クー・フーリン

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ナマエ
ミョウジ

「なあ、ここにきてしばらく経つけどよ」

毎晩、この金髪の小さな子供は青い髪の男に今日の話をしていた。
とはいえ、大抵は一緒にいるのだから、“報告”とはわけが違う。
まるで思い出を残すように話す。

そうしてうとうとして、勝手に寝てしまうのだ。
いつもそれを見届けて、青い髪の男も眠りにつく。

青い男…あらため、クー・フーリンは問うた。

「楽しいか?」

金髪の小さな子供、エオスは答える。

「なんで?」

「逆質問するな。
俺が聞いてんだろが」

「ん~そうだな~、楽しいよ」

それが事実なら、クーは何も言うことがない。
そうか、と返事をするだけだ。

だがエオスはもう少し話を続けた。


「ていうかね、クーといると楽しいよ!クーがいればいいや!」


この“子供らしさ”が具現化したようなエオスはクーに抱きつく。
ひっつき虫、といつもなら揶揄するのだが今回はそんな言葉は言わなかった。
ただ黙って頭を撫でて、いつもの通り腕枕をして、エオスが眠るのを待つ。

クーがひたすらに思うことは、エオスが寂しくないかとか、悲しくないかとか。
そういうことばかりだ。
8歳で親元を離れ、おそらくもう二度と会えないだろうことは、エオスも理解している。
ただそれ以前に、クーという存在と共にいたことで、実質は7歳から孤独だった。

世界のことをまだ知らなかったとはいえ、今更ながらエオスと共にいたことを後悔している。
いつまでも、泣きじゃくりながらクーの膝で震えていたのが脳裏から離れない。

お母さんに嫌われた、友達に石を投げられた、家に入れてもらえない、誰もがひどいことを言う。

まくし立てるようにその事実を並べ、そうしてエオスは何度も何度も悲しみにふけっていた。
クーはいつか泣き止むようにと抱きしめることしかできなかった。

息子もこんなことを思ったのだろうか。
あんなにも明るい太陽のように笑う子が土砂降りの雨のように悲しむのだから、そう思わずにはいられなかった。


物思いにふけっていると、エオスはそのまま眠ってしまったようだ。
肩まで毛布を被せる。

「…俺らしくねぇ」

なら、少しでもエオスが笑っていられるようにするのが自分の責務だと言い聞かせる。






カルデアで最も盛り上がるときはいつか?
老若男女…まぁ性格にもよるだろうが、それでも楽しみにしている者たちが随分と居るのは確かだ。

人工的に作られ、人為的に集められた学園都市『カルデア』。
ただの人間ではなく、魔力を持つ者と過去の英霊がここに集う。

とはいえどちらも元を正せば“人間”。
ならば人間が楽しむ物といえば限られてくる。
つまり、『競争』だ。


秋晴れ、運動日よりとはよく言ったものである。
この日のために学園に通うカルデア生徒は自分の技を磨く…というよりはにらみ合っていた。

「カルデア大体育祭…」

「うんどーかいだよ!うんどーかい!!」

2期生以上の中学科、高学科、大学科の生徒たちは闘志を燃やしている。
そのため、例え同じクラスメイトでも威嚇を繰り返しているのだが、小学科の生徒…いわゆる子供達はサーヴァントの手を引きながら楽しそうに会場へ向かっている。

このクー・フーリンもだ。
マスターであるエオスに手を引かれている。


そもそもカルデアとは、世界を飛び回り、ただの人間では対応しきれない様々な問題を解決する、武力行使アリの“何でも屋”を育成する場だ。
魔力を持つ人間は数が少ない故に迫害を受け、さらに魔力を暴走しかねない。
そのため、監視目的も含めてカルデアという人工島を作ったのだという。

そういう世界から比較され、隔たりを受けた人種がちまちまと蓄えられたストレスをどこで発散するのか。
それこそ、この『カルデア大体育祭』である。
体育祭は3日間行われ、世界中の要人が見学に来たり、モニター越しに眺めたりする。
だからこそ、ここで見せつけてやる、という克己心、復讐心、まぁ様々な感情を滾らせるのだ。
他にも、敵軍に負けたくない、というのもあるが。


