デイジー・ベル

「夏だ!海だ!というわけでヨロイ島に合宿だ!」

ナックルジムはこの時を待っていたと言わんばかりに盛り上がる。毎年様々な場所に行き合宿するらしいのだが今年はヨロイ島に決定したという。
ヨロイ島はガラルの本土とは違い様々な生き物が生息している。過ごしやすい気候で絵に描いたような理想の島だ。

「オレさまはスケジュールもあって時々抜けるが、他のみんなは島でみっちりトレーニングにバトルだ。いいな?」

はーい!と皆口を揃えて返事をする。だが初めての場所で最も緊張するのはリネアだ。朝のミーティングが終わり、キバナはリネアを呼び話をする。

「リネアはどうする?無理強いはしないぜ」
「いえっ、ヨロイ島に行ったことはないしぜひ参加したいです!ただ…みなさんのご迷惑になるんじゃないかと思います」

新しい地形ではリネアは一歩足を踏み締めることさえ躊躇する。もちろん万全の対策はしているが想定外のトラブルに発展したことは一度や二度ではない。かといってキバナや他のトレーナーにつきっきりでいてもらうのも、合宿の意味がなくなるだろう。

「んなこと気にするなよ…っていうのも無理な話だよな。リネアは優しいからな」
「いえ…そんなことは…」
「そんなリネアにオレさまから宿題だ」
「え?」

いつも訓練をしている立場が逆転したが、本来はこの姿が正しいのだろう。キバナは経験豊富で色んなことを知っている。

「リネアは色んな人に頼る練習をすること!」

うぐ、と言葉に詰まった。何せ今まで一人で物事を解決できるよう努力していたからか、人に頼ることだけは人一倍苦手だった。それを見透かされていたのだ。

「それは……キバナさんの言う通りですが」
「そりゃ知らない奴に声をかけるのは怖いだろうけど、オレさまやレナに頼るのは怖くないだろ?」
「はい……」

人に頼ることは悪、とまで言うつもりはない。だがいざ頼るとなると足踏みしてしまう自分がいた。

「そういう練習だと思ってヨロイ島に行ってみようぜ。なに、バカンスだと思えば良いんだ」
「はい、わかりました」

チャレンジャーは道中一人でいることの方が多い。つまり頼らず一人で何もかもできるよう自主的に訓練をしていた。だが人生はチャレンジャーで終わるものではないし通過点に過ぎない。
キバナは以前、リネア自身で涙を拭う姿を見て思うところがあった。過度に人に頼ろうとしない場面が多く、自分を強く律している。ただ見てられないだけかもしれないがキバナはもっと頼って欲しいと思い続けていた。


合宿当日。船でヨロイ島に向かう。風が強いが欠航するほどの波ではない。船は多少揺れるがナックルジムの皆は平気そうだ。リネアを除いて。

「おーい、大丈夫かー」
「………」

リネアから返事はない。むしろ吐く寸前といった顔だ。確かに波があるせいで船は揺れている。酔い止めを飲んでいるがそれでも気分の悪さは変わらないのだという。
常に全神経を使って外の情報を拾おうとしているせいで酔っているのでは?とキバナが仮説を立てたところでリネアが言う。

「まずいでづ!はきそうでず!!」

ジムトレーナーのヒトミがリネアを連れて行く。もはや<さいみんじゅつ>で眠らせたほうが良いんじゃないかと思えてきた。


二時間かけてようやく到着したヨロイ島。砂浜には本土にはいないポケモンたちで溢れ、穏やかに過ごしている。

「よし、マスター道場にいって挨拶するぞ。リネアは……少し休んだ方が良さそうだな」
「すび、ません」

顔色が悪すぎる。今度は地面酔いを起こしてそうだ。サーナイトは心配そうにリネアを支えている。

「気にすんな。また迎えにくるから砂浜でゆっくりしていいぞ。ここは穏やかなポケモンしかいねぇから」
「はひ……」

そしてサーナイトはリネアをヤシの木の元へ連れて行く。日陰のある場所で座ったのを見届けてキバナたちはマスター道場へ向かった。
ヨロイ島ではキャンプ生活がメインだ。ただしヨロイ島そのものはマスター道場の主であるマスタードが買い取った。そこでキャンプをすることも、合宿で使うこともマスタードが善意で許可してくれたことが発端だ。

