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◆
物資の確認作業をする。
いくつかは途中の街で使ってしまったため、在庫は減っているとのことを伝えた。
「まぁ難民が流れてるのは俺たちも知ってるし…」
「すみません、本当だったら断るべきかもしれないです」
「けどあんたがそういう人間じゃなくて安心した
俺たちのせいで生活を脅かされている人がいるのは少なからず知ってるし、医者も過激派に強制的に引き入れられてる。
でも俺たちの物資で人命が助かったってことならそれは良いことだろ?」
この陣営のリーダーであるマスターが明るくそう言った。
実は怒られるんじゃないかとヒヤヒヤしていたのだ。
「そう言っていただけて嬉しいです」
「ところで出立はいつだ?
水と簡易食料がいるだろう
それにスタミナもつけないとな。
サーヴァントのアン・ボニーが鳥を撃って、久しぶりに肉が食えるんだ。
それを食ってから出ても遅くはないだろう?」
「はい、それじゃあお言葉に甘えて」
その日の夜は、陣営の中心で、見張り役以外の全員で食事をとった。
途中で紹介をされ、恥ずかしながらもゲオルギウスとともに名乗る。
「そういえば、難民の人たちはカルデアの陣営を一時的な移住地にしてました。」
「ああ、あれはわざとそうしたんだ。
過激派に追いやられていたのは知っていたし、こんな荒野に追い出されて路頭に迷ってるはずだってね。
まぁ戦線が追い上げるたびに前進して、陣営も新しいところを作らないといけないんだけどね。」
女性マスターがそう教えてくれた。
陣営をそのままにしたのは必然であり気遣いだったようだ。
おかげで多くの命が救われている。
「この戦線はもうすぐで任務遂行すると聞きましたが…」
「ああ、うん。あとは捕縛するだけ。
ボスが往生際が悪くて。
戦力も微々たるものしかないのに、投降しないから…
でも我らリーダーであるダビデ王がいい策を考えてくれるでしょ。
かといって、あまり安心しないように。
危険な場所であることに変わりはないから。
カルデアに戻るなら一目散に戻ったほうがいい。」
確かに、戦力は縮小されたものの、1人でも多くのマスターを殺すという思想が変わらない限りは危険がつきまとう。
出立は明日だが、帰りも気を引き締めなければならない。
この任務が終わればバカンスに行こうと話す主従や、とにかく安心して眠りたいと口にするマスター、それはそうと美味しいご飯をたらふく食べたいというサーヴァント。
「ゲオルは帰って何したい?」
「私は…今回の旅の写真を早く現像して、眺めていたいですね」
「無欲だなあ…」
「そういうハヤテさんは?」
「すずしーところで寝たい」
「ハヤテさんらしい」
そんな話をして、月が上り始める。
同じ部屋でもう一度眠れるか心配だった。
何よりこの陣営に着いてからかなりの間寝ていたと自負しているからだ。
しかし案外あっさりと眠れて、翌日を迎えた。
「これが水、それと簡易食料。
台車に積んでおいた。」
「ありがとうございます。安心して帰ることができます。」
「なぁ、興味本位で聞くが、こういう日差しの強い荒地に運搬したことあるのか?」
「いえ、今回が初めてです。もちろん、先輩の助言はいただきましたが」
「いやぁ、ダビデ王も言っていたけど、ほんと早く物資が届いて助かったよ。
慣れてるのかと思えば、初めてだったなんてなおさら驚きだ。」
「いえ、そんなこと…」
思わず顔を赤くして、謙遜するが内心は、でしょー!?とえばっていた。
そうしてカルデア陣営の一部から見送られながら来た道を戻った。
行きより荷物が少ない上に水もある。
帰りは、行きより日数がかからなそうだ。
『これなら2日ほどで港に着きますね』
「はーあ、こういう場所の運搬、ほんときっつー…」
『さあ、気を引き締めましょう。
ここはまだ危険地帯ですよ。』
にしても、過激派は戦力がだいぶ落ちている上に、これまでの道中襲っては来なかった。
荷物のない今なら、なおさら安心だと思っていた。
陣営から去って半日。
行きの途中で一つの街を見つけたため、そこで寝泊まりさせてもらおうと立ち寄った。
「よし、台車はここに置いて…交渉してくるから待ってて」
『ええ』
宿を借りなくても、台車の中で眠ればいい。
遮光シートが被せてあるし、雨風もしのげる。
とはいえ夜行性の野生動物に襲われたらひとたまりもないので、町のそばに台車を置かせてもらうのがベストだ。
カルデアのマークが入った壁を見つつ、門から顔を覗かせる。
「!!」
ハヤテが見たのは、難民を捕縛して積荷に連行しているところだった。
足音に気をつけてゲオルギウスのところに戻る。
「いかがで…もぐ」
咄嗟に口を押さえて、台車に連れ込む。
「一体どうしたのですか?」
「過激派が難民を連れてた
多分、戦力の補充の為だと思う。」
「…もし、そうであるならば
カルデアが難民を襲うという図が出来上がってしまいます。」
「そうなんだけど…ここで私たちが出ても、向こうは大勢だし…」
「とにかく状況の確認をしましょう。
ここに居ては魔力探査機にかかってしまう。」
ゲオルギウスはハヤテの手を握り、武器化した。
腰に携え、塀の上に上る。
入れちがう形で塀の外に過激派の見張りが現れた。
『危なかったですね』
「…はあ」
せっかく順調に帰って居たところだったのに。
むすっとしながらも、町の中を覗いた。
「これで何名だ」
「ざっと40名近くでした」
「まだまだ足りんな…次の集落に行くぞ。
一つの荷台に全て移せ。空きの荷台で集落に向かうぞ。」
難民の存在は分かって居たのだろう。
そして、いざという時は戦力にするため、あえて見て見ぬ振りをしていたのだ。
荷台の一つは北の方角へ。
もう一つはハヤテの行き先だ。
『まずはあの難民の荷台をどうにかしましょう。
