魔女の塔
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目の前に石版がある。
なんで石版なのかわからないが、なにかを置くようなくぼみがあった。
半円形のくぼみなので、玉を置くのだろう。
「なんでこんなのあるんですか?」
「さぁな
作った張本人に聞け」
どちらにせよこの石版をどうにかしなければ先に進めないらしい。
巨大な扉が立ちふさがっている。
幸いここには悪魔がいないようなので十分に思考を巡らせることができる。
「それで、どうすればいいんですか?こういうの」
「しらみつぶしに歩く」
「………へー…」
「歩けば何かあるだろ
そもそもここはお前がいた会社だろ
見覚えないのか」
「全然ないですね
そもそもうちの会社は入り口だけにカードキーをかざすタイプだったので
石版なんてものはありません」
よっぽど先に進ませたくないのか、ただ単に足止めしたいだけなのか。
どちらにせよ先に進まなければわからないことだ。
この空間は縦に長く、暗い空が見える。
壁だけがそり立っているような形状だ。
そしてその間を縫うように所々、パイプが通っている。
実質この建物の最上階がここなのかもしれない。
「ほらよ」
「うわっ!?」
まるでボールを投げられるように渡されたのは銃だ。
トリガーを引かないよう両手で挟むように受け取る。
「あぶ、危ないじゃないですか!」
「俺は上に行く
その間自分の身は自分で守れ」
「急に!??」
「お前が1発撃ったら戻る
…わざと撃つなよ
丁重に扱え
特注品だからな」
というか両手にずっしりと、銃の重みがとてつもない。
そしてそれ以上に、この黒い銃そのものが何か別のものを背負っているようで私はおかしなことにそれに負けそうになっていた。
「ダンテさんみたいにこんな重たいもの、ほいほい扱えませんよ!」
「そりゃ好都合」
そう言って悪魔顔負けの身体能力で高いところまで飛んで行った。
頭がおかしい。
「はぁ…」
震える呼吸で私はじっとその場に佇んだ。
▪️
悪魔が少ないはずの日本に悪魔がいるという情報を知った瞬間、情報屋にツケて日本へ渡った。
まず日本人は悪魔を信じない。
別の何かと思うことはあるだろうがそれを悪魔だと認識することはまずないだろう。
そういった考えが根強い人間の住む場所で悪魔が出るということは、根元に大きな魔力のある悪魔がいることを指し示していた。
そうして考えは的中。
都市部のビルが悪魔に乗っ取られた。
かつてビルだった建物はなりを潜め、監獄に変貌した。
周りは高い柵で覆われ、出ることも入ることもただの人間なら困難だろう。
それだけではなく、無駄に馬鹿でかい扉を開ければよく喋る女の悪魔が襲いかかってきた。
『あらいい男!!筋肉質な体にプラチナの髪!!何より外国人だし背も高い!!身なりもちょっと奇抜だけど悪くないわ!!あとはお金があれば最高ね!!文句のつけようがないわ!!』
とにかくうるさいのでぶちのめした。
女をいたぶる趣味はないが悪魔なら話は別だ。
容赦なくハエの体に風穴を開けてやると面白いほどに命乞いをしてきたのだ。
『そうだ!ね、悪魔を倒しに来たんでしょう!!?それならとっておきの情報!!ね!!お願いだから殺さないで!!』
「へえ、とっておき?」
『そうよ!!この監獄は社長が作ったのだけれどそれよりも大元はあの子よ!!
チカコよ!!チカコの魔力で全て練り上げたのよ!!
全部チカコのせいよ!!』
「チカコ?」
『今は悪魔に弄ばれてるでしょうけど!!
この監獄をなくしたいならチカコを殺すべきよ!!』
「そりゃいい情報だ」
『でしょう!!?あのボンクラ娘、ここでどれだけ嫌われてるかわかってない上に身の程知らずだからこうなるのよ!!
ええ私は賢く美しい女ですから!!入口の守りを任されているわけだし!!
ああ、チカコを殺すなら今がいいわよ
何せあんな悪魔のなりそこないの木偶の坊、まだ人間だから』
やかましい、というよりは反吐が出そうになったので殺した。
人間の醜い部分と悪魔を掛け合わせただけであく悪魔よりも悪魔らしい。
ともかく先に進み、いたぶられているらしいチカコを探した。
するとすぐに見つかる。
両手に鎌を突きつけられ血の海にいた。
恐怖で体は微かに震え、このままでは死ぬであろうことは本人も分かっているだろう。
何よりこのまま助けてもこの空間では同じく悪魔化するのではないか、とも思った。
他の人間が悪魔になっているのはハエ女でわかったことだ。
さらにこの監獄の主人ともなれば尚更だ。
だがチカコは、呆れるほどただの人間だ。
命は惜しいし、喚くし、けれどなかなかに逞しく、自らの状況を自覚している。
賢い女は嫌いではない。
そして、からかうと良い反応をする。
道中暇はしそうになかった。
この棟の最上階に面倒な仕掛けがあった。
道中の扉はチカコも見覚えがあるようだがこればかりは知らないという。
恐らくは首謀者の仕業かもしくはチカコの思想が反映されているか。
どちらでもいいがとにかくチカコが喚く前に石版が求めるものを探さなければならない。
そこまで強い悪魔はおらず、緩いダンションだとタカを括っていたがお守りもしなければならないなら難易度はこれまでとほぼ同等か。
つまらないことを考えながら壁をつなぐパイプに登ると壁にドアがある。
それぞれ色や特徴があり、とりあえず一つ開けてみる。
「Opus、excuse me」
一つ開ければ日本のオフィスだった。
中には一般人もおり、何事もなかったかのように閉める。
これはチカコをつれてくる必要がありそうだ。
扉の数はざっと50
そして石版の窪みは3つ
一つずつ開けてはキリがない。
チカコが子犬のように震えて待つ場所へ戻るとほっとしたような顔つきになる。
「どうでした?」
「扉がある
石版のくぼみは3つ
当たりの扉を3つ探す必要がある」
「へ、へぇ…………え、私も探すんですか」
「安心しろ
俺がしっかりと抱きかかえてやる」
「ちょっ、近寄らないでください!」
「逃げるなよ
優しくしてやる」
「言い方!!言い方がアウトです!!」
預けていた銃を取り上げ、チカコを抱き上げる。
ああだこうだ言っていたがパイプに飛び上がれば猫のように俺にすがりついていた。
「とっっっ飛ぶ時言って…!!」
「飛んだぞ」
「過去形!!それ報告です!!
事前に言ってってこと!!」
「はいはい、全くワガママだな」
「ああーっ!まって降ろさないで!落ちたら怖いのでそのままで!!」
高い声で耳が痛い。
わざとらしくため息をつく。
「おい、俺の腕にいるときは静かにしろ
できるな?お姫様」
「……………。」
「いい子だ」
文字通りそれからチカコは静かだった。
一つドアを開ければ一般人のいる部屋に繋がっていると言えば、心当たりのあるドアがいくつかあるようで50の扉のデザインを一つずつ検証させた。
なんの基準で指し示しているかはわからないが、チカコが指差す扉は顔をしかめていた。
開けるとそこは学校の教室のような場所だった。
チカコは腕から降りて、ただ黙って一つの席を眺める。
「……ダンテさん、ここ、私がいた場所なんです
もしかして、会社がこんな悪魔の巣になったのも
私が関係してるんですか?」
「さぁな
そこまではしらねぇ」
「…そうですか」
机の中に手を入れれば、丸いボールがあった。
それを俺に向ける。
「…私を帰そうとしないもの
ダンテさん最初から私が関係してるってわかってたんじゃ…」
「関係あろうがあるまいが
どちらにしてもこの中が会社を媒体にしているなら土地勘のあるやつを連れて行くのが手っ取り早いだろ」
「……そうですか」
ボールを受け取ると、外の皮が剥がれて青い宝石のような輝きの宝玉になる。
部屋を出ようとすると、裾を掴まれた。
「なんだ」
「…落ちるのやなので抱っこしてください」
自分だけは生き残ってやろうという本能が無駄に強い。
チカコの生存本能だけは見上げたものだ。
「お前なら落ちても生き残れる」
「死にますよ流石に!
