デイジー・ベル
強風に惑うことなく鈴を揺らす姿は圧巻だった。試合を盛り上げようだとか、砂嵐で前が見えないとか、チャレンジャーによくいる焦りを見せることもない。ただ目の前の試合に真摯に向き合いワザを指示する。
「ホエルコ!<しおみず>!」
キバナは冗談だろう?と呆気に取られたのを覚えている。どうやってホエルコの体力を把握している?ホエルコだけじゃなくフライゴンの体力も把握しなければただのみずタイプの攻撃で終わる。
じめん、ドラゴンタイプの複合であるフライゴンにみずタイプのワザは等倍だ。しかしフライゴンの体力が削られている今なら<しおみず>の威力は二倍。
同時にみずのワザを使うことで周囲の砂嵐を緩和させた。もっとも砂が少なくなった瞬間、リネアの鈴が鳴ったのだ。
意図的にワザを指示し、尚且つ自身の環境を整地した上で次の手を考える。なんと美しい戦い方をするのか。
この強さは対峙しなければ分かるまい。リネアの戦い方はキバナの固定観念を鈍器で殴ったのだ。
チャレンジャーとの戦いも録画をし研究している。キバナはリネアと初めて戦った時の録画を再生していた。
リネアの戦い方はまるで、水面下に石を重ねているようだ。着実に戦いながら布石と思考を巡らせる一石を撒き、気づいた時には後手に回っている。長期戦になればなるほど不利になる。トーナメントとは違いジムバトルではそれなりに手加減をするのだがあの時は足元にまで迫る一石に鳥肌がたった。
ダンデとの戦いはヒリヒリして火傷しそうなほど熱い。チャンピオンとの戦いは鮮烈で瞼に光が残る。リネアとの戦いは芸術と言えるほど見事な采配に足が取られる。
一気に三人も目指すべき先がある。キバナはリネアとの戦いの後に、なんて恵まれているのだろうと感動さえしていた。
フライゴンが小さく喉を鳴らす。頭を撫でてながら録画を止めた。
「リネア、引き受けてくれねぇかなあ」
映像に残るリネアの笑顔は眩しい。
◆
ジムリーダーとしての責務だけではなくスポンサーとの打ち合わせやら、やるべき事は多い。幸いキバナはそういった方面も得意であり万能にこなす。ローズ会長が退任した今、メディア露出の機会は随分と減りトレーニングやジムの運営に時間を費やせるようになった。ジムトレーナーとの育成試合も十分に取れるようになり、どちらかというといいことの方が増えたような気がしていた。
育成試合の後、全員で試合運び、ワザ構成について意見を出し合う。こんなに試合で時間が取れることは滅多にないせいか全員白熱していた。
だがジムの受付がキバナの元へ駆け寄る。スポンサーの連絡かと思い、つい水を差された気持ちになった。
「どうした?スポンサーへの回答データ、なにかミスってたか?」
「いえ、実はキバナさまにお会いしたいとチャレンジャーがいらしてます」
「チャレンジャー?誰だ?」
「たしか……リネア、さん?サーナイトに紫色のスカーフを持たせて……って」
キバナは走ってロビーへ向かう。すると膝にゴルバットを乗せて佇むリネアが見えた。キバナの足音を聞いたのか音のする方向へ顔を向ける。
「リネア、何かあったか?」
「あ、キバナさん。いえ……困りごとではないんです」
年相応にもじもじして、それでも顔を上げた。
「アドバイザー……私、チャレンジしてみようと思って」
「本当か!?やったぜ!ありがとうな!」
手を握って上下に振る。が、キバナはすぐ離した。頭に叩き込んでいるはずなのにリネアには視界が無いことをつい忘れてしまう。
「悪い、急にびっくりしたよな」
「いいえ、話している時に握手するのは大丈夫です。声もかけられないまま触られるとびっくりしてしまいますが」
今のは握手というより喜びが爆発してしまったが故の癖のようなもの。キバナは笑って誤魔化すが、より一層気をつけなければならないと肝に銘じる。
「もしかしてそれを伝えるためにわざわざ来てくれたのか?」
