デイジー・ベル
試験勉強にイベント準備でリネアは充実した忙しさを堪能している。特にスパイクジムのトレーナー……エール団と関わりをもち、ナックルジムでは誰よりも人脈を広げていた。リネアは目が見えないことで注目されがちだがそれ以上に努力家で相手をよく知ろうとする意志が強い。そのため接することで自然と好かれるのだろう。
とにかくリネアは目まぐるしい日常の中、試験前日を迎えた。前日ということもあり残業せずに帰れと、上司としてリネアに指示した。今頃単語帳とスマホロトムに助けられながら復習をしているに違いない。キバナは集中を乱さぬようその日はメッセージを送らなかった。
代わりに朝一番に応援のメッセージを送る。
ちゃんと起きてるか?なんて茶化しながらのメッセージだがすぐ返事が来た。リネアらしい真面目な返事にキバナは目を細める。このままやり取りを続けたいが、頑張れよ、と締めくくりその日のやり取りに一旦区切りをつけた。
試験の結果発表は二週間後。更にその十日後はナックルジムとスパイクジムの合同イベントの開催。ここで勢いをつければリネアはイベントでも自信をもって対応できるだろう。
合格のあかつきにはこれでもかと言うくらい美味いケーキを買っていこうと思いながら、キバナは努力の成果が出ることを誰よりも願っていた。
「落ちちゃいましたぁ」
えへ、と困ったように笑うリネアがそう言ったのは試験から一週間後だった。キバナは目を丸くして無言で驚く。
イベントで根を詰めているであろうリネアに少し喋って帰ろうと誘った矢先、最初の話題がそれだった。
「落ちた……って、けど結果は二週間後のはずだろ」
「実は、目が見えなくても副審判資格を取得できるかどうかの審議をされていたみたいです」
リネアがキバナにスマホロトムを見せた。画面はリネアに伝わらないのに厳格で、ただ白い背景と黒い文字だけが羅列されていた。
「審議の結果、特に実務試験ではきちんと判断できているのか、あるいはたまたま正しい判断をしたのかわからない……ということで」
「…………」
やるせない、と思うのはキバナだけではない。一番勉強を見ていたリョウタも同じだろう。
「通知が来てリョウタさんと一緒に見たんです。リョウタさん…長く沈黙していて……あんなに親身に教えてくださったことと、資格を授与されないことでショックだったみたいです」
「ああ、オレさまも同じ気持ちだ」
リネアの肩を抱いて撫でた。一瞬顔が悲しみに歪んだが、それでもすぐ笑顔に切り替える。
「落ちたのはショックですけど……でも今スパイクジムの皆さんにも認められて嬉しいんです。それはそれ、これはこれで頑張ります」
「なぁ……ケーキ買いに行こうぜ」
「え?」
リネアはキバナに合わせて歩き出す。繋いだ手はいつも通り優しい。
「運営がわざわざそんなメール出すってことは、リネアはテストも実技も合格してたってことだろ?」
「……たし、かに?」
「じゃあ頑張ったお祝いだ!」
社会はリネアを許容するだけの度量はない。それはリネアを知るたび痛感していたことだ。キバナはいちいち声をあげたり代わりに手を出してはキリがないし意味も無いとよくわかっている。だからこそ今キバナがすべきはリネアがまた前に進めるよう助けてやることだ。
キバナの優しさは誰だって知っている。けどリネアに見せる優しさはつまるところ静かな愛だ。いつでもすくえるようにリネアの手の下から手を支えている。改めてキバナの愛を実感したリネアは少しだけ泣きながらケーキ屋へ共に赴くのだった。
副審判合否の件は友人関係になったマリィにも伝わる。マリィも同じくキバナのように異を唱えることはなかった。代わりに励ましとイベントについての言葉が並べられていた。
誰よりもリネアの努力を知っているのはナックルジムの皆であり、リネアの努力を見てイベント準備に活気があるのは異なるジムだからこそすごく伝わる。リネアの努力はそういう意味でとても価値がある、と。
お腹いっぱいケーキを食べてご機嫌だったはずなのにリネアは優しい言葉に涙ぐむ。だがそんな感動的なメッセージも束の間、マリィは踏み入ったメッセージを投げる。
『ところでキバナさんはショック受けてない?リネアちゃんより怒って手がつけられないなら言ってね』
キバナとの関係は匂わせたつもりなどないのだが、マリィにはお見通しなのかもしれない。とはいえここで過剰に反応してしまえば関係性を肯定したも同然だ。
悩みに悩み抜いた末、あえて質問の答えとして返事をした。
『キバナさんはショックだったみたいだけどバトルしているときのようにあれてないよ!』
『よかった。ちょっと安心した。キバナさんはリネアちゃんのことになると周りが見えづらくなるし、キバナさん自身がリネアちゃん強火って言ってるから気になっちゃった』
『つよび?』
『ごめん、モノの例え。イベント終わったら打ち上げとは別に二人で出かけない?』
マリィの嬉しいお誘いにリネアはスマホロトムを抱きしめて跳ね上がった。まるで通話しているように音声入力をする。
「いく!ぜーったいいく!」
同年代、同性の友人は非常に少ないリネアにとってマリィは大切にしたい友達の筆頭だ。日付はまた後日決めるとして、リネアは友達と遊ぶというプライベートなイベントに心が踊っていた。
試験に落ちた…というよりそもそも資格は授与されないという判断が下されたにも関わらずリネアは翌日笑顔でいっぱいだった。当然楽しみを分かち合いたいリネアはキバナはもちろんジムトレーナーの皆に言う。
「マリィちゃんとお出かけするんです!イベントが終わってからなんですが、友だち少ないからすっごく楽しみで!」
もちろん皆、あら〜、と和やかな笑顔を浮かべる。もはやリネアの親戚のような気持ちでいる。休み時間は出かける場所や最近話題の店で盛り上がっていた。
マリィは優しい性格だが笑顔がうまく作れないことを気にしているらしい。だが良くも悪くもリネアはマリィは笑顔をつくるのが苦手ということを知らない。なんならマリィの言葉遣い、抑揚で感情を把握している。だからこそうまく笑顔が作れなくともリネアのはあまり関係のないことだ。
つまり、マリィとリネアの相性はとても良いということだった。
たくさん遊び、経験を得てのびのび成長して欲しい。そんな想いを持つキバナは優しい笑みで彼女らを見守っていたのだが、ちくりと心に何かが引っかかる。歩くたびに小石に躓く。けど大したことはない違和感。キバナはそれを黙殺した。
◆
イベント当日。もちろん運営側として大忙しだが皆決められた役割を忠実にこなし、円滑にイベントが進むよう尽力した。スパイクジムとナックルジムはこれまでの話し合いと交流もあって分け隔てなく協力ができている。
さらにキバナ、ネズ、マリィという有名人が三名も集まったスパイクタウンで大盛況だ。だからこそ、リネアは子供たちにポケモンの接し方を教える講師として緊張している。
「そう固くなるなよ。練習通りやればきっと伝わる」