ダンテさんが助けてくれるならいいですけど!?」
「落ち込むかやかましいかどっちかにしろ」
「どっちもです!
普通に死ぬのならいいですけどこんな変な場所では死にたくないです!」
「はぁ…はいはい
そらおいでおいで子犬ちゃん」
待ってましたと言わんばかりに素直に腕に乗る。
随分気安くなったものだ。
「俺を足にしたんだ
それなりに払ってもらうぞ」
「お金ならお支払いします
お金ならね」
次の部屋はチカコの自室だった。
開けた瞬間自分の部屋とわかったようで俺だけ締め出された。
そして手にリンゴを持って帰ってきた。
渡されたと同時に赤い宝玉に変わる。
「本当に私の部屋かと思ったんですけど、捨てたはずのものがあったりしたので偽物の部屋ですね、ええ紛れもなく」
「悪魔が怖いならその部屋に隠れとけばあとで迎えに来てやらんでもないぞ」
「ぜっっったいに嫌!
あんなストーカー野郎のプレゼントがある部屋なんて最悪です!!」
ずんずんとパイプの上を歩こうとするが咄嗟に我に返りまた俺の元に戻ってくる。
「お願いします」
「お前のそういう素直なとこ嫌いじゃないぞ」
最後の部屋は海に通じていた。
故郷の海なのだとか。
夕日が非常に眩しく、波が静かだ。
チカコはおもむろに砂浜を掘り始める。
「やっぱりあった」
取り出されたのは巨大な貝殻だ。
チカコの両手でも余るそれは、親戚にもらった宝物の一つだと言う。
「大事にしていたんですけど、いつのまにか無くなってて
懐かしいなあ…」
そんなこと言いながら素直に渡す。
白い宝玉が姿を現した。
「これで3つ…
やっぱり私に関係のあるものでしたね
……ダンテさん、やっぱり私悪魔なんじゃ…」
「違う
お前は人間だ」
「そうなんですかね…この会社、他にも社員がいたと思うんですけど、生きてる人間は私くらいだし…
もし私が原因で他の人を巻き込んでいたら」
「後学のために一つ教えてやる」
チカコを抱き上げる。
そして連れ出すように海に似合わない扉へ向かった。
「悪魔は泣かない」
それを言えば安心したのか、微かに笑う声がした。
▪️
ダンテはいい人だ。
それは断言できる。
とはいえ人間性に難ありだが。
とにかく例の石版に球をはめ込むと扉が開いた。
その向こう側には空中に浮かぶ廊下。
「待ってちゃダメ?」
「首輪も必要か?」
「いえ、はい、ついていきます…」
しかし私が関係あるとしても、ダンテが私をここに連れてこなければこの部屋で詰んでいたところだ。
だとすれば実はあの石版、もっとも難解なセキュリティの役割を果たしていたのかもしれない。
ダンテの後ろにぴったりとついていく。
廊下の先に繋がる塔は、それまでいた場所よりも大きい。
まだまだ上があるようだ。
同じく扉を開けた瞬間、鎌をもった悪魔が襲いかかってきた。
「ダンテさっ」
突き飛ばされ、目を開ければ串刺しのダンテがいる。
身体中、骨も突き抜けまるで内側から刃物が飛び出ているかのよう。
悪魔もケタケタと笑っていた。
驚きのあまり、声が出ない。
せめて悲鳴だけは出さないように両手で口を覆う。
「刺すだけしか能がないのか?」
けれどそれを物ともせず、淡々と銃をぶっ放す。
私は意味がわからずただそこで突っ立っているだけだ。
しまいには体に刺さった鎌を使って悪魔を蹂躙していく。
やっぱり頭おかしい。
そのうち悪魔が全滅するまで、ダンテは踊るように殺し尽くした。
「本命はこっちだったみたいだな
後回しにして正解だ」
ゴミクズを払うように体の武器を取り外す。
意味がわからない。
脊髄も、肺も、心臓だって刺さっていたはずなのに。
「う、うぐ、うう…えぇ」
「は?」
泣き出した私に素っ頓狂な声を出す。
この血まみれの男が死ぬと思ったら生きてて元気に駆け回り、そして鎌を簡単に抜き始める。
この惨状に泣かないやつがいるか?
「全く…」
「全くじゃないですよ!
ほんと、ダンテさん、死んじゃうかと、思ってっ
バカじゃないですか!
ダンテさん死んで生き残る自信ないんですから!
ちゃんと生きてくださいよぉ!!
ばか!!」
「半分悪魔がこんなので死ぬわけねぇだろ」
「そういうの先に言ってください!
私、ほんと心臓止まるかと!!」
「よかったな動いて」
「寿命縮みました!責任取ってください!」
こんな奴に流す涙が勿体無いと、必死に拭った。
「もうびっくりさせることないですよね!?」
「ないない
多分な」
「多分!?」
「俺のことより自分の心配をしとけ
半分悪魔に心配するやつなんざいねぇぞ」
まるで親に怒られた子供のように、鼻をぐすぐす言わせながらついていく。
改めてこの場所をみるとエントランスのようになっており、中央から左右に伸びる階段と、部屋を煌びやかに飾るシャンデリアがあった。
シャンデリアは会社のロビーにあるものであると気づく。
「なんだかまた扉がありますけど…」
階段の先と、階段の下
さらには上の階層にもあるようだ。
これもしらみつぶしでいくのだろうか。
「どこそこ行くな」
「わかってますよ」
本当にダンテの飼い犬になった気分だ。
手始めにダンテは正面の扉を開けるようだ。
だが立ち止まり、後回しにする。
「あれ?」
「来い、引きずられるぞ」
「ひきず?られ?」
ぐわし、と赤い半透明の巨大な手が私の目の前を掠める。
慌ててダンテの背中にへばりつく。
「あああ、ああ、あああああれ」
「悪魔の封印だ
扉があっても無闇に近づくな」
「ずっとダンテさんにくっついてていいですか」
「邪魔だ離れろ」
「塩対応………」
仕方なく一歩引いた状態でついていく。
となりの塔と違って出てくる悪魔も小物ではなく大物もいる。
その度にダンテは言う。
1ミリも動くなと。
私がそこにいる前提で戦っているので動いて弾丸が当たりでもすれば私は簡単に死ぬだろう。
とにかく縮こまってせめて流れ弾を喰らわないようカタツムリのようにしていた。
けれど私もそろそろ戦闘を見るのに慣れてきた。
たとえ真後ろに悪魔がいてもダンテは銃ですぐ撃ち殺すので、ある意味信頼しているといっても過言ではない。
そうして唯一扉に封印がない部屋での戦闘が終わる頃、私は急に首を掴まれて知らない誰かに人質に取られた。
「え」
「おい、そういう時はさっさと逃げろ」
「わ、私にそんなこと言われたって…」
動くなといったのはダンテのはずなのに。
ともかく首を掴んでいる人物を見ると、社長秘書の古川という男だった。
会社でイケメンだなんだと持て囃されていたため私も名前だけなら知っている。
ただ最強イケメンガンマンを前にすると古川も正直、霞んでしまうというのが感想。
「それで、そのお姫様を人質にして何がしたい」
「なに、人質ではない
ここで必要なものをわざわざ運んでくれたのだ
お前には礼をしたい」
「ダンテさんやっぱ私ここと関係あるじゃん」
「お前は黙ってろ
動くな狙いが逸れる」
ダンテは銃を構える。
しかし古川はその様子をみて静かに笑った。
「撃てるのか?