「は、はい。仮にも雇用主だから挨拶に行くべきだっておじいちゃんから教えてもらったんです」
「ありがとうな。嬉しいぜ。せっかくだし、今ナックルジムのみんなで試合してたところなんだ。もし時間あるなら一戦どうだ?」
「えっ!いいんですか!?」
笑顔で見上げてくる様子はまるでキマワリ。リネアのこうした年相応の表情は愛くるしくてこちらも嬉しくなる。
「ちょうど試合に一区切りついて話し合いもしてた。リネアならどうするか、オレさまに見せてくれ」
「はい、もちろんです」
にこにこと、ご機嫌に杖をつく。ジムトレーナー全員に紹介をし、アドバイザーになることも伝える。しかしキバナの予想通り、なぜ彼女を?という顔をしていた。ポケモンも四匹しか持っていないトレーナーは育成の能力がないと見做されるのも仕方がない。
「まぁまずはバトルだ。リネア、オレさまは以前チャレンジャーとして迎えたが今は違う。本気でやろうぜ!」
「はい!」
紅潮する頬。リネアはバトルが好きなのだと真に理解した。そしてバトルを通じて何を知り何を思うのか、それを教えてほしくてバトルコートへ入る。
鈴が鳴る。耳を澄ますリネアは同時にオンバーンをくり出した。
「進化したのか!」
「はい、アドバイザーになると決めましたから」
かつてオンバットだった頃はすばやさを活かした戦いを得意としていた。以前とは全く違うのだと理解した。さらにリネアはキバナに誠意を見せている。奥底から表現しようもない感情が溢れる。
「ああ、リネア!本当にすげぇよ……!」
リネアの行動は常に二重の意味を持っている。今もまた布石を打っているのだ。キバナの五感全てで対応しなければリネアの策に足を取られる。
「だからこそ、のまれるなよ!手加減なんてもったいねぇことしたくはないからな!」
キバナはギガイアスを出し試合が始まる。荒れ狂う竜と鎮座する龍。対照的なバトルにトレーナーは全員固唾を飲んで見守る。この時ばかりは試合の考察など考える余地すら与えられない。互いの気迫を見ているだけで押し負けそうだった。
「<おいかぜ>!」
リネアの手持ちで最速のオンバーン。さらにおいかぜまで打ってはキバナの手持ちポケモンは誰一人オンバーンを抜くことはできない。
「ギガイアス!<すなあらし>!」
風が吹き荒び目の前さえ霞む。だがリネアにそんなことは関係ない。
「<とんぼがえり>!」
ハイペースで進む試合。キバナに思考する余地すら与えない。だが次に出すポケモンは予測できる。圧倒的有利なホエルコだ。ならば次にキバナが打つ手は一つ。
「<まもる>!」
仮にホエルコでなくてもこれで耐えることができる。そしてホエルコはギガイアスに対して一撃で倒すことはできない。特性「がんじょう」も然り、ホエルコはそこまでのダメージを出すことはできないと見切っている。
だが砂嵐の中から飛び出したのはゴルバットだ。
「<ふきとばし>」
強烈な風を巻き起こし、ギガイアスは強制的に後方へ。代わりに出てきたジュラルドンに間髪入れず攻撃を続ける。
「<ねっぷう>」
大いに荒れる風に飲まれそうになるのはキバナの方だった。行動するどころか、”させられている“事実に口角が上がる。
「舐めるなよ!ジュラルドン!<ラスターカノン>!」
燃えるバトルは誰にも止められない。鈴が鳴るたびに一進一退の攻防が続く。ジムトレーナーたちは、まるで荒れ狂う海原に取り残された心地にさせられた。
「ありがとう、サーナイト」
リネアの最後のエース、サーナイトは敗れた。キバナは息をついてサダイジャをボールに戻した。一つどこかが狂えば負けていた。そう思わされる試合運びは相手にどれだけプレッシャーを与えるだろう。
「いい試合だった。やっぱり流石だぜ、リネア」
「……ありがとうございます。けど、とても悔しいです」
「ポケモン回復してやるから、ちょっと待ってな」