「あー、エオスは赤軍だっけか」
「うん!そだよ!
うんどーかい楽しみだね!クー!」

にぱっと笑う笑顔に、気楽でいいもんだと思う。
実際に、小学科は競争だとか、国の要人に目にもの見せてやるとか、そういう意識は極端に低い。
いかに楽しめるかが、ここでの過ごし方なので平和なものだ。


「あ!みそぎせんせー!!」

低身長で愛らしい顔つきの少女。一方で振り向きざまに強調してくるかなり女性的な胸。
よく中学科の生徒と間違えられるがこれでもカルデア小学科の教師だ。
子供たちに言わせてみれば、大人の“お姉さん”というよりは近所の“お姉ちゃん”という印象が強いようで、よく懐かれているのを目にする。

「おはようございます、エオスちゃん」
「おはようございます!ねえねえ、今日王様くる?」
「えっ、うーん、どうだろう、気が向けば来ると思うけど…」
「じゃあいつ来てもいいように頑張ろ!王様に会ったら飴頂戴っていっててね!」

すぐ飴をもらおうとする悪い癖を付けられてしまった。
クーはエオスの口を両手で塞ぐ。


「その飴の件いらないからな。こいつよく虫歯になるんだよ。」
「ん!?もごーーー!」
「おっエオスの楽しみなうんどーかいが始まるな~いかなきゃな~」
「んぐ~~!」

禊は苦笑しながらその主従を見送った。


体育祭は実に物騒だ。
まずサーヴァントがいなければ命の危機を感じるレベルである。

種目は、普通の体育祭が行う内容とあまり差はないのだが、ハードルは急激に上がっている。
なぜかというと、『サーヴァントの武器化許可』が常に降りているからだ。
基本、カルデアではいかなる理由でも授業以外でのサーヴァント武器化許可は出ない。
しかし体育祭という、全生徒が一緒になって鍛え上げられる絶好のチャンスに、武器化不許可などもったいない。
なので、全員ノリノリなのだ。

例えば、徒競走では乗り物を使用できる生徒が各軍(赤軍、白軍、青軍)から選出される。
障害物競走では、それぞれの主従の考え方が現れるのだが、障害を全部壊したり、巧みな技術で乗り越えるために様々な武器を併用して乗り越える。
騎馬戦は森の中で行われる。それだけでなく軍略を生かして司令塔が全軍に指示を出し、まさにゲリラ戦を繰り出す。

このように、プチ戦争状態である。

しかしそれだけならば大体育祭は野蛮なだけで終わる。
もう一つ、ビックイベントなるものが存在していた。


『各学科、各期生ごとのリーグマッチ』だ。
小学科から大学科、さらにその科の中から一期生、二期生、三期生、四期生代表として一人ずつ選出される。

その選出は体育祭のリーグマッチが始まる直前に発表される。

選出基準は優秀な成績を収めているか、または戦闘訓練でS評価が5つ取れているかどうかである。
このリーグ戦に予選などはなく、名前を呼ばれたら特設グラウンドにて相手と戦うのだ。
それが一期生対、四期生であれ、構わず進められる。
なので一期生にとってこのリーグマッチはなるだけ忌避するべき事柄であるのは、暗黙の了解であった。


『小学科一期生!エオスゴッドスピード!クー・フーリン!』

アナウンスで呼ばれる。
観客、生徒ともにワァッと盛り上がった。
対する選手は…

『高学科三期生!遠坂凛!無銘!』

そうしてさらに盛り上がる。
遠坂凛という名前を出された瞬間の盛り上がりは異常でもあった。

『両者は20分後、特設グラウンドにて集合されたし!』

エオスはポカンとしたまま、相棒とも言えるクー・フーリンを見上げた。
この事態をよくわかっていないようで、エオスを抱き抱えてとにかくこの騒がしい場所を去る。




「いいか?俺たちは次、三期生と戦わなくちゃならねぇんだ。」
「なんで?」
「そういう体育祭の種目だよ。お前俺で玉転がししたろーが。それとおんなじだ。」

エオスはもう一度、頭の中で整理する。
そしてはっとしてクーを見やる。

「楽しそう!」
「楽しくはないだろ!!お前ぼこぼこに……」

いや、待てよ。
クー・フーリンは考えを改める。
今までの数々の行動を思い返す。

エオスという子供は先入観がない。
何事も後先考えず突き進むのが悪い癖だが、それが良いことに発展したことがいくつもある。

特に、クー・フーリンという英雄を初めて目にして「遊ぼう」と誘ったこととか、初めてクー・フーリンを武器として手にしたときとか。

とにかく楽しげに、恐怖をちっとも感じないままのめり込んでいる。

ならば、今回もそう思い込ませればいい。
相手がなんであれ、クー・フーリンという男は歴戦の戦士だ。
エオスの体力を図りつつ、どのように立ち回ればいいかはクー・フーリンの役目だ。
そもそもエオスという子供に体力など無限にあるものと一緒だ。