この監獄の主人が人間だからといって殺せない男が
ただの人間の私を殺せるのか?」
驚くというよりはやっぱり、という納得の感情が強かった。
そうでもなければあの部屋はできるはずない。
「監獄の主人であろうがそいつを利用していた奴に俺は用がある。」
「お優しいことだ」
数歩下がっていく。
私もそれについていくしかない。
そして古川は背後の黒い渦に入っていった。
私もそれに入る前に言う。
「絶対助けに来てくださいね!?じゃないとマジでしんっ」
渦に入り目を開けると、粗末なカプセルがあった。
周りはさまざまな機械とパイプが張り巡らされている。
古川は私をそこに押し込んだ。
「うあっ」
ガラスの扉を閉められ、閉じ込められる。
「ちょっと!!」
「そこにいるだけでいい仕事だ
出来るだろう?」
「ふざけんな!!なんでこんなこと!!」
脅すように扉を思い切り殴られる。
私が怯えて縮こまると古川は笑う。
「なぜお前のような小娘がここに入れたと思う
利用価値があるからだ
それ以外に価値などない」
「……。」
確かに私自身にそれほど付加価値があるとは思えない。
体内に金があるわけでもなし、病気で真珠が作れるわけでもない。
そもそも人間なんてそこにいるだけで価値などあるはずない。
古川に言われずともそんなことはわかっていた。
こんな世界本当にクソなんだと、ただ改めて自覚しただけだ。
また膝を抱えてじっとしていた。
機械が動き始め、パイプに赤黒い何かが通り始める。
そして足元に液体が注がれた。
「うわっ!?ちょっと勘弁して何これ!?きもい!!」
古川は機械に向き合ってばかりで私に気に留めない。
そして次第に溜まり、カプセルいっぱいになった。
息ができるできない、というよりは思考が溶かされるような危険性を感じた。
案の定私は簡単に意識を手放す。
▪️
だが、目覚めろと両手に激しい痛みが襲った。
全身が痙攣し目がさめる。
息ができない苦しさ、なにかが体に入っている苦しさ。
たまらずカプセルの扉を叩くと、まるでハンマーをぶつけたようにヒビが入った。
私はそのまま必死で両手を叩き続ける。
そして割れた。
液体が外へ逃げていき扉全体も壊れていった。
なだれ込むように床へ倒れこむ。
「げほっ!ごほっ!!」
九死に一生を得たとはまさにこのこと。
それにしても火事場の馬鹿力というものが私にあったとは。
殴り続けた両手を見ると、両手に赤い結晶が突き刺さっていた。
否、体に埋め込まれていた。
鎌に刺された傷まるごと覆うように。
こんな不可思議な現象、ダンテ以外に心当たりはない。
心の中でダンテに感謝していると、金属音を出しながら何かが近づいてきた。
咄嗟に見やると、悪魔が私を狙っていた。
息をつく暇もなく逃げ出す。
扉をまた手で殴ると簡単に壊れて開いた。
これを悪魔にぶつける勇気などないので遠慮なく逃げる。
部屋の外、というよりは私が今までいたのは離れの塔だったようだ。
先程渡った空中廊下が遠くに見える。
そして下へ降りる螺旋階段が続いている。
必死に駆け下りていった。
悪魔を引き寄せている感は否めないが、とにかく逃げるしか能がない。
がむしゃらに進み続けると、一風変わった扉があった。
周りが研究所のような場所であったのに、そこだけ頑丈そうだ。
目についたら迷う暇などなく転がり込む。
「あ…」
そして同時に自分の浅はかさを呪う。
今まで見た悪魔より最もでかい。
筋肉が隆起し、手にはハンマーを持っている。
私を見るなり大声を上げて走ってきた。
「ああああ!!ダンテさーーーーん!!!」
思わず叫んでその部屋から逃げ出すと扉さえも壊した。
終いには追いかけてきた悪魔さえも見向きもせずハンマーで粉砕している。
絶対ヤバいやつだと本能が言っている。
干上がる肺を無視してとりあえず扉を開けまくった。
そうしているといつの間にか外へ出ていた。
未だに暗く、芝生が生い茂っている。
しかしそれでも奴は追っていた。
もう泣きながら走ってる。
もう走れない、もう疲れた、もう寝たい。
それが頭の中で渦巻いて、でも足は必死に走る。
ダンテさん、ダンテさん、と何度も頭が呼んでいる。
怖くてたまらない。
走りつづけて、もうこれ以上は限界だ。
辛い、もう死んでしまう。
そう思いながら扉を開けると、長身の男がいた。
銀髪はダンテ以外にありえない。
「ダンテさ…!」
希望が見えて走り出すが、よく見ると誰かといる。
ダンテは腕を突き出し、話していた。
だれがそこに居るのか、うまく認識ができない。
目を凝らして見ているとそこにいるのは私だった。
そう、二つ結びの、よれたズボンとシャツ。
そしてダンテの赤いコート。
紛れもなく私だ。
そんな私の首を締めている。
たじろいだ。
あれは私ではないにしても、私が殺されているというシーンは“勘違いして本物の私を殺したいのではないか”と。
あれが悪魔であるのはわかっているつもりだ。
だがその先の危険が見えてしまった。
が、追いかけてきていた奴が最後の雄叫びを上げて私に襲いかかる。
「あああ!!?」
どうせならダンテになすりつけよう!
ダンテの後ろを走り抜ける。
「おい、お姫様」
「知りませんさようなら私はまだ死にたくありません!殺さないで!」
私の声とは思えない声の高さで、偽物の私がゲラゲラ笑っていたが最期の短い悲鳴で殺したのだとわかる。
私は柱の後ろに隠れてダンテの戦いを見ていた。
これまでの戦いでも群を抜く激しさだ。
見ていてもよくわからないので耳を塞いで背を向けた。
轟音が何度も続き、そしていつの間にか静かになっていた。
あれだけうるさかった奴の足音が聞こえないことに感動しつつ、それでもまた体はこわばる。
やっぱり私を殺す気なのか。
この監獄を作っているらしい私が死ねば万事解決するのは間違いない。
次第に震えてきた。
あのダンテの強さを分かっているからこそ、私は逃げ切れない。
「子犬、いつまでそこにいるつもりだ」
「………。」
涙をこらえるがダンテの声ですら今は怖い。
「勘違いするな、俺はお前を殺さない
いいからそこから出てこい」
そんな保証どこにもないだろう。
銃ならいつでも私を殺せる。
頑なに柱の後ろで縮こまっていると、両脇に2丁拳銃が滑る。
「え」
「殺す気は無いって言ってるだろ」
「……で、でも
私が死ねば、全部終わるのに」
「いいから、来い」
「さっき、へんな液体に浸かって、もしかしたらほんとに悪魔になってるかもしれないのに」
「チカコ」
教えた覚えのない名前が聞こえた。
長らく呼ばれていなかった私の名前だ。
会社でも、ずっと苗字ばかりで本当の名前を忘れていたのかもしれない。
「おいで」
優しい声に吸い込まれるように、柱から出てダンテに抱きついた。
ダンテは私を抱きとめる。
「いい子だ」
シャツをぎゅっと握ってすすり泣く。
「こ、こわかった
すごく、こわかった」
私の頭を撫でる。
ダンテはいつも塩対応なくせにこういう時だけやたら優しくて、私が落ち着くまでそうしてくれていた。
なんとか泣き止んで、私は銃を拾ってダンテに渡す。
「…ありがとう、ダンテさん」
「俺はてっきり助けに来るのを待ってるばかりかと思った
強い女は嫌いじゃない」
「……褒めた?!」
ダンテは何もなかったかのように歩き始める。
私は慌てて追いかける。
「えへへ…褒められた」
社会人になれば褒められることも少ない。
ブラック企業なんかは特にそうだ。
だから無性に嬉しい。
さっきまで追いかけていた悪魔も絶命し、そこに横たわるだけとなっている。
追いかけられたトラウマもあるので大きく避ける。
「これからまた上に登るんですか?」
「そうだな
振り出しに戻った」
「え」
「お前が捕まったあの上がまだ残ってる」
「うん…なんかすいません」
ダンテは外へ一度出る。
監獄の塔は3つあり、目指すは一番右の大きな塔だ。
「さて、飛ぶから俺に掴まれ」
「お願いします」
とりあえずは空中廊下まで行くつもりなのだろう。
「首に掴まれ
落ちるぞ」
「え?はい…」
イケメンの顔がすぐ横にあるというのもなかなか心臓に悪い。
絶対にひとみぼれをかっている罪深い男だ。
そんなくだらないことを考えていると、急にダンテの風貌は変化した。
人間の顔ではなく、まるでカブトと同一し、さらに姿カタチまで変わっている。
「ちょっっっっ」
『暴れるな子犬ちゃん』
「あばれるとかそういう問題じゃないでしょコレ!!?」
純粋に怖い。
だがダンテは無視して私を抱きかかえたまま飛び上がった。
浮遊感と、着地はエレベーターを10倍激しくしたようなものだった。
有り体に言えばジェットコースターか。
そして先ほどの部屋にようやく戻ってきた。
慌てて降りる。
「え、なに、なんですかそれ?」
足元からいつものダンテに戻る。
「半分悪魔って言っただろ」
「そんな話聞いてない!
