デイジー・ベル
マスター道場の門下生とバトルを繰り広げる。リネアは彼らの激闘を聞きながら頭の中でイメージしていた。鈴を鳴らさず、バトルを耳にするのも訓練の一つだ。ポケモンの息遣いだけでなくトレーナーの口調でさえリネアのバトルでは重要な情報である。
トーナメント式で行われていたバトルは最終的に門下生とキバナの対決となった。どちらもポケモンと呼吸を合わせて動揺することなくワザを放つ。時に冷徹に、大胆に攻める熱いバトルは歓声があがる。
「トロッゴン!<えんまく>だ!」
コータスは視界を奪われただけでない。トレーナーであるキバナもコータスが煙に包まれたため状態の把握ができなくなった。だがキバナが焦ることはない。
「コータス!<じわれ>!」
フィールドの地面が激しく揺らぎ割れる。えんまくの中でトロッゴン鳴き声を聞いたキバナは素早く次の指示を出した。
「<まもる>!」
トロッゴンが放った<ロックブラスト>は無効化され、コータスにもトロッゴンがいる方向はわかった。
「<のしかかり>!」
攻撃は命中した。トロッゴンは戦闘不能となりバトルはキバナの勝利に終わった。
そしてキバナはこのバトルで少なからず「訓練」の成果を実感した。
「流石ジムリーダー最強だね。それにまた腕を上げたかな?」
マスタードもキバナの成長を感じ取ったようだ。まだ上にいくことができると思うと感情が高揚する。
「特訓のおかげです」
「特訓?」
「今はまだ“秘伝”ということで」
「ははぁ……なるほど」
人差し指を立てて口元へ持っていく仕草に、マスタードは特訓相手が誰なのか察した。試合に参加することはなかったリネアを見て微笑む。
こうしてヨロイ島の合宿は無事に終わりを告げた。主にリネアとキバナにだけ、色々あったが結局丸く収まり乗船へと至る。見送ってくれているマスター道場の皆に手を振って、遠ざかるヨロイ島も見つめ続けた。
「体調は平気か?」
「はい、おかげさまで大丈夫です。キバナさん、今回の合宿に誘って下さってありがとうございました」
「そう言ってくれると嬉しいぜ」
「キバナさんのアドバイザーになってから、私もポケモンも、成長できています。何かお礼ができればいいんですが…」
リネアの髪がなびく。船の上というだけでこんなにも見つめたくなるものだろうか。或いは、キバナ自身が自覚してしまったからか。
「それは…オレさまのほうだぜ。最後のバトルもリネアとの訓練が活きた。今までのオレさまならコータスがやられていたかもな」
アドバイザーとしてキバナのバトルに変化を与えた。目に見える成果がありリネアも嬉しそうに笑った。
「じゃあまた明日から特訓ですね」
「ああ、よろしくな」
キバナの恋が実ろうがどうであってもキバナのそばにリネアがいる。安堵しつつもリネアに会える毎日が楽しみで仕方がない。何せリネアの顔を見つめられるのは今のところキバナしかいないのだから。
エキシビジョン・ダブルバトルマッチが行われる。真冬に始まり年の暮れで終わるジムリーダーたちのバトル。今回はジムリーダーたちだけではない。各ジムに所属するトレーナーとコンビを組み、ジム対抗バトルとして成立させることにした。
突如として発表されたエキシビジョンにファンたちは盛り上がり、ジムトレーナーたちも他のジムリーダー、トレーナーとバトルができることに胸を躍らせていた。
ポケモンは4匹まで。一人2匹ずつ出し合うことになる。ジムリーダーは誰とコンビを組むかが重要になる。
「キバナさま!ぜひ俺を選んでください!」
熱心なリョウタが直談判してきた。キバナはこの話をヨロイ島の合宿二日目に聞いていた。エキシビジョンの会議で決まった時からペアの選出方法を考えていた。
「悪いが平等に決めさせてもらうぜ。時間になったら集合だ」
「どんな試練でも乗り越えてみせます!」
キバナはトレーナーとして一つ頭抜けているリョウタ、レナ、ヒトミ以外のトレーナーにもチャンスを与えたいと考えていた。となるとバトルでの選出は不公平になる。そこで妙案が生まれた。
ナックルジムのトレーナー全員が集まっている。この状況に何事かとリネアは驚いた。ジムに来てみればキバナが直々に施設の放送室からエキシビジョンのペア選考について説明すると通知があったのだ。ほとんどの者は何があるのだろうと首を傾げているだろう。
「あー、あ、あ…よし、皆聞こえるかー」
拡声器越しにキバナの声が聞こえる。皆「はーい」と返事をした。
「早速だがエキシビジョンのダブルバトルマッチが開催されることになった。ジム対抗バトルだからこそジムの顔としてオレさまは慎重にペアを決めたい」
発表されたエキシビジョンにSNSはひっきりなしに更新されている。どんなペアで来るのか、ダブルバトルでジムリーダーはどう輝くのか。そして手が早い報道は各ジムにペア選考について有力なジムトレーナーの名前を挙げていた。
「もし選考を辞退したいっていうなら構わないぜ。この選考に参加するのは自由だ。ただジムトレーナーとペアを組んでいいっていうトーナメントは今後そう多くはないだろう。その点肝に銘じておけ」
