平衡常世国家 三國

駐屯地は小規模だがかなり整備されている。兵の数も多くはない。いわゆる精鋭を揃えた部隊なのだろう。元仲の案内で通されたのは急造のテントだった。しかしこれまでの野宿を考えるとかなり有難い。

「勘違いとはいえ手荒な真似をしてすまなかった。怪我はしていないか?曼成は手加減なしだからなぁ」
「はい、大丈夫です。お気遣いいただきありがとうございます」
「それはそれで俺凹むんだけど…」

眼帯をつけた男、曼成は頭をかきながらぼやく。

「それにしても峰白!のこのこ帰ってきやがって!子桓殿に見つかったら死罪だぜ!」
「怖いこと言わないでくださいよ!しょうがないでしょ!」

峰白の背中をバシバシ叩いて仲が良さそうだ。そうこうしていると続けてやってきたのはフードを被った男性。

「失礼します。元仲殿、たった今、伯寧殿から言伝が」
「は?」
「早めに後詰めが欲しいとのこと。戦力の維持が難しくなっております」
「こんな時に……まぁいい、なんとかすると返事しておいてくれ」
「承知しました」

男性がテントから出る前に、峰白は声をあげる。

「あの!ひとまずこっちの事情聞いてもらっていいですか!彼女次第にはなりますけど、めちゃくちゃ戦力あります!」

魏のメンツが一斉にショウを見る。戦士とは今まで命のやり取りをしてきたが、まるで戦場を劇的に変える新兵器、のような捉え方をされているようで落ち着かない。

「まぁ、事情は聞くつもりではあったさ。せっかく返してやったのに“また”峰白がいるしな?」
「あはは…」
「ともあれそれは飯を食ってからだ。脳に栄養行かせて理性的に話し合う必要がある。それに人払いも必要なはずだ。また後ほど伺おう」

曼成はじゃあな、と軽く挨拶をする。フードの男性も軽く頭を下げてテントから出ていった。
それから、斎藤が呟く。

「あのー…もしかしてなんだけど…顔に傷がある人が本物の皇帝サマ?」
「ぎく」
「しかも女の人?」
「うぐ」

カルデアならよくある話…と片付けてはいけないが、特殊な事情だったからこそ事実をすんなり受け入れることができた。

「き、気づかれたならしょうがない……けど、一つ訂正すると、皇帝は二人いる。内政と軍事で分かれていて、俺が仕えていたのはさっきの元仲殿。でもかなりデリケートな問題で、ばれたら国家が崩壊する。絶対に漏らさないでほしい」

これでようやく最初の件に納得がいった。
峰白は戦があることを知らなかった故に勇足で首都へ向かってしまい、内政を担当する皇帝がいることで何が起こっているのかあらかた理解できていた。かといって主人の秘密を口にするわけにはいかない。結果的に秘密がバレた峰白にとっては良くないことだろうが、カルデアが抱えていた疑問も解消された。

それはともかく、皇帝は峰白の言う通りの人物だった。冷静かつ度量があり、民主的。
詫びの一貫ということで提供された食事は栄養バランスが考えられたものだった。米と大麦に雑穀を混ぜ合わせた、いわゆる五穀米。塩漬けされたニンジンと大根が良く合う。ごぼうを細切りした炒め物もまた甘辛く調理されている。
今まで簡易食ばかり食べていたせいか、ぺろりと食べてしまう。それにしてもこんなに良い食事をもらっていいのか気が引けるところだ。

「魏の兵士食はどうだった?口に合えば良いが」

月が高々と上り詰めた頃、鎧を落とした皇帝がカルデア一行を訪れた。しかし戦っていた時と違う雰囲気に逆に緊張してしまった。何せ長い髪はそのままに、胸元は隠しているが礼服ではない、普段着のような緩やかな衣装で美しい。左の口から伸びる傷のせいで常に笑っているように見えて何故か風情を感じる。

「って、これ兵士食だったんですか?」
「ああ、食事は士気を高めるのに有効的だ。とはいえ当初よりも食材に制限がかかっていてあまり多く振るってやれなかった。すまんな」

