デイジー・ベル
ナックルジムの朝は早い。ジムを開けて清掃から始まる。それが終わるとミーティングが始まりキバナの予定を全員で確認する。本日はリネアが初めてアドバイザーとして入るため、スケジュールは少なく、代わりにジムにいる時間を多く確保していた。
キバナがアドバイザーとしてスカウトしたが実際はジムトレーナーにもアドバイスをしてほしいところである。リネアの実力はすでに周知の事実であり、早速わざ構成の相談を受けていた。
「それにしてもリネアさんはポケモンの育成もしっかり考えられているんですね」
「ありがとうございます。でも私がこうだから、四匹が限界なんですけどね……本当はたくさんのポケモンたちと過ごしてみたいんです。賑やかなのは大好きですから」
「あの…失礼な質問になってしまうのですが、ポケモンを捕獲する時はどうやって?」
確かにそこは全員が気になっていたところだ。いくら鳴き声で体調を把握する術があったとしても捕獲は最大の難関だろう。
リネアは困ったように笑った。
「実は…みんな私が意図して仲間にした子じゃないんです」
「はい……?」
「オンバーン……オンバットはおじいちゃんが私のために生身でゲットしてくれて」
生身で……?とざわつく。仮にも飛行し素早く逃げるポケモンをどう捕まえたのだろうか。孫への愛情がそうさせたならばそれ以上聞くことはないだろう。
「サーナイトはキルリアの頃、私が杖をついて歩いているのを心配してついてきてくれたんです」
「ええ……?」
「それからゴルバットは私がカレーを食べてる時に来て……」
ゴルバットの食いしん坊はよくわかる。カレーに誘われたのも納得だ。
「ホエルコは私のためにクリック音を出して海辺で誘導してくれたんです。実際海辺ではホエルコがいてくれて随分移動が楽になりました」
つまり、意図してゲットしていない事実が判明した。バトル中も手持ちポケモンは常にリネアのために音を出している。鈴に呼応するように鳴き、自身の状況を明確にしている。トレーナーに対する異常なまでの理解度、そしてコンビネーションは、リネアが能動的に捕獲したポケモンでは成立しない。リネアを気にかけ旅をしたいと思うポケモンだからこそバトルが成立しているのだ。
「す、すごい…リネアさんもですが、ポケモンたちの献身さが特に」
「はい!私のポケモンたちは優しくてすごいんです!」
ある意味バトル中の行動指針が定まっている。リネアに現在情報をできるだけ与え、リネア自身は未来を模索する。そしてリネアが出す指示を信頼しワザを放つ。レベルはともかく共にバトルをこなした数が膨大である故にポケモンたちも突然の場面に驚くことはない。単純な話、バトル経験が誰よりも豊富だと突きつけられた。
その話を聞き、キバナは提案する。
「来週、ワイルドエリアに探検にいこうぜ!」
「ワイルドエリア、ですか?」
「おう、オレさまとリネア。それからローテションでジムにいるトレーナーを連れて野生ポケモンとバトルだ」
トレーナーたちはいつもジム内でトレーニングをしているせいか、外に出て行動するだけで期待感があふれる。ジム施設の設備はもちろん上質だが外での経験は圧倒的に大きい。何よりキャンプでカレーを食べられる。早速ローテションのチーム分けをしようとトレーナーたちはくじ引きをしていた。
「あの……ワイルドエリアにいくのは構いません。でも私はあまりワイルドエリアで活動したことないんです」
「目のことを心配してるなら大丈夫だ。オレさまがついてる」
「ありがとうございます……足を引っ張らないよう頑張ります」
薄い肩に手を乗せる。リネアの身でワイルドエリアに行くことは人の数倍危険が伴う。ポケモンたちに道案内を頼むことでさえ限界があるだろう。
「リネアにとってもいい経験になるはずだ。楽しんでいこうぜ!」
「はい!」
「っつーわけで明日、ワイルドエリアの予習だ。あとオレさまにアドバイスくれよ」
「へえ!?」
予習はもちろんだが、リネアに対しどういった点に機を配るべきか知ることが重要だ。キバナは文字通り全方位注視する必要がある。
「じゃ、じゃあ杖もワイルドエリア用に調整しなきゃ」
「何か必要か?経費で落とせるぞ」
「うちに道具があるので大丈夫です!それに、杖の先に円盤を当てるだけなので」
「円盤?」
杖の先に円形のパーツをはめ込むことで、自分より先に杖をつけばそこが坂なのか、崖なのか、角度でわかるのだという。チャレンジ中はそうやってワイルドエリアを抜けていたのだろう。
