デイジー・ベル

ジムリーダーになるために必要な資質、条件はいくつか存在する。だがその中でも最重要かつ最低条件なことは“審判資格”があるかどうかだ。
リネアは今その資格勉強を頑張っている。とはいえ筆記試験は通過できても、難関であろう実務試験がリネアを阻んでいた。

特殊なペンとシールで描かれた文字。単語帳の用紙を凹ませて文字を書いていく。初めてみる方法だがリネアはこうやって単語を覚えるらしい。

「よお、調子どうだ」
「あっ、キバナさん」
「お疲れ様です、キバナさま」

リョウタに教えてもらいながら単語帳を作っている最中だ。そしてスマホロトムは時々写真に収めて記録している。

「リネアさんは物覚えが良くて素晴らしいです!」
「い、いえ…リョウタさんの教え方がすごくわかりやすくて助かっています」

ナックルジム内でのリネアとの関係性はかなり良好だ。キバナもリネアに友人が増えることを歓迎しており、こうやって仲睦まじく雑談や勉学に励んでいるのを笑顔で見守っていた。

「試験まであと二ヶ月か。実務はどうだ?」
「それが……やはり目が見えないからか、トレーナーがライン超えをしてしまったり、そういうところは私は感知できなくって…」

リネアが今回取得するものは準審判資格。本来の正式な審判よりワンランク下のものだ。だが今後のことを考えると正式な審判資格を取っておきたい。リネアはいつもこういった二律背反に苛まれている。

「それに、目が見えないとなると私の審判ではトレーナーの皆さんも安心して戦えないと思います。副審判の試験が筆記と軽い実務なだけ運がいいと思います」

副審判は技の成功判定、ポケモンの暴走を抑える補助役といった面が強い。リネアのようにエコーロケーションが強力な人材であれば、努力して取得できる資格だと言えよう。エコーロケーションがここまで完璧にできる人間は前代未聞ではあるが。

「そうか……まぁ資格はあればあるだけ便利だ!」
「はい!がんばります!」

軽く頭を撫でて、勉強の邪魔にならぬよう離れた。
リネアは日頃努力しているが、その努力が日の目を浴びる機会は極端に少ない。むしろ努力して人並み、あるいは少し足りないくらいだ。
リネアと接して心を通わせていくたびに、もっとリネアの凄さを知らせたいとキバナは強く思う。


ジムリーダー同士の定例会は半年に一度行われる。理由はジムで行うイベントにダブりがないか、各地域の報告と情報共有だ。
ローズ元委員長の一件以降、運営委員会に全てを任せる危機感を持ったジムリーダーたちは定例会をすることで連帯感のある責任を持っていた。今回の会場であるエンジンジム会議室でジムリーダーが集う様子は圧巻だ。

「それじゃあ上半期の報告といこうか」

カブの言葉にジムリーダーたちは順次報告をする。いずれも取り行ったイベントの予算、達成来場数、成果を伝えた。

「それじゃあ下半期についてだけど、各ジムでのイベントはどうする?」
「あの、そのことでアドバイスが欲しいんです」

手を上げたのはスパイクジムの新人ジムリーダー、マリィだ。マリィとビートに関しては皆口にはしないがいつでもサポートする心積りでいる。

「スパイクタウンは人の出入りが限定されていて、イベントをしてもあまり効果が感じられなくて……」

キョダイマックスのバトルができないスパイクタウンは寂れていく一方だ。しかし元ジムリーダーのネズに根強いファンもいることから最後の一線を踏みとどまっている。

「じゃあオレさまんとこと合同でやるか?」

ぽん、と飛び出した提案。キバナは深く考えずに言ったのだがマリィは目を明るくさせる。

「いいね、ナックルとスパイクは隣町だ。調整も何かとやりやすいだろう」
「じゃあオレさまとマリィは会議が終わったら合同で企画書提出するぜ」

カブはもちろん他のジムリーダーも了承した。ともなれば早速ナックルジムで企画した案を出す。

「ナックルジムはポケモン育成、それかタイプ別コミュニケーション向上を考えてる」
「あら、キバナくんと被っちゃったわ」

メロンもまたポケモン育成を軸にイベントを企画していたようだ。メロンにはできるだけ楯突かないほうがいいとキバナの本能が叫ぶ。

「じゃ、じゃあメロンさんに片方譲ろうカナー」
「悪いわねキバナくん」

会議は進み、ナックルジムとスパイクジムはポケモンとのコミュニケーション向上を主とした企画となった。その後スルスルと会議は難なく進み、下半期のイベントはまとまりをみせた。会議室を出る前にマリィと連絡先を交換する。

