世界の天蓋
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この章の夢小説設定デフォルト:エカ
種族:想像にお任せします
元前衛オペレーター。酷い怪我のため左腕を欠損。
以来精神的不調も見られる。(自覚なし)
現在は子供たち向けに絵本を描いたりしている。
名前を覚えられない欠点がある。
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夢中になって物語を書いていた。
今も十分子供なのだが、まるで童子が地面にむかって落書きするようなものだった。
ロドスの路地にて、私はいつものように指を動かす。
パッドを使って汗だくになっていた。
ちなみに暑くはない。
薄々感じてはいたが、あえて感じないように、目の前の文章を完成させることだけに集中した。
「君、大丈夫?」
体を揺さぶられて初めて意識が世界全体に向けられる。
スイッチが切れて激痛が左腕に走った。
「ぐぅうっ、あ…!!」
「え!?」
「ちくしょう!誰だお前!」
顔を上げるとロドスでは見かけたことのないペッロー族の男がいた。
ぱっちりとした目はよく周囲の警戒心を解くだろうが対して大きな体が壁のようになっている。
「ごめん!そんなに痛がるとは思ってなくて
暑くもないのに汗だくだから心配になったんだ」
男らしい低い声。
可愛らしい顔立ちとは裏腹か、あるいは体格相応の声質か。
そんなことは今は割とどうでもいい。
激痛が脳を犯す。
左腕の神経がびくびくと跳ね上がり、捻れていく。
まるで神経の中を寄生虫が這っているような、血管の中でおたまじゃくしが泳ぎ回っているような。
そんなめちゃくちゃな痛みだ。
「うあっ、が
ひっ…ひだりっ…うう!」
「左!?」
男が私の袖をめくると、銀色の腕に目を見開いた。
「幻肢痛…!」
「あああ!くっそ!!マジで痛い!!しゃれにならん!!」
痛すぎて冷や汗が流れ続ける。
このままいけば気絶しそうだ。
「ちょっと抱えるよ!」
男は軽々と私を抱える。
もふもふとした上腕二頭筋。
汗で毛が張り付いて正直嫌だったが、汗をかいていないときには喜んでもふもふしていただろうなと思う。
「パッド!!パッドを!!」
「え!?あ、はいはい!」
私のお腹の上にパッドを乗せて医務室に駆け込む。
シャイニング先生が別の感染患者の定期検査をしていたところのようだった。
それにしても男の声はよく通る。
「先生!この子をみてやってくれ!」
狼の遠吠えのようだ。
加えてこの体格。
道中も目立たないわけがなかった。
「エカ…幻肢痛の痛み止めをまた飲まなかったのですね…」
「だ、だぁっ…だって、薬っ、ききにくくっがあっ
クソいてぇ!!
なんか今日すげぇ痛いけど!!?」
「定期カウンセリングも…この間は来ませんでしたね…」
「それはマジで資料探しに行っててマジのマジで忘れてた!!!」
勢いよく痛み止めを飲み干すも、激痛は続く。
ベッドにエカを半ば無理やり寝かせて、両腕を摩った。
「目を閉じて、今私はあなたの両腕を撫でて手当てをしています
シーツの擦れる音と、本がめくれる音、風の音に集中して…」
「う…うう…!」
「そう言えば、エカはウンさんとお知り合いですか…?」
「は、はじめて、しった」
歯を無意識に食いしばる。
すると口元に柔らかいタオルを寄せられて口を開ける。
少しだけ歯にすべりこませてそのまま食いしばった。
「ありがとうございます…エカはよく歯を食いしばってしまうので…」
「エカ、って言うんだね
俺はウン、よろしく」
痛みとシャイニングの優しい手つきに意識が朦朧としてきた。
脳みそがかき回されて今自分は何をしているんだかわからない。
どっちが上で何が右かすらも。
するとまた先ほどの私同様駆け込んできた患者。
医師の手を借りないといけない様子だった。
私の口からもういい、と言う前にウンが発言した。
「この子は俺がみておくから」
「…そうですか…それでは、」
少し小声で何かを話した後、シャイニングの気配はなくなった。
代わりにもふもふの手の感触がきた。
「ふ…ふふ…」
「え?何かやっちゃった?」
「手…もふもふしてるね…シャイニング先生の手は優しくて好きだけど…
ウン…だっけ?」
「そう」
「ウンくんの手も、ふわふわしてて好き…
君みたいなタイプはスポット以外に久々に見た…
大声出して…ごめん…」
「ううん、気にしてないから」
爪でシーツの音が聞こえる。
カーテンが揺れて今日は風通しがいい。
「寒くない?」
「へいき……」
「そう、ならいいんだ」
ウンの声は低くて、手を通して全体に響いてくる。
何か声を聞きたくて、他愛のない話をした。
いつロドスにきたのかとか、どこの所属だとか。
そのうちいつのまにか眠っていて、あんなに日が高かったのに夕日を超えて夜になっていた。
体を起こすと物音に気づいたシャイニング先生が声をかける。
「エカ、起きましたか?」
「ん…はぁい……」