「オレさまもリネアを見ておく。もし要望があったら言ってくれ。いっとくが、遠慮はナシだからな!」
「は、はい。ワイルドエリアは、私が経験した中でも危険がいっぱいです……心してかかります」
少し話がズレている気がするのでキバナはしゃがみ込み互いに意思疎通を図った。リネアはワイルドエリアを怖がっていると、直感でわかった。
「こう言っちゃなんだが、オレとリネアは違う。だからリネアが困っていることに気づけない場合がほとんどだと思っている」
「はい…」
「リネアが言ったとおりワイルドエリアは危険がある。けど今回はオレがいる。リネアに怖い思いをさせないためにも、頼ってくれないか?」
今まで一人で頑張り続けていた。今回くらいはもたれかかってもいいのだと伝える。リネア自身も一人では限界があると十分理解できているはずだ。だからこそキバナの言葉を素直に受け取って。
「はい……ありがとうございます」
「よし、そうと決まればカレーのきのみ準備しないとな!」
「私、キャンプでカレー食べるの大好きなんです!今まで料理できなかったから、レトルトばかりでしたけど……」
「ならオレさまもカレーの作り甲斐がある。楽しみにしてろよ〜」
「はいっ!」
アドバイザーとしてリネアを雇うことで、リネアに新たな経験を与えられるのならばこれ以上嬉しいことはない。ジムトレーナーたちのくじ引きが決まるまではリネアとカレーの話で盛り上がった。
翌日、朝からキバナとリネアはワイルドエリアに赴いた。天候は良く、気温もさほど低くはない。まさにキャンプ日和であった。
「いい天気だ。“エンジンリバーサイド”まで見えそうだぜ」
「エンジン……?」
ああ、とキバナは腰を屈めた。リネアの手を持って“エンジンリバーサイド”と呼ばれる地名を指差した。
「ここから真っ直ぐ、この方角に進めば小川がある。そのあたりが“エンジンリバーサイド”だ」
「そうなんですね…ワイルドエリアの地名には疎くて…」
「なに、地名までしっかり覚えてる奴はそういないさ。オレさまはたまにワイルドエリアのパトロールを依頼されるから知ってるだけ」
現に元チャンピオンのダンデは地名を覚えているかどうかも怪しいくらいだ。
「私がチャレンジャーのとき、ただワイルドエリアを抜けるのに必死で、もはや駆け抜けていたくらいなんです。ワイルドエリアのこと是非教えてください」
「ああ、もちろんだ」
今日は“きょじんのぼうし”あたりに行くのが限界だろう。ともあれキバナがリネアをアドバイザーとして招いたが実情はジムトレーナーのアドバイスにかかりきり。もちろん織り込み済みでありそうしてくれるのは助かる。とはいえ肝心のキバナへのアドバイスは一度もされたことがない。今日でリネアの技術を少しでも吸収したいところではある。
「よし、じゃあ肩慣らしに行くか!コータス!」
ボールから勢いよく飛び出したコータスは蒸気を出しながらやる気に満ち溢れている。
「コータス、今日はリネアと一緒だ。よろしくしてやってくれ」
コータスの息、鳴き声をしっかり聞いてリネアはコータスの前にしゃがみ込む。
「はじめまして。リネアといいます。よろしくお願いします」
のんきなコータスだが今日はスローペースで進む予定だ。リネアのことも鑑みてコータスを先頭に置くことは一番に決めていた。
透き通るリネアの声と鈴の音にコータスは目尻をさらに下げた。甲羅を軽く撫でてやるとゆっくり歩く。
「さ、いこうぜ。バトルのアドバイスも欲しいからな」
「は、はい!」
右手に杖、左手にキバナの裾を掴ませてワイルドエリアを進んだ。リネアを見ていると、チャレンジ中は一人でどれほど心細かっただろうと思わずにはいられない。
「近くに砂漠がある。そのせいで草原と砂利が重なっているから気をつけろ」
「はいっ」
そうこうしているとキバナの頭上に一瞬影ができた。見上げるとウォーグルがキバナとコータスを中心に円を描くように飛んでいる。
「コータス、ウォーグルだ」
ブオォオ!と蒸気混じりのやる気。キバナはニヤリと笑った。
「リネア、今からバトルをする。オレさまの後ろに隠れてろ」
「はいっ」
そして本日一回目のバトルが始まった。
ウォーグルが勢いよく風を飛ばす。<エアスラッシュ>だ。コータスの甲羅に鋭い風が当たるが十分耐えられる。
「<えんまく>!」
これで頭上から攻めることは難しくなった。続けて<エアスラッシュ>を放つがコータスには掠りもしない。狙いを定めるためにウォーグルが高度を著しく下げたところがチャンスだ。