「そういやマリィはリネアの連絡先とか知ってるか?」
「え?ううん、知らんよ?」
「リネアはなかなかいいトレーナーだから今回のワークショップに参加してもらおうと思ってる。近々スパイクタウンに連れていくから打ち合わせしようぜ。ネズの顔も見たいしな」

元チャレンジャーだったリネアは道中、交流をするどころではなくジムチャレンジを如何に攻略するか等といった問題に対象していた。マリィがリネアを深く知らないのであれば友人になるいい機会だろう。

あとはイベント開催時期まで調整をしていくのみだ。早速ジムに戻り合同イベントとなった旨を伝えると、皆新しいジムリーダーのバトルスタイルを研究できると知り喜んでいた。
だがリネアは緊張しているようだ。今までの講習会は全て裏方やサポートに徹していたので当然の反応である。それでもキバナはリネアがポケモンと接する姿勢はどのポケモンにも通用すると感じている。もちろんキバナも手助けをするがそろそろ人の前で話す、という経験もさせておくべきだと思う親心の一種だ。

「そう難しい話じゃない。どんなことに気を付けているかを話せばいいだけだ。例えば、手持ち以外の他のポケモンたちと接する時、できるだけ頭の位置を合わせてるだろ?」
「は、はい…」
「そういう小さなことでも構わない。誰かの大きなヒントになるはずだ」

以前キバナに話したことがある。ポケモンが声を上げるその位置に耳を傾けるだけでも、個性がわかると。外見で判断が出来ないリネアだからこそ情報を少しでも集めたいからそうしているらしい。不思議とポケモンたちは初対面のリネアに対して攻撃的な姿勢を取ることはない。唸って威嚇する程度だ。
さらに結果論ではあるがキバナはもう一つの効果があると考える。ポケモンに最も伝わるものは「もっと教えてほしい」というリネアの気持ちだ。人も、興味を持って好意的に対話されると自ずと心を開く。ポケモンも人も、きっと大きな差はないはずだ。

「わかりました。帰ってやっていることをまとめてみます!」
「ああ、リネアならやれる。楽しみにしてるぜ」
「はいっ」

試験勉強もあり忙しいリネアだが今が一番充実している。自分とポケモンを世話することで手一杯だった頃とは全く違う。何かに手を伸ばそうとすると誰かがそっと支えてくれる。それはリネアにとって嬉しくて楽しいものだった。



スパイクジムとナックルジムが合同でイベントを行うことを公開すると多くの人が反応した。開催場所はスパイクタウン。反応の多さからいつもシャッターを閉めていた空き店舗を使って多くの人が訪れるよう出店も計画する。そして今回のイベントを契機にスパイクタウンの良さを知ってもらうのも目標の一つであった。
キバナとリネア、そしてジムトレーナーたちは企画の打ち合わせのためにスパイクタウンへ訪れていた。以前訪れた時はお世辞にも栄えているとは言えなかったが、今はイベント準備の計画で活気に溢れていた。

「よお、マリィ」
「いらっしゃい、ナックルジムのみんな」

マリィは挨拶をしたがリネアを見て少し表情を固くさせていた。

「えと、リネア…ちゃん?この町は段差が多いから気を付けて」
「はい、ありがとうございます」
「敬語とかよかけん」

リネアも笑顔で頷いているがどこかぎこちない。お互い積極的に交流するタイプではないせいか相手の出どころを伺っているように見える。キバナはそれに言及することなく早速本題へ入った。

「イベントの打ち合わせに入ろうぜ」
「じゃあこっちに。ついてきて」

マリィが案内した場所は臨時の運営事務所だ。空き店舗を利用してイベント関係についてはここで準備を進めているらしい。全員が席につくとマリィが話し始める。

「ポケモンタイプ別コミュニケーション……あくタイプはもちろんウチの十八番だけど、ナックルジムはやっぱりドラゴンタイプ?」
「ああ、ジムトレーナーでも手を焼いてる奴がいるからな。でもタイプ別の前にリネアにポケモンの接し方について話してもらおうと思ってる」
「それは構わないけど……」

