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Touch wood

「どぅわーーー!?」
「ひにゃーーー!?」

路地から駆け抜けてきた二人。金髪に赤いコートの男。かたや巻かれた髪が特徴的なはつらつとした少女。
出てきた路上からはさらに遅れて一刀両断されたドアが転がった。

「逃げんな、っよ!!
刃身ノ弐・空斬糸!!」

二人の前に現れた赤い糸。
ヴァッシュはすぐさまリボルバーを構えて網を引きつけ、撃つ。
網が完成されるその最後のひと繋ぎ。そこに銃弾が挟まる。
前方を走るパドマがナイフを持ち縦に切り裂いた。
その隙間に向けてヴァッシュはさらに弾丸を撃ち込む。

「パドマちゃん!」

パドマのすぐそばを抜けた銃弾。その弾ごと両手で網を開いた。

「はぁ!?」

銀髪の男は驚かざるを得ないだろう。
男の使う武器は血液そのもの。その流動性といい精密さは並のものではない。
そもそも『斗流血法』はセンスがなければ一生扱えない代物。
それを扱う上で『天才』と称される彼の技量はもちろん人外の域だ。

その技をたかが普通の弾丸で、しかも初見で動きを見極めてタイミングよく阻害するなど普通ではない。
楽な仕事だと侮っていた認識を改める。

この男が知る上で、ヴァッシュは最も類稀なる射撃のプロであることを知らされた。

「あんま、調子に乗るなよ!!」

急にヴァッシュは振り返る。
そして銃口は男の上を向いている。

「どこ狙ってんだ!」

焔丸でその腕を叩き切ってやろうとした時、男の真上で何かが破裂した。
音を察して見上げると、麻酔ガスを搭載した遠距離型狙撃弾が割れていた。そう、本来ヴァッシュとパドマを狙っていただけの弾丸が男の真上で割れて狙撃は失敗していたのだ。

弾丸に弾丸を当てる変態じみた技術。
男は口、鼻に血液を覆って煙を吸い込まないよう掻い潜った。

「っぷは、アネさんミスってんじゃないすか!!」
『ちくしょーーっ!!何あいつ!ポイントを移動するわ!!追い込んで!!』
「その前に、俺が仕留める!!」
『仕留めんな!』

ともあれこうして狙われるのにはワケがあった。
当然ヴァッシュとパドマには到底理解しえないものではあるが。

事態は3日前に遡る。
それまでHLに局を構える地質専門員が重力異常を検知した。
その些細な異常はHLにとっては日常茶飯事。それらは何一つ気にされなかったが、突然重力が3倍になった。
言うなれば上からのしかかる圧が増えたも同然。この慣れない重力変動にHLの市民たちは嘔吐、頭痛、ともかく体調不良に見舞われた。
初日こそは酷いものだったが2日、3日もすれば体が自然と慣れてくる。
その間に原因特定のため動いていたのは秘密結社ライブラだ。

異界の技術、人間の最先端テクノロジーを駆使して分かったことは、重力異常はHL中に転々としていることだった。
とりわけ似たような箇所に重力異常を検知するのでひとまずはその周囲をライブラが張り込みをする。

そうしてビンゴが出たのだ。
空間から弾き出されたのは今ザップ・レンフロが追いかける男女。
何もないところから忽然と姿を現したので、否応なしにとっ捕まえるため行動を起こした。

ところが目の前の二人はあの手この手で逃げる始末。
さらには一般人に危害を加えることなくただ逃げているだけだ。
だがそうして逃げても秘密結社ライブラは前に進めない。
是が非でも二人を捕まえて情報を絞り上げるか重力異常の解決を図らなければならない。

「あの人たちしつこすぎない!?まだ追いかけてくるよぉ!?」
「ひへ…はえ…疲れちゃった…」
「あー、えーと…」

スピードが落ちるパドマを見てヴァッシュはその場で足踏みをする。
さっとパドマを背中に隠して追いかけてくるザップを見た。

「タァーイム!!」

両手でアルファベットのTを作る。
ぽかんと口を開けて眉間に皺がよった。

「アァ!?テメェ舐めてんのか!?」
「いやぁ、不毛じゃんこんなの
それにこっちも疲れちゃったし」
「んなら、捕まるってことでいいよな?」
「ごめんそれは無理!だからタイム!」