マイナスの評価ではなく、むしろ一般兵にここまでのものを食べさせているという先進的な戦力と思考にショウはもちろん通信の向こう側にいるカルデアも驚きを隠せない。

「いいえ!とっても美味しかったです!」

マシュの感想には笑顔で答える。そして机を挟んだ向こう側に皇帝である元仲が座った。従者がいないのは単純に峰白がいるからか、あるいは入り組んだ話をするためか。

「さて、本題に入ろう。そちらの状況を聞く前にまずは我らの事情をあらかた伝えておく。言うまでもないが、ここでの話は他言無用だ。殺さなければならなくなる」
「はい、守秘義務は全うします」

皇帝として、しかしながら人として、また元仲は微笑んだ。人の毒気を抜く笑顔は多くの人を集めるカリスマに繋がっているのだろう。

「いい表情だ。さぞや多くの戦場を潜り抜けたんだろう。そばにいる配下もよく鍛えられている」

ショウが左右にいるマシュと斎藤を見るが、特に斎藤は真顔で皇帝を見ていた。それだけ警戒しなければならない相手なのだと斎藤の態度から伝わった

「まず、私は魏の2代目皇帝、曹元仲。ここに皇帝がいることは伏せている。私のことは胡遵(コジュン)と呼んでくれ。戦場ではそう名乗っている」
「わかりました。私はショウ。左から、マシュ、斎藤さん…あと外にいる…馬も私の陣営です」
「そうだろうな。まぁとにかく、今ここで行われている戦いについて伝えよう。何せ峰白が知りたがってる」

目がらんらんとしているのは久々に会ったから、というだけではなさそうだ。忠義を示す相手がいるのだからやる気は十分にあるだろう。


「今の戦は、地方で勢力を伸ばしている公孫淵の鎮圧だ。だが、敵に異常なほど強い者がいる」
「それが、この戦いの情報を規制している理由ですか?」
「察しがいいな。とにかく、一人抜きんでいるなら数で押せるがそれが複数いる。あれが人の力かどうかも怪しい。この魏に内乱が起こっていると知られると蜀、呉が攻めてくる可能性が高い。しかも戦線は後退している。事実君たちを襲ったのは公孫淵の一派だ」

ふいに口を開いたのは峰白だ。

「胡遵殿、軍には曼成殿、元直殿もいるのに後退しているんですか?」
「ああ、そうだ」
「えぇ…?」

頭が痛いよ、と額を抑えながら首を振る。強さの指標がわからないものの、とにかく峰白は名前をあげた存在はかなりの腕なのだろう。

「さて、一応の状況は説明した。次は君たちの話を聞かせてくれ。普通の存在ではないんだろう?特にショウと斎藤は日本人か?マシュは…イギリスとか?」

「え」

ショウが聴き慣れた単語に呆けている間、斎藤は動きはしないものの警戒を通り越して敵意を露わにした。敵意を感じ取ったショウが斎藤の腕を掴む。

「な、何故、この時代にない知識を知っているのですか」

マシュの問いかけに、皇帝は峰白を指差した。

「コイツと同じで私は未来の日本で生きていた魂をもっている。デカい戦いがあったのは知っているだろう?おそらくそれが原因だ。とはいえ、峰白と違って詳しい生まれや育ちは覚えていない。ただ未来の日本の知識をもっている、なんでもない存在だ」

峰白と同じく、鉄竜の戦いで召喚された魂。そんな人物が皇帝となり今もこの時代で生きている。峰白が皇帝に強い忠義を持っている理由がわかった気がする。

「だからこそ、一度私から問いかける」

空気が重くなる。今の皇帝の目は敵を写す眼差しだ。例え、四人の敵がいたとしても怯むことのない強さを宿している。

「私は峰白を日本へ還した。なぜ、ここにいる?なぜ、君たちは峰白をよんでいる?」

斎藤が鍔を押し上げるよりも先に皇帝は斎藤に向かって刃を向けた。

「主の言葉を待たずして動くな」
「殺気飛ばすような奴には先手必勝の時代で生きていたもんでね」
「ならば矯正しろ。今は主君同士の対話が始まっている。臣下の出る幕はない。下がれ」

