平衡常世国家 三國

「んで、そろそろ言う気になったか?」

刀をちらつかせる斎藤の腕を念のため握る。ショウの腕など無視して刀を抜くことくらいはできるだろうが、斎藤はそうまでして抜くことはない。斎藤への信頼を前提にした予防策でもある。

一行は首都から脱げ出し森にいた。途中町に寄ることもあったが顔を覚えられるのを避けるため今は野宿している。

そして斎藤が今、峰白に詰めているのは「なぜ峰白の言っていたことと現状が違うのか」だ。あの皇帝は峰白を知っていたものの、峰白のいう皇帝像とはかけ離れていた。何か深い理由はあるのだろう。とはいえ思い詰めた顔をしたまま無言を貫いていた。

「おい、今マスターが俺の腕を押さえているから刀抜かんが、その気になれば首切り落とせることを忘れるな」
「斎藤さん」

ぱちりと木が弾ける。その音を皮切りに峰白は一つ言った。

「本当に、申し訳ないって思ってる…俺、浮かれてた」
「あのくらいの危機、なんともないよ。でもどうして陛下が峰白を殺したって言ってたのか気になるんだけど…。それに、話してくれた陛下のイメージとも違ったし」

峰白は意を決したように立ち上がったと思えば綺麗な土下座をした。全員目を丸くさせる。

「ごめんなさい!ああなってる理由について、俺は知ってる!でもどうしても言えない!」

斎藤の腕に力が入ったのを感じ取り、強く握った。

「言えない理由は?」
「……俺は陛下の小間使いだ。今、サーヴァントだけど…俺が忠臣であるために、絶対に曲げられない!」

峰白の手は震えている。長い間ずっと考えていたのだろう。ならショウが返せる言葉はひとつだ。

「わかった!じゃあ別の方法で聖杯を探そう!」
「へ…」

マシュは笑顔で頷いた。

「はい!先輩ならそう言うと思っていました」
「通信環境は良好だし、アドバイスもらいながらこれからのこと考えてみようよ。ここならそうそうに追手も来ないでしょ?」

サーヴァントたちは慣れたもので肩をすくませながらそれに意見することもない。そんな彼らを見て峰白は目尻を自分で拭った。



これまで得た情報を整理する。そして町で得た情報を新たに付け加えた。

「兵士たちが朝鮮半島に向かっているのを見たっていう商人が何人もいる。やっぱり外からの敵がいるのかなぁ」

「とはいえ三国時代では騎馬民族の侵攻など日常茶飯。ただでさえ現地民との衝突もあったくらいです。ここから距離もありますしもう少し情報を固めましょう」

赤兎馬の地理感覚はとても助かる。そして三国時代の知識も。

「じゃあ町で聞き込みだね。情報統制もされてるみたいだから難しいだろうけど…」
「あの、提案なんですけど」

おずおずと手をあげる峰白。指名すると自信なさげに提案した。

「もし北方からの侵略があるなら、流通がかなり慌ただしいと思う。一度沿岸と黄河の情報を探るのもいいかもしれない」
「川…?」

首を傾げる。そして峰白は戦いのセオリーを解説した。

「まず戦いが始まると兵士をかき集めるだけじゃなく、兵糧も集めなきゃいけない。ここまでの様子ならどっかで戦闘が起こってるはずだし、首都に陛下の側近が一人もいなかった。全員出るほどの相手だと思えばその分動員している兵士も多いと思う」
「なるほど…!兵糧の仕入れから運搬を見ればどこで戦闘が行われているかがわかると言うことですね!」

その通り、と峰白は親指を立てた。ただし海沿いと黄河…兵糧を集めて運ぶ箇所としてその二つのエリアを確認しなければならない。

「じゃあ黄河に沿って沿岸部まで移動しよう」
「了解、じゃあ方針も決まったことだしマスターちゃんは早いとこ休みな」

早速寝かしつけようとする斎藤に抗議するも、明日もいつ魏軍に追われるかわからない。頬を膨らませながらも早々に休むことにした。

翌朝、作戦通りに黄河沿いを進みながら情報を集めた。やはり兵糧の流れが多くなっているのが分かる。というのも元々交易が盛んではあったが商人たちが、あれは魏の役人だと話しているのを盗み聞きしたからだ。
これで戦いが行われているのは確信できた。次はどこで行われているか、だ。ショウは峰白と一緒に町人の話に耳を澄ませながら怪しまれない程度に通りを歩く。