全員の目がやる気に満ちている。まさに燃え盛る炎のようだ。キバナは全員の顔を見渡して不敵に笑う。
「選考するにあたり、お前たちには新たにポケモンを一体捕獲してもらう。だが、二つ条件があるからよく聞いておけ。もし選考で選ばれた場合、そのポケモンでエキシビジョンに出てもらう」
全員に緊張が走った。手持ちのポケモン以外でのバトルになる可能性があると思うと誰もが息が詰まる。
「二つ目の条件、捕獲するポケモンは、手持ち以外の種類だ」
ほとんどの者は動揺しざわつく。
リネアでさえも驚いたが顔に出すことはなかった。それよりもリネアは根本的な問題があった。
「ポケモンの捕獲は今日の12時まで。捕獲が完了した者からこの場に集まれ」
キバナがスタート!と声を上げるとトレーナーたちは一気に走り出した。ほとんどがワイルドエリアに向かうだろう。
取り残されたのはリネアのみ。キバナはその姿を見て苦笑した。
「リネアは…いかないのか?」
「行きたいです。でも……私、捕まえることはできるかもしれませんが、その後、育てることができません」
「なんでだ?」
「……四匹が、限界なんです。タイプが全く違う子たちだから、というのもあるんですけど……ポケモンたちに不自由をさせるなら四匹のままでいいと思っています」
リネアならそう言うと思っていた。ポケモンたちと楽しく過ごすことを第一としている。
「じゃあ、こうしようぜ。オレさまもリネアが捕獲したポケモンのサポートをする」
「えっ!?でも、それはダメです!だって私が望んでゲットした子なんですから!」
「けどオレさまとバトルしたいだろ?」
そう、リネアは“目が見えなくてもバトルができることを証明したい”からこそ今のジレンマから逃げられない。
「オレさまが選考のことを言い出さなければリネアはゲットしなかったはずだ。ならオレさまにそれくらいは甘えてもいいんだぜ」
リネアは口を閉ざす。それでも首を横に振った。
「目が見えなくてもバトルはできます。でもポケモンを育てるのはバトル以前の問題です……」
自分の口でそう言うと何か気付かされたようにハッとした。顔を上げてキバナに問いかける。
「試していたんですか?」
「さぁ?」
肩をすくめてとぼけてみる。少なくともキバナは“そうなればいいのに”と思いながらリネアにとって甘い言葉を口にしていた。
「目を理由にポケモンバトルのチャンスを手放したら、それこそ私は……気づかないまま指を咥えていただけだったと思います。ありがとうございますキバナさん。いつも大事なことを教えてくださって」
「……オレはいつも本心で喋ってるぜ」
「なら、なおさら。ありがとうございます。ポケモン、ゲットしてきます!」
大人のくせにリネアの天然さで負けた。というより頭の隅に追いやっていた、リネアへの恋心がおかしな方向に発露してしまったのだ。じわじわ自覚して頭を抱える。無意識にあわよくば依存させるような言い回しをしていて自己嫌悪に陥る。
だからこそ、自立心が強く自分に厳しくいられるリネアに惹かれてしまうのだろう。キバナはうずくまったまましばらく動けなかった。
リネアはワイルドエリアに到着した。きっと皆はキバナとダブルバトルを意識したポケモンを選ぶだろう。もちろんリネアもそうだが、さらに自動的に条件が追加される。
言葉を選ばずに表現するなら、育てる環境に難のないポケモンだ。でなければリネアのスケジュールは分刻みになり余裕のない毎日になってしまうだろう。
遠くからトレーナーの声が聞こえる。ひとまずサーナイトを出して地形を把握する。暗闇の脳に点で表現されたイメージが投影された。
なだらかな坂。杖をつきながらゆっくり歩く。だがそれだけでリネアに気づいたポケモンがサーナイトに攻撃を仕掛ける。
「サーナイト!<マジカルシャイン>!」
サーナイトの声を聞いて反撃するためいつも後攻となる。そして傷を負わせてしまう。だからワイルドエリアはリネアにとって危険な場所である。
だが逃げることはあってはならない。バトルをすると決めたのだから突き抜けるだけの意思が不可欠だ。
適宜回復しながら進む。一応ナックルシティに位置情報を登録しており、スマホロトムの案内でいつでも戻れるようにしている。だがワイルドエリアの詳細な地図は把握できていないため文字通り暗闇の中を進んでいくしかない。
「はっ、そうだ…モンスターボール、持っておかないと…」
チャレンジャーになった時に買っていたボールを今使うことになろうとは。あの頃はそんな未来少しも想像できなかった。
「ね、サーナイト、どんな子がいいと思う?」
小さく鳴いて返事をしてくれるが内容はよくわからない。
リネアは歩きながら想像する。キバナのポケモンはどれもアタッカー寄りだ。天候を操作することは一度置いておくべきだろう。あれはあくまでキバナ一人で戦う戦法だ。
今までキバナと対話して細かな気遣いをしてくれる人物だと分かっている。それに今回は手持ち以外のポケモンと言っているのでもしエキシビジョンのペアに選ばれた場合はある程度合わせてくれるだろう。
