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カルデアを卒業し、物資確保部隊にいる。
とは言ってもいつもは物資のリスト整理や外部からの物資配達、遠方の駐屯地へ大事な荷物を運搬する仕事をしている。
とりわけ後者は年に1回あるかないかで、普段は仕事場で優雅に仕事をしているのだが
「ハヤテ主従には遠方の物資運搬に向かってもらう」
はぁー、と脳内でため息をついた。
無論本格的な運搬部隊は他にいる。
本来この主従の役目は『カルデア北東部の物資搬入』だ。
これが以外と大変で、まず何が必要か、店舗または自治住民(すべて主従だが)にチェックシートを提出してもらう。これはざっと何が必要か、を要求するものだ。
それから、こちらの業務に沿って、カテゴライズしていく。
食料、雑貨、本、などなど。
そして改めてさらに上の発注部門に連絡する。
発注部門はカルデア上層部とも繋がっているためほとんどが上流階級の一般人だ。
なぜかと言うと、予算は上層部(一般人)から降りるため、実際に金のやり取りも一般人でなければいけないという考えのためだ。
とはいえ、よっぽどのものでない限りは却下されることはない。
そうして、発注が完了すると、『外』にいる部隊がカルデアまで届けてくれて、あとはこちらが各店舗や地区に配る。
他にも、北東部への届け物はすべて請け負っている。
アルバイトを雇う経費もあるので、学生に配達を頼んでいるのが実情だ。
確かに大変だが、慣れればどうってことはない。
アルバイトも良い子たちばかりで素直に言うことを聞いてくれる。
それにデータを取りまとめてカテゴライズする作業は得意中の得意だ。
しかし、途端に出張が入るとそれまでの作業を急速に進めなければならなくなる。
しかも不在の間、荷物が滞らないようにアルバイトの中からリーダーを選んで責任持って仕事をして貰わなければならない。
「はあ」
帰路につき、コーヒー豆の匂いがする店へと入った。
否、自宅だ。
「おや、お帰りなさいハヤテ」
閉店準備をしているサーヴァント、ゲオルギウスだ。
ハヤテの死んだ目を見て、改めて
「お疲れ様でした。
店を閉じるので、少しだけ待っていてくださいね。」
「ん」
ゲオルギウスはカフェを営んでいる。
以前、カフェで働いてそうだと言ったら真に受けてしまい、本当にカフェを始めてしまった。
この店舗は引退した主従から譲り受けたもので、それなりに手続き処理と金銭は必要だったが、『外』での建物の売買から考えると大変安い。
とはいえ一度に払えるものではないため、今は分割して払っているのが現状だ。
「さあ、お待たせしま…おや」
ぎゅう、と抱きつく。
ゲオルギウスは苦笑しながらも、背中をぽんぽんと撫でてくれた。
「何か言われてしまいましたか?」
「違う…外…出張…」
「!」
「ちょっと今嬉しそうな顔したでしょ」
「い、いえ、まさか…」
ゲオルギウスは外が好きだ。
出張のたびに目を輝かせてカメラに収めている。
確かにそれはそれで良いとしてもだ。
そのぶんこちらの負担が大きくなるのを忘れないでほしい。
「それで、憂鬱なんですね?」
「仕事…しんどい…絶対シート提出してくれない…間に合わないかも…」
「なんなら明日、店をお休みにして手伝いましょうか?」
「……ううん、私の仕事だから、やる…でも遅くなるかも…」
「わかりました。
では、ご馳走を作って待っていますね。」
顔を上げて、見つめる。
「…いつもご馳走だと思う」
「ふ、ふふふ、全く、」
嬉しそうに顔を綻ばせては頭を撫でられた。
「夕飯の仕込みはできています。
出来上がるまでに着替えてきてくださいね。」
「ん」
もう一度、ぎゅっと抱きついて離れた。
階段を上りながらスーツを脱ぐ。
洗面台で化粧を落とし、くまのシャツとスウェットに着替えた。
前髪をピンで止めて、階段を降りる。
「お腹すいたー」
「ところで、出張先は?」
「まだわかんない。多分明日くらいになったらメールで届くと思う。」
カウンターで料理をしてくれるゲオルギウスはなかなか様になっている。
「…ゲオルも、大変だった?」
「大変じゃないと言えば嘘になりますが
充実した日でした。
そう言えば、ご近所のヴラド公が良い豆を見つけてくださったそうで。」
「あぁ…あの…うん…まぁいいけど…
それで?品名教えてくれたら調べて買うけど?」
「いえ、次カルデアに帰還したときにヴラド公が譲ってくださるそうなので
それから本格的にどうするかを考えます。」
「そう」
カウンターに並べられる料理を改めて机の上に揃える。
今日は野菜がごろごろしたスープと、ムニエル、パンだ。
「うう、おいしそう」
「いつも美味しいと言ってくださるので、作り甲斐があります。」
「だって、なんか最初の時より上達してるし…」
2人で向かい合って、
ハヤテはいただきます。
ゲオルギウスはいつもの祈りの言葉を紡いだ。
ハヤテはいつもそれを待って、共に食事をする。
カルデアに来た時からそれは変わらなかった。
片付けはいつも一緒にしている。
今日はあーだったこーだった。
ゲオルギウスがアドバイスすることもあるし、逆にハヤテがアドバイスすることもある。
こんな生活が続くのであれば、主従になったのも悪くはないかな、と思い始めていた。
「あ゛ーーー!!!うわーーーん!!ばかーーーー!!!」
急に声を張り上げて帰って来たハヤテ。
ゲオルギウスはやれやれといった感じでハヤテをハグした。
「どうしたんですか?」
「とおいーー!!遠いよーーー!!!
