デフォルトはフラン
星の下に生まれる
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とある惑星へ貿易交渉に向かった仙舟人が長らく帰ってこない。そう発覚したのは天舶司に属する者の報告が途絶えた時だ。天舶司の外部報告は本人からの申告だけでなくビーコンの反応も含まれている。つまり景元に報告が途絶えた旨の連絡は消息不明になったことを意味していた。それが一人、二人程度なら正式な通達をした上で雲騎軍を派遣するのだが今回は一度に十人だった。
その惑星の名前はシン=コウキ。仙舟「羅浮」はもちろん他の惑星とも貿易をしている新興惑星だ。およそ三年前にそれまでの政権が倒れ、クーデターを率いていた民間軍事組織が政治を行うようになった寡頭政治だ。貿易にあたりその惑星のトップである王が羅浮に赴き景元へ挨拶をしてきた時のことをよく覚えている。
強く、勇ましい姿は女とは思えないほどの威厳に満ち溢れていた。戦闘の際に怪我を負ったのは左眉を別つ傷のみ。その武勇は景元でさえ聞き及んでいたものだった。しかし強さとは裏腹に、思慮深く礼儀正しい女性でもあった。柄にもなく人の上に立つ者同士色んなことを語り合った。元は傭兵だというのに口がうまく、ユーモアに溢れている。王の座についたのも納得できるほど。
「もしシン=コウキに訪れる際は盛大に出迎えましょう。他ならぬ貴方が来るのだから、楽しく、明るく、笑い転げるくらいの宴を約束します」
交わした握手は穢れのない純粋な友情でできていた。将軍と王の関係は模範的かつ理想的なあり方だ。だからこそ今回の事件で景元は何が起こったのかこの目で確かめたい。将軍が出向くことに否定的な意見もあった。しかしかの王が治める惑星が何かに上書きされているのではないかと嫌な予感もしていた。
惑星に近づく直前、測定員が顔を真っ青に景元へ報告に来た。景元の予想は当たっていたのだ。
「星核の反応があります!」
悪夢だと思いたかった。けれどまごうことなく現実であり、今もなお惑星は星核に支配されている。確認、救済、という言葉を捨てるまでに数秒かかった。これからは介錯を持って進まなければならない。
「これより星核封印行動にはいる」
景元は友人と思った者を切り捨てる運命にあるのかもしれない。悲観的になりながら、せめてたおやかな首は自分の手で終わらせたいと腰を上げた。
作戦開始 初日
シン=コウキの首都郊外へ斥候として数名が降り立った。しかし斥候の報告は超スピードで遠征外舟に送られる。並の人間では不可能だ。雲騎軍はもちろん景元もこの最初の難題に眉を顰めるが答えはすぐに出てきた。
「時間の流れが狂っています。おそらくシン=コウキの時間は我々の百倍速…いやそれ以上の可能性が」
符玄の言葉がやたら頭に響く。舟は静まり返った。
「星核か」
ぽつりと呟いて景元は立ち上がる。ただ一言符玄に残した。
「合図を出す。それまでは待機だ」
景元は一人でシン=コウキに降り立つ。あの時約束した出迎えなど無かった。淡々と夜の静寂をその身に受けて城下町へ歩き出した。そのうち要塞である城から灯りがつく。侵入者を検知していた。槍を片手にその光景を眺めながら歩く。すると門の前に一人の子供がいた。灯りもなく、まるで目の前の将軍を待っているかのよう。
「私は侵略をしにきたのではない。星核を封印しにきた」
ただの子どもではないことは明らかだ。佇まいだけで分かる異常さ。景元自身、子どもに警戒するなど夢にも思っていない。だが全ての経験から直感的に対応を見誤るなら今後の行動が制限されると感じたのだ。
「想像していたとおりです、景元将軍」
