棘≠針
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部下たちをねぎらうためにバーベキューを開いた。
無駄に残った無駄に広い敷地内であれば文句など言われる必要はない。
むしろこういう時しか有効活用ができないと麗は思っている。
「お嬢!俺が育てたカルビ食べてください!」
「バカ野郎!俺のお勧めホルモンです!!」
「いい加減にしろ!タン!タンっすよね!?」
テンションが上がり暴走するのを舎弟同士で収める。
麗は少しだけ笑ってそれを眺めるだけだ。
「お嬢、今日もいいんですか?」
「ああ、うん…
お腹がすいてないからね」
「いくら個性で食べなくても済むからって、1か月に1回だけの食事は絞りすぎなんじゃないですか?」
「いいんだよ…」
むしろ誰かが食べているのを見る方が胸がいっぱいになる。
首に巻かれた包帯を少し触って、考え込んでいた。
「お嬢、あの件やっぱり、ファットさんに相談した方が」
「いい
太志郎にこのことは関係ない
うちでけじめをつける案件だ
絶対に漏らすな」
「…はい……」
とはいえ、あの薬物グループの中に信者がいたことに驚きを隠せなかった。
本来ならばあの程度の攻撃、針を何本も出せば首を斬られることもなかっただろう。
それでもケガをしたのは少なからず動揺していたからだ。
(太志郎も、もしかしたら見抜いているのかも…)
前髪を触りながらぼんやりとしていると耳に飛び込んできたのは聞きなれた声。
「おわー!なんやええ匂いするなおもたら、焼き肉かーっ!」
前髪を触る手のまま、顔を抑えた。
舎弟たちはファットさんだと言って、まるで子犬のように駆け寄る。
ファットガムも今や大阪の人気ヒーローだ。
その丸っこい体におおらかで懐の深い性格はヒーローになるために生まれたようなものだ。
そんなファットガムがなぜこんな極道の敷地内に足を運んだのか。
無論ただ遊びに来ただけではないだろう。
「それで、何か用事でも?」
お土産と称した大量のたこ焼きはしばらく舎弟の間食として出されるだろう。
バーベキューの片づけが終わり、舎弟たちは各々自由にさせていた。
屋敷で泊まるもよし、自分のアパートに戻るもよし。
任務以外は縛らないのが白蛇丸のモットーだった。
涼しくなった縁側に太志郎は座る。
焼き肉も舎弟たちと食べてすっかりここの組長よりも組長らしい。
「それがな…麗…」
「?」
いつになく真剣な顔。
何か問題でも発生したのかと思った矢先、頭を下げられた。
「頼む!!!俺を助けると思て!!!」
「は?」
「頼みの綱は麗しかおらんのや!!!」
なんでも、太志郎の出るテレビ番組で、今注目のヒーロー紹介という特設コーナーができるそうな。
順番に有名ヒーローが若手の新人や、埋もれているヒーローを紹介していたのだが
とうとうファットガムにまで順番が回ってきたとのこと。
「麗、出てくれへん?」
「いやだ……」
「めちゃめちゃ嫌そうな顔しとる……でも!でもな!