「コータス!<ボディプレス>!」
一瞬、ウォーグルよりも高く飛び上がり無防備な背中にのしかかる。レベル差もありウォーグルは瀕死寸前。戦う意志も無くなったためコータスがその背中から降りるとほうほうのていで飛び去っていった。
「お疲れさん!流石だぜコータス!」
快勝をおさめたコータスの表情は勇ましい。次にリネアの様子も伺わなければならない。
「リネア………さん」
思わず「さん付け」してしまったのには理由がある。キバナはウォーグルのエアスラッシュを受けた時、リネアに流れ弾ならぬ「流れワザ」がいかぬよう無意識に庇った。そして今まで片腕で強く抱きしめたままバトルを続けていたのだ。
腕を恐る恐る離すと、リネアの顔は<だいもんじ>を受けたように真っ赤になっていた。
「悪い、オレ咄嗟に庇ったままだったな。苦しくなかったか?」
「い、いえ。上着?がふかふかでいい匂いでした!」
「あ、うん……そ、そうかぁ……?」
リネアは気づいていないかもしれないが、あの場面を第三者視点で見られていたらそれはもう注意されていたに違いない。
そのくらい身長差も年齢差もあるのだから当然だ。
「それにキバナさんってぽかぽかしてるんですね」
居た堪れなくなってきた。眉間を押さえながらガラにもなく赤くなる顔を誤魔化す。目の前の相手は目が見えないというのに。
「まぁ、その、怪我がなくてよかった。ところで、今のバトル、わかったか?」
「はい、聞いていました。鈴が鳴らせなかったので立ち位置は少し曖昧ですが……もしよかったら次からサーナイトを控えてもいいですか?テレパシーでぼんやりとしたイメージはわかるんです」
「サーナイト器用だな〜」
サーナイトが伝える内容はかなり大雑把なものが限度だという。キバナは極端な言い方をすれば「精度の低いサーモグラフィー」だと感じた。何がいるのかはわかるがどういった形をしていて、常に動くものならばラグが発生する。バトルには不向きだがワイルドエリアではかなり有効な地理把握手段である。
「でもさっきのバトルすごかったです。えんまくを張ってウォーグルの高度をあえて下げるようにさせるのは流石です!」
「ありがとな。でもそこまでわかるのも大概すごいぞ」
「キバナさんのバトル、聞いててすごく楽しいのでもっと学ばせてください!」
どっちがアドバイザーか分からなくなってしまうが、第三者にバトルを俯瞰してもらうのも重要なトレーニングだ。それから三回ほど野生ポケモンとバトルをして“きょじんのぼうし”までたどり着いた。
「よし、そろそろ休憩と昼メシだ」
「わーい!」
コータス、サーナイト、リネアが一斉に喜ぶ。キバナからすれば似たような背丈なので、「手持ちにいたっけ?」と錯覚してしまう。
「お手伝いします!」
「うーん……じゃあコータスの甲羅を磨いてやってくれるか?」
「わかりました!」
タワシを渡すとコータスも甲羅を磨くと分かり、リネアのズボンを甘噛みしていた。
「へへ、かわいいなぁ。好きなところ教えてね?」
その間にキバナはきのみを包丁で剥き、具材を切る。火をつけて鍋に油を敷く。根野菜から炒めると香ばしい匂いが漂う。すると香りに釣られて勝手に出てきたのはリネアのゴルバットだ。
「あっ!ゴルバット!勝手に出ちゃダメ!」
「本当に食いしん坊だな!もう少しいい子で待ってな、すぐできるから」
言い聞かせると素直に地面に降り立ち、じっとキバナを見上げた。そのことにリネアはご立腹のようだ。
「いつも私の時は頭甘噛みするのに…」
「はははっ!リネアに甘えてるんだよ!」
ジムトレーナーもポケモンの躾や癖で困っていると相談に来ることがある。いずれも性格に起因していたりと、改善が難しいものばかりだがゴルバットはリネアの気を引くためにしているのだろう。
結局コータスの甲羅を撫でているリネアのそばにいき、一緒に頭を撫でてもらっていた。
「わぁ〜カレーのにおい!」
礼儀正しいリネアの砕けた口調と子供らしいセリフについ笑みが溢れる。チャレンジ中の醍醐味でもあるキャンプカレーを楽しめないまま青春を終えさせることなどキバナが許さない。
「さておまちどうさん!半熟オムレツカレーだ!」
「は、半熟!?そんな豪華なものいいんですか!?」
「なんだそりゃ!」
互いの手持ちのポケモン全て出すとカレーにウズウズして待ちきれない様子。かなり多めに作ってしまったと不安だったがこれなら余ることはないだろう。