「斎藤一って、意外と面倒見いい人なんだなあ…」

突然、峰白がぽつりと言うのでショウは笑って肯定した。

「そうなんだよ!斎藤さん自身はヘラヘラ風に装ってるけど、本当は優しいから怖がらなくて大丈夫だよ」
「ん…でも、気を遣わせたよな、あの人ずっと俺に殺気をバシバシ当ててきたから…」

それはそうなのだが、情報収集能力を踏まえた上で今は二人で行動している。峰白の背中を軽く叩いた。

「大丈夫!大船に乗ったつもりでやろ!峰白さんのことは私がちゃんと守るから!」

峰白は目を見開いて驚きを隠さなかった。サーヴァントなのに、と思っているのかもしれない。けれどショウは現代から呼び出された峰白の命を守るのは自分の使命であると強く確信している。

「…ありがとう、俺も、できることは全力でやる」

柔らかく笑い合って、ひたすら地道な作業を続けた。



情報を集めることだけに注力しながら沿岸部へ向かうこと二日。とうとう戦闘が行われているであろう場所の特定に至った。

「ろうとうってどこ?」
「遼東(りょうとう)、だ。だいたいここら辺」

峰白が木の枝で中国大陸を書き始めた。皆食い入るように見つめる。

「今俺たちがいるのがこの黄河の出口。冀州(きしゅう)って言われる地域の下らへん。戦いがあるのは遼東(りょうとう)の半島周辺だ」

今いる場所から北部へ。円弧を描くように枝先を滑らせた先にあった。

「なんか遠くない?」
「マスター、体調は大丈夫ですか?」

平気だよ、とすかさず返事をする。アメリカ大陸を横断した実績は伊達ではない。

「もし、歴史にそれほど違いがないなら…もしかすれば遼隧の戦いが起こってる可能性がある」
「りょうすいのたたかい?」
「ざっくり言えば内乱。すぐ鎮圧されるし大したものじゃない…でもやたらと魏は内乱を隠したがっているからな…」

峰白は口を閉ざした。首都での失態と斎藤が目を光らせているのもあり、推測を口にしづらいのだろう。

「思ったことなんでも言ってみて。最悪の想定をしておけば対策だって取りやすいから」

斎藤を気にしてはいたものの、静かに頷く。

「前に言った通り、この三国時代で大きな戦い経験している。内乱なんて、起こりようがないと思う」
「それは何故でしょうか?北方からの騎馬民族ともまだ小競り合いしているのでは?」

赤兎馬の言葉も当然だ。だが峰白は経験しているからこそ断言した。

「…虐殺を鎮圧した元仲殿はカリスマがありすぎる。太子時代でさえエグいほどあったカリスマが皇帝になれば他国からもより求心力が上がる。つまり、魏が一致団結して他国の民の評判もいいのに内乱なんて勝ち目のない戦をするはずがないと俺は思うんだ」
「確かに…でも実際戦いは起こってるよね?」
「ああ、鉄竜に匹敵する何かがあるからこそ、首謀者は内乱を起こしている…だからこそ、魏は民に戦いを知られたくない、と思っているんじゃないかって推測してる」

峰白の考えはかなり理にかなっている。情報統制がしっかり行われているのも、皇帝の権力が最大限効いているからだ。だとすると、今内乱を起こしている首謀者は聖杯を使っている可能性が高い。

「ただの内乱ならまだしもあれだけの兵糧をかき集めている。状況はかなり悪い方向に行っている可能性があるから、一度どこかでしっかり休んだ方がいい」

「へ?」

「俺はともかく、あんたは生身の人間なんだろ?舐めてるわけじゃないが、流石に体力は温存すべきだ。これから酷い戦いになるかもしれない」

へえ、と斎藤は感嘆を漏らした。赤兎馬はいななき、峰白の意見に賛同する。

「峰白殿のおっしゃる通りです。大軍を持ってしても、統率された兵であっても未だ戦闘が続いているのなら想定以上の構えが必要でしょう」
「そ、そっか……でも休んでいる間にその戦いで何か、あったら」

峰白が親指を立てた。

「元仲殿には最強の軍師とやべー軍師と脳筋一番槍と激重感情持ってるガチ親衛隊隊長がいるから大丈夫!万が一なんてことはない!」
「や、やけに具体的ですね」

ショウが信頼を寄せているように、峰白もまた皇帝に信頼を寄せている。もし逆の立場であったら同じことを言うだろう。
すぐにでも行動を始める予定だったがその助言で踏みとどまる。

「じゃあ明日はできるだけ隠密行動しながら…遼東(りょうとう)を目指して進もう」

しかし今の皇帝があの場にいるのにどうやって士気を維持しているのか。峰白が言った通り軍師の技量で保っているのかもしれない。
焚き火の音を聞きながら夜は静かに闇を落とした。

だが耳に入った呪いの言葉にショウは跳ね起きる。正直何を言っていたのか覚えていない。けれど簡単に言葉にできない感情を無理やり流し込まれたようで気持ちが悪い。言うなれば強制的にサーヴァントのパスを繋げてしまったような嫌悪感と罪悪感。
明確に言えるのはこれは峰白の感情ではない、という一点のみだ。

「どうしたの」

静かに声をかけたのは斎藤だった。いつも気にかけてもらっているのに特異点の修復の時でさえも心配をかけてしまう。

「なんか夢見が悪かったみたい」
「眠れる?」
「大丈夫」

斎藤はショウの返答を無視して近くに座り込む。燻っている小さな火種を眺めていた。そのまま、手はショウの頭を軽く撫でる。斎藤に撫でてもらうとそれまで抱えていた何かが落とされたようだ。

夜中に起きてしまったせいか、朝の目覚めは悪いものの十分な休息を取ることができた。
進むべき方角と、道を選びながら峰白の質問に答えていく。ただカルデアという古今東西の英雄が集まる場所に興味があるようだった。

中華系サーヴァントを教えると子どもみたいに目を輝かせる。それだけではなく、誰もが聞いたことのある名前を口にすると一周回って恐ろしく感じたようだ。

「えぇ…?敵同士だった英雄もいるって、それ大丈夫なのか?」
「私がいない時はみんながケンカを止めてくれるから大丈夫だよ」
「絶妙なバランスで保ってるんだな…」

けど峰白と話すたびに自然体でいられた。当たり前の感性と着飾らない態度がショウをありのままで居させるのだろう。
一行の談笑にカルデアのスタッフたちは修学旅行みたいだと微笑むくらいに和やかだった。

内湾を沿うように進み、海河という川まで辿り着く。ここまでくると兵糧どころか検問まで設けられていた。
峰白は検問を見て何か考えに耽る。

「何かに気づきましたか?」
「あっ…いや…でも…かなり一か八かなんで……俺的には検問をどうにか突破したほうがいいかなーって」

相変わらずな様子にとうとう斎藤が小突いた。

「あんたの方が詳しいんだ。判断はマスターに任せるとしてもまずは言ってみな」
「は、はい」

仲良くなりつつあるようでマシュもショウも微笑む。やはり斎藤は面倒見がいい。

「この間話した遼隧(りょうすい)の戦いはもっと奥地で行われていた。本土に食い込むほど戦線は下がってなかったと思う」
「それって不利になってるってこと?」
「それもあり得るし、魏軍は海上戦もしてるかもしれない」

黄河から海河まで来たが、目的の遼東はこれから半円を描くように進む必要がある。検問を海河まで設けているのは情報統制の目的、そして海上からの奇襲や兵糧の襲撃を防ぐ目的もある。要するに敵は強い、ということだ。

「だから、もしチャンスがあれば海河から遼東へ向かうのもありかもしれない、って思ったけど…ここに船乗りはいないしなぁ…」
「うーん…やろうと思えばできなくはないよ?船乗りのライダー召喚すればいける」

そんなこともできるの?と驚愕通り越して引いている。

「しかしそうなるとどうしても注意を引いてしまいます。第三陣営が攻めてきたと勘違いされて集中砲火されてしまえば…」
「そうだよなぁ…やっぱり検問を突破するしかないよな」

だが検問は難攻不落。検問を避けていてはさらに時間がかかってしまうだろう。

「今日は日も落ちています。検問については明日考えましょう」
「そうだね、また夜に作戦会議しよう」

峰白はうーん、とまだ頭を悩ませている。こうして見ると、本当に真面目な人柄であることがよく分かる。何をしても、情報を得ている時も、わずかな時間を惜しんで策を練り続けていた。

「峰白さん、みんなで考えるから大丈夫だよ。カルデアのサポートもあるし」
「ああ、ありがとう…でも、考えさせてくれ。俺は考えて策を練ることだけは続けなきゃいけないんだ」

首をかしげる。彼のような人物はカルデアでは見たことがない。そもそもそのような人物は英霊になれないのかもしれない。

「俺のことを守ってくれるんだろ?じゃあ俺は考える。対等になるためにもそうしないといけないんだ」
「ま…まじめ〜…」
「そうか?でも、そうしろって元仲殿が教えてくれたんだ」

ハッとして、大きく頷く。それが峰白の生き方の指標なのだ。

「なんとか考えてみせるから安心してくれ」
「うん!頼りにしてる!」


遠く、潮風が一行に届く。野宿も慣れたものだが海原が月に照らされよく見える風景は格別だった。
それじゃあ会議でも開こうかとショウが口を開けた時、赤兎馬の耳が震えた。

「お待ちください、マスター」
「え?」

静かな場所。ショウの耳には何も聞こえない。代わりに斎藤は足元の砂を軽く集めていた。火がつき始めた焚き火に、それを勢いよくかける。

「敵襲だ!」

暗闇に落とされたこの場でマシュはすぐさまショウと峰白の近くで盾を構える。闇の中で男の苦しい声が立て続けに聞こえる。

マシュが短く息を吐く。盾を振りかざして何かを防いだ。

「矢です!伏せて!」

夜に目が慣れるまで時間がかかる。しかし暗闇でも混戦状態にならないという点でカルデア側が非常に有利だ。
だがそれだけではなく、さらに外周を取り囲むように灯りを持った一団が現れた。

「第二波きます!シールダー、迎撃します!」

オルテナウスの排気が聞こえる。ようやく目が慣れ始めた頃、盾を襲う激しい轟音が響いた。

「立派なモン持ってんな嬢ちゃん!」
「はい!恐れ入ります!」

真面目な返答と共に現れたのは背の高い武人。武器は大きく、これだけでも手練れと理解した。
それにしても敵の数が多い。体勢を整えるためにも包囲を突破すべきだろう。

「赤兎馬!包囲を突破しよう!令呪を使う!」
「承知しました!」

ショウの指示に反応したのは一人。赤兎馬ではない、戦場を冷静に見ていた人物だ。死角から剣を持って一撃で仕留めようと迷いなく距離を縮める。
あと半歩遅ければショウはその体を貫かれていただろう。
そうならなかったのは峰白がその剣に恐れることなく飛び込んだからだ。


周囲の戦闘は続く。雄叫び、攻撃、鼓舞して息巻く。それでも今、ショウと峰白は無音に包まれる。
黒い鎧の人物が峰白の胸元で切先を留めていた。

ショウは咄嗟に峰白の体を引かせて後ずさる。


剣を持つ人物は、静かに剣を下ろした。


「総員戦闘中止!!止まれ!!」


強い歴戦の武将の声はまるで稲妻。首都で謁見した皇帝よりも強い覇気を持っていた。


「お前も兵を下げろ」
「……!」


全員を呼び、集める。峰白はじっと、その人物を睨んでいた。

「駐屯地まで保護する。我らのはやとちり…いや、敵方を排除した礼をする必要がある」

兵士の明かりで見えたのは、包囲する者と気絶している者の装備の違い。おそらくこの場にいたのは三つの勢力だった。

「先に駐屯地へ向かい兵を休ませ、食事の準備を。捕虜として寝転がってる奴らを連れて行け」
「はっ」
「この場は私と、曼成、元直が担う」
「承知しました」

峰白の強張っていた肩が一気に脱力する。兵士の足音が消えていくと、とうとう膝から崩れ落ちた。

「大丈夫!?」

ショウとマシュは支えるがそれは恐怖などが原因ではない。“安堵”だった。

「馬鹿かお前!思いっきりぶっ殺すところだったじゃないか!!」

兜を脱いだその人物は、口の端から頬にかけて伸びる傷があるものの、それを感じさせない美貌の持ち主だった。

「峰白!なんでまた…!お前は…!」
「う、うう、元仲殿…!」

二人は固く抱擁した。特に峰白は膝が震えながら泣きじゃくっている。

「元…仲……?」

今まで聞いてきた皇帝の字名。どうしてその名前で呼ぶのかわからない。

「いやぁ、見苦しいところをみせた。異界の者たち。峰白の知り合い…なんだろう。無条件で歓迎するよ」

稲妻だったのに急に花がほころぶような優しい声音。いまだに引っ付いている峰白は容赦無く叩かれて引き剥がされていた。
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