こんなのあんな大荷物うわふしあーーー!!」
「はいはい、落ち着いて」
「うう…ぐすっ」
ぎゅうう、っと抱きついては深呼吸を繰り返す。
もともとストレスに弱い方で、しかも物事を悪い方向に考える傾向にある。
つまり悪循環。
なのでゲオルギウスがこうして抱きしめて慰めるのが日課だった。
事実、数年前はうつ病を患っていたからだ。
「出張先が決まったんですね?」
「とおい…あふりか…主従……とどける…しかも…過激派…いる…」
「そうですか」
「こわい…」
「大丈夫ですよ。あなたを何が何でも守ってみせます。」
ハヤテは静かに泣き出す。
落ち着くまで背中をさすって、大丈夫だと何度も教えた。
「ほんと…きけんなとこ…なの」
「…事前に調べてくださったんですね」
「あちこちに拠点、ある…」
なんだかんだと仕事が早い上にちゃっかりこなしている姿を見て、笑みがこぼれる。
「大丈夫、だからこそ、我々を選んだはずです。
過激派は宗教には手を出せません。」
「でも、ゲオル怪我するのやだ…」
「あなたが私を信じてくだされば、それが糧になります。
よくご存知のはずでしょう?」
ゆっくり離れ、目元が赤いハヤテを見やる。
「きっと大丈夫
恐れることはありません。」
と言いつつ顔を近づけるのだが
「ま、まって」
「?」
「…化粧、落としてくる」
「…………………。」
「それから、その……してほしい…」
こればかりは耳をつねりたくなるゲオルギウスであった。
とはいえ互いに甘い関係になれない為、口にするのではなく、目元にする。
ハヤテは化粧を落としてきて、はい!どうぞ!と言わんばかりに目を閉じた。
そんなねだる姿は可愛いのだが、気恥ずかしさもある。
やれやれと言いながら、目元に口づけをした。
「元気は出ましたか?」
「んー…まぁまぁかな」
「全く…あなたという人は」
なんだかんだと、クスクス笑うハヤテを見てゲオルギウスも安心していた。
とは言っても出張当日は顔が死んでいた。
必要な物資を点検し、運搬船で持ち運ぶ。
それから、外の本社に複数立ち寄って、大荷物でまた船に乗り継いだ。
アフリカ南部にたどり着けば後は危険なのでハヤテとゲオルギウスで運ぶ。
「では、参りましょうか」
「…うん
『ベイヤード』」
ゲオルギウスがとある魔女から譲り受けたという馬だ。
この馬で大量の物資を引いていく。
騎乗し、ベイヤードと進んでいく。
「あつい…」
『倒れないよう気をつけてください』
日差しは嘘のような攻撃力。
フードとマントを併用しているものの、少し皮膚が見えれば容赦無く狙い撃つ。
「日焼けしちゃう…」
『ハヤテさんは少し焼けたほうが健康的なのでは?』
「白いほうがいいに決まってる!」
暇すぎる道中、ひたすら進んでいく。
時折ベイヤードに水を飲ませて、自らも歩いて進んだ。
「方角…あってるかな…」
確認すると、目指すべき南南西の方向へ確かに向いていた。
距離はおよそ50km
今はゲオルギウスが武器化状態のため疲労は少ないものの、気疲れが起きそうだった。
何しろなにも変化しない殺風景。
時折鳥が頭上を旋回しているだけだ。
汗だけがだらだらと流れる。
果てしない道のりの末、ようやく一つの集落を見つけた。
とにかく水をもらう為、物々交換をしようとリストを眺めた。
集落といえど水利もしっかりとしており、町と呼ぶのが相応しい。
見慣れぬ旅人に住民はひそひそと会話をし始めた。
「ごめんください、水を頂きたいのですが」
野菜を卸売している店主に尋ねた。
すると、はぁ、とため息をつく。
「悪いけど自分たちの水で精一杯だ。」
「この町は水路があると思ったのですが…」
「あるにはあるが、今は水汲み場所にどう猛な動物たちが住み着いている。
おびき寄せてその隙に水を取るしか方法はない。」
なるほど、それなら旅人にやる水もないというもの。
「でしたらこの先何キロほどで次の町につきますか?」
「30kmくらいかな。
あんたら行商人か?そんな大きな荷物、見たことがない。」
「そんなところですが、あいにくと取引先が決まっているんです。
それでは。」
下手に動物たちを追い払ったとして、今度は町にやってくるかもしれない。
水は諦め、早く次の町に向かうことにした。
これらの水はベイヤードが2/3ほど。
とは言ってもそう量はないのだが。
『大丈夫ですか?』
「うん、ただ、水を温存したいから極力話さないようにする。」
『ええ、わかりました』
物資運搬は己との戦いだ。
如何に無事に物資を届けるか。
敵など現れたところで無視すればいい。
今回は水との戦いである。
乾燥した空気が喉を刺激して水を欲しても、極限まで耐える。
最悪水を口にしても、少量を口にためる。
恐らく忍耐だけで言うならこの仕事が最もハードだろう。
ひたすら方角だけを確かめ、ベイヤードを進めるとようやく町が見えた。
外壁の近くでベイヤードから降り、息をつく。
目に付いた店から片っ端に水を求めた。
「ごめんください。水を頂きたいのですが」
「水?ただではやれんよ」
「無論です、この中でいくつか品を選んでください。ただし先に水を頂きたい。」
台車の中を少しだけ見せる。
すると、おお!と声を上げた。
これらは医療用品だ。
ガーゼ、包帯、消毒液など。
食料ももちろんある。
この国ならばどれも欲しい一品に違いない。
「もしや、お医者様か!?」
「え?」
大抵の国では物々交換をするのだが、今回は初めての国、土地、風土。
こんな反応予想だにしなかった。
「お願いします!娘が熱を出して!」
「え、え」
「お医者様…!?私にもお力を恵んでください!!」
「お医者様!?」
「おい医者だ!!」
こんな感じでわらわらと集まってきた。
疲労と喉の渇きと勘違い。
イライラに変わってくる。
『ハヤテ、少し深呼吸を…』
「お医者様!どうか!」
矢継ぎ早にやってくる。
息継ぎもさせないほどだ。
「あの…私は…」
「おいあの人が重症だったろ!連れて診てもらえ!」
「だから…医者じゃ…」
誰も話を聞こうとしない。
ボルテージが限界を迎えようとしていた。
「あーー!!!水!!!いいから水をください!!!!」
そう叫ぶと、住民はせっせと水を持ってきたのだった。
◆
こうしてそれぞれの症状を診るはめになった。