高火力のキバナのポケモンたちには必然的にダブルバトルのエースになってもらい、こちらはサポートに徹する。これがリネアにとっての最適解だ。
いろいろ考えているとやたら聞き覚えのあるポケモンの鳴き声を耳にした。リネアの左側、およそ20メートル先にいるようだが逃げ出す気配はない。
スマホロトムで写真を撮り、画像検索をかける。すぐに答えがわかった。タイプも相性も良さそうだと直感が言う。
「サーナイト、初めての捕獲バトルだけど、やってみよう!」
意気込んだ声を聞いてバトルを仕掛ける。能動的なバトルは初めてで普段使わない神経を刺激されているようだった。不安と期待が入り混じった感情はチャレンジャーになった初日と同じ気持ちだ。
「サーナイト!」
サーナイトが念力で杖を動かしポケモンの位置を知らせる。
「ロトム!ポケモンの近くでアラーム!」
アラーム音で距離を測る。およそ、このくらいか、とボールを投げた。手放したボールがどこにいるのかわからない。そもそもうまく投げているかも不安だ。だがこれは今までトレーナーとして当たり前の「捕獲」を避けてきたツケでもある。
今ここで変われるようにと願いを込めた。
パシュン、と機械的な音が鳴り草むらの上で揺れ動く。ロトムを手元に戻し様子を伺う。これがダメなら何度でも貂蝉する。時間切れになって選考から外れてしまっても、リネアはまた今日から石を積み重ねるようにモンスターボールを投げるだろう。
カチッ
静かに鳴った。
「え?」
おそるおそる近づく。モンスターボールはうんともすんとも言わない。指先で突いても自分からボールが開かれる様子はなかった。
「つ、捕まえた!私が、捕まえた!」
ボールを握って抱きしめる。サーナイトもリネアの喜びの感情を察知して抱きしめた。
◆
12時までにジムトレーナーの数人は戻ってきていた。その中でも最後に戻ってきたのはリネアだった。
「リネアさん…捕まえられたんですか?」
「はい、なんとか…」
全員が同時に疑問を持つ。どうやって?
リネアも彼らの疑問に慣れているのか捕獲方法を口にした。
「スマホロトムに写真を撮って、画像検索してポケモンの特定をした後普通にバトルしました」
ボールはどう投げた?の疑問にも答える。
「サーナイトが杖を操作して方向を示してくれました。あとはスマホロトムのアラームで距離を測って、えいっと投げてみたらうまく当たってくれて」
さらっと言っているがやはりリネアのエコーロケーション技術は尋常ではない。震え上がる一方でキバナがもつタイマーが12時を知らせた。
「よし、ここにいる6名が選考対象だな」
運良く一度で捕まえられた幸運を噛み締めながらリネアは次の説明を聞く。
「全員のスマホロトムに共有データを送った。まずこれから全員一人一人捕まえたポケモンと何故選んだか…もし決まっていれば戦法も教えてくれ」
データを開くとそれぞれの画面に選考対象者の名前と白い枠がある。リネアは片耳にイヤホンを挿してスマホロトムの口頭の説明を耳にして画面をようやく理解できた。
「そして一人3点の持ち点がある。お前たち自身がペアを組んでみたいと思った者に好きな点数を入れろ。自分に入れるのはナシだ」
名前の横にある白枠は点数を入れる場所らしい。
「これが一応最後の選考だ。もし同点だった場合はまた考えるが、しっかりアピールしろよ!」
キバナとペアを組むための選考なのに最終的に審判は公平かつ自身に委ねられている。そうした理由はきっと、キバナは皆にチャンスを与えたいし皆とペアを組んでみたいと思っているからだ。
キバナの思考がこの選考を通して理解できることにリネアは少しだけ笑う。
「さ、先行は誰だ?好きにしていいぜ」
こういったものは後に説明すればするほど有利だ。なにせ最初にした説明など余程じゃない限り覚えてもらえないからだ。先ほどの点数にも影響を受けやすいだろう。
だが真っ先に手を挙げたのはリネアだった。
「私から、させていただきたいです」
「いいぜ、どんなポケモンか見せてくれ」
リネアがボールを投げ、姿を現したのはイエッサンのメス。恭しく頭を一つ下げていた。
「ノーマルタイプのイエッサンです。今回の選考で手持ち以外のポケモンと聞いた時はサポート型が絶対条件だと思いました」
持っているわざマシンを確認してサポートわざを覚えることは把握している。それにリネアにとって新しいポケモンを手持ちに入れるのは、連携が取りづらいことを意味している。
「特にタイミングが必要な火力担当を、新しく迎えたポケモンに任せるのは私にとって大きなデメリットになります。それにキバナさんのポケモンは火力が十分ですからその火力をさらに伸ばせるよう、イエッサンを選びました」
わざは<サイコキネシス>、<てだすけ>、<ひかりのかべ>、<このゆびとまれ>で構成している。キバナの手持ちはぼうぎょは高いがとくぼうは低い傾向にある。その弱点を補う技構成であることを明かした。
「もし選考で選ばれなくても、イエッサンは私の家族の一員です。私自身のバトルの幅を増やしてくれると思います」
イエッサンと他のプレゼンを聞く。様々な意見、考え方は参考になるしバトル相手も似た思考で来る可能性がある。