子どもの声は非常に落ち着き払っている。暗闇の中でフードを脱ぎ景元の目の前にやってきた。左眉には傷跡が残っている。
「初めまして、シン=コウキの王、フランです」
面影、外見的な特徴、髪色、瞳、全て数年前に握手を交わした王そのものだった。驚きながらも頭の中で状況と推測、仮定を繰り返す。
「フラン、王」
「こっちに。兵がきます。あなたの軍も匿っています」
フランの子どもが同じ名前を名乗っている可能性は真っ先に消えた。超法外的な力…星核によって無力化された説は最初の言葉により消えた。であれば、至極真っ当な予想を口にした。
「フラン王のクローンか」
「さすがです。もう説明などいらないですね」
「いいや、それでも王からの説明は必要だ。詳しく教えてはくれないか」
壁の凹みを押す。すると大人が這いつくばってようやく通れる穴が現れた。
「……うーん、入れなさそう。装備を脱いでください」
「その前に将軍を地面に這わせる気かな?」
「死にたいのであれば何も言いません」
仕方なく四つん這いになって穴をくぐる。子どもであるフラン王は難なく通り抜け、穴を隠した。ランプに火をつけて真っ暗な隠し通路を照らす。
「先ほどの話ですが、もちろんこの星のこと、星核のこと全てお伝えします。ただ条件があるのです」
「移民かな?もちろん先代フラン王との親交もあった。可能な限り対処するつもりだ」
「いいえ、惑星の破壊です」
子どもの口から出るには重たい選択だ。なぜ、と問いたかったがその問いさえも、惑星の破壊という条件が必要だった。子どもとは思えない顔つき。聡明な知性、かつてのフラン王を思い出した。
「……君は聡い。その条件、謹んでお受けしよう」
「ありがとうございます。まず落ち着ける場所まで案内します」
長く薄暗い通路を進む。階段を登り、フラン王は重たそうな天井の石を押し上げる。景元が両手で押してやれば簡単に開いた。
「すみません、まだ続きます。この道はクーデター時に使っていた通路なので」
「今の政権はクーデターを起こした者たちが主体だろう。通路の存在は知られているのでは」
「いいえ、誰も知りません。私もかつてのフラン王の書記でこの存在を知りました」
もう、あのフラン王はいない。心臓が重たくなった気がした。
フラン王の後に続いて歩く。何も話すこともなく、暗闇をふたりで。
歩き続けて三十分。ようやく通路の終わりが見えた。石の扉を左へ押すと部屋の灯りが差し込む。目を細めながら開ききるとそこは広い部屋だった。王の部屋であると知るが、怪我をした雲騎軍の兵士が手当をされた上で横たわっている。そして兵士ではない…天舶司の者もいた。景元の顔を見て皆笑顔を宿すがフラン王に人差し指を立てられ静寂は続く。
「彼らは私の権限でなんとか一命を取り留めています。まずは彼らを本艦へ移動させることを勧めます」
「ああ、我が兵と民を守ってくれたこと感謝する。しかし君の味方は?これだけの者を救うには協力者がいるはずだろう」
「いません。この惑星全てが私の敵です」
作戦実行 二日目
怪我をした兵士や民は全て秘密裏に送り返した。この惑星に残っているのは景元だけだった。朝は使用人が来る事と、夕方までは王としての職務を全うするため景元は隠し通路で身を隠すよう指示された。壁の向こうから微かに聞こえる声に耳を澄ませる。
王、全ては順調ですか?
ええ、順調です。何の問題もありません。
ならば安心しました。
抑揚のある普通の言葉。だが全てが偽りのようで、思わず自分の首を触った。久々に鳥肌がたっている。だが景元が惑星の異常性を知るのはここから先の出来事だ。
王、全ては順調ですか?