いい宣伝になるし!ええと思う!!」
「私じゃなくても、もっといいひといるでしょ
太志郎は顔広いんだし」
「そりゃ物理的にも顔広いかもしれへんけど…
ちゃんと世間に知ってほしいヒーローは麗しかありえへんと思ってな…」
首を横に振る。
麗はその考えを否定した。
「太志郎の願いは聞いてあげたいけど
私には無理だよ…」
「ヤクザもんやから、か?」
「……それでなくったって、私には無理だよ
ごめんね」
「なあ、麗、思い違いやったらすまんけど
もっと何か別のこと隠しとらんか?」
「そんなことはないけど」
「じゃあええやん?」
「やだ」
「ほら何か隠しとる!」
「隠してない」
「じゃあええやん!」
「よくない」
押し問答が長く続き、互いにため息をついた。
麗はどうやってテレビ出演を回避しようか思考を巡らせて、どうせなら身代わりを使うか、なんて考えていた。
それくらい、麗にとってはのっぴきならない事情がある。
それを太志郎に伝えれば目の色変えてどうにかしようと、身を乗り出すはずだ。
けれどそれは麗自身の問題であり、それを解決しない限りは胸を張ってヒーロー、否、人間として名乗れないと思っている。
「太志郎、私…そりゃ顔はいいけど…」
「うん…まぁ顔はな…」
「人としてはあまり胸を張れない
そんな人間がヒーローしてるのもどうかとは思うけど
まだ私は半人前なんだよ
きっと太志郎の知り合いでいいヒーローはたくさんいる
そんなヒーローを紹介してあげてよ」
ぷに、と頬に指がくっついた。
見上げると心配そうな、悲しそうな顔して麗を見ている。
「なぁ、俺、麗がおもとる以上に麗が心配なんや」
太志郎の心配も最もだ。
ヒーローをしておきながらヒーローとして目立ちたくないなど、矛盾が過ぎる。
そんな大きな矛盾を見てもなお、心配をする太志郎は麗と明かに真逆だった。
「大丈夫だよ…私は平気
舎弟たちもいるし…」
「そうかも知れへんけど…いや、そういう意味やなくて
ちゃんと食べてるか?
ちゃんと寝てるか?」
「ありがとう、大丈夫」
手を押し下げて、視線をそらした。
「太志郎には心配かけてばかりだね」
「俺が勝手に心配しとるだけやで」
「そうかもしれないね
でもね、太志郎」
フッ、と息を勢いよくはく。
飛んできたハエに針は突き刺さって地面に落ちた。
「サボテンは勝手に育つんだよ」
結局テレビ出演は断ることができた。
そのかわり別のもので穴埋めすると約束し、最寄り駅まで見送った。
目立つ体型なのでそこら辺を歩いているだけで注目の的だ。
握手を求められているのを見て麗はすみやかに帰路についた。
正直なところ部下たちを食わせるためにも金がいる。
名声をあげることが1番の集金方法だ。
だが今だけはそうはいかない。
有名になってしまえば事件事故の引き金にさえなってしまうだろう。
「お嬢、ちょうどいいところに」
部下の手に持っているのはUSBメモリ。
調査を担当する者からの報告書だ。
「竜神木教会?」
「ええ、ようやく目ぼしい情報が入ったようです」
「…しばらく私の部屋に近づかないように
人払いを頼んだ」
「はい」
ヒーローになると決めてからこの事しか考えてなかった。
その思考や感情に自分自身名前をつけることはできなかったが、ふと部下は言った。
それは復讐だと。
サボテンであるこの身は自分の感情でさえも鈍感でいけない。
だが、自分の感情に疎いからこそ冷静に着実に奴らを追い詰めることができたのだ。
チリ、と鈴の音が聞こえた。
立ち上がり、廊下に出ると薄暗い闇の中で人の形をした植物が立っていた。
「ホラーかよ」
手から針を出し、臨戦態勢。
相手の名前など知らないがどういった存在かは知っている。
まずは関節を狙う。
走り出すと壁から蔦が這い回り拘束しようと飛び出すが針で切り裂いた。
飛び上がり、やはり蔦が空中の麗を捕らえようと後を追うが両壁に手をついて回転。
蔦を避けると同時に植物人間の頭上を越えた。
背後を取りすかさず両膝に針を突き刺す。
体を支えられなくなったためそのまま呆気なく倒れる。
大きな音を聞きつけた部下たちが慌てて走ってきた。
「お嬢!?」
「来るな
あんたらは屋敷の外へ
最悪の場合は警察を呼んで
いいね」
「でもお嬢!そいつ…!」
「この植物は寄生する
あんたらまで怪我させたくない
いいから早く」
「りょ、了解…」
神経毒であれば植物は生きていても大元の人間は動けない。
屋敷を一通り見ていかなければならない。
いつか襲撃にあうと思っていたが早速来るとは麗も少し予想外だった。
逃げ遅れた部下に早く逃げろと催促しながら屋敷の中の植物人間を無力化していく。
そして大広間でどっかりと座る人間がいた。
妖しい笑顔を浮かべては少女が持つような可愛らしい人形をいじくりまわしている。
その人形だけを見るならば造形の素晴らしいものと受け取れるが、男といるだけで不気味なものに変わっていく。
「おお!神子さま!」
「あんたは…」
「いやぁやはり聖母様に似てお美しい」
「不法侵入」
針を飛ばすが現れた植物人間に遮られる。
毒針のはずだがそれでもなお動き、麗に向かってきた。
針を凝固し、30センチほどの武器を形成。
迷うことなく心臓に突き刺すが構わず動いた。
「人形師が悪知恵つけやがって」
「悪知恵だなんて!これはれっきとした世界を救う術なんですよ!」
「薬を頭に直打ちしてるだけでしょ
何が世界平和だ」
四肢を切り落とし、足蹴にする。
それでもなお動こうとする人形の姿は単純に気持ちが悪い。
「それでもこの薬こそが、この混沌とした世界に秩序をもたらします
さぁ!神はあなたの力を欲しています!