全員がプレゼンを終わった後、投票をした。もちろん選ばれてほしい気持ちはあるがリネアより長く努力をしていたリョウタ、レナ、ヒトミも選ばれてほしい。集計し結果が出るまで非常に長く感じた。
「エキシビジョンのペアはリョウタだ」
リョウタは感激のあまり涙を流している。尊敬しているキバナとペアを組めるのはこの上ない幸せだろう。リネアはリョウタに拍手を送った。そしてイエッサンに手を向ける。
「私は目が見えないけど…これから仲良くしようね」
小さな手が触れる。可愛くてつい笑ってしまった。
「選考に参加してくれてありがとう。リョウタは今日からオレさまとバトルの調整をしていく。業務抜けることもあるがカバーしてやってくれ」
怒涛の一日が終わった。リネアはへとへとだが帰る前にベンチに座って恒例行事を始める。
イエッサンに家族であるポケモンを紹介する。
「イエッサン、ここにいるのは私の家族。一匹…ちょっと大きすぎて出せないんだけど、みんな優しいから安心してね」
跳ねるような声音で皆鳴き声をあげた。ポケモンの交流はわからないがそれでも楽しそうな雰囲気であることは聞けばわかる。
「ねえ、もし嫌じゃなければ……顔や体を触ってみてもいい?どんな姿なのか、知っておきたいんだ」
両手を広げるとイエッサンは自ら頬を当てに行く。柔らかく、温かい。優しく手探りで触れて、輪郭を頭の中にイメージする。
「わぁ、丸くて、可愛いね。腰回りが広がって足はすぼむんだね」
くすぐったそうに笑う。イエッサンは温厚な性格をしているそうだがワイルドエリアで出会ってよかったと、触りながら痛感した。自らついてきたゴルバットでさえ当初はここまで触らせることを嫌がっていたことを思い出す。
「これが感情を読み取るツノ……?でもふわふわしてるし曲線が続いてるね。お口はどうかな?」
むに、と小指で触るがそれでも抵抗しない。小さな口は歯を出すことなく微笑む。
「目はどんな形?」
するとサーナイトがイエッサンの姿を脳内に映し出す。点描だが大まかな姿を知ることができた。
「ありがとうサーナイト、イエッサン」
もちもちとした顔を触っているとつい時間が無限に過ぎてしまいそうだ。最後に頭を撫でる。イエッサンの嬉しそうな声を聞いて皆をボールに戻した。
「リネア?どうした?」
声の主はキバナだ。リョウタとのバトルの話し合いがあるはずだ。確かにジムの前にいるがどうして出てきたのだろう。
「キバナさんこそ……私はイエッサンにみんなを紹介していたんです。それと、どんな姿をしているのか知りたくて触らせてもらっていました」
「なんだ…てっきりオレは」
キバナの続きの言葉はなかった。気を取り直して別の話題に無理やり切り替える。
「それにしても選考、かなり惜しかった。リネアとペア組むの、楽しみにしていたんだけどな」
「たしかにちょっと悔しいですが、たくさん努力してきたリョウタさんが選ばれて私も嬉しいです」
「そうか……」
リネアは笑う。まるで何か思い出したかのように。
「でもキバナさん、みんなとペアを組みたかったんですよね?」
「え」
「キバナさんは気さくで皆さんと平等に接しています。だから皆さんにチャンスを与えたんだと思っていましたが違いましたか?」
その通りだ。もちろんバトルで妥協はしたくないからこそ選考をしたのだが、それはそれとしてペアを組めるのなら一人ずつ組んでみたい。
「敵わねぇなあ……」
リネアはキバナの言葉ひとつで思っていることを感知してしまうのではないだろうか。彼女の凄さと思慮深さにキバナは胸が高鳴る一方だ。
その後会話は無かったのだが、急にイエッサンがボールから出てくる。リネアのポケモンは結構な確率でボールから出てしまう。
「イエッサンどうしたの?」
嬉しそうに鳴いてその場にいる。まだリネアはイエッサンについて詳しくはないため首を傾げる。
「イエッサンはポケモンと人間のポジティブな感情が好きだ。だから出てきちまったんだろうな」
「ポジティブ…?」
少なくとも今のリネアは過度に嬉しいと思ったわけではない。だとすれば誰のポジティブな感情を受け止めているのだろうか。
「私のポケモンたちが喜んでるのかな…?」
ぎく、とキバナは動揺する。イエッサンはキバナの感情を読み取っているのだと気づいた。
「そ、そうかもな!」
「ところでここにいていいんですか?私はそろそろ家に戻りますが…」
「ああ、すぐジムに戻るぜ。リネアも気をつけて帰れよ」
「はい、エキシビジョンの試合楽しみにしてます!頑張ってください!」
リネアらしい応援を受けて、その場を離れた。リネアはイエッサンと手を繋いで歩道を歩く。
イエッサンは奉仕が好きなポケモンだ。ポケモンセンターで人とポケモン分け隔てなくサポートしている姿を誰もが見ている。だからこそキバナはリネアが選んだポケモンがイエッサンでよかったと思った。
「キバナさま、探しましたよ。どこにいらしてたんですか」
「悪いな、すぐ打ち合わせ始めようぜ」
「はい!」
