デイジー・ベル
エキシビジョンのパーティはつつがなく終わった。リネアはキバナと共にタクシーに乗っている。
「アローラに帰るって言ってたよな」
「はい…ですがシフトもありますしみなさんの都合に合わせようと思います」
「それはいいけどよ……ホエルオー預けるんだろ。頻繁に帰ってこられないんじゃないか」
「はい……でも食料調達の面でホエルオーは私一人では限界を感じましたし……幸い実家は海に面しているのでホエルオーもお父さんとお母さんと一緒に過ごせるから」
つきましたよ、と運転手がいう。降りてリネアを家まで送る途中、キバナは口にした。
「もし……手伝って欲しいことがあれば遠慮なく言えよ」
「はい、ありがとうございます」
ホエルオーもリネアも二人が離れ離れになるのは辛いだろう。共にチャレンジを乗り越えた仲間だ。そう思うとエキシビジョンのバトルはホエルオーの最初で最後のデビュー戦だった。
「キバナさん、今日はありがとうございました」
「ああ、楽しかったぜ」
リネアは何かいいたげだったが、ぐっと飲み込む。
「今年一年お世話になりました。良いお年を」
「リネアもな」
見えもしないのについ手を振る。リネアは静かに玄関の内へ入っていった。キバナは離れて、しばらく歩いて、陸橋の上でしゃがみ込む。
あのベランダの後、まるで何事もなかったかのように淡々と接していた。もしかして嫌われたんじゃないかと己のやったことを考えるがどう思い返してもセクハラである。あ〜〜……と懺悔の呻き声を挙げる。
こんなモヤモヤした気持ちで年を越すなど初めてだ。静かに舞う雪は身軽で羨ましいと思いながら家路についた。
年が明けて、ジムだけでなく多くの店がシャッターを上げた。通りは人で賑わい新年を祝う。一方でナックルジムは今季のスケジュールの打ち合わせ、イベント準備などやることが山積みだ。
幸か不幸か、リネアとの関係性について一時的に忘れられるほど忙しくいられた。
だがそうしているうちにリネアはアローラへ一時帰宅する日程が決まったようだ。一週間の長い休みを得られたがその分ホエルオーとの別れが辛いだろう。ナックルジムの皆はアローラ地方について質問をしておりリネアも影を落とすことはない。
一度エンジンシティで電車に乗りその後船を乗り継ぎしながらアローラへ戻るのだと言う。
たった一週間でもリネアとキバナはまた意味の違う一週間となる。
アローラへ発つ当日。キバナは駅の構内でリネアを待っていた。ただ気をつけろよ、と声をかけるだけなら昨日言えばよかったかもしれない。そんな自責を始めた頃、チリンと軽い鈴の音が聞こえた。聞こえた方へ迷いなく顔を向けるとリネアがいた。
リュックを背負ってスマホロトムをつついている。時刻表を確認しているようだ。しかし人通りの多い午前、悪気なくリネアにぶつかる者もいる。その弾みで鈴が転がっていった。
「あ」
駅のアナウンス、雑踏。全てがリネアの聴覚を邪魔していた。キバナは迷わず鈴を拾う。
「リネア、鈴、見つけたぜ」
「キバナさん、どうして」
「杖借りていいか」
紐はすでに古く、結び直せるようなものではない。キバナは自身のシューズの紐を抜き取り鈴に通した。
「よし、できたぜ」
「ありがとうございます……もしかして、見送るために来てくれたんですか?」
「ああ」
リネアは頬を赤く染めて俯く。キバナがふとスマホロトムに映される時刻表を見ると電車は10分後に来るようだ。
「チケット買ったか?」
「はい、パスを読み込ませているので大丈夫です」
「じゃあ3番乗り場に10分後、エンジンシティ行きがくる」
「……キバナさん、あの時の返事、なんですが」
背中をそっと押して改札口まで連れていく。
「答えが欲しいわけじゃない。あの時、驚かせて悪かった」
するとリネアは足を止める。キバナの上着を握った。
「逃げないで、聞いてください」
いつもの表情と変わりないはずなのに、真剣味を帯びた顔にドキリとさせられる。キバナもリネアと同じく足を止めた。
「私は、人に迷惑をかけるのが怖いです。キバナさんが仰ったように顔が見えないから……」
初めて聞く胸の内に、キバナは感慨深くなる。こんな独白さえもできずに努力を続けていたのだ。
「だから正直キバナさんに迷惑かけるのも嫌で嫌で仕方がないんです。だって、きっと面倒になると……私が思い込んでいるから」