肩で息をするパドマ。汗が後から滝のように流れている。
しかしその視界に映ったのはたった今大型バイクに乗ろうとする人物。

「ごめん貸して!」
「ちょっ!」
「明日返す!」

バイクのエンジンをふかせばヴァッシュはその後ろに乗り込んだ。

「じゃ〜ね〜」
「あ゛!!」

ザップはあっという間に距離をつけられる。
顔中に青筋を立てては怒りを露わにしていた。

『あーあ、突き放されちゃったわね』
「腹立つあいつ〜!!」
『まぁ結果オーライよ
次のポイントにはクラっちがいるわ』

そんな言葉で落ち着くほどザップは大人ではない。
ドスドスと足音を鳴らす。パドマがしたようにたちまち一般人からバイクを奪った。

「待ってろあのサングラスぐにゃぐにゃにしてやらァ!!!」
『もうすでにぐにゃぐにゃしてたわよ、ツルがね』

K・Kは子守を押し付けられただけか、とため息をこぼしながら次の狙撃ポイントへ向かった。

    ◆

時を同じくしてウルフウッドとダリは明らかに人ではない何かと敵対していた。
俊敏な動きにウルフウッドはパニッシャーを盾に防戦一方。

「ワイが何したっちゅーんや!!」
「ならば重力異常について話していただけますか」
「なんやそれ!知るワケ、ないやろ!!」

槍をパニッシャーで打ち上げる。そのままパニッシャーを振り下ろすがすぐに間合いをとった。

「ったく、ここじゃやりにくくてしゃーないわ!」

ツェッドは男が発砲しないことに気づいていた。それも周囲の民間人を気遣っているのも。
しかしその傍にいる幼い子供の存在で攻撃の手を緩めてはいけないと警戒させられる。
あの子供は人間などではない。作られた存在であるツェッドだからこそ直感で理解できていた。

「なら、おとなしく捕まっていただけるとありがたいのですが」

その言葉の途中でダリはウルフウッドを空へ投げた。
足元から迫り来る氷。隆起し氷柱となってその場を覆い尽くした。
ダリはその氷柱の先端に立つ。

「おんどれ〜ッ!」
「助けてやったんじゃ、咽び泣き感激してほしいものじゃな」

パニッシャーが放つ弾丸で氷柱を壊し着地する。
パニッシャーを抱えるほどの体格があるとはいえ、重量は優に数百キロを超える。
ジーン…と足裏に衝撃が溜まっていった。

ダリの視線の先には革靴で地面を踏み締めるスカーフェイスことスティーブン。
目の前に現れた二人は並外れた技量の持ち主であると肌で感じる。それだけでなく、ダリに関しては完全に仕留めようとしている。

「人間風情が妾に不遜な視線を浴びせるとは、勇敢かはたまた無謀か」

「なぜ君のような存在が人間と一緒にいるのかはわからないが、こちらも仕事でね
後のスケジュールが山積みなんだ、早く捕まってほしいところだが…」

スティーブンはダリと対峙する。しかしダリの背中越しにウルフウッドは視線を向ける。
いくら人間でないとはいえダリが相手をするには手が余る。
敵二人に挟まれた状況だ。どう打開すべきか。どう立ち回るべきか。
パニッシャーの性能を活かしきれない街中での戦闘は不利。小さく舌打ちをした。


すると、スティーブンは眉間を少し歪ませた。
平静を取り繕っているが、ツェッドからみればアクシデントが起きたに違いない。
スティーブンの動きを待つよりも先に捕縛したほうが早い。
刃身ノ弐・空斬糸を出そうとした時だった。

四人の横を大型バイクが通り抜ける。
赤と黄色が残像を残していた。

ウルフウッドとダリは目をぱちくりとさせる。
先程まで目の前の敵と対峙していたのに呆気なく敵意が消える。
その様子にスティーブンは抜け目なくエスメラルダ式血凍道を放とうとした。

「やっぱりウルフウッドじゃないか〜!
なぁんだ君もこっちにきてたのかぁ!」
「よかったぁ!もうさっきから色んな目にあって混乱しちゃって!」

ドドドド、と大型バイクのエンジン音を吹かせながらそのバイクは戻ってきた。
乗っているのはヴァッシュ・ザ・スタンピード。赤いコートにツンツンの金髪はまごう事なくトンガリのあだ名で呼ぶあいつだった。

「……お前ほんまにトンガリか?」
「本当も何もそうだけど…ところでその子知り合い?
どこからきたの?」

ヴァッシュは臆せずダリの頭を軽く撫でた。
この行動にウルフウッドとダリは目を見開く。
いや、そもそも何かがおかしい。根本的にズレている。

「って、そういうの後回し!
もっと落ち着けるところで話そうよ!」

巻かれた髪の少女がそう言うと、スティーブン、ツェッドは同時に攻撃した。
ヴァッシュ、ウルフウッドは互いに背中を合わせて銃口を向ける。

ヴァッシュはスティーブンの足を義手で押さえる。
ウルフウッドは槍をパニッシャーで受け止めながらハンドガンを向けた。

「そっちの胡散臭いおっさんは任せたでトンガリ!」
「エェー!!胡散臭いならウルフウッドもだろ!?
あとこの人めちゃくちゃ強そうだよーっ!!」
「おいダリ!そこの嬢ちゃん連れてけ!」

それがヒトにものを頼む態度かと言いたかったが、何より面倒ごとを進んで引き受けてくれるのなら任せるのが一番だ。

「ほれ、いくぞそこの娘」
「へ!?は、はい!」

二人はバイクに乗ってその場を離れた。
これで心置きなく全力を出せる。
そう思ってしまうのはヴァッシュだけではない。

「待てやぐにゃぐにゃサングラスーーー!!!!」

銀髪の残像がまたもやこの場を通り過ぎる。
スティーブンとツェッドが思わず眉間を押さえていた。
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