それから訓練を続けながらリョウタと調整の日々が続いた。一日ごとのスケジュールを決めてダブルバトルでの息を合わせていく。
時折リネアに訓練のアドバイスを受けながら月日が過ぎていった。
トーナメント式で行われていたバトルは最終的に門下生とキバナの対決となった。どちらもポケモンと呼吸を合わせて動揺することなくワザを放つ。時に冷徹に、大胆に攻める熱いバトルは歓声があがる。
「トロッゴン!<えんまく>だ!」
コータスは視界を奪われただけでない。トレーナーであるキバナもコータスが煙に包まれたため状態の把握ができなくなった。だがキバナが焦ることはない。
「コータス!<じわれ>!」
フィールドの地面が激しく揺らぎ割れる。えんまくの中でトロッゴン鳴き声を聞いたキバナは素早く次の指示を出した。
「<まもる>!」
トロッゴンが放った<ロックブラスト>は無効化され、コータスにもトロッゴンがいる方向はわかった。
「<のしかかり>!」
攻撃は命中した。トロッゴンは戦闘不能となりバトルはキバナの勝利に終わった。
そしてキバナはこのバトルで少なからず「訓練」の成果を実感した。
「流石ジムリーダー最強だね。それにまた腕を上げたかな?」
マスタードもキバナの成長を感じ取ったようだ。まだ上にいくことができると思うと感情が高揚する。
「特訓のおかげです」
「特訓?」
「今はまだ“秘伝”ということで」
「ははぁ……なるほど」
人差し指を立てて口元へ持っていく仕草に、マスタードは特訓相手が誰なのか察した。試合に参加することはなかったリネアを見て微笑む。
こうしてヨロイ島の合宿は無事に終わりを告げた。主にリネアとキバナにだけ、色々あったが結局丸く収まり乗船へと至る。見送ってくれているマスター道場の皆に手を振って、遠ざかるヨロイ島も見つめ続けた。
「体調は平気か?」
「はい、おかげさまで大丈夫です。キバナさん、今回の合宿に誘って下さってありがとうございました」
「そう言ってくれると嬉しいぜ」
「キバナさんのアドバイザーになってから、私もポケモンも、成長できています。何かお礼ができればいいんですが…」
リネアの髪がなびく。船の上というだけでこんなにも見つめたくなるものだろうか。或いは、キバナ自身が自覚してしまったからか。
「それは…オレさまのほうだぜ。最後のバトルもリネアとの訓練が活きた。今までのオレさまならコータスがやられていたかもな」
アドバイザーとしてキバナのバトルに変化を与えた。目に見える成果がありリネアも嬉しそうに笑った。
「じゃあまた明日から特訓ですね」
「ああ、よろしくな」
キバナの恋が実ろうがどうであってもキバナのそばにリネアがいる。安堵しつつもリネアに会える毎日が楽しみで仕方がない。何せリネアの顔を見つめられるのは今のところキバナしかいないのだから。
エキシビジョン・ダブルバトルマッチが行われる。真冬に始まり年の暮れで終わるジムリーダーたちのバトル。今回はジムリーダーたちだけではない。各ジムに所属するトレーナーとコンビを組み、ジム対抗バトルとして成立させることにした。
突如として発表されたエキシビジョンにファンたちは盛り上がり、ジムトレーナーたちも他のジムリーダー、トレーナーとバトルができることに胸を躍らせていた。
ポケモンは4匹まで。一人2匹ずつ出し合うことになる。ジムリーダーは誰とコンビを組むかが重要になる。
「キバナさま!ぜひ俺を選んでください!」
熱心なリョウタが直談判してきた。キバナはこの話をヨロイ島の合宿二日目に聞いていた。エキシビジョンの会議で決まった時からペアの選出方法を考えていた。
「悪いが平等に決めさせてもらうぜ。時間になったら集合だ」
「どんな試練でも乗り越えてみせます!」
キバナはトレーナーとして一つ頭抜けているリョウタ、レナ、ヒトミ以外のトレーナーにもチャンスを与えたいと考えていた。となるとバトルでの選出は不公平になる。そこで妙案が生まれた。
ナックルジムのトレーナー全員が集まっている。この状況に何事かとリネアは驚いた。ジムに来てみればキバナが直々に施設の放送室からエキシビジョンのペア選考について説明すると通知があったのだ。ほとんどの者は何があるのだろうと首を傾げているだろう。
「あー、あ、あ…よし、皆聞こえるかー」
拡声器越しにキバナの声が聞こえる。皆「はーい」と返事をした。
「早速だがエキシビジョンのダブルバトルマッチが開催されることになった。ジム対抗バトルだからこそジムの顔としてオレさまは慎重にペアを決めたい」
発表されたエキシビジョンにSNSはひっきりなしに更新されている。どんなペアで来るのか、ダブルバトルでジムリーダーはどう輝くのか。そして手が早い報道は各ジムにペア選考について有力なジムトレーナーの名前を挙げていた。
「もし選考を辞退したいっていうなら構わないぜ。この選考に参加するのは自由だ。ただジムトレーナーとペアを組んでいいっていうトーナメントは今後そう多くはないだろう。その点肝に銘じておけ」
全員の目がやる気に満ちている。まさに燃え盛る炎のようだ。キバナは全員の顔を見渡して不敵に笑う。