「あつあつのうちにたくさん食べろよ〜」
「わぁ!いただきまーす!」
はふはふ、と白い湯気を出しながらカレーを口に頬張る。
「おいひいです!」
「そりゃよかった」
「半熟とろとろで、カレーのピリ辛を柔らかくしてて、一口で二度美味しいです!」
「はは!もしおかわり欲しい時は遠慮なく言えよ」
「はい!」
これまで見たリネアの姿の中で一番ご機嫌だ。ジムバトルで初めて対峙した、静かなるプレッシャーを放つ姿とは大違いだ。もちろんどちらも好ましいものだが、やっぱり子どもらしい姿の方がキバナ自身としては落ち着く。
美味しいと言って食べる様子をキバナは自分のカレーに手をつけないまましばらく見つめていた。
リネアとゴルバットは同時におかわりを要求し、どちらが多くカレーを貰うか口喧嘩を始める。ケンカするほど仲がいいというが、手持ちのポケモンとケンカをするトレーナーは初めてで思わず笑ってしまう。
結局、ゴルバットに少し多めにカレーを与えたがリネアには妥協案として半熟オムレツをもう一度作って乗せるとまたご機嫌に食べていた。
あれだけ作ったカレーもすっかりカラになった。リネアとゴルバットの体のどこにあれほどのカレーが入っているのかわからないが、とにかく後片付けは楽になりそうだ。
「ジムについたら調理器具のお掃除任せてください!私、掃除だけはおじいちゃんに叩き込まれたので!」
「そういや、おじいさんにオンバットをゲットしてもらったんだよな。バトルも教えてもらったのか?」
すると眉はしなり、表情に影が落ちた。あまり聞かれたくないことだったか、と思い謝ろうとするがそれより先にリネアが言う。
「おじいちゃん……実はスパルタなんです」
「へ?」
「バトルは独学なんですが、バトルできるようになるために、かろうじて目が見える時でも目隠しして山から家に帰ってこいって言って放り出したり……」
「大丈夫なのかそれ」
「大丈夫です!なので今ここにいます!」
「そうなんだけどさ」
それから祖父によるスパルタ教育を告げる。目を常に隠した状態でチェス、将棋、ランニング、オンバット探し、コイキング素手掴みなどなど……もはやそれ必要ある?というようなものまでさせられていた。
「私が音の反響を拾ってポケモンの姿をある程度掴めたり、距離感がわかったりするのはおじいちゃんのスパルタのおかげなんです」
「そ、そうかぁ……」
「でもそれ以外に、匂い、温度、振動…全部を駆使してようやくエコーロケーションを掴めました。おじいちゃんは私が泣いても、嫌っていっても根気強く、私がバトルできるように鍛えてくれました」
「いいおじいさんなんだな」
「はい!あり得ないくらい厳しいけど、おじいちゃんのおかげでオンバーンにも出会えたし、チャレンジャーにもなれました!」
オンバーンは甘えてるリネアの背後から抱きつく。体格差のせいで襲われてるようにも見えるが頬を擦り付けて双方幸せそうだ。
「でも…キバナさんはすごく強いです。ポケモンへの命令強度もあるし、信頼関係もしっかりしています。こんなことを言うのも失礼だとは思うんですが、私のアドバイスはさほど必要ないんじゃないかと思うんです」
椅子に腰掛けたまま、数秒間無言だった。リネアにはキバナの静かな呼吸を聴いている。
「……オレには、越えたい相手が二人いる。そして、リネアの戦い方に、越えるためのヒントがあると思ってる。リネアが長い時間をかけて得た技術をオレがすぐに習得できるとは思えない。それでもリネアがバトルを通して見る世界を知ることができれば……それこそヒントが得られるはずだ」
「……」
「要は、今のオレさまじゃ頭打ちってワケだ。情けない話だがオレさまは限界を感じている。けどこのままで終われるわけがねぇ」
「はい、気持ちはとてもわかります」
藁にもすがる想いだとリネアも理解できた。キバナほどのトレーナーが、これ以上何をすればチャンピオンに勝てるのかわからないまま鍛え続けるのはどうやったってメンタルに響くだろう。もし戦い続ける者がいるならばそれはただのオートメイションだ。
「もしキバナさんが五感を鍛えてチャンピオンに勝てるかどうかはわかりませんが……それでも見えるものがあるなら、ぜひお手伝いさせてください」
「ありがとうな、リネア」
リネアは静かに微笑む。
「では早速ジムに戻って耳を鍛えましょう!」
「へ」
「大丈夫!私にも出来たんですからキバナさんにもできます!目隠しした状態でオンバーンの手加減<エアスラッシュ>を避けられるよう頑張りましょう!」