「失礼します、マスタードさん」
「キバナちゃ〜ん、いらっしゃい」

にこやかに返事をするマスタード。連れてきているジムトレーナーも同じく挨拶をした。

「三日間お世話になります。オレは時々抜けますけど、何かあればリョウタに連絡してください」
「いーのいーの、うちの門下生とバトルしてくれるんだからさ」
「そりゃお安い御用ですよ。良い環境で鍛えさせてもらうんだから」

だがマスタードはふと人数を数える。

「一人足りないみたいだねぇ」
「ああ、ちょっと船酔いしちまって休ませてます。後でまた挨拶にきますから」
「ありゃりゃ、そりゃ可哀想に。よかったらうちで休ませてあげた方が良い」
「ありがとうございます、助かります。すぐ連れてきます」
「ゆっくりでいいよ、無理させるといけないからね」

キバナは皆にキャンプ設営の指示を出した後、砂浜へ戻る。キャモメの鳴き声と波の音が静かに響く場所。居心地が良くなったのかヤシの木にもたれてリネアはうたた寝をしていた。顔色も随分良くなっている。

サーナイトがキバナに気づくと、赤い突起が少しだけ光る。するとリネアはゆっくり起き上がった。

「サーナイトありがとう起こしてくれて……」
「リネア、気分はどうだ」
「あっ、はい!随分楽になりました」
「マスター道場のマスタードさんが中で休ませてくれるって。行こうぜ」
「ありがとうございます…」
「マスタードさん、面白くて優しいじーさんだからきっと気にいるぜ。マスタードさんも、リネアみたいな強いトレーナー大好きだしな」

リネアはいつもの通りキバナの裾を握ろうとしたのだが寝起きのせいか勢い余って手を握った。あっ、と声を出すがキバナはあえて知らないふりをしてそのまま手を繋ぐ。

「行こうぜ」
「は、はい」

以前キバナの手を触った時と全く違う。リネアの心臓は高鳴り、変な汗まで出てくる。喉も乾いてきた。
周囲の環境を知るよりも、全神経をキバナの手に集中させている。
リネアのほてった体温が木鼻に知られるには時間の問題のような気がした。

「マスタードさん、今戻りました」

いつの間にか目的地についたようだ。慌てて手を引っ込めようとするがキバナがそれをさせない。

「き、キバナさん」
「だーめ」

ふふん、と悪い笑みをこぼす。意地悪をされていると初めて実感した。

「おや、その子がキバナちゃんの言ってた子?」
「はい、リネア、今目の前にいるのはマスタードさんだ。ダンデよりも前のチャンピオンなんだぜ」
「ええっ!?そうなんですか!?」

リネアは気を取り直して挨拶をする。

「初めまして、リネアと言います。キバナさんにお世話になっております」
「こんにちは。ところで不躾な質問してしまうけど……もしかして目が悪い?」

キバナの視点では、リネアはマスタードとしっかり目を合わせていた。声を発する位置を特定して見えていなかろうと顔を合わせるのはリネアのエコーロケーションの成果だ。だがそんな特技すらマスタードは看破する。

「す、すごいです…!私、初対面で挨拶しただけで見抜かれるのは初めてです!流石です!」
「ただの年の功ってヤツだよ。サーナイトを連れているけどもしかしてトレーナー?」
「はい!そうです!」