「選考するにあたり、お前たちには新たにポケモンを一体捕獲してもらう。だが、二つ条件があるからよく聞いておけ。もし選考で選ばれた場合、そのポケモンでエキシビジョンに出てもらう」
全員に緊張が走った。手持ちのポケモン以外でのバトルになる可能性があると思うと誰もが息が詰まる。
「二つ目の条件、捕獲するポケモンは、手持ち以外の種類だ」
ほとんどの者は動揺しざわつく。
リネアでさえも驚いたが顔に出すことはなかった。それよりもリネアは根本的な問題があった。
「ポケモンの捕獲は今日の12時まで。捕獲が完了した者からこの場に集まれ」
キバナがスタート!と声を上げるとトレーナーたちは一気に走り出した。ほとんどがワイルドエリアに向かうだろう。
取り残されたのはリネアのみ。キバナはその姿を見て苦笑した。
「リネアは…いかないのか?」
「行きたいです。でも……私、捕まえることはできるかもしれませんが、その後、育てることができません」
「なんでだ?」
「……四匹が、限界なんです。タイプが全く違う子たちだから、というのもあるんですけど……ポケモンたちに不自由をさせるなら四匹のままでいいと思っています」
リネアならそう言うと思っていた。ポケモンたちと楽しく過ごすことを第一としている。
「じゃあ、こうしようぜ。オレさまもリネアが捕獲したポケモンのサポートをする」
「えっ!?でも、それはダメです!だって私が望んでゲットした子なんですから!」
「けどオレさまとバトルしたいだろ?」
そう、リネアは“目が見えなくてもバトルができることを証明したい”からこそ今のジレンマから逃げられない。
「オレさまが選考のことを言い出さなければリネアはゲットしなかったはずだ。ならオレさまにそれくらいは甘えてもいいんだぜ」
リネアは口を閉ざす。それでも首を横に振った。
「目が見えなくてもバトルはできます。でもポケモンを育てるのはバトル以前の問題です……」
自分の口でそう言うと何か気付かされたようにハッとした。顔を上げてキバナに問いかける。
「試していたんですか?」
「さぁ?」
肩をすくめてとぼけてみる。少なくともキバナは“そうなればいいのに”と思いながらリネアにとって甘い言葉を口にしていた。
「目を理由にポケモンバトルのチャンスを手放したら、それこそ私は……気づかないまま指を咥えていただけだったと思います。ありがとうございますキバナさん。いつも大事なことを教えてくださって」
「……オレはいつも本心で喋ってるぜ」
「なら、なおさら。ありがとうございます。ポケモン、ゲットしてきます!」
大人のくせにリネアの天然さで負けた。というより頭の隅に追いやっていた、リネアへの恋心がおかしな方向に発露してしまったのだ。じわじわ自覚して頭を抱える。無意識にあわよくば依存させるような言い回しをしていて自己嫌悪に陥る。
だからこそ、自立心が強く自分に厳しくいられるリネアに惹かれてしまうのだろう。キバナはうずくまったまましばらく動けなかった。
リネアはワイルドエリアに到着した。きっと皆はキバナとダブルバトルを意識したポケモンを選ぶだろう。もちろんリネアもそうだが、さらに自動的に条件が追加される。
言葉を選ばずに表現するなら、育てる環境に難のないポケモンだ。でなければリネアのスケジュールは分刻みになり余裕のない毎日になってしまうだろう。
遠くからトレーナーの声が聞こえる。ひとまずサーナイトを出して地形を把握する。暗闇の脳に点で表現されたイメージが投影された。
なだらかな坂。杖をつきながらゆっくり歩く。だがそれだけでリネアに気づいたポケモンがサーナイトに攻撃を仕掛ける。
「サーナイト!<マジカルシャイン>!」
サーナイトの声を聞いて反撃するためいつも後攻となる。そして傷を負わせてしまう。だからワイルドエリアはリネアにとって危険な場所である。
だが逃げることはあってはならない。バトルをすると決めたのだから突き抜けるだけの意思が不可欠だ。
適宜回復しながら進む。一応ナックルシティに位置情報を登録しており、スマホロトムの案内でいつでも戻れるようにしている。だがワイルドエリアの詳細な地図は把握できていないため文字通り暗闇の中を進んでいくしかない。
「はっ、そうだ…モンスターボール、持っておかないと…」
チャレンジャーになった時に買っていたボールを今使うことになろうとは。あの頃はそんな未来少しも想像できなかった。
「ね、サーナイト、どんな子がいいと思う?」
小さく鳴いて返事をしてくれるが内容はよくわからない。
リネアは歩きながら想像する。キバナのポケモンはどれもアタッカー寄りだ。天候を操作することは一度置いておくべきだろう。あれはあくまでキバナ一人で戦う戦法だ。
今までキバナと対話して細かな気遣いをしてくれる人物だと分かっている。それに今回は手持ち以外のポケモンと言っているのでもしエキシビジョンのペアに選ばれた場合はある程度合わせてくれるだろう。
高火力のキバナのポケモンたちには必然的にダブルバトルのエースになってもらい、こちらはサポートに徹する。これがリネアにとっての最適解だ。