幸い向こうは過激派が数名。』
ハヤテは戦うのがとても苦手だ。
未だに通常の身体能力と、武器化の身体能力のギャップについていけない。酔うこともしばしば。
剣を持つ手も震えている。
『ハヤテさん』
「…こわい」
ふと、ゲオルギウスは武器化から戻った。
「傷つくことも、傷つけることも怖いのでしょう
それでも、いかなければなりません。」
「分かってる…」
「大丈夫、私はあなたの守護の剣
必ず守ってみせます。傷つかせることなく。」
額同士を当てる。
それから、額に口づけをしてくれた。
「今のは、どうなの?」
「今のは加護の祈りです」
「はぁ…またそういう…」
「元気出ましたか?」
「…ん」
キス一つで元気になる自分も大概だとハヤテは自嘲気味に笑う。
ゲオルギウスがいれば、不思議と怖いという感情は小さくなっていった。
暗くなった今なら、ベイヤードで近づいても門番の目には映らないだろう。
身体能力が向上している今、過激派がどこにいるか、大体の予測は出来る。
「とらえた」
視界に映る大きな荷台。
ぎゅうぎゅうに詰められているのか、肩や足がはみ出ている。
「走って!ベイヤード!!」
ゲオルギウスの愛馬を走らせ、一瞬で距離を詰めた。
『荷台へ!』
「おい!後ろから誰かが追ってくる!」
屋根付きの荷台の上に、見張りとして乗っていた。
ベイヤードから飛ぶと、ゲオルギウスもすぐに武器化し、ハヤテは柄で頭を殴った。
バン!と銃声が響くが剣で打ち落とし、車の操縦者も殴って気絶させた。
「車に追いつくベイヤード凄すぎ…」
『ええ、そうでしょうとも』
我がごとのように誇るゲオルギウスを、はいはいと流しつつ、荷台の中を見た。
「大丈夫ですか?」
難民たちは困惑した表情で見ていた。
一体何が起こったのか理解できないという顔だ。
とにかく縄で縛られていたため、剣で切ったあと、余った縄を過激派2人に使った。
「過激派は今…あー…気絶させたので…」
不審な目で見てくる。
確かに小娘が一体何をやったのか、それが気にならないはずがない。
それに気まずさを覚えているとゲオルギウスが助言をくれた。
『安全な場所までまずは連れて行きましょう。
今も他の街に過激派が向かっています。』
「ん、あの、まずは安全な場所に向かいます。
その前に、あなた達は過激派から逃れたい…という意思でよろしいですか?」
すると口々に、過激派は嫌だ、など、人間の盾にされる、と不安や嫌悪を呟いた。
「わかりました、これから私が運転するので、少し揺られますがしばらく我慢してください。」
ここで安全な場所といえばカルデア陣営だ。
車に乗り込んで運転を開始する。久しぶりに小型車以外の車に乗ったため、運転に少し不安がある。
しかもマニュアル車だ。
「うう…」
「大丈夫、とにかく過激派から離れましょう。」
「うん…」
半日かかった道のりを2時間ほどでたどり着く。
ベイヤードに無理をさせないように、ゆっくり進んではいたものの、やはり車の方が良いのでは無いかと思った。
「あれ、運搬部隊の…」
「すみません!ちょっと色々あって…ゲオル説明いい?」
「ええ」
カルデアの主従話をしてもらう間、難民にここがどこなのかを説明した。
「怖がられるでしょうけど、ここはカルデアの陣営です
過激派は絶対に攻めてきませんし、きたとしてもあなた達を守ります。
なので、落ち着いてくれますか…?」
初めは、あの謎の集団だとか喚いていたが、ダビデ王を含む主従たちが快く迎え、そしてその陣営の潤っている様にあっけにとられていた。
「聖ゲオルギウスから話は聞いたよ
とうとう難民に手を出すようになったんだね。」
ダビデ王は顎に手を当てて考えていた。
おそらくハヤテたちと同じことを考えただろう。
カルデアが難民を攻撃したと。
カルデアにその気がなく、その情報すら知らなかったなら過激派同士でその話が膨れ上がり、あっという間にカルデアが批難されるであろう。
「とにかく、戦力はそこまでさいていないはず。5騎いれば十分かな。
アサシンクラスの主従はここに残ってほしい!早速会議だ!」
テキパキと役割を分担し、ハヤテは先導して他の街の案内を頼まれた。
「疲れてるとこ悪いけど、頼んだよ」
難民救出部隊としてのリーダーを任されたメアリー・リードとアン・ボニーとそのマスター。
その主従が残り4騎を見繕い、乗ってきた荷台で進むことにした。
「私は荷台の上から迎撃するよ。
何か見えたら合図するから止まって。」
「はい」
長いライフル銃を持ち、ひらりと荷台のさらに上に登った。
改めて出発して30分ぐらい経った頃、頭上からコンコン、とノックされた。
「夜であまり見えないけど北部へ向かう車がうっすら見えた!
ここから11時の方向へ向かって!」
「は、はい!」
やはりアーチャークラスにも該当する前衛部隊は経験値が通常の主従とは違う。様々な予測をしながら状況を見ている。
流石に過激派との戦いの前線にいるだけあって生半可な主従は派遣されないだろうが。
そうしてハヤテの目にも荷台が見えた。
「見えました!接近します!」
「オーケー!気付かれると同時に敵の足止めをする!
後は任せるよ!」
マスケット銃を構えてギリギリのところまで粘る。そうして2発、銃声が聴こえた。
過激派が、カルデアの主従が来たと分かったのと車のパンクに混乱する。
中にいる難民に手出しされる前に残りの主従が一瞬でカタをつけた。
とはいえ一人はあえて気絶させずに情報を吐かせる。
と言っても拷問のそれではなく、暗示魔術だ。
「さあ、当初の計画を復唱せよ」
マスターがそう言えば、過激派の一員はハキハキと復唱した。
「難民救済のため、我が一団に迎え入れると同時に憎い対象であるマスターの抹殺へとともに道を歩まんがため!
確認できている難民の集落へ向かいます!」
「その集落の位置は把握できているな?」
「はい!南西の方角に4箇所!