とはいえ主にゲオルギウスが診察しているのだが。
腰に剣とその鞘を携えながら、触診していく。
『風邪を長いことこじらせているようです。
風邪薬を与えてください。』
「……風邪です。これを飲ませて上げてください。
1日3回、食後に一錠、必ず飲ませて上げてください。
それと、食事もしっかり。」
「はい!ありがとうございます!」
『こちらは疲労ですね
他にも要因が考えられますが、しっかり休ませることと、台車に滋養強壮の飲料があったはずです。』
「んー、てことは塩とかレモンで代用が効くかな…
水ばかり飲んでいたら血中のナトリウムイオンが減少してしまいます。
とにかく、外で汗をかくまえに少しだけでいいので塩を舐めてください。
とりあえず今日はこれを飲ませてください。」
『ああ、よかった…!』
「うちの子が急に倒れたんです!!」
『熱中症ですね』
「横にして上げてください。
冷や汗と失神…熱失神…足を頭より高くあげて、濡らしたタオルで脇と内股を冷やしてください。
それから、塩9gを水で溶かして飲ませると回復します。
とにかく、涼しくして休ませてください。」
お医者様、お医者様と呼び掛けられ続けて、ようやく終わった頃には夕暮れだった。
しかしいずれも疲労からくる症状が多い。
一体何をしているのやら。
むしろこの程度、どうすればいいか分かるはずだが。
「お医者様、よろしければこれを…我々の心ばかりのお礼です。」
出されたのは鶏肉だ。
思わずぎょっとする。
何よりこの貧しい国…町での重要な食料源に違いないのだから。
「いえ!これは体調の弱っている方が食べるものです!
逆に患者の食事を疎かにして体調を悪くすればここまで手を尽くした意味がない。
お気持ちは十分です。ありがとうございます。」
それよりも先に進まなければならない。
いくらか医療用品を消費してしまったが、この程度なら支障は出ないはずだ。
「そうですか…お気遣い、ありがとうございます」
「ところで、ここは医者はいないんですか?」
「この集落は難民の集まりなんです。
過激派と、よくわからない集団が戦っているでしょう?
とにかく恐ろしい力を持った集団から逃げるために、ここまで流れ着いたのです…それだけならまだしも、過激派から医者を出せを命じられて…」
医者を過激派に無理やり引き入れているらしい。
「食事の代わりに、もう少し詳しい話をお聞かせください。
過激派がどこを拠点にしているか…
そこはどうしても旅の途中避けては通れないのです。」
そうすると、お医者様に唯一できる恩返しだとかで町の元気な者たちが集まって地図を書き出した。
流浪の民は命がけで星を読み、日を見上げ、小さな木々にも目を向けていた。
迷えば家族もろとも死ぬからだ。
「大まかな方角はこれで合っているはずです。
とにかく北の方角に進まなければ過激派と接触することはないでしょう。」
「ありがとうございます
とても助かりました。
実はそれが心配で心配でたまらなかったんです。
あなた達こそ私の恩人です。」
そうおだてると、難民達は照れ笑いをしながら明るい表情をしていた。
長い間憂いていた体調の悪さが改善されつつあることが、大きく影響しているらしい。
「旅人の方、今夜はここに泊まってください。夜は冷えますから。」
「あ、最後に一つだけ…
戦火から逃れてきたと言っていましたが、この街は一体誰の街だったんですか?」
「ええ、さっき言ったよくわからない集団が、陣営を作っていたんです。
今は捨てられてもぬけの殻ですが、存外きれいな水もとれますし、野菜の栽培をしていたようで食料も安定しています。
また移動することになるでしょうけど、しばらくはここで。」
「そうですか…
その謎の集団はもちろんですが、過激派は危険だと旅人同士の噂で聞きます。
我が身を大事にしてください。」
「ええ、ありがとうございます」
そう言って、夜はふけた。
言った通り気温はぐっと低くなる。
誰もいないところでようやく武器化を解除し、簡易食料を食べた。
「謎の集団というのは、カルデアの主従のことでしょう。
政府の目にも余る過激派の捕縛が任務と言ったところでしょうか。」
「上からの情報では、もうすぐ決着がつくらしい。
その為にも、この医療用品を早く届けないと。
それに、魔力濃度の高い人間がいればこの街も襲われるかもしれない。」
「そうですね。早急に出ましょう。」
息をつく暇もないが、ゆっくりと台車をベイヤードに引かせる。
街を抜ければ、追われるように一目散に離れた。
それから夜の荒野を進む。
それにしてもこの地図は精密だとハヤテは感心していた。
「空がきれい」
『ええ、本当ですね』
「カメラ取らなくていいの?」
ベイヤードから降りて、待っているとゲオルギウスが現れた。
ゲオルギウスとベイヤードの同時限界は魔力を多く使うため、ベイヤードを一旦戻す。
「きれいですね、本当に」
「満天の星空だね。
今思えば、悪天候じゃないのが救い。」
「そうですね」
カメラを構えて何枚かシャッターを切る。
これでカフェに飾る写真が増えた。
「あの町の逞しい人々もシャッターに収めたかったのですが…」
「まぁ何度か来る機会はあると思うよ。
こういう過激派の案件でね。」
「それもそうですね。次回の楽しみにとっておきましょう。」
内心ではできればもう二度としたくない、とハヤテは思っている。
改めて進んでいく。
星が回り、月が沈んで日が世界を照らす。
当たり前のことが、この殺風景の荒野ではありがたいと思えた。
『ハヤテさん、ちょうど岩陰があります。
そこでしばらく仮眠しましょう。』
「うん」
ベイヤードに水を飲ませ、体に括っていた縄を外して首を撫でてやった。
「ありがとう」
ベイヤードは優しく鼻を頰にすり寄せた。
代わり番こにゲオルギウスが出てきて、そろって岩影に腰を下ろした。
「はぁ…」
ため息をついて、すぐに眠りに落ちた。
そんな感じで旅を続けて2日目、ようやくカルデアの陣営を見つけた。
「こんにちは…」
死んだ声で挨拶すると、簡易的な陣営の中からカウボーイが現れた。
正しくは依頼主のビリー・ザ・キッドだ。
「お、君が物資運搬部隊?」
「そっす…疲れたので、休ませてください…」
「もちろんもちろん!