ええ、順調です。何の問題もありません。
ならば安心しました。
同じ言葉を繰り返している。まるで機械のように。景元は目を閉じた。フラン王が惑星を破壊しようと模索している理由を考察するには十分すぎる時間があった。
「景元将軍、良ければ…」
隠し扉を開けて出されたのは出来立ての食事だ。だが考察をし終えた景元はフラン王の細い腕を掴む。
「いいや、君が食べるといい」
長袖の下に隠れた腕は骨と皮だけだった。これまで与えられた食事を全て匿っていた者たちに与えていたのだ。
「でも」
「食べるんだ、ほら」
パンを目の前でちぎり口元へ持っていってやる。小さな口が咥えて咀嚼した。
「私は毎日良いものを食べているから、一週間食べなかったところでどうってことはない」
「……夕方ももってきます。だからその時は将軍が食べてください」
この惑星はおそらく、星核によって時間を加速させられているだけではない。クローンを量産し、星核によって決められた行動しか取れなくなった模倣惑星となっている。
フラン王が逸脱した行動を取れたのはクローンミスか、あるいはこれまでのクローンの行動の積み重ねか。ため息をこぼして再び目を閉じた。
夜になるとようやく隠し扉が開かれた。フラン王は景元を見るや否や単刀直入に言う。
「この惑星の事情を説明します」
フラン王の説明は景元が予想した通りだった。クーデターを起こした団体の側近が、フラン王一人へ権力が集まることを良しとせず暗殺。星核の力でクローンを生み出し成長を加速させた。こうしてクローンを生み出し側近の意のままに操り、行動を逸脱すれば再び暗殺……この繰り返しだ。いつしかそのサイクルも狂いだし側近同士が暗殺しクローン生成と急成長。表向きは何も変わらないが上層部はクローンによる政治が始まり、次第にクローン化させる対象は役人、民間とくだってゆく。
こうしてこの星は模倣されただけの、中身は別物となった惑星となったのだ。
「私の一つ前のフラン王はこの惑星をテセウスの船と揶揄していました。そして今までのフラン王が集めた情報、星核の位置、全てを死守するよう書かれていたんです」
「……そうか」
「フラン王のクローンが逸脱した行動を取れるようになった理由はわかりません。ですが、かつての航行記録を参照し、景元将軍なら来てくれるのではないかと……この星と宿命を、壊してくれると、思いました」
クローンになってもこの王は気高く、聡明であった。今まで何百人ものフラン王が命をかけてこの星を守ろうと奮闘していたに違いない。古びた手記をめくり、王と同じ筆跡を見てなぞった。
「君は…フラン王は、星を破壊した後どうするつもりなんだ」
「星と同じ運命を歩みます。私は星核からできたクローン。一人だけ逃れようとするなど、都合が良すぎる」
「…………」
「爆破装置は準備しています。景元将軍、あなたの武力ならこの惑星を破壊することは可能でしょう。この城が爆発した時、惑星を壊し星核の封印を依頼したいのです」
引き止める言葉はなかった。ただ数時間、語らっただけの…ましてやオリジナルのフラン王と話しただけの将軍が、クローンを止める理由などなかった。なのにどうして言葉が詰まるのだろう。ここまで強い覚悟を見せられていつも傍観しているだけなのだろう。景元は自分の立ち位置に嫌気がさした。
「将軍」
「……ああ、わかった」
「では行動を起こします。日付が変わる頃、装置を起動して爆発します。日付を超えても爆発は起こらなかった場合、このフラン王は死んだと思ってください。また数時間後、あなたに連絡を取るよう手記を残す予定です」
フラン王は淡白に隠し扉を閉めた。別れの言葉もないまま。景元は隠し通路を歩く。歩いて、進んで、振り返らず、止まらず────。
