デイジー・ベル
ヨロイ島合宿二日目。
朝の共同トレーニングを終えた後、キバナは本土でスケジュールがあるためヨロイ島を離れた。キャンプ場に戻ってくるのは19時頃を予定している。その間ジムトレーナーたちは昨日と同じくポケモンたちとのバトルに励んでいた。
リネアはせっかくの海辺なのでホエルコを出し水遊びさせている。
「海、きもちがいいね、ホエルコ」
まんまるな体を使って必死に泳いでいる。あまりにものびのびとした鳴き声にリネアまで嬉しくなる。今日は無理だが明日の合宿終了までにホエルコと海で遊んであげたいと思うがそれが叶うかはわからない。とにかくいつもリネアのために頑張っているポケモンたちにゆっくり遊んでもらおうと決めていた。
穏やかな時間の流れと共にリネアが感じる自然の優しさ。砂浜に腰を下ろしてさざなみに耳を澄ました。そうしていると思い出すのはキバナのことだ。
つい手を握った感覚が、リネアに残っている。振り解きたいのに体は何度も記憶を反芻する。こんなことは今までに一度もなかった。理性は、キバナ一人の情報処理のためにリソースを使うべきでは無いと訴えているが本能はその逆だ。理屈もなくキバナのことだけを考えようとしている。
あわよくば、もう一度手を繋いでみたいと思う自分がいた。手を繋いだ先に何があるのかわかっていないのに一時の欲求でそんなことを願うのは愚かだ。しずまれ、しずまれ、と祈るように自分を宥めていた。
午後にはポケモンたちと比較的安全な場所を散策し、ヨロイ島を楽しむ。モンスターボールに入れることなく、4匹を連れてボール遊びもした。オンバーンとおもちゃのボールの思い出は、エコーロケーションの訓練のみだ。だがキャッチボールのようにビーチにボールを転がすと器用に掴んで手元に持ってきてくれる。
そんな穏やかで他愛無い遊びができただけでも、今回の合宿に参加して良かったと思えた。
夕方。遊び疲れてみんなで日陰にいたがアラームで起きる。皆と夕飯の支度をしなければならない。キバナが帰ってくるまでに作っておこうと約束したのだ。
キャンプ場に戻るとまだ誰もいなかったので調理器具を準備する。昨晩は辛いきのみを使ったので今日はそれ以外がいいだろう。包丁を使って皮を剥いていると、リョウタがぎゃっと悲鳴をあげる。
声を聞いてリネアが振り返ると走って近寄ってきた。
「ほ、包丁使ってる!?危ないから僕がやりますよ!」
「あ…ごめんなさい、心配かけてしまって……でも皮むきくらいなら慣れているので平気ですよ」
確かに目が見えない人間が包丁を使うなど周りからみれば危険なことこの上ない。その感覚は正しいモノでリネアにも見覚えがあった。だからこそ皮むきくらいはできるように訓練を重ねたのだ。
「それに、皆さんトレーニングでお疲れでしょうし、私にもこのくらいはさせてくれませんか……?」
「う……それはそうなんですが……」
リネアが剥いたきのみはキレイだ。それだけ、今まで皮むきができるよう必死に訓練してきたことがよくわかる。
「わかりました……でも後は譲りませんからね!」
「はぁい」
レナ、ヒトミが戻ってくるとリョウタと同じように包丁を使っていることに驚いていた。けれど慣れた手捌きを見て大丈夫だと判断してくれたようだ。
「下手したら私より皮むき上手いかも」
「みてこの皮!すっごく薄い!」
努力の結果を誉めてくれるのは嬉しい。だがうまく反応できず、照れ臭く笑うだけだ。
「その実が終わったらキバナさまを迎えに行ってあげて」
「えっ、私が?」
「18時半過ぎたし、もうすぐ浜辺に到着する頃だよ。キバナさまも喜ぶから行っておいでよ」
せっかくきのみでキバナのことを考えてしまう悪癖を追い出せたのに。あまり気乗りはしないが仕方なく引き受けることにした。
カレーの匂いを背に砂浜へ向かう。たくさんのポケモンたちの鳴き声を聞きながらゆっくり歩く。鈴を響かせて進むと夕陽が瞼の上にかかる。夕陽の色だけは、不変で穏やかだ。場所が変わってもそれだけは確かなのだと感じる。
「あ、ホエルコ」
また海辺に来たことでホエルコは遊びはじめた。一歩踏み出すと砂浜が深く沈む。ここから先は海だ。
「あまり沖にいかないでね!」
ホエルコの返事。しばらくは川で遊ばせてばかりだったので大海が恋しかったのだろう。