共に竜神木教会へ!」
「嫌だ」
「まぁ…そう言うと思ったのでしっかりと準備をしてきた私なのでした…」
パンパンと手を叩くと縁側から巨大な人形が出てきた。
男が種を飛ばすと植物が人形を覆い、鎧のようにまとわりついた。
「悪いけどそいつ中に入れないで
部屋が汚れる」
人形は律儀に庭で麗を待っていた。
そしてすかさず、不法侵入の男を針で狙うが、巨大な人形がそれを阻止する。
「いやぁ抜け目ないですなぁ」
人形、プラス伸縮する植物。
個性の組み合わせで凶悪な武器が生まれている。
それだけではなく、脳内へ薬を打ち込んでいるために個性がより活性化されていた。
強くなった自分への全能感、そして他者との優越感。
この薬を売り捌き、信者を増やす竜神木教会はただのカルト教団だ。
(あれだけの大きな人形、関節破壊するだけでも骨が折れるなぁ)
そしてあの人形を倒したと思えばその後に人形師が追い討ちをかけるだろう。
完全に麗の弱点を把握している。
とはいえここでぐずっていても仕方がない。
麗から攻撃は始められた。
力技で勝てないと分かっているので長期戦となっても植物と人形を解体していく。
大振りの攻撃と、合間を縫うように這ってくる蔦がタイミングよく麗を襲う。
「サボテンの針だけとは、神子と言えどあの方の下位互換ですなぁ」
「ブーストさせないとロクに戦えない奴に言われたくないね」
見せ付けるように中指を立てる。
人形師は嘲笑ったが、麗の同時に笑った。
人形師は麗が笑うことの意味が理解できなかったが、人形が膝をつき、動かなくなったことに気づいた。
「な…」
「下位互換なりの戦い方っていうのがあってね
うちの敷地に来たのが間違いだったね」
人形の背中から無数の針が飛び出た。
こうした強襲に応じて麗は予め敷地内にトラップを仕掛けていた。
麗自身で生み出したサボテンを各所に設置。
地面から針を出し、文字通りの意味で足止めをする。
例え人でなかろうとそれだけで動きは封じられる。
そして庭だけではなく屋敷内でもそれは変わらない。
畳の下からも針が飛び出すが人形師は慌てて避けて、麗を睨んだ。
「さて、どう捕まえようか
特別な毒でも使おうか」
電子タバコを取り出して吸う。
わざとらしく煙を吐くと分かりやすく動揺していた。
煙と同時に吐く見えない針を警戒しているのだろう。
こういった緊張感とドーパミンが出続けている脳内では冷静になれず次第に混乱する。
薬を使う者の欠点だ。
「くっ…う…」
「膝をつくなら優しく捕まえてあげるよ」
「旅鶴!!」
りょかく、と叫んだ途端に蝙蝠のような翼の生えた人物が人形師をつれて空へ飛んだ。
針を飛ばして数本当たったが、翼の大きさと毒の量が比較にならない。
つまりは毒が足りない。
数十分の飛行を許してしまう。
「逃すか!!」
屋敷の外へ出て後を追う途中で散開した一部の舎弟が麗を呼び止めた。
「お嬢!」
「後にして!」
「わ、分かってますけど!