「そうそう、あたしも横におるけん」
「ありがとうございます…」
子供たちをメインターゲットにした講習だが、保護者、そしてポケモンとのコミュニケーション方法を知りたいという熱心な人……幅広い年齢層が集まっていた。リネアとマリィが二人で立てるような台の前にはそれぞれのポケモンを抱いた子どもたちがいる。
いざリネアとマリィが登壇すると子どもたちは口々にマリィちゃん、と名前を呼ぶ。
「こ、こんにちは!私は、ナックルジムでアドバイザーをしてます、リネアといいます!お、お隣にいるのはスパイクジムのジムリーダー、マリィさんです!」
緊張しているが挨拶は口にできた。裏方からキバナはハラハラしながら見守る。しかしリョウタが小声でキバナを呼ぶ。
「キバナ様、次はCステージでバトル演習ですよ。準備してください」
「も、もうちょっと待て」
「ダメです」
リョウタはキバナを連行していく。運営スタッフは汗をかきながらその様子を見送った。
「こんにちは。今日はリネアちゃんとポケモンの触れ合い方、接し方を教えていくけんよろしくね」
保護者たちの後ろでエール団の一部がマリィへの応援弾幕を掲げるがあえなく撤収。ネズより目を光らせてくださいと頼まれていたレナとヒトミがまさにひと睨みしていた。
「けど特に、リネアちゃんはみんなより目が見えなくて光があるかどうかしかわからない。でもポケモンたちとすぐ仲良くなれるすごい特技を持ってるから、コツを教えてもらおうね」
「質問があれば、声をかけてくださいね」
こうして講習は始まった。子供たちの無邪気な笑い声、ポケモンたちとの触れ合い。リネアが熱心に伝えたためかトラブルもなく予定通り講習会のプログラムは終了した。
リネアは自分のことに関して厳しい意見を言われるのではないかと心配だったがそれは杞憂に終わった。ただ聞かれたのは「なんで目が見えなくなったの?」「目が見えなくてもポケモンと仲良くなれるの?」という子どもらしい質問ばかりだった。
小さなステージを降りて裏方へ戻るとどっと汗が吹き出る。
「リネアちゃんすごか!」
「マリィちゃんも、声かけてくれてありがとう」
スタッフが二人のために水を手渡す。特にリネアは緊張から喉が渇きペットボトル一本をすぐ飲み干してしまった。
「き、緊張で、汗と震えが」
「頑張ったもん、休んでよかよ」
「うん、ちょっと座るね……」
初めて講師というものを経験したリネアは、周りからすれば考えすぎとも思われるだろう。しかしリネアの努力が滲み出たあの場では誰もがリネアを見直した。
「マリィさん、子供たちとの記念撮影お願いします」
「はーい!じゃあ行ってくるけん、まだ休んでよかけんね」
「うん、ありがとう」
リネアには努力の報いが見えることはない。だいたいは数日遅れだ。だが今回はイベント終了後から見え始める。SNSではイベントの内容や、ジムリーダーたちの神対応が良かったと注目を浴びる。画像や動画が流れていき、その中にリネアの講師ぶりも映っていた。本当はマリィがメインだったのだが近しい年齢の二人が仲良く並ぶだけでマリィファンは沸く。真面目に講師をしながらも、マリィは目の見えないリネアへのさりげないサポート、そしてリネアはどんなに鋭利な子どもの質問も顔色を変えず優しく回答する。何気ない投稿だったものが瞬く間に閲覧数が増えていき数時間後にはキバナのSNSに届くようになっていた。
「おいネズ、見ろよこれ」
「片付けの途中ですよ」
「いいから!」
キバナはネズの肩を組んでスマホロトムを見せる。本日のイベントに参加していた人の動画を再生するとそこにはマリィとリネアが映っていた。
「とんでもない再生回数じゃないですか」
「だろ!?」
これだけでもイベントは大成功だと言える。キバナは報告書を書くにはこの動画と反応がうってつけだと考えていた。
『リネアさんは目が見えないのにどうやってポケモンと仲良くなれたの?』
子どもの無邪気な質問。動画から飛び出た言葉にキバナとネズは固まる。その場の空気も凍りついていたがリネアはなんでもないように返事をした。
『君のこと知りたい!ってたくさん口にしたり、手で触れたりして仲良くなったよ。私にできたんだからきっとみんな出来るよ』
「リネア……!」
キバナは親指と人差し指をクロスさせてハートを作る。その様子を見たネズは大きなため息をつく。
「見てられないですね」
「なんでだよ!リネアが頑張ってるとこまだあるぜ!」
「動画じゃなくてお前のことですよ。デレデレした友人の顔を見せられておれは砂を吐きそうです。ちょっとは隠す努力をしやがりなさい」
先ほどの行動を振り返る。今も右指はハートを作っている。本来キバナはこのイベントが成功しスパイクタウンにも集客するだろうという話をしたかったのだが、キバナが見ていない動画の後半にリネアがいたものだから話がすり替わってしまった。そうしてネズの目の前でリネアラブを出してしまったのだ。
「あー……でも褒めてやらないとな?」
「今のは褒めるレベルじゃないですよ。言っときますが、お前の、知名度で、被害を、受けるのは、リネアさんです」
ネズの人差し指がキバナのヘアバンドをつつく。言葉を区切るたびに力が増していくので悲鳴をあげて降参する。
「いたい!悪かったって!気をつける!」
「はぁ……そもそもこれまでの会議でもダダ漏れでしたし、キバナには無理な話でしたね」
「ははは!まさか!ははは!」
笑ってごまかす。だが確かにここ最近はリネアが楽しそうにしていることもあってタガが緩んでいた。世間の目もあるキバナは今一度自身を律する。リネアはあくまでジムのメンバー。オレさまのアドバイザーと言い聞かせた。
「キバナさん、アニキ、こっちの撤収作業終わった」
「お疲れ様です。他にお手伝いできることありますか?」
「リネア!講習頑張ったんだってなぁ!めちゃくちゃ評判いいんだぜ!さすがオレさまのアドバイザー!」
早速、臨界点突破状態でリネアを褒めちぎるキバナの耳をネズが引っ張った。さっきの話を忘れたのかこのドラゴン頭、と友人特有の言い争いが始まるのでマリィは肩をすくめた。
「またやってる。ここはもう男性陣に任せるたい。明日の打ち上げどこだっけ?」
「あ、そういえば幹事はヒトミさんだったはずだし、聞きに行こうよ」
後片付けまで終わり、スパイクタウンの通りはいつもの寂れた風景に元通り。しかしその寂れた道さえも今は一つの味のように思えるのは今日のイベントが大成功を収めたからだろう。充足感と共にスパイクタウンはいつもより遅く夜を迎えた。
◆
翌日、マリィとリネアの動画が注目されていることを知り二人は揃って顔を赤くさせた。SNSで注目されることに慣れているキバナはよかったよかったと二人を褒める。だが慣れないことに不安を感じるのはリネアだ。
「だ、大丈夫なんでしょうか……後から問題があったりして……」
「大丈夫だって!全部リーグの許可もらってんだから!」
「いざ自分がなると変な感じがする…」