数十分後、ヨロイ島駅から足音が聞こえた。足の動かし方、靴の重み。間違いなくキバナだとすぐわかる。だがこれだけで人物が分かるのは、普通あり得ない。なので気づかないふりをしていると声が掛かった。
「リネア!」
「キバナさん、お疲れ様です。今戻られたんですか?」
「ああ、スケジュールは予定通り終了だ。もしかして迎えに来てくれたのか?」
「は、はい……ホエルコは遊んでいいって勘違いしちゃいましたけど」
改めてホエルコを呼ぶ。晩御飯だよ、と声をかければこちらへ戻ってくる音が聞こえた。
だが、リネアはそれ以外の音も耳にする。すっかり夕陽が沈んだ黄昏時にその姿は目に見えづらい。
「ホエルコ!何か近づいてる!」
警戒した瞬間、衝突した音が響いた。
「サメハダーだ!ホエルコをボールに戻せ!」
キバナの指示通りボールに収めようとするが飛沫が立ちホエルコの姿は隠れてしまう。海の中で戦っているのかもしれない。リネアは躊躇せず海へ駆け出した。
「まてリネア!」
杖の鈴を海につけて鳴らす。ホエルコならばどんな音でも拾うことができるはずだ。まずリネアの位置を知らせて戦闘の態勢を整える。
ホエルコの鳴き声がリネアに届いた。
「ホエルコ!ヘビーボンバー!」
今一度海へ潜り、サメハダーとのチェイスが始まる。勢いをつけて海面から空中へ浮上したところでサメハダーもその姿を現した。サメハダーはホエルコだけを狙っていたが、そのまま反撃を真っ向から食らってしまう。
思わぬ攻撃にサメハダーは驚き逃げて行く。遠ざかる音を聞いてリネアは暗い海の中を進んだ。
「ホエルコ!大丈夫?怪我は?」
両腕でホエルコを抱きしめる。光のない瞳と海。二重の暗闇をものともせず進むリネアにキバナはまた、苦痛とも言えるべき感情に襲われた。
ポケモントレーナーとして、というより人として敵わないと痛感する。何故そこまで純真でいられるのかキバナにはわからない。わからないがそれを眩しいと思える。だから今はただリネアとホエルコを浜辺から見つめるだけだった。
「さ、帰ろう?お腹すいたでしょう?」
優しく声を掛けるや否や。ホエルコが真っ白な光にさらされた。突然の眩しさにリネアは思考が止まる。
0秒以下でキバナはマズイと判断する。リネアを捕まえて海から浜辺へ走るが波が足を取る。何も考えずただ必死に前へ進んだ。
一際光が強くなった途端、波が押し寄せる。ホエルコからホエルオーに進化した時の体積の増加は、近くの島の満潮に影響を与えるほどだ。なので今、リネアとキバナに襲いかかる波は通常の波とは訳が違う。
「息を吸って止めろっ!」
静寂。空気さえも水中に弄ばれて転がる。キバナはただリネアを離さぬよう抱きしめ続けた。
波は川まで到達し、轟音となる。二人が波から解放されたとわかれば咳き込み、肩で息をする。
「リネア!大丈夫か!?」
リネアは長く咳き込んでいた。海水を飲んだのだろう。首を抑えていた。
「息はできるか!」
それには頷く。リネアを支えて背中を撫でてやると次第に事の理解が追いついたようだ。ガラガラの喉でキバナに質問する。
「ホエルコは、進化、したんですか」
「したな、めちゃくちゃ立派なホエルオーだ」
14メートルの巨体。地面を揺るがすホエルオーの鳴き声に呼応するようにリネアは立ち上がった。
「待てリネア!今ホエルオーは自分の体格を理解しきれていない!少し離れてろ!」
「それは、わかるんです。でも急に波が立って、ホエルオーは私がいなくなって、驚いてます。近くにいってあげないと」
キバナはリネアを抱き上げた。そのまま近づかせまいとしている。
「分かってないだろ!リネアが万が一怪我をして最も悲しむのはホエルオーだ!」
海で濡れた体は冷え切っている。リネアの手が震えているのは波に揉まれて恐怖したからだ。それを自覚していないわけではないはずだ。
「……お願いです。少しだけでも、いいから」
もしこれがリョウタ、レナ、ヒトミなら、容赦無く引き離していただろう。だがリネアの泣き出しそうな声に胸が痛んだ。リネアの気持ちに理解できてしまった。
「分かった。だが何かあったらオレたちは一連托生。もろともだ。いいな」
キバナはリネアを抱き上げたまま、海にいるホエルオーへ近づいた。足が海をかき分ける。近づくほどにホエルオーの大きさに圧倒されそうになる。
リネアが腕を伸ばし触れる。ホエルオーは空気を揺らすほど大きな声で鳴いた。
「大丈夫、私は平気だよ。心配しないでね」