ホエルコはキバナの手当てに反発しているのかぽよんぽよん跳ねていた。キバナ自身は戯れていると思い込んでいるようだ。
「にしても驚いたぜ。序盤のスピード戦」
「は、はい、うまく戦法がささってよかったです。でもやっぱりタイプ相性と私の育成が……」
次はゴルバットの番だ。大きな口だな〜と言いながらキズぐすりを当てるとゆっくり大きな口がキバナの腕を飲み込む。
「……なぁリネア」
「はい?」
「お前のゴルバットがオレさまの腕飲み込んでるけど大丈夫なやつか?」
「ダメ!ゴルバット!ぺっして!人の血飲んじゃダメって言ってるでしょ!」
おとなしいリネアからは想像できない腕力でゴルバットの口を開かせた。手慣れているところから察するにしょっちゅうなのだろう。
キバナは笑いながら代わりにオボンの実を与えた。
「頑張ったから腹減ってんだよなぁ」
そうしているとジムトレーナーたちは二人に濡れたタオルを持ってきた。
「試合お疲れ様です!」
「ああ、ありがとな。リネア、砂まみれになっちまったろ、タオルで顔まわり拭いて休憩しようぜ」
「はい、わざわざありがとうございます」
リネアに疑念を持っていた者も先ほどのバトルで考えを改めたらしい。キバナはどこか我がごとのように誇らしく思っていた。
ミーティングルームに入り早速先ほどのバトルを再確認する。バトルは常に録画されているため皆食い入るように映像を見ていた。
「……もしかして先ほどのバトルですか?」
「ああ、序盤から見応えありすぎるぜ」
トレーナーはみなキョトンとしている。先ほどの映像にはリネアの姿だって映っているのに何故自身のバトル映像だと気づかないのか。一人が小さく声を漏らした。
「え……もしかして……目が悪いんですか」
「あ、はい……すみません、お伝えそびれていました。光があるかどうかはわかるんですがそれ以外は見えないんです」
全員息を呑む。キバナはすかさず声をかけた。
「リネアはすげぇトレーナーだ。お前たちに”目が見えていない“ことを悟らせないバトルができるくらい、技術はこの場の誰よりもある。だからアドバイザーとして招いた」
「ありがとう、ございます。みなさんのお役に立てるよう頑張ります」
それからはリネアの戦術組み立て、バトル把握、あらゆる質問を投げかけられていた。的確に回答しリネアが得ている技術を口頭で伝える。リネアの持つものは天性のセンスなどではない。理屈と努力が成す設計されたバトルだ。
白熱する質疑応答にキバナはにこにこしながら聞いていた。
「バトルに応じてくれて助かったぜ」
「いえ、私もすごく楽しかったです」
リネアにとっても今回は実のあるものだったに違いない。どこか卑屈めいていた姿も今は胸を張っている。
「明日からよろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
リネアから手を差し伸べられた。いつも通りに握手をする。だがリネアは少しだけ微笑んだ。
「やっぱりキバナさんの手、すっごくおおきい。こんなに大きな手初めてです」
自分より小さな手と握手するのはいつものことだ。なんならリネアに言われるまでこの行動に何も思っていなかった。だが視覚以外の全てを常に研ぎ澄ませている相手にとって握手も重要な情報の一つだ。
キバナは両手でリネアの手を包んだ。
「じゃあオレさまの手、ちゃんと覚えててくれよ」
すると指先がキバナの手を触る。指関節、手のひら、爪、タコ。
「ふふ、岩みたいにゴツゴツしてます。でもあったかい」
リネアの手はまるで綿のよう。なめらかな皮膚を少し指先でつまめば割れてしまいそうなほど柔らかい。手の温度が少しずつ同じになってゆく。
「ありがとうございます。キバナさんのこと、よく知れたと思います」
「そっか、それなら、よかった」
「それじゃあ、今日は失礼します」
「ああ、気をつけて帰れよ」
