Touch wood
故郷での戦いは凄惨なものだった。
多くの血、多くの悲鳴。そしてその分の死体が積み上げられている。
プラントを未だ多く抱えるヴァッシュの故郷の人々は負けずに復旧作業に尽力していた。
ダリは未だ眠るヴァッシュとウルフウッドを眺めている。
なにも男たちの寝顔など興味はない。なんならこの故郷にも、プラントにも興味はなかった。
ならば何故ここに居るのか。
その理由は明白だ。
此度において命をかけて、その身を犠牲にして戦い抜いたウルフウッドの魂を吸ってしまおうか、と魔が刺している。
もっとこの魂は熟成して、うまみが増したところで食ってやろうと思っていた。
しかしこんなにもあっさり命を差し出されては困るのだ。
「浅はかに生きよって…妾の食であることを忘れておるな」
そんな恨み言を言ってもウルフウッドは何も返事をしない。
赤い眼光が見下ろす。
外見はただの子供。しかし纏う雰囲気は人ならざるもの。
戦いが終わってもウルフウッドはまた生命の危機に陥っていることを知らない。
一気に飲み込んでしまおうか。それとも生きていたという証明を与えるためじっくり噛み締めてやろうか。
そんなことを考えていると、ダリは何か別の気配を感じた。
今まで味わったことのない感覚に振り返る。
隣で眠るヴァッシュの右腕が内側から発光していた。
「これは…」
ヴァッシュが意図しているものではない。これは共鳴だ。
因果律を捻じ曲げ、細い線をたぐって出来た“穴”。
ダリは意識がそこに引きずられるのを感じる。
同時に感じたのはどうしようもない無力感。この感情はダリのものではない。ならばどこから流れている思念なのか。
一つ瞬きをすると視界に映り込んだのは赤いコートをはためかせる人物。
膝を抱えてただじっと、子どものようにそこにいた。
「お主、ここでなにを」
ダリは思わず声をかけてしまう。
いつもならそんなことするはずもないのに。と言うよりノーマンズランドではあの程度のことは日常風景だ。
親を亡くし、腹を空かせ、ただ物乞いをするしかない子ども。
我ながら何をしておるのやら、と自嘲したところでその景色は遠のく。
指先でその景色を塗りつぶすように、その子どもは消えていった。
はて、と思い改めて外界の景色を見た。
そこに映り込んだのは、ダリでさえも想像していない世界。
ノーマンズランドの栄えた都市でさえここまでの建造物、騒音はなかっただろう。
人の気配が幾つもある。人ならざる者も、腹の奥にどす黒いものを隠す者も。
目を見開き静かに驚くことしかできない。
「なんじゃあ、ここ」
にわかに理解など出来ようはずもない。今ダリが置かれる状況でさえ、口にするのも悍ましい。
唇が少し震えて閉じた。
数歩前へ歩く。
すると何かに足が引っかかり倒れた。
が、ダリには不思議と衝撃は少ない。
「どぅふ!?」
ダリの肘が下敷きになったウルフウッドの鳩尾にめり込んでいた。
「おお、すまんすまん」
「おどれぇ…やたら棒読みやないかぁ……!!」
仰向けて寝転がっていたウルフウッドは体を起こす。
そして自分の身に何が起きているのか、外がどうなってしまったのかをその目で見た。
「……なんじゃここは!!?」
「さぁの
妾も気づいたらここじゃった」
「嘘こけおどれ!」
「嘘なわけあるまい、この建物も、あの植物も、ノーマンズランドにあるものと思うておるのか?」
ウルフウッドは目を見開く。
まず体の軽さ。重力が少ない。
そしてまばらにしか見たことない自動車、さらには見知らぬ乗り物。
路上にはアスファルトを割って生えている雑草。
全ては砂の惑星にあるはずのないもの。
つまりは、別の惑星だった。
「っ、な、どない、なっとるんや」
夢か、と思いたかったがその説はダリによって打ち消された。
