マイン・アフターグロー
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チョンユエは全ての司歳台の者に掛け合った。しかしヤヒコのエネルギー試運転がうまくいっているだけに中止を通達することはできなかった。
他の司歳台の者が交渉に掛け合った結果、直近の天災まではどうやってもヤヒコを解放することはできない。ただ、それが過ぎればそれまでの監視体勢を敷くことはできる。つまり以前のように監禁状態となるがエネルギー扱いはされないという、最低限の保証だった。
そんなものでチョンユエの感情が止まるはずもなかった。ただ頭にマグマを抱えたように冷静さを失っていた。あの娘は人間だと信じて疑わなかった。年齢相応に笑い、菓子を食べて満足そうにする姿はチョンユエが長年見つめ続けた人間と相違なかった。
「ヤヒコを試運転実験から解放しろ」
温和な歳であるチョンユエの表情は怒りに満ちていた。実験を行う研究員がたじろぐ中でやはり一歩前に踏み出したのはヤヒコを連れて行ったあの男だった。
「そうは言われてもエネルギー運用まであと一歩なんです。もう少々お待ちいただけますか?」
「成果は十分上がっているはずだ。ヤヒコは連れ帰る」
男は肩をすくめてチョンユエを見送るだけで静止しなかった。実験室に入るとそこはかつてヤヒコを見つけたような余熱に見舞われていた。部屋の中央には「炎」がいた。
『それがヒトとでも言うんですか?』
男は部屋の耐熱スピーカーを通じてチョンユエに語りかける。炎となったヤヒコに聞かせたくはない。言葉が十分通じなくともその真意は読み解けるほど聡い娘なのだから。
「帰ろう、もう大丈夫だヤヒコ」
『なら一つお伺いできますか?何故、そこまでしてそれを引き取ろうとするのです?』
「助けを求められた。ただそれだけだ」
マイクが小さな笑いを拾い上げた。眉間に深い皺を寄せて、ヤヒコを抱きしめた。酷く熱く、チョンユエの肌を焦がしている。
「なにが、可笑しい」
『どう見たって人の形をしていませんよねそれ。それに、あなたの庇護欲はまるで自分の子どもを守る親ようだ』
「何を言われても構わん。元より理解を求めてはいない」
『人ではないから子どものように接するくせに、人の扱いを求める。それはあまりに不条理ですよ』
暗黙の了解に無断で触れられた。殺気が膨れ上がり空気までも揺るがした。
『人の真似をしたいならどうぞ、その子どもを育てれば良い。ただし成長も退化もしない。永遠にその体は炎の物質を宿したまま。どうぞ飽きるまで親子ごっこを続ければ良い』
「お前はもう口を開くな。この子に不条理を押し付けているのはお前自身だ!」
『ならその子どもの過去は?どこの出身でどういう経緯で燃えていたのでしょう?親子なのですから当然教えてくださいますよねえ?』
「口を開くなと────」
全身の血が逆さまに燃えたぎるように。脳の奥が急激な熱により冷えて感じた。すると炎だったヤヒコの体が倒れた。慌てて抱きしめるが炎は掻き消える。
「ヤヒコ!!」
ヤヒコがいた場所に触れても何も感じない。研究員も入り痕跡を探すが見当たらない。忽然とチョンユエの目の前から……この世界から姿を消してしまった。
「あーあ、どうするんですかせっかくのエネルギー、がッ…!」
遠慮なく男の胸ぐらを掴み壁に押し付けた。チョンユエの肌と壁の熱に挟まれて男の服から煙が上がる。
「こ、こんなっ、ことしても、愛し子は、帰ってきませんよっ」
歳の代理人の殺気を間近に浴びてもへらへら笑っている。掴んでいようが離していようがこの男は減らず口なのだと知った。乱暴に離すと、襟を正して背伸びする。
「あ〜これで私が怪我なんてしたら彼女バイタルも読み取れなくなりますよ?」
「ヤヒコはどうなった」
「驚いて形を保てなくなっただけです。これで“霧散”は通算54回目です」