ちょっとかっこいいけどなるならなるって先に言ってくださいよ!」
あからさまに呆れたようなため息をされた。
だれだって私のような反応するに決まってる。
ひどい。
「ほら行くぞ」
「うう…」
さっさと先に進むしかない。
悪魔ももちろん出てきたので言いつけ通りじっと動かない。
私もこの数時間で精神が鍛えられた。
並みのおばけ屋敷では驚くことはないはずだ。
私も鍛えられたし古川が私を連れ戻す可能性もあるため、できるだけダンテの近くにいく。
武器を持たない小さな悪魔は群がって私に襲いかかるものの、両手で打ちはらうと消えていった。
「も〜虫みたい…」
「実質誘蛾灯みたいなもんだ
お前の魔力を食べにきてる」
「え」
それって半分悪魔のダンテも同じことが言えるのではないのか?
「言っておくが俺はお前みたいなちんちくりんは毛ほども興味がない
悪く思うな」
「言い方が悪いので悪く思う」
「そうかい」
冗談に反応できる程度には余裕が出てきたと受け取ったのだろう。
にたりと笑って扉を開けた。
監獄と表現されてはいたがここの部屋はまさに拷問部屋。
多くの器具が壁にコレクションのようにかけられている。
そしてそのど真ん中にどうどうと座っているのは古川だ。
咄嗟にダンテの背中に隠れた。
「青桐…お前は抜け出すのが本当に得意のようだな」
「私のことはどうでもいいので先に進ませてください」
「よく言った
野郎とのお喋りは嫌いなんでね」
(!!
ってことは私とのお喋りはセーフ!?)
くだらないことで嬉しがる私も大概ではある。
たしかにそっけない態度ではあるものの、無視することはない。
こういうところはちょっと嬉しい。
「だがダンテは俺を殺せない
人間贔屓の半分悪魔は優しいなあ」
笑いを隠した声は上ずり、愉快そうな声を上げた。
だがダンテは容赦なく銃を放つ。
弾丸は古川の頰を掠めた。
「邪魔だ」
「…貴様!!
なり損ないが!!」
立ち上がり懐から銃を取り出した。
柄に赤黒い液体カプセルが見える。
あれを撃つつもりだ。
何かは分からないが、ダンテに警告しなければ。
「あの液体っ」
ダンテの後ろから出てきた瞬間に、顔を押しやられ背中に隠される。
ほぼ同時にその銃がダンテに突き刺さる。
「ぶはっ!!
簡単に当たりやがった!!
これは悪魔に対する洗脳剤が入っている!
半分悪魔のお前には効果てきめんだな!!」
いろんな意味で古川が一番危ないのでは?
しかしエリートな奴はその対策を先に打っていた。
部屋に溢れんばかりの悪魔が湧いて出てくる。
すぐ背後にも現れ、捕らえようと悪魔が腕を引っ張る。
「触るなばか!!
ダンテさん!!」
少し視線を移しただけでダンテは先ほどのように赤黒い悪魔と変貌していた。
皮肉屋でクールで口の悪い軽口なガンマンはなりを潜めて、ただ冷酷なイメージがつきまとう。
洗脳剤、とかいうのは、古川の言いなりになるというものなのだろうか。
それは私も離れていなければまずいのでは?
いや、それより悪魔が私を引っ張っている。
引きずられないように抵抗するが、ダンテのコートもろともシャツを引きちぎられる。
「やめんかボケ!!」
悪魔をぶん殴るとそれなりに威力はあったようだが次々と私に押し寄せる。
「さあダンテ!!
青桐を俺の元へ!!」
ダンテは古川の声に従い悪魔を跳ね除けた上で私を子猫のように掴み上げて放り出した。
べしょ、と濡れ雑巾のようだ。
「うう…いたい…」
「はははッ!!
さぁ青桐!!まだ仕事は残っているぞ!!」
「うるせー馬鹿!!大した報酬もない癖に仕事なんて呼べるか!!」
今ここで抵抗しなければ、これまで逃げ続けた意味がない。
こぶしで思い切りぶん殴る。
もしかすれば古川もそれなりに悪魔化していて、油断していた、あるいは女の拳程度、と思っていたかもしれない。
だが私の手に埋め込まれた赤い結晶は知らなかったようで、モロに馬鹿力を顔面に食らった。
(ここで止めるな殺す気でいけ!!)
痴漢、ストーカー、付きまといは殺す気でいけ。
相手は男だ、油断はするな。
手が離れるまで絶え間無く殴り続ける。
バキ、と鼻が折れる音。
前歯が砕ける音。
血が顔に飛び散った。
そして古川の手が離れると同時に椅子にもたれるように倒れてそのまま動かなかった。
「は、はぁ、はぁ、はっ」
あり得ないくらい心臓が動いている。
いつ古川が動いてもいいくらい、集中もしていた。
次は殺す、そんな明確な殺意を私は抱いた。
そして後ろから拍手が響く。
赤黒く変貌したダンテだ。
刺さった弾丸を自らの手で引き抜き、身近の悪魔に向かって人差し指で弾くとまるで銃で撃ったかのように体を突き抜けた。
『ナイスファイト
まさに猛犬だな』
「は…え…なに!?
今のわざと!!?」
『窮鼠猫を噛むって言うだろ
可愛い子犬じゃないってことを証明したかったろうと思ってな
俺なりの気遣いだ』
「いらねー!!すっごいいらねーー!!後でぶん殴る!!」
『そりゃ楽しみだ!』
悪魔そのものの笑みでたじろぐ悪魔をぶっ殺していく。
時には拷問器具を使い、的確に殺して回った。
電気椅子に蹴り上げて悪魔4体まとめて感電死させたり、アイアンメイデンをそのまま叩きつけたり。
どう考えても拷問部屋に待ち構えた古川の戦略的ミスをうかがわせる。
血の海がさらに拷問部屋をらしくさせて、ダンテはようやく人間に戻ったが興奮は冷めやらない。
薬の影響か汗をかいていた。
「だ…大丈夫?」
「それよりお前俺のコート台無しにしたな」
「不可抗力!