リネアには見えるはずもないのに手を振って見送る。そして手に残る温度がくすぐったくてすぐジムの中へ戻った。
「ホエルコ!<しおみず>!」
キバナは冗談だろう?と呆気に取られたのを覚えている。どうやってホエルコの体力を把握している?ホエルコだけじゃなくフライゴンの体力も把握しなければただのみずタイプの攻撃で終わる。
じめん、ドラゴンタイプの複合であるフライゴンにみずタイプのワザは等倍だ。しかしフライゴンの体力が削られている今なら<しおみず>の威力は二倍。
同時にみずのワザを使うことで周囲の砂嵐を緩和させた。もっとも砂が少なくなった瞬間、リネアの鈴が鳴ったのだ。
意図的にワザを指示し、尚且つ自身の環境を整地した上で次の手を考える。なんと美しい戦い方をするのか。
この強さは対峙しなければ分かるまい。リネアの戦い方はキバナの固定観念を鈍器で殴ったのだ。
チャレンジャーとの戦いも録画をし研究している。キバナはリネアと初めて戦った時の録画を再生していた。
リネアの戦い方はまるで、水面下に石を重ねているようだ。着実に戦いながら布石と思考を巡らせる一石を撒き、気づいた時には後手に回っている。長期戦になればなるほど不利になる。トーナメントとは違いジムバトルではそれなりに手加減をするのだがあの時は足元にまで迫る一石に鳥肌がたった。
ダンデとの戦いはヒリヒリして火傷しそうなほど熱い。チャンピオンとの戦いは鮮烈で瞼に光が残る。リネアとの戦いは芸術と言えるほど見事な采配に足が取られる。
一気に三人も目指すべき先がある。キバナはリネアとの戦いの後に、なんて恵まれているのだろうと感動さえしていた。
フライゴンが小さく喉を鳴らす。頭を撫でてながら録画を止めた。
「リネア、引き受けてくれねぇかなあ」
映像に残るリネアの笑顔は眩しい。
◆
ジムリーダーとしての責務だけではなくスポンサーとの打ち合わせやら、やるべき事は多い。幸いキバナはそういった方面も得意であり万能にこなす。ローズ会長が退任した今、メディア露出の機会は随分と減りトレーニングやジムの運営に時間を費やせるようになった。ジムトレーナーとの育成試合も十分に取れるようになり、どちらかというといいことの方が増えたような気がしていた。
育成試合の後、全員で試合運び、ワザ構成について意見を出し合う。こんなに試合で時間が取れることは滅多にないせいか全員白熱していた。
だがジムの受付がキバナの元へ駆け寄る。スポンサーの連絡かと思い、つい水を差された気持ちになった。
「どうした?スポンサーへの回答データ、なにかミスってたか?」
「いえ、実はキバナさまにお会いしたいとチャレンジャーがいらしてます」
「チャレンジャー?誰だ?」
「たしか……リネア、さん?サーナイトに紫色のスカーフを持たせて……って」
キバナは走ってロビーへ向かう。すると膝にゴルバットを乗せて佇むリネアが見えた。キバナの足音を聞いたのか音のする方向へ顔を向ける。
「リネア、何かあったか?」
「あ、キバナさん。いえ……困りごとではないんです」
年相応にもじもじして、それでも顔を上げた。
「アドバイザー……私、チャレンジしてみようと思って」
「本当か!?やったぜ!ありがとうな!」
手を握って上下に振る。が、キバナはすぐ離した。頭に叩き込んでいるはずなのにリネアには視界が無いことをつい忘れてしまう。
「悪い、急にびっくりしたよな」
「いいえ、話している時に握手するのは大丈夫です。声もかけられないまま触られるとびっくりしてしまいますが」
今のは握手というより喜びが爆発してしまったが故の癖のようなもの。キバナは笑って誤魔化すが、より一層気をつけなければならないと肝に銘じる。
「もしかしてそれを伝えるためにわざわざ来てくれたのか?」
「は、はい。仮にも雇用主だから挨拶に行くべきだっておじいちゃんから教えてもらったんです」