ハキハキと返事をするがリネアは先ほどまでグロッキーだった。マスタードはリネアを道場の奥、リビングに連れていった。

「キバナちゃん、リネアちゃんを少し借りるよ」
「もちろん、リネア、また迎えにくるからな」

肩を軽く叩いてその場を離れる。サーナイトはリネアの顔を覗き込んでは見つめる。

「どうしたのサーナイト?ボールに戻る?」
「ここまで大変だったでしょう、サーナイトちゃんにポロックをあげようか」
「ぽろっく…?」

そう言うとマスタードはリネアの手のひらにポロックと呼ばれるものを置いた。四角形のポケモン用のおやつなのだろう。

「きのみの匂いがする…」
「ホウエン地方のおやつだよ。ポケモンに食べさせてごらん」

サーナイトに渡すとすぐ口にいれた。存外に美味しかったようで滅多に鳴かないサーナイトが声を上げた。

「ありがとうございます。よかったねサーナイト」

よほど気分が良くなったらしい。サーナイトはリネアの膝に上半身を預けて甘えた。

「よく懐いているんだね。一目みてわかるよ」
「はい、私もサーナイトと、一緒に旅をしてくれたポケモンたちが大好きです」

とんとん、と奥から足音が聞こえる。

「あら!可愛いお客様!もしかしてキバナくんのジムトレーナーさん?」
「ちょうどよかった、ボクの奥さんのミツバちゃんだよ」
「初めまして、リネアと申します。正確にはジムトレーナーではないのですが、キバナさんにはとてもお世話になってます」

それにしても、マスタードと比べて声が若く感じる。気のせいかと思うが足音や動きは全て老年のものではない。もしかして若い奥さんなのだろうか。

「外は暑かったでしょう、麦茶をどうぞ」

コトン、と音がする。リネアの膝と同じくらいの高さ。机に置かれた。サーナイトの頭を撫でているためか気を使って左手側に置いてくれたようだ。

「ありがとうございます。少し船酔いしてしまいまして…麦茶いただきます」

両手でコップを握り、麦茶を口に含んだ。香ばしく懐かしい味。いつもはお茶を作るのも面倒で水を飲んでいたためかより美味しく感じた。

「はぁ、美味しい」
「驚いた、そこまで正確に位置がわかるなんて」
「あ、はい、恐縮です……キバナさんにも褒めていただきました」
「バトルはどうしてるの?」
「杖の鈴を鳴らして環境把握しています。ポケモンたちの体力は鳴き声でわかりますし、私のために音を出してくれることもあります」



一時間ほど経った後、ジムトレーナーたちは早速島のポケモンたちとバトルをしに行く。キバナはリネアを迎えに再びマスター道場に訪れた。

「失礼します、キバナです」

道場では門下生が訓練に励んでいる。それを横目にリビングへ向かうとマスタードが爆弾発言しているところに出会した。

「うちの門下生になろうよ!うん!いいアイデアだと思うなあ」
「ちょっ、ちょっと、ちょっとマスタードさん」
「あらキバナちゃんもう来たの」
「塩対応すぎません?」

褒めちぎられたであろうリネアは顔を真っ赤にしている。そんな肩を軽く掴んで言った。

「リネアはオレさまのアドバイザーなんで、簡単にやるわけにはいかないんですよ」
「こんな光る原石勿体無いよ。今からでもいいからおいでよ」
「聞いてます?」

ミツバは先程からどういう話をしているのか十分にわかっていないようだ。

「褒めてくださりありがとうございます。もし、キバナさんのアドバイザーとしてうまくできたら、その時はまたマスター道場に来ても良いですか?」
「もちろんだよ〜いつでもおいで〜」
「じゃあリネア回収していきますね〜」

うとうとしているサーナイトをボールに入れる。キバナはリネアの手を支えて椅子から立たせた。

「合宿中困ったことがあったらいつでもおいで」
「はいっ、ありがとうございます。お菓子もご馳走様でした」

リネアは深々と頭を下げてマスター道場を離れる。体調も全快したようで何よりだがキバナは宝を守る竜のように内心唸る。

「マスタードさんにあやうくオレさまのアドバイザー取られるところだったぜ」
「そ、そんなことないですよ。それに私も責務を投げ出すことなんてしませんから」
「いや…あれは結構マジだったな。もし行くなら、せめて!オレさまがダンデとチャンピオンに勝った後にしろよ!」