額を当てて体温を知らせる。ホエルオーの鳴き声は次第に、まるで泣いているかのように長く夜に漂っていた。
命の危険がありながら、キバナは目の前の少女に意識を奪われる。海水に塗れてお互いみっともないはずなのに、月夜に照らされたリネアはとても美しいものだった。ホエルオーがヒレを一つ動かせば、水圧で人間の体など粉々になるだろう。その事実があっても変わらず穏やかな表情で青い皮膚を撫でている。
キバナはリネアの顔に張り付く前髪をかき分けて、頬に触れた。曖昧に笑うリネアの表情に見惚れては自身を呆れたようにからかう。
どうしてこんなに目が離せないのだろうか、と。
◆
騒ぎを聞きつけたマスター道場の全員とナックルジムトレーナーは巨大なホエルオーを見て唖然としている。大きな波も見えたため、念のため数名が近づくとそこにはキバナとリネアがいた。ホエルオーは長く長く、月夜に声を上げている。
二人に声を掛けるとホエルオーはボールに戻っていった。ずぶ濡れになっていることから波に揉まれたことは明白だ。二人をマスター道場へ連れて行き休ませた。
特にリネアは海水を飲んでしまった。脱水症状を引き起こす前に水を飲ませ、シャワーを浴びさせた。平衡感覚がまだ戻っていないため足元がおぼつかない。そんなリネアにミツバが寄り添うことになる。
「キバナさま、一体何があったんですか……?」
キバナの目はいつもより静かだった。質問をしたことに、しまったと思わせるくらい張り詰めた空気があった。
「ホエルコがホエルオーに進化しただけだ。悪いな、オレさまのこと待ってたんだろ?先に飯食って休んでてくれ」
いつものにこやかな笑顔に滲む何か。それを読み取って素直に引き下がった。今のキバナは先ほどの大波に飲まれたせいか余裕がまだない。
外に出て上着とシャツを脱ぎ、海水を絞り出して潮のベタつきを軽減させようとしていた。
「随分怒ってるねぇキバナちゃん」
「……そりゃ、怒りますよ、オレだって」
「それはリネアちゃんに?」
それは少し違う。確かに危険な行動を連続で取り続けたリネアに対して苦言を呈するつもりではある。だが今の怒りは主にキバナ自身に向いていた。
「リネアを危険に晒したオレ自身にです。たまたま無傷だったけど判断が甘過ぎました。落ち着いた後、リネアには注意するつもりです」
そして危険と隣り合わせの中でリネアに見惚れてしまったことにも。
「そうだねぇ、キバナちゃんの言う通りだ」
マスタードの言葉にキバナは反応しない。自分で口にしたことが全てだ。
「けど、説教するならご飯食べてからにしなさいね」
「飯……っすか」
「そう。お腹空いてるのもあると思うよ」
緊張の連続で空腹すら感じていない。とはいえマスタードの言葉はいつも重く、経験に基づいている。キバナはできるだけ平静を保つことに専念した。
「わかりました」
「それはそうとキバナくんもシャワー使いなさい」
「はい、甘えさせてもらいます」
キバナは内省しながらシャワーを浴びる。リネアは自身を軽く見積もるほど愚かではない。あの時はトレーナーとしてホエルオーのそばにいなければ関係性が崩れると思ったのだろう。気持ちは尊重するしキバナがその立場であったら似たような行動を取るかもしれない。
額に手を当てながら考えるがまとまらない。何が最善だったのかキバナでさえ判断ができなかった。
シャワー室から出ると疲労を隠せていないリネアがいた。ミツバに粥を作ってもらいゆっくり食べている。
「リネア、大丈夫か」
「は、はい…少し、気分が悪くて…」
背中を撫でるキバナにミツバは提案した。
「今晩はうちに泊まるといいわ。顔色も悪いし…」
「はい、すみませんがお願いします」
「急なことできっと体がびっくりしてるだけだと思うからすぐ良くなるわよ。だからキバナくんもそんな顔しないの」
そんな顔、と言われて自分の顔を触った。顔に出していたつもりもない。するとミツバは小さく笑った。
「リネアちゃんのこと心配で心配で仕方ないって顔よ!」
つい顔に熱が集まる。ミツバに指摘されて気づいたがキバナは結局リネアを心配し続けていただけだったのだ。
「そりゃあ、オレさまの大事なアドバイザーですから」
「はいはい、そういうことにしておきましょう」
今もまだ血の気が引いているリネアの横顔を見つめる。
「リネア、また明日迎えにくるが無理はしなくていい。ヨロイ島を離れるのも16時からだ。それまでゆっくり休め」
