デイジー・ベル
新しいチャンピオンが生まれて一ヶ月が経とうとしていた。ローズ会長の騒動も収束が見えておりジムリーダー各位はようやく肩の力を抜ける。
そうしてキバナは写真の整理をしながら考えに耽っていた。終生のライバルとして常に頭上に降臨していたダンデがポケモンバトルに負けた。新たに誕生したチャンピオンはバトルセンスがずば抜けており、まさしく恒星と表現しても過言ではない。
焦りに急かされるのは悪いことではない。しかし今キバナが持てる技術以上に何ができるのかわからない。同時に恐怖さえも感じていた。
夕方、息抜きを兼ねて外へランニングをする。走っていると余計な考えを置いていける。やれることをやるしかないのだと再確認しながら街灯の下を走り抜けた。
すると路地裏から声が聞こえた。年も若く、チャンピオンやホップと同じくらいの背丈。何やら困っているようでキバナは思わず駆け寄った。
「どうした、何かあったか」
「あ、う」
チリンチリンと鈴の音。子どもを揶揄うように鈴を鳴らして遊ぶヤミラミがいた。ヤミラミがこんな街にいることも珍しいが、きっと鈴を宝石と勘違いしているに違いない。そして鈴は子どもの持ち物であろう。
察したキバナはフライゴンを出してヤミラミを威嚇する。
「鈴、返してくれるよな?」
圧倒的強者。相応しい風格にヤミラミは怖気付いて鈴をその場に落とし去っていった。フライゴンがすかさずそっと咥えて子どもに渡すが何の反応もない。受け取る素振りすらないので顔を覗き込んだ。
「おい、大丈夫か?どこかケガを……」
その顔には見覚えがあった。子どもの顔にしては整い、完成された芸術品。そしてかたく閉じられた瞼。杖を持つ姿でキバナ自身なぜ早く気づかなかったと自責した。
「リネア、鈴、返してもらったぜ」
「あっ、ありがとうございます」
「杖に鈴をつけるから借りていいか?」
「お願いします……」
フライゴンから鈴を受け取り鈴を杖に取り付ける。
リネアは前回のチャレンジの参加者で最後のトーナメント戦にも残った優秀なトレーナーだ。しかし、目は限りなく暗闇に閉ざされている。ジムリーダーたちは察していたがそれ以外のトレーナー、観客、スポンサー、全員に「目が見えている」と今も思い込ませるほど完璧なバトルをする。そんなリネアに一目置いていたのだが一回戦で敗退。そもそも4体のポケモンであそこまで勝ち上がったことの方が驚異だ。
「ほい、どうだ?」
杖を握らせると振って鈴を鳴らす。そうしてようやく強張った表情が和らいだ。
「ありがとうございます。これで大丈夫です」
「にしても鈴とられるなんて運がなかったな」
「はい、ちょうど買い出しをしてポケモンたちをうちに置いていたので…キバナさんが来てくださって安心しました」
声だけで相手がわかるのはリネアにとって当たり前のことだろう。しかしキバナにとっては嬉しいことだった。
「もう日が暮れる。近くまで送るぜ」
「そんな、悪いです」
「女の子一人にさせてちゃオレさまの風評に関わるだろ?」
リネアはおどおどしながらも小さく頷いた。裾を握らせゆっくり歩く。リネアの歩幅は小さくてまるで一番安くて手頃な駄菓子のよう。
「キバナさんは何をされていたんですか?」
「オレさまはランニング。そろそろ切り上げようと思ってたら困ってる声聞こえて慌てて飛んできたぜ」
「すごいですキバナさん。見えないところでたくさんトレーニングをしていて」
年齢に不相応なくらいしっかりしている。リネアの年頃はもっとバトルして遊んで走り回って生意気だ。少なくともキバナはそうだった。
「そういえばリネアはチャレンジが終わって、今は何してるんだ?」
最終トーナメントに参加したチャレンジャーはそれぞれの道を見出している。ホップはポケモンの研究員に。マリィは次期ジムリーダーに。ビートも同じく。チャンピオンは言うまでもないだろう。
とにかく彼らの成長はキバナも楽しみで近況を聞くたびに笑顔が絶えない。しかしリネアはそうではないようだ。
「……実は、私は近々実家に帰る予定です」