キバナは年上の筈なのに、モノを取られそうになって怒る子どものように感じる。リネアは面白くてくすくすと笑った。

「なんだよ、笑うなって」
「ふふふっ、キバナさんって可愛らしいところがあるんですね」
「ハァー!?オレさまはどう考えても“カッコいい”だろ!」
「う〜ん、時と場合によりけりです」
「えーー!」

笑うリネアの口ぶりに、キバナは感情をかき混ぜられる。キバナの感情を見透かす一面が、リネアにはあるのだと知って心臓が強く動いた。


17時までには全員がキャンプ場に戻り夕飯の支度をする。リネアも手伝いをすると言うのでカレーを焦さぬよう混ぜる任務を与えた。
しかしながらキバナが作るカレーは絶品だ。リョウタもキバナのカレーは美味しいと絶賛している。手持ちのポケモンたちもお腹いっぱい食べてご機嫌だ。

「明日は6時起床な。メシ食って9時まで共同トレーニング。そのあとは自由行動だ」
「明日、鍾乳洞いきます!」
「私は森の中で鍛えます!」

気をつけろよ、とキバナは苦笑する。賑やかなまま夕陽が落ちて行く。リネアは一際強い光、夕陽を感じながら団欒を過ごした。

翌日、キバナが言った通りのスケジュールを始める。サンドイッチを作り皆で食べた後、ポケモンたちの体力作りのため砂浜で共に走る。海風が冷たい中、リネアはレナに頼んで紐を持ってもらい、一緒に走っていた。

「ぜぇ…ぜぇ…」

普段走ることはしないため、リネアは自身の体力の無さを痛感する。

「大丈夫?ペース落とそうか?」
「い、いえ……はぁ……がんばります……」

目的地まで走り終えると足が痙攣しそうなほど疲弊した。腰に下げていたホルダーから水筒を取り出し、ゆっくり飲む。

「こ、こんなに、初めて、走りました……」
「だよね……帰りはゆっくり行こうか」
「いえ、流石にレナさんのトレーニングの邪魔はできませんから、帰りはロトムに案内してもらいます」
「でもここら辺のポケモンたち、結構好戦的だから……せめて途中まで一緒にいこう?」
「はい……ありがとうございます」

早速頼る練習をしたものの、レナの足を引っ張ってばかりだ。これでは“頼る”を通り越して“迷惑”になっている。

「そういえば聞きたかったことがあるんだけど…」
「何ですか?」
「どうしてポケモントレーナーになったの?」

自身の記憶を深掘りしていく。だが最初からバトルをしたいと思ったわけではないのは確かだ。どちらかと言うと反骨が基本的に備わっている。

「うまく思い出せませんが…生まれた時から弱視で、そのせいでいろいろと世話をしてもらった記憶があります。両親は単純に心配だからという意味だったと思うんですが、なんだか……腫れ物扱いされている気がしたんです」
「最初に生まれた子がリネアさんだもんね、気持ちはわかるなぁ」
「はい、でも何するにしても…家の中の間取りがわかっていても、心配からたくさん声をかけられて。一人でも大丈夫だって証明したかったのかもしれません」

その気持ちが大きくなり、目が見えなくてもバトルはできるという気持ちに変化していった。改めて言葉に置き換えると、頼れなくなっていた原因がわかったような気がした。今のリネアを取り巻く人々は皆尊重してくれている。何をするにしても否定されたりじっと監視されるわけでもないのだ。

「リネアさんはすごいね……それはリネアさんだからこそ、そう在れるんだと思うな」
「ありがとうございます……私もレナさんに質問してくださって、自分のこと少し理解できた気がします」
「え?」

呼吸も落ち着いてきた。ふくらはぎを伸ばし、膝を回す。軽くストレッチしたところでもう一度頼んだ。

「私頑張ってついていきます。帰りもお願いして良いですか」
「もちろん!」

往復しきったリネアは、カピカピのゾンビのように干からびそうになった。だが朝日の中を走った経験は清々しいものだった。
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