マリィも落ち着かない様子だ。マリィはネズの動画をSNSで見かけることが多々あったが自分の動画をみると微妙な表情を浮かべる。
「でもマリィちゃんはずっといろんな子に声かけてたし、こうやって色んな人に褒められるのなんだか嬉しい」
「な、何言うと!それ言うならリネアもばい!」
ちんまい女子二人がキバナの下でワイワイ話している。つむじを見ながら仲の良さを堪能していると打ち上げの準備が始まる。
今回の打ち上げはスパイクタウンの中…ネオンが彩る空き地で行われた。いわゆるバーベキューだ。昨日のイベントの影響か、今日もスパイクタウンはいつもより人が多い。街が明るくなったと礼を兼ねて住民から差し入れが届いたのだ。結局差し入れをどう分けるかよりもバーベキューにすればいいのでは?という一声で今に至る。
「あれ?もしかしてバーベキューの準備始まってる?」
「ほんとだ。木炭とか準備せんと」
マリィとリネアが近づくと、淡々と準備をこなしていたネズが荷物を持ちながら言う。
「これはマリィたちの分」
「え?」
「なんで花柄ビニールシート」
マリィは怪訝な顔をする。ファンシーな色味は全くもって不釣り合いだ。
「酒アリなので間違ってお前たちの席に注がないように」
「なるほど!」
「いやからかっとるだけよこれ」
大真面目に納得する様子にマリィはツッコミで大忙しだ。
「とまぁ半分本気半分冗談はさておき」
「半分本気やと!?」
「火がありますから自分たちの席を用意したらそのまま待っておきなさい」
「それはよかけど、このビニールシート本気!?」
ネズは返答しないままその場を離れた。確かに大勢の大人たちがいるこの場でカップが紛れてしまうことがあるだろう。おそらくリネアへの配慮だ。
「はぁ、せっかくだし遊びに行く計画立てん?」
「立てる!すっごく楽しみなの!」
ナックルジムメンバーがリネアにあたたかい目で見守っているのと同じく、スパイクジムメンバーもマリィを見守っている。仲良しな二人がじっくり対面で話し合う時間などそうあるものじゃない。あえてその時間を作り二人きりにさせていた。時折聞こえる笑い声に皆つられて笑顔になっていた。
キバナもそのうちの一人だが、日に日に心が重たく感じる。リネアが楽しそうに笑っていることはいいことであるはずなのに、どうしてこうも足取りが重いのか。黙殺するには、重量があった。
キバナが打ち上げの音頭を取る。同じくジムリーダーのマリィも代表で労いの言葉をかけてそれぞれのコップを持ち上げ乾杯の声を響かせた。分け隔てなく皆バーベキューに舌鼓を打ちながらも話に花を咲かせる。これまでジムごとで行われていたイベントだったが合同で行うことで交流が増えるのは嬉しい誤算だ。
そうしてジムトレーナーたちは集まることで一番話題に上がるのはポケモンのことだ。次第にポケモン育成から自慢、そして技構成になりマリィとキバナそれぞれに直談判する者まで現れた。
「バトルコートで試合していいですか!」
マリィは彼らの手にあるコップの飲み物がビールではないことを確認し、迷惑にならないようにとだけ言った。キバナも同じ対応であった。
「試合ですか?いいなぁ私もやりたい!」
「そういえばリネアちゃんの試合、ちゃんと見たことなかけん、良かったらバトルする?」
「いいの!?」
それを聞き逃すキバナではない。自分を指差しながら二人の前でニコニコと笑顔を作る。混ぜて、という圧がひしひしと伝わる。
「キバナ、行儀が悪いですよ」
「いいな〜オレさまもバトルしたいな〜」
ネズの諫言も虚しくリネアは笑顔で対応する。
「じゃあキバナさんもバトルしましょうよ!」
「やったー!話が早いぜリネア!となるとダブルだよなー?一人誰か入ってくれねぇかなー」
わざとらしく言いながらキバナはリネアに近寄る。さりげなくリネアと組むつもりだと察知したネズ、マリィは兄妹特有のコンビネーションを発揮した。
「あたしリネアちゃんと組む!」
「は!?そういう流れじゃなかっただろ!?」
「キバナ、お前はおれとです」
「なんでネズとオレさま!?」
無邪気なリネアはマリィとコンビが組めると嬉しそうにしている。せっかく初めてのダブルバトル、ふたりの共同作業ができると思ったキバナは涙目になっていた。
それはともかくジムリーダー格がダブルバトルをするとなると誰もが見たいに決まっている。あらかた片付けをし、火の始末をした上でスパイクタウンの奥にあるバトルコートに集まった。
「構成どうする?」
「私はサーナイトで!」
「オッケー」
またもや小さい二人が固まってコソコソ話をしている。キバナはそれを見て感動していた。
「見ろよネズ、あの二人あんなにちっちゃくて可愛いんだぜ……」
「おれの妹にまでそういう目で見ないでくれますか殴りますよ」
「見てねーよ!」
「それとお前のデカさが規格外なだけです」
ともあれマリィとリネアの手札は決まったようだ。ここぞとばかりにエール団は二人を応援し、ナックルジムトレーナーも同様だった。
「お前らオレさま応援しろよ!」
「いやぁ流石にジムリーダー二人は大人気ないですよ」「マリィさんとリネアさんのほうが需要ありますし」
キバナは歯を食いしばりながらフライゴンを出す。そしてネズはストリンダーを繰り出した。
「ダブルバトルなんて久々ですね」
「振り落とされんなよネズ!」
リネアはサーナイトを、マリィはレパルダスを繰り出す。
「絶対負けんからねアニキ!」
「がんばろうサーナイト!」
こうして四人のバトルが始まった。それぞれ一匹ずつの簡易バトルではあるがハイレベルな攻撃が続く。
最速のレパルダスは<ねこだまし>でフライゴンを怯ませる。続けてサーナイトの<マジカルシャイン>で同時攻撃。痛手を喰らうがまだ余力のあるストリンダーがレパルダスへ<かいでんぱ>を放った。
次のターン。レパルダスからストリンダーへ<いちゃもん>。続けて<かいでんぱ>の技を封じるがレパルダスの特攻は下げられている状態だ。必然的にサーナイトがアタッカーとなる。再び<マジカルシャイン>を放つがフライゴンとストリンダーはまだ持ち堪える。
「サーナイトへ<どくづき>!」
運悪く急所へ当たる。サーナイトはストリンダーの一撃によって瀕死となった。続けてフライゴンがようやく行動に移す。
「<ドラゴンクロー>!」
レパルダスの体力は残り半分といったところか。だが次の攻撃でストリンダーかフライゴンを落とせる可能性は高い。マリィは勝負に出る。
「<バークアウト>!」
すでに<マジカルシャイン>で大きなダメージを受けているフライゴンは持ち堪えられず瀕死に。そしてストリンダーを注視するがフィールドに駆け抜ける電気に目を覆った。
「<オーバードライブ>!」
軽快にギターをかき鳴らすように、ストリンダーは電気を操る。レパルダスに直撃するとそのまま瀕死となった。
「ギリギリ、でしたね」
接戦を制したのはネズとキバナ。二人は軽く拳を合わせて勝利を喜んだ。
「負けちゃった…」