「バトルはしないのか?」
「地元でしますが、公式戦には出ないかもしれません」
「えぇ!?もったいねえ!」
心の底から、もったいないという気持ちを素直に口にすればリネアはおかしそうに笑った。
「ありがとうございます。でも……すこし、限界を感じているんです。一人では何もできない私だからこそ一人でなんでもできるよう努力してきました。けど、良くも悪くも無理でした。私はポケモンを4匹育てるだけで手一杯です」
軽々に口にできない。視界のないままバトルをすることの恐怖と苦痛。それでも邁進し続けたリネアの努力は計り知れない。ここで手助けをすればリネアのプライドを傷つけるだろう。
「……それで、いいのか?」
「わかりません。でも……キバナさんやジムリーダーの皆さんは分かっていると思うんですが、目が見えなくてもバトルはできるってことを……もっと証明したいと思っています」
リネアは驚嘆と尊敬に値する人物であると確信した。子どもだからとかそういったタグは関係ない。この偉業と努力はリネアにしかできないものだ。
そう感じると今までキバナが悩んでいたことに一本の道ができた気がした。今までのトレーニングでいいのか。どの戦術が適しているのか。そんな暗闇の中で、大きなヒントが目の前にいるではないか。
「リネア、今からオレの話を聞いてくれるか」
「へ?」
きょとんとした顔で見上げる。もちろん視線は合っていない。キバナはリネアの前にしゃがみ込みできるだけ視線を合わせた。
「正直、オレはダンデに勝てないままだった。けど新しいチャンピオンが誕生してオレが越えなきゃいけない相手がもう一人増えちまった」
「はい…」
「これからどうトレーニングを組み立てるか悩んでいたんだが、リネア、お前の技術を参考にさせてくれないか」
「え?わ、私?」
頬を赤くさせて口元を隠す。
「リネア、お前はすごい!お前ほど努力家なやつをオレは知らない!今だって根掘り葉掘り聞きてぇくらいだ!どうやってフィールド把握しているのか技をどう知覚してるのか……とにかく、少しの間でもいい、オレのアドバイザーになってくれ!」
「えええ!?」
給与、休暇、福利厚生、とにかく持てる全てでリネアをアドバイザーとしてそばに置きたい。今までどこで何をしているかわからなかっただけで、他のジムリーダーもリネアの技術は喉から手が出るほど欲しいものに違いない。キバナは声音に出さないよう注意していたが、まさに獲物を狙うニューラのような表情をしていた。
「今すぐ決めるのも難しいよな。でもオレさまは本気だ。スマホロトムにオレさまの連絡先入れとくから返事だけでも教えてくれ」
「は、はい…」
「それから今日みたいに困ったことがあったらすぐ連絡しろよ。目が見えないとかそういうの関係なく、まずは人を頼ることを覚えても損はないぜ」
耳まで真っ赤になっているリネアは珍しい。いつも冷静沈着で焦るということを知らない顔つきをしていたからこそだろう。
そのまま通りを歩いているとリネアのサーナイトが軒先で待っていた。リネアが髪につけている紫のリボンは手持ちのポケモンたちにもつけられている。
音もなく近寄るがテレパシーで迎えにきたことを伝えたのだろう。リネアはぱっと笑顔になった。
「キバナさん、ありがとうございました。サーナイトが来てくれたのでもう大丈夫です」
「ん、じゃあバトンタッチだな」
だがリネアはキバナの袖を離さない。むしろ強く握っている。
「あの……」
「なんだ?」
まつ毛が艶めいている。いや、涙を必死に堪えている。驚いて言葉を失ったが悪い意味ではないようだ。
「ありがとうございます。私のバトルを褒めてくださって」
「……オレさまだけじゃなくて、他の奴らもリネアはすげぇって思ってるはずだぜ」
「はい…でも、初めて、褒めてくれたから」
年下の笑顔にときめいたのは初めてかもしれない。情けない顔を見られないことだけが今は救いだ。
「じゃあな、リネア。風邪引くなよ」
「はい、おやすみなさい。キバナさん」