「はい……ご迷惑おかけしました」
それからキバナはキャンプ場に戻った。何事も無かったかのようにカレーを食べながら今日の報告を聞く。とは言っても雑談のようなものだ。いつの間にかタマゲタケに取り囲まれてただの、ウッウにポケモンを丸呑みされそうになっただの、他愛のない日常の話。
そのせいか、リネアのことを思い出すたびに運がないな、などという感想が浮かんだ。
翌朝、一晩ゆっくり休めば体調も良くなったようだ。リネアは昨晩心配をかけたことを謝罪した。
「大変ご迷惑をおかけしました」
リョウタたちはそんなことない、と言いたかったがキバナの圧がそうさせない。現にリネアはキバナが怒っていることを察して緊張している。
「お前たちは最後のトレーニングに行ってきていいぞ」
「は、はい」
後ろ髪引かれる思いでキャンプ場を後にした。残ったリネアとキバナに沈黙が残る。
「リネア、座ろうぜ。こっちだ」
背中を押して誘導する。簡易椅子に腰掛けるとリネアは緊張のあまり手が震えていた。手を上から握ってやる。
「説教ってほど口うるさく言うつもりはないぜ。でも伝えておきたいことがある」
「はい」
「昨日のことは……たぶんリネアの判断もオレの判断も間違ってない。たまたま運が悪かっただけだ」
一晩中考えたが結局コレに行きついた。それぞれの出来事がまくしたてる様に引き起こったからこそ危険が伴っただけだ。物事はもっとシンプルであるはずだ。
だがリネアは眉をしならせて涙をこぼす。
「私がキバナさんを巻き込んでしまいました。早くホエルコを戻すべきだったんです。そうすればあんなトラブルは起きませんでした」
「リネア」
「ホエルオーは私のポケモンだから何が起こっても責任はとれます。でもキバナさんに何かあれば私、どう責任とればいいのか、あの時怪我をさせていたらと思うと怖くてっ」
「リネア……」
言葉の洪水がリネアから溢れ出す。キバナは「しーっ」と小さく言うと懺悔が止まった。再び沈黙が置かれるがリネアのしゃくりあげる声だけ響く。
「オレさまは大丈夫だ。怪我もしてない。さっき言っただろ?運がなかっただけだ」
両手でリネアの涙を拭う。そして緩く抱きしめた。
やはりマスタードが言った通り、食事をした後のほうが理性的に物事を考えられる。腕の中で静かに泣いているリネアの肩を撫でて慰めながら実感した。
「ひとつだけ、リネアに伝えたいことがある」
「はい……」
「もうああいう無茶はできればナシだ」
「はい」
抱きしめながら伝えたためお互いの顔は見えない。いや、見る必要などなかった。
「だが、どうしても」
キバナは感情を言葉に変換し伝えている。落ち着きはらった今なら何を言っても大丈夫だと確信していた。
「命をかけるほどの無茶が必要なら、オレの命もかけろ。そう約束しようぜ」
風が通り抜け、木々がざわめく。リネア鈴が小さく鳴った。遠くでポケモンの鳴き声が聞こえる。
「キバナ、さん」
わざわざ腕で囲わなくともキバナの中にすっぽり収まるリネアは小さく名前を呼んだ。
「それは、あの……どういう、意味なんでしょうか……?」
どうもこうも文字通りの意味のはずだ。キバナは先ほどの言葉を頭で繰り返す。
命をかけるならオレの命もかけろ。たったそれだけのこと。だが秒針が進むほどにその言葉はまるでプロポーズだと気づき始めた。
思わず腕を離す。
「あ、あの、文字通りの意味だ!やましい気持ちはないんだが…………」
「そういう、意味ではなく、あくまで抑止で言って下さったんですよね……」
キバナは感情に自信がなくなってきた。確かにリネアが危険と隣り合わせの時、そばにいてやりたいと思う。それはこれまでの絆があるからだと思っていたのだはもしかすれば違うのかもしれない。
心の底から守りたい、そばにいたいと思う気持ちはすなわち好意では?と一瞬でも深読みしてしまった。
キバナはもう、戻れない。
「キバナさん?」
理屈では色々と言える。リネアは素晴らしい人格と品性がある。だがもはや恋という言葉の前ではただの「言い訳」に成り下がる。くだらないことをウダウダ言う前に、好きだからだと口にすればどれだけ楽になれるだろう。
「リネア」
「は、はい」
「さっきの言葉は撤回するつもりはない。だができるだけそういう状況にならないのがベストだ」
「そう、ですね……おっしゃる通りです」
(ア゛ァ〜〜!オレのバカ〜〜!)