「クー?」

「いや、そうだ。これから楽しいことをする。
ただ、怪我をするかもしれねぇってことは覚えとけ。」

「うん!大丈夫!気をつけるよ!」

「よし、まずは作戦な。」







二人は特設グラウンドに向かった。
観衆は試合を今か今かと待ち構えている。

エオスもテンションが上がり、クーの手を握って跳ねていた。

「たのしみだねー!ねー!」
「はいはい、ちったあ落ち着け。」

受付の教師に名前を言うと、軽いルール説明を受ける。

「まず、サーヴァント以外の武器を持ち込むことはできない。
判明した場合は即座に失格、退場となる。」
「えーっ!赤軍まけちゃう!?」
「そうかもしれんな。だからこそ、自分の行動に責任を持つように。」

続いて、観客席に場外になると、負け。
参った、と口にすると降参とみなし負け。

「それから、使えないとは思うが、宝具の使用は禁止だ。」
「ほーぐ?歯磨きに使いそうな名前だね」
「お前なあ……」
「こら、よく聞け。
最後にこれを手首、足首両方につけろ。」

渡された黒いリストバンドのようなもの。
緑色に点滅していたが、装着すると点滅は収まり、ただ緑の明かりがついているだけだ。


「これは相手の攻撃を直に受けないようにする防御魔術が仕込まれている。
避けきれない、またはあまりにも強力すぎる攻撃はこれが作動し、諸君らの身を守る。
また、逆にそういった攻撃を君たちが仕掛けた場合、余分な魔力はこのリストバンドが吸収するようになっている。
要するに、規定以上の魔術、技は制限を加えられている。」

「なるほどな。これなら安心だ。」
「安心?クー怖いの?」
「俺がじゃねえ!」

長髪の黒い教師は軽いため息をつく。
毎年、小学科の一期生はこんな感じで、最後にぼろぼろになって負けるからだ。
最悪の場合、トラウマになってサーヴァントの武器化すらままらないケースもでた。

(だから小学科の一期生参加はやめたほうがいいと言っているのに…)

「ごめんなさい、遅れちゃったわ」

後から颯爽と現れたのは黒い髪に青く輝く瞳を持つ華麗な少女だ。
その傍らに居るのは浅黒い肌に白髪の美丈夫。

エオスはぽかーんとその二人を見上げる。

「あら、今回の対戦者?
よろしくお願いするわ」

「あ、う、は、はじめまして」

「ええ、はじめまして」

綺麗な笑みにさすがのエオスも頬を赤くさせてクーに隠れてしまった。

「昨年も出場しているが…説明は必要か?」

「いえ、遠慮させてもらうわ。
宝具は禁止、魔術も技も制限アリ、でしょ。」
「変更点はないんだな?」

「ああ、例年通りだ。」

まるで手馴れたように、その主従はリストバンドをつけていく。
さらにお互いのコンディションを口頭で確認している。
仕事人さながらな様子である。


「か、かっこい~」

エオスのボヤキに凛は頬を緩ませる。

「小学科だからって手を抜くつもりはないけれど…
お互い良い試合にしましょう。」
「は、はい!がんばります!!」

ぎゅっと握手を交わす。
一方、クー・フーリンは赤い服を着たサーヴァントを見てさっそく観察を始めていた。

(無銘…か、よくわからん奴だな。
こいつの得物はなんだ?)