ぽん、と丸っこい頭をひとつだけ撫でてその場を離れた。礼儀正しいサーナイトは主人を真似て同じように頭を少し下げていた。
そうしてキバナは写真の整理をしながら考えに耽っていた。終生のライバルとして常に頭上に降臨していたダンデがポケモンバトルに負けた。新たに誕生したチャンピオンはバトルセンスがずば抜けており、まさしく恒星と表現しても過言ではない。
焦りに急かされるのは悪いことではない。しかし今キバナが持てる技術以上に何ができるのかわからない。同時に恐怖さえも感じていた。
夕方、息抜きを兼ねて外へランニングをする。走っていると余計な考えを置いていける。やれることをやるしかないのだと再確認しながら街灯の下を走り抜けた。
すると路地裏から声が聞こえた。年も若く、チャンピオンやホップと同じくらいの背丈。何やら困っているようでキバナは思わず駆け寄った。
「どうした、何かあったか」
「あ、う」
チリンチリンと鈴の音。子どもを揶揄うように鈴を鳴らして遊ぶヤミラミがいた。ヤミラミがこんな街にいることも珍しいが、きっと鈴を宝石と勘違いしているに違いない。そして鈴は子どもの持ち物であろう。
察したキバナはフライゴンを出してヤミラミを威嚇する。
「鈴、返してくれるよな?」
圧倒的強者。相応しい風格にヤミラミは怖気付いて鈴をその場に落とし去っていった。フライゴンがすかさずそっと咥えて子どもに渡すが何の反応もない。受け取る素振りすらないので顔を覗き込んだ。
「おい、大丈夫か?どこかケガを……」
その顔には見覚えがあった。子どもの顔にしては整い、完成された芸術品。そしてかたく閉じられた瞼。杖を持つ姿でキバナ自身なぜ早く気づかなかったと自責した。
「リネア、鈴、返してもらったぜ」
「あっ、ありがとうございます」
「杖に鈴をつけるから借りていいか?」
「お願いします……」
フライゴンから鈴を受け取り鈴を杖に取り付ける。
リネアは前回のチャレンジの参加者で最後のトーナメント戦にも残った優秀なトレーナーだ。しかし、目は限りなく暗闇に閉ざされている。ジムリーダーたちは察していたがそれ以外のトレーナー、観客、スポンサー、全員に「目が見えている」と今も思い込ませるほど完璧なバトルをする。そんなリネアに一目置いていたのだが一回戦で敗退。そもそも4体のポケモンであそこまで勝ち上がったことの方が驚異だ。
「ほい、どうだ?」
杖を握らせると振って鈴を鳴らす。そうしてようやく強張った表情が和らいだ。
「ありがとうございます。これで大丈夫です」
「にしても鈴とられるなんて運がなかったな」
「はい、ちょうど買い出しをしてポケモンたちをうちに置いていたので…キバナさんが来てくださって安心しました」
声だけで相手がわかるのはリネアにとって当たり前のことだろう。しかしキバナにとっては嬉しいことだった。
「もう日が暮れる。近くまで送るぜ」
「そんな、悪いです」
「女の子一人にさせてちゃオレさまの風評に関わるだろ?」
リネアはおどおどしながらも小さく頷いた。裾を握らせゆっくり歩く。リネアの歩幅は小さくてまるで一番安くて手頃な駄菓子のよう。
「キバナさんは何をされていたんですか?」
「オレさまはランニング。そろそろ切り上げようと思ってたら困ってる声聞こえて慌てて飛んできたぜ」
「すごいですキバナさん。見えないところでたくさんトレーニングをしていて」
年齢に不相応なくらいしっかりしている。リネアの年頃はもっとバトルして遊んで走り回って生意気だ。少なくともキバナはそうだった。
「そういえばリネアはチャレンジが終わって、今は何してるんだ?」
最終トーナメントに参加したチャレンジャーはそれぞれの道を見出している。ホップはポケモンの研究員に。マリィは次期ジムリーダーに。ビートも同じく。チャンピオンは言うまでもないだろう。
とにかく彼らの成長はキバナも楽しみで近況を聞くたびに笑顔が絶えない。しかしリネアはそうではないようだ。
「……実は、私は近々実家に帰る予定です」
「バトルはしないのか?」
「地元でしますが、公式戦には出ないかもしれません」