理性が前に強く出過ぎると堅物になり、本能が代わりに出ると語彙力は溶ける。どうすれば以前の様に接することができるだろうか、また新しい悩みが生まれた。
「と、とにかく、話は終わりだ!」
「はい、ありがとうございます」
「オレさまは午後の試合に向けて調整するが……リネアはどうする?」
「ホエルオーを海に出して、泳がせてあげたいと思います。あれだけ大きいと次水辺に出してあげられるのはいつになるかわからないので……」
「それもそうだな。試合が始まる前には呼びに行く。それまで好きにして良いからな」
リネアはいつも通りの笑顔。キバナはじっと表情を見つめて、それじゃあ、と声をかける。ヘアバンドを目深く下げて赤い顔を誰にも見られないように、恋心を隠した。
朝の共同トレーニングを終えた後、キバナは本土でスケジュールがあるためヨロイ島を離れた。キャンプ場に戻ってくるのは19時頃を予定している。その間ジムトレーナーたちは昨日と同じくポケモンたちとのバトルに励んでいた。
リネアはせっかくの海辺なのでホエルコを出し水遊びさせている。
「海、きもちがいいね、ホエルコ」
まんまるな体を使って必死に泳いでいる。あまりにものびのびとした鳴き声にリネアまで嬉しくなる。今日は無理だが明日の合宿終了までにホエルコと海で遊んであげたいと思うがそれが叶うかはわからない。とにかくいつもリネアのために頑張っているポケモンたちにゆっくり遊んでもらおうと決めていた。
穏やかな時間の流れと共にリネアが感じる自然の優しさ。砂浜に腰を下ろしてさざなみに耳を澄ました。そうしていると思い出すのはキバナのことだ。
つい手を握った感覚が、リネアに残っている。振り解きたいのに体は何度も記憶を反芻する。こんなことは今までに一度もなかった。理性は、キバナ一人の情報処理のためにリソースを使うべきでは無いと訴えているが本能はその逆だ。理屈もなくキバナのことだけを考えようとしている。
あわよくば、もう一度手を繋いでみたいと思う自分がいた。手を繋いだ先に何があるのかわかっていないのに一時の欲求でそんなことを願うのは愚かだ。しずまれ、しずまれ、と祈るように自分を宥めていた。
午後にはポケモンたちと比較的安全な場所を散策し、ヨロイ島を楽しむ。モンスターボールに入れることなく、4匹を連れてボール遊びもした。オンバーンとおもちゃのボールの思い出は、エコーロケーションの訓練のみだ。だがキャッチボールのようにビーチにボールを転がすと器用に掴んで手元に持ってきてくれる。
そんな穏やかで他愛無い遊びができただけでも、今回の合宿に参加して良かったと思えた。
夕方。遊び疲れてみんなで日陰にいたがアラームで起きる。皆と夕飯の支度をしなければならない。キバナが帰ってくるまでに作っておこうと約束したのだ。
キャンプ場に戻るとまだ誰もいなかったので調理器具を準備する。昨晩は辛いきのみを使ったので今日はそれ以外がいいだろう。包丁を使って皮を剥いていると、リョウタがぎゃっと悲鳴をあげる。
声を聞いてリネアが振り返ると走って近寄ってきた。
「ほ、包丁使ってる!?危ないから僕がやりますよ!」
「あ…ごめんなさい、心配かけてしまって……でも皮むきくらいなら慣れているので平気ですよ」
確かに目が見えない人間が包丁を使うなど周りからみれば危険なことこの上ない。その感覚は正しいモノでリネアにも見覚えがあった。だからこそ皮むきくらいはできるように訓練を重ねたのだ。
「それに、皆さんトレーニングでお疲れでしょうし、私にもこのくらいはさせてくれませんか……?」
「う……それはそうなんですが……」
リネアが剥いたきのみはキレイだ。それだけ、今まで皮むきができるよう必死に訓練してきたことがよくわかる。
「わかりました……でも後は譲りませんからね!」
「はぁい」
レナ、ヒトミが戻ってくるとリョウタと同じように包丁を使っていることに驚いていた。けれど慣れた手捌きを見て大丈夫だと判断してくれたようだ。
「下手したら私より皮むき上手いかも」
「みてこの皮!すっごく薄い!」
努力の結果を誉めてくれるのは嬉しい。だがうまく反応できず、照れ臭く笑うだけだ。
「その実が終わったらキバナさまを迎えに行ってあげて」
「えっ、私が?」
「18時半過ぎたし、もうすぐ浜辺に到着する頃だよ。キバナさまも喜ぶから行っておいでよ」
せっかくきのみでキバナのことを考えてしまう悪癖を追い出せたのに。あまり気乗りはしないが仕方なく引き受けることにした。
カレーの匂いを背に砂浜へ向かう。たくさんのポケモンたちの鳴き声を聞きながらゆっくり歩く。鈴を響かせて進むと夕陽が瞼の上にかかる。夕陽の色だけは、不変で穏やかだ。場所が変わってもそれだけは確かなのだと感じる。
「あ、ホエルコ」