ベッドから降りて椅子に座る。
「先生、ありがとう」
「医師の務めです
ですが、今回のようにひどくなる前にカウンセリングはちゃんときてください…」
「はぁい…あの…ウンくんは?」
「彼は別の任務です
つい先日重装オペレーターとして数名の着任者と共にロドスに入ったようですね」
「ふうん……先生、ベッドありがとう
部屋に戻ります」
「お大事に
よく眠れない時は、ホットミルクを」
「へへ…」
はぐらかすように笑って、パッドを片手に部屋まで戻った。
暗い廊下を走って、与えられた部屋に入ると一番に目につくのは随分と使っていない刀だった。
漆塗りが月夜に光って反射している。
目を背けた。
義手を抜いて日課の風呂に入り、髪を洗ったところで思い出したかのようにお腹が鳴った。
怠惰な毎日を送っていると、お腹の減りすら面倒だと感じる。
けれどイライラしてしまうので小型冷蔵庫の簡易食料(ゼリー)を食して胃を満足させた。
(あのウンって人、重装オペレーターか)
言われてみれば納得の体格だ。
あれで術師と言われてもピンとこない。
痛みの中でふんわりと、あの丸っこい目を覚えている。
あれがきっと、優しい目と言うのだろう。
知見の広さを得たことについて納得して夜更までまた物語を書いた。
◆
オペレーター用の休憩室にいけば忙しなくハイビスカスが朝から掃除をしていた。
相変わらず元気そうだ。
「ハイビス」
「あっ、エカさん!体調はいかがですか?」
「いい感じ
次非番いつだっけ?」
「えーっと…」
口元に指を当てながらシフトを思い出している。
その様子はどこにでもいる美少女そのものだ。
「4日後には非番が入る予定です!」
「じゃあ、ハイビスが良ければ絵本の誤字脱字見てくれないかな
お茶菓子用意するから」
「やったあ!私エカさんの絵本見るの大好きなんです!」
「ありがとう、嬉しい」
すると夜警明けのオペレーターが休憩室に入ってきた。
これから時間を潰すためにくるオペレーターも増えるだろう。
非戦闘員となった私はさっさと退散するに限る。
「じゃあハイビス、また」
「はい!」
次の子供達の読み聞かせはいつだったか、思い出しながら歩いていると発色の良い大柄な男が視界に入った。
「あ、ウンくん」
「昨日の!
体はもう平気?」
「うん、ありがとう」
「そっかあ、よかった」
「今度お礼させて
じゃあ」
「えっ、お礼なんていいのに」
全部は聞かずその場を去った。
あれだけ迷惑をかけたのだから何かしなければこちらの気が済まない。
だがさっさと礼を言えたのは少し胸が楽になった。
この勢いで挿絵もかいてしまおう。
急ぎパッドを持ち、青空の路上でゆっくりと時間が過ぎるのを感じる。
そんな中で描く絵はいつも気分がいい。
「またここにいるのか」
目を合わさずともその声が誰かは知っている。
へらっと笑って灰色を選択した。
淵を塗りつぶして、ツールでぼかす。
「今日はカウンセリングはないのか」
「ないでーす
ドーベルマン先生は?」
「休憩がてら散歩だ
ところで風の噂できいたが、アークを独学しているんだと?」
「それ噂でしょ」
「ああ、だが火のないところに煙は立たないし、エカならやりかねないと思った」
心外だなぁ、と言いながら先生を見上げるとちっとも笑ってなどいない。
むしろ説教をする顔つきだった。
それなりに裏は取れているのか、それともただのカンなのか。
どちらにせよ晴天には似合わない。
「…仮にそれが本当だとしても
現場復帰はまだまだ先のことで
利き腕がなくなった以上勉強するのは当たり前のことだしドーベルマン先生も嬉しいことなんじゃないんですか?」
「いいや
お前はもう前線から退いた身だ
そして独学でのアークほど危険なものはない
下手すれば感染するぞ」
「はいはい、戦力外通告おつかれ様です
わかってますから休み削ってまで私のこと気にかけなくてもいいですよ〜」
「冗談などではぐらかすな
私は真剣に言っている
アークに手を出すな
お前には非凡な才能が多くある。
自分の狭い視野で身を滅ぼすんじゃない」
先生をじっと見た。
恨めしい目つきだっただろう。
それでも先生は視線を逸らさず仁王立ちした。
「話はそれだけだ
子供達が次の読み聞かせを楽しみにしていたぞ」
ドーベルマン先生は凛とした姿で去っていった。
あの人はわからないのだ。
私がいろんな意味で一度死んだことを。
もう一度縋ろうとして、アークを独学していることは否定しない。
現に参考書をよくデータベースから閲覧している。
だがそれの何が悪い。
視野が狭いだと?私のことも知らない教官風情が。
そんな意味のないことを思ってはため息をついた。
項垂れて、もう絵を描くメンタルではない。
「私だって…」
きっと今言い返せなかったのはドーベルマン先生の言葉が深く刺さっているからだ。
だがそれで納得できるほど大人ではない。
いや、むしろ子供の部分が強く出て不満めいた気持ちが遅れて噴出している。
もう何も考えたくなくて、膝を抱えた。
住民の喧騒が羨ましかった。