爆発する二十分前。フラン王はベッドに横たわりボタンを構えた。ようやく戦いが終わる。脳裏に常にちらついていた今までのフランの言葉が消えていくのを感じた。きっと今まで殺されたフランたちは、殺される直前、死が救いであると思っていただろう。だとすると少しホッとした。誰も生に執着などせずあっさり死ねたのだ。自分も死ねる。何もおもわず。役目を全うしただけ恵まれたほうだ。
しかし、暗闇の中で隠し扉が動いた。ランプに映し出された異国の風貌。フラン王は起き上がりその男を見る。
「将軍、なぜ」
「少し話をしよう」
ベッドに腰掛ける。
「爆破装置は作動しています!あと二十分もすれば爆発に巻き込まれます!」
「初代フラン王は私に約束した」
語りかける唇は端正で、詩を紡ぐようだ。
「私を招く時は、盛大な宴にすると」
「…………」
「私はその宴を見に来たんだ」
「……すみません、私は、その約束を知りません」
首を軽く横に振った。手を差し出す。
「見せてくれるのだろう。大きなパレードを」
「……私は、役目を終えて…」
「ならば案内してくれないか。フラン王たちが手がけた、これからの宴を」
「……私の、存在意義は、この爆発の後消えます。どう生きろと言うのですか」
「自由に生きれば良い。思うがままに食べ、寝て、学び、知り……気高い君の生き様を見せてほしい。人の上に立つ者として私は畏敬を持って君を護ろう」
初代フラン王はこの男に何を思ったのだろう。どんなことを話し、手を重ねたのだろう。シン=コウキが新政府に成り変わってから西暦が千を超えた今、久々に二人の手が重なった。
作戦実行 三日目
多くの人々が爆発に巻き込まれる。悲鳴などはなかった。話す内容が星核によって決められていたからだ。
たった三日、けれど景元とフラン王には十分な時間だった。星核は雲騎軍により確保、神策府や太卜司によりそれ相応の対処がなされた。
「フラン王……いや、フラン、君は今からただのフランだ」
「ただの…?」
「そうだ。私が君の養父となる」
「父には見えません」
「ああ、ただ君の生活を保証する肩書きであって意味はない。しかし、私は君を強く想っているのは確かだ。どうか日々健やかであれと、願う程度には」
「……そう、なんですね」
大きな仙舟「羅浮」が視界に入り、あまりの巨大さに尻餅をついた。景元はフランを抱き上げる。
「ようこそ、我らが舟へ」
その惑星の名前はシン=コウキ。仙舟「羅浮」はもちろん他の惑星とも貿易をしている新興惑星だ。およそ三年前にそれまでの政権が倒れ、クーデターを率いていた民間軍事組織が政治を行うようになった寡頭政治だ。貿易にあたりその惑星のトップである王が羅浮に赴き景元へ挨拶をしてきた時のことをよく覚えている。
強く、勇ましい姿は女とは思えないほどの威厳に満ち溢れていた。戦闘の際に怪我を負ったのは左眉を別つ傷のみ。その武勇は景元でさえ聞き及んでいたものだった。しかし強さとは裏腹に、思慮深く礼儀正しい女性でもあった。柄にもなく人の上に立つ者同士色んなことを語り合った。元は傭兵だというのに口がうまく、ユーモアに溢れている。王の座についたのも納得できるほど。
「もしシン=コウキに訪れる際は盛大に出迎えましょう。他ならぬ貴方が来るのだから、楽しく、明るく、笑い転げるくらいの宴を約束します」
交わした握手は穢れのない純粋な友情でできていた。将軍と王の関係は模範的かつ理想的なあり方だ。だからこそ今回の事件で景元は何が起こったのかこの目で確かめたい。将軍が出向くことに否定的な意見もあった。しかしかの王が治める惑星が何かに上書きされているのではないかと嫌な予感もしていた。
惑星に近づく直前、測定員が顔を真っ青に景元へ報告に来た。景元の予想は当たっていたのだ。
「星核の反応があります!」