おいみんな!医療用品がやっときたよ!」
大きな台車に入った木箱の中の医療用品。
そして食料。
「いやー、ここのところなかなか消費が激しくてね。
ありがとう、助かったよ」
「うん…とにかく…お風呂…」
「はいはい、こっちだよ」
カルデアの陣営はやはりしっかりとしていた。
聞くところによると、ダビデ王が陣営を仕切っており、水源、食料、全てを担当しているのだとか。
それならば納得がいく。見事な治世だ。
「少し休んだらダビデ王に顔見せてやってよ。」
そう言ってビリーはマスターの元へ戻っていった。
ハヤテとゲオルギウスは互いに見合って、それぞれのシャワールームへ直行する。
「おお!アビジャグ!」
なーに言ってんだこの耄碌王は?
それが顔に出ていたようでゲオルギウスに小突かれた。
「長旅ご苦労様。
といっても発注から1週間と3日で届くなんて優秀だよ!
とにかくここで休憩していってくれ、見るからにぶっ通しで来たって感じだ。」
「ええ、私はともかくハヤテが頑張ってくださいました。」
「うんうん、聖ゲオルギウスにも、心遣いに感謝しよう
さあ、食事を先にしてもいいし睡眠を先にしてもいい。
今日は全力で君の体力回復に努めよう。」
どちらを選ぶかと言えば、どちらも選びたいが人間そう器用ではない。
仕方なく、ハヤテは眠る方を選んだ。
「ゲオルは?」
「では私も眠りましょう。」
「同じでも構わないかな?それとも君たちは別で寝るクチかな」
「まぁ、いつも同じですけど…」
「いいなあ…僕のマスターは人肌恋しくなっても一緒に寝てくれないもの
君のようなアビジャグでも僕は大歓迎だよ。」
変な顔をしていたようで、もう一度ゲオルギウスに小突かれた。
そうして案内された個室には、ベッドが一つしかなかった。
これはどういうことだと振り返る前に、さっさと何処かへ行ってしまったダビデ王。
確かに同室でいつも寝ているが、同じベッドとは言っていない。
「…我々も彼の話を聞き逃すとは
疲れているようですね。」
「はぁ…」
やはりここは過激派を迎え撃つための陣営。
来客用の部屋など設ける意味もない。
なので実際空き部屋はここしかないしベッドも一つしかないのだろう。
「寝相悪かったらごめん…先に謝る…」
「ハヤテさんはそんなに寝相悪くはありませんよ。」
もぞもぞとベッドの端に横になると、ゲオルギウスも同じく端に横になる。
もう少しで背中がくっつきそうな距離。
荒野の日差しもこの部屋では忘れられた。
「…ねえ、ゲオル…」
振り向くと、大きな背中がもう寝息を立てていた。
確かに寝つきは良い方みたいだが…これはあんまりにも早すぎる。
疲れていたのだから仕方ないにしても。
ゲオルギウスは聖人だ。
キリスト教の武人として世界中から信仰が厚い。
言うなれば神父の神父、とハヤテは思っている。
神父は結婚できない。その身を神に捧げているという考え方をしているからだ。
無論ゲオルギウスも例外ではない。
どんなハヤテを見ても慰めたり、励ましたり、少しも離れる素振りを見せなかった。
だからハヤテはゲオルギウスに一定以上の感情を抱かざるを得ない。
しかしゲオルギウスの立場上、それを認めるわけにはいかない。
それをハヤテだって深く理解しているからこそ、想いを言葉で伝えることはあり得なかった。たとえ拷問されても言えない。
いや。おそらく態度でバレているだろうが。
少しだけ寄って、背中に額を当てた。
ゲオルギウスの匂いと一緒に、いつものコーヒー豆の香ばしいかおり。
すぐに眠りにつけた。
「困った人ですね…」
なんて呟きながらも振り向いて、手を握った。
小さな肩が呼吸で揺れる。
ずっと、緊張をしながらの道中で手のひらに手綱の跡がくっきりと残っていた。
そんな手を優しく撫でながら、安堵しきった寝顔を見つめる。
改めてゲオルギウスも眠りについた。
とは言ってもいつもは物資のリスト整理や外部からの物資配達、遠方の駐屯地へ大事な荷物を運搬する仕事をしている。
とりわけ後者は年に1回あるかないかで、普段は仕事場で優雅に仕事をしているのだが
「ハヤテ主従には遠方の物資運搬に向かってもらう」
はぁー、と脳内でため息をついた。
無論本格的な運搬部隊は他にいる。
本来この主従の役目は『カルデア北東部の物資搬入』だ。
これが以外と大変で、まず何が必要か、店舗または自治住民(すべて主従だが)にチェックシートを提出してもらう。これはざっと何が必要か、を要求するものだ。
それから、こちらの業務に沿って、カテゴライズしていく。
食料、雑貨、本、などなど。
そして改めてさらに上の発注部門に連絡する。