港までは難民は到達していません!」
よろしい、と言って睡眠導入剤を飲ませた。
「残りの集落を保護しないとな。
そしてダビデに過激派リーダーの捕縛を同時に進めるよう提案しよう。
無線が届く範囲に俺たちは一旦戻る。
残りは任せていいか?」
「ああ、問題ない」
そうして残り2つの集落を保護するため、車を進めた。
◆
ハヤテほとんど足になったようなもので戦闘は一切していなかった。
その方が怖い思いをしないで済むため、良いのだが。
「さて、じゃあカルデアの連絡を待とうか
もうへとへとだよ」
ハヤテを含め5騎の主従は疲れ切って、近場の集落に腰を落ち着けた。
救出した難民も同じ集落に集めて、身を寄せ合っていた。
それにしても、何故暴動が起きないのかというと、ハヤテの行動が要因だった。
「お医者様がまさか魔力持ちだったなんて、つゆ知らず…」
薬を与えた親子が声をかけて来た。
「あ、あの、さっきはありがとうございました」
先ほど、確かに暴動が起きそうになったのだが、薬を分け与えた集落の者たちが咄嗟に声をあげたのだ。
「本来なら罵倒されてもおかしくないのに」
「何をいうんですか
助けてもらったのにそんなことできません!」
そんなやり取りをしている横で、ゲオルギウスが口を開く。
「それでも、私たちはあなた方の勇気ある行動に感謝せねばなりません。
ありがとうございます、心の清い方々。」
丁寧に感謝するゲオルギウスに親子ははにかむ。
心からの賞賛と感謝だと分かる言葉に否定する気持ちもなくなる。
ハヤテは嫌という程その経験をしてきた。
ゲオルギウスは人の感情あらゆるトゲを丸くさせる天才だ、とも思う。
「おーい、今さっきリーダーと連絡取れた。
過激派と交戦して、全ての勢力を無力化したって。
過激派の頭目はまだ見つかってないみたいだけど。」
「実質は過激派が壊滅したと言ってもいい。
いやー任期満了前に任務が終わるなんてラッキーだね。」
「帰って何するかなぁー」
早速帰った時のことを考えながら主従たちはこの家を出た。
「あなた方はカルデアというところに帰るんですか?」
「はい、そこにいないと世界中からバッシングものですから」
「そうなんですか…」
「あなた達は?」
女性は苦笑しながら首を振る。
「故郷は焼かれてしまって、どこに行くべきか
とにかく安心して暮らせる場所にいたいです。」
「そうですか……」
故郷を追い出されたハヤテと、故郷を焼かれたこの親子では感じ方がかなり違う。
ハヤテはマスターだと判明したから追い出されたが、親子はなんの理由もなく突然のことだ。
叶うなら故郷に帰りたいと思うのは当然だが子供のことを思って「安全な場所」と言っているのだろう。
ふと、どうにかしてあげたいと思ったがハヤテにはどうにも力がない。やるせない気持ちを抱えていた。
過激派が難民に手を出したことで、カルデアも、各国も非難の声をあげた。
そうして頭目は捕縛され、然るべき裁判所で裁きを受けるため、港で拘留されていた。
輸送されるのを大勢の一般人が見ている中、ハヤテもそこに居合わせていた。
「ちくしょう…ちくしょう…」
ぶつぶつと呟くのがここからでも聞こえる。
「さあ、我々も帰りの手はずをとりましょう」
「うん」
今回の運搬はいつも以上に疲れた。
日光、水、難民、過激派…おそらく運搬部隊のメンバーの中でもここまでの経験をしたことはないだろう。
運良く取れたチケットで船に乗り、同じ航路、同じ手段でカルデアへとたどり着いた。
死んだ顔でカルデアの街を歩くのは運搬部隊ならではだ。
愛しの我が家に帰り着くと揃ってベッドで気絶するように眠った。
あれだけの事があっても仕事は待ってくれないしいつも以上の仕事が溜まっている。
血眼になりながらパソコンと向き合う。
そして傍らにふと見知った顔が現れた。
「あ、ダビデ王」
「やあアビジャグ!」
早々にアビジャグ発言をした王にマスターが頭を叩く。
「この間の件で助けられたから、一言お礼をと思って」
「いえ、気になさらず…(ていうか仕事終わらせたい…)」
これで3日連続残業だ。せめて定時で帰りたい。
そして上に出す書類は明日の12時まで。
今の調子では今日はここに泊まり込みになってしまう。
「仕事を邪魔したくないから手短に、
言葉より物がいいと思ってね。」
「え」
そう言いながらマスターが取り出したのは大きなメロン。
しかも高級ブランドもの。よだれが落ちそうになる。
「こ、これは…!」
「お、さすが運搬部隊に所属するだけはある
メロンの王様、マスクメロン、糖度は14
風味と甘みがマッチしている極上の逸品だ。
是非聖ゲオルギウスとご賞味あれ」
「あ、ありがとうございます!」
やはり前衛部隊の長を任せられるだけあって給料が桁違いだ。
しかもこんなものを取り寄せられるなんて、普通では考えられない。
「それじゃあ、何か困った事があれば僕たちを訪ねるといい
手を貸してあげるよ」
「本当に本当にありがとうございます!!大事に食べます!」
マスターまでもハヤテの必死ぶりに笑っていた。
主従が去って改めてメロンを見やった。
(ゲオルと一緒に食べよう!)
冷蔵庫に入れて、急いで仕事に戻った。
とはいえ、終わらないものは終わらない。
今夜は家に帰れないと連絡すればゲオルギウスがわざわざ職場にやってきて、夜食を差し入れした。
「大丈夫ですか?」
「へーき
あと今日ダビデ王が来てマスクメロンもらったんだ!先持って帰ってもらえるかな」
「ま、マスクメロン…!!」
ゲオルギウスもなかなかに食べ物に目がない。
過去の記憶ではメロンなどという果物は食べた事がない。
ましてや品種改良を重ねた甘みのある果実など尚更だ。
現代の食事も楽しみにしているゲオルギウスにとっても極上の報酬であった。
「では、ハヤテさんが仕事を終えて帰って来たら一緒に食べましょう。」
「ん」
夜食のポトフを完食し、仕事に戻る。
「帰り気をつけてね
大丈夫だと思うけど」
「ええ、ハヤテさんも気をつけて」
後頭部に手を添えて、頭に口が当たった。じわじわと恥ずかしくなる。
家でならまだしも、誰もいないとしても、職場でこんなことされたら嬉しいは何処かへ行ってしまう。
「あのさ…今のは」
「頑張ってください、の意味です」
「そ、そうですか」
かた、かた、とタイピングの手が遅くなる。
「…元気出ませんでした?」
「は、恥ずかしい…職場で…」
「そ、それは、失礼しました
では、自宅で待っていますね」
この流れでは、家でもう一度します、という意味に取りかねない。
期待すると後でへこむと分かっていながらも、ドキドキしてしまう。
水筒で持って来てくれたアイスティーを飲みながら、改めて仕事に没頭した。
23時に一旦帰宅し、もう一度出勤時間に職場へ戻る。
ゲオルギウスは昨日のようにハヤテを心配していたが当の本人はそれどころではない。
結局11時過ぎに完成し、データと任務の報告書を合わせて提出した。
はぁー、と息をついてレモンティーを飲む。
「うまし…」
やっぱりゲオルギウスの淹れたお茶は最高だ。
などと亭主のようなことを思っていれば、ふとメールが届いている。
カルデアからの共通連絡メールだ。
こういうのはあまり関係ないのでいつもなら流し読みするのだが、仕事が終わってひと段落しているため、暇つぶしに読んでみた。
「…カルデアの直の食糧供給のための農地案」
確かに予算を減らすためなら農地はいいアイデアだ。
だがその農地を耕すのは誰だ、というツッコミを入れたくなる。
これは計画倒れするだろうなと思いながら眺めていると、ふと思い出す。
「ハヤテさん、お仕事は順調ですか?」
顔をのぞかせたのはゲオルギウスだ。
「あ、うん
ちょうど終わって提出したとこ。」
「それはよかった。甘いものが欲しいのではないかと思って、パンケーキを作って来ました。」
「うあー!すきー!」
甘いものが好きなハヤテに、ゲオルギウスはにこにこする。
まるで子供のような反応をするハヤテはいつもより可愛らしいと思わせた。
「今、食べていい?」
「ええ、休憩時間ですし、いいでしょう」
もふもふと頬張る姿はリスのようだ。
仕事の不安からも解消され、表情はいつもより軽やか。
いいタイミングで持って来たものだとゲオルギウスは自分を褒めていた。
しかし、ふとハヤテは別のことを話す。
「…あのね、もしかしたらまた残業多くなるかも。」
「そ、そうなのですか?何かトラブルでも?」
「ううん、まだわからないけど。
その時はまた言うよ。多分今日は定時に帰れるから。」
一瞬物思いにふけっていた顔をゲオルギウスは見逃さなかった。
あえて口には出さず、そのまま見守ることにした。
◆
それからと言うもの、ハヤテの言ったとおり残業が多くなった。
家に持ち帰って仕事をしたり、休日でも話し合いがあると言って家を出たりした。
そうしているとやっぱりストレスが溜まり、熱っぽくなる。
それでも書類と向き合う眼差しは変わらなかった。
いつもなら根を上げながら、ちゃっかり仕事をこなすのだが。
(ここまで来ると不安になる…)
自分がやらねばならないという意志さえ見えて来る。
「ハヤテさん、少し休んではどうですか?