悪夢だと思いたかった。けれどまごうことなく現実であり、今もなお惑星は星核に支配されている。確認、救済、という言葉を捨てるまでに数秒かかった。これからは介錯を持って進まなければならない。
「これより星核封印行動にはいる」
景元は友人と思った者を切り捨てる運命にあるのかもしれない。悲観的になりながら、せめてたおやかな首は自分の手で終わらせたいと腰を上げた。
作戦開始 初日
シン=コウキの首都郊外へ斥候として数名が降り立った。しかし斥候の報告は超スピードで遠征外舟に送られる。並の人間では不可能だ。雲騎軍はもちろん景元もこの最初の難題に眉を顰めるが答えはすぐに出てきた。
「時間の流れが狂っています。おそらくシン=コウキの時間は我々の百倍速…いやそれ以上の可能性が」
符玄の言葉がやたら頭に響く。舟は静まり返った。
「星核か」
ぽつりと呟いて景元は立ち上がる。ただ一言符玄に残した。
「合図を出す。それまでは待機だ」
景元は一人でシン=コウキに降り立つ。あの時約束した出迎えなど無かった。淡々と夜の静寂をその身に受けて城下町へ歩き出した。そのうち要塞である城から灯りがつく。侵入者を検知していた。槍を片手にその光景を眺めながら歩く。すると門の前に一人の子供がいた。灯りもなく、まるで目の前の将軍を待っているかのよう。
「私は侵略をしにきたのではない。星核を封印しにきた」
ただの子どもではないことは明らかだ。佇まいだけで分かる異常さ。景元自身、子どもに警戒するなど夢にも思っていない。だが全ての経験から直感的に対応を見誤るなら今後の行動が制限されると感じたのだ。
「想像していたとおりです、景元将軍」
子どもの声は非常に落ち着き払っている。暗闇の中でフードを脱ぎ景元の目の前にやってきた。左眉には傷跡が残っている。
「初めまして、シン=コウキの王、フランです」
面影、外見的な特徴、髪色、瞳、全て数年前に握手を交わした王そのものだった。驚きながらも頭の中で状況と推測、仮定を繰り返す。
「フラン、王」
「こっちに。兵がきます。あなたの軍も匿っています」
フランの子どもが同じ名前を名乗っている可能性は真っ先に消えた。超法外的な力…星核によって無力化された説は最初の言葉により消えた。であれば、至極真っ当な予想を口にした。
「フラン王のクローンか」
「さすがです。もう説明などいらないですね」
「いいや、それでも王からの説明は必要だ。詳しく教えてはくれないか」
壁の凹みを押す。すると大人が這いつくばってようやく通れる穴が現れた。
「……うーん、入れなさそう。装備を脱いでください」
「その前に将軍を地面に這わせる気かな?」
「死にたいのであれば何も言いません」
仕方なく四つん這いになって穴をくぐる。子どもであるフラン王は難なく通り抜け、穴を隠した。ランプに火をつけて真っ暗な隠し通路を照らす。
「先ほどの話ですが、もちろんこの星のこと、星核のこと全てお伝えします。ただ条件があるのです」
「移民かな?もちろん先代フラン王との親交もあった。可能な限り対処するつもりだ」
「いいえ、惑星の破壊です」
子どもの口から出るには重たい選択だ。なぜ、と問いたかったがその問いさえも、惑星の破壊という条件が必要だった。子どもとは思えない顔つき。聡明な知性、かつてのフラン王を思い出した。
「……君は聡い。その条件、謹んでお受けしよう」
「ありがとうございます。まず落ち着ける場所まで案内します」
長く薄暗い通路を進む。階段を登り、フラン王は重たそうな天井の石を押し上げる。景元が両手で押してやれば簡単に開いた。
「すみません、まだ続きます。この道はクーデター時に使っていた通路なので」
「今の政権はクーデターを起こした者たちが主体だろう。通路の存在は知られているのでは」
「いいえ、誰も知りません。私もかつてのフラン王の書記でこの存在を知りました」