今駅前でさっきの植物人間が暴れてるって!」
「!!」
勝負で勝ったが試合に負けた気分だ。
クソ、と悪態をついて方向転換する。
「警察は!」
「もう呼んでます!
残りの奴らは避難誘導してます!」
「よくやった!
後は私が抑える!」
駅前は寄生する植物により阿鼻叫喚、まるでゾンビのようだった。
能力を把握できていないヒーローでは植物の餌食になり敵が増えるのみだ。
神経毒の針を浅く刺す。
それだけで体は動かなくなり、植物でさえも活動源を失って枯れていく。
そういった一般の植物ならまだしも、人形師は置き土産を用意していた。
あの大きな人形が駅構内にいる。
直接操る人間がいないせいか動きは短調だが当たればダメージは大きい。
そして周りの植物人間を気にせず暴れている。
急ぎ民間人の救出が先だ。
動き続け、針を出し毒を分泌し続ける。
単純な話集中力と体力がもたない。
ここまでの長期戦は初めてのことだった。
加えて大きな人形が邪魔である。
一本の蔦が手に絡む。
それを切り落とし、植物の無力化をすると同時に背中からまるで丸太を叩きつけたようなダメージが襲い掛かる。
人形が白蛇丸を蹴り付け、軽く吹っ飛ぶ。
不意打ち、と言うよりは集中切れ。
立ち上がろうとするも蔦が四肢を拘束した。
針を出して内側から蔦を引き裂き、人形の攻撃を間一髪避けた。
針を出すのもエネルギーを使う。
だが、今はやるせ無い気持ちと取り逃した自分への怒りでどうにかなってしまいそうだった。
通報を受けた警察とヒーローが駆けつけた頃には人形は無数の針で地面と縫い付けられていた。
ほぼ無名の白蛇丸が人形を征服するかのように上に立ち、見下す。
ぞくりと背筋が凍ったが、ヒーローは我に返って声をかける。
「お、おい、君」
「……ああ、どうも
今無力化しましたので
救急車の手配を、お願いします」
涼しい顔で横を通り過ぎようとしたが、案の定倒れた。
もちろん救急車に運ばれて点滴を打たれることとなる。
今回の事件、ニュースに報道されはしたが目撃者が少ないため白蛇丸の宣伝にはなり得なかった。
それよりももう少しあの場に止まっていたらと後悔して落ち込んでいるのがファットガムだ。
忙しい合間を縫って麗の病室に来た途端分かりやすく凹んだ。
「ごめんなぁ麗…俺はいっつも後出しや…」
「タイミングが悪かっただけでしょ」
ズキズキと背中が痛む。
疲れが未だに体を覆っていた。
久方ぶりの食事が病院食で少し参っていたのだが、麗にとって太志郎が来たことでプラマイゼロだった。
「私は平気
打撲と栄養失調だから
太志郎も早く戻ったほうがいいよ」
「おん…」
「私に時間使うの勿体無い」
それには返事しなかった。
というよりは元気がない。
「別のことで何かあった?