この祖父にしてこの孫あり。
スパルタバーサーカー訓練は本日、ようやく開幕したのであった。
キバナがアドバイザーとしてスカウトしたが実際はジムトレーナーにもアドバイスをしてほしいところである。リネアの実力はすでに周知の事実であり、早速わざ構成の相談を受けていた。
「それにしてもリネアさんはポケモンの育成もしっかり考えられているんですね」
「ありがとうございます。でも私がこうだから、四匹が限界なんですけどね……本当はたくさんのポケモンたちと過ごしてみたいんです。賑やかなのは大好きですから」
「あの…失礼な質問になってしまうのですが、ポケモンを捕獲する時はどうやって?」
確かにそこは全員が気になっていたところだ。いくら鳴き声で体調を把握する術があったとしても捕獲は最大の難関だろう。
リネアは困ったように笑った。
「実は…みんな私が意図して仲間にした子じゃないんです」
「はい……?」
「オンバーン……オンバットはおじいちゃんが私のために生身でゲットしてくれて」
生身で……?とざわつく。仮にも飛行し素早く逃げるポケモンをどう捕まえたのだろうか。孫への愛情がそうさせたならばそれ以上聞くことはないだろう。
「サーナイトはキルリアの頃、私が杖をついて歩いているのを心配してついてきてくれたんです」
「ええ……?」
「それからゴルバットは私がカレーを食べてる時に来て……」
ゴルバットの食いしん坊はよくわかる。カレーに誘われたのも納得だ。
「ホエルコは私のためにクリック音を出して海辺で誘導してくれたんです。実際海辺ではホエルコがいてくれて随分移動が楽になりました」
つまり、意図してゲットしていない事実が判明した。バトル中も手持ちポケモンは常にリネアのために音を出している。鈴に呼応するように鳴き、自身の状況を明確にしている。トレーナーに対する異常なまでの理解度、そしてコンビネーションは、リネアが能動的に捕獲したポケモンでは成立しない。リネアを気にかけ旅をしたいと思うポケモンだからこそバトルが成立しているのだ。
「す、すごい…リネアさんもですが、ポケモンたちの献身さが特に」
「はい!私のポケモンたちは優しくてすごいんです!」
ある意味バトル中の行動指針が定まっている。リネアに現在情報をできるだけ与え、リネア自身は未来を模索する。そしてリネアが出す指示を信頼しワザを放つ。レベルはともかく共にバトルをこなした数が膨大である故にポケモンたちも突然の場面に驚くことはない。単純な話、バトル経験が誰よりも豊富だと突きつけられた。
その話を聞き、キバナは提案する。
「来週、ワイルドエリアに探検にいこうぜ!」
「ワイルドエリア、ですか?」
「おう、オレさまとリネア。それからローテションでジムにいるトレーナーを連れて野生ポケモンとバトルだ」
トレーナーたちはいつもジム内でトレーニングをしているせいか、外に出て行動するだけで期待感があふれる。ジム施設の設備はもちろん上質だが外での経験は圧倒的に大きい。何よりキャンプでカレーを食べられる。早速ローテションのチーム分けをしようとトレーナーたちはくじ引きをしていた。
「あの……ワイルドエリアにいくのは構いません。でも私はあまりワイルドエリアで活動したことないんです」
「目のことを心配してるなら大丈夫だ。オレさまがついてる」
「ありがとうございます……足を引っ張らないよう頑張ります」
薄い肩に手を乗せる。リネアの身でワイルドエリアに行くことは人の数倍危険が伴う。ポケモンたちに道案内を頼むことでさえ限界があるだろう。
「リネアにとってもいい経験になるはずだ。楽しんでいこうぜ!」
「はい!」
「っつーわけで明日、ワイルドエリアの予習だ。あとオレさまにアドバイスくれよ」
「へえ!?」
予習はもちろんだが、リネアに対しどういった点に機を配るべきか知ることが重要だ。キバナは文字通り全方位注視する必要がある。
「じゃ、じゃあ杖もワイルドエリア用に調整しなきゃ」
「何か必要か?経費で落とせるぞ」
「うちに道具があるので大丈夫です!それに、杖の先に円盤を当てるだけなので」
「円盤?」
杖の先に円形のパーツをはめ込むことで、自分より先に杖をつけばそこが坂なのか、崖なのか、角度でわかるのだという。チャレンジ中はそうやってワイルドエリアを抜けていたのだろう。
「オレさまもリネアを見ておく。もし要望があったら言ってくれ。いっとくが、遠慮はナシだからな!」