「悔しいけど…やっぱアニキとキバナさんは強いたい」
急遽行われたドリームバトルはジムトレーナーを熱くさせた。応援や技を放つたびに一喜一憂する皆の声を聞いて、今回のイベントで頑張った労いにもなったと四人は確信するだろう。互いに握手をして健闘を称え合った。
「それにしてもネズさんのバトルはすごいです。やっぱり勉強になります」
「リネアさえ良ければいつでもスパイクジムにきてください」
ネズの誘いにマリィも強く頷いて肯定した。
「お世辞じゃないったい。リネアならうちでもやってける」
「こら!ちょっと目を離した隙に勧誘するな!」
こうした勧誘の攻防戦はヨロイ島でもあった。去年の出来事なのになんだか懐かしく思えてリネアは小さく笑う。
例え社会がリネアを受け止められなくても、こうした優しい人たちがいるのなら怖いものはない。バトルには負けてしまったけれど清々しい気持ちで、元気な声を聞いていた。
打ち上げも終了となり、キバナはリネアを送るために共に帰っていた。とはいえ互いの家はとても近いので帰り道も同じだ。すっかり暗くなった街を二人は手を繋いで歩く。
「マリィちゃんとのお出かけ楽しみだなぁ。まだ先のことなのにずっとワクワクしちゃってます」
手を握っているはずなのに、リネアはどこか遠い。こういう時、キバナは心が重たくなる感覚を抱く。必死に飲み込んで笑顔で返した。
「よかったな。普段は年上しかいないから、いろいろ話しやすいだろ」
「え?確かにマリィちゃんとはファッションの話をしたりしますけど……そうだ!マリィちゃんの髪型、刈り上げてるって初めて知ったんです!すっごくかっこいいって思いました!」
それはつまり、マリィを知るために触れたのだろう。無意識に、オレの時は何ヶ月もかかってその信頼を作ったのにという恨み言が浮かんでしまう。
せめて笑顔でいるよう努めるが、キバナはそれすら難しく感じる。何故、と少しでも自分を省みてしまうと理由は分かってしまう気がして目を逸らした。
「ああ、いいよなああいうの」
「……キバナさん、どこか体調が悪いんですか?元気がないように思えるんですが」
「オレさまは元気だぜ!」
あんなに饒舌だったリネアが今度は黙ってしまう。どんなに道を歩いても話題は出てこない。このままだと次の角を曲がればリネアの住むアパートに着いてしまう。焦りが生まれて心臓が小さくなった気がした。
「……ごめんなさい、私はあまりものを知らないから……キバナさんを知らないうちに傷つけてしまっていたのかもしれません」
「違うぜ、オレは本当に怒ったりしていない」
固く瞼を閉じる表情は、よく見えない。街灯でさえも今はリネアの顔を照らすことはなかった。
「じゃあどうして……元気がないんですか?いつもと喋り方が違います」
思わず足を止めた。コレを認識してしまえばリネアを困らせてしまう。せっかくマリィと仲良くなったのにリネアの世界を狭くさせてしまうと、キバナはハッキリ理解している。だが、このまま勘違いさせたままでいいわけがない。
奥歯を噛み締めて考えを巡らせる。
「……リネアが、悪いんじゃなくてオレが悪いんだ」
「え?」
「リネアを信用していないわけじゃない。ただ、言ってしまうと……リネアを困らせるって分かってる。だから今は言わないだけだ」
チリチリと電灯が音を弾く。瞬きのように何度も光が消えていた。
「今日は疲れたろ!帰って休もうぜ。それにしてもダブルバトル楽しかったな」
歩き出そうとしたがリネアはキバナの両手を握る。いつもより少し自信のない顔つきで見上げて、小さな唇で言葉を紡ぐ。
「困らせてください」
時折、リネアはキバナよりも大人な面を見せる。その度に息すら忘れて感情を飲み込まれていく。リネアの靴のサイズだってキバナが片手を大きく広げたら踵からつま先まで届きそうなほどなのに。世界にはリネアほど雄大なものはないと錯覚させられる。
「キバナさんはいつも私のことを考えて、見守ってくれたり支えてくれます。すごく嬉しいし感謝してます。大人なキバナさんも大好きですし、私の憧れです。でも……」
これ以上リネアに堕ちたらどうしてくれるんだと理性が警戒を上げるほど、キバナはリネアの言葉に耳を傾けてしまう。もうとっくの昔にキバナの中の優先順位トップ5にリネアが食い込んでいるのに、とうとう四天王にまで格上げされてしまう。
「私が好きな人はキバナさんです。キバナさんで困っても私はそれが苦ではありません」
心臓が爆発するどころか脳にまで血流が巡ってどうにかなってしまいそう。これがものを知らない子どものセリフだとすればこれまでのキバナは微生物だと思える。
「……リネア」
「はい」
ちゅ、と頬にキスする。リネアは肩を跳ねさせて電灯で照らされた頬を赤くしていた。
「オレさま、ガラにもなく嫉妬しちまってたんだ」
「嫉妬?誰に?」
「マリィにだよ」
「ええ!?」
「ずっとマリィ、マリィって……そりゃ、年齢も近いし同性の友人なんだからオレに話せないことだって話せるだろ。そんなの分かってるんだよ。けど、オレだってリネアとデートしたい、夜更かしして寝落ちするまで喋りたい、あれが似合うとかコレがいいとかくだらない話して日付だって越えて……」
キバナは口を閉じる。しゃがみ込んでリネアの両手に唇を押し当てた。
「好きなんだよ、呆れるだろ……」
リネアは居ても立っても居られない。手探りでキバナの頭を探して抱きしめた。キバナもそんなリネアの背中を緩く抱く。
「キバナさんっ、かわいい……!」
「ああ、オレさまは可愛いからな……」
「自己肯定感高いのはちょっと可愛くないかもですけど」
「なんでだよ可愛いだろうが!」
冗談かどうか分かりづらい言葉にリネアは笑う。それでこそリネアが好きなキバナだと、妙に納得してしまっていた。
「おうちデート、しませんか?」
「……男を家に上げるな」
「そういうのナシです!今はヤキモチ屋さんなキバナさんのケアをしてるんですから」
「それでもオレのルールだからダメ」
「じゃあおうちでランチしましょ!それならいいでしょ?」
キバナはリネアの腕の中で考える。あたたかで、リネアの声が響くこの天国では、キバナの強固なルールもいくらか隙間が生まれていた。
「……ランチ、なら、まぁ」
「やった!じゃあキバナさんのためにたくさん作りますから、楽しみにしてくださいね」
なんて子だろう、大人を手篭めにして。なんて、そんなつもりでリネアが言ったわけではないのは分かっている。ただキバナはそれに酔いしれてしまっている。リネアがキバナのためだけに甘やかしている今の状況に誰よりも喜んでいる自分がいた。
心の重さは面白いくらい無くなっている。代わりに増えたのはリネアへかける想いだ。
「ありがとな、リネア。もう大丈夫だ」
「ご機嫌なおりました?」
「ああ、もう超絶ご機嫌だしランチが楽しみで仕方がねぇ」
「あはは!」
あんなに嫉妬していた数分前では考えられないほど、キバナは浮かれている。リネアの特別は自分であり、それは唯一無二だという証明をされた。今ならどこにだって飛べそうなくらいだ。
