもじゃないが冷静ではいられない。
「と、とにかく、本当に大丈夫!
なんだったら僕が怪しいと思ったらすぐ縛ってもいいから!」
だが、レオならある程度ヴァッシュの挙動を多方面から監視もできる。
少しでも怪しい動きをしたら上司(クラウス)に連絡しよう、などと考えて気持ちを切り替えることにした。