なんかいつもより元気ないけど」
「麗、あんま無茶したらあかんで」
「…うん、分かってるよ」
「次はちゃんと俺呼ぶんやで」
「何それ、専属ヒーローじゃあるまいし」
茶化すように笑う。
できない約束をする趣味はない。
それに、麗自身も太志郎を縛ることなどしたくないし、わざわざ約束しなくとも一言言えば太志郎はすっ飛んでくる。
そんなこと、言葉にしなくとも分かり切っていた。
そうしないのは麗の最後の、ヒーローとしてのプライドだ。
「ファットガムはみんなのヒーローでしょう」
「…そやったな、ごめんな」
「ううん」
ファットガムの名前を白蛇丸という存在で疵を残したくない。
例の件が終われば早々に引退するつもりだ。
そして、静かに生活をする。
それこそサボテンのように。
「じゃあ、行くな?」
「うん、がんばって」
いつもの笑顔を作ったファットガムを見送る。
無駄に残った無駄に広い敷地内であれば文句など言われる必要はない。
むしろこういう時しか有効活用ができないと麗は思っている。
「お嬢!俺が育てたカルビ食べてください!」
「バカ野郎!俺のお勧めホルモンです!!」
「いい加減にしろ!タン!タンっすよね!?」
テンションが上がり暴走するのを舎弟同士で収める。
麗は少しだけ笑ってそれを眺めるだけだ。
「お嬢、今日もいいんですか?」
「ああ、うん…
お腹がすいてないからね」
「いくら個性で食べなくても済むからって、1か月に1回だけの食事は絞りすぎなんじゃないですか?」
「いいんだよ…」
むしろ誰かが食べているのを見る方が胸がいっぱいになる。
首に巻かれた包帯を少し触って、考え込んでいた。
「お嬢、あの件やっぱり、ファットさんに相談した方が」
「いい
太志郎にこのことは関係ない
うちでけじめをつける案件だ
絶対に漏らすな」
「…はい……」
とはいえ、あの薬物グループの中に信者がいたことに驚きを隠せなかった。
本来ならばあの程度の攻撃、針を何本も出せば首を斬られることもなかっただろう。
それでもケガをしたのは少なからず動揺していたからだ。
(太志郎も、もしかしたら見抜いているのかも…)
前髪を触りながらぼんやりとしていると耳に飛び込んできたのは聞きなれた声。
「おわー!なんやええ匂いするなおもたら、焼き肉かーっ!」
前髪を触る手のまま、顔を抑えた。
舎弟たちはファットさんだと言って、まるで子犬のように駆け寄る。
ファットガムも今や大阪の人気ヒーローだ。
その丸っこい体におおらかで懐の深い性格はヒーローになるために生まれたようなものだ。
そんなファットガムがなぜこんな極道の敷地内に足を運んだのか。
無論ただ遊びに来ただけではないだろう。
「それで、何か用事でも?」
お土産と称した大量のたこ焼きはしばらく舎弟の間食として出されるだろう。
バーベキューの片づけが終わり、舎弟たちは各々自由にさせていた。
屋敷で泊まるもよし、自分のアパートに戻るもよし。
任務以外は縛らないのが白蛇丸のモットーだった。
涼しくなった縁側に太志郎は座る。
焼き肉も舎弟たちと食べてすっかりここの組長よりも組長らしい。
「それがな…麗…」
「?」
いつになく真剣な顔。
何か問題でも発生したのかと思った矢先、頭を下げられた。
「頼む!!!俺を助けると思て!!!」
「は?」
「頼みの綱は麗しかおらんのや!!!」
なんでも、太志郎の出るテレビ番組で、今注目のヒーロー紹介という特設コーナーができるそうな。
順番に有名ヒーローが若手の新人や、埋もれているヒーローを紹介していたのだが
とうとうファットガムにまで順番が回ってきたとのこと。
「麗、出てくれへん?」
「いやだ……」
「めちゃめちゃ嫌そうな顔しとる……でも!でもな!