そんなキバナを繋ぎ止めるように、握りきれない手をギュッと、リネアは握り続けていた。
とにかくリネアは目まぐるしい日常の中、試験前日を迎えた。前日ということもあり残業せずに帰れと、上司としてリネアに指示した。今頃単語帳とスマホロトムに助けられながら復習をしているに違いない。キバナは集中を乱さぬようその日はメッセージを送らなかった。
代わりに朝一番に応援のメッセージを送る。
ちゃんと起きてるか?なんて茶化しながらのメッセージだがすぐ返事が来た。リネアらしい真面目な返事にキバナは目を細める。このままやり取りを続けたいが、頑張れよ、と締めくくりその日のやり取りに一旦区切りをつけた。
試験の結果発表は二週間後。更にその十日後はナックルジムとスパイクジムの合同イベントの開催。ここで勢いをつければリネアはイベントでも自信をもって対応できるだろう。
合格のあかつきにはこれでもかと言うくらい美味いケーキを買っていこうと思いながら、キバナは努力の成果が出ることを誰よりも願っていた。
「落ちちゃいましたぁ」
えへ、と困ったように笑うリネアがそう言ったのは試験から一週間後だった。キバナは目を丸くして無言で驚く。
イベントで根を詰めているであろうリネアに少し喋って帰ろうと誘った矢先、最初の話題がそれだった。
「落ちた……って、けど結果は二週間後のはずだろ」
「実は、目が見えなくても副審判資格を取得できるかどうかの審議をされていたみたいです」
リネアがキバナにスマホロトムを見せた。画面はリネアに伝わらないのに厳格で、ただ白い背景と黒い文字だけが羅列されていた。
「審議の結果、特に実務試験ではきちんと判断できているのか、あるいはたまたま正しい判断をしたのかわからない……ということで」
「…………」
やるせない、と思うのはキバナだけではない。一番勉強を見ていたリョウタも同じだろう。
「通知が来てリョウタさんと一緒に見たんです。リョウタさん…長く沈黙していて……あんなに親身に教えてくださったことと、資格を授与されないことでショックだったみたいです」
「ああ、オレさまも同じ気持ちだ」
リネアの肩を抱いて撫でた。一瞬顔が悲しみに歪んだが、それでもすぐ笑顔に切り替える。
「落ちたのはショックですけど……でも今スパイクジムの皆さんにも認められて嬉しいんです。それはそれ、これはこれで頑張ります」
「なぁ……ケーキ買いに行こうぜ」
「え?」
リネアはキバナに合わせて歩き出す。繋いだ手はいつも通り優しい。
「運営がわざわざそんなメール出すってことは、リネアはテストも実技も合格してたってことだろ?」
「……たし、かに?」
「じゃあ頑張ったお祝いだ!」
社会はリネアを許容するだけの度量はない。それはリネアを知るたび痛感していたことだ。キバナはいちいち声をあげたり代わりに手を出してはキリがないし意味も無いとよくわかっている。だからこそ今キバナがすべきはリネアがまた前に進めるよう助けてやることだ。
キバナの優しさは誰だって知っている。けどリネアに見せる優しさはつまるところ静かな愛だ。いつでもすくえるようにリネアの手の下から手を支えている。改めてキバナの愛を実感したリネアは少しだけ泣きながらケーキ屋へ共に赴くのだった。
副審判合否の件は友人関係になったマリィにも伝わる。マリィも同じくキバナのように異を唱えることはなかった。代わりに励ましとイベントについての言葉が並べられていた。
誰よりもリネアの努力を知っているのはナックルジムの皆であり、リネアの努力を見てイベント準備に活気があるのは異なるジムだからこそすごく伝わる。リネアの努力はそういう意味でとても価値がある、と。
お腹いっぱいケーキを食べてご機嫌だったはずなのにリネアは優しい言葉に涙ぐむ。だがそんな感動的なメッセージも束の間、マリィは踏み入ったメッセージを投げる。
『ところでキバナさんはショック受けてない?リネアちゃんより怒って手がつけられないなら言ってね』
キバナとの関係は匂わせたつもりなどないのだが、マリィにはお見通しなのかもしれない。とはいえここで過剰に反応してしまえば関係性を肯定したも同然だ。
悩みに悩み抜いた末、あえて質問の答えとして返事をした。
『キバナさんはショックだったみたいだけどバトルしているときのようにあれてないよ!』
『よかった。ちょっと安心した。キバナさんはリネアちゃんのことになると周りが見えづらくなるし、キバナさん自身がリネアちゃん強火って言ってるから気になっちゃった』
『つよび?』
『ごめん、モノの例え。イベント終わったら打ち上げとは別に二人で出かけない?』
マリィの嬉しいお誘いにリネアはスマホロトムを抱きしめて跳ね上がった。まるで通話しているように音声入力をする。
「いく!ぜーったいいく!」
同年代、同性の友人は非常に少ないリネアにとってマリィは大切にしたい友達の筆頭だ。日付はまた後日決めるとして、リネアは友達と遊ぶというプライベートなイベントに心が踊っていた。
試験に落ちた…というよりそもそも資格は授与されないという判断が下されたにも関わらずリネアは翌日笑顔でいっぱいだった。当然楽しみを分かち合いたいリネアはキバナはもちろんジムトレーナーの皆に言う。
「マリィちゃんとお出かけするんです!イベントが終わってからなんですが、友だち少ないからすっごく楽しみで!」
もちろん皆、あら〜、と和やかな笑顔を浮かべる。もはやリネアの親戚のような気持ちでいる。休み時間は出かける場所や最近話題の店で盛り上がっていた。
マリィは優しい性格だが笑顔がうまく作れないことを気にしているらしい。だが良くも悪くもリネアはマリィは笑顔をつくるのが苦手ということを知らない。なんならマリィの言葉遣い、抑揚で感情を把握している。だからこそうまく笑顔が作れなくともリネアのはあまり関係のないことだ。
つまり、マリィとリネアの相性はとても良いということだった。
たくさん遊び、経験を得てのびのび成長して欲しい。そんな想いを持つキバナは優しい笑みで彼女らを見守っていたのだが、ちくりと心に何かが引っかかる。歩くたびに小石に躓く。けど大したことはない違和感。キバナはそれを黙殺した。
◆
イベント当日。もちろん運営側として大忙しだが皆決められた役割を忠実にこなし、円滑にイベントが進むよう尽力した。スパイクジムとナックルジムはこれまでの話し合いと交流もあって分け隔てなく協力ができている。
さらにキバナ、ネズ、マリィという有名人が三名も集まったスパイクタウンで大盛況だ。だからこそ、リネアは子供たちにポケモンの接し方を教える講師として緊張している。
「そう固くなるなよ。練習通りやればきっと伝わる」
「そうそう、あたしも横におるけん」
「ありがとうございます…」