肘が当たった鳩尾は今もじりじりと痛みを発している。
「まて、待てや、ワイは…トンガリの故郷で…」
「お、これは重畳
ニコの相棒が転がっておる」
がしゃん、と音を立ててダリが立てたパニッシャー。
見知らぬ建物の屋上。そこにいるダリの姿。
ウルフウッドはそれを見ただけで揺らいでいた精神が定まるのを感じた。
武器がある。怪しげな小娘がいる。
ここはウルフウッドの知る土地ではない。
ならばやることは一つだった。
左手でパニッシャーのベルトを掴む。
ダリは真っ直ぐ見据えるその視線をじっと見上げた。
「ふ、やはり浅はかよ」
「誰がバカや!」
「そこまで言うとらんが…?」
いつものようにウルフウッドはパニッシャーを背に抱える。
鉄製の扉をひと蹴りで壊し、階段を降りた。
その背中をダリは追随する。
この旅がより魂の旨みをますのだろう。
目を細めて同じく階段を降りていった。
「ところで、右も左も分からんわけじゃが」
「なんや、知らんのかい」
階段を降りた先は事務所のようだ。
ウルフウッドのようにスーツを着た強面の男たち。
二人が急に現れたのを見てすかさずハンドガンを構えた。
「かんにんな、通り抜けるだけやで」
「かんにんかんにん〜」
「真似すんなボケ」
そして、警告もなく発砲するのだ。
その点の治安はノーマンズランドと似ているが、ひとコンマ明けての発砲。
手ぬるいな、とパニッシャーを盾にウルフウッドは思う。
「ダリちゃんお腹ぺこぺこでのぅ…食べてもええじゃろ?」
「やめとけや、別ん星の人間は腹ァ壊すで」
ベルトをバチン!と一つ外せば連動して次々外れていく。
そして緩まる布の向こうに見えるのは重厚な十字架。
男が打ち立てる十字架だ。
「手ェ出したんはそっちや
懺悔は、地獄でよろしゅうなァ!!」
ぐるりと返し、トリガーを引く。
その十字架が銃であると理解した男たちは足を撃たれるか運良く逃げるかどちらかだった。
「随分物騒なものを持っているんだな」
唯一その場のソファーに座っていた男は悠々と話す。
パニッシャーの銃口から煙が上がる。ウルフウッドは肩に担いだ。
「なんや、お仲間とちゃうんか?」
「取引相手だよ
そういう君たちは?」
にこりと人の良さそうな笑み。
顔を向けられ始めてその頬骨の上に傷が走っているのが見えた。
「さぁ?気づいたら屋上におったクチや
ほんならな」
ウルフウッドは左手をひらひらと振りながら出口へ向かう。
その時、ウルフウッドの耳には何かが割れた音がした。見ると、ダリが床を踏み締めている。
「やはり童よの
双方な」
片足を上げると、ダリの靴の裏から氷の破片が落ちた。
「この妾を、侮るでないぞ小童」
スカーフェイスの男は顔に影を落としながらダリを見た。
その目には敵意が滲んでいる。ウルフウッドの口からは白い煙…いや、呼吸が出た。
本能からの防衛反応か。ダリの首根っこを掴み上げて事務所を飛び出した。
「何する童!!」
「アホか!!どう見てもでたらめーずの類やろ!!」
遅れて、歩きながらスカーフェイスは事務所から出る。
「エスメラルダ式血凍道」
「小道に入れニコ!!」
ダリの言う通りすぐさま小道にはいる。
ゴミだらけの狭い道を駆けていく。
「絶対零度の地平」
そして表通りに飛び出した。
瞬間、今まで走っていた小道もろとも分厚い氷に覆われているのを見た。
「な、なんじゃありゃーーっ!!」
「はよ走らぬか愚か者!!」
「おま、真っ先に喧嘩売ろうとしとったクセにーーーーー!!!!」
鉄製の十字架を持ちながらダリを抱えて走る。
多くの人間。そして人の形をしない生命たちが二人を見ては、見て見ぬふりをして歩き出していた。
「こちらスティーブン
悪いが2名配置についてくれ」
携帯を耳にあて、まるで仕事の電話のように狩りの話をする。