ここのところ暇さえあれば書類に向き合って、休憩しているのを見たことがありません。」
「いつも6時間寝てるよ」
「それでも休憩は必要です。それは急ぎの仕事なんですか?」
「うん、すごく」
「あれだけしているのに急ぎというのは納得いきません。
一体どういう内容なのですか?」
「大丈夫だよ。社畜の時よりイージーだから。
大丈夫大丈夫」
そうあしらわれた。
何が大丈夫なものか。
などと思いながらも、ハヤテを見守ることしか出来なかった。
それから数週間後、体調不良は依然として続いていたがある日、帰って来るなり何も言わずにベッドで眠ってしまった。
「ハヤテさん、化粧だけでも落とさないと」
「んん…」
「化粧を落とさないと肌荒れがヒドイと、口癖のように言っているではありませんか。」
「んぅ…」
これはダメだ。
すでに眠りの中。
仕方なく、化粧落としのシートを持って来て眠るハヤテの顔を拭った。
その最中で、目の下のクマがヒドイことに気づく。
シャツのボタンを緩め、ジャケットを脱がせた。
肩まで毛布をかけて、最後に額に口付ける。
「よくお眠りなさい」
もう一度同じ場所に。
ちゅ、と音を立てて、それきり静かに部屋を出た。
ハヤテが起きてきたのはちょうど12時を回った頃だ。
それからノソノソと風呂場に行って、上がって、寝ぼけた顔でカウンターに座る。同時にこの姿勢は説教を受けますという降伏の猫背。
「さあ、食事の後に理由を聞かせてもらいましょうか」
「はい…」
ごほごほと咳もする始末。
仕方なく薬を出し、買い置きの飴玉も舐めさせた。
「おいしい…」
「明日はどうするんです?」
「休みもらったから、寝る…」
「ええ、是非とも、そうしてください」
すっかり反省をしているようだ。
けれど、やはりいつもの仕事に対する喚きがない。
食事が終わって、食器を片して改めてテーブルに向かい合った。
「それで、今までの無理な働き方はどういったものだったんですか?」
生姜湯を飲ませながら話を聞く。
ハヤテ曰く、カルデアが権利を持つ農場を作るのだとか。
多くはカルデアに協力的な団体に運営や農作業を任せるらしい。
しかしその農場の担い手が少ないのも事実。
食糧の予算を浮かせるため対策案が、農場開発に金を使って企画倒れしそうだったらしい。
「だから…難民の人、そこで働いたら、どうかなって」
するとそれがみるみるうちに上へ上へとあがり、上層部にまで行き渡った。
実際に難民がどこかしこいるのはこの世界の常識で、行き場をなくして飢え死にするなど、犯罪を余儀なくされるなど
とにかく難民に生きづらい世界だった。
そこで上層部が各国の難民の対策として農地開発に難民を雇い、安定した生活を営ませることを提案した。
強いては治安維持にも繋がる。
無論難民に労働を強いるつもりはないが、興味を持った国が公募すると若い難民たちが多く手を挙げた。
「カルデアの、前衛部隊のいる…農地で安全に過ごせるように…手配して…あと色々上層部話し合いとか…プレゼンして…」
最終的に、今日からカルデアと難民たちの農地開発プロジェクトが本格化するようになった。
しかし任務から休みなしで働いているのをダビデが気を遣ったようで、しばらくの休暇を貰えるよう根回ししてくれたようだ。
「そうだったのですね…」
「少し失敗したら、企画ダメになっちゃうから…がんばった…」
ついにぐすぐすと泣き出すハヤテ。
そんなハヤテをゲオルギウスは優しく抱きしめた。
「よく頑張りましたね。」
「うん…がんばった…」
「今日はもう横になりましょう。
明日はハヤテの好物をたくさんご馳走しますから。」
「ほんと?」
こうしてハヤテの個人的な戦いは終わりを見せた。
結局風邪をこじらせ、熱を出したもののハヤテはどこか誇らしげに眠っている。
後日、カフェにダビデがきた。
「やあ聖ゲオルギウス」
「お久しぶりです。
先日はハヤテのために尽力して下さってありがとうございます。」
「いいや、功労者には正当な休みが必要だからね。
それと、正当な報酬がこれ」
「こ、これは…!!!」
「流石、主従揃ってお目が高い
太陽のタマゴと言わしめた極東のマンゴー
まろやかな口当たりが絶品だと好評だ。
ちょっとツテができて、頂いたからおすそ分け。
まぁ、実のところうちのマスターがマンゴーに弱くてね。実に勿体無い。」
木箱に包まれた夕陽色のマンゴーとダビデを交互に見つめる。
「感謝いたします。
きっとハヤテも大喜びするでしょう。」
「それなら届けた甲斐があるものだ。
そうだ、ここテイクアウトできるんだったね。
マスターにお土産を買って帰ろう。」
「はい、腕によりをかけましょう」
昼食に降りてきたハヤテにマンゴーを見せると、興奮冷めやらぬ感じで感動を口にした。
「すごいすごい!マンゴーだ!!