「こっちの人も!あくしゅ!」
「ん、ああ、よろしく頼むよ」

膝をついて目線を合わせてエオスと握手をする。

「がんばりますので!ふつつかものですが!」

「それは今言う言葉ではないが…まぁ心意気は伝わったよ」

そして当然のようにクーにも握手を求めた。

「頑張ってこの子を守りたまえ」
「ッ…、ヤなやつだな、アンタ」
「挑発というヤツだ。」

カチンときたまま、その男を睨み続ける。

「そろそろ試合が始まる。
それぞれの出場通路に向かってくれ。」

「行くぞエオス

こんな野郎といっしょにいるとこちらまで性格が悪くなってしまう。
そう思いながら、まるで子供のようにクーはエオスを引っ張る。

そのとき、エオスはふと呟く。



「ん~……なんか、手が違う」

「は?」

「なんか、お姉さんの手とお兄さんの手、ごつごつしてた」

「なんだそりゃ」

「なんていうのかな~マメ?」

「マメ………どこにあったかわかるか?」

手を握らせ、確認させる。
このマメの場所によって何を武器にしているかがわかるからだ。
さっそくクーは、あの無銘とやらに心の中で宣言する。

エオスを舐めてかかってんじゃねェ!一昨日来やがれ!)

「ここらへん?
人差し指かな?」

「ってことは……弓か」

「え!なんでわかるの!」

「ナイショ」

「え~~!!!」

「それより、まず距離を取るのはまずいな。
接近戦に持ち込むぞ。
エオス、開始早々に突っ込めるか?」

その提案に、元気よく頷く。

「クーとなら平気!
だいじょーぶだよ!」

試合の話をしているのに、どうしてこんなに笑えるのやら。
思わず頬を緩ませたまま、頭を撫でた。




『赤軍!エオスゴッドスピード!クー・フーリン!!』
『白軍!遠坂凛!無銘!』


お互いが所定の位置につく。
エオスはクーの手を離し、一人でたってみせた。


「さぁて、軽くこなしてみせましょうか」

「お姉さん!クーは強いよ!覚悟したほうがいいよ!」

「あら、そうなの?」

思わず頬を引っ張る。

「俺がやるんじゃなくてお前がやるんだよ!」
「いででで!」

やれやれと言った具合に無銘は肩をすくませた。


『これより、二回戦……開始!!』


両マスターはすぐさまサーヴァントを武器化する。
武器化スピードはほぼ同時。
そのままエオスは言われたとおり凛に接近戦を仕掛けようとするが…

「!」

勢いよく止まり、目くらましとして朱槍を地面へ払った。
砂を巻き上げて後退する。

『あの野郎!!』

その砂塵の中から、二対の刃を持って凛が迫る。

「弓じゃないじゃん!!」
『別口があったか!避けろ!』


さすがに前回のリーグに出ていただけのことはある。
捌きが並みの生徒とはかけ離れている。
この動きにエオスが対応できるかどうか、いや、できないかもしれないと踏んでいた。
なにせこんな速さ、すぐに追いつけるものではない。
目が追いつくだけでも精一杯だろう。


「わ!わ、わ!」

「口閉じないと!舌噛んじゃうわよ!!」

「ちょっ、わ、あぶな!」

「ほらほら!!」

「わ、わは、わはは!」

急に笑いだした。
壊れたか?と思ったが、その逆のようだ。


「クー!楽しいね!ゲームしてるみたい!」

「は、はぁ!?」
『おっと…凛、遊んでもらっている気分みたいだぞ』

「もっと早くしても大丈夫だよ!」
『ダメだエオス、まずは距離を取れ。作戦変更だ。』
「…ちぇー」


一瞬の隙を見て、穂先を地面に刺し、後ろへ下がる。
さらに走って後ろへ。

「次どうしよ?」
『なぁにやりようは星の数だけある。
まずは息を整えろ。』
「うん」


「ほんとに一期生?そもそも…小学科?」
『まるでエクストラクラスだな。
しかし、経験値は圧倒的に少ない。ましてや相手は遊び感覚だ。
少し脅せばガラリと崩れるさ。』
「そうね、じゃあ様子見ってことで、追い詰めていきましょう。」


エオスを槍を構える。

「お姉さんいくよ!!受け止めてもいいし避けてもいいよ!!」

「言ってくれるじゃない!」

朱い槍の残影が糸を作る。
そのまっすぐな線が凛を襲う。

干将・莫耶で直線を逸らし、受け流したと思えば二撃目、三撃目。
スピードは回数を重ねるごとに増えていく。

(槍自体は重くはないけど…!槍の英霊なだけあって早い!)
『ダメージは低い!遠距離をとって形状を変えるぞ!』
「了解!」

一瞬で引き下がるものの、エオスは食らいつく。
その動きに合わせてジグザグ状に影が残っていた。
土を踏む音、槍が土を削る音、それが音の反響を生み出し、次はどこから攻撃がくるのか、視覚情報でしか得られないようにした。

『攻撃する暇を与えないつもりか!だが相手マスターの体力もそう長くはない!』

次の直線の攻撃を弾く。
だがそれは異常な程軽かった。

(え?)