歩いた足跡は氷によって固められ、すぐに溶けていった。
多くの血、多くの悲鳴。そしてその分の死体が積み上げられている。
プラントを未だ多く抱えるヴァッシュの故郷の人々は負けずに復旧作業に尽力していた。
ダリは未だ眠るヴァッシュとウルフウッドを眺めている。
なにも男たちの寝顔など興味はない。なんならこの故郷にも、プラントにも興味はなかった。
ならば何故ここに居るのか。
その理由は明白だ。
此度において命をかけて、その身を犠牲にして戦い抜いたウルフウッドの魂を吸ってしまおうか、と魔が刺している。
もっとこの魂は熟成して、うまみが増したところで食ってやろうと思っていた。
しかしこんなにもあっさり命を差し出されては困るのだ。
「浅はかに生きよって…妾の食であることを忘れておるな」
そんな恨み言を言ってもウルフウッドは何も返事をしない。
赤い眼光が見下ろす。
外見はただの子供。しかし纏う雰囲気は人ならざるもの。
戦いが終わってもウルフウッドはまた生命の危機に陥っていることを知らない。
一気に飲み込んでしまおうか。それとも生きていたという証明を与えるためじっくり噛み締めてやろうか。
そんなことを考えていると、ダリは何か別の気配を感じた。
今まで味わったことのない感覚に振り返る。
隣で眠るヴァッシュの右腕が内側から発光していた。
「これは…」
ヴァッシュが意図しているものではない。これは共鳴だ。
因果律を捻じ曲げ、細い線をたぐって出来た“穴”。
ダリは意識がそこに引きずられるのを感じる。
同時に感じたのはどうしようもない無力感。この感情はダリのものではない。ならばどこから流れている思念なのか。
一つ瞬きをすると視界に映り込んだのは赤いコートをはためかせる人物。
膝を抱えてただじっと、子どものようにそこにいた。
「お主、ここでなにを」
ダリは思わず声をかけてしまう。
いつもならそんなことするはずもないのに。と言うよりノーマンズランドではあの程度のことは日常風景だ。
親を亡くし、腹を空かせ、ただ物乞いをするしかない子ども。
我ながら何をしておるのやら、と自嘲したところでその景色は遠のく。
指先でその景色を塗りつぶすように、その子どもは消えていった。
はて、と思い改めて外界の景色を見た。
そこに映り込んだのは、ダリでさえも想像していない世界。
ノーマンズランドの栄えた都市でさえここまでの建造物、騒音はなかっただろう。
人の気配が幾つもある。人ならざる者も、腹の奥にどす黒いものを隠す者も。
目を見開き静かに驚くことしかできない。
「なんじゃあ、ここ」
にわかに理解など出来ようはずもない。今ダリが置かれる状況でさえ、口にするのも悍ましい。
唇が少し震えて閉じた。
数歩前へ歩く。
すると何かに足が引っかかり倒れた。
が、ダリには不思議と衝撃は少ない。
「どぅふ!?」
ダリの肘が下敷きになったウルフウッドの鳩尾にめり込んでいた。
「おお、すまんすまん」
「おどれぇ…やたら棒読みやないかぁ……!!」
仰向けて寝転がっていたウルフウッドは体を起こす。
そして自分の身に何が起きているのか、外がどうなってしまったのかをその目で見た。
「……なんじゃここは!!?」
「さぁの
妾も気づいたらここじゃった」
「嘘こけおどれ!」
「嘘なわけあるまい、この建物も、あの植物も、ノーマンズランドにあるものと思うておるのか?」
ウルフウッドは目を見開く。
まず体の軽さ。重力が少ない。
そしてまばらにしか見たことない自動車、さらには見知らぬ乗り物。
路上にはアスファルトを割って生えている雑草。
全ては砂の惑星にあるはずのないもの。
つまりは、別の惑星だった。
「っ、な、どない、なっとるんや」
夢か、と思いたかったがその説はダリによって打ち消された。
肘が当たった鳩尾は今もじりじりと痛みを発している。