もう、あのフラン王はいない。心臓が重たくなった気がした。
フラン王の後に続いて歩く。何も話すこともなく、暗闇をふたりで。
歩き続けて三十分。ようやく通路の終わりが見えた。石の扉を左へ押すと部屋の灯りが差し込む。目を細めながら開ききるとそこは広い部屋だった。王の部屋であると知るが、怪我をした雲騎軍の兵士が手当をされた上で横たわっている。そして兵士ではない…天舶司の者もいた。景元の顔を見て皆笑顔を宿すがフラン王に人差し指を立てられ静寂は続く。
「彼らは私の権限でなんとか一命を取り留めています。まずは彼らを本艦へ移動させることを勧めます」
「ああ、我が兵と民を守ってくれたこと感謝する。しかし君の味方は?これだけの者を救うには協力者がいるはずだろう」
「いません。この惑星全てが私の敵です」
作戦実行 二日目
怪我をした兵士や民は全て秘密裏に送り返した。この惑星に残っているのは景元だけだった。朝は使用人が来る事と、夕方までは王としての職務を全うするため景元は隠し通路で身を隠すよう指示された。壁の向こうから微かに聞こえる声に耳を澄ませる。
王、全ては順調ですか?
ええ、順調です。何の問題もありません。
ならば安心しました。
抑揚のある普通の言葉。だが全てが偽りのようで、思わず自分の首を触った。久々に鳥肌がたっている。だが景元が惑星の異常性を知るのはここから先の出来事だ。
王、全ては順調ですか?
ええ、順調です。何の問題もありません。
ならば安心しました。
同じ言葉を繰り返している。まるで機械のように。景元は目を閉じた。フラン王が惑星を破壊しようと模索している理由を考察するには十分すぎる時間があった。
「景元将軍、良ければ…」
隠し扉を開けて出されたのは出来立ての食事だ。だが考察をし終えた景元はフラン王の細い腕を掴む。
「いいや、君が食べるといい」
長袖の下に隠れた腕は骨と皮だけだった。これまで与えられた食事を全て匿っていた者たちに与えていたのだ。
「でも」
「食べるんだ、ほら」
パンを目の前でちぎり口元へ持っていってやる。小さな口が咥えて咀嚼した。
「私は毎日良いものを食べているから、一週間食べなかったところでどうってことはない」
「……夕方ももってきます。だからその時は将軍が食べてください」
この惑星はおそらく、星核によって時間を加速させられているだけではない。クローンを量産し、星核によって決められた行動しか取れなくなった模倣惑星となっている。
フラン王が逸脱した行動を取れたのはクローンミスか、あるいはこれまでのクローンの行動の積み重ねか。ため息をこぼして再び目を閉じた。
夜になるとようやく隠し扉が開かれた。フラン王は景元を見るや否や単刀直入に言う。
「この惑星の事情を説明します」
フラン王の説明は景元が予想した通りだった。クーデターを起こした団体の側近が、フラン王一人へ権力が集まることを良しとせず暗殺。星核の力でクローンを生み出し成長を加速させた。こうしてクローンを生み出し側近の意のままに操り、行動を逸脱すれば再び暗殺……この繰り返しだ。いつしかそのサイクルも狂いだし側近同士が暗殺しクローン生成と急成長。表向きは何も変わらないが上層部はクローンによる政治が始まり、次第にクローン化させる対象は役人、民間とくだってゆく。
こうしてこの星は模倣されただけの、中身は別物となった惑星となったのだ。
「私の一つ前のフラン王はこの惑星をテセウスの船と揶揄していました。そして今までのフラン王が集めた情報、星核の位置、全てを死守するよう書かれていたんです」
「……そうか」
「フラン王のクローンが逸脱した行動を取れるようになった理由はわかりません。ですが、かつての航行記録を参照し、景元将軍なら来てくれるのではないかと……この星と宿命を、壊してくれると、思いました」