私のせいじゃないです!」
シャツの袖を自ら引きちぎり、ダンテの額に当てた。
せっせと拭う私の姿が面白いのかなんなのか、笑みを浮かべる。
「……何ですか
子供みたいですか」
「いや、お前はいい女だよ」
「なッッッ
なんですか急に!!!やめてください心臓に悪い!!!」
真の意味で心臓に悪い。
うっかりこんな男にときめいたら私の人生めちゃくちゃだ。
何というか、言動でろくでもない生活を送っているのは察することができるし、割といい加減だ。
目の保養だけに留めておけ、と本能が叫んでいる。
けど顔は赤いし照れまくっているし、そっぽ向いても隠しきれていないだろう。
「おい」
「今度はなんですかっ」
腰が引けている状態だが、ダンテに手を伸ばされて体が固まる。
血の海なのになんでメルヘン時空が生まれているのかよくわからない。
ごつごつした大きな手が頰を掠め、親指で擦った。
「返り血」
少女漫画なら「葉っぱ、ついてるぞ」なのになんでここでは殴った相手の返り血なのだろうか。
ある意味我に帰れた。
「………ありがとうございます」
「頂上も近い
さっさと行くぞ」
「…………はい」
やっぱりこの世は一筋縄ではいかないようだ。
なんで石版なのかわからないが、なにかを置くようなくぼみがあった。
半円形のくぼみなので、玉を置くのだろう。
「なんでこんなのあるんですか?」
「さぁな
作った張本人に聞け」
どちらにせよこの石版をどうにかしなければ先に進めないらしい。
巨大な扉が立ちふさがっている。
幸いここには悪魔がいないようなので十分に思考を巡らせることができる。
「それで、どうすればいいんですか?こういうの」
「しらみつぶしに歩く」
「………へー…」
「歩けば何かあるだろ
そもそもここはお前がいた会社だろ
見覚えないのか」
「全然ないですね
そもそもうちの会社は入り口だけにカードキーをかざすタイプだったので
石版なんてものはありません」
よっぽど先に進ませたくないのか、ただ単に足止めしたいだけなのか。
どちらにせよ先に進まなければわからないことだ。
この空間は縦に長く、暗い空が見える。
壁だけがそり立っているような形状だ。
そしてその間を縫うように所々、パイプが通っている。
実質この建物の最上階がここなのかもしれない。
「ほらよ」
「うわっ!?」
まるでボールを投げられるように渡されたのは銃だ。
トリガーを引かないよう両手で挟むように受け取る。
「あぶ、危ないじゃないですか!」
「俺は上に行く
その間自分の身は自分で守れ」
「急に!??」
「お前が1発撃ったら戻る
…わざと撃つなよ
丁重に扱え
特注品だからな」
というか両手にずっしりと、銃の重みがとてつもない。
そしてそれ以上に、この黒い銃そのものが何か別のものを背負っているようで私はおかしなことにそれに負けそうになっていた。
「ダンテさんみたいにこんな重たいもの、ほいほい扱えませんよ!」
「そりゃ好都合」
そう言って悪魔顔負けの身体能力で高いところまで飛んで行った。
頭がおかしい。
「はぁ…」
震える呼吸で私はじっとその場に佇んだ。
▪️
悪魔が少ないはずの日本に悪魔がいるという情報を知った瞬間、情報屋にツケて日本へ渡った。
まず日本人は悪魔を信じない。
別の何かと思うことはあるだろうがそれを悪魔だと認識することはまずないだろう。
そういった考えが根強い人間の住む場所で悪魔が出るということは、根元に大きな魔力のある悪魔がいることを指し示していた。
そうして考えは的中。
都市部のビルが悪魔に乗っ取られた。
かつてビルだった建物はなりを潜め、監獄に変貌した。
周りは高い柵で覆われ、出ることも入ることもただの人間なら困難だろう。
それだけではなく、無駄に馬鹿でかい扉を開ければよく喋る女の悪魔が襲いかかってきた。
『あらいい男!!筋肉質な体にプラチナの髪!!何より外国人だし背も高い!!身なりもちょっと奇抜だけど悪くないわ!!あとはお金があれば最高ね!!文句のつけようがないわ!!』
とにかくうるさいのでぶちのめした。
女をいたぶる趣味はないが悪魔なら話は別だ。
容赦なくハエの体に風穴を開けてやると面白いほどに命乞いをしてきたのだ。
『そうだ!ね、悪魔を倒しに来たんでしょう!!?それならとっておきの情報!!ね!!お願いだから殺さないで!!』
「へえ、とっておき?」
『そうよ!!この監獄は社長が作ったのだけれどそれよりも大元はあの子よ!!
チカコよ!!チカコの魔力で全て練り上げたのよ!!
全部チカコのせいよ!!』
「チカコ?」
『今は悪魔に弄ばれてるでしょうけど!!
この監獄をなくしたいならチカコを殺すべきよ!!』
「そりゃいい情報だ」
『でしょう!!?あのボンクラ娘、ここでどれだけ嫌われてるかわかってない上に身の程知らずだからこうなるのよ!!
ええ私は賢く美しい女ですから!!入口の守りを任されているわけだし!!
ああ、チカコを殺すなら今がいいわよ
何せあんな悪魔のなりそこないの木偶の坊、まだ人間だから』
やかましい、というよりは反吐が出そうになったので殺した。
人間の醜い部分と悪魔を掛け合わせただけであく悪魔よりも悪魔らしい。
ともかく先に進み、いたぶられているらしいチカコを探した。
するとすぐに見つかる。
両手に鎌を突きつけられ血の海にいた。
恐怖で体は微かに震え、このままでは死ぬであろうことは本人も分かっているだろう。
何よりこのまま助けてもこの空間では同じく悪魔化するのではないか、とも思った。
他の人間が悪魔になっているのはハエ女でわかったことだ。
さらにこの監獄の主人ともなれば尚更だ。
だがチカコは、呆れるほどただの人間だ。
命は惜しいし、喚くし、けれどなかなかに逞しく、自らの状況を自覚している。
賢い女は嫌いではない。
そして、からかうと良い反応をする。
道中暇はしそうになかった。
この棟の最上階に面倒な仕掛けがあった。
道中の扉はチカコも見覚えがあるようだがこればかりは知らないという。
恐らくは首謀者の仕業かもしくはチカコの思想が反映されているか。
どちらでもいいがとにかくチカコが喚く前に石版が求めるものを探さなければならない。
そこまで強い悪魔はおらず、緩いダンションだとタカを括っていたがお守りもしなければならないなら難易度はこれまでとほぼ同等か。
つまらないことを考えながら壁をつなぐパイプに登ると壁にドアがある。
それぞれ色や特徴があり、とりあえず一つ開けてみる。
「Opus、excuse me」
一つ開ければ日本のオフィスだった。
中には一般人もおり、何事もなかったかのように閉める。
これはチカコをつれてくる必要がありそうだ。
扉の数はざっと50
そして石版の窪みは3つ
一つずつ開けてはキリがない。
チカコが子犬のように震えて待つ場所へ戻るとほっとしたような顔つきになる。
「どうでした?」
「扉がある
石版のくぼみは3つ
当たりの扉を3つ探す必要がある」
「へ、へぇ…………え、私も探すんですか」
「安心しろ
俺がしっかりと抱きかかえてやる」
「ちょっ、近寄らないでください!」
「逃げるなよ
優しくしてやる」
「言い方!!言い方がアウトです!!」
預けていた銃を取り上げ、チカコを抱き上げる。
ああだこうだ言っていたがパイプに飛び上がれば猫のように俺にすがりついていた。
「とっっっ飛ぶ時言って…!!」
「飛んだぞ」
「過去形!!それ報告です!!
事前に言ってってこと!!」
「はいはい、全くワガママだな」
「ああーっ!まって降ろさないで!落ちたら怖いのでそのままで!!」
高い声で耳が痛い。
わざとらしくため息をつく。
「おい、俺の腕にいるときは静かにしろ
できるな?お姫様」
「……………。」
「いい子だ」
文字通りそれからチカコは静かだった。
一つドアを開ければ一般人のいる部屋に繋がっていると言えば、心当たりのあるドアがいくつかあるようで50の扉のデザインを一つずつ検証させた。
なんの基準で指し示しているかはわからないが、チカコが指差す扉は顔をしかめていた。
開けるとそこは学校の教室のような場所だった。
チカコは腕から降りて、ただ黙って一つの席を眺める。
「……ダンテさん、ここ、私がいた場所なんです
もしかして、会社がこんな悪魔の巣になったのも
私が関係してるんですか?」
「さぁな
そこまではしらねぇ」
「…そうですか」
机の中に手を入れれば、丸いボールがあった。
それを俺に向ける。
「…私を帰そうとしないもの
ダンテさん最初から私が関係してるってわかってたんじゃ…」
「関係あろうがあるまいが
どちらにしてもこの中が会社を媒体にしているなら土地勘のあるやつを連れて行くのが手っ取り早いだろ」
「……そうですか」
ボールを受け取ると、外の皮が剥がれて青い宝石のような輝きの宝玉になる。
部屋を出ようとすると、裾を掴まれた。
「なんだ」
「…落ちるのやなので抱っこしてください」
自分だけは生き残ってやろうという本能が無駄に強い。
チカコの生存本能だけは見上げたものだ。
「お前なら落ちても生き残れる」
「死にますよ流石に!
ダンテさんが助けてくれるならいいですけど!?」
「落ち込むかやかましいかどっちかにしろ」
「どっちもです!
普通に死ぬのならいいですけどこんな変な場所では死にたくないです!」
「はぁ…はいはい
そらおいでおいで子犬ちゃん」
待ってましたと言わんばかりに素直に腕に乗る。
随分気安くなったものだ。
「俺を足にしたんだ
それなりに払ってもらうぞ」
「お金ならお支払いします
お金ならね」
次の部屋はチカコの自室だった。
開けた瞬間自分の部屋とわかったようで俺だけ締め出された。
そして手にリンゴを持って帰ってきた。
渡されたと同時に赤い宝玉に変わる。
「本当に私の部屋かと思ったんですけど、捨てたはずのものがあったりしたので偽物の部屋ですね、ええ紛れもなく」
「悪魔が怖いならその部屋に隠れとけばあとで迎えに来てやらんでもないぞ」
「ぜっっったいに嫌!
あんなストーカー野郎のプレゼントがある部屋なんて最悪です!!」
ずんずんとパイプの上を歩こうとするが咄嗟に我に返りまた俺の元に戻ってくる。
「お願いします」
「お前のそういう素直なとこ嫌いじゃないぞ」
最後の部屋は海に通じていた。
故郷の海なのだとか。
夕日が非常に眩しく、波が静かだ。
チカコはおもむろに砂浜を掘り始める。
「やっぱりあった」
取り出されたのは巨大な貝殻だ。
チカコの両手でも余るそれは、親戚にもらった宝物の一つだと言う。
「大事にしていたんですけど、いつのまにか無くなってて
懐かしいなあ…」
そんなこと言いながら素直に渡す。
白い宝玉が姿を現した。
「これで3つ…
やっぱり私に関係のあるものでしたね
……ダンテさん、やっぱり私悪魔なんじゃ…」
「違う
お前は人間だ」
「そうなんですかね…この会社、他にも社員がいたと思うんですけど、生きてる人間は私くらいだし…
もし私が原因で他の人を巻き込んでいたら」
「後学のために一つ教えてやる」
チカコを抱き上げる。
そして連れ出すように海に似合わない扉へ向かった。
「悪魔は泣かない」
それを言えば安心したのか、微かに笑う声がした。
▪️
ダンテはいい人だ。
それは断言できる。
とはいえ人間性に難ありだが。
とにかく例の石版に球をはめ込むと扉が開いた。
その向こう側には空中に浮かぶ廊下。
「待ってちゃダメ?」
「首輪も必要か?」
「いえ、はい、ついていきます…」
しかし私が関係あるとしても、ダンテが私をここに連れてこなければこの部屋で詰んでいたところだ。
だとすれば実はあの石版、もっとも難解なセキュリティの役割を果たしていたのかもしれない。
ダンテの後ろにぴったりとついていく。
廊下の先に繋がる塔は、それまでいた場所よりも大きい。
まだまだ上があるようだ。
同じく扉を開けた瞬間、鎌をもった悪魔が襲いかかってきた。
「ダンテさっ」
突き飛ばされ、目を開ければ串刺しのダンテがいる。
身体中、骨も突き抜けまるで内側から刃物が飛び出ているかのよう。
悪魔もケタケタと笑っていた。
驚きのあまり、声が出ない。
せめて悲鳴だけは出さないように両手で口を覆う。
「刺すだけしか能がないのか?」
けれどそれを物ともせず、淡々と銃をぶっ放す。
私は意味がわからずただそこで突っ立っているだけだ。
しまいには体に刺さった鎌を使って悪魔を蹂躙していく。
やっぱり頭おかしい。
そのうち悪魔が全滅するまで、ダンテは踊るように殺し尽くした。
「本命はこっちだったみたいだな
後回しにして正解だ」
ゴミクズを払うように体の武器を取り外す。
意味がわからない。
脊髄も、肺も、心臓だって刺さっていたはずなのに。
「う、うぐ、うう…えぇ」
「は?」
泣き出した私に素っ頓狂な声を出す。
この血まみれの男が死ぬと思ったら生きてて元気に駆け回り、そして鎌を簡単に抜き始める。
この惨状に泣かないやつがいるか?
「全く…」
「全くじゃないですよ!
ほんと、ダンテさん、死んじゃうかと、思ってっ
バカじゃないですか!
ダンテさん死んで生き残る自信ないんですから!
ちゃんと生きてくださいよぉ!!
ばか!!」
「半分悪魔がこんなので死ぬわけねぇだろ」
「そういうの先に言ってください!
私、ほんと心臓止まるかと!!」
「よかったな動いて」
「寿命縮みました!責任取ってください!」
こんな奴に流す涙が勿体無いと、必死に拭った。
「もうびっくりさせることないですよね!?」
「ないない
多分な」
「多分!?」
「俺のことより自分の心配をしとけ
半分悪魔に心配するやつなんざいねぇぞ」
まるで親に怒られた子供のように、鼻をぐすぐす言わせながらついていく。
改めてこの場所をみるとエントランスのようになっており、中央から左右に伸びる階段と、部屋を煌びやかに飾るシャンデリアがあった。
シャンデリアは会社のロビーにあるものであると気づく。
「なんだかまた扉がありますけど…」
階段の先と、階段の下
さらには上の階層にもあるようだ。
これもしらみつぶしでいくのだろうか。
「どこそこ行くな」
「わかってますよ」
本当にダンテの飼い犬になった気分だ。
手始めにダンテは正面の扉を開けるようだ。
だが立ち止まり、後回しにする。
「あれ?」
「来い、引きずられるぞ」
「ひきず?られ?」
ぐわし、と赤い半透明の巨大な手が私の目の前を掠める。
慌ててダンテの背中にへばりつく。
「あああ、ああ、あああああれ」
「悪魔の封印だ
扉があっても無闇に近づくな」
「ずっとダンテさんにくっついてていいですか」
「邪魔だ離れろ」
「塩対応………」
仕方なく一歩引いた状態でついていく。
となりの塔と違って出てくる悪魔も小物ではなく大物もいる。
その度にダンテは言う。
1ミリも動くなと。
私がそこにいる前提で戦っているので動いて弾丸が当たりでもすれば私は簡単に死ぬだろう。
とにかく縮こまってせめて流れ弾を喰らわないようカタツムリのようにしていた。
けれど私もそろそろ戦闘を見るのに慣れてきた。
たとえ真後ろに悪魔がいてもダンテは銃ですぐ撃ち殺すので、ある意味信頼しているといっても過言ではない。
そうして唯一扉に封印がない部屋での戦闘が終わる頃、私は急に首を掴まれて知らない誰かに人質に取られた。
「え」
「おい、そういう時はさっさと逃げろ」
「わ、私にそんなこと言われたって…」
動くなといったのはダンテのはずなのに。
ともかく首を掴んでいる人物を見ると、社長秘書の古川という男だった。
会社でイケメンだなんだと持て囃されていたため私も名前だけなら知っている。
ただ最強イケメンガンマンを前にすると古川も正直、霞んでしまうというのが感想。
「それで、そのお姫様を人質にして何がしたい」
「なに、人質ではない
ここで必要なものをわざわざ運んでくれたのだ
お前には礼をしたい」
「ダンテさんやっぱ私ここと関係あるじゃん」
「お前は黙ってろ
動くな狙いが逸れる」
ダンテは銃を構える。
しかし古川はその様子をみて静かに笑った。
「撃てるのか?
この監獄の主人が人間だからといって殺せない男が
ただの人間の私を殺せるのか?」
驚くというよりはやっぱり、という納得の感情が強かった。
そうでもなければあの部屋はできるはずない。
「監獄の主人であろうがそいつを利用していた奴に俺は用がある。」
「お優しいことだ」
数歩下がっていく。
私もそれについていくしかない。
そして古川は背後の黒い渦に入っていった。
私もそれに入る前に言う。
「絶対助けに来てくださいね!?じゃないとマジでしんっ」
渦に入り目を開けると、粗末なカプセルがあった。
周りはさまざまな機械とパイプが張り巡らされている。
古川は私をそこに押し込んだ。
「うあっ」
ガラスの扉を閉められ、閉じ込められる。
「ちょっと!!」
「そこにいるだけでいい仕事だ
出来るだろう?」
「ふざけんな!!なんでこんなこと!!」
脅すように扉を思い切り殴られる。
私が怯えて縮こまると古川は笑う。
「なぜお前のような小娘がここに入れたと思う
利用価値があるからだ
それ以外に価値などない」
「……。」
確かに私自身にそれほど付加価値があるとは思えない。
体内に金があるわけでもなし、病気で真珠が作れるわけでもない。
そもそも人間なんてそこにいるだけで価値などあるはずない。
古川に言われずともそんなことはわかっていた。
こんな世界本当にクソなんだと、ただ改めて自覚しただけだ。
また膝を抱えてじっとしていた。
機械が動き始め、パイプに赤黒い何かが通り始める。
そして足元に液体が注がれた。
「うわっ!?ちょっと勘弁して何これ!?きもい!!」
古川は機械に向き合ってばかりで私に気に留めない。
そして次第に溜まり、カプセルいっぱいになった。
息ができるできない、というよりは思考が溶かされるような危険性を感じた。
案の定私は簡単に意識を手放す。
▪️
だが、目覚めろと両手に激しい痛みが襲った。
全身が痙攣し目がさめる。
息ができない苦しさ、なにかが体に入っている苦しさ。
たまらずカプセルの扉を叩くと、まるでハンマーをぶつけたようにヒビが入った。
私はそのまま必死で両手を叩き続ける。
そして割れた。
液体が外へ逃げていき扉全体も壊れていった。
なだれ込むように床へ倒れこむ。
「げほっ!ごほっ!!」
九死に一生を得たとはまさにこのこと。
それにしても火事場の馬鹿力というものが私にあったとは。
殴り続けた両手を見ると、両手に赤い結晶が突き刺さっていた。
否、体に埋め込まれていた。
鎌に刺された傷まるごと覆うように。
こんな不可思議な現象、ダンテ以外に心当たりはない。
心の中でダンテに感謝していると、金属音を出しながら何かが近づいてきた。
咄嗟に見やると、悪魔が私を狙っていた。
息をつく暇もなく逃げ出す。
扉をまた手で殴ると簡単に壊れて開いた。
これを悪魔にぶつける勇気などないので遠慮なく逃げる。
部屋の外、というよりは私が今までいたのは離れの塔だったようだ。
先程渡った空中廊下が遠くに見える。
そして下へ降りる螺旋階段が続いている。
必死に駆け下りていった。
悪魔を引き寄せている感は否めないが、とにかく逃げるしか能がない。
がむしゃらに進み続けると、一風変わった扉があった。
周りが研究所のような場所であったのに、そこだけ頑丈そうだ。
目についたら迷う暇などなく転がり込む。
「あ…」
そして同時に自分の浅はかさを呪う。
今まで見た悪魔より最もでかい。
筋肉が隆起し、手にはハンマーを持っている。
私を見るなり大声を上げて走ってきた。
「ああああ!!ダンテさーーーーん!!!」
思わず叫んでその部屋から逃げ出すと扉さえも壊した。
終いには追いかけてきた悪魔さえも見向きもせずハンマーで粉砕している。
絶対ヤバいやつだと本能が言っている。
干上がる肺を無視してとりあえず扉を開けまくった。
そうしているといつの間にか外へ出ていた。
未だに暗く、芝生が生い茂っている。
しかしそれでも奴は追っていた。
もう泣きながら走ってる。
もう走れない、もう疲れた、もう寝たい。
それが頭の中で渦巻いて、でも足は必死に走る。
ダンテさん、ダンテさん、と何度も頭が呼んでいる。
怖くてたまらない。
走りつづけて、もうこれ以上は限界だ。
辛い、もう死んでしまう。
そう思いながら扉を開けると、長身の男がいた。
銀髪はダンテ以外にありえない。
「ダンテさ…!」
希望が見えて走り出すが、よく見ると誰かといる。
ダンテは腕を突き出し、話していた。
だれがそこに居るのか、うまく認識ができない。
目を凝らして見ているとそこにいるのは私だった。
そう、二つ結びの、よれたズボンとシャツ。
そしてダンテの赤いコート。
紛れもなく私だ。
そんな私の首を締めている。
たじろいだ。
あれは私ではないにしても、私が殺されているというシーンは“勘違いして本物の私を殺したいのではないか”と。
あれが悪魔であるのはわかっているつもりだ。
だがその先の危険が見えてしまった。
が、追いかけてきていた奴が最後の雄叫びを上げて私に襲いかかる。
「あああ!!?」
どうせならダンテになすりつけよう!
ダンテの後ろを走り抜ける。
「おい、お姫様」
「知りませんさようなら私はまだ死にたくありません!殺さないで!」
私の声とは思えない声の高さで、偽物の私がゲラゲラ笑っていたが最期の短い悲鳴で殺したのだとわかる。
私は柱の後ろに隠れてダンテの戦いを見ていた。
これまでの戦いでも群を抜く激しさだ。
見ていてもよくわからないので耳を塞いで背を向けた。
轟音が何度も続き、そしていつの間にか静かになっていた。
あれだけうるさかった奴の足音が聞こえないことに感動しつつ、それでもまた体はこわばる。
やっぱり私を殺す気なのか。
この監獄を作っているらしい私が死ねば万事解決するのは間違いない。
次第に震えてきた。
あのダンテの強さを分かっているからこそ、私は逃げ切れない。
「子犬、いつまでそこにいるつもりだ」
「………。」
涙をこらえるがダンテの声ですら今は怖い。
「勘違いするな、俺はお前を殺さない
いいからそこから出てこい」
そんな保証どこにもないだろう。
銃ならいつでも私を殺せる。
頑なに柱の後ろで縮こまっていると、両脇に2丁拳銃が滑る。
「え」
「殺す気は無いって言ってるだろ」
「……で、でも
私が死ねば、全部終わるのに」
「いいから、来い」
「さっき、へんな液体に浸かって、もしかしたらほんとに悪魔になってるかもしれないのに」
「チカコ」
教えた覚えのない名前が聞こえた。
長らく呼ばれていなかった私の名前だ。
会社でも、ずっと苗字ばかりで本当の名前を忘れていたのかもしれない。
「おいで」
優しい声に吸い込まれるように、柱から出てダンテに抱きついた。
ダンテは私を抱きとめる。
「いい子だ」
シャツをぎゅっと握ってすすり泣く。
「こ、こわかった
すごく、こわかった」
私の頭を撫でる。
ダンテはいつも塩対応なくせにこういう時だけやたら優しくて、私が落ち着くまでそうしてくれていた。
なんとか泣き止んで、私は銃を拾ってダンテに渡す。
「…ありがとう、ダンテさん」
「俺はてっきり助けに来るのを待ってるばかりかと思った
強い女は嫌いじゃない」
「……褒めた?!」
ダンテは何もなかったかのように歩き始める。
私は慌てて追いかける。
「えへへ…褒められた」
社会人になれば褒められることも少ない。
ブラック企業なんかは特にそうだ。
だから無性に嬉しい。
さっきまで追いかけていた悪魔も絶命し、そこに横たわるだけとなっている。
追いかけられたトラウマもあるので大きく避ける。
「これからまた上に登るんですか?」
「そうだな
振り出しに戻った」
「え」
「お前が捕まったあの上がまだ残ってる」
「うん…なんかすいません」
ダンテは外へ一度出る。
監獄の塔は3つあり、目指すは一番右の大きな塔だ。
「さて、飛ぶから俺に掴まれ」
「お願いします」
とりあえずは空中廊下まで行くつもりなのだろう。
「首に掴まれ
落ちるぞ」
「え?はい…」
イケメンの顔がすぐ横にあるというのもなかなか心臓に悪い。
絶対にひとみぼれをかっている罪深い男だ。
そんなくだらないことを考えていると、急にダンテの風貌は変化した。
人間の顔ではなく、まるでカブトと同一し、さらに姿カタチまで変わっている。
「ちょっっっっ」
『暴れるな子犬ちゃん』
「あばれるとかそういう問題じゃないでしょコレ!!?」
純粋に怖い。
だがダンテは無視して私を抱きかかえたまま飛び上がった。
浮遊感と、着地はエレベーターを10倍激しくしたようなものだった。
有り体に言えばジェットコースターか。
そして先ほどの部屋にようやく戻ってきた。
慌てて降りる。
「え、なに、なんですかそれ?」
足元からいつものダンテに戻る。
「半分悪魔って言っただろ」
「そんな話聞いてない!