「は、はい。ワイルドエリアは、私が経験した中でも危険がいっぱいです……心してかかります」
少し話がズレている気がするのでキバナはしゃがみ込み互いに意思疎通を図った。リネアはワイルドエリアを怖がっていると、直感でわかった。
「こう言っちゃなんだが、オレとリネアは違う。だからリネアが困っていることに気づけない場合がほとんどだと思っている」
「はい…」
「リネアが言ったとおりワイルドエリアは危険がある。けど今回はオレがいる。リネアに怖い思いをさせないためにも、頼ってくれないか?」
今まで一人で頑張り続けていた。今回くらいはもたれかかってもいいのだと伝える。リネア自身も一人では限界があると十分理解できているはずだ。だからこそキバナの言葉を素直に受け取って。
「はい……ありがとうございます」
「よし、そうと決まればカレーのきのみ準備しないとな!」
「私、キャンプでカレー食べるの大好きなんです!今まで料理できなかったから、レトルトばかりでしたけど……」
「ならオレさまもカレーの作り甲斐がある。楽しみにしてろよ〜」
「はいっ!」
アドバイザーとしてリネアを雇うことで、リネアに新たな経験を与えられるのならばこれ以上嬉しいことはない。ジムトレーナーたちのくじ引きが決まるまではリネアとカレーの話で盛り上がった。
翌日、朝からキバナとリネアはワイルドエリアに赴いた。天候は良く、気温もさほど低くはない。まさにキャンプ日和であった。
「いい天気だ。“エンジンリバーサイド”まで見えそうだぜ」
「エンジン……?」
ああ、とキバナは腰を屈めた。リネアの手を持って“エンジンリバーサイド”と呼ばれる地名を指差した。
「ここから真っ直ぐ、この方角に進めば小川がある。そのあたりが“エンジンリバーサイド”だ」
「そうなんですね…ワイルドエリアの地名には疎くて…」
「なに、地名までしっかり覚えてる奴はそういないさ。オレさまはたまにワイルドエリアのパトロールを依頼されるから知ってるだけ」
現に元チャンピオンのダンデは地名を覚えているかどうかも怪しいくらいだ。
「私がチャレンジャーのとき、ただワイルドエリアを抜けるのに必死で、もはや駆け抜けていたくらいなんです。ワイルドエリアのこと是非教えてください」
「ああ、もちろんだ」
今日は“きょじんのぼうし”あたりに行くのが限界だろう。ともあれキバナがリネアをアドバイザーとして招いたが実情はジムトレーナーのアドバイスにかかりきり。もちろん織り込み済みでありそうしてくれるのは助かる。とはいえ肝心のキバナへのアドバイスは一度もされたことがない。今日でリネアの技術を少しでも吸収したいところではある。
「よし、じゃあ肩慣らしに行くか!コータス!」
ボールから勢いよく飛び出したコータスは蒸気を出しながらやる気に満ち溢れている。
「コータス、今日はリネアと一緒だ。よろしくしてやってくれ」
コータスの息、鳴き声をしっかり聞いてリネアはコータスの前にしゃがみ込む。
「はじめまして。リネアといいます。よろしくお願いします」
のんきなコータスだが今日はスローペースで進む予定だ。リネアのことも鑑みてコータスを先頭に置くことは一番に決めていた。
透き通るリネアの声と鈴の音にコータスは目尻をさらに下げた。甲羅を軽く撫でてやるとゆっくり歩く。
「さ、いこうぜ。バトルのアドバイスも欲しいからな」
「は、はい!」
右手に杖、左手にキバナの裾を掴ませてワイルドエリアを進んだ。リネアを見ていると、チャレンジ中は一人でどれほど心細かっただろうと思わずにはいられない。
「近くに砂漠がある。そのせいで草原と砂利が重なっているから気をつけろ」
「はいっ」
そうこうしているとキバナの頭上に一瞬影ができた。見上げるとウォーグルがキバナとコータスを中心に円を描くように飛んでいる。
「コータス、ウォーグルだ」
ブオォオ!と蒸気混じりのやる気。キバナはニヤリと笑った。
「リネア、今からバトルをする。オレさまの後ろに隠れてろ」
「はいっ」
そして本日一回目のバトルが始まった。
ウォーグルが勢いよく風を飛ばす。<エアスラッシュ>だ。コータスの甲羅に鋭い風が当たるが十分耐えられる。
「<えんまく>!」
これで頭上から攻めることは難しくなった。続けて<エアスラッシュ>を放つがコータスには掠りもしない。狙いを定めるためにウォーグルが高度を著しく下げたところがチャンスだ。
「コータス!<ボディプレス>!」