また海辺に来たことでホエルコは遊びはじめた。一歩踏み出すと砂浜が深く沈む。ここから先は海だ。
「あまり沖にいかないでね!」
ホエルコの返事。しばらくは川で遊ばせてばかりだったので大海が恋しかったのだろう。
数十分後、ヨロイ島駅から足音が聞こえた。足の動かし方、靴の重み。間違いなくキバナだとすぐわかる。だがこれだけで人物が分かるのは、普通あり得ない。なので気づかないふりをしていると声が掛かった。
「リネア!」
「キバナさん、お疲れ様です。今戻られたんですか?」
「ああ、スケジュールは予定通り終了だ。もしかして迎えに来てくれたのか?」
「は、はい……ホエルコは遊んでいいって勘違いしちゃいましたけど」
改めてホエルコを呼ぶ。晩御飯だよ、と声をかければこちらへ戻ってくる音が聞こえた。
だが、リネアはそれ以外の音も耳にする。すっかり夕陽が沈んだ黄昏時にその姿は目に見えづらい。
「ホエルコ!何か近づいてる!」
警戒した瞬間、衝突した音が響いた。
「サメハダーだ!ホエルコをボールに戻せ!」
キバナの指示通りボールに収めようとするが飛沫が立ちホエルコの姿は隠れてしまう。海の中で戦っているのかもしれない。リネアは躊躇せず海へ駆け出した。
「まてリネア!」
杖の鈴を海につけて鳴らす。ホエルコならばどんな音でも拾うことができるはずだ。まずリネアの位置を知らせて戦闘の態勢を整える。
ホエルコの鳴き声がリネアに届いた。
「ホエルコ!ヘビーボンバー!」
今一度海へ潜り、サメハダーとのチェイスが始まる。勢いをつけて海面から空中へ浮上したところでサメハダーもその姿を現した。サメハダーはホエルコだけを狙っていたが、そのまま反撃を真っ向から食らってしまう。
思わぬ攻撃にサメハダーは驚き逃げて行く。遠ざかる音を聞いてリネアは暗い海の中を進んだ。
「ホエルコ!大丈夫?怪我は?」
両腕でホエルコを抱きしめる。光のない瞳と海。二重の暗闇をものともせず進むリネアにキバナはまた、苦痛とも言えるべき感情に襲われた。
ポケモントレーナーとして、というより人として敵わないと痛感する。何故そこまで純真でいられるのかキバナにはわからない。わからないがそれを眩しいと思える。だから今はただリネアとホエルコを浜辺から見つめるだけだった。
「さ、帰ろう?お腹すいたでしょう?」
優しく声を掛けるや否や。ホエルコが真っ白な光にさらされた。突然の眩しさにリネアは思考が止まる。
0秒以下でキバナはマズイと判断する。リネアを捕まえて海から浜辺へ走るが波が足を取る。何も考えずただ必死に前へ進んだ。
一際光が強くなった途端、波が押し寄せる。ホエルコからホエルオーに進化した時の体積の増加は、近くの島の満潮に影響を与えるほどだ。なので今、リネアとキバナに襲いかかる波は通常の波とは訳が違う。
「息を吸って止めろっ!」
静寂。空気さえも水中に弄ばれて転がる。キバナはただリネアを離さぬよう抱きしめ続けた。
波は川まで到達し、轟音となる。二人が波から解放されたとわかれば咳き込み、肩で息をする。
「リネア!大丈夫か!?」
リネアは長く咳き込んでいた。海水を飲んだのだろう。首を抑えていた。
「息はできるか!」
それには頷く。リネアを支えて背中を撫でてやると次第に事の理解が追いついたようだ。ガラガラの喉でキバナに質問する。
「ホエルコは、進化、したんですか」
「したな、めちゃくちゃ立派なホエルオーだ」
14メートルの巨体。地面を揺るがすホエルオーの鳴き声に呼応するようにリネアは立ち上がった。
「待てリネア!今ホエルオーは自分の体格を理解しきれていない!少し離れてろ!」
「それは、わかるんです。でも急に波が立って、ホエルオーは私がいなくなって、驚いてます。近くにいってあげないと」
キバナはリネアを抱き上げた。そのまま近づかせまいとしている。
「分かってないだろ!リネアが万が一怪我をして最も悲しむのはホエルオーだ!」
海で濡れた体は冷え切っている。リネアの手が震えているのは波に揉まれて恐怖したからだ。それを自覚していないわけではないはずだ。
「……お願いです。少しだけでも、いいから」
もしこれがリョウタ、レナ、ヒトミなら、容赦無く引き離していただろう。だがリネアの泣き出しそうな声に胸が痛んだ。リネアの気持ちに理解できてしまった。
「分かった。だが何かあったらオレたちは一連托生。もろともだ。いいな」
キバナはリネアを抱き上げたまま、海にいるホエルオーへ近づいた。足が海をかき分ける。近づくほどにホエルオーの大きさに圧倒されそうになる。
リネアが腕を伸ばし触れる。ホエルオーは空気を揺らすほど大きな声で鳴いた。
「大丈夫、私は平気だよ。心配しないでね」