いろいろ考えているとやたら聞き覚えのあるポケモンの鳴き声を耳にした。リネアの左側、およそ20メートル先にいるようだが逃げ出す気配はない。
スマホロトムで写真を撮り、画像検索をかける。すぐに答えがわかった。タイプも相性も良さそうだと直感が言う。
「サーナイト、初めての捕獲バトルだけど、やってみよう!」
意気込んだ声を聞いてバトルを仕掛ける。能動的なバトルは初めてで普段使わない神経を刺激されているようだった。不安と期待が入り混じった感情はチャレンジャーになった初日と同じ気持ちだ。
「サーナイト!」
サーナイトが念力で杖を動かしポケモンの位置を知らせる。
「ロトム!ポケモンの近くでアラーム!」
アラーム音で距離を測る。およそ、このくらいか、とボールを投げた。手放したボールがどこにいるのかわからない。そもそもうまく投げているかも不安だ。だがこれは今までトレーナーとして当たり前の「捕獲」を避けてきたツケでもある。
今ここで変われるようにと願いを込めた。
パシュン、と機械的な音が鳴り草むらの上で揺れ動く。ロトムを手元に戻し様子を伺う。これがダメなら何度でも貂蝉する。時間切れになって選考から外れてしまっても、リネアはまた今日から石を積み重ねるようにモンスターボールを投げるだろう。
カチッ
静かに鳴った。
「え?」
おそるおそる近づく。モンスターボールはうんともすんとも言わない。指先で突いても自分からボールが開かれる様子はなかった。
「つ、捕まえた!私が、捕まえた!」
ボールを握って抱きしめる。サーナイトもリネアの喜びの感情を察知して抱きしめた。
◆
12時までにジムトレーナーの数人は戻ってきていた。その中でも最後に戻ってきたのはリネアだった。
「リネアさん…捕まえられたんですか?」
「はい、なんとか…」
全員が同時に疑問を持つ。どうやって?
リネアも彼らの疑問に慣れているのか捕獲方法を口にした。
「スマホロトムに写真を撮って、画像検索してポケモンの特定をした後普通にバトルしました」
ボールはどう投げた?の疑問にも答える。
「サーナイトが杖を操作して方向を示してくれました。あとはスマホロトムのアラームで距離を測って、えいっと投げてみたらうまく当たってくれて」
さらっと言っているがやはりリネアのエコーロケーション技術は尋常ではない。震え上がる一方でキバナがもつタイマーが12時を知らせた。
「よし、ここにいる6名が選考対象だな」
運良く一度で捕まえられた幸運を噛み締めながらリネアは次の説明を聞く。
「全員のスマホロトムに共有データを送った。まずこれから全員一人一人捕まえたポケモンと何故選んだか…もし決まっていれば戦法も教えてくれ」
データを開くとそれぞれの画面に選考対象者の名前と白い枠がある。リネアは片耳にイヤホンを挿してスマホロトムの口頭の説明を耳にして画面をようやく理解できた。
「そして一人3点の持ち点がある。お前たち自身がペアを組んでみたいと思った者に好きな点数を入れろ。自分に入れるのはナシだ」
名前の横にある白枠は点数を入れる場所らしい。
「これが一応最後の選考だ。もし同点だった場合はまた考えるが、しっかりアピールしろよ!」
キバナとペアを組むための選考なのに最終的に審判は公平かつ自身に委ねられている。そうした理由はきっと、キバナは皆にチャンスを与えたいし皆とペアを組んでみたいと思っているからだ。
キバナの思考がこの選考を通して理解できることにリネアは少しだけ笑う。
「さ、先行は誰だ?好きにしていいぜ」
こういったものは後に説明すればするほど有利だ。なにせ最初にした説明など余程じゃない限り覚えてもらえないからだ。先ほどの点数にも影響を受けやすいだろう。
だが真っ先に手を挙げたのはリネアだった。
「私から、させていただきたいです」
「いいぜ、どんなポケモンか見せてくれ」
リネアがボールを投げ、姿を現したのはイエッサンのメス。恭しく頭を一つ下げていた。
「ノーマルタイプのイエッサンです。今回の選考で手持ち以外のポケモンと聞いた時はサポート型が絶対条件だと思いました」
持っているわざマシンを確認してサポートわざを覚えることは把握している。それにリネアにとって新しいポケモンを手持ちに入れるのは、連携が取りづらいことを意味している。
「特にタイミングが必要な火力担当を、新しく迎えたポケモンに任せるのは私にとって大きなデメリットになります。それにキバナさんのポケモンは火力が十分ですからその火力をさらに伸ばせるよう、イエッサンを選びました」
わざは<サイコキネシス>、<てだすけ>、<ひかりのかべ>、<このゆびとまれ>で構成している。キバナの手持ちはぼうぎょは高いがとくぼうは低い傾向にある。その弱点を補う技構成であることを明かした。
「もし選考で選ばれなくても、イエッサンは私の家族の一員です。私自身のバトルの幅を増やしてくれると思います」
イエッサンと他のプレゼンを聞く。様々な意見、考え方は参考になるしバトル相手も似た思考で来る可能性がある。