無条件に信じろというのも無理だ。キバナは互いの住む世界が違うことをよく分かっている。これまでずっとリネアを見つめていたから。
「けどキバナさんは私に触っていいって言ってくださって……どこか、よくわからないんですが……それも一つのあり方なのかも、と思えるようになりました。受け入れられるかはまた別ですが」
「ああ……」
「こんな面倒な私で良ければ、また……キバナさんのこと、触ってもいいですか?」
「ああ、もちろんだ。いつだって構わない」
リネアはポケットからカイロを取り出してキバナに握らせる。冷えていた指先が温められた。
「ありがとうございます、好きでいて下さって。私もキバナさんが好きです」
キバナの耳が極端に熱くなる。何か言おうと口を開くが感情が大きすぎて何も言えない。言葉が詰まっている。
「あ、もういかなきゃ。お土産期待しててくださいね」
そう言ってカイロを握らせたままリネアは改札の向こうへ行ってしまった。
火傷しそうなほど、キバナの体はとうにほてっている。
その日からキバナはぼーっとする日が続いた。集中力の欠如。注意散漫。誰もがリネア関連だと確信するなかリョウタは鈍く、体調が悪いのかもしれない!と言い出す。早くしっかり者のジムリーダー、キバナが戻ってきて欲しい反面、リネアが帰ってきたらどんなリアクションをするのか、レナとヒトミは楽しみで仕方がなかった。
「今年の合宿を早めてアローラにいこう」
「何言ってるんですかまだ年度変わってないですよ」
キバナの妄言に事務局は厳しい却下を言い渡す。まるで顔だけメタモンになってしまったような腑抜け具合。誰もが肩をすくめる中、救世主が現れる。
「キバナ!元気がないと聞いて駆けつけたぞ!」
「ダンデか、帰っていいぞ」
「本当にいつにも増して元気がないな……」
せっかく好敵手のダンデが来たというのにキバナは空虚な目をしている。
「久しぶりに時間ができたんだ。軽くバトルしよう!」
「バトル……」
「そうだ!三匹ずつ出して勝負だ!」
「よし、そこまで言われちゃ手は抜けねぇな」
久々にキバナの闘争心に火がついた。皆、リネアがいなくてもなんとかなるんだ〜と感動しながら二人のバトルを観戦する。
軽く勝負、なんて言っていたがその次元ではない。ダイマックスはするわ砂嵐にひでりに暴れ放題。今日の清掃大変だと思いながらもジムトレーナーたちは熱狂する。
「あ、今バトルされているんですね……じゃあ終わった頃に差し入れで渡していただけますか?」
ガラルに戻ってきたリネアは受付の事務局にお菓子二箱預ける。
「キバナさん相当キてましたよ。会われた方がいいと思いますけど」
「ダンデさんと楽しそうにバトルしてるのに水させませんよ。それじゃあ」
リネアはジムを後にし、ゆっくり家まで帰る。
一方、キバナとダンデは接戦の末、ダンデが勝者となった。だが熾烈さは過去一。双方目まぐるしく変わる環境とバトルの余波にヘロヘロになっていた。
「腕をあげたな!キバナ!」
「勝った奴が、何言ってんだ」
「いや、本心だ!チャンピオンだった頃のオレなら確実に負けていた!」
「煽ってんのか?」
口ではあーだこーだ言いながら固い握手だけは忘れない。ダンデはライバルの成長を喜び肩を組んだ。
「た、大変!キバナさま!」
「なんだ?」
「リネアさんさっき来てたみたいです!今帰っていったって!」
「はぁー!?」
思わずジムを飛び出すキバナ。ヒトミは野次馬したそうだが良心で必死に自身を抑え込んでいた。
「リネアくん、何かあったのか?」
「ご実家のアローラに戻られてたそうです。もうキバナさま、リネアさんが居なくなってからずっと抜け殻みたいになっちゃって」
「ん?なんでだ?リネアくんと関係あることなのか?」
ここで勝手に人の恋模様を口にするのはよくない。誰もが思っていたがリョウタはあっけらかんと自身の見解を口にする。
「ずっとキバナさまは体調を崩されていたのでは?」
お前はずっと見てただろ!と一斉にツッコミを入れる前にレナが説教のように大声を出す。
「リネアさんのこと好きだからに決まってるでしょ!?」
「レナ!!」
周りが口を押さえても時すでに遅し。ダンデとリョウタは顔を見合わせ、キバナが走っていったジムの出入り口をみる。
「え〜〜〜!?」
二人の驚く声がナックルスタジアムに轟く。