強張る肩の力を抜いた。鍔に添えた手を離すと皇帝もまた刃を下ろす。ショウはゆっくり口を開いた。

「…私たちはカルデアという組織の者です。この時代に来たのは、聖杯と呼ばれるものを回収するためです」
「聖杯…?聞き覚えはないな。なんだそれは」
「豊富な資源エネルギーと思ってください。この時代、この土地が特異点と呼ばれる異常事態になっていることをカルデアが検知し、やってきました。聖杯を回収し、適切に管理すれば特異点化は免れます」
「特異点を放置するとどうなる」
「人類史に歪みが起きて、修復不可能になれば、人類史が白紙になり世界の消滅に繋がります。その特異点の改善のため、私が峰白さんを召喚しました」

眉がぴくりと動く。今、皇帝の頭の中では不審点がいくつも浮かんでいることだろう。ショウは続けて召喚システムについても説明をした。皇帝は飲み込みがいいせいか、ショウの言葉を噛み砕いて解釈のすり合わせを行う。理解しようとしてくれるだけありがたいのだがプレッシャーはまだ終わらない。


「……つまり、座に登録されていると今後呼び出される可能性がある、と?」
「ですが、峰白さんは私たちのいた世界線とは少しズレています。今回の特殊な事情のせいで召喚されてしまった可能性が」
「峰白は我が小間使いだ。たとえ私が元の時代に送り返してもそれは変わらん。今の説明では、峰白は死に英雄として使われ続けるという意味になるぞ」
「ち、違います、そういう意味では」
「峰白がいたからこそ迎えてやった。だが峰白の扱いを損ねているとなれば敵になることも辞さぬ。そのことを理解した上で弁明せよ」

これは詰んだ。ショウは歯を食いしばる。確かにここに召喚した時点で本来の彼がどうなっているか確認しようがない。早く特異点を解決すれば峰白は役目を終えるが皇帝が知りたいのは「今後も峰白が呼び出されるかどうか」という可能性の有無だ。
どうしよう、と思った矢先に声を出したのは峰白だ。

「胡遵殿、あの、彼女は悪気があって俺を呼んだんじゃない。たまたまそうなっただけで、元を辿れは特異点を作ってる奴が悪いんだよ」
「……そうかもな」
「それに……マスターが言ってくれたんだ。元仲殿と同じこと」

皇帝は峰白を見る。峰白は続けて照れくさそうに言った。

「もうこんな機会はないと思ってた。だから今は不謹慎かもしれねーけど…助けになれるって思ったら、嬉しい」

はぁ、と大きなため息をついた。それから霧が晴れたようにプレッシャーは消えていく。

「戦続きで気が短くなっていた。怖がらせてすまない。詫びに隠さず情報を与えよう。まず、公孫淵の戦力が異常であるのはその聖杯とやらの可能性が高いと見える」
「その情報の根拠は」
「眉唾だったが今の話で一つの仮説が生まれた。それまで兵士の間で、殺したはずの兵士がまたやってくる、という噂があった。どれだけ大軍を破っても尽きない兵力に、そういう現実逃避かとも思ったが、実際に死体を操っているのかもしれん」

魔術なら実際にそういうカテゴリーがある。とはいえ皇帝の話はまだ説得力に欠けていた。だが一人の名前を挙げられたことでカルデアも魏に協力せざるを得なくなる。

「華佗。そう名乗る者が公孫淵の陣営にいる」

華佗は既にこの時代に存在しない者だ。峰白がショウに目配せする。

「サーヴァントだと思います。聖杯の力で召喚してるのかも」
「なら我々の目的は同じだな。私は公孫淵を討つ。君たちは聖杯を回収する。ここは同盟といこう」
「はい、よろしくお願いします!」


明日から遼東へ進むことをになり、皇帝は自分の幕営へ戻ってきた。カルデアという名の異国の存在に対しての扱いは一旦決まった。人払いとして立っていた徐庶、李典も戻ってくる。

「お疲れ様です」
「ああ、でもうまくいった。おかげで主導権は私だ」
「しかし、相手は三人。警戒する理由をお聞かせください」

徐庶の指摘は当然だ。結局一人強かろうが、数で押せばいいのだから。

「まぁいろいろとあるんだけど…正直、彼らの存在は規格外だ。私たちの治世に影響がある」
「おっしゃる通り、特に盾を持ったお嬢ちゃん、ありゃとんでもない。俺これでも全力で叩き割ったつもりなんですがね」

李典の膂力でダメならもうダメなんじゃねーかと言いたくなるのをこらえる。

「それで、彼女らを信用するのですか?」
「特に目の据わった奴が一番やばそうだと思うんですよ俺」
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