君の夢を見るために
名前設定
この章の夢小説設定夏恋(デフォルト)
元親と幼馴染。
16歳にしては高身長で俗に言う美人。
ハキハキして女子にしては粗暴なところがある。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
乾いた空気は夏恋の頬を冷やす。
綿の帽子を耳にまで被せて身震いした。
寒がりであるため、かなり着込んでいる。
そも、今日は高校の合格発表だった。
ポッキーをぱきっと口でへし折って足元の石を蹴飛ばした。
「あー、滑り止めかァ」
第一志望に落ちたことはさほど問題ではなさそうだ。
小学校から一緒だった長曾我部元親と同じ高校だと思うとそこまで嫌なものではないらしい。
ダッフルコートから携帯を取り出して電話をかけた。
『おう夏恋!どうだった!』
野太く、低い声。
この粗暴で大雑把な声の主はむろん言うまでもない。
「落ちちゃった」
『はは!気にすんなよ!野郎どもも集まってることだしこれからドライブに行こうぜ!』
「バカ、関節痛ヒドくなんだろ」
『何のためにカイロがあると思ってんだ?
文明の利器使えよ!
じゃあいつもの場所で待ってるぜ!』
そして一方的に切られた。
そこまでドライブは好きじゃない。
風邪をひくこともあったし、警察にお世話になったこともある。
高校に落ちたのこいつらのせいではないか?と今更気づくが、特に気にせず学校の坂を下りていった。
真新しい制服を着こなして外に出ると早速着崩す元親の姿が。
中学までと一緒の光景だ。
「だっさ」
「だせぇとか言ってんじゃねぇよ!」
「あーあ、しーらない。先生になんて言われるか。しかも何?学ランの裏に刺繍?チカちゃん再来?」
「朝からお説教が必要か?ん?」
頬を片手で掴まれ、それを払った。
幼馴染からの関係だ。
こんなふざけあいはいつものことで高校生活のスタートだとか新学期ということは感じられなかった。
「いりませ~ん
つうか怒られてても他人のふりするからね。」
元親は勝手にしろと言って夏恋とともに学校にたどり着いた。
むろん、この元親は頭が悪いわけではないが態度がこれなのだから志望校に落ちるのも不思議ではない。
この高校もそれなりに不良校として名高いのでお似合いと言えばお似合いだ。
そんな高校になぜ夏恋が行くかというと、工業科があるからだ。
運が良いのか悪いのか、元親も同じ学科だ。
「私Aクラスだけど?」
「俺B」
「うっわ、隣?
どうせなら同じクラスのほうが楽だったわ~」
ぶつぶつつぶやきながら教室へ上がる。
昼飯そっちに行くとかなんとか言って、それぞれに別れた。
教室は見慣れない顔ばかりが並べられているようで、いささか気持ちが悪い。
見事に男ばかり。
名前が書かれた席にどっかり座ってぼんやり時計を眺める。
その時だ。
鈴のような、金属を鳴らしたような音が耳の奥から響いた。
ハッとして周りを見渡すと視界の端にくすんだ色をした人がいたような気がした。
廊下にいる、そう思ってすぐに目で追いかけると何もいなかった。
見間違いか?
その一点を凝視してしまって、やってきた担任の話なんか全く聞いていなかった。
見間違い、という言葉はどこかで捨ててきたかのように、あのくすんだ色を思い出していた。
早速始まった授業も上の空。
「おい」
「ん、あ?」
「何ぼーっとしてんだよ。当てられてんぞ。」
隣の席の男子が教えてくれた。
先生は腕組をしながら私を睨む。
「あ、えっと、すみません」
「入学そうそうそれだと先が思いやられるぞ」
こっちはこっちでのっぴきならない事情があるのだ。
止まっていたシャーペンを走らせ、板書を写していく。
ずいぶん進んでいたようだ。
ふと、顔を上げると。
「っ!?」
驚いて机が揺れた。
いや、それどころじゃない。
私が気になっていた、くすんだ色の影が黒板の横に、私に背を向けて立っていたのだ。
「な、え…!?」
隣の男子に話しかけても邪魔すんな、と言われる。
周りには見えていない?
では、信じたくはないがあれは幽霊…?
頭を抱えた。
入学早々、嫌なものを見てしまったと。
「幽霊見た!」
無論元親に言う。
というか助けて欲しいという意味だ。
だが、はぁ?という顔をされる。
「ホントだってば!!」
「お前そう言う話好きだったっけ?」
「やばいって!!!ほんとやばいんだって!!!」
どんなに必死に言っても信じてくれない。
元親は見えないタチなのだろうか。
「じゃあどんなカタチしてんだよ」
「そりゃ……」
思い出そうとしても霧の彼方に消えていく。
靄の中に手を突っ込んでいるような気持ちだ。
たしかに見えていたはずなのに。
「ええと」
「お前疲れてんじゃねえの?一人暮らししてんだろ?
下宿のおばちゃんに飯作ってもらえよ。」
「…」
不安に煽られ、どうすればいいのかわからなくなった。
確かに疲れているのかもしれない。
少し、落ち着こう。
そもそも慌てたってどうにかなる問題ではない。
明日になれば見えなくなるだろう。
そんな期待をしながら息をついてジュースを飲んだ。
ぼんやり、空を眺めていた。
ブレザーは椅子にかけていて、特に何も考えずに。
宿題も特にない。
することもない。
携帯出すと没収されるから使えない。
となるとぼうっとしているしかない。
あくびを噛み殺して、教室の時計を見る。
(12時30分…)
キリのいい数字だ。
また空に視線を戻すと、ぼんやり視界に入れていた異物を見つけた。
「えっ」
あのくすんだ色だ。
私は動くと気づかれるかもしれないと思い込み、目線を外せず静止していた。
そもそもあれは人か?