子供たちをメインターゲットにした講習だが、保護者、そしてポケモンとのコミュニケーション方法を知りたいという熱心な人……幅広い年齢層が集まっていた。リネアとマリィが二人で立てるような台の前にはそれぞれのポケモンを抱いた子どもたちがいる。
いざリネアとマリィが登壇すると子どもたちは口々にマリィちゃん、と名前を呼ぶ。
「こ、こんにちは!私は、ナックルジムでアドバイザーをしてます、リネアといいます!お、お隣にいるのはスパイクジムのジムリーダー、マリィさんです!」
緊張しているが挨拶は口にできた。裏方からキバナはハラハラしながら見守る。しかしリョウタが小声でキバナを呼ぶ。
「キバナ様、次はCステージでバトル演習ですよ。準備してください」
「も、もうちょっと待て」
「ダメです」
リョウタはキバナを連行していく。運営スタッフは汗をかきながらその様子を見送った。
「こんにちは。今日はリネアちゃんとポケモンの触れ合い方、接し方を教えていくけんよろしくね」
保護者たちの後ろでエール団の一部がマリィへの応援弾幕を掲げるがあえなく撤収。ネズより目を光らせてくださいと頼まれていたレナとヒトミがまさにひと睨みしていた。
「けど特に、リネアちゃんはみんなより目が見えなくて光があるかどうかしかわからない。でもポケモンたちとすぐ仲良くなれるすごい特技を持ってるから、コツを教えてもらおうね」
「質問があれば、声をかけてくださいね」
こうして講習は始まった。子供たちの無邪気な笑い声、ポケモンたちとの触れ合い。リネアが熱心に伝えたためかトラブルもなく予定通り講習会のプログラムは終了した。
リネアは自分のことに関して厳しい意見を言われるのではないかと心配だったがそれは杞憂に終わった。ただ聞かれたのは「なんで目が見えなくなったの?」「目が見えなくてもポケモンと仲良くなれるの?」という子どもらしい質問ばかりだった。
小さなステージを降りて裏方へ戻るとどっと汗が吹き出る。
「リネアちゃんすごか!」
「マリィちゃんも、声かけてくれてありがとう」
スタッフが二人のために水を手渡す。特にリネアは緊張から喉が渇きペットボトル一本をすぐ飲み干してしまった。
「き、緊張で、汗と震えが」
「頑張ったもん、休んでよかよ」
「うん、ちょっと座るね……」
初めて講師というものを経験したリネアは、周りからすれば考えすぎとも思われるだろう。しかしリネアの努力が滲み出たあの場では誰もがリネアを見直した。
「マリィさん、子供たちとの記念撮影お願いします」
「はーい!じゃあ行ってくるけん、まだ休んでよかけんね」
「うん、ありがとう」
リネアには努力の報いが見えることはない。だいたいは数日遅れだ。だが今回はイベント終了後から見え始める。SNSではイベントの内容や、ジムリーダーたちの神対応が良かったと注目を浴びる。画像や動画が流れていき、その中にリネアの講師ぶりも映っていた。本当はマリィがメインだったのだが近しい年齢の二人が仲良く並ぶだけでマリィファンは沸く。真面目に講師をしながらも、マリィは目の見えないリネアへのさりげないサポート、そしてリネアはどんなに鋭利な子どもの質問も顔色を変えず優しく回答する。何気ない投稿だったものが瞬く間に閲覧数が増えていき数時間後にはキバナのSNSに届くようになっていた。
「おいネズ、見ろよこれ」
「片付けの途中ですよ」
「いいから!」
キバナはネズの肩を組んでスマホロトムを見せる。本日のイベントに参加していた人の動画を再生するとそこにはマリィとリネアが映っていた。
「とんでもない再生回数じゃないですか」
「だろ!?」
これだけでもイベントは大成功だと言える。キバナは報告書を書くにはこの動画と反応がうってつけだと考えていた。
『リネアさんは目が見えないのにどうやってポケモンと仲良くなれたの?』
子どもの無邪気な質問。動画から飛び出た言葉にキバナとネズは固まる。その場の空気も凍りついていたがリネアはなんでもないように返事をした。
『君のこと知りたい!ってたくさん口にしたり、手で触れたりして仲良くなったよ。私にできたんだからきっとみんな出来るよ』
「リネア……!」
キバナは親指と人差し指をクロスさせてハートを作る。その様子を見たネズは大きなため息をつく。
「見てられないですね」
「なんでだよ!リネアが頑張ってるとこまだあるぜ!」
「動画じゃなくてお前のことですよ。デレデレした友人の顔を見せられておれは砂を吐きそうです。ちょっとは隠す努力をしやがりなさい」
先ほどの行動を振り返る。今も右指はハートを作っている。本来キバナはこのイベントが成功しスパイクタウンにも集客するだろうという話をしたかったのだが、キバナが見ていない動画の後半にリネアがいたものだから話がすり替わってしまった。そうしてネズの目の前でリネアラブを出してしまったのだ。
「あー……でも褒めてやらないとな?」
「今のは褒めるレベルじゃないですよ。言っときますが、お前の、知名度で、被害を、受けるのは、リネアさんです」
ネズの人差し指がキバナのヘアバンドをつつく。言葉を区切るたびに力が増していくので悲鳴をあげて降参する。
「いたい!悪かったって!気をつける!」
「はぁ……そもそもこれまでの会議でもダダ漏れでしたし、キバナには無理な話でしたね」
「ははは!まさか!ははは!」
笑ってごまかす。だが確かにここ最近はリネアが楽しそうにしていることもあってタガが緩んでいた。世間の目もあるキバナは今一度自身を律する。リネアはあくまでジムのメンバー。オレさまのアドバイザーと言い聞かせた。
「キバナさん、アニキ、こっちの撤収作業終わった」
「お疲れ様です。他にお手伝いできることありますか?」
「リネア!講習頑張ったんだってなぁ!めちゃくちゃ評判いいんだぜ!さすがオレさまのアドバイザー!」
早速、臨界点突破状態でリネアを褒めちぎるキバナの耳をネズが引っ張った。さっきの話を忘れたのかこのドラゴン頭、と友人特有の言い争いが始まるのでマリィは肩をすくめた。
「またやってる。ここはもう男性陣に任せるたい。明日の打ち上げどこだっけ?」
「あ、そういえば幹事はヒトミさんだったはずだし、聞きに行こうよ」
後片付けまで終わり、スパイクタウンの通りはいつもの寂れた風景に元通り。しかしその寂れた道さえも今は一つの味のように思えるのは今日のイベントが大成功を収めたからだろう。充足感と共にスパイクタウンはいつもより遅く夜を迎えた。
◆
翌日、マリィとリネアの動画が注目されていることを知り二人は揃って顔を赤くさせた。SNSで注目されることに慣れているキバナはよかったよかったと二人を褒める。だが慣れないことに不安を感じるのはリネアだ。
「だ、大丈夫なんでしょうか……後から問題があったりして……」
「大丈夫だって!全部リーグの許可もらってんだから!」
「いざ自分がなると変な感じがする…」
マリィも落ち着かない様子だ。マリィはネズの動画をSNSで見かけることが多々あったが自分の動画をみると微妙な表情を浮かべる。