おいしそ〜!!ツヤがいいよね!」
「ええ、私もそう思ったところです。
夕食後のデザートに一緒に食べましょうね。」
「うんっ」
この間のメロンも一緒に食べたのだが、すぐ企画に取り組んだために心静かに味わうことは出来なかった。
だが今回は共に口にした感想をじっくり言い合える。
楽しみでたまらないというような表情につられてゲオルギウスも微笑む。
その日の夕方、マンゴーを食べる二人は世界で一番幸せな主従だと想いあった。
物資の確認作業をする。
いくつかは途中の街で使ってしまったため、在庫は減っているとのことを伝えた。
「まぁ難民が流れてるのは俺たちも知ってるし…」
「すみません、本当だったら断るべきかもしれないです」
「けどあんたがそういう人間じゃなくて安心した
俺たちのせいで生活を脅かされている人がいるのは少なからず知ってるし、医者も過激派に強制的に引き入れられてる。
でも俺たちの物資で人命が助かったってことならそれは良いことだろ?」
この陣営のリーダーであるマスターが明るくそう言った。
実は怒られるんじゃないかとヒヤヒヤしていたのだ。
「そう言っていただけて嬉しいです」
「ところで出立はいつだ?
水と簡易食料がいるだろう
それにスタミナもつけないとな。
サーヴァントのアン・ボニーが鳥を撃って、久しぶりに肉が食えるんだ。
それを食ってから出ても遅くはないだろう?」
「はい、それじゃあお言葉に甘えて」
その日の夜は、陣営の中心で、見張り役以外の全員で食事をとった。
途中で紹介をされ、恥ずかしながらもゲオルギウスとともに名乗る。
「そういえば、難民の人たちはカルデアの陣営を一時的な移住地にしてました。」
「ああ、あれはわざとそうしたんだ。
過激派に追いやられていたのは知っていたし、こんな荒野に追い出されて路頭に迷ってるはずだってね。
まぁ戦線が追い上げるたびに前進して、陣営も新しいところを作らないといけないんだけどね。」
女性マスターがそう教えてくれた。
陣営をそのままにしたのは必然であり気遣いだったようだ。
おかげで多くの命が救われている。
「この戦線はもうすぐで任務遂行すると聞きましたが…」
「ああ、うん。あとは捕縛するだけ。
ボスが往生際が悪くて。
戦力も微々たるものしかないのに、投降しないから…
でも我らリーダーであるダビデ王がいい策を考えてくれるでしょ。
かといって、あまり安心しないように。
危険な場所であることに変わりはないから。
カルデアに戻るなら一目散に戻ったほうがいい。」
確かに、戦力は縮小されたものの、1人でも多くのマスターを殺すという思想が変わらない限りは危険がつきまとう。
出立は明日だが、帰りも気を引き締めなければならない。
この任務が終わればバカンスに行こうと話す主従や、とにかく安心して眠りたいと口にするマスター、それはそうと美味しいご飯をたらふく食べたいというサーヴァント。
「ゲオルは帰って何したい?」
「私は…今回の旅の写真を早く現像して、眺めていたいですね」
「無欲だなあ…」
「そういうハヤテさんは?」
「すずしーところで寝たい」
「ハヤテさんらしい」
そんな話をして、月が上り始める。
同じ部屋でもう一度眠れるか心配だった。
何よりこの陣営に着いてからかなりの間寝ていたと自負しているからだ。
しかし案外あっさりと眠れて、翌日を迎えた。
「これが水、それと簡易食料。
台車に積んでおいた。」
「ありがとうございます。安心して帰ることができます。」
「なぁ、興味本位で聞くが、こういう日差しの強い荒地に運搬したことあるのか?」
「いえ、今回が初めてです。もちろん、先輩の助言はいただきましたが」
「いやぁ、ダビデ王も言っていたけど、ほんと早く物資が届いて助かったよ。
慣れてるのかと思えば、初めてだったなんてなおさら驚きだ。」
「いえ、そんなこと…」
思わず顔を赤くして、謙遜するが内心は、でしょー!?とえばっていた。
そうしてカルデア陣営の一部から見送られながら来た道を戻った。
行きより荷物が少ない上に水もある。
帰りは、行きより日数がかからなそうだ。
『これなら2日ほどで港に着きますね』
「はーあ、こういう場所の運搬、ほんときっつー…」
『さあ、気を引き締めましょう。
ここはまだ危険地帯ですよ。』
にしても、過激派は戦力がだいぶ落ちている上に、これまでの道中襲っては来なかった。
荷物のない今なら、なおさら安心だと思っていた。
陣営から去って半日。
行きの途中で一つの街を見つけたため、そこで寝泊まりさせてもらおうと立ち寄った。
「よし、台車はここに置いて…交渉してくるから待ってて」
『ええ』
宿を借りなくても、台車の中で眠ればいい。
遮光シートが被せてあるし、雨風もしのげる。
とはいえ夜行性の野生動物に襲われたらひとたまりもないので、町のそばに台車を置かせてもらうのがベストだ。
カルデアのマークが入った壁を見つつ、門から顔を覗かせる。
「!!」
ハヤテが見たのは、難民を捕縛して積荷に連行しているところだった。
足音に気をつけてゲオルギウスのところに戻る。
「いかがで…もぐ」
咄嗟に口を押さえて、台車に連れ込む。
「一体どうしたのですか?」
「過激派が難民を連れてた
多分、戦力の補充の為だと思う。」
「…もし、そうであるならば
カルデアが難民を襲うという図が出来上がってしまいます。」
「そうなんだけど…ここで私たちが出ても、向こうは大勢だし…」
「とにかく状況の確認をしましょう。
ここに居ては魔力探査機にかかってしまう。」
ゲオルギウスはハヤテの手を握り、武器化した。
腰に携え、塀の上に上る。
入れちがう形で塀の外に過激派の見張りが現れた。
『危なかったですね』
「…はあ」
せっかく順調に帰って居たところだったのに。
むすっとしながらも、町の中を覗いた。
「これで何名だ」
「ざっと40名近くでした」
「まだまだ足りんな…次の集落に行くぞ。
一つの荷台に全て移せ。空きの荷台で集落に向かうぞ。」
難民の存在は分かって居たのだろう。