「ありがとうな。嬉しいぜ。せっかくだし、今ナックルジムのみんなで試合してたところなんだ。もし時間あるなら一戦どうだ?」
「えっ!いいんですか!?」
笑顔で見上げてくる様子はまるでキマワリ。リネアのこうした年相応の表情は愛くるしくてこちらも嬉しくなる。
「ちょうど試合に一区切りついて話し合いもしてた。リネアならどうするか、オレさまに見せてくれ」
「はい、もちろんです」
にこにこと、ご機嫌に杖をつく。ジムトレーナー全員に紹介をし、アドバイザーになることも伝える。しかしキバナの予想通り、なぜ彼女を?という顔をしていた。ポケモンも四匹しか持っていないトレーナーは育成の能力がないと見做されるのも仕方がない。
「まぁまずはバトルだ。リネア、オレさまは以前チャレンジャーとして迎えたが今は違う。本気でやろうぜ!」
「はい!」
紅潮する頬。リネアはバトルが好きなのだと真に理解した。そしてバトルを通じて何を知り何を思うのか、それを教えてほしくてバトルコートへ入る。
鈴が鳴る。耳を澄ますリネアは同時にオンバーンをくり出した。
「進化したのか!」
「はい、アドバイザーになると決めましたから」
かつてオンバットだった頃はすばやさを活かした戦いを得意としていた。以前とは全く違うのだと理解した。さらにリネアはキバナに誠意を見せている。奥底から表現しようもない感情が溢れる。
「ああ、リネア!本当にすげぇよ……!」
リネアの行動は常に二重の意味を持っている。今もまた布石を打っているのだ。キバナの五感全てで対応しなければリネアの策に足を取られる。
「だからこそ、のまれるなよ!手加減なんてもったいねぇことしたくはないからな!」
キバナはギガイアスを出し試合が始まる。荒れ狂う竜と鎮座する龍。対照的なバトルにトレーナーは全員固唾を飲んで見守る。この時ばかりは試合の考察など考える余地すら与えられない。互いの気迫を見ているだけで押し負けそうだった。
「<おいかぜ>!」
リネアの手持ちで最速のオンバーン。さらにおいかぜまで打ってはキバナの手持ちポケモンは誰一人オンバーンを抜くことはできない。
「ギガイアス!<すなあらし>!」
風が吹き荒び目の前さえ霞む。だがリネアにそんなことは関係ない。
「<とんぼがえり>!」
ハイペースで進む試合。キバナに思考する余地すら与えない。だが次に出すポケモンは予測できる。圧倒的有利なホエルコだ。ならば次にキバナが打つ手は一つ。
「<まもる>!」
仮にホエルコでなくてもこれで耐えることができる。そしてホエルコはギガイアスに対して一撃で倒すことはできない。特性「がんじょう」も然り、ホエルコはそこまでのダメージを出すことはできないと見切っている。
だが砂嵐の中から飛び出したのはゴルバットだ。
「<ふきとばし>」
強烈な風を巻き起こし、ギガイアスは強制的に後方へ。代わりに出てきたジュラルドンに間髪入れず攻撃を続ける。
「<ねっぷう>」
大いに荒れる風に飲まれそうになるのはキバナの方だった。行動するどころか、”させられている“事実に口角が上がる。
「舐めるなよ!ジュラルドン!<ラスターカノン>!」
燃えるバトルは誰にも止められない。鈴が鳴るたびに一進一退の攻防が続く。ジムトレーナーたちは、まるで荒れ狂う海原に取り残された心地にさせられた。
「ありがとう、サーナイト」
リネアの最後のエース、サーナイトは敗れた。キバナは息をついてサダイジャをボールに戻した。一つどこかが狂えば負けていた。そう思わされる試合運びは相手にどれだけプレッシャーを与えるだろう。
「いい試合だった。やっぱり流石だぜ、リネア」
「……ありがとうございます。けど、とても悔しいです」
「ポケモン回復してやるから、ちょっと待ってな」
ホエルコはキバナの手当てに反発しているのかぽよんぽよん跳ねていた。キバナ自身は戯れていると思い込んでいるようだ。