弾いたのは朱い槍のみ。
マスターは先ほどの場所にいた。


『な―――』

「おらどこ見てんだ!!」

人型に戻ったクー・フーリンはルーン魔術を発動。
合わせてエオスもガンドを放ち続けた。

至近距離からの魔術と、ガンドの援護射撃。
炎の煙があがり、クーはすぐさまエオスの前に戻る。

エオス、いけるか」
「はぁ、はぁ…はぁ、いけるよ!へーき!」
「おっしゃ、次行くぜ」

ぎゅっと手を握り、槍を再び構えた。


「一期生だからって正直舐めてたわ」

攻撃に対しての苦しそうな声も、ましてや報復しようという声でもない。
冷静に対処する声が聞こえた。

魔術によって発生した煙が少しずつ薄くなると、遠坂凛の前に立ちふさがる壁があらわになる。



「え!?」

『マジかよ…』

「エミヤに熾天覆う七つの円環〔ロー・アイアス〕を展開させる私の未熟さと、あなたたちを下に見ていたのが間違いだったわね。
ごめんなさい。
次は、遠慮なしで行くわよ。」


遠坂凛の、それまでの赤を基調とした制服はなりを潜め、全く見覚えのない戦闘服を身にまとっていた。
纏うオーラも、あの綺麗な笑みの名残すらもない。


エオス、構えろ、しっかり見ろ!
続き行くぞ!!』

叱咤するように声をあげる。

「うん!!」



「遅い!!」


クーが即座に反応し、槍でカバーするものの、エオス自体の対応が遅かった。
いとも簡単に吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がる。