いや、人…じゃない?
一つ、瞬きをした。
するといなくなっていた。
なんだったんだ…?
もう一つ瞬き。
すると同じ階の、向かいの校舎の廊下にいた。
確実に、こちらを見ている。
思わず立ち上がって教室を飛び出した。
「も、元親!!」
隣の教室に行けば、教室の隅にそのくすんだ色がいる。
「どうした?」
「っ、う…!!」
泣き出しそうになって、また逃げた。
空き教室に行ってもそのくすんだ色がたくさんあって、視界から離れていかない。
離れてくれない。
まるで追いかけられているようだ。
「やだ、いやだ!!」
廊下を一心不乱に走り去って、曲がり角で誰かとぶつかった。
謝る余裕も、相手を見る余裕もなく階段を駆け下りる。
ようやくたどり着いた安全地帯は校舎の花壇だった。
息を乱して、花壇の石畳に腰掛ける。
「はぁ、はぁ、はぁっ…っは、」
乾くチャイムが鳴る。
教室に行きたくない。
唯一ここが安全地帯のようだ。
にじみ出る汗と涙を手で拭う。
あいつは何者だ。
人か?
私をつけ回してる?
どうして?
手の甲で目を隠して、拭うことをやめた。
しばらくそうしていると低い男性の声が聞こえた。
「授業は始まっているだろう。早く教室に行け。」
反射的に顔を上げると、頬に大きな傷の入った強面の先生。
初めて見る先生だが、その先生は私が泣いていることに驚いていた。
「ど、どうかしたのか?」
「…」
こんな話をできるわけでもなく、首を振った。
「…落ち着いたら教室に戻れよ」
ここにいることを許してくれた。
少しだけ頭を下げて、その人が去る背中を眺めた。
しかしながら、見事な花壇だ。
色とりどりの整備された花は見ていて飽きない。
頭に酸素が足りないのか、物事を上手く考えられないまま、花を眺めていた。
授業が終わる直前、元親が走って来た。
「夏恋!どこ行ってんだよ!」
「ごめん…」
目が腫れているからか、少しぎょっとして軽く頭を撫でてきた。
「ったく、心配して授業サボっちまったじゃねえか」
「うん…」
「ほら、教室行くぞ」
「うん…」
腕を緩く掴まれて、そのまま俯いてついていった。
数日後
私は慣れてしまったようだ。
あのくすんだ色がいる生活に。
更に、今まで見えてなかった姿が明確に見え始めた。
このくすんだ色、ものすごく奇抜な格好をしている。
灰色のフードを頭にかぶって目元を隠して、白い鎧をつけている。どちらかと言えばモノクロ、と言えば良いか。
幽霊の割には筋肉はしっかりしているようだ。
袖のない肩から見えるたくましさは、実は生きてるんじゃないかと疑いたくなる。
私が少し顔を覗こうとすると消えることにも気づいた。
あと、時々そいつが邪魔で黒板が見えないから手で払うと素直に横に動くことにも。
今も至近距離にいる。
誰もいない時に小声で話しかけたが、反応はない。
背丈は私より少し大きいくらい。
「何か用?」
無言を突き通す。
心労が溜まるだけで希望への道筋はなかった。
体育の授業にも律儀についてくる。
邪魔しないためか、グラウンドの外から私をジッと見つめている。
「なんか最近やつれてねぇか?」
「そう?」
「おう。つうか覇気がねぇ。覇気が。」
「気のせいじゃない?」
しかし、もっと不思議なことは元親といるとそいつは消える。
まるで避けているように。
必然的に元親と行動を余儀なくされた。
「今日そっち行っていい?」
「いいけどよ…
お前ほんと大丈夫かよ?」
「大丈夫大丈夫」
夢を見た。
それは夏恋が寝たから、とかいうものではなく。
周りの風景にたくさんの蝶が舞って、幻想的なものになった。
違和感もなくそれを淡々と受け入れ、席を立った。
その先にあのくすんだ人がいて、今なら何故か、応えてくれると思った。
「何か、用?」
『…』
くすりと初めて笑みを口にして、手を伸ばしてきた。
その手は大きくて、暖かそう。
ゆっくり私はその手を重ねようとした。
「夏恋!!」
ぐいっと肩を強く引かれた。
幻想から引き戻されたような感覚。
後ろを振り向くと、元親が怒った顔をしていた。
「な、何…?」
「何ってお前、もう少しで落ちるところだったんだぞ!!」
「え?」
目の前にはベランダのない窓。
背筋が凍って、へこたれた。
「お、おい」
「……ごめ、か、帰って、いい?」
「…わかった。送ってく。」
元親の手に引かれて、家に戻った。
町並みを縫うように歩いて帰ってきた私は、やはり幾ばくか疲れていたようで、ベッドに腰掛けるとねむくなってきた。
寝よう。
休むべきだ。
いそいそと制服を脱いで、下着のまま毛布にくるまった。