キバナは走った。石畳を踏み締めて一歩一歩前へ進む。リネアが通った後をなぞるように進むとかすかに鈴が聞こえた。進めば進むほどに鈴の音が住宅街に反響している。音の特定などできやしない。はやる気持ちのまま、手探りで音を探す。
どこの壁を反射しているのか、本来の音はどこなのか。キバナの全方位から鈴の音が響く。
「リネア!」
名前を呼ぶと鈴の音が止まった。キバナの焦りもようやく止まる。
今度は鈴の音と足音が聞こえた。強くなる音の方へキバナも歩み寄るとリネアの姿があった。
「キバナさん?」
「リネア」
駆け寄って手を握る。するとリネアは穏やかに微笑んだ。
「バトルお疲れ様です。ダンデさんと楽しそうにしていたから、そのまま離れてしまいました」
「いや、いい。それよりも……」
年上らしく、落ち着いた言葉をかけたい。けれど一週間前、あんな告白の回答のまま放置されたキバナがまともでいられるはずがない。
見つめれば見つめるほど愛しさが増していく。言葉にするなどじれったい。リネアを抱き上げた。
「わあ!?き、キバナさん!ういてるっ!ういてます!」
抱きしめて、リネアの肩に顔を埋めた。
「リネアっ、オレも好きだ!」
ずっと言いたかった言葉。ようやく口にすることができた。大切に抱きしめ続けると細い腕がキバナの首にまわった。リネアの抱擁は涙が出るほどあたたかだ。
「鈴につけてくれたのが靴紐だって、アローラについて気づきました。……本当に、ありがとうキバナさん」
しばらくそのまま、温度、匂い、感触、呼吸を感じ続けた。足りてない栄養を補うためキバナは深呼吸を繰り返す。それでようやく理性が戻ってきた。
「それはそれとして、リネア、あと5年オレさまは待つ。もし気持ちが変わらないなら交際しよう」
「急にまともにならないでください……」
後からリネアが聞いた話だが、リネアがいない間はそれはもうあり得ないキバナの姿の連続だったらしい。勝負の悔しさを忘れないようにロトムにシャッターを切るよう言っているせいか、リネア成分が足りずだらけきっているキバナの姿が何枚も撮られていた。
「どんな感じにだらけてたのか実践して教えてくださいね」
「リネアはそんなオレさま知らなくていい!」
-終-
「アローラに帰るって言ってたよな」
「はい…ですがシフトもありますしみなさんの都合に合わせようと思います」
「それはいいけどよ……ホエルオー預けるんだろ。頻繁に帰ってこられないんじゃないか」
「はい……でも食料調達の面でホエルオーは私一人では限界を感じましたし……幸い実家は海に面しているのでホエルオーもお父さんとお母さんと一緒に過ごせるから」
つきましたよ、と運転手がいう。降りてリネアを家まで送る途中、キバナは口にした。
「もし……手伝って欲しいことがあれば遠慮なく言えよ」
「はい、ありがとうございます」
ホエルオーもリネアも二人が離れ離れになるのは辛いだろう。共にチャレンジを乗り越えた仲間だ。そう思うとエキシビジョンのバトルはホエルオーの最初で最後のデビュー戦だった。
「キバナさん、今日はありがとうございました」
「ああ、楽しかったぜ」
リネアは何かいいたげだったが、ぐっと飲み込む。
「今年一年お世話になりました。良いお年を」
「リネアもな」
見えもしないのについ手を振る。リネアは静かに玄関の内へ入っていった。キバナは離れて、しばらく歩いて、陸橋の上でしゃがみ込む。
あのベランダの後、まるで何事もなかったかのように淡々と接していた。もしかして嫌われたんじゃないかと己のやったことを考えるがどう思い返してもセクハラである。あ〜〜……と懺悔の呻き声を挙げる。
こんなモヤモヤした気持ちで年を越すなど初めてだ。静かに舞う雪は身軽で羨ましいと思いながら家路についた。
年が明けて、ジムだけでなく多くの店がシャッターを上げた。通りは人で賑わい新年を祝う。一方でナックルジムは今季のスケジュールの打ち合わせ、イベント準備などやることが山積みだ。
幸か不幸か、リネアとの関係性について一時的に忘れられるほど忙しくいられた。
だがそうしているうちにリネアはアローラへ一時帰宅する日程が決まったようだ。一週間の長い休みを得られたがその分ホエルオーとの別れが辛いだろう。ナックルジムの皆はアローラ地方について質問をしておりリネアも影を落とすことはない。