いい宣伝になるし!ええと思う!!」
「私じゃなくても、もっといいひといるでしょ
太志郎は顔広いんだし」
「そりゃ物理的にも顔広いかもしれへんけど…
ちゃんと世間に知ってほしいヒーローは麗しかありえへんと思ってな…」
首を横に振る。
麗はその考えを否定した。
「太志郎の願いは聞いてあげたいけど
私には無理だよ…」
「ヤクザもんやから、か?」
「……それでなくったって、私には無理だよ
ごめんね」
「なあ、麗、思い違いやったらすまんけど
もっと何か別のこと隠しとらんか?」
「そんなことはないけど」
「じゃあええやん?」
「やだ」
「ほら何か隠しとる!」
「隠してない」
「じゃあええやん!」
「よくない」
押し問答が長く続き、互いにため息をついた。
麗はどうやってテレビ出演を回避しようか思考を巡らせて、どうせなら身代わりを使うか、なんて考えていた。
それくらい、麗にとってはのっぴきならない事情がある。
それを太志郎に伝えれば目の色変えてどうにかしようと、身を乗り出すはずだ。
けれどそれは麗自身の問題であり、それを解決しない限りは胸を張ってヒーロー、否、人間として名乗れないと思っている。
「太志郎、私…そりゃ顔はいいけど…」
「うん…まぁ顔はな…」
「人としてはあまり胸を張れない
そんな人間がヒーローしてるのもどうかとは思うけど
まだ私は半人前なんだよ
きっと太志郎の知り合いでいいヒーローはたくさんいる
そんなヒーローを紹介してあげてよ」
ぷに、と頬に指がくっついた。
見上げると心配そうな、悲しそうな顔して麗を見ている。
「なぁ、俺、麗がおもとる以上に麗が心配なんや」
太志郎の心配も最もだ。
ヒーローをしておきながらヒーローとして目立ちたくないなど、矛盾が過ぎる。
そんな大きな矛盾を見てもなお、心配をする太志郎は麗と明かに真逆だった。
「大丈夫だよ…私は平気
舎弟たちもいるし…」
「そうかも知れへんけど…いや、そういう意味やなくて
ちゃんと食べてるか?
ちゃんと寝てるか?」
「ありがとう、大丈夫」
手を押し下げて、視線をそらした。
「太志郎には心配かけてばかりだね」
「俺が勝手に心配しとるだけやで」
「そうかもしれないね
でもね、太志郎」
フッ、と息を勢いよくはく。
飛んできたハエに針は突き刺さって地面に落ちた。
「サボテンは勝手に育つんだよ」
結局テレビ出演は断ることができた。
そのかわり別のもので穴埋めすると約束し、最寄り駅まで見送った。
目立つ体型なのでそこら辺を歩いているだけで注目の的だ。
握手を求められているのを見て麗はすみやかに帰路についた。
正直なところ部下たちを食わせるためにも金がいる。
名声をあげることが1番の集金方法だ。
だが今だけはそうはいかない。
有名になってしまえば事件事故の引き金にさえなってしまうだろう。
「お嬢、ちょうどいいところに」
部下の手に持っているのはUSBメモリ。
調査を担当する者からの報告書だ。
「竜神木教会?」
「ええ、ようやく目ぼしい情報が入ったようです」
「…しばらく私の部屋に近づかないように
人払いを頼んだ」
「はい」
ヒーローになると決めてからこの事しか考えてなかった。
その思考や感情に自分自身名前をつけることはできなかったが、ふと部下は言った。
それは復讐だと。
サボテンであるこの身は自分の感情でさえも鈍感でいけない。
だが、自分の感情に疎いからこそ冷静に着実に奴らを追い詰めることができたのだ。
チリ、と鈴の音が聞こえた。
立ち上がり、廊下に出ると薄暗い闇の中で人の形をした植物が立っていた。
「ホラーかよ」
手から針を出し、臨戦態勢。
相手の名前など知らないがどういった存在かは知っている。
まずは関節を狙う。
走り出すと壁から蔦が這い回り拘束しようと飛び出すが針で切り裂いた。
飛び上がり、やはり蔦が空中の麗を捕らえようと後を追うが両壁に手をついて回転。
蔦を避けると同時に植物人間の頭上を越えた。
背後を取りすかさず両膝に針を突き刺す。
体を支えられなくなったためそのまま呆気なく倒れる。
大きな音を聞きつけた部下たちが慌てて走ってきた。
「お嬢!?」
「来るな
あんたらは屋敷の外へ
最悪の場合は警察を呼んで
いいね」
「でもお嬢!そいつ…!」
「この植物は寄生する
あんたらまで怪我させたくない
いいから早く」
「りょ、了解…」
神経毒であれば植物は生きていても大元の人間は動けない。
屋敷を一通り見ていかなければならない。
いつか襲撃にあうと思っていたが早速来るとは麗も少し予想外だった。
逃げ遅れた部下に早く逃げろと催促しながら屋敷の中の植物人間を無力化していく。
そして大広間でどっかりと座る人間がいた。
妖しい笑顔を浮かべては少女が持つような可愛らしい人形をいじくりまわしている。
その人形だけを見るならば造形の素晴らしいものと受け取れるが、男といるだけで不気味なものに変わっていく。
「おお!神子さま!」
「あんたは…」
「いやぁやはり聖母様に似てお美しい」
「不法侵入」
針を飛ばすが現れた植物人間に遮られる。
毒針のはずだがそれでもなお動き、麗に向かってきた。
針を凝固し、30センチほどの武器を形成。
迷うことなく心臓に突き刺すが構わず動いた。
「人形師が悪知恵つけやがって」
「悪知恵だなんて!これはれっきとした世界を救う術なんですよ!」
「薬を頭に直打ちしてるだけでしょ
何が世界平和だ」
四肢を切り落とし、足蹴にする。
それでもなお動こうとする人形の姿は単純に気持ちが悪い。
「それでもこの薬こそが、この混沌とした世界に秩序をもたらします
さぁ!神はあなたの力を欲しています!