発注部門はカルデア上層部とも繋がっているためほとんどが上流階級の一般人だ。
なぜかと言うと、予算は上層部(一般人)から降りるため、実際に金のやり取りも一般人でなければいけないという考えのためだ。
とはいえ、よっぽどのものでない限りは却下されることはない。
そうして、発注が完了すると、『外』にいる部隊がカルデアまで届けてくれて、あとはこちらが各店舗や地区に配る。
他にも、北東部への届け物はすべて請け負っている。
アルバイトを雇う経費もあるので、学生に配達を頼んでいるのが実情だ。
確かに大変だが、慣れればどうってことはない。
アルバイトも良い子たちばかりで素直に言うことを聞いてくれる。
それにデータを取りまとめてカテゴライズする作業は得意中の得意だ。
しかし、途端に出張が入るとそれまでの作業を急速に進めなければならなくなる。
しかも不在の間、荷物が滞らないようにアルバイトの中からリーダーを選んで責任持って仕事をして貰わなければならない。
「はあ」
帰路につき、コーヒー豆の匂いがする店へと入った。
否、自宅だ。
「おや、お帰りなさいハヤテ」
閉店準備をしているサーヴァント、ゲオルギウスだ。
ハヤテの死んだ目を見て、改めて
「お疲れ様でした。
店を閉じるので、少しだけ待っていてくださいね。」
「ん」
ゲオルギウスはカフェを営んでいる。
以前、カフェで働いてそうだと言ったら真に受けてしまい、本当にカフェを始めてしまった。
この店舗は引退した主従から譲り受けたもので、それなりに手続き処理と金銭は必要だったが、『外』での建物の売買から考えると大変安い。
とはいえ一度に払えるものではないため、今は分割して払っているのが現状だ。
「さあ、お待たせしま…おや」
ぎゅう、と抱きつく。
ゲオルギウスは苦笑しながらも、背中をぽんぽんと撫でてくれた。
「何か言われてしまいましたか?」
「違う…外…出張…」
「!」
「ちょっと今嬉しそうな顔したでしょ」
「い、いえ、まさか…」
ゲオルギウスは外が好きだ。
出張のたびに目を輝かせてカメラに収めている。
確かにそれはそれで良いとしてもだ。
そのぶんこちらの負担が大きくなるのを忘れないでほしい。
「それで、憂鬱なんですね?」
「仕事…しんどい…絶対シート提出してくれない…間に合わないかも…」
「なんなら明日、店をお休みにして手伝いましょうか?」
「……ううん、私の仕事だから、やる…でも遅くなるかも…」
「わかりました。
では、ご馳走を作って待っていますね。」
顔を上げて、見つめる。
「…いつもご馳走だと思う」
「ふ、ふふふ、全く、」
嬉しそうに顔を綻ばせては頭を撫でられた。
「夕飯の仕込みはできています。
出来上がるまでに着替えてきてくださいね。」
「ん」
もう一度、ぎゅっと抱きついて離れた。
階段を上りながらスーツを脱ぐ。
洗面台で化粧を落とし、くまのシャツとスウェットに着替えた。
前髪をピンで止めて、階段を降りる。
「お腹すいたー」
「ところで、出張先は?」
「まだわかんない。多分明日くらいになったらメールで届くと思う。」
カウンターで料理をしてくれるゲオルギウスはなかなか様になっている。
「…ゲオルも、大変だった?」
「大変じゃないと言えば嘘になりますが
充実した日でした。
そう言えば、ご近所のヴラド公が良い豆を見つけてくださったそうで。」
「あぁ…あの…うん…まぁいいけど…
それで?品名教えてくれたら調べて買うけど?」
「いえ、次カルデアに帰還したときにヴラド公が譲ってくださるそうなので
それから本格的にどうするかを考えます。」
「そう」
カウンターに並べられる料理を改めて机の上に揃える。
今日は野菜がごろごろしたスープと、ムニエル、パンだ。
「うう、おいしそう」
「いつも美味しいと言ってくださるので、作り甲斐があります。」
「だって、なんか最初の時より上達してるし…」
2人で向かい合って、
ハヤテはいただきます。
ゲオルギウスはいつもの祈りの言葉を紡いだ。
ハヤテはいつもそれを待って、共に食事をする。
カルデアに来た時からそれは変わらなかった。
片付けはいつも一緒にしている。
今日はあーだったこーだった。
ゲオルギウスがアドバイスすることもあるし、逆にハヤテがアドバイスすることもある。
こんな生活が続くのであれば、主従になったのも悪くはないかな、と思い始めていた。
「あ゛ーーー!!!うわーーーん!!ばかーーーー!!!」
急に声を張り上げて帰って来たハヤテ。
ゲオルギウスはやれやれといった感じでハヤテをハグした。
「どうしたんですか?」
「とおいーー!!遠いよーーー!!!