そして、いざという時は戦力にするため、あえて見て見ぬ振りをしていたのだ。
荷台の一つは北の方角へ。
もう一つはハヤテの行き先だ。
『まずはあの難民の荷台をどうにかしましょう。
幸い向こうは過激派が数名。』
ハヤテは戦うのがとても苦手だ。
未だに通常の身体能力と、武器化の身体能力のギャップについていけない。酔うこともしばしば。
剣を持つ手も震えている。
『ハヤテさん』
「…こわい」
ふと、ゲオルギウスは武器化から戻った。
「傷つくことも、傷つけることも怖いのでしょう
それでも、いかなければなりません。」
「分かってる…」
「大丈夫、私はあなたの守護の剣
必ず守ってみせます。傷つかせることなく。」
額同士を当てる。
それから、額に口づけをしてくれた。
「今のは、どうなの?」
「今のは加護の祈りです」
「はぁ…またそういう…」
「元気出ましたか?」
「…ん」
キス一つで元気になる自分も大概だとハヤテは自嘲気味に笑う。
ゲオルギウスがいれば、不思議と怖いという感情は小さくなっていった。
暗くなった今なら、ベイヤードで近づいても門番の目には映らないだろう。
身体能力が向上している今、過激派がどこにいるか、大体の予測は出来る。
「とらえた」
視界に映る大きな荷台。
ぎゅうぎゅうに詰められているのか、肩や足がはみ出ている。
「走って!ベイヤード!!」
ゲオルギウスの愛馬を走らせ、一瞬で距離を詰めた。
『荷台へ!』
「おい!後ろから誰かが追ってくる!」
屋根付きの荷台の上に、見張りとして乗っていた。
ベイヤードから飛ぶと、ゲオルギウスもすぐに武器化し、ハヤテは柄で頭を殴った。
バン!と銃声が響くが剣で打ち落とし、車の操縦者も殴って気絶させた。
「車に追いつくベイヤード凄すぎ…」
『ええ、そうでしょうとも』
我がごとのように誇るゲオルギウスを、はいはいと流しつつ、荷台の中を見た。
「大丈夫ですか?」
難民たちは困惑した表情で見ていた。
一体何が起こったのか理解できないという顔だ。
とにかく縄で縛られていたため、剣で切ったあと、余った縄を過激派2人に使った。
「過激派は今…あー…気絶させたので…」
不審な目で見てくる。
確かに小娘が一体何をやったのか、それが気にならないはずがない。
それに気まずさを覚えているとゲオルギウスが助言をくれた。
『安全な場所までまずは連れて行きましょう。
今も他の街に過激派が向かっています。』
「ん、あの、まずは安全な場所に向かいます。
その前に、あなた達は過激派から逃れたい…という意思でよろしいですか?」
すると口々に、過激派は嫌だ、など、人間の盾にされる、と不安や嫌悪を呟いた。
「わかりました、これから私が運転するので、少し揺られますがしばらく我慢してください。」
ここで安全な場所といえばカルデア陣営だ。
車に乗り込んで運転を開始する。久しぶりに小型車以外の車に乗ったため、運転に少し不安がある。
しかもマニュアル車だ。
「うう…」
「大丈夫、とにかく過激派から離れましょう。」
「うん…」
半日かかった道のりを2時間ほどでたどり着く。
ベイヤードに無理をさせないように、ゆっくり進んではいたものの、やはり車の方が良いのでは無いかと思った。
「あれ、運搬部隊の…」
「すみません!ちょっと色々あって…ゲオル説明いい?」
「ええ」
カルデアの主従話をしてもらう間、難民にここがどこなのかを説明した。
「怖がられるでしょうけど、ここはカルデアの陣営です
過激派は絶対に攻めてきませんし、きたとしてもあなた達を守ります。
なので、落ち着いてくれますか…?」
初めは、あの謎の集団だとか喚いていたが、ダビデ王を含む主従たちが快く迎え、そしてその陣営の潤っている様にあっけにとられていた。
「聖ゲオルギウスから話は聞いたよ
とうとう難民に手を出すようになったんだね。」
ダビデ王は顎に手を当てて考えていた。
おそらくハヤテたちと同じことを考えただろう。
カルデアが難民を攻撃したと。
カルデアにその気がなく、その情報すら知らなかったなら過激派同士でその話が膨れ上がり、あっという間にカルデアが批難されるであろう。
「とにかく、戦力はそこまでさいていないはず。5騎いれば十分かな。
アサシンクラスの主従はここに残ってほしい!早速会議だ!」
テキパキと役割を分担し、ハヤテは先導して他の街の案内を頼まれた。
「疲れてるとこ悪いけど、頼んだよ」
難民救出部隊としてのリーダーを任されたメアリー・リードとアン・ボニーとそのマスター。
その主従が残り4騎を見繕い、乗ってきた荷台で進むことにした。
「私は荷台の上から迎撃するよ。
何か見えたら合図するから止まって。」
「はい」
長いライフル銃を持ち、ひらりと荷台のさらに上に登った。
改めて出発して30分ぐらい経った頃、頭上からコンコン、とノックされた。
「夜であまり見えないけど北部へ向かう車がうっすら見えた!
ここから11時の方向へ向かって!」
「は、はい!」
やはりアーチャークラスにも該当する前衛部隊は経験値が通常の主従とは違う。様々な予測をしながら状況を見ている。
流石に過激派との戦いの前線にいるだけあって生半可な主従は派遣されないだろうが。
そうしてハヤテの目にも荷台が見えた。
「見えました!接近します!」
「オーケー!気付かれると同時に敵の足止めをする!
後は任せるよ!」
マスケット銃を構えてギリギリのところまで粘る。そうして2発、銃声が聴こえた。
過激派が、カルデアの主従が来たと分かったのと車のパンクに混乱する。
中にいる難民に手出しされる前に残りの主従が一瞬でカタをつけた。
とはいえ一人はあえて気絶させずに情報を吐かせる。
と言っても拷問のそれではなく、暗示魔術だ。
「さあ、当初の計画を復唱せよ」
マスターがそう言えば、過激派の一員はハキハキと復唱した。
「難民救済のため、我が一団に迎え入れると同時に憎い対象であるマスターの抹殺へとともに道を歩まんがため!
確認できている難民の集落へ向かいます!」
「その集落の位置は把握できているな?」
「はい!南西の方角に4箇所!