額を当てて体温を知らせる。ホエルオーの鳴き声は次第に、まるで泣いているかのように長く夜に漂っていた。
命の危険がありながら、キバナは目の前の少女に意識を奪われる。海水に塗れてお互いみっともないはずなのに、月夜に照らされたリネアはとても美しいものだった。ホエルオーがヒレを一つ動かせば、水圧で人間の体など粉々になるだろう。その事実があっても変わらず穏やかな表情で青い皮膚を撫でている。
キバナはリネアの顔に張り付く前髪をかき分けて、頬に触れた。曖昧に笑うリネアの表情に見惚れては自身を呆れたようにからかう。
どうしてこんなに目が離せないのだろうか、と。
◆
騒ぎを聞きつけたマスター道場の全員とナックルジムトレーナーは巨大なホエルオーを見て唖然としている。大きな波も見えたため、念のため数名が近づくとそこにはキバナとリネアがいた。ホエルオーは長く長く、月夜に声を上げている。
二人に声を掛けるとホエルオーはボールに戻っていった。ずぶ濡れになっていることから波に揉まれたことは明白だ。二人をマスター道場へ連れて行き休ませた。
特にリネアは海水を飲んでしまった。脱水症状を引き起こす前に水を飲ませ、シャワーを浴びさせた。平衡感覚がまだ戻っていないため足元がおぼつかない。そんなリネアにミツバが寄り添うことになる。
「キバナさま、一体何があったんですか……?」
キバナの目はいつもより静かだった。質問をしたことに、しまったと思わせるくらい張り詰めた空気があった。
「ホエルコがホエルオーに進化しただけだ。悪いな、オレさまのこと待ってたんだろ?先に飯食って休んでてくれ」
いつものにこやかな笑顔に滲む何か。それを読み取って素直に引き下がった。今のキバナは先ほどの大波に飲まれたせいか余裕がまだない。
外に出て上着とシャツを脱ぎ、海水を絞り出して潮のベタつきを軽減させようとしていた。
「随分怒ってるねぇキバナちゃん」
「……そりゃ、怒りますよ、オレだって」
「それはリネアちゃんに?」
それは少し違う。確かに危険な行動を連続で取り続けたリネアに対して苦言を呈するつもりではある。だが今の怒りは主にキバナ自身に向いていた。
「リネアを危険に晒したオレ自身にです。たまたま無傷だったけど判断が甘過ぎました。落ち着いた後、リネアには注意するつもりです」
そして危険と隣り合わせの中でリネアに見惚れてしまったことにも。
「そうだねぇ、キバナちゃんの言う通りだ」
マスタードの言葉にキバナは反応しない。自分で口にしたことが全てだ。
「けど、説教するならご飯食べてからにしなさいね」
「飯……っすか」
「そう。お腹空いてるのもあると思うよ」
緊張の連続で空腹すら感じていない。とはいえマスタードの言葉はいつも重く、経験に基づいている。キバナはできるだけ平静を保つことに専念した。
「わかりました」
「それはそうとキバナくんもシャワー使いなさい」
「はい、甘えさせてもらいます」
キバナは内省しながらシャワーを浴びる。リネアは自身を軽く見積もるほど愚かではない。あの時はトレーナーとしてホエルオーのそばにいなければ関係性が崩れると思ったのだろう。気持ちは尊重するしキバナがその立場であったら似たような行動を取るかもしれない。
額に手を当てながら考えるがまとまらない。何が最善だったのかキバナでさえ判断ができなかった。
シャワー室から出ると疲労を隠せていないリネアがいた。ミツバに粥を作ってもらいゆっくり食べている。
「リネア、大丈夫か」
「は、はい…少し、気分が悪くて…」
背中を撫でるキバナにミツバは提案した。
「今晩はうちに泊まるといいわ。顔色も悪いし…」
「はい、すみませんがお願いします」
「急なことできっと体がびっくりしてるだけだと思うからすぐ良くなるわよ。だからキバナくんもそんな顔しないの」
そんな顔、と言われて自分の顔を触った。顔に出していたつもりもない。するとミツバは小さく笑った。
「リネアちゃんのこと心配で心配で仕方ないって顔よ!」
つい顔に熱が集まる。ミツバに指摘されて気づいたがキバナは結局リネアを心配し続けていただけだったのだ。
「そりゃあ、オレさまの大事なアドバイザーですから」
「はいはい、そういうことにしておきましょう」
今もまだ血の気が引いているリネアの横顔を見つめる。
「リネア、また明日迎えにくるが無理はしなくていい。ヨロイ島を離れるのも16時からだ。それまでゆっくり休め」
「はい……ご迷惑おかけしました」
それからキバナはキャンプ場に戻った。何事も無かったかのようにカレーを食べながら今日の報告を聞く。とは言っても雑談のようなものだ。いつの間にかタマゲタケに取り囲まれてただの、ウッウにポケモンを丸呑みされそうになっただの、他愛のない日常の話。
そのせいか、リネアのことを思い出すたびに運がないな、などという感想が浮かんだ。