「でもマリィちゃんはずっといろんな子に声かけてたし、こうやって色んな人に褒められるのなんだか嬉しい」
「な、何言うと!それ言うならリネアもばい!」
ちんまい女子二人がキバナの下でワイワイ話している。つむじを見ながら仲の良さを堪能していると打ち上げの準備が始まる。
今回の打ち上げはスパイクタウンの中…ネオンが彩る空き地で行われた。いわゆるバーベキューだ。昨日のイベントの影響か、今日もスパイクタウンはいつもより人が多い。街が明るくなったと礼を兼ねて住民から差し入れが届いたのだ。結局差し入れをどう分けるかよりもバーベキューにすればいいのでは?という一声で今に至る。
「あれ?もしかしてバーベキューの準備始まってる?」
「ほんとだ。木炭とか準備せんと」
マリィとリネアが近づくと、淡々と準備をこなしていたネズが荷物を持ちながら言う。
「これはマリィたちの分」
「え?」
「なんで花柄ビニールシート」
マリィは怪訝な顔をする。ファンシーな色味は全くもって不釣り合いだ。
「酒アリなので間違ってお前たちの席に注がないように」
「なるほど!」
「いやからかっとるだけよこれ」
大真面目に納得する様子にマリィはツッコミで大忙しだ。
「とまぁ半分本気半分冗談はさておき」
「半分本気やと!?」
「火がありますから自分たちの席を用意したらそのまま待っておきなさい」
「それはよかけど、このビニールシート本気!?」
ネズは返答しないままその場を離れた。確かに大勢の大人たちがいるこの場でカップが紛れてしまうことがあるだろう。おそらくリネアへの配慮だ。
「はぁ、せっかくだし遊びに行く計画立てん?」
「立てる!すっごく楽しみなの!」
ナックルジムメンバーがリネアにあたたかい目で見守っているのと同じく、スパイクジムメンバーもマリィを見守っている。仲良しな二人がじっくり対面で話し合う時間などそうあるものじゃない。あえてその時間を作り二人きりにさせていた。時折聞こえる笑い声に皆つられて笑顔になっていた。
キバナもそのうちの一人だが、日に日に心が重たく感じる。リネアが楽しそうに笑っていることはいいことであるはずなのに、どうしてこうも足取りが重いのか。黙殺するには、重量があった。
キバナが打ち上げの音頭を取る。同じくジムリーダーのマリィも代表で労いの言葉をかけてそれぞれのコップを持ち上げ乾杯の声を響かせた。分け隔てなく皆バーベキューに舌鼓を打ちながらも話に花を咲かせる。これまでジムごとで行われていたイベントだったが合同で行うことで交流が増えるのは嬉しい誤算だ。
そうしてジムトレーナーたちは集まることで一番話題に上がるのはポケモンのことだ。次第にポケモン育成から自慢、そして技構成になりマリィとキバナそれぞれに直談判する者まで現れた。
「バトルコートで試合していいですか!」
マリィは彼らの手にあるコップの飲み物がビールではないことを確認し、迷惑にならないようにとだけ言った。キバナも同じ対応であった。
「試合ですか?いいなぁ私もやりたい!」
「そういえばリネアちゃんの試合、ちゃんと見たことなかけん、良かったらバトルする?」
「いいの!?」
それを聞き逃すキバナではない。自分を指差しながら二人の前でニコニコと笑顔を作る。混ぜて、という圧がひしひしと伝わる。
「キバナ、行儀が悪いですよ」
「いいな〜オレさまもバトルしたいな〜」
ネズの諫言も虚しくリネアは笑顔で対応する。
「じゃあキバナさんもバトルしましょうよ!」
「やったー!話が早いぜリネア!となるとダブルだよなー?一人誰か入ってくれねぇかなー」
わざとらしく言いながらキバナはリネアに近寄る。さりげなくリネアと組むつもりだと察知したネズ、マリィは兄妹特有のコンビネーションを発揮した。
「あたしリネアちゃんと組む!」
「は!?そういう流れじゃなかっただろ!?」
「キバナ、お前はおれとです」
「なんでネズとオレさま!?」
無邪気なリネアはマリィとコンビが組めると嬉しそうにしている。せっかく初めてのダブルバトル、ふたりの共同作業ができると思ったキバナは涙目になっていた。
それはともかくジムリーダー格がダブルバトルをするとなると誰もが見たいに決まっている。あらかた片付けをし、火の始末をした上でスパイクタウンの奥にあるバトルコートに集まった。
「構成どうする?」
「私はサーナイトで!」
「オッケー」
またもや小さい二人が固まってコソコソ話をしている。キバナはそれを見て感動していた。
「見ろよネズ、あの二人あんなにちっちゃくて可愛いんだぜ……」
「おれの妹にまでそういう目で見ないでくれますか殴りますよ」
「見てねーよ!」
「それとお前のデカさが規格外なだけです」
ともあれマリィとリネアの手札は決まったようだ。ここぞとばかりにエール団は二人を応援し、ナックルジムトレーナーも同様だった。
「お前らオレさま応援しろよ!」
「いやぁ流石にジムリーダー二人は大人気ないですよ」「マリィさんとリネアさんのほうが需要ありますし」
キバナは歯を食いしばりながらフライゴンを出す。そしてネズはストリンダーを繰り出した。
「ダブルバトルなんて久々ですね」
「振り落とされんなよネズ!」
リネアはサーナイトを、マリィはレパルダスを繰り出す。
「絶対負けんからねアニキ!」
「がんばろうサーナイト!」
こうして四人のバトルが始まった。それぞれ一匹ずつの簡易バトルではあるがハイレベルな攻撃が続く。
最速のレパルダスは<ねこだまし>でフライゴンを怯ませる。続けてサーナイトの<マジカルシャイン>で同時攻撃。痛手を喰らうがまだ余力のあるストリンダーがレパルダスへ<かいでんぱ>を放った。
次のターン。レパルダスからストリンダーへ<いちゃもん>。続けて<かいでんぱ>の技を封じるがレパルダスの特攻は下げられている状態だ。必然的にサーナイトがアタッカーとなる。再び<マジカルシャイン>を放つがフライゴンとストリンダーはまだ持ち堪える。
「サーナイトへ<どくづき>!」
運悪く急所へ当たる。サーナイトはストリンダーの一撃によって瀕死となった。続けてフライゴンがようやく行動に移す。
「<ドラゴンクロー>!」
レパルダスの体力は残り半分といったところか。だが次の攻撃でストリンダーかフライゴンを落とせる可能性は高い。マリィは勝負に出る。
「<バークアウト>!」
すでに<マジカルシャイン>で大きなダメージを受けているフライゴンは持ち堪えられず瀕死に。そしてストリンダーを注視するがフィールドに駆け抜ける電気に目を覆った。
「<オーバードライブ>!」
軽快にギターをかき鳴らすように、ストリンダーは電気を操る。レパルダスに直撃するとそのまま瀕死となった。
「ギリギリ、でしたね」
接戦を制したのはネズとキバナ。二人は軽く拳を合わせて勝利を喜んだ。
「負けちゃった…」
「悔しいけど…やっぱアニキとキバナさんは強いたい」
急遽行われたドリームバトルはジムトレーナーを熱くさせた。応援や技を放つたびに一喜一憂する皆の声を聞いて、今回のイベントで頑張った労いにもなったと四人は確信するだろう。互いに握手をして健闘を称え合った。