一度エンジンシティで電車に乗りその後船を乗り継ぎしながらアローラへ戻るのだと言う。
たった一週間でもリネアとキバナはまた意味の違う一週間となる。
アローラへ発つ当日。キバナは駅の構内でリネアを待っていた。ただ気をつけろよ、と声をかけるだけなら昨日言えばよかったかもしれない。そんな自責を始めた頃、チリンと軽い鈴の音が聞こえた。聞こえた方へ迷いなく顔を向けるとリネアがいた。
リュックを背負ってスマホロトムをつついている。時刻表を確認しているようだ。しかし人通りの多い午前、悪気なくリネアにぶつかる者もいる。その弾みで鈴が転がっていった。
「あ」
駅のアナウンス、雑踏。全てがリネアの聴覚を邪魔していた。キバナは迷わず鈴を拾う。
「リネア、鈴、見つけたぜ」
「キバナさん、どうして」
「杖借りていいか」
紐はすでに古く、結び直せるようなものではない。キバナは自身のシューズの紐を抜き取り鈴に通した。
「よし、できたぜ」
「ありがとうございます……もしかして、見送るために来てくれたんですか?」
「ああ」
リネアは頬を赤く染めて俯く。キバナがふとスマホロトムに映される時刻表を見ると電車は10分後に来るようだ。
「チケット買ったか?」
「はい、パスを読み込ませているので大丈夫です」
「じゃあ3番乗り場に10分後、エンジンシティ行きがくる」
「……キバナさん、あの時の返事、なんですが」
背中をそっと押して改札口まで連れていく。
「答えが欲しいわけじゃない。あの時、驚かせて悪かった」
するとリネアは足を止める。キバナの上着を握った。
「逃げないで、聞いてください」
いつもの表情と変わりないはずなのに、真剣味を帯びた顔にドキリとさせられる。キバナもリネアと同じく足を止めた。
「私は、人に迷惑をかけるのが怖いです。キバナさんが仰ったように顔が見えないから……」
初めて聞く胸の内に、キバナは感慨深くなる。こんな独白さえもできずに努力を続けていたのだ。
「だから正直キバナさんに迷惑かけるのも嫌で嫌で仕方がないんです。だって、きっと面倒になると……私が思い込んでいるから」
無条件に信じろというのも無理だ。キバナは互いの住む世界が違うことをよく分かっている。これまでずっとリネアを見つめていたから。
「けどキバナさんは私に触っていいって言ってくださって……どこか、よくわからないんですが……それも一つのあり方なのかも、と思えるようになりました。受け入れられるかはまた別ですが」
「ああ……」
「こんな面倒な私で良ければ、また……キバナさんのこと、触ってもいいですか?」
「ああ、もちろんだ。いつだって構わない」
リネアはポケットからカイロを取り出してキバナに握らせる。冷えていた指先が温められた。
「ありがとうございます、好きでいて下さって。私もキバナさんが好きです」
キバナの耳が極端に熱くなる。何か言おうと口を開くが感情が大きすぎて何も言えない。言葉が詰まっている。
「あ、もういかなきゃ。お土産期待しててくださいね」
そう言ってカイロを握らせたままリネアは改札の向こうへ行ってしまった。
火傷しそうなほど、キバナの体はとうにほてっている。
その日からキバナはぼーっとする日が続いた。集中力の欠如。注意散漫。誰もがリネア関連だと確信するなかリョウタは鈍く、体調が悪いのかもしれない!と言い出す。早くしっかり者のジムリーダー、キバナが戻ってきて欲しい反面、リネアが帰ってきたらどんなリアクションをするのか、レナとヒトミは楽しみで仕方がなかった。
「今年の合宿を早めてアローラにいこう」
「何言ってるんですかまだ年度変わってないですよ」
キバナの妄言に事務局は厳しい却下を言い渡す。まるで顔だけメタモンになってしまったような腑抜け具合。誰もが肩をすくめる中、救世主が現れる。
「キバナ!元気がないと聞いて駆けつけたぞ!」
「ダンデか、帰っていいぞ」
「本当にいつにも増して元気がないな……」
せっかく好敵手のダンデが来たというのにキバナは空虚な目をしている。
「久しぶりに時間ができたんだ。軽くバトルしよう!」
「バトル……」
「そうだ!三匹ずつ出して勝負だ!」
「よし、そこまで言われちゃ手は抜けねぇな」
久々にキバナの闘争心に火がついた。皆、リネアがいなくてもなんとかなるんだ〜と感動しながら二人のバトルを観戦する。