「えぇ!?もったいねえ!」
心の底から、もったいないという気持ちを素直に口にすればリネアはおかしそうに笑った。
「ありがとうございます。でも……すこし、限界を感じているんです。一人では何もできない私だからこそ一人でなんでもできるよう努力してきました。けど、良くも悪くも無理でした。私はポケモンを4匹育てるだけで手一杯です」
軽々に口にできない。視界のないままバトルをすることの恐怖と苦痛。それでも邁進し続けたリネアの努力は計り知れない。ここで手助けをすればリネアのプライドを傷つけるだろう。
「……それで、いいのか?」
「わかりません。でも……キバナさんやジムリーダーの皆さんは分かっていると思うんですが、目が見えなくてもバトルはできるってことを……もっと証明したいと思っています」
リネアは驚嘆と尊敬に値する人物であると確信した。子どもだからとかそういったタグは関係ない。この偉業と努力はリネアにしかできないものだ。
そう感じると今までキバナが悩んでいたことに一本の道ができた気がした。今までのトレーニングでいいのか。どの戦術が適しているのか。そんな暗闇の中で、大きなヒントが目の前にいるではないか。
「リネア、今からオレの話を聞いてくれるか」
「へ?」
きょとんとした顔で見上げる。もちろん視線は合っていない。キバナはリネアの前にしゃがみ込みできるだけ視線を合わせた。
「正直、オレはダンデに勝てないままだった。けど新しいチャンピオンが誕生してオレが越えなきゃいけない相手がもう一人増えちまった」
「はい…」
「これからどうトレーニングを組み立てるか悩んでいたんだが、リネア、お前の技術を参考にさせてくれないか」
「え?わ、私?」
頬を赤くさせて口元を隠す。
「リネア、お前はすごい!お前ほど努力家なやつをオレは知らない!今だって根掘り葉掘り聞きてぇくらいだ!どうやってフィールド把握しているのか技をどう知覚してるのか……とにかく、少しの間でもいい、オレのアドバイザーになってくれ!」
「えええ!?」
給与、休暇、福利厚生、とにかく持てる全てでリネアをアドバイザーとしてそばに置きたい。今までどこで何をしているかわからなかっただけで、他のジムリーダーもリネアの技術は喉から手が出るほど欲しいものに違いない。キバナは声音に出さないよう注意していたが、まさに獲物を狙うニューラのような表情をしていた。
「今すぐ決めるのも難しいよな。でもオレさまは本気だ。スマホロトムにオレさまの連絡先入れとくから返事だけでも教えてくれ」
「は、はい…」
「それから今日みたいに困ったことがあったらすぐ連絡しろよ。目が見えないとかそういうの関係なく、まずは人を頼ることを覚えても損はないぜ」
耳まで真っ赤になっているリネアは珍しい。いつも冷静沈着で焦るということを知らない顔つきをしていたからこそだろう。
そのまま通りを歩いているとリネアのサーナイトが軒先で待っていた。リネアが髪につけている紫のリボンは手持ちのポケモンたちにもつけられている。
音もなく近寄るがテレパシーで迎えにきたことを伝えたのだろう。リネアはぱっと笑顔になった。
「キバナさん、ありがとうございました。サーナイトが来てくれたのでもう大丈夫です」
「ん、じゃあバトンタッチだな」
だがリネアはキバナの袖を離さない。むしろ強く握っている。
「あの……」
「なんだ?」
まつ毛が艶めいている。いや、涙を必死に堪えている。驚いて言葉を失ったが悪い意味ではないようだ。
「ありがとうございます。私のバトルを褒めてくださって」
「……オレさまだけじゃなくて、他の奴らもリネアはすげぇって思ってるはずだぜ」
「はい…でも、初めて、褒めてくれたから」
年下の笑顔にときめいたのは初めてかもしれない。情けない顔を見られないことだけが今は救いだ。
「じゃあな、リネア。風邪引くなよ」
「はい、おやすみなさい。キバナさん」
ぽん、と丸っこい頭をひとつだけ撫でてその場を離れた。礼儀正しいサーナイトは主人を真似て同じように頭を少し下げていた。