こんなのあんな大荷物うわふしあーーー!!」
「はいはい、落ち着いて」
「うう…ぐすっ」
ぎゅうう、っと抱きついては深呼吸を繰り返す。
もともとストレスに弱い方で、しかも物事を悪い方向に考える傾向にある。
つまり悪循環。
なのでゲオルギウスがこうして抱きしめて慰めるのが日課だった。
事実、数年前はうつ病を患っていたからだ。
「出張先が決まったんですね?」
「とおい…あふりか…主従……とどける…しかも…過激派…いる…」
「そうですか」
「こわい…」
「大丈夫ですよ。あなたを何が何でも守ってみせます。」
ハヤテは静かに泣き出す。
落ち着くまで背中をさすって、大丈夫だと何度も教えた。
「ほんと…きけんなとこ…なの」
「…事前に調べてくださったんですね」
「あちこちに拠点、ある…」
なんだかんだと仕事が早い上にちゃっかりこなしている姿を見て、笑みがこぼれる。
「大丈夫、だからこそ、我々を選んだはずです。
過激派は宗教には手を出せません。」
「でも、ゲオル怪我するのやだ…」
「あなたが私を信じてくだされば、それが糧になります。
よくご存知のはずでしょう?」
ゆっくり離れ、目元が赤いハヤテを見やる。
「きっと大丈夫
恐れることはありません。」
と言いつつ顔を近づけるのだが
「ま、まって」
「?」
「…化粧、落としてくる」
「…………………。」
「それから、その……してほしい…」
こればかりは耳をつねりたくなるゲオルギウスであった。
とはいえ互いに甘い関係になれない為、口にするのではなく、目元にする。
ハヤテは化粧を落としてきて、はい!どうぞ!と言わんばかりに目を閉じた。
そんなねだる姿は可愛いのだが、気恥ずかしさもある。
やれやれと言いながら、目元に口づけをした。
「元気は出ましたか?」
「んー…まぁまぁかな」
「全く…あなたという人は」
なんだかんだと、クスクス笑うハヤテを見てゲオルギウスも安心していた。
とは言っても出張当日は顔が死んでいた。
必要な物資を点検し、運搬船で持ち運ぶ。
それから、外の本社に複数立ち寄って、大荷物でまた船に乗り継いだ。
アフリカ南部にたどり着けば後は危険なのでハヤテとゲオルギウスで運ぶ。
「では、参りましょうか」
「…うん
『ベイヤード』」
ゲオルギウスがとある魔女から譲り受けたという馬だ。
この馬で大量の物資を引いていく。
騎乗し、ベイヤードと進んでいく。
「あつい…」
『倒れないよう気をつけてください』
日差しは嘘のような攻撃力。
フードとマントを併用しているものの、少し皮膚が見えれば容赦無く狙い撃つ。
「日焼けしちゃう…」
『ハヤテさんは少し焼けたほうが健康的なのでは?』
「白いほうがいいに決まってる!」
暇すぎる道中、ひたすら進んでいく。
時折ベイヤードに水を飲ませて、自らも歩いて進んだ。
「方角…あってるかな…」
確認すると、目指すべき南南西の方向へ確かに向いていた。
距離はおよそ50km
今はゲオルギウスが武器化状態のため疲労は少ないものの、気疲れが起きそうだった。
何しろなにも変化しない殺風景。
時折鳥が頭上を旋回しているだけだ。
汗だけがだらだらと流れる。
果てしない道のりの末、ようやく一つの集落を見つけた。
とにかく水をもらう為、物々交換をしようとリストを眺めた。
集落といえど水利もしっかりとしており、町と呼ぶのが相応しい。
見慣れぬ旅人に住民はひそひそと会話をし始めた。
「ごめんください、水を頂きたいのですが」
野菜を卸売している店主に尋ねた。
すると、はぁ、とため息をつく。
「悪いけど自分たちの水で精一杯だ。」
「この町は水路があると思ったのですが…」
「あるにはあるが、今は水汲み場所にどう猛な動物たちが住み着いている。
おびき寄せてその隙に水を取るしか方法はない。」
なるほど、それなら旅人にやる水もないというもの。
「でしたらこの先何キロほどで次の町につきますか?」
「30kmくらいかな。
あんたら行商人か?そんな大きな荷物、見たことがない。」
「そんなところですが、あいにくと取引先が決まっているんです。
それでは。」
下手に動物たちを追い払ったとして、今度は町にやってくるかもしれない。
水は諦め、早く次の町に向かうことにした。
これらの水はベイヤードが2/3ほど。
とは言ってもそう量はないのだが。
『大丈夫ですか?』
「うん、ただ、水を温存したいから極力話さないようにする。」
『ええ、わかりました』
物資運搬は己との戦いだ。
如何に無事に物資を届けるか。
敵など現れたところで無視すればいい。
今回は水との戦いである。
乾燥した空気が喉を刺激して水を欲しても、極限まで耐える。
最悪水を口にしても、少量を口にためる。
恐らく忍耐だけで言うならこの仕事が最もハードだろう。
ひたすら方角だけを確かめ、ベイヤードを進めるとようやく町が見えた。
外壁の近くでベイヤードから降り、息をつく。
目に付いた店から片っ端に水を求めた。
「ごめんください。水を頂きたいのですが」
「水?ただではやれんよ」
「無論です、この中でいくつか品を選んでください。ただし先に水を頂きたい。」
台車の中を少しだけ見せる。
すると、おお!と声を上げた。
これらは医療用品だ。
ガーゼ、包帯、消毒液など。
食料ももちろんある。
この国ならばどれも欲しい一品に違いない。
「もしや、お医者様か!?」
「え?」
大抵の国では物々交換をするのだが、今回は初めての国、土地、風土。
こんな反応予想だにしなかった。
「お願いします!娘が熱を出して!」
「え、え」
「お医者様…!?私にもお力を恵んでください!!」
「お医者様!?」
「おい医者だ!!」
こんな感じでわらわらと集まってきた。
疲労と喉の渇きと勘違い。
イライラに変わってくる。
『ハヤテ、少し深呼吸を…』
「お医者様!どうか!」
矢継ぎ早にやってくる。
息継ぎもさせないほどだ。
「あの…私は…」
「おいあの人が重症だったろ!連れて診てもらえ!」
「だから…医者じゃ…」
誰も話を聞こうとしない。
ボルテージが限界を迎えようとしていた。
「あーー!!!水!!!いいから水をください!!!!」
そう叫ぶと、住民はせっせと水を持ってきたのだった。
◆
こうしてそれぞれの症状を診るはめになった。