「にしても驚いたぜ。序盤のスピード戦」
「は、はい、うまく戦法がささってよかったです。でもやっぱりタイプ相性と私の育成が……」
次はゴルバットの番だ。大きな口だな〜と言いながらキズぐすりを当てるとゆっくり大きな口がキバナの腕を飲み込む。
「……なぁリネア」
「はい?」
「お前のゴルバットがオレさまの腕飲み込んでるけど大丈夫なやつか?」
「ダメ!ゴルバット!ぺっして!人の血飲んじゃダメって言ってるでしょ!」
おとなしいリネアからは想像できない腕力でゴルバットの口を開かせた。手慣れているところから察するにしょっちゅうなのだろう。
キバナは笑いながら代わりにオボンの実を与えた。
「頑張ったから腹減ってんだよなぁ」
そうしているとジムトレーナーたちは二人に濡れたタオルを持ってきた。
「試合お疲れ様です!」
「ああ、ありがとな。リネア、砂まみれになっちまったろ、タオルで顔まわり拭いて休憩しようぜ」
「はい、わざわざありがとうございます」
リネアに疑念を持っていた者も先ほどのバトルで考えを改めたらしい。キバナはどこか我がごとのように誇らしく思っていた。
ミーティングルームに入り早速先ほどのバトルを再確認する。バトルは常に録画されているため皆食い入るように映像を見ていた。
「……もしかして先ほどのバトルですか?」
「ああ、序盤から見応えありすぎるぜ」
トレーナーはみなキョトンとしている。先ほどの映像にはリネアの姿だって映っているのに何故自身のバトル映像だと気づかないのか。一人が小さく声を漏らした。
「え……もしかして……目が悪いんですか」
「あ、はい……すみません、お伝えそびれていました。光があるかどうかはわかるんですがそれ以外は見えないんです」
全員息を呑む。キバナはすかさず声をかけた。
「リネアはすげぇトレーナーだ。お前たちに”目が見えていない“ことを悟らせないバトルができるくらい、技術はこの場の誰よりもある。だからアドバイザーとして招いた」
「ありがとう、ございます。みなさんのお役に立てるよう頑張ります」
それからはリネアの戦術組み立て、バトル把握、あらゆる質問を投げかけられていた。的確に回答しリネアが得ている技術を口頭で伝える。リネアの持つものは天性のセンスなどではない。理屈と努力が成す設計されたバトルだ。
白熱する質疑応答にキバナはにこにこしながら聞いていた。
「バトルに応じてくれて助かったぜ」
「いえ、私もすごく楽しかったです」
リネアにとっても今回は実のあるものだったに違いない。どこか卑屈めいていた姿も今は胸を張っている。
「明日からよろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
リネアから手を差し伸べられた。いつも通りに握手をする。だがリネアは少しだけ微笑んだ。
「やっぱりキバナさんの手、すっごくおおきい。こんなに大きな手初めてです」
自分より小さな手と握手するのはいつものことだ。なんならリネアに言われるまでこの行動に何も思っていなかった。だが視覚以外の全てを常に研ぎ澄ませている相手にとって握手も重要な情報の一つだ。
キバナは両手でリネアの手を包んだ。
「じゃあオレさまの手、ちゃんと覚えててくれよ」
すると指先がキバナの手を触る。指関節、手のひら、爪、タコ。
「ふふ、岩みたいにゴツゴツしてます。でもあったかい」
リネアの手はまるで綿のよう。なめらかな皮膚を少し指先でつまめば割れてしまいそうなほど柔らかい。手の温度が少しずつ同じになってゆく。
「ありがとうございます。キバナさんのこと、よく知れたと思います」
「そっか、それなら、よかった」
「それじゃあ、今日は失礼します」
「ああ、気をつけて帰れよ」
リネアには見えるはずもないのに手を振って見送る。そして手に残る温度がくすぐったくてすぐジムの中へ戻った。