一瞬、ウォーグルよりも高く飛び上がり無防備な背中にのしかかる。レベル差もありウォーグルは瀕死寸前。戦う意志も無くなったためコータスがその背中から降りるとほうほうのていで飛び去っていった。
「お疲れさん!流石だぜコータス!」
快勝をおさめたコータスの表情は勇ましい。次にリネアの様子も伺わなければならない。
「リネア………さん」
思わず「さん付け」してしまったのには理由がある。キバナはウォーグルのエアスラッシュを受けた時、リネアに流れ弾ならぬ「流れワザ」がいかぬよう無意識に庇った。そして今まで片腕で強く抱きしめたままバトルを続けていたのだ。
腕を恐る恐る離すと、リネアの顔は<だいもんじ>を受けたように真っ赤になっていた。
「悪い、オレ咄嗟に庇ったままだったな。苦しくなかったか?」
「い、いえ。上着?がふかふかでいい匂いでした!」
「あ、うん……そ、そうかぁ……?」
リネアは気づいていないかもしれないが、あの場面を第三者視点で見られていたらそれはもう注意されていたに違いない。
そのくらい身長差も年齢差もあるのだから当然だ。
「それにキバナさんってぽかぽかしてるんですね」
居た堪れなくなってきた。眉間を押さえながらガラにもなく赤くなる顔を誤魔化す。目の前の相手は目が見えないというのに。
「まぁ、その、怪我がなくてよかった。ところで、今のバトル、わかったか?」
「はい、聞いていました。鈴が鳴らせなかったので立ち位置は少し曖昧ですが……もしよかったら次からサーナイトを控えてもいいですか?テレパシーでぼんやりとしたイメージはわかるんです」
「サーナイト器用だな〜」
サーナイトが伝える内容はかなり大雑把なものが限度だという。キバナは極端な言い方をすれば「精度の低いサーモグラフィー」だと感じた。何がいるのかはわかるがどういった形をしていて、常に動くものならばラグが発生する。バトルには不向きだがワイルドエリアではかなり有効な地理把握手段である。
「でもさっきのバトルすごかったです。えんまくを張ってウォーグルの高度をあえて下げるようにさせるのは流石です!」
「ありがとな。でもそこまでわかるのも大概すごいぞ」
「キバナさんのバトル、聞いててすごく楽しいのでもっと学ばせてください!」
どっちがアドバイザーか分からなくなってしまうが、第三者にバトルを俯瞰してもらうのも重要なトレーニングだ。それから三回ほど野生ポケモンとバトルをして“きょじんのぼうし”までたどり着いた。
「よし、そろそろ休憩と昼メシだ」
「わーい!」
コータス、サーナイト、リネアが一斉に喜ぶ。キバナからすれば似たような背丈なので、「手持ちにいたっけ?」と錯覚してしまう。
「お手伝いします!」
「うーん……じゃあコータスの甲羅を磨いてやってくれるか?」
「わかりました!」
タワシを渡すとコータスも甲羅を磨くと分かり、リネアのズボンを甘噛みしていた。
「へへ、かわいいなぁ。好きなところ教えてね?」
その間にキバナはきのみを包丁で剥き、具材を切る。火をつけて鍋に油を敷く。根野菜から炒めると香ばしい匂いが漂う。すると香りに釣られて勝手に出てきたのはリネアのゴルバットだ。
「あっ!ゴルバット!勝手に出ちゃダメ!」
「本当に食いしん坊だな!もう少しいい子で待ってな、すぐできるから」
言い聞かせると素直に地面に降り立ち、じっとキバナを見上げた。そのことにリネアはご立腹のようだ。
「いつも私の時は頭甘噛みするのに…」
「はははっ!リネアに甘えてるんだよ!」
ジムトレーナーもポケモンの躾や癖で困っていると相談に来ることがある。いずれも性格に起因していたりと、改善が難しいものばかりだがゴルバットはリネアの気を引くためにしているのだろう。
結局コータスの甲羅を撫でているリネアのそばにいき、一緒に頭を撫でてもらっていた。
「わぁ〜カレーのにおい!」
礼儀正しいリネアの砕けた口調と子供らしいセリフについ笑みが溢れる。チャレンジ中の醍醐味でもあるキャンプカレーを楽しめないまま青春を終えさせることなどキバナが許さない。
「さておまちどうさん!半熟オムレツカレーだ!」
「は、半熟!?そんな豪華なものいいんですか!?」
「なんだそりゃ!」
互いの手持ちのポケモン全て出すとカレーにウズウズして待ちきれない様子。かなり多めに作ってしまったと不安だったがこれなら余ることはないだろう。
「あつあつのうちにたくさん食べろよ〜」
「わぁ!いただきまーす!」
はふはふ、と白い湯気を出しながらカレーを口に頬張る。