リネアをちらりと見る。トレーナーの力量としては十分だがマリィは別のことで引っ掛かっているようだ。

「リネアちゃんがどんな風に話を持っていくかでこっちの対応も変わるから、教えて欲しいな」

おもむろに席を立ったリネアは手にファイルを持っている。表情は相変わらず緊張を示していた。

「音声入力したものなので、誤字があるかと思うんですがそこは気にせず流してください。ですが、このイベントのために私は、ソニア博士と連絡を取りました!」
「へ」「え?」

キバナとマリィの驚きの声が重なる。それから互いの顔を見合わせ、改めてリネアを見る。確かにイベントは大事な興行だ。だがそこでポケモン博士の名前が出てくるとは思わなかった。

「やはりエビデンスが必要だと思い、イベントの話を受けてから多くの野生ポケモンに協力してもらい、コミュニケーションをはかりました!こちらタイプ別の統計です!」

ここまでガチで来るとは思わなかった。キバナは自分を落ち着かせるためにも茶を飲んだが、A4用紙10枚からなる統計データに茶を吹いた。

「キバナさん汚いけん!」
「わ、悪い……こんなスゲーことやってるとか知らなくて」
「すみません……私は無知で、どの程度がいいのかわからず……ポケモンのことならポケモン博士にご助力願えればと思いソニア博士にメールを送ったら快くお返事くださったんです」

確かに指標を出していなかったキバナの責任もある。だが短期間でここまでレポートを出せるのならトレーナーより研究業が合っているのでは?と思わなくも無い。

「とにかく、私の接し方で約4割のポケモンたちは警戒心をかなり下げてくれました。一番最後のページに割合を詳しく載せています。ですので、まずワークショップに来てくださった皆さんには“穏やかな口調”と“ポケモンとトレーナーの口の高さを出来るだけ合わせる”ということを先にお伝えしたいと思っています」

「リネア、これで論文書け」

「え!?」

キバナはつい弁舌が高まる。リネアは自分を無知だと言うが、無知だからこそ知ろうとする姿勢が何よりも才能なのだといい加減知って欲しい。

「お前なら博士号なんて一発だ!なんなら教師でもいい!ポケモンスクールを開け!オレさまが出資する!」
「止まってくださいキバナさま!話が脱線しています!」

マリィはつい話しかける。

「苦労しとんね、リネアちゃん」
「い、いえ……褒めてくださっているので……」
「でも漠然と話すよりは説得力あって良かたい。リーフレットにして頒布するのはどんげ?」
「あ、ええと」

チラリとキバナに助けを求めている。力強く頷くとマリィは目尻を柔らかくした。

「じゃあリネアちゃんが作ってくれた資料で原稿とか任せて良か?」
「おう、ナックルジムが引き受けるぜ。原稿決定したらデータで投げる」
「わかった」

リネアは胸を撫で下ろす。イベントでワークショップの講師を務めるにあたり、何が正解か分からなかったがリネアの行動は結果的に正解だった。ソニアに後程お礼の電話をしようと思いつつ、今はまた別の問題を抱えていた。

打ち合わせは終わり、キバナはネズに挨拶してくると言ってスパイクタウンの奥へ行ってしまう。同伴していたジムトレーナーは原稿の草案を作るため先にナックルジムへ戻ってしまった。運営事務所にはリネアとマリィが座っている。

「リネアちゃん、年末以来やね」
「は、はい!」
「敬語なくていいのに」
「あ、ごめんなさい……ついクセで…」
「良かよ。リネアちゃんが自然体でいられる方で」
「でも……マリィさんのことよく知りたい、から……頑張って敬語を控えるね」

タメ口で喋ろうと、語尾で止まる話し方にマリィは小さく笑う。それからリネアという同年代の女友達ができて嬉しくもあった。

「エキシビジョンマッチのバトル見とって、興奮したばい。アニキからリネアちゃんのこと聞いてびっくりして……上には上がおるって、実感した」
「でも、あれはダンデさんのサポートもあったから。ポケモンの育成にもアドバイスくれたの」
「それはちょっと羨ましいかも……」