共に竜神木教会へ!」
「嫌だ」
「まぁ…そう言うと思ったのでしっかりと準備をしてきた私なのでした…」
パンパンと手を叩くと縁側から巨大な人形が出てきた。
男が種を飛ばすと植物が人形を覆い、鎧のようにまとわりついた。
「悪いけどそいつ中に入れないで
部屋が汚れる」
人形は律儀に庭で麗を待っていた。
そしてすかさず、不法侵入の男を針で狙うが、巨大な人形がそれを阻止する。
「いやぁ抜け目ないですなぁ」
人形、プラス伸縮する植物。
個性の組み合わせで凶悪な武器が生まれている。
それだけではなく、脳内へ薬を打ち込んでいるために個性がより活性化されていた。
強くなった自分への全能感、そして他者との優越感。
この薬を売り捌き、信者を増やす竜神木教会はただのカルト教団だ。
(あれだけの大きな人形、関節破壊するだけでも骨が折れるなぁ)
そしてあの人形を倒したと思えばその後に人形師が追い討ちをかけるだろう。
完全に麗の弱点を把握している。
とはいえここでぐずっていても仕方がない。
麗から攻撃は始められた。
力技で勝てないと分かっているので長期戦となっても植物と人形を解体していく。
大振りの攻撃と、合間を縫うように這ってくる蔦がタイミングよく麗を襲う。
「サボテンの針だけとは、神子と言えどあの方の下位互換ですなぁ」
「ブーストさせないとロクに戦えない奴に言われたくないね」
見せ付けるように中指を立てる。
人形師は嘲笑ったが、麗の同時に笑った。
人形師は麗が笑うことの意味が理解できなかったが、人形が膝をつき、動かなくなったことに気づいた。
「な…」
「下位互換なりの戦い方っていうのがあってね
うちの敷地に来たのが間違いだったね」
人形の背中から無数の針が飛び出た。
こうした強襲に応じて麗は予め敷地内にトラップを仕掛けていた。
麗自身で生み出したサボテンを各所に設置。
地面から針を出し、文字通りの意味で足止めをする。
例え人でなかろうとそれだけで動きは封じられる。
そして庭だけではなく屋敷内でもそれは変わらない。
畳の下からも針が飛び出すが人形師は慌てて避けて、麗を睨んだ。
「さて、どう捕まえようか
特別な毒でも使おうか」
電子タバコを取り出して吸う。
わざとらしく煙を吐くと分かりやすく動揺していた。
煙と同時に吐く見えない針を警戒しているのだろう。
こういった緊張感とドーパミンが出続けている脳内では冷静になれず次第に混乱する。
薬を使う者の欠点だ。
「くっ…う…」
「膝をつくなら優しく捕まえてあげるよ」
「旅鶴!!」
りょかく、と叫んだ途端に蝙蝠のような翼の生えた人物が人形師をつれて空へ飛んだ。
針を飛ばして数本当たったが、翼の大きさと毒の量が比較にならない。
つまりは毒が足りない。
数十分の飛行を許してしまう。
「逃すか!!」
屋敷の外へ出て後を追う途中で散開した一部の舎弟が麗を呼び止めた。
「お嬢!」
「後にして!」
「わ、分かってますけど!