衝撃の事実に目を見開く。チョンユエの怒りなど知らないように、でも最近は霧散頻度増えてるんですよね、なんて気軽に言い放つ。
「どういう……お前たちは、ヤヒコに何をしているんだ!!」
「どうもこうも、言ったでしょう。エネルギー運用だと」
「お前は意志ある生命を、彼女の意に反して非道をしていると言っているんだ!!」
「黙ってもらえます?娘の過去すら興味のない、ただ関係性だけに溺れる代理人。私は失望したんですよ。ハッキリ言って気持ちが悪い。どれもこれも中途半端。言うなればヤヒコという名前の愛玩動物を可愛がっているだけですよあなた」
どれも出鱈目な嘘ではない。チョンユエが今まで見向きもせず自己完結していたものを全て言い当てていた。ならこれは己のわがままから生まれた結果なのだろうか。反論できない己に恥じて手のひらをキツく握りしめた。
思えば日記を書かなかったこともコレに通ずるのだろう。言葉ばかり教えて、ロクにお互い対話をしなかった。頭に登った血が降りていく。手のひらから血が溢れた。
痛みなど感じる資格さえない。この場でチョンユエはひどくも孤独だった。
「怪我、いたい?」
全員がぎょっと目を見開く。何故なら霧散していたはずの女がチョンユエの手を触っていたからだ。まるで何事もなかったかのように。
「ヤヒコ……!大丈夫か、気分は悪くないか、顔をよく見せてくれ」
頬を触り長く伸びた前髪かき分ける。寝起きのようにぼうっとしているが体は触れるし発火も起きていない。安心してたまらず抱き寄せた。
「すごい!こんなに早く霧散が解消されるなんて!いやぁ、親子ごっこも捨てたもんじゃないですね」
一発殴ろうとしたが男はチョンユエの攻撃範囲から抜け出した。研究者のくせに武術の心得はあるようだ。
「……ヤヒコは連れて帰る」
「霧散報告あげられたらひとたまりもありませんからね、どうぞご随意に」
抱き上げてもう離れないよう尻尾でヤヒコを巻きつける。けれどこのままではまたヤヒコはエネルギー運用のための燃料にされてしまうだろう。もう目の前で消えてしまうなんてものは見たくはなかった。これがエゴと言われようがどうだっていいほど強く忌避感情を抱いていた。
運用実験のために無理に体を酷使された。ヤヒコはしばらく起き上がることも、そもそも目を覚ます日も数えるほどだった。食事を摂っても栄養を与えても、いわば休眠状態は続く。実験場では大半の時間が霧散していたようで回復方法など知る由もない。
残されたヤヒコの炎が移動都市の進行方向を変え、源石の三割カットに成功。天災も回避することができた。
だが次また天災がきたらヤヒコの体は持たない。今もなおヤヒコを抹殺を支持する層がある。今回の実験で燃え尽きてしまったら好都合だったのだろう。むしろそれを狙っていた可能性もある。
ヤヒコはまだ眠っている。日記は止まったまま。目についたので過去の日記を読み返すがどれも当たり障りのない内容だったと気づく。額を抑えて己にまた失望していた。本当にこの関係性だけを見て満足していただけだった。ヤヒコの気持ちを聞くことすらしない愚か者を誰か処罰してほしいと願う。
つん、と手が触れた。ヤヒコが珍しく目を覚ました。できるだけ笑顔でいるよう努めて顔を覗き込む。
「腹は空いてないか?」
起き上がる素振りを見せたので背中を支える。水を飲み、目についた食料を口に運び始めた。食べる様子にホッとしてしまうがそれだけではまだ足りない。そもそも何から手をつけたらいいか分からない。今まであれほど時間があったのに今は会話するのも億劫になっている。
「……日記、ごめん」
ぽつりとつぶやいた。様々な感情が一気に込み上げた。何か伝えたいが、今は言葉にならない。ヤヒコを抱きしめた。必死に絞り出した声は情けないものだ。
「いいんだ……そんなこと……」
ヤヒコは薄々気づいていたのだろうか。チョンユエの人ならざる部分に。助けを乞われたのに助けられていたのはチョンユエの方だった。