しばらくして、キバナはネズを連れて運営事務所へ戻ってきた。その頃には女子二人、仲良くポケモンの話しに夢中になっている。キバナは仲良くしている二人をこっそり眺めて微笑んでいたがネズが背中を平手で叩き、覗きを中断させた。

「いでぇ!何すんだネズ!」
「不埒な不審者に成敗したまで」
「不埒でも不審者でもねーよ!」

憤慨するキバナの声でマリィとリネアは入り口を見やる。いつものやり取りにマリィは肩をすくめた。

「いっつもアレたい。男子っていつまで経っても中身変わらんばい」
「あはは…」

キバナを押し除けネズはリネアに声をかける。最後に顔を合わせたのは年末のエキシビジョンマッチのペアを紹介したあの日以来だ。

「久しぶりです、リネアくん」
「ネズさん、昨年のエキシビジョンマッチではお世話になりました」
「伝えそびれていましたが、やはり君を推薦してよかった。見事な戦いぶりでしたよ」
「あ、ありがとうございます!」

ネズ直々の褒め言葉にリネアは笑顔を見せた。

「ダンデと組んでいたとはいえ、サポート役をこなし、決定打を与える指示は良かったです。あのキバナを降したんですから」
「お前オレさまがいるからワザと褒めてんのか?」
「まさか」

半笑いの顔は明らかにワザとである証拠だ。表出ろポケモン勝負だ、と言う直前にキバナのスマホロトムにメッセージが入った。次の仕事についての連絡だ。

「悪いが仕事だ。リネアもジムに戻ろうぜ」
「はい、それじゃあ失礼します」

軽く手を振るキバナと違いリネアは深々と頭を下げる。スパイクタウンを離れていく背中を見つめながらマリィは呟いた。

「こんなこと思っちゃいかんってわかってるけど……あんなにすごいバトルが出来る子が、目が見えないって、神様は意地悪ばい」
「ええ、おれもそう思います」

眉をひそめ、見送る視線は切ない。そんな妹の頭を一つ撫でて同じく見送った。

「ただ、タマゴが先か、アチャモが先か……彼女のポテンシャルは彼女の人生の賜物です」
「うん、そうやね」

そんな話をしている一方で、リネアとキバナは全く別の会話をしていた。スパイクタウンを出たところでリネアはある悩みを打ち明けた。
リネアはマリィのことで言いづらいことがあるのだそう。顔色もなんだか悪くてそわそわしている。胸に罪悪感を抱えているように見えたキバナは優しく尋ねる。

「いいんだぜ、誰にも言わないからこっそり教えてくれ」
「………実は」

まさかマリィとリネアの相性は悪かったのか、とキバナはどきどきしていたが耳打ちされた内容はなんてことなかった。むしろキバナが全く想像していない内容で腹を抱えてしまったくらいだ。

「アハハハハ!!ハハハハ!!」
「な、なんでそんなに笑うんですか!?」
「だ、だって!方言が、わかんねーって!アハハハハ!」
「こっちは死活問題なんです!肯定なのか否定なのか、まだ話が続いているのかわからないまま、どういう回答すればいいかわからない綱渡りは苦痛なんですよ!?」
「まさか、リーフレットの件でオレさまを見たのも……」

リネアは頷く。
何を言っているのか全く分からなかったらしい。キバナは笑いすぎて声も出ない。

「……ッヒ!………ッ、ク……!!」
「もうそのまま声出なければいいのに」

珍しく辛辣な言葉が出るほどリネアはブチギレている。それもキバナの笑いのツボを押すだけなのに。
ひとしきり笑い終わるまでなんと一分以上もかかった。リネアはその間どんな嫌がらせをしてやろうかと考え続けている。

「はぁ………はぁ………ッ、と、とにかく……フフッ…!特徴は教えてやるから……っ!」
「まだ笑い足りないんですか」
「悪い!ちょっと余韻が……!」

不機嫌になるリネアにスイーツを奢ると言ってなんとか怒りを鎮火させる。常日頃お手本のような音声ガイドを聴いているからこそ、マリィのような方言混じりの言葉が聞き取りにくいのだろう。リネアは本人に言うなと言っていたがマリィがそれを知って怒るはずもない。むしろ笑うだろう。
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