港までは難民は到達していません!」
よろしい、と言って睡眠導入剤を飲ませた。
「残りの集落を保護しないとな。
そしてダビデに過激派リーダーの捕縛を同時に進めるよう提案しよう。
無線が届く範囲に俺たちは一旦戻る。
残りは任せていいか?」
「ああ、問題ない」
そうして残り2つの集落を保護するため、車を進めた。
◆
ハヤテほとんど足になったようなもので戦闘は一切していなかった。
その方が怖い思いをしないで済むため、良いのだが。
「さて、じゃあカルデアの連絡を待とうか
もうへとへとだよ」
ハヤテを含め5騎の主従は疲れ切って、近場の集落に腰を落ち着けた。
救出した難民も同じ集落に集めて、身を寄せ合っていた。
それにしても、何故暴動が起きないのかというと、ハヤテの行動が要因だった。
「お医者様がまさか魔力持ちだったなんて、つゆ知らず…」
薬を与えた親子が声をかけて来た。
「あ、あの、さっきはありがとうございました」
先ほど、確かに暴動が起きそうになったのだが、薬を分け与えた集落の者たちが咄嗟に声をあげたのだ。
「本来なら罵倒されてもおかしくないのに」
「何をいうんですか
助けてもらったのにそんなことできません!」
そんなやり取りをしている横で、ゲオルギウスが口を開く。
「それでも、私たちはあなた方の勇気ある行動に感謝せねばなりません。
ありがとうございます、心の清い方々。」
丁寧に感謝するゲオルギウスに親子ははにかむ。
心からの賞賛と感謝だと分かる言葉に否定する気持ちもなくなる。
ハヤテは嫌という程その経験をしてきた。
ゲオルギウスは人の感情あらゆるトゲを丸くさせる天才だ、とも思う。
「おーい、今さっきリーダーと連絡取れた。
過激派と交戦して、全ての勢力を無力化したって。
過激派の頭目はまだ見つかってないみたいだけど。」
「実質は過激派が壊滅したと言ってもいい。
いやー任期満了前に任務が終わるなんてラッキーだね。」
「帰って何するかなぁー」
早速帰った時のことを考えながら主従たちはこの家を出た。
「あなた方はカルデアというところに帰るんですか?」
「はい、そこにいないと世界中からバッシングものですから」
「そうなんですか…」
「あなた達は?」
女性は苦笑しながら首を振る。
「故郷は焼かれてしまって、どこに行くべきか
とにかく安心して暮らせる場所にいたいです。」
「そうですか……」
故郷を追い出されたハヤテと、故郷を焼かれたこの親子では感じ方がかなり違う。
ハヤテはマスターだと判明したから追い出されたが、親子はなんの理由もなく突然のことだ。
叶うなら故郷に帰りたいと思うのは当然だが子供のことを思って「安全な場所」と言っているのだろう。
ふと、どうにかしてあげたいと思ったがハヤテにはどうにも力がない。やるせない気持ちを抱えていた。
過激派が難民に手を出したことで、カルデアも、各国も非難の声をあげた。
そうして頭目は捕縛され、然るべき裁判所で裁きを受けるため、港で拘留されていた。
輸送されるのを大勢の一般人が見ている中、ハヤテもそこに居合わせていた。
「ちくしょう…ちくしょう…」
ぶつぶつと呟くのがここからでも聞こえる。
「さあ、我々も帰りの手はずをとりましょう」
「うん」
今回の運搬はいつも以上に疲れた。
日光、水、難民、過激派…おそらく運搬部隊のメンバーの中でもここまでの経験をしたことはないだろう。
運良く取れたチケットで船に乗り、同じ航路、同じ手段でカルデアへとたどり着いた。
死んだ顔でカルデアの街を歩くのは運搬部隊ならではだ。
愛しの我が家に帰り着くと揃ってベッドで気絶するように眠った。
あれだけの事があっても仕事は待ってくれないしいつも以上の仕事が溜まっている。
血眼になりながらパソコンと向き合う。
そして傍らにふと見知った顔が現れた。
「あ、ダビデ王」
「やあアビジャグ!」
早々にアビジャグ発言をした王にマスターが頭を叩く。
「この間の件で助けられたから、一言お礼をと思って」
「いえ、気になさらず…(ていうか仕事終わらせたい…)」
これで3日連続残業だ。せめて定時で帰りたい。
そして上に出す書類は明日の12時まで。
今の調子では今日はここに泊まり込みになってしまう。
「仕事を邪魔したくないから手短に、
言葉より物がいいと思ってね。」
「え」
そう言いながらマスターが取り出したのは大きなメロン。
しかも高級ブランドもの。よだれが落ちそうになる。
「こ、これは…!」
「お、さすが運搬部隊に所属するだけはある
メロンの王様、マスクメロン、糖度は14
風味と甘みがマッチしている極上の逸品だ。
是非聖ゲオルギウスとご賞味あれ」
「あ、ありがとうございます!」
やはり前衛部隊の長を任せられるだけあって給料が桁違いだ。
しかもこんなものを取り寄せられるなんて、普通では考えられない。
「それじゃあ、何か困った事があれば僕たちを訪ねるといい
手を貸してあげるよ」
「本当に本当にありがとうございます!!大事に食べます!」
マスターまでもハヤテの必死ぶりに笑っていた。
主従が去って改めてメロンを見やった。
(ゲオルと一緒に食べよう!)
冷蔵庫に入れて、急いで仕事に戻った。
とはいえ、終わらないものは終わらない。
今夜は家に帰れないと連絡すればゲオルギウスがわざわざ職場にやってきて、夜食を差し入れした。
「大丈夫ですか?」
「へーき
あと今日ダビデ王が来てマスクメロンもらったんだ!先持って帰ってもらえるかな」
「ま、マスクメロン…!!」
ゲオルギウスもなかなかに食べ物に目がない。
過去の記憶ではメロンなどという果物は食べた事がない。
ましてや品種改良を重ねた甘みのある果実など尚更だ。
現代の食事も楽しみにしているゲオルギウスにとっても極上の報酬であった。
「では、ハヤテさんが仕事を終えて帰って来たら一緒に食べましょう。」
「ん」
夜食のポトフを完食し、仕事に戻る。
「帰り気をつけてね
大丈夫だと思うけど」
「ええ、ハヤテさんも気をつけて」
後頭部に手を添えて、頭に口が当たった。じわじわと恥ずかしくなる。
家でならまだしも、誰もいないとしても、職場でこんなことされたら嬉しいは何処かへ行ってしまう。
「あのさ…今のは」
「頑張ってください、の意味です」
「そ、そうですか」
かた、かた、とタイピングの手が遅くなる。
「…元気出ませんでした?」
「は、恥ずかしい…職場で…」
「そ、それは、失礼しました
では、自宅で待っていますね」
この流れでは、家でもう一度します、という意味に取りかねない。
期待すると後でへこむと分かっていながらも、ドキドキしてしまう。
水筒で持って来てくれたアイスティーを飲みながら、改めて仕事に没頭した。
23時に一旦帰宅し、もう一度出勤時間に職場へ戻る。
ゲオルギウスは昨日のようにハヤテを心配していたが当の本人はそれどころではない。
結局11時過ぎに完成し、データと任務の報告書を合わせて提出した。
はぁー、と息をついてレモンティーを飲む。
「うまし…」
やっぱりゲオルギウスの淹れたお茶は最高だ。
などと亭主のようなことを思っていれば、ふとメールが届いている。
カルデアからの共通連絡メールだ。
こういうのはあまり関係ないのでいつもなら流し読みするのだが、仕事が終わってひと段落しているため、暇つぶしに読んでみた。
「…カルデアの直の食糧供給のための農地案」
確かに予算を減らすためなら農地はいいアイデアだ。
だがその農地を耕すのは誰だ、というツッコミを入れたくなる。
これは計画倒れするだろうなと思いながら眺めていると、ふと思い出す。
「ハヤテさん、お仕事は順調ですか?」
顔をのぞかせたのはゲオルギウスだ。
「あ、うん
ちょうど終わって提出したとこ。」
「それはよかった。甘いものが欲しいのではないかと思って、パンケーキを作って来ました。」
「うあー!すきー!」
甘いものが好きなハヤテに、ゲオルギウスはにこにこする。
まるで子供のような反応をするハヤテはいつもより可愛らしいと思わせた。
「今、食べていい?」
「ええ、休憩時間ですし、いいでしょう」
もふもふと頬張る姿はリスのようだ。
仕事の不安からも解消され、表情はいつもより軽やか。
いいタイミングで持って来たものだとゲオルギウスは自分を褒めていた。
しかし、ふとハヤテは別のことを話す。
「…あのね、もしかしたらまた残業多くなるかも。」
「そ、そうなのですか?何かトラブルでも?」
「ううん、まだわからないけど。
その時はまた言うよ。多分今日は定時に帰れるから。」
一瞬物思いにふけっていた顔をゲオルギウスは見逃さなかった。
あえて口には出さず、そのまま見守ることにした。
◆
それからと言うもの、ハヤテの言ったとおり残業が多くなった。
家に持ち帰って仕事をしたり、休日でも話し合いがあると言って家を出たりした。
そうしているとやっぱりストレスが溜まり、熱っぽくなる。
それでも書類と向き合う眼差しは変わらなかった。
いつもなら根を上げながら、ちゃっかり仕事をこなすのだが。
(ここまで来ると不安になる…)
自分がやらねばならないという意志さえ見えて来る。
「ハヤテさん、少し休んではどうですか?