「ヤヒコが無事でいるほうが……ずっと……」
腕の中の小さな温もり。愛おしくも輝かしい命に感謝してしまう。この命を守ろうと決めた。化け物だろうがなんと言われてもこの命は守るに値する。小さなことに素直に謝罪してしまう心は正しく人なのだから。
不意に尻尾を握られた。抱きしめていたチョンユエは驚き肩が跳ねる。ヤヒコはそんな様子を見て笑った。尻尾の先を握っては子どもみたく笑う。
「全く……」
ヤヒコの手と腕に尻尾を絡めてやれば喜んだ。蛇と見間違えて怯えた姿と違う。こうやって笑顔を見ることができただけでもあの日々に少しだけ、意味があったのかもしれない。チョンユエはまた救われた。
チョンユエはヤヒコの実態調査を進言した。身元の確認だけではなく、発火していた理由を探るためだ。炎国も実態不明の発火物、それも他国に知られたら戦争の火種になりうる存在をいつまでも抱えていたくはない。しかしチョンユエはヤヒコを外へ連れていくとも言い出したのだ。当然拒否するがチョンユエも譲らない。妥協案として司歳台複数名の監視と、ヤヒコが大規模な火災を招いた場合はヤヒコの抹殺を引き受ける旨を伝えた。
家族のような関係性を知っている上層部はそれでも難色を示した。だがチョンユエが根回ししていた司歳台のズオ・ラウが発言をする。
「ヤヒコは今のところ我々に危害を加えておりません。逆に人を燃やしてしまうと恐れているようです。発火原因、そして身元の特定を急ぎ不安の種を潰しておくべきかと存じます。それにもし発火を自在に操作できたなら、炎国としても有益な存在になります」
とはいえそれはチョンユエが許さないんでしょう?という疑念が顔に出ている。ズオ・ラウもチョンユエ直々の強い要望に参ってしまい、今もゴリ押しで案を通しているにすぎないことは自覚していた。
結局度重なる審議と会議の結果、一週間の猶予が与えられた。期限までに成果を上げて必ず帰還することを命じられた上に、もし何も成果がなければチョンユエは今後ヤヒコへの接触を禁止することも告げられた。
「無理やり案を出した僕が言うべきことではありませんが……かなり追い詰められたのでは?」
「まぁ当てがないわけでもない。それに、本当は全て口実だ」
「口実?他に狙いが?」
チョンユエは笑って見せた。けれど真意は言わないままヤヒコの元へ向かった。相変わらず部屋は殺風景で何もない。目が覚めるまでは司歳台にヤヒコの服を依頼しようと思いついた時に気配に気付いたようだ。寝起きのふわふわとした声でチョンユエの名前を呼んだ。
「起きたか、今日は何か食べたか?」
「ううん…」
「ひとまずこれを」
不定期に目覚めるヤヒコのために水と簡易食料だけは常備されていた。後ほどしっかりと食事させるがまず伝えるべきことがあった。
「ヤヒコ、来月の初頭から一週間、ヤヒコの身元を確認するために遠出する」
数秒開けて、ようやく言葉の意味がある程度伝わったようだ。
「旅行?」
「まぁ…そんなものと思っていていい。ヤヒコと、私の二人だ」
「私も?」
「そうだ」
「脱走?」
「ちがうぞ?どこでそんな言葉覚えた?」
ちゃんと認められたものだと言えば納得した。食料を頬張って水で流し込む。
「どこに?」
「私たちが出会った場所だ」
ヤヒコは俯いた。頭を数回掻いて、間を開けて、端的に言う。
「こわい」
細い肩を抱いて撫でた。恐怖も不安も当たり前のことだ。特に人を焼き殺してしまったという事実に気乗りしないのも承知の上。それでもヤヒコ自身のためにも、チョンユエのためにも行かねばならない。
「大丈夫だ。私が守る」
ヤヒコもこの時だけは、ただの白雪姫ならよかったのにと思いながらそっと身を預けた。ただ人ならざるモノが互いの疵を庇いあっているだけ。人間からはそう見えた。けれど本人たちは形容しがたい関係性で結ばれており、信頼以上のものが築かれていた。
「覚えていてくれ。ヤヒコの命は私が守る。何があっても」
きっとチョンユエの決意は愛で固められていた。それは異性愛でも家族愛でもない。ひたすら深く雄大な愛がヤヒコを包むためだけにあった。
他の司歳台の者が交渉に掛け合った結果、直近の天災まではどうやってもヤヒコを解放することはできない。ただ、それが過ぎればそれまでの監視体勢を敷くことはできる。つまり以前のように監禁状態となるがエネルギー扱いはされないという、最低限の保証だった。
そんなものでチョンユエの感情が止まるはずもなかった。ただ頭にマグマを抱えたように冷静さを失っていた。あの娘は人間だと信じて疑わなかった。年齢相応に笑い、菓子を食べて満足そうにする姿はチョンユエが長年見つめ続けた人間と相違なかった。
「ヤヒコを試運転実験から解放しろ」
温和な歳であるチョンユエの表情は怒りに満ちていた。実験を行う研究員がたじろぐ中でやはり一歩前に踏み出したのはヤヒコを連れて行ったあの男だった。
「そうは言われてもエネルギー運用まであと一歩なんです。もう少々お待ちいただけますか?」
「成果は十分上がっているはずだ。ヤヒコは連れ帰る」
男は肩をすくめてチョンユエを見送るだけで静止しなかった。実験室に入るとそこはかつてヤヒコを見つけたような余熱に見舞われていた。部屋の中央には「炎」がいた。
『それがヒトとでも言うんですか?』
男は部屋の耐熱スピーカーを通じてチョンユエに語りかける。炎となったヤヒコに聞かせたくはない。言葉が十分通じなくともその真意は読み解けるほど聡い娘なのだから。
「帰ろう、もう大丈夫だヤヒコ」
『なら一つお伺いできますか?何故、そこまでしてそれを引き取ろうとするのです?』
「助けを求められた。ただそれだけだ」
マイクが小さな笑いを拾い上げた。眉間に深い皺を寄せて、ヤヒコを抱きしめた。酷く熱く、チョンユエの肌を焦がしている。
「なにが、可笑しい」
『どう見たって人の形をしていませんよねそれ。それに、あなたの庇護欲はまるで自分の子どもを守る親ようだ』
「何を言われても構わん。元より理解を求めてはいない」
『人ではないから子どものように接するくせに、人の扱いを求める。それはあまりに不条理ですよ』
暗黙の了解に無断で触れられた。殺気が膨れ上がり空気までも揺るがした。
『人の真似をしたいならどうぞ、その子どもを育てれば良い。ただし成長も退化もしない。永遠にその体は炎の物質を宿したまま。どうぞ飽きるまで親子ごっこを続ければ良い』
「お前はもう口を開くな。この子に不条理を押し付けているのはお前自身だ!」
『ならその子どもの過去は?どこの出身でどういう経緯で燃えていたのでしょう?親子なのですから当然教えてくださいますよねえ?』
「口を開くなと────」
全身の血が逆さまに燃えたぎるように。脳の奥が急激な熱により冷えて感じた。すると炎だったヤヒコの体が倒れた。慌てて抱きしめるが炎は掻き消える。
「ヤヒコ!!」
ヤヒコがいた場所に触れても何も感じない。研究員も入り痕跡を探すが見当たらない。忽然とチョンユエの目の前から……この世界から姿を消してしまった。
「あーあ、どうするんですかせっかくのエネルギー、がッ…!」
遠慮なく男の胸ぐらを掴み壁に押し付けた。チョンユエの肌と壁の熱に挟まれて男の服から煙が上がる。
「こ、こんなっ、ことしても、愛し子は、帰ってきませんよっ」
歳の代理人の殺気を間近に浴びてもへらへら笑っている。掴んでいようが離していようがこの男は減らず口なのだと知った。乱暴に離すと、襟を正して背伸びする。
「あ〜これで私が怪我なんてしたら彼女バイタルも読み取れなくなりますよ?」
「ヤヒコはどうなった」
「驚いて形を保てなくなっただけです。これで“霧散”は通算54回目です」
衝撃の事実に目を見開く。チョンユエの怒りなど知らないように、でも最近は霧散頻度増えてるんですよね、なんて気軽に言い放つ。
「どういう……お前たちは、ヤヒコに何をしているんだ!!」
「どうもこうも、言ったでしょう。エネルギー運用だと」
「お前は意志ある生命を、彼女の意に反して非道をしていると言っているんだ!!」
「黙ってもらえます?娘の過去すら興味のない、ただ関係性だけに溺れる代理人。私は失望したんですよ。ハッキリ言って気持ちが悪い。どれもこれも中途半端。言うなればヤヒコという名前の愛玩動物を可愛がっているだけですよあなた」
どれも出鱈目な嘘ではない。チョンユエが今まで見向きもせず自己完結していたものを全て言い当てていた。ならこれは己のわがままから生まれた結果なのだろうか。反論できない己に恥じて手のひらをキツく握りしめた。
思えば日記を書かなかったこともコレに通ずるのだろう。言葉ばかり教えて、ロクにお互い対話をしなかった。頭に登った血が降りていく。手のひらから血が溢れた。
痛みなど感じる資格さえない。この場でチョンユエはひどくも孤独だった。
「怪我、いたい?」
全員がぎょっと目を見開く。何故なら霧散していたはずの女がチョンユエの手を触っていたからだ。まるで何事もなかったかのように。
「ヤヒコ……!大丈夫か、気分は悪くないか、顔をよく見せてくれ」
頬を触り長く伸びた前髪かき分ける。寝起きのようにぼうっとしているが体は触れるし発火も起きていない。安心してたまらず抱き寄せた。
「すごい!こんなに早く霧散が解消されるなんて!いやぁ、親子ごっこも捨てたもんじゃないですね」
一発殴ろうとしたが男はチョンユエの攻撃範囲から抜け出した。研究者のくせに武術の心得はあるようだ。
「……ヤヒコは連れて帰る」
「霧散報告あげられたらひとたまりもありませんからね、どうぞご随意に」
抱き上げてもう離れないよう尻尾でヤヒコを巻きつける。けれどこのままではまたヤヒコはエネルギー運用のための燃料にされてしまうだろう。もう目の前で消えてしまうなんてものは見たくはなかった。これがエゴと言われようがどうだっていいほど強く忌避感情を抱いていた。
運用実験のために無理に体を酷使された。ヤヒコはしばらく起き上がることも、そもそも目を覚ます日も数えるほどだった。食事を摂っても栄養を与えても、いわば休眠状態は続く。実験場では大半の時間が霧散していたようで回復方法など知る由もない。
残されたヤヒコの炎が移動都市の進行方向を変え、源石の三割カットに成功。天災も回避することができた。
だが次また天災がきたらヤヒコの体は持たない。今もなおヤヒコを抹殺を支持する層がある。今回の実験で燃え尽きてしまったら好都合だったのだろう。むしろそれを狙っていた可能性もある。
ヤヒコはまだ眠っている。日記は止まったまま。目についたので過去の日記を読み返すがどれも当たり障りのない内容だったと気づく。額を抑えて己にまた失望していた。本当にこの関係性だけを見て満足していただけだった。ヤヒコの気持ちを聞くことすらしない愚か者を誰か処罰してほしいと願う。
つん、と手が触れた。ヤヒコが珍しく目を覚ました。できるだけ笑顔でいるよう努めて顔を覗き込む。
「腹は空いてないか?」
起き上がる素振りを見せたので背中を支える。水を飲み、目についた食料を口に運び始めた。食べる様子にホッとしてしまうがそれだけではまだ足りない。そもそも何から手をつけたらいいか分からない。今まであれほど時間があったのに今は会話するのも億劫になっている。
「……日記、ごめん」
ぽつりとつぶやいた。様々な感情が一気に込み上げた。何か伝えたいが、今は言葉にならない。ヤヒコを抱きしめた。必死に絞り出した声は情けないものだ。
「いいんだ……そんなこと……」
ヤヒコは薄々気づいていたのだろうか。チョンユエの人ならざる部分に。助けを乞われたのに助けられていたのはチョンユエの方だった。
「ヤヒコが無事でいるほうが……ずっと……」
