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この章の夢小説設定ユリ・ガンデラ(デフォルト名)
元バーニングレスキューに所属。
バーニッシュに腕を焼かれたことで切除し引退を密かに決めてる。
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ルチア曰く、クレイのマシンを取り外すといった操作がクレイ自身の生体情報。
つまり指紋が必要だった。
今回の撤去の最高責任者として隊長のイグニスはあちこち許可や様々な申請、会議に出回っているので実質的な指示役はユリだった。
とは言ってもイグニスはユリが合理的すぎるために暴走させないようにと周囲に口すっぱく言いつけていた。
だが結局止めることは出来なかった。
「クレイの指紋もらいにいく」
全員ぽかんとして驚いた。
ただその一言に尽きる。
「申請出しといたから
じゃあ」
「ちょーーーーーっと待てぇい!」
いつも態度がでかく場を掻き乱すガロも流石に両肩を掴んだ。
「一人で!?」
「そうだけど」
「あぶな…くはないかもだけど
俺もいく!」
「…君はダメ
すぐ熱くなる」
「平気だって!
なぁ!?」
バーニングレスキューのメンバーは頷く。
せめてガロだけでも連れていくべきだ。
そういう面ではガロは頼もしいの一言に尽きる。
それにユリはガロの前だと比較的大人しくなるとわかっているので適任でもあった。
「リオからもなんとか言ってやってくれ!」
急にそんなことを言われても、と眉をしならせる。
そもそもリオもユリのことを知らないし隻腕のレスキュー隊員という認識に留まっていた。
「まぁ、指紋を取るにしても助手が必要なんじゃないか?」
「ほらぁ!」
ユリは渋々ガロを連れていくことにした。
ユリの危うさはガロが一番知ってる。一同を安心させるため、一つウインクをして基地を後にした。
「悪いがあのユリという人物を最近知った
どういう人物なのか教えてくれないか」
リオの問いにアイナは言う。
「うちの元エースよ
右腕を失って引退したのに救出人数は今もトップ
まぁ、やっと1ヶ月前に退院したんだけどね」
「ではクレイの一件は知らないのか?」
「知らないわけじゃないわよ
何が起こっているのかは自力で情報を仕入れてたらしいし」
「なら……俺と目を合わせないのはどうして」
隊員はみな気まずそうな顔をする。
「できれば本人の口から、って言いたいところだけど…
タイミングが合えば説明するわ」
少なからずバーニッシュが関わっているのだろうなと直感した。
▲
薄暗い箱の中。
クレイは以前の胸を張った姿勢から打って変わって背中を丸めて座り込んでいた。
「痩せた?」
「まず私に対する久々の発言がそれか?ユリ・ガンデラ」
「うん、まあ…気の利いた言葉がないもので」
後ろからさらに現れたガロをみて舌打ちした。
やはりかつて尊敬していた相手にそういう態度を取られるのは堪えるだろう。
ユリはやはりガロだけは連れてくるんじゃなかったと後悔した。
「あのさ、クレイが作った、開拓する不思議ビーム
使いたいから指紋取らせてよ」
「開墾滅殺ビームか?
は、私の研究成果を横取りするとは盗人甚だしい」
(思ったよりすごく物騒な名前だった)
手を取り、指紋を取る。
採取キットを箱に入れて今回の義務は終わった。
だがユリはまだしなければならないことがある。
こちらが本題のようなものだ。
「あと、これサインして」
「はぁ?」
「君、ガロの後見人だったでしょう
私が後見人になるから」
流石のクレイも目を開いて、ここまできて何を言い出してるんだ、といいたげだった。
しかしガロのほうが驚いているだろう。
「ちょっとセンパイ!?急に何言い出してんだ!」
「なに、嫌?」
「そうじゃねぇけど!
なんでまた後見人とかそういう話なんだよ!
俺はもう一人前だ!」
「その話は後にしよう
とにかく、クレイの後見人という役を降ろさせたい
クレイも、飽き飽きしているなら渡に船でしょう」
クレイはユリをじっと見て、それから書類にサインした。
一通り書類に目を通して、頷く。
「ありがとう
もう少しいい部屋に移せるよう努力する」
「フン、どこにいようと変わりはしないさ」
呆然とするガロを引っ張り、収容所から出た。
ガロはなんとも言い難い表情を浮かべる。
悔しさと恥ずかしさともどかしさ。
「センパイ!」
「おいで、静かなところで話そう」
ズンズンと足音をたてながらついてくる。
収容所の周りはあまり破壊されておらず、以前のプロメポリスの姿を思い起こす。
とはいえほとんどは作業場に出ているので人通りはとても少ない。
歩道の誰も使っていない駐輪場にもたれるとガロも真似た。
キッとユリ睨む。
「なんであんなこと!」
「君は何に怒ってるの?」
「何って、後見人のこと、勝手に決めたり!
俺抜きで話したり、俺はもう一人前なのに子ども扱いしたり!
全部だよ!」
「勝手に進めたことは謝るよ
でも君はまだ未成年だよ」
「そうだとしても!
後見人って、なんだよ、センパイ何がしたいんだ!」
ユリはふと遠い目をした。
それから俯いて言葉を探しているようにも見える。
「君はヒーローだよ
プロメポリスだけじゃなく全世界の
そんなヒーローが役所の書類でボスだったクレイの名前と同列に並んでるのは、よくはない」
「どうだっていいだろ!」
「よくない
元バーニッシュでさえ未だ差別を受けてる
人間って馬鹿だよ
救いようのない奴らばっかり
そんな悪意からガロを遠ざけたい」
「俺は一人前…」
「一人前じゃない
まだ未成年だよ」
ここから逃げ出したい。
ガロはそう思ったがそんなことをしても何の意味もないことを理解していた。
その行動そのものが子供だからだ。
「ガロ、私がいない間
守ってあげられなくてごめん」
「なにを、いきなり言い出すんだよ」
「好きな人から拒絶されるのは辛かったでしょ
でもガロはガロでクレイの感情に折り合いをつけていけばいい。
別に二度と会うなとか、そういう意味じゃないよ
ただ、クレイの悪意から守ってあげられなかった
それが、一番後悔してる
勝手な罪悪感だよ」
クレイとユリはあまりに対照的だった。
クレイは早く死んでしまえとガロをバーニングレスキューに入れたがユリは生存率を上げるための技術を叩き込んだ。
クレイは遠く離れ、ユリはすぐ隣にいる。
同じなのは隻腕くらいだ。
「私は君のことを守りたいと思ってる
ガロがお節介だと言っても、たとえ嫌いと言われても
昨日話したでしょう、ガロが殴られたら心配するって
きっとどんなにガロが強くなっても私は心配をし続ける
そういう生き物だから」
ガロはもう何も言えなかった。
俯いて、肩の力を無くした。
「あとそれはそれとして未成年には後見人が必要
バーニングレスキューに居続けるなら法的にも規約としてもね」
バッグに書類を入れた。
右の袖をはためかせてユリはガロを置いて歩きだそうとする。
だが左手を掴んだ。
振り返るとガロはユリをじっと見つめている。
説教された子供みたいな顔をしていたので、そんなