デフォルトはフラン
星の下に生まれる
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彦卿はフランが惑星の王とは知らなかった。星核によって生み出されたクローンでいつ死んでも良い個体であるとも知らなかった。およそ見聞するだけでも「重い過去」であるのは明らかだ。だから下手に同情することも悲しむこともできない。
「将軍は、私を守ると言いながら……駒にした!これじゃあ……シン=コウキにいたときと、同じ……」
だが、うだうだと結論のでない問いかけを聞き続けられるほど彦卿は大人ではない。フランより長く生きている経験から導き出されたのは感じたことをそのまま言うことだった。
「結局思ってたことと違うって意味だろ。じゃあ尚更将軍に聞きなよ。駒にしたのかって、何のために引き取ったんだって」
「……」
「将軍は頭もいいし知恵も回るけど何もかもお見通しじゃない。星神だって人間の考えてること分かりやしないんだ。フランは本来の年齢より頭がいいんだろ。ならこんな単純なこと、聞いて教えて貰えばそれでいいじゃないか」
フランの部屋の前に立ちすくむ景元は彦卿の言葉を聞いてドアノブから手を外した。フランとの一件でまた成長したのだと知り喜ばしくもある。
「……嘘をつかれたらどうするの」
「将軍が嘘を言うわけないだろ」
「わかってるもん!景元さんは私が大事って知ってる!彦卿に言われなくったって、どんな絵描いても笑わないし褒めてくれるしテストでいい点とったら喜んでくれるもん!」
「は…………はぁ〜〜!?僕だって将軍に褒めてもらえてるけど〜〜!?」
「なんで急に突っかかるの!?剣術何十年も教わってるくせに!私なんか経ったの一年で雲騎軍の中堅くらいの腕だって言われた!そんな程度で自惚れないでもらえる!?」
「それはフランの遺伝子の問題だろ!将軍だって言ってた!!腕のいい人の血を引いてるから多少影響があるって!!フランこそ自惚れてるんじゃないのか!?」
流れが急に変わったので景元将軍は咳払いをしてドアをノックした。先ほどまでいい雰囲気だったのに、子どもというものはいつどこでケンカをするかわかったもんじゃない。
ドアを開けて入ると、フランは厳しい目つきで睨み上げる。
「オリジナルの遺伝子からコピーされてるからって彦卿の慰めに使わないでよ!」
「……そういうつもりで言ったわけじゃないんだが」
「将軍!フランが僕に勝てないからって僻んでくる!」
「落ち着きなさい……」
ケンカを宥め、二人の顔を見やる。特にフランの目元は涙で赤くなっていた。それぞれの頭を撫でてやるとケンカの声は静まり返る。
「彦卿、フランの兄弟子としてどうすべきかは先日伝えたはず」
「……はい」
「ケンカは、まぁ仕方ないとして……フランの面倒を見てくれてありがとう」
「は、はい」
「今晩は屋敷に泊まりなさい」
「分かりました…」
目配せをすれば素直に部屋からでた。足音が遠ざかるのを聞きながら、傍の椅子を引っ張りフランの目の前に座る。
「今日は済まなかった」
「……囮にしたんだ」
「ああ。だがあの刺客はフランと関係のある者だ。ああすることでしか姿を現さなかった」
「どういうこと?」
端末を開けてデータを呼び出す。空中に映し出された顔写真を見せた。
「彼はシン=コウキの元住人だ」
「……」
「王であったフランが惑星を破壊したと知り、外部の組織と手を組んで暗殺の計画を企てていた。フランの信頼を裏切ることになり済まない」
「捕まえたの……?」
「ああ。彼には仙舟同盟からの追放の措置をとった。しかしシン=コウキは初代フラン王が外交に力を入れていたこともあり他の惑星に出身者がいる。今後、暗殺計画は度々起こるだろう」
しばらく無言だった。眉間に皺を寄せながら、あからさまに不服そうな表情をし、呟く。
「…………ごめんなさい」
「……おや、聞こえなかったなぁ、もう一回」
「……ごめん、なさい」
「何に謝ってるのかなぁ?教えてくれないか?」
「遊んでるでしょ!!」
しおらしい態度も一変して怒り出すものだからカラカラと笑った。王として存在していた頃よりも喜怒哀楽が強く出ている。そのことに景元は安心していたのだ。
「お互い、配慮が足りなかったということで手打ちしよう。私も今後、君の身に危険が及ぶ場合伝える。そして君は……あまり私を嫌うような発言はしないでほしい。悲しくなるからね」
「……うん……酷いこと言った。ごめんなさい」
胸を撫で下ろし漸く落ち着いた。フランは知能が高いため、自己思考で完結する悪い癖がある。しかも経験が足りないため偏った見方しかできないのだ。こうして丁寧に教えて解決策を提案してやればすぐ過ちを認め謝罪する。あくまで仙舟人の感覚だが、五歳程度のフランは景元からすれば「まだ」赤ん坊にも等しい。この程度の癇癪はなんてことないし、一般的な家庭でも気を紛らわせるなどして落ち着かせるのだがなまじ頭がいいせいでこうしたケアを欠かせないのはやや面倒でもある。
これも死にゆく運命だったフランを引き取った者の責任だ。続けて景元は苦言する。
「それから、あまり彦卿にいじわるをしてやるな。フランも一度彦卿の考えを受け入れて咀嚼してみなさい」
「……彦卿は、最近はそうでもないけど、前は試合しようとか言ってきて…ウザイんだもん」
「それは彦卿の相手をできる者がフランしかいないからだ。君の腕をかっているんだよ」
「じゃあ、もう二度と私に勝負挑ませないように言ってよ」
「それはもちろんだ。言っただろう、彦卿には相応の罰を与えたと」
確かにそうは言っていたが景元が罰を与えるところなど想像もできなかった。改めてもう一度言われたので好奇心のままに尋ねてみた。
「罰って、どんなの?」
「羅浮の外周を十周、それから二週間は稽古の時間を全て羅浮内部の偵察に当てさせた」
フランでも、そこまでさせなくても、と思ってしまうほどの内容だ。ただでさえ将軍との稽古を楽しみにしているのだからその罰の重さは計り知れない。
「彦卿は確かにフランより長く生きている。だが仙舟内ではまだまだ子供と見られているせいでフランと対等でいたんだろう。己より弱き者を守るという理念が欠如していた。師として、教えるべきことを教えられていなかったと私も反省した。だからどうか彦卿のことは許してやってくれないかな」
すぐに彦卿のことを許容することは出来そうにない。けど確かに彦卿は変化しているし景元の言うことも納得できる。頷いて見せると景元は柔らかく微笑んだ。
「さて、急なことばかりで疲れただろう。食事をとってゆっくり休みなさい」
「……景元さんは、まだ仕事?」
「ああ、私のことは気にしないでいい。そもそもこの時期は繁忙なんだ」
長い髪を翻し部屋を出た。残されたフランはしばらく椅子に座ったまま足をふらふらさせ、満足すると使用人の元へ向かった。屋敷の中は厳重な警備で守られている上に入れる者は身元が判明している潔白な者、そして精神に不調のない者のみだ。景元は再び他の管轄所へ向かい公文書へのサイン、指示出し、会議へと向かったはずだ。
暗殺されかけたとはいえ、淡々と食事を摂り風呂に入る。寝る前には明日の授業で使う教科書を読んで目を通していた。泣き喚いた分疲れているが興奮して目が覚めているのも確か。ベッドの上でゴロゴロしながら無為に時間を消費していた。
日付が変わる直前にこの屋敷の主人が帰ってきた。屋敷に駐在する担当の使用人が景元の世話をし、労う。人々の足音、微かな話声、屋敷の軋みが耳に入る。別にいつもなら気にしないのに、囮にされたショックで景元に放った強い言葉が自分に跳ね返っていた。途端に居心地が悪くなりベッドから離れようとするも結局部屋の中をうろうろするしかない。
謝ったしお互い許した。けれど常に羅浮のために思案し動く景元に不要なストレスを与えるべきではないのは当然の考えだ。冷静になったフランは罪悪感から部屋を出た。
暗い廊下。先ほどまであった人の気配が消えている。これだけ立派な屋敷なのに景元は寝るためだけに帰ってきているようだった。ぶるりと寒さを感じて静かに廊下を歩く。向かった先は景元の寝室だ。手を伸ばすがすぐ引っ込める。
今は繁忙期だと言っていた。たかだか罪悪感のために景元に慰めをもらうような行為は控えた方がいいのではないだろうか。さらに考えを深めて結論づけた。自身の部屋に戻ろうと足を動かすと扉の向こうから声がかかる。
「フラン」
そっとドアを開ける。隙間から覗くと寝具の上で景元は笑って手招きした。
「おいで、眠れないんだろう」
部屋に入り寝具に腰掛ける。景元は手元の書籍を置いて寝そべった。
「少し話に付き合ってくれ」
シルクのような髪がライトに当てられ光っている。同じように横になると片腕で抱き寄せて密着した。自分の体温で温められた毛布よりも、何倍も安心する。
「私には仲のいい友人や師匠がいたんだ。その当時はとっつきにくい者もいて言い合うこともあったが最後には酒を酌み交わした」
「もう、いないの?」
「ああ。私にはどうしようもできない事ばかりで、起こる全てのことを傍観し鎮圧するだけだった」
「景元さんは頭がいいのに、なんで出来なかったの?」
フランが知る景元は全ての事象を最小限に抑え被害を限りなく少なくする卓越した思考力の持ち主だった。だから自身の友人関係に手をこまねくだけであった事実は信じられない。
「彼らの理解者である故に…そして、私以外に手を下せる者がいなかったんだ」
長命種は魔陰の身になることが宿命づけられている。どんなに強くとも優しくとも自身を律していてもなお逃れられない。景元も同じだ。
「……私は景元さんに手を下せる自信がない」
「大丈夫、フランが生きている間はそんなことは起きない。それに、あの時フランを連れ出したのはそんな事をさせるためじゃないんだ」
天蓋を見上げる。相変わらず星を模った模様が二人を見下ろしていた。
「消えようとする運命を傍観することに、嫌気がさした。珍しく後先考えずに、君に手を伸ばしてしまったんだ」
「景元さんが私に強い思い入れがあるって言ったのはそれ?」
「ふふ、それとは別」
「何それ?」
前髪で隠れた両目がフランを見つめる。養父であるのにその目の熱に緊張してしまった。目を閉じた時の長いまつ毛を眺めることだけがフランの特権であったが故に。
むぎゅっと抱きしめられたと思えば頭を撫でられる。フランと比べても大きな心臓がゆったり脈打つ。そして明日の学校のことを尋ねてきた。声の振動が響いて心地いい。返事をしている途中で眠気に負けた。景元の腕の中で無垢なまま寝顔を見せている。
静かに、そっと、頭に唇を当てた。起こさぬよう、無垢なままでいるように願いながら時間が過ぎる。
初代フラン王を知っているせいで何をするにしても今のフランと比べてしまう自分が嫌だった。剣を教えても、勉学も、果てには喋りすらも理屈めいているところが同じだ。同じであることに安心してしまうことに嫌悪していた。どうやったって同じではない。フラン王は死んだ。宴を約束してくれた明るい彼女はもういない。頭で理解していたって目の前に瓜二つのフランがいるのだから隠れた想いをひた隠しにすることは至難の業。フランが遺した子でもないのに、勝手に初代フラン王のためと屁理屈を出す本能が嫌だ。何も知らない子どもにこの感情は非道とも称されるべきだろう。そんな自責の念に悩まされていたが今回大きな声で拒絶を受けたことでハッとした。
初代フラン王なら笑って許してくれると勝手に思っていた行動はフランは嫌がった。たとえ同じ遺伝子であってもそれまでの経験が違う。ならば今、景元の腕の中にいるフランは全く別の存在。絵を夢中になって描いたり、真面目で勉強熱心なところを好ましく……可愛らしく思えてしまうのは何らおかしいことではない。自分はフランを愛してもいいのだと思うことができた。
たった百年にも満たない、一夜に咲く花のように隠されるべき愛だろう。庇護の対象に向けた真っ当な愛かもしれない。けれど男女の関係でもない、家族でもない、ただフランの人生がより良いものであって欲しいと願う純粋な愛を穢されたくなかった。
「フラン、どうか……」
隣で生きてくれるだけでいい、という言葉は飲み込んだ。
「将軍は、私を守ると言いながら……駒にした!これじゃあ……シン=コウキにいたときと、同じ……」
だが、うだうだと結論のでない問いかけを聞き続けられるほど彦卿は大人ではない。フランより長く生きている経験から導き出されたのは感じたことをそのまま言うことだった。
「結局思ってたことと違うって意味だろ。じゃあ尚更将軍に聞きなよ。駒にしたのかって、何のために引き取ったんだって」
「……」
「将軍は頭もいいし知恵も回るけど何もかもお見通しじゃない。星神だって人間の考えてること分かりやしないんだ。フランは本来の年齢より頭がいいんだろ。ならこんな単純なこと、聞いて教えて貰えばそれでいいじゃないか」
フランの部屋の前に立ちすくむ景元は彦卿の言葉を聞いてドアノブから手を外した。フランとの一件でまた成長したのだと知り喜ばしくもある。
「……嘘をつかれたらどうするの」
「将軍が嘘を言うわけないだろ」
「わかってるもん!景元さんは私が大事って知ってる!彦卿に言われなくったって、どんな絵描いても笑わないし褒めてくれるしテストでいい点とったら喜んでくれるもん!」
「は…………はぁ〜〜!?僕だって将軍に褒めてもらえてるけど〜〜!?」
「なんで急に突っかかるの!?剣術何十年も教わってるくせに!私なんか経ったの一年で雲騎軍の中堅くらいの腕だって言われた!そんな程度で自惚れないでもらえる!?」
「それはフランの遺伝子の問題だろ!将軍だって言ってた!!腕のいい人の血を引いてるから多少影響があるって!!フランこそ自惚れてるんじゃないのか!?」
流れが急に変わったので景元将軍は咳払いをしてドアをノックした。先ほどまでいい雰囲気だったのに、子どもというものはいつどこでケンカをするかわかったもんじゃない。
ドアを開けて入ると、フランは厳しい目つきで睨み上げる。
「オリジナルの遺伝子からコピーされてるからって彦卿の慰めに使わないでよ!」
「……そういうつもりで言ったわけじゃないんだが」
「将軍!フランが僕に勝てないからって僻んでくる!」
「落ち着きなさい……」
ケンカを宥め、二人の顔を見やる。特にフランの目元は涙で赤くなっていた。それぞれの頭を撫でてやるとケンカの声は静まり返る。
「彦卿、フランの兄弟子としてどうすべきかは先日伝えたはず」
「……はい」
「ケンカは、まぁ仕方ないとして……フランの面倒を見てくれてありがとう」
「は、はい」
「今晩は屋敷に泊まりなさい」
「分かりました…」
目配せをすれば素直に部屋からでた。足音が遠ざかるのを聞きながら、傍の椅子を引っ張りフランの目の前に座る。
「今日は済まなかった」
「……囮にしたんだ」
「ああ。だがあの刺客はフランと関係のある者だ。ああすることでしか姿を現さなかった」
「どういうこと?」
端末を開けてデータを呼び出す。空中に映し出された顔写真を見せた。
「彼はシン=コウキの元住人だ」
「……」
「王であったフランが惑星を破壊したと知り、外部の組織と手を組んで暗殺の計画を企てていた。フランの信頼を裏切ることになり済まない」
「捕まえたの……?」
「ああ。彼には仙舟同盟からの追放の措置をとった。しかしシン=コウキは初代フラン王が外交に力を入れていたこともあり他の惑星に出身者がいる。今後、暗殺計画は度々起こるだろう」
しばらく無言だった。眉間に皺を寄せながら、あからさまに不服そうな表情をし、呟く。
「…………ごめんなさい」
「……おや、聞こえなかったなぁ、もう一回」
「……ごめん、なさい」
「何に謝ってるのかなぁ?教えてくれないか?」
「遊んでるでしょ!!」
しおらしい態度も一変して怒り出すものだからカラカラと笑った。王として存在していた頃よりも喜怒哀楽が強く出ている。そのことに景元は安心していたのだ。
「お互い、配慮が足りなかったということで手打ちしよう。私も今後、君の身に危険が及ぶ場合伝える。そして君は……あまり私を嫌うような発言はしないでほしい。悲しくなるからね」
「……うん……酷いこと言った。ごめんなさい」
胸を撫で下ろし漸く落ち着いた。フランは知能が高いため、自己思考で完結する悪い癖がある。しかも経験が足りないため偏った見方しかできないのだ。こうして丁寧に教えて解決策を提案してやればすぐ過ちを認め謝罪する。あくまで仙舟人の感覚だが、五歳程度のフランは景元からすれば「まだ」赤ん坊にも等しい。この程度の癇癪はなんてことないし、一般的な家庭でも気を紛らわせるなどして落ち着かせるのだがなまじ頭がいいせいでこうしたケアを欠かせないのはやや面倒でもある。
これも死にゆく運命だったフランを引き取った者の責任だ。続けて景元は苦言する。
「それから、あまり彦卿にいじわるをしてやるな。フランも一度彦卿の考えを受け入れて咀嚼してみなさい」
「……彦卿は、最近はそうでもないけど、前は試合しようとか言ってきて…ウザイんだもん」
「それは彦卿の相手をできる者がフランしかいないからだ。君の腕をかっているんだよ」
「じゃあ、もう二度と私に勝負挑ませないように言ってよ」
「それはもちろんだ。言っただろう、彦卿には相応の罰を与えたと」
確かにそうは言っていたが景元が罰を与えるところなど想像もできなかった。改めてもう一度言われたので好奇心のままに尋ねてみた。
「罰って、どんなの?」
「羅浮の外周を十周、それから二週間は稽古の時間を全て羅浮内部の偵察に当てさせた」
フランでも、そこまでさせなくても、と思ってしまうほどの内容だ。ただでさえ将軍との稽古を楽しみにしているのだからその罰の重さは計り知れない。
「彦卿は確かにフランより長く生きている。だが仙舟内ではまだまだ子供と見られているせいでフランと対等でいたんだろう。己より弱き者を守るという理念が欠如していた。師として、教えるべきことを教えられていなかったと私も反省した。だからどうか彦卿のことは許してやってくれないかな」
すぐに彦卿のことを許容することは出来そうにない。けど確かに彦卿は変化しているし景元の言うことも納得できる。頷いて見せると景元は柔らかく微笑んだ。
「さて、急なことばかりで疲れただろう。食事をとってゆっくり休みなさい」
「……景元さんは、まだ仕事?」
「ああ、私のことは気にしないでいい。そもそもこの時期は繁忙なんだ」
長い髪を翻し部屋を出た。残されたフランはしばらく椅子に座ったまま足をふらふらさせ、満足すると使用人の元へ向かった。屋敷の中は厳重な警備で守られている上に入れる者は身元が判明している潔白な者、そして精神に不調のない者のみだ。景元は再び他の管轄所へ向かい公文書へのサイン、指示出し、会議へと向かったはずだ。
暗殺されかけたとはいえ、淡々と食事を摂り風呂に入る。寝る前には明日の授業で使う教科書を読んで目を通していた。泣き喚いた分疲れているが興奮して目が覚めているのも確か。ベッドの上でゴロゴロしながら無為に時間を消費していた。
日付が変わる直前にこの屋敷の主人が帰ってきた。屋敷に駐在する担当の使用人が景元の世話をし、労う。人々の足音、微かな話声、屋敷の軋みが耳に入る。別にいつもなら気にしないのに、囮にされたショックで景元に放った強い言葉が自分に跳ね返っていた。途端に居心地が悪くなりベッドから離れようとするも結局部屋の中をうろうろするしかない。
謝ったしお互い許した。けれど常に羅浮のために思案し動く景元に不要なストレスを与えるべきではないのは当然の考えだ。冷静になったフランは罪悪感から部屋を出た。
暗い廊下。先ほどまであった人の気配が消えている。これだけ立派な屋敷なのに景元は寝るためだけに帰ってきているようだった。ぶるりと寒さを感じて静かに廊下を歩く。向かった先は景元の寝室だ。手を伸ばすがすぐ引っ込める。