ここのところ暇さえあれば書類に向き合って、休憩しているのを見たことがありません。」
「いつも6時間寝てるよ」
「それでも休憩は必要です。それは急ぎの仕事なんですか?」
「うん、すごく」
「あれだけしているのに急ぎというのは納得いきません。
一体どういう内容なのですか?」
「大丈夫だよ。社畜の時よりイージーだから。
大丈夫大丈夫」
そうあしらわれた。
何が大丈夫なものか。
などと思いながらも、ハヤテを見守ることしか出来なかった。
それから数週間後、体調不良は依然として続いていたがある日、帰って来るなり何も言わずにベッドで眠ってしまった。
「ハヤテさん、化粧だけでも落とさないと」
「んん…」
「化粧を落とさないと肌荒れがヒドイと、口癖のように言っているではありませんか。」
「んぅ…」
これはダメだ。
すでに眠りの中。
仕方なく、化粧落としのシートを持って来て眠るハヤテの顔を拭った。
その最中で、目の下のクマがヒドイことに気づく。
シャツのボタンを緩め、ジャケットを脱がせた。
肩まで毛布をかけて、最後に額に口付ける。
「よくお眠りなさい」
もう一度同じ場所に。
ちゅ、と音を立てて、それきり静かに部屋を出た。
ハヤテが起きてきたのはちょうど12時を回った頃だ。
それからノソノソと風呂場に行って、上がって、寝ぼけた顔でカウンターに座る。同時にこの姿勢は説教を受けますという降伏の猫背。
「さあ、食事の後に理由を聞かせてもらいましょうか」
「はい…」
ごほごほと咳もする始末。
仕方なく薬を出し、買い置きの飴玉も舐めさせた。
「おいしい…」
「明日はどうするんです?」
「休みもらったから、寝る…」
「ええ、是非とも、そうしてください」
すっかり反省をしているようだ。
けれど、やはりいつもの仕事に対する喚きがない。
食事が終わって、食器を片して改めてテーブルに向かい合った。
「それで、今までの無理な働き方はどういったものだったんですか?」
生姜湯を飲ませながら話を聞く。
ハヤテ曰く、カルデアが権利を持つ農場を作るのだとか。
多くはカルデアに協力的な団体に運営や農作業を任せるらしい。
しかしその農場の担い手が少ないのも事実。
食糧の予算を浮かせるため対策案が、農場開発に金を使って企画倒れしそうだったらしい。
「だから…難民の人、そこで働いたら、どうかなって」
するとそれがみるみるうちに上へ上へとあがり、上層部にまで行き渡った。
実際に難民がどこかしこいるのはこの世界の常識で、行き場をなくして飢え死にするなど、犯罪を余儀なくされるなど
とにかく難民に生きづらい世界だった。
そこで上層部が各国の難民の対策として農地開発に難民を雇い、安定した生活を営ませることを提案した。
強いては治安維持にも繋がる。
無論難民に労働を強いるつもりはないが、興味を持った国が公募すると若い難民たちが多く手を挙げた。
「カルデアの、前衛部隊のいる…農地で安全に過ごせるように…手配して…あと色々上層部話し合いとか…プレゼンして…」
最終的に、今日からカルデアと難民たちの農地開発プロジェクトが本格化するようになった。
しかし任務から休みなしで働いているのをダビデが気を遣ったようで、しばらくの休暇を貰えるよう根回ししてくれたようだ。
「そうだったのですね…」
「少し失敗したら、企画ダメになっちゃうから…がんばった…」
ついにぐすぐすと泣き出すハヤテ。
そんなハヤテをゲオルギウスは優しく抱きしめた。
「よく頑張りましたね。」
「うん…がんばった…」
「今日はもう横になりましょう。
明日はハヤテの好物をたくさんご馳走しますから。」
「ほんと?」
こうしてハヤテの個人的な戦いは終わりを見せた。
結局風邪をこじらせ、熱を出したもののハヤテはどこか誇らしげに眠っている。
後日、カフェにダビデがきた。
「やあ聖ゲオルギウス」
「お久しぶりです。
先日はハヤテのために尽力して下さってありがとうございます。」
「いいや、功労者には正当な休みが必要だからね。
それと、正当な報酬がこれ」
「こ、これは…!!!」
「流石、主従揃ってお目が高い
太陽のタマゴと言わしめた極東のマンゴー
まろやかな口当たりが絶品だと好評だ。
ちょっとツテができて、頂いたからおすそ分け。
まぁ、実のところうちのマスターがマンゴーに弱くてね。実に勿体無い。」
木箱に包まれた夕陽色のマンゴーとダビデを交互に見つめる。
「感謝いたします。
きっとハヤテも大喜びするでしょう。」
「それなら届けた甲斐があるものだ。
そうだ、ここテイクアウトできるんだったね。
マスターにお土産を買って帰ろう。」
「はい、腕によりをかけましょう」
昼食に降りてきたハヤテにマンゴーを見せると、興奮冷めやらぬ感じで感動を口にした。
「すごいすごい!マンゴーだ!!
おいしそ〜!!ツヤがいいよね!」
「ええ、私もそう思ったところです。
夕食後のデザートに一緒に食べましょうね。」
「うんっ」
この間のメロンも一緒に食べたのだが、すぐ企画に取り組んだために心静かに味わうことは出来なかった。
だが今回は共に口にした感想をじっくり言い合える。
楽しみでたまらないというような表情につられてゲオルギウスも微笑む。
その日の夕方、マンゴーを食べる二人は世界で一番幸せな主従だと想いあった。