腕の中の小さな温もり。愛おしくも輝かしい命に感謝してしまう。この命を守ろうと決めた。化け物だろうがなんと言われてもこの命は守るに値する。小さなことに素直に謝罪してしまう心は正しく人なのだから。
不意に尻尾を握られた。抱きしめていたチョンユエは驚き肩が跳ねる。ヤヒコはそんな様子を見て笑った。尻尾の先を握っては子どもみたく笑う。
「全く……」
ヤヒコの手と腕に尻尾を絡めてやれば喜んだ。蛇と見間違えて怯えた姿と違う。こうやって笑顔を見ることができただけでもあの日々に少しだけ、意味があったのかもしれない。チョンユエはまた救われた。
チョンユエはヤヒコの実態調査を進言した。身元の確認だけではなく、発火していた理由を探るためだ。炎国も実態不明の発火物、それも他国に知られたら戦争の火種になりうる存在をいつまでも抱えていたくはない。しかしチョンユエはヤヒコを外へ連れていくとも言い出したのだ。当然拒否するがチョンユエも譲らない。妥協案として司歳台複数名の監視と、ヤヒコが大規模な火災を招いた場合はヤヒコの抹殺を引き受ける旨を伝えた。
家族のような関係性を知っている上層部はそれでも難色を示した。だがチョンユエが根回ししていた司歳台のズオ・ラウが発言をする。
「ヤヒコは今のところ我々に危害を加えておりません。逆に人を燃やしてしまうと恐れているようです。発火原因、そして身元の特定を急ぎ不安の種を潰しておくべきかと存じます。それにもし発火を自在に操作できたなら、炎国としても有益な存在になります」
とはいえそれはチョンユエが許さないんでしょう?という疑念が顔に出ている。ズオ・ラウもチョンユエ直々の強い要望に参ってしまい、今もゴリ押しで案を通しているにすぎないことは自覚していた。
結局度重なる審議と会議の結果、一週間の猶予が与えられた。期限までに成果を上げて必ず帰還することを命じられた上に、もし何も成果がなければチョンユエは今後ヤヒコへの接触を禁止することも告げられた。
「無理やり案を出した僕が言うべきことではありませんが……かなり追い詰められたのでは?」
「まぁ当てがないわけでもない。それに、本当は全て口実だ」
「口実?他に狙いが?」
チョンユエは笑って見せた。けれど真意は言わないままヤヒコの元へ向かった。相変わらず部屋は殺風景で何もない。目が覚めるまでは司歳台にヤヒコの服を依頼しようと思いついた時に気配に気付いたようだ。寝起きのふわふわとした声でチョンユエの名前を呼んだ。
「起きたか、今日は何か食べたか?」
「ううん…」
「ひとまずこれを」
不定期に目覚めるヤヒコのために水と簡易食料だけは常備されていた。後ほどしっかりと食事させるがまず伝えるべきことがあった。
「ヤヒコ、来月の初頭から一週間、ヤヒコの身元を確認するために遠出する」
数秒開けて、ようやく言葉の意味がある程度伝わったようだ。
「旅行?」
「まぁ…そんなものと思っていていい。ヤヒコと、私の二人だ」
「私も?」
「そうだ」
「脱走?」
「ちがうぞ?どこでそんな言葉覚えた?」
ちゃんと認められたものだと言えば納得した。食料を頬張って水で流し込む。
「どこに?」
「私たちが出会った場所だ」
ヤヒコは俯いた。頭を数回掻いて、間を開けて、端的に言う。
「こわい」
細い肩を抱いて撫でた。恐怖も不安も当たり前のことだ。特に人を焼き殺してしまったという事実に気乗りしないのも承知の上。それでもヤヒコ自身のためにも、チョンユエのためにも行かねばならない。
「大丈夫だ。私が守る」
ヤヒコもこの時だけは、ただの白雪姫ならよかったのにと思いながらそっと身を預けた。ただ人ならざるモノが互いの疵を庇いあっているだけ。人間からはそう見えた。けれど本人たちは形容しがたい関係性で結ばれており、信頼以上のものが築かれていた。
「覚えていてくれ。ヤヒコの命は私が守る。何があっても」
きっとチョンユエの決意は愛で固められていた。それは異性愛でも家族愛でもない。ひたすら深く雄大な愛がヤヒコを包むためだけにあった。