「おいひいです!」
「そりゃよかった」
「半熟とろとろで、カレーのピリ辛を柔らかくしてて、一口で二度美味しいです!」
「はは!もしおかわり欲しい時は遠慮なく言えよ」
「はい!」
これまで見たリネアの姿の中で一番ご機嫌だ。ジムバトルで初めて対峙した、静かなるプレッシャーを放つ姿とは大違いだ。もちろんどちらも好ましいものだが、やっぱり子どもらしい姿の方がキバナ自身としては落ち着く。
美味しいと言って食べる様子をキバナは自分のカレーに手をつけないまましばらく見つめていた。
リネアとゴルバットは同時におかわりを要求し、どちらが多くカレーを貰うか口喧嘩を始める。ケンカするほど仲がいいというが、手持ちのポケモンとケンカをするトレーナーは初めてで思わず笑ってしまう。
結局、ゴルバットに少し多めにカレーを与えたがリネアには妥協案として半熟オムレツをもう一度作って乗せるとまたご機嫌に食べていた。
あれだけ作ったカレーもすっかりカラになった。リネアとゴルバットの体のどこにあれほどのカレーが入っているのかわからないが、とにかく後片付けは楽になりそうだ。
「ジムについたら調理器具のお掃除任せてください!私、掃除だけはおじいちゃんに叩き込まれたので!」
「そういや、おじいさんにオンバットをゲットしてもらったんだよな。バトルも教えてもらったのか?」
すると眉はしなり、表情に影が落ちた。あまり聞かれたくないことだったか、と思い謝ろうとするがそれより先にリネアが言う。
「おじいちゃん……実はスパルタなんです」
「へ?」
「バトルは独学なんですが、バトルできるようになるために、かろうじて目が見える時でも目隠しして山から家に帰ってこいって言って放り出したり……」
「大丈夫なのかそれ」
「大丈夫です!なので今ここにいます!」
「そうなんだけどさ」
それから祖父によるスパルタ教育を告げる。目を常に隠した状態でチェス、将棋、ランニング、オンバット探し、コイキング素手掴みなどなど……もはやそれ必要ある?というようなものまでさせられていた。
「私が音の反響を拾ってポケモンの姿をある程度掴めたり、距離感がわかったりするのはおじいちゃんのスパルタのおかげなんです」
「そ、そうかぁ……」
「でもそれ以外に、匂い、温度、振動…全部を駆使してようやくエコーロケーションを掴めました。おじいちゃんは私が泣いても、嫌っていっても根気強く、私がバトルできるように鍛えてくれました」
「いいおじいさんなんだな」
「はい!あり得ないくらい厳しいけど、おじいちゃんのおかげでオンバーンにも出会えたし、チャレンジャーにもなれました!」
オンバーンは甘えてるリネアの背後から抱きつく。体格差のせいで襲われてるようにも見えるが頬を擦り付けて双方幸せそうだ。
「でも…キバナさんはすごく強いです。ポケモンへの命令強度もあるし、信頼関係もしっかりしています。こんなことを言うのも失礼だとは思うんですが、私のアドバイスはさほど必要ないんじゃないかと思うんです」
椅子に腰掛けたまま、数秒間無言だった。リネアにはキバナの静かな呼吸を聴いている。
「……オレには、越えたい相手が二人いる。そして、リネアの戦い方に、越えるためのヒントがあると思ってる。リネアが長い時間をかけて得た技術をオレがすぐに習得できるとは思えない。それでもリネアがバトルを通して見る世界を知ることができれば……それこそヒントが得られるはずだ」
「……」
「要は、今のオレさまじゃ頭打ちってワケだ。情けない話だがオレさまは限界を感じている。けどこのままで終われるわけがねぇ」
「はい、気持ちはとてもわかります」
藁にもすがる想いだとリネアも理解できた。キバナほどのトレーナーが、これ以上何をすればチャンピオンに勝てるのかわからないまま鍛え続けるのはどうやったってメンタルに響くだろう。もし戦い続ける者がいるならばそれはただのオートメイションだ。
「もしキバナさんが五感を鍛えてチャンピオンに勝てるかどうかはわかりませんが……それでも見えるものがあるなら、ぜひお手伝いさせてください」
「ありがとうな、リネア」
リネアは静かに微笑む。
「では早速ジムに戻って耳を鍛えましょう!」
「へ」
「大丈夫!私にも出来たんですからキバナさんにもできます!目隠しした状態でオンバーンの手加減<エアスラッシュ>を避けられるよう頑張りましょう!」
この祖父にしてこの孫あり。
スパルタバーサーカー訓練は本日、ようやく開幕したのであった。