軽く勝負、なんて言っていたがその次元ではない。ダイマックスはするわ砂嵐にひでりに暴れ放題。今日の清掃大変だと思いながらもジムトレーナーたちは熱狂する。
「あ、今バトルされているんですね……じゃあ終わった頃に差し入れで渡していただけますか?」
ガラルに戻ってきたリネアは受付の事務局にお菓子二箱預ける。
「キバナさん相当キてましたよ。会われた方がいいと思いますけど」
「ダンデさんと楽しそうにバトルしてるのに水させませんよ。それじゃあ」
リネアはジムを後にし、ゆっくり家まで帰る。
一方、キバナとダンデは接戦の末、ダンデが勝者となった。だが熾烈さは過去一。双方目まぐるしく変わる環境とバトルの余波にヘロヘロになっていた。
「腕をあげたな!キバナ!」
「勝った奴が、何言ってんだ」
「いや、本心だ!チャンピオンだった頃のオレなら確実に負けていた!」
「煽ってんのか?」
口ではあーだこーだ言いながら固い握手だけは忘れない。ダンデはライバルの成長を喜び肩を組んだ。
「た、大変!キバナさま!」
「なんだ?」
「リネアさんさっき来てたみたいです!今帰っていったって!」
「はぁー!?」
思わずジムを飛び出すキバナ。ヒトミは野次馬したそうだが良心で必死に自身を抑え込んでいた。
「リネアくん、何かあったのか?」
「ご実家のアローラに戻られてたそうです。もうキバナさま、リネアさんが居なくなってからずっと抜け殻みたいになっちゃって」
「ん?なんでだ?リネアくんと関係あることなのか?」
ここで勝手に人の恋模様を口にするのはよくない。誰もが思っていたがリョウタはあっけらかんと自身の見解を口にする。
「ずっとキバナさまは体調を崩されていたのでは?」
お前はずっと見てただろ!と一斉にツッコミを入れる前にレナが説教のように大声を出す。
「リネアさんのこと好きだからに決まってるでしょ!?」
「レナ!!」
周りが口を押さえても時すでに遅し。ダンデとリョウタは顔を見合わせ、キバナが走っていったジムの出入り口をみる。
「え〜〜〜!?」
二人の驚く声がナックルスタジアムに轟く。
キバナは走った。石畳を踏み締めて一歩一歩前へ進む。リネアが通った後をなぞるように進むとかすかに鈴が聞こえた。進めば進むほどに鈴の音が住宅街に反響している。音の特定などできやしない。はやる気持ちのまま、手探りで音を探す。
どこの壁を反射しているのか、本来の音はどこなのか。キバナの全方位から鈴の音が響く。
「リネア!」
名前を呼ぶと鈴の音が止まった。キバナの焦りもようやく止まる。
今度は鈴の音と足音が聞こえた。強くなる音の方へキバナも歩み寄るとリネアの姿があった。
「キバナさん?」
「リネア」
駆け寄って手を握る。するとリネアは穏やかに微笑んだ。
「バトルお疲れ様です。ダンデさんと楽しそうにしていたから、そのまま離れてしまいました」
「いや、いい。それよりも……」
年上らしく、落ち着いた言葉をかけたい。けれど一週間前、あんな告白の回答のまま放置されたキバナがまともでいられるはずがない。
見つめれば見つめるほど愛しさが増していく。言葉にするなどじれったい。リネアを抱き上げた。
「わあ!?き、キバナさん!ういてるっ!ういてます!」
抱きしめて、リネアの肩に顔を埋めた。
「リネアっ、オレも好きだ!」
ずっと言いたかった言葉。ようやく口にすることができた。大切に抱きしめ続けると細い腕がキバナの首にまわった。リネアの抱擁は涙が出るほどあたたかだ。
「鈴につけてくれたのが靴紐だって、アローラについて気づきました。……本当に、ありがとうキバナさん」
しばらくそのまま、温度、匂い、感触、呼吸を感じ続けた。足りてない栄養を補うためキバナは深呼吸を繰り返す。それでようやく理性が戻ってきた。
「それはそれとして、リネア、あと5年オレさまは待つ。もし気持ちが変わらないなら交際しよう」
「急にまともにならないでください……」
後からリネアが聞いた話だが、リネアがいない間はそれはもうあり得ないキバナの姿の連続だったらしい。勝負の悔しさを忘れないようにロトムにシャッターを切るよう言っているせいか、リネア成分が足りずだらけきっているキバナの姿が何枚も撮られていた。
「どんな感じにだらけてたのか実践して教えてくださいね」
「リネアはそんなオレさま知らなくていい!」
-終-