とはいえ主にゲオルギウスが診察しているのだが。
腰に剣とその鞘を携えながら、触診していく。
『風邪を長いことこじらせているようです。
風邪薬を与えてください。』
「……風邪です。これを飲ませて上げてください。
1日3回、食後に一錠、必ず飲ませて上げてください。
それと、食事もしっかり。」
「はい!ありがとうございます!」
『こちらは疲労ですね
他にも要因が考えられますが、しっかり休ませることと、台車に滋養強壮の飲料があったはずです。』
「んー、てことは塩とかレモンで代用が効くかな…
水ばかり飲んでいたら血中のナトリウムイオンが減少してしまいます。
とにかく、外で汗をかくまえに少しだけでいいので塩を舐めてください。
とりあえず今日はこれを飲ませてください。」
『ああ、よかった…!』
「うちの子が急に倒れたんです!!」
『熱中症ですね』
「横にして上げてください。
冷や汗と失神…熱失神…足を頭より高くあげて、濡らしたタオルで脇と内股を冷やしてください。
それから、塩9gを水で溶かして飲ませると回復します。
とにかく、涼しくして休ませてください。」
お医者様、お医者様と呼び掛けられ続けて、ようやく終わった頃には夕暮れだった。
しかしいずれも疲労からくる症状が多い。
一体何をしているのやら。
むしろこの程度、どうすればいいか分かるはずだが。
「お医者様、よろしければこれを…我々の心ばかりのお礼です。」
出されたのは鶏肉だ。
思わずぎょっとする。
何よりこの貧しい国…町での重要な食料源に違いないのだから。
「いえ!これは体調の弱っている方が食べるものです!
逆に患者の食事を疎かにして体調を悪くすればここまで手を尽くした意味がない。
お気持ちは十分です。ありがとうございます。」
それよりも先に進まなければならない。
いくらか医療用品を消費してしまったが、この程度なら支障は出ないはずだ。
「そうですか…お気遣い、ありがとうございます」
「ところで、ここは医者はいないんですか?」
「この集落は難民の集まりなんです。
過激派と、よくわからない集団が戦っているでしょう?
とにかく恐ろしい力を持った集団から逃げるために、ここまで流れ着いたのです…それだけならまだしも、過激派から医者を出せを命じられて…」
医者を過激派に無理やり引き入れているらしい。
「食事の代わりに、もう少し詳しい話をお聞かせください。
過激派がどこを拠点にしているか…
そこはどうしても旅の途中避けては通れないのです。」
そうすると、お医者様に唯一できる恩返しだとかで町の元気な者たちが集まって地図を書き出した。
流浪の民は命がけで星を読み、日を見上げ、小さな木々にも目を向けていた。
迷えば家族もろとも死ぬからだ。
「大まかな方角はこれで合っているはずです。
とにかく北の方角に進まなければ過激派と接触することはないでしょう。」
「ありがとうございます
とても助かりました。
実はそれが心配で心配でたまらなかったんです。
あなた達こそ私の恩人です。」
そうおだてると、難民達は照れ笑いをしながら明るい表情をしていた。
長い間憂いていた体調の悪さが改善されつつあることが、大きく影響しているらしい。
「旅人の方、今夜はここに泊まってください。夜は冷えますから。」
「あ、最後に一つだけ…
戦火から逃れてきたと言っていましたが、この街は一体誰の街だったんですか?」
「ええ、さっき言ったよくわからない集団が、陣営を作っていたんです。
今は捨てられてもぬけの殻ですが、存外きれいな水もとれますし、野菜の栽培をしていたようで食料も安定しています。
また移動することになるでしょうけど、しばらくはここで。」
「そうですか…
その謎の集団はもちろんですが、過激派は危険だと旅人同士の噂で聞きます。
我が身を大事にしてください。」
「ええ、ありがとうございます」
そう言って、夜はふけた。
言った通り気温はぐっと低くなる。
誰もいないところでようやく武器化を解除し、簡易食料を食べた。
「謎の集団というのは、カルデアの主従のことでしょう。
政府の目にも余る過激派の捕縛が任務と言ったところでしょうか。」
「上からの情報では、もうすぐ決着がつくらしい。
その為にも、この医療用品を早く届けないと。
それに、魔力濃度の高い人間がいればこの街も襲われるかもしれない。」
「そうですね。早急に出ましょう。」
息をつく暇もないが、ゆっくりと台車をベイヤードに引かせる。
街を抜ければ、追われるように一目散に離れた。
それから夜の荒野を進む。
それにしてもこの地図は精密だとハヤテは感心していた。
「空がきれい」
『ええ、本当ですね』
「カメラ取らなくていいの?」
ベイヤードから降りて、待っているとゲオルギウスが現れた。
ゲオルギウスとベイヤードの同時限界は魔力を多く使うため、ベイヤードを一旦戻す。
「きれいですね、本当に」
「満天の星空だね。
今思えば、悪天候じゃないのが救い。」
「そうですね」
カメラを構えて何枚かシャッターを切る。
これでカフェに飾る写真が増えた。
「あの町の逞しい人々もシャッターに収めたかったのですが…」
「まぁ何度か来る機会はあると思うよ。
こういう過激派の案件でね。」
「それもそうですね。次回の楽しみにとっておきましょう。」
内心ではできればもう二度としたくない、とハヤテは思っている。
改めて進んでいく。
星が回り、月が沈んで日が世界を照らす。
当たり前のことが、この殺風景の荒野ではありがたいと思えた。
『ハヤテさん、ちょうど岩陰があります。
そこでしばらく仮眠しましょう。』
「うん」
ベイヤードに水を飲ませ、体に括っていた縄を外して首を撫でてやった。
「ありがとう」
ベイヤードは優しく鼻を頰にすり寄せた。
代わり番こにゲオルギウスが出てきて、そろって岩影に腰を下ろした。
「はぁ…」
ため息をついて、すぐに眠りに落ちた。
そんな感じで旅を続けて2日目、ようやくカルデアの陣営を見つけた。
「こんにちは…」
死んだ声で挨拶すると、簡易的な陣営の中からカウボーイが現れた。
正しくは依頼主のビリー・ザ・キッドだ。
「お、君が物資運搬部隊?」
「そっす…疲れたので、休ませてください…」
「もちろんもちろん!