翌朝、一晩ゆっくり休めば体調も良くなったようだ。リネアは昨晩心配をかけたことを謝罪した。
「大変ご迷惑をおかけしました」
リョウタたちはそんなことない、と言いたかったがキバナの圧がそうさせない。現にリネアはキバナが怒っていることを察して緊張している。
「お前たちは最後のトレーニングに行ってきていいぞ」
「は、はい」
後ろ髪引かれる思いでキャンプ場を後にした。残ったリネアとキバナに沈黙が残る。
「リネア、座ろうぜ。こっちだ」
背中を押して誘導する。簡易椅子に腰掛けるとリネアは緊張のあまり手が震えていた。手を上から握ってやる。
「説教ってほど口うるさく言うつもりはないぜ。でも伝えておきたいことがある」
「はい」
「昨日のことは……たぶんリネアの判断もオレの判断も間違ってない。たまたま運が悪かっただけだ」
一晩中考えたが結局コレに行きついた。それぞれの出来事がまくしたてる様に引き起こったからこそ危険が伴っただけだ。物事はもっとシンプルであるはずだ。
だがリネアは眉をしならせて涙をこぼす。
「私がキバナさんを巻き込んでしまいました。早くホエルコを戻すべきだったんです。そうすればあんなトラブルは起きませんでした」
「リネア」
「ホエルオーは私のポケモンだから何が起こっても責任はとれます。でもキバナさんに何かあれば私、どう責任とればいいのか、あの時怪我をさせていたらと思うと怖くてっ」
「リネア……」
言葉の洪水がリネアから溢れ出す。キバナは「しーっ」と小さく言うと懺悔が止まった。再び沈黙が置かれるがリネアのしゃくりあげる声だけ響く。
「オレさまは大丈夫だ。怪我もしてない。さっき言っただろ?運がなかっただけだ」
両手でリネアの涙を拭う。そして緩く抱きしめた。
やはりマスタードが言った通り、食事をした後のほうが理性的に物事を考えられる。腕の中で静かに泣いているリネアの肩を撫でて慰めながら実感した。
「ひとつだけ、リネアに伝えたいことがある」
「はい……」
「もうああいう無茶はできればナシだ」
「はい」
抱きしめながら伝えたためお互いの顔は見えない。いや、見る必要などなかった。
「だが、どうしても」
キバナは感情を言葉に変換し伝えている。落ち着きはらった今なら何を言っても大丈夫だと確信していた。
「命をかけるほどの無茶が必要なら、オレの命もかけろ。そう約束しようぜ」
風が通り抜け、木々がざわめく。リネア鈴が小さく鳴った。遠くでポケモンの鳴き声が聞こえる。
「キバナ、さん」
わざわざ腕で囲わなくともキバナの中にすっぽり収まるリネアは小さく名前を呼んだ。
「それは、あの……どういう、意味なんでしょうか……?」
どうもこうも文字通りの意味のはずだ。キバナは先ほどの言葉を頭で繰り返す。
命をかけるならオレの命もかけろ。たったそれだけのこと。だが秒針が進むほどにその言葉はまるでプロポーズだと気づき始めた。
思わず腕を離す。
「あ、あの、文字通りの意味だ!やましい気持ちはないんだが…………」
「そういう、意味ではなく、あくまで抑止で言って下さったんですよね……」
キバナは感情に自信がなくなってきた。確かにリネアが危険と隣り合わせの時、そばにいてやりたいと思う。それはこれまでの絆があるからだと思っていたのだはもしかすれば違うのかもしれない。
心の底から守りたい、そばにいたいと思う気持ちはすなわち好意では?と一瞬でも深読みしてしまった。
キバナはもう、戻れない。
「キバナさん?」
理屈では色々と言える。リネアは素晴らしい人格と品性がある。だがもはや恋という言葉の前ではただの「言い訳」に成り下がる。くだらないことをウダウダ言う前に、好きだからだと口にすればどれだけ楽になれるだろう。
「リネア」
「は、はい」
「さっきの言葉は撤回するつもりはない。だができるだけそういう状況にならないのがベストだ」
「そう、ですね……おっしゃる通りです」
(ア゛ァ〜〜!オレのバカ〜〜!)
理性が前に強く出過ぎると堅物になり、本能が代わりに出ると語彙力は溶ける。どうすれば以前の様に接することができるだろうか、また新しい悩みが生まれた。
「と、とにかく、話は終わりだ!」
「はい、ありがとうございます」
「オレさまは午後の試合に向けて調整するが……リネアはどうする?」
「ホエルオーを海に出して、泳がせてあげたいと思います。あれだけ大きいと次水辺に出してあげられるのはいつになるかわからないので……」
「それもそうだな。試合が始まる前には呼びに行く。それまで好きにして良いからな」
リネアはいつも通りの笑顔。キバナはじっと表情を見つめて、それじゃあ、と声をかける。ヘアバンドを目深く下げて赤い顔を誰にも見られないように、恋心を隠した。