ちょっとかっこいいけどなるならなるって先に言ってくださいよ!」
あからさまに呆れたようなため息をされた。
だれだって私のような反応するに決まってる。
ひどい。
「ほら行くぞ」
「うう…」
さっさと先に進むしかない。
悪魔ももちろん出てきたので言いつけ通りじっと動かない。
私もこの数時間で精神が鍛えられた。
並みのおばけ屋敷では驚くことはないはずだ。
私も鍛えられたし古川が私を連れ戻す可能性もあるため、できるだけダンテの近くにいく。
武器を持たない小さな悪魔は群がって私に襲いかかるものの、両手で打ちはらうと消えていった。
「も〜虫みたい…」
「実質誘蛾灯みたいなもんだ
お前の魔力を食べにきてる」
「え」
それって半分悪魔のダンテも同じことが言えるのではないのか?
「言っておくが俺はお前みたいなちんちくりんは毛ほども興味がない
悪く思うな」
「言い方が悪いので悪く思う」
「そうかい」
冗談に反応できる程度には余裕が出てきたと受け取ったのだろう。
にたりと笑って扉を開けた。
監獄と表現されてはいたがここの部屋はまさに拷問部屋。
多くの器具が壁にコレクションのようにかけられている。
そしてそのど真ん中にどうどうと座っているのは古川だ。
咄嗟にダンテの背中に隠れた。
「青桐…お前は抜け出すのが本当に得意のようだな」
「私のことはどうでもいいので先に進ませてください」
「よく言った
野郎とのお喋りは嫌いなんでね」
(!!
ってことは私とのお喋りはセーフ!?)
くだらないことで嬉しがる私も大概ではある。
たしかにそっけない態度ではあるものの、無視することはない。
こういうところはちょっと嬉しい。
「だがダンテは俺を殺せない
人間贔屓の半分悪魔は優しいなあ」
笑いを隠した声は上ずり、愉快そうな声を上げた。
だがダンテは容赦なく銃を放つ。
弾丸は古川の頰を掠めた。
「邪魔だ」
「…貴様!!
なり損ないが!!」
立ち上がり懐から銃を取り出した。
柄に赤黒い液体カプセルが見える。
あれを撃つつもりだ。
何かは分からないが、ダンテに警告しなければ。
「あの液体っ」
ダンテの後ろから出てきた瞬間に、顔を押しやられ背中に隠される。
ほぼ同時にその銃がダンテに突き刺さる。
「ぶはっ!!
簡単に当たりやがった!!
これは悪魔に対する洗脳剤が入っている!
半分悪魔のお前には効果てきめんだな!!」
いろんな意味で古川が一番危ないのでは?
しかしエリートな奴はその対策を先に打っていた。
部屋に溢れんばかりの悪魔が湧いて出てくる。
すぐ背後にも現れ、捕らえようと悪魔が腕を引っ張る。
「触るなばか!!
ダンテさん!!」
少し視線を移しただけでダンテは先ほどのように赤黒い悪魔と変貌していた。
皮肉屋でクールで口の悪い軽口なガンマンはなりを潜めて、ただ冷酷なイメージがつきまとう。
洗脳剤、とかいうのは、古川の言いなりになるというものなのだろうか。
それは私も離れていなければまずいのでは?
いや、それより悪魔が私を引っ張っている。
引きずられないように抵抗するが、ダンテのコートもろともシャツを引きちぎられる。
「やめんかボケ!!」
悪魔をぶん殴るとそれなりに威力はあったようだが次々と私に押し寄せる。
「さあダンテ!!
青桐を俺の元へ!!」
ダンテは古川の声に従い悪魔を跳ね除けた上で私を子猫のように掴み上げて放り出した。
べしょ、と濡れ雑巾のようだ。
「うう…いたい…」
「はははッ!!
さぁ青桐!!まだ仕事は残っているぞ!!」
「うるせー馬鹿!!大した報酬もない癖に仕事なんて呼べるか!!」
今ここで抵抗しなければ、これまで逃げ続けた意味がない。
こぶしで思い切りぶん殴る。
もしかすれば古川もそれなりに悪魔化していて、油断していた、あるいは女の拳程度、と思っていたかもしれない。
だが私の手に埋め込まれた赤い結晶は知らなかったようで、モロに馬鹿力を顔面に食らった。
(ここで止めるな殺す気でいけ!!)
痴漢、ストーカー、付きまといは殺す気でいけ。
相手は男だ、油断はするな。
手が離れるまで絶え間無く殴り続ける。
バキ、と鼻が折れる音。
前歯が砕ける音。
血が顔に飛び散った。
そして古川の手が離れると同時に椅子にもたれるように倒れてそのまま動かなかった。
「は、はぁ、はぁ、はっ」
あり得ないくらい心臓が動いている。
いつ古川が動いてもいいくらい、集中もしていた。
次は殺す、そんな明確な殺意を私は抱いた。
そして後ろから拍手が響く。
赤黒く変貌したダンテだ。
刺さった弾丸を自らの手で引き抜き、身近の悪魔に向かって人差し指で弾くとまるで銃で撃ったかのように体を突き抜けた。
『ナイスファイト
まさに猛犬だな』
「は…え…なに!?
今のわざと!!?」
『窮鼠猫を噛むって言うだろ
可愛い子犬じゃないってことを証明したかったろうと思ってな
俺なりの気遣いだ』
「いらねー!!すっごいいらねーー!!後でぶん殴る!!」
『そりゃ楽しみだ!』
悪魔そのものの笑みでたじろぐ悪魔をぶっ殺していく。
時には拷問器具を使い、的確に殺して回った。
電気椅子に蹴り上げて悪魔4体まとめて感電死させたり、アイアンメイデンをそのまま叩きつけたり。
どう考えても拷問部屋に待ち構えた古川の戦略的ミスをうかがわせる。
血の海がさらに拷問部屋をらしくさせて、ダンテはようやく人間に戻ったが興奮は冷めやらない。
薬の影響か汗をかいていた。
「だ…大丈夫?」
「それよりお前俺のコート台無しにしたな」
「不可抗力!
私のせいじゃないです!」
シャツの袖を自ら引きちぎり、ダンテの額に当てた。
せっせと拭う私の姿が面白いのかなんなのか、笑みを浮かべる。
「……何ですか
子供みたいですか」
「いや、お前はいい女だよ」
「なッッッ
なんですか急に!!!やめてください心臓に悪い!!!」
真の意味で心臓に悪い。
うっかりこんな男にときめいたら私の人生めちゃくちゃだ。
何というか、言動でろくでもない生活を送っているのは察することができるし、割といい加減だ。
目の保養だけに留めておけ、と本能が叫んでいる。
けど顔は赤いし照れまくっているし、そっぽ向いても隠しきれていないだろう。
「おい」
「今度はなんですかっ」
腰が引けている状態だが、ダンテに手を伸ばされて体が固まる。
血の海なのになんでメルヘン時空が生まれているのかよくわからない。
ごつごつした大きな手が頰を掠め、親指で擦った。
「返り血」
少女漫画なら「葉っぱ、ついてるぞ」なのになんでここでは殴った相手の返り血なのだろうか。
ある意味我に帰れた。
「………ありがとうございます」
「頂上も近い
さっさと行くぞ」
「…………はい」
やっぱりこの世は一筋縄ではいかないようだ。