おいみんな!医療用品がやっときたよ!」
大きな台車に入った木箱の中の医療用品。
そして食料。
「いやー、ここのところなかなか消費が激しくてね。
ありがとう、助かったよ」
「うん…とにかく…お風呂…」
「はいはい、こっちだよ」
カルデアの陣営はやはりしっかりとしていた。
聞くところによると、ダビデ王が陣営を仕切っており、水源、食料、全てを担当しているのだとか。
それならば納得がいく。見事な治世だ。
「少し休んだらダビデ王に顔見せてやってよ。」
そう言ってビリーはマスターの元へ戻っていった。
ハヤテとゲオルギウスは互いに見合って、それぞれのシャワールームへ直行する。
「おお!アビジャグ!」
なーに言ってんだこの耄碌王は?
それが顔に出ていたようでゲオルギウスに小突かれた。
「長旅ご苦労様。
といっても発注から1週間と3日で届くなんて優秀だよ!
とにかくここで休憩していってくれ、見るからにぶっ通しで来たって感じだ。」
「ええ、私はともかくハヤテが頑張ってくださいました。」
「うんうん、聖ゲオルギウスにも、心遣いに感謝しよう
さあ、食事を先にしてもいいし睡眠を先にしてもいい。
今日は全力で君の体力回復に努めよう。」
どちらを選ぶかと言えば、どちらも選びたいが人間そう器用ではない。
仕方なく、ハヤテは眠る方を選んだ。
「ゲオルは?」
「では私も眠りましょう。」
「同じでも構わないかな?それとも君たちは別で寝るクチかな」
「まぁ、いつも同じですけど…」
「いいなあ…僕のマスターは人肌恋しくなっても一緒に寝てくれないもの
君のようなアビジャグでも僕は大歓迎だよ。」
変な顔をしていたようで、もう一度ゲオルギウスに小突かれた。
そうして案内された個室には、ベッドが一つしかなかった。
これはどういうことだと振り返る前に、さっさと何処かへ行ってしまったダビデ王。
確かに同室でいつも寝ているが、同じベッドとは言っていない。
「…我々も彼の話を聞き逃すとは
疲れているようですね。」
「はぁ…」
やはりここは過激派を迎え撃つための陣営。
来客用の部屋など設ける意味もない。
なので実際空き部屋はここしかないしベッドも一つしかないのだろう。
「寝相悪かったらごめん…先に謝る…」
「ハヤテさんはそんなに寝相悪くはありませんよ。」
もぞもぞとベッドの端に横になると、ゲオルギウスも同じく端に横になる。
もう少しで背中がくっつきそうな距離。
荒野の日差しもこの部屋では忘れられた。
「…ねえ、ゲオル…」
振り向くと、大きな背中がもう寝息を立てていた。
確かに寝つきは良い方みたいだが…これはあんまりにも早すぎる。
疲れていたのだから仕方ないにしても。
ゲオルギウスは聖人だ。
キリスト教の武人として世界中から信仰が厚い。
言うなれば神父の神父、とハヤテは思っている。
神父は結婚できない。その身を神に捧げているという考え方をしているからだ。
無論ゲオルギウスも例外ではない。
どんなハヤテを見ても慰めたり、励ましたり、少しも離れる素振りを見せなかった。
だからハヤテはゲオルギウスに一定以上の感情を抱かざるを得ない。
しかしゲオルギウスの立場上、それを認めるわけにはいかない。
それをハヤテだって深く理解しているからこそ、想いを言葉で伝えることはあり得なかった。たとえ拷問されても言えない。
いや。おそらく態度でバレているだろうが。
少しだけ寄って、背中に額を当てた。
ゲオルギウスの匂いと一緒に、いつものコーヒー豆の香ばしいかおり。
すぐに眠りにつけた。
「困った人ですね…」
なんて呟きながらも振り向いて、手を握った。
小さな肩が呼吸で揺れる。
ずっと、緊張をしながらの道中で手のひらに手綱の跡がくっきりと残っていた。
そんな手を優しく撫でながら、安堵しきった寝顔を見つめる。
改めてゲオルギウスも眠りについた。