エオス!!』

衝撃で頭がクラクラする。
今の一瞬でどうやって近くまでに来たのか。
いや、それまでの速度はエオスが優っていた。
なら、あの遠坂凛の形態に理由があるのだろう。

「う…」

「どう?降参?」

ぺた、

尻餅をつく。
腹部を押さえてうつむいている。
かろうじて槍から手を離していないが、いつ離すかわかったものではない。
それくらい、手が震えている。


『…エオス、痛いか』
「……いたい」
『なら、少し、休むか』
「やだ」


プライドというにはあまりにも簡単すぎるものだった。
人差し指で突いて見せればすぐに崩れる。
いわゆる、“強がり”だった。


「いいのよ、あなたすごく強い。
私相手にここまでの戦いをするなんて、正直驚いたわ。
恥ずかしいことじゃない。」


「やだ」

腕に力を入れて、フラフラになりながら立ち上がる。

「まだ戦う!まだ終わってないし!」

凛はこれで最後だと、子供の体にあえて鞭を打った。
またしても反応しきれない。
吹き飛ばされ、自分の足で受身もとれず、柄で体を支えて止まった。

『…エオス
「クーは黙ってて!」

「いえ、あなたのサーヴァントは正しい判断をしているわ。
これ以上やって、今後の活動に支障をきたすレベルの怪我を負うなんて、笑えないわ。」

「うるさいなあ!」

槍で削った地面がいくつもの軌跡を描いている。
エオスがこれまで戦ってきた跡が、放物線を描いたり、直線を描いたり、それはまるで一種の模様でもあった。


「次、来ると言うなら気絶させる気でいくわ」


そんな威嚇にも負けずにエオスは槍を構えた。
すっぽ抜けそうな手は頼りない。

だが、エオスのことを、将来を考えると、


エオス、今、怖いか?』

「昨日言ったじゃん!
クーと居るの、楽しいっ!!
ちっとも怖くなんかないよ!!」


今回は“これ”でいいのだと、己を信じてみた。




『よく言ったエオス!!!
俺の魔力を回す!!お前は最後の一撃に備えろ!!』

「わかった!!いくよ!!」

槍を頭上で回し、地面に突き刺す。


「お姉さん!これが最後だよ!!」

朱い槍から光が放たれる。
その光は地面を無造作に這っていくが、一定のところまで往けばそれが規則性を持ったものであるとわかる。


「コレ…!!」


グラウンド全体を覆うほどの陣。
この陣を知っているものは同時に主従の覚悟を知る。



「四枝の浅瀬〔アトゴウラ〕!!」




風を巻き起こし、目の前の遠坂凛、無銘を逃さない。
決闘を示すこの陣は、対戦者の撤退を許さない。
むろん、それはエオスたちもだ。

不退転の決闘陣が、赤々と燃え盛って、エオスとクーの闘志に最後の火をつける。


『魔力消費が早いのはこれだったか!構えろ!最速で来るぞ!』
「いいわ!受けて立つ!!これが礼儀ってもんでしょ!!」

凛の持つ干将・莫耶から強化された二対の剣へと変化された。
互いは全力の状態で対峙。

エオスが一歩踏みしめたと思うと既にその場所に姿はない。

「――貫け…!!」

赤い軌跡が走る。
凛は武器を強く構えた。



だが―――。




子供は走り出して10メートルほどで急に減速。
前のめりになり、背中で一度は地面に接地したものの、吹き飛ばされたかのように転がっていった。
いつまでも離さなかった槍は遠くに置き去りだ。



エオス!」


クーは全力で駆け寄り、すぐに抱き上げる。


「……う…うごけない…」
「…もう大丈夫だ。よく頑張った…。」

優しく抱きしめたところでサイレンが鳴る。
勝敗が決定した証だ。


『小学科、一期生エオスゴッドスピードの魔力切れにより、勝者、高学科三期生、遠坂凛、無銘!!』


大歓声が湧き上がる。
それもそのはず。
いつも一期生は一方的に攻撃され、降参しているのが常だったからだ。

それが今回、三期生、しかも優秀とうたわれる遠坂を相手に粘り続け、小学科とも一期生とも思えない気迫で戦い続けた。

担架に運ばれ、それにクーもついていく。
観衆は歓声を上げているにも関わらず、エオスはこんなにもボロボロだ。

苦しそうな顔に何もしてやれない自分に気づくと、胸が痛んだ。

「……悪い、エオス

緊急の治療所にゆけば、その担当医であるロマニという男からげんこつを受けた。

「サーヴァントとはいえ、それはいけないことだよ。
わかっているとは思うけど。」

「ああ……。」

「全く、来年から『使用魔力の制限』も設けるべきだなぁ…」

様々な怪我に則した治療を大掛かりに行った。
しかし魔力不足に対する治療法は確立されていない。
そのため現時点で判明している、サーヴァントがマスターのそばにいる、という方法がとられた。

白いガーゼに覆われた小さい顔をなでる。

エオス…」

「……こわく、なかったよ」

「もういい、少し寝ろ」

「だいじょぶ、クー、うでまくらして…」

「そりゃできねぇよ。」


表情も作れないまま、疲れた顔で瞬きを繰り返す。

「……いいから…な、寝てくれ」

「ねむれ、ない」

ああ、そうか、と気づく。
さっきまであれほどの戦闘をしていたのだ。
興奮しているのは自分だってそうだし、同時にエオスもそうだと思い知らされた。


「俺はここにいる。
少し目を閉じるだけだ。
できるだろ?」

柔らかい瞼を少し撫でてやる。

「……うん」


緑色の目が素直に閉じられる。
そうして、額にくちづけた。



「ああ、ここの医務室だったのね」

静かに入ってきたのは先ほどの対戦者。
遠坂凛と無銘だ。

「後にしてくれ。エオスが起きる。」
「……そうね、でも怪我の様子を見たかっただけなの。
邪魔して悪かったわ。」

エオスの怪我の具合をじっと見て、そうして足音を立てないようそっと出ていこうとする。

すると、もみじのような手がひらひらと、動いた。

「ふふ、よく休んで」
「体を大事にしてくれ」

ようやく静寂が訪れる。
カーテンで仕切られたこの空間に、急に眠気が襲ってくる。

ああ、無茶をさせてしまった。
そんな後悔を強く滾らせたまま、クーも寝てしまった。
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