「それにしてもネズさんのバトルはすごいです。やっぱり勉強になります」
「リネアさえ良ければいつでもスパイクジムにきてください」
ネズの誘いにマリィも強く頷いて肯定した。
「お世辞じゃないったい。リネアならうちでもやってける」
「こら!ちょっと目を離した隙に勧誘するな!」
こうした勧誘の攻防戦はヨロイ島でもあった。去年の出来事なのになんだか懐かしく思えてリネアは小さく笑う。
例え社会がリネアを受け止められなくても、こうした優しい人たちがいるのなら怖いものはない。バトルには負けてしまったけれど清々しい気持ちで、元気な声を聞いていた。
打ち上げも終了となり、キバナはリネアを送るために共に帰っていた。とはいえ互いの家はとても近いので帰り道も同じだ。すっかり暗くなった街を二人は手を繋いで歩く。
「マリィちゃんとのお出かけ楽しみだなぁ。まだ先のことなのにずっとワクワクしちゃってます」
手を握っているはずなのに、リネアはどこか遠い。こういう時、キバナは心が重たくなる感覚を抱く。必死に飲み込んで笑顔で返した。
「よかったな。普段は年上しかいないから、いろいろ話しやすいだろ」
「え?確かにマリィちゃんとはファッションの話をしたりしますけど……そうだ!マリィちゃんの髪型、刈り上げてるって初めて知ったんです!すっごくかっこいいって思いました!」
それはつまり、マリィを知るために触れたのだろう。無意識に、オレの時は何ヶ月もかかってその信頼を作ったのにという恨み言が浮かんでしまう。
せめて笑顔でいるよう努めるが、キバナはそれすら難しく感じる。何故、と少しでも自分を省みてしまうと理由は分かってしまう気がして目を逸らした。
「ああ、いいよなああいうの」
「……キバナさん、どこか体調が悪いんですか?元気がないように思えるんですが」
「オレさまは元気だぜ!」
あんなに饒舌だったリネアが今度は黙ってしまう。どんなに道を歩いても話題は出てこない。このままだと次の角を曲がればリネアの住むアパートに着いてしまう。焦りが生まれて心臓が小さくなった気がした。
「……ごめんなさい、私はあまりものを知らないから……キバナさんを知らないうちに傷つけてしまっていたのかもしれません」
「違うぜ、オレは本当に怒ったりしていない」
固く瞼を閉じる表情は、よく見えない。街灯でさえも今はリネアの顔を照らすことはなかった。
「じゃあどうして……元気がないんですか?いつもと喋り方が違います」
思わず足を止めた。コレを認識してしまえばリネアを困らせてしまう。せっかくマリィと仲良くなったのにリネアの世界を狭くさせてしまうと、キバナはハッキリ理解している。だが、このまま勘違いさせたままでいいわけがない。
奥歯を噛み締めて考えを巡らせる。
「……リネアが、悪いんじゃなくてオレが悪いんだ」
「え?」
「リネアを信用していないわけじゃない。ただ、言ってしまうと……リネアを困らせるって分かってる。だから今は言わないだけだ」
チリチリと電灯が音を弾く。瞬きのように何度も光が消えていた。
「今日は疲れたろ!帰って休もうぜ。それにしてもダブルバトル楽しかったな」
歩き出そうとしたがリネアはキバナの両手を握る。いつもより少し自信のない顔つきで見上げて、小さな唇で言葉を紡ぐ。
「困らせてください」
時折、リネアはキバナよりも大人な面を見せる。その度に息すら忘れて感情を飲み込まれていく。リネアの靴のサイズだってキバナが片手を大きく広げたら踵からつま先まで届きそうなほどなのに。世界にはリネアほど雄大なものはないと錯覚させられる。
「キバナさんはいつも私のことを考えて、見守ってくれたり支えてくれます。すごく嬉しいし感謝してます。大人なキバナさんも大好きですし、私の憧れです。でも……」
これ以上リネアに堕ちたらどうしてくれるんだと理性が警戒を上げるほど、キバナはリネアの言葉に耳を傾けてしまう。もうとっくの昔にキバナの中の優先順位トップ5にリネアが食い込んでいるのに、とうとう四天王にまで格上げされてしまう。
「私が好きな人はキバナさんです。キバナさんで困っても私はそれが苦ではありません」
心臓が爆発するどころか脳にまで血流が巡ってどうにかなってしまいそう。これがものを知らない子どものセリフだとすればこれまでのキバナは微生物だと思える。
「……リネア」
「はい」
ちゅ、と頬にキスする。リネアは肩を跳ねさせて電灯で照らされた頬を赤くしていた。
「オレさま、ガラにもなく嫉妬しちまってたんだ」
「嫉妬?誰に?」
「マリィにだよ」
「ええ!?」
「ずっとマリィ、マリィって……そりゃ、年齢も近いし同性の友人なんだからオレに話せないことだって話せるだろ。そんなの分かってるんだよ。けど、オレだってリネアとデートしたい、夜更かしして寝落ちするまで喋りたい、あれが似合うとかコレがいいとかくだらない話して日付だって越えて……」
キバナは口を閉じる。しゃがみ込んでリネアの両手に唇を押し当てた。
「好きなんだよ、呆れるだろ……」
リネアは居ても立っても居られない。手探りでキバナの頭を探して抱きしめた。キバナもそんなリネアの背中を緩く抱く。
「キバナさんっ、かわいい……!」
「ああ、オレさまは可愛いからな……」
「自己肯定感高いのはちょっと可愛くないかもですけど」
「なんでだよ可愛いだろうが!」
冗談かどうか分かりづらい言葉にリネアは笑う。それでこそリネアが好きなキバナだと、妙に納得してしまっていた。
「おうちデート、しませんか?」
「……男を家に上げるな」
「そういうのナシです!今はヤキモチ屋さんなキバナさんのケアをしてるんですから」
「それでもオレのルールだからダメ」
「じゃあおうちでランチしましょ!それならいいでしょ?」
キバナはリネアの腕の中で考える。あたたかで、リネアの声が響くこの天国では、キバナの強固なルールもいくらか隙間が生まれていた。
「……ランチ、なら、まぁ」
「やった!じゃあキバナさんのためにたくさん作りますから、楽しみにしてくださいね」
なんて子だろう、大人を手篭めにして。なんて、そんなつもりでリネアが言ったわけではないのは分かっている。ただキバナはそれに酔いしれてしまっている。リネアがキバナのためだけに甘やかしている今の状況に誰よりも喜んでいる自分がいた。
心の重さは面白いくらい無くなっている。代わりに増えたのはリネアへかける想いだ。
「ありがとな、リネア。もう大丈夫だ」
「ご機嫌なおりました?」
「ああ、もう超絶ご機嫌だしランチが楽しみで仕方がねぇ」
「あはは!」
あんなに嫉妬していた数分前では考えられないほど、キバナは浮かれている。リネアの特別は自分であり、それは唯一無二だという証明をされた。今ならどこにだって飛べそうなくらいだ。
そんなキバナを繋ぎ止めるように、握りきれない手をギュッと、リネアは握り続けていた。