全員がプレゼンを終わった後、投票をした。もちろん選ばれてほしい気持ちはあるがリネアより長く努力をしていたリョウタ、レナ、ヒトミも選ばれてほしい。集計し結果が出るまで非常に長く感じた。
「エキシビジョンのペアはリョウタだ」
リョウタは感激のあまり涙を流している。尊敬しているキバナとペアを組めるのはこの上ない幸せだろう。リネアはリョウタに拍手を送った。そしてイエッサンに手を向ける。
「私は目が見えないけど…これから仲良くしようね」
小さな手が触れる。可愛くてつい笑ってしまった。
「選考に参加してくれてありがとう。リョウタは今日からオレさまとバトルの調整をしていく。業務抜けることもあるがカバーしてやってくれ」
怒涛の一日が終わった。リネアはへとへとだが帰る前にベンチに座って恒例行事を始める。
イエッサンに家族であるポケモンを紹介する。
「イエッサン、ここにいるのは私の家族。一匹…ちょっと大きすぎて出せないんだけど、みんな優しいから安心してね」
跳ねるような声音で皆鳴き声をあげた。ポケモンの交流はわからないがそれでも楽しそうな雰囲気であることは聞けばわかる。
「ねえ、もし嫌じゃなければ……顔や体を触ってみてもいい?どんな姿なのか、知っておきたいんだ」
両手を広げるとイエッサンは自ら頬を当てに行く。柔らかく、温かい。優しく手探りで触れて、輪郭を頭の中にイメージする。
「わぁ、丸くて、可愛いね。腰回りが広がって足はすぼむんだね」
くすぐったそうに笑う。イエッサンは温厚な性格をしているそうだがワイルドエリアで出会ってよかったと、触りながら痛感した。自らついてきたゴルバットでさえ当初はここまで触らせることを嫌がっていたことを思い出す。
「これが感情を読み取るツノ……?でもふわふわしてるし曲線が続いてるね。お口はどうかな?」
むに、と小指で触るがそれでも抵抗しない。小さな口は歯を出すことなく微笑む。
「目はどんな形?」
するとサーナイトがイエッサンの姿を脳内に映し出す。点描だが大まかな姿を知ることができた。
「ありがとうサーナイト、イエッサン」
もちもちとした顔を触っているとつい時間が無限に過ぎてしまいそうだ。最後に頭を撫でる。イエッサンの嬉しそうな声を聞いて皆をボールに戻した。
「リネア?どうした?」
声の主はキバナだ。リョウタとのバトルの話し合いがあるはずだ。確かにジムの前にいるがどうして出てきたのだろう。
「キバナさんこそ……私はイエッサンにみんなを紹介していたんです。それと、どんな姿をしているのか知りたくて触らせてもらっていました」
「なんだ…てっきりオレは」
キバナの続きの言葉はなかった。気を取り直して別の話題に無理やり切り替える。
「それにしても選考、かなり惜しかった。リネアとペア組むの、楽しみにしていたんだけどな」
「たしかにちょっと悔しいですが、たくさん努力してきたリョウタさんが選ばれて私も嬉しいです」
「そうか……」
リネアは笑う。まるで何か思い出したかのように。
「でもキバナさん、みんなとペアを組みたかったんですよね?」
「え」
「キバナさんは気さくで皆さんと平等に接しています。だから皆さんにチャンスを与えたんだと思っていましたが違いましたか?」
その通りだ。もちろんバトルで妥協はしたくないからこそ選考をしたのだが、それはそれとしてペアを組めるのなら一人ずつ組んでみたい。
「敵わねぇなあ……」
リネアはキバナの言葉ひとつで思っていることを感知してしまうのではないだろうか。彼女の凄さと思慮深さにキバナは胸が高鳴る一方だ。
その後会話は無かったのだが、急にイエッサンがボールから出てくる。リネアのポケモンは結構な確率でボールから出てしまう。
「イエッサンどうしたの?」
嬉しそうに鳴いてその場にいる。まだリネアはイエッサンについて詳しくはないため首を傾げる。
「イエッサンはポケモンと人間のポジティブな感情が好きだ。だから出てきちまったんだろうな」
「ポジティブ…?」
少なくとも今のリネアは過度に嬉しいと思ったわけではない。だとすれば誰のポジティブな感情を受け止めているのだろうか。
「私のポケモンたちが喜んでるのかな…?」
ぎく、とキバナは動揺する。イエッサンはキバナの感情を読み取っているのだと気づいた。
「そ、そうかもな!」
「ところでここにいていいんですか?私はそろそろ家に戻りますが…」
「ああ、すぐジムに戻るぜ。リネアも気をつけて帰れよ」
「はい、エキシビジョンの試合楽しみにしてます!頑張ってください!」
リネアらしい応援を受けて、その場を離れた。リネアはイエッサンと手を繋いで歩道を歩く。
イエッサンは奉仕が好きなポケモンだ。ポケモンセンターで人とポケモン分け隔てなくサポートしている姿を誰もが見ている。だからこそキバナはリネアが選んだポケモンがイエッサンでよかったと思った。
「キバナさま、探しましたよ。どこにいらしてたんですか」
「悪いな、すぐ打ち合わせ始めようぜ」
「はい!」
それから訓練を続けながらリョウタと調整の日々が続いた。一日ごとのスケジュールを決めてダブルバトルでの息を合わせていく。
時折リネアに訓練のアドバイスを受けながら月日が過ぎていった。