クローンになってもこの王は気高く、聡明であった。今まで何百人ものフラン王が命をかけてこの星を守ろうと奮闘していたに違いない。古びた手記をめくり、王と同じ筆跡を見てなぞった。
「君は…フラン王は、星を破壊した後どうするつもりなんだ」
「星と同じ運命を歩みます。私は星核からできたクローン。一人だけ逃れようとするなど、都合が良すぎる」
「…………」
「爆破装置は準備しています。景元将軍、あなたの武力ならこの惑星を破壊することは可能でしょう。この城が爆発した時、惑星を壊し星核の封印を依頼したいのです」
引き止める言葉はなかった。ただ数時間、語らっただけの…ましてやオリジナルのフラン王と話しただけの将軍が、クローンを止める理由などなかった。なのにどうして言葉が詰まるのだろう。ここまで強い覚悟を見せられていつも傍観しているだけなのだろう。景元は自分の立ち位置に嫌気がさした。
「将軍」
「……ああ、わかった」
「では行動を起こします。日付が変わる頃、装置を起動して爆発します。日付を超えても爆発は起こらなかった場合、このフラン王は死んだと思ってください。また数時間後、あなたに連絡を取るよう手記を残す予定です」
フラン王は淡白に隠し扉を閉めた。別れの言葉もないまま。景元は隠し通路を歩く。歩いて、進んで、振り返らず、止まらず────。
爆発する二十分前。フラン王はベッドに横たわりボタンを構えた。ようやく戦いが終わる。脳裏に常にちらついていた今までのフランの言葉が消えていくのを感じた。きっと今まで殺されたフランたちは、殺される直前、死が救いであると思っていただろう。だとすると少しホッとした。誰も生に執着などせずあっさり死ねたのだ。自分も死ねる。何もおもわず。役目を全うしただけ恵まれたほうだ。
しかし、暗闇の中で隠し扉が動いた。ランプに映し出された異国の風貌。フラン王は起き上がりその男を見る。
「将軍、なぜ」
「少し話をしよう」
ベッドに腰掛ける。
「爆破装置は作動しています!あと二十分もすれば爆発に巻き込まれます!」
「初代フラン王は私に約束した」
語りかける唇は端正で、詩を紡ぐようだ。
「私を招く時は、盛大な宴にすると」
「…………」
「私はその宴を見に来たんだ」
「……すみません、私は、その約束を知りません」
首を軽く横に振った。手を差し出す。
「見せてくれるのだろう。大きなパレードを」
「……私は、役目を終えて…」
「ならば案内してくれないか。フラン王たちが手がけた、これからの宴を」
「……私の、存在意義は、この爆発の後消えます。どう生きろと言うのですか」
「自由に生きれば良い。思うがままに食べ、寝て、学び、知り……気高い君の生き様を見せてほしい。人の上に立つ者として私は畏敬を持って君を護ろう」
初代フラン王はこの男に何を思ったのだろう。どんなことを話し、手を重ねたのだろう。シン=コウキが新政府に成り変わってから西暦が千を超えた今、久々に二人の手が重なった。
作戦実行 三日目
多くの人々が爆発に巻き込まれる。悲鳴などはなかった。話す内容が星核によって決められていたからだ。
たった三日、けれど景元とフラン王には十分な時間だった。星核は雲騎軍により確保、神策府や太卜司によりそれ相応の対処がなされた。
「フラン王……いや、フラン、君は今からただのフランだ」
「ただの…?」
「そうだ。私が君の養父となる」
「父には見えません」
「ああ、ただ君の生活を保証する肩書きであって意味はない。しかし、私は君を強く想っているのは確かだ。どうか日々健やかであれと、願う程度には」
「……そう、なんですね」
大きな仙舟「羅浮」が視界に入り、あまりの巨大さに尻餅をついた。景元はフランを抱き上げる。
「ようこそ、我らが舟へ」