今駅前でさっきの植物人間が暴れてるって!」
「!!」
勝負で勝ったが試合に負けた気分だ。
クソ、と悪態をついて方向転換する。
「警察は!」
「もう呼んでます!
残りの奴らは避難誘導してます!」
「よくやった!
後は私が抑える!」
駅前は寄生する植物により阿鼻叫喚、まるでゾンビのようだった。
能力を把握できていないヒーローでは植物の餌食になり敵が増えるのみだ。
神経毒の針を浅く刺す。
それだけで体は動かなくなり、植物でさえも活動源を失って枯れていく。
そういった一般の植物ならまだしも、人形師は置き土産を用意していた。
あの大きな人形が駅構内にいる。
直接操る人間がいないせいか動きは短調だが当たればダメージは大きい。
そして周りの植物人間を気にせず暴れている。
急ぎ民間人の救出が先だ。
動き続け、針を出し毒を分泌し続ける。
単純な話集中力と体力がもたない。
ここまでの長期戦は初めてのことだった。
加えて大きな人形が邪魔である。
一本の蔦が手に絡む。
それを切り落とし、植物の無力化をすると同時に背中からまるで丸太を叩きつけたようなダメージが襲い掛かる。
人形が白蛇丸を蹴り付け、軽く吹っ飛ぶ。
不意打ち、と言うよりは集中切れ。
立ち上がろうとするも蔦が四肢を拘束した。
針を出して内側から蔦を引き裂き、人形の攻撃を間一髪避けた。
針を出すのもエネルギーを使う。
だが、今はやるせ無い気持ちと取り逃した自分への怒りでどうにかなってしまいそうだった。
通報を受けた警察とヒーローが駆けつけた頃には人形は無数の針で地面と縫い付けられていた。
ほぼ無名の白蛇丸が人形を征服するかのように上に立ち、見下す。
ぞくりと背筋が凍ったが、ヒーローは我に返って声をかける。
「お、おい、君」
「……ああ、どうも
今無力化しましたので
救急車の手配を、お願いします」
涼しい顔で横を通り過ぎようとしたが、案の定倒れた。
もちろん救急車に運ばれて点滴を打たれることとなる。
今回の事件、ニュースに報道されはしたが目撃者が少ないため白蛇丸の宣伝にはなり得なかった。
それよりももう少しあの場に止まっていたらと後悔して落ち込んでいるのがファットガムだ。
忙しい合間を縫って麗の病室に来た途端分かりやすく凹んだ。
「ごめんなぁ麗…俺はいっつも後出しや…」
「タイミングが悪かっただけでしょ」
ズキズキと背中が痛む。
疲れが未だに体を覆っていた。
久方ぶりの食事が病院食で少し参っていたのだが、麗にとって太志郎が来たことでプラマイゼロだった。
「私は平気
打撲と栄養失調だから
太志郎も早く戻ったほうがいいよ」
「おん…」
「私に時間使うの勿体無い」
それには返事しなかった。
というよりは元気がない。
「別のことで何かあった?
なんかいつもより元気ないけど」
「麗、あんま無茶したらあかんで」
「…うん、分かってるよ」
「次はちゃんと俺呼ぶんやで」
「何それ、専属ヒーローじゃあるまいし」
茶化すように笑う。
できない約束をする趣味はない。
それに、麗自身も太志郎を縛ることなどしたくないし、わざわざ約束しなくとも一言言えば太志郎はすっ飛んでくる。
そんなこと、言葉にしなくとも分かり切っていた。
そうしないのは麗の最後の、ヒーローとしてのプライドだ。
「ファットガムはみんなのヒーローでしょう」
「…そやったな、ごめんな」
「ううん」
ファットガムの名前を白蛇丸という存在で疵を残したくない。
例の件が終われば早々に引退するつもりだ。
そして、静かに生活をする。
それこそサボテンのように。
「じゃあ、行くな?」
「うん、がんばって」
いつもの笑顔を作ったファットガムを見送る。