「まて、待てや、ワイは…トンガリの故郷で…」
「お、これは重畳
ニコの相棒が転がっておる」
がしゃん、と音を立ててダリが立てたパニッシャー。
見知らぬ建物の屋上。そこにいるダリの姿。
ウルフウッドはそれを見ただけで揺らいでいた精神が定まるのを感じた。
武器がある。怪しげな小娘がいる。
ここはウルフウッドの知る土地ではない。
ならばやることは一つだった。
左手でパニッシャーのベルトを掴む。
ダリは真っ直ぐ見据えるその視線をじっと見上げた。
「ふ、やはり浅はかよ」
「誰がバカや!」
「そこまで言うとらんが…?」
いつものようにウルフウッドはパニッシャーを背に抱える。
鉄製の扉をひと蹴りで壊し、階段を降りた。
その背中をダリは追随する。
この旅がより魂の旨みをますのだろう。
目を細めて同じく階段を降りていった。
「ところで、右も左も分からんわけじゃが」
「なんや、知らんのかい」
階段を降りた先は事務所のようだ。
ウルフウッドのようにスーツを着た強面の男たち。
二人が急に現れたのを見てすかさずハンドガンを構えた。
「かんにんな、通り抜けるだけやで」
「かんにんかんにん〜」
「真似すんなボケ」
そして、警告もなく発砲するのだ。
その点の治安はノーマンズランドと似ているが、ひとコンマ明けての発砲。
手ぬるいな、とパニッシャーを盾にウルフウッドは思う。
「ダリちゃんお腹ぺこぺこでのぅ…食べてもええじゃろ?」
「やめとけや、別ん星の人間は腹ァ壊すで」
ベルトをバチン!と一つ外せば連動して次々外れていく。
そして緩まる布の向こうに見えるのは重厚な十字架。
男が打ち立てる十字架だ。
「手ェ出したんはそっちや
懺悔は、地獄でよろしゅうなァ!!」
ぐるりと返し、トリガーを引く。
その十字架が銃であると理解した男たちは足を撃たれるか運良く逃げるかどちらかだった。
「随分物騒なものを持っているんだな」
唯一その場のソファーに座っていた男は悠々と話す。
パニッシャーの銃口から煙が上がる。ウルフウッドは肩に担いだ。
「なんや、お仲間とちゃうんか?」
「取引相手だよ
そういう君たちは?」
にこりと人の良さそうな笑み。
顔を向けられ始めてその頬骨の上に傷が走っているのが見えた。
「さぁ?気づいたら屋上におったクチや
ほんならな」
ウルフウッドは左手をひらひらと振りながら出口へ向かう。
その時、ウルフウッドの耳には何かが割れた音がした。見ると、ダリが床を踏み締めている。
「やはり童よの
双方な」
片足を上げると、ダリの靴の裏から氷の破片が落ちた。
「この妾を、侮るでないぞ小童」
スカーフェイスの男は顔に影を落としながらダリを見た。
その目には敵意が滲んでいる。ウルフウッドの口からは白い煙…いや、呼吸が出た。
本能からの防衛反応か。ダリの首根っこを掴み上げて事務所を飛び出した。
「何する童!!」
「アホか!!どう見てもでたらめーずの類やろ!!」
遅れて、歩きながらスカーフェイスは事務所から出る。
「エスメラルダ式血凍道」
「小道に入れニコ!!」
ダリの言う通りすぐさま小道にはいる。
ゴミだらけの狭い道を駆けていく。
「絶対零度の地平」
そして表通りに飛び出した。
瞬間、今まで走っていた小道もろとも分厚い氷に覆われているのを見た。
「な、なんじゃありゃーーっ!!」
「はよ走らぬか愚か者!!」
「おま、真っ先に喧嘩売ろうとしとったクセにーーーーー!!!!」
鉄製の十字架を持ちながらダリを抱えて走る。
多くの人間。そして人の形をしない生命たちが二人を見ては、見て見ぬふりをして歩き出していた。
「こちらスティーブン
悪いが2名配置についてくれ」
携帯を耳にあて、まるで仕事の電話のように狩りの話をする。
歩いた足跡は氷によって固められ、すぐに溶けていった。