今は繁忙期だと言っていた。たかだか罪悪感のために景元に慰めをもらうような行為は控えた方がいいのではないだろうか。さらに考えを深めて結論づけた。自身の部屋に戻ろうと足を動かすと扉の向こうから声がかかる。
「フラン」
そっとドアを開ける。隙間から覗くと寝具の上で景元は笑って手招きした。
「おいで、眠れないんだろう」
部屋に入り寝具に腰掛ける。景元は手元の書籍を置いて寝そべった。
「少し話に付き合ってくれ」
シルクのような髪がライトに当てられ光っている。同じように横になると片腕で抱き寄せて密着した。自分の体温で温められた毛布よりも、何倍も安心する。
「私には仲のいい友人や師匠がいたんだ。その当時はとっつきにくい者もいて言い合うこともあったが最後には酒を酌み交わした」
「もう、いないの?」
「ああ。私にはどうしようもできない事ばかりで、起こる全てのことを傍観し鎮圧するだけだった」
「景元さんは頭がいいのに、なんで出来なかったの?」
フランが知る景元は全ての事象を最小限に抑え被害を限りなく少なくする卓越した思考力の持ち主だった。だから自身の友人関係に手をこまねくだけであった事実は信じられない。
「彼らの理解者である故に…そして、私以外に手を下せる者がいなかったんだ」
長命種は魔陰の身になることが宿命づけられている。どんなに強くとも優しくとも自身を律していてもなお逃れられない。景元も同じだ。
「……私は景元さんに手を下せる自信がない」
「大丈夫、フランが生きている間はそんなことは起きない。それに、あの時フランを連れ出したのはそんな事をさせるためじゃないんだ」
天蓋を見上げる。相変わらず星を模った模様が二人を見下ろしていた。
「消えようとする運命を傍観することに、嫌気がさした。珍しく後先考えずに、君に手を伸ばしてしまったんだ」
「景元さんが私に強い思い入れがあるって言ったのはそれ?」
「ふふ、それとは別」
「何それ?」
前髪で隠れた両目がフランを見つめる。養父であるのにその目の熱に緊張してしまった。目を閉じた時の長いまつ毛を眺めることだけがフランの特権であったが故に。
むぎゅっと抱きしめられたと思えば頭を撫でられる。フランと比べても大きな心臓がゆったり脈打つ。そして明日の学校のことを尋ねてきた。声の振動が響いて心地いい。返事をしている途中で眠気に負けた。景元の腕の中で無垢なまま寝顔を見せている。
静かに、そっと、頭に唇を当てた。起こさぬよう、無垢なままでいるように願いながら時間が過ぎる。
初代フラン王を知っているせいで何をするにしても今のフランと比べてしまう自分が嫌だった。剣を教えても、勉学も、果てには喋りすらも理屈めいているところが同じだ。同じであることに安心してしまうことに嫌悪していた。どうやったって同じではない。フラン王は死んだ。宴を約束してくれた明るい彼女はもういない。頭で理解していたって目の前に瓜二つのフランがいるのだから隠れた想いをひた隠しにすることは至難の業。フランが遺した子でもないのに、勝手に初代フラン王のためと屁理屈を出す本能が嫌だ。何も知らない子どもにこの感情は非道とも称されるべきだろう。そんな自責の念に悩まされていたが今回大きな声で拒絶を受けたことでハッとした。
初代フラン王なら笑って許してくれると勝手に思っていた行動はフランは嫌がった。たとえ同じ遺伝子であってもそれまでの経験が違う。ならば今、景元の腕の中にいるフランは全く別の存在。絵を夢中になって描いたり、真面目で勉強熱心なところを好ましく……可愛らしく思えてしまうのは何らおかしいことではない。自分はフランを愛してもいいのだと思うことができた。
たった百年にも満たない、一夜に咲く花のように隠されるべき愛だろう。庇護の対象に向けた真っ当な愛かもしれない。けれど男女の関係でもない、家族でもない、ただフランの人生がより良いものであって欲しいと願う純粋な愛を穢されたくなかった。
「フラン、どうか……」
隣で生きてくれるだけでいい、という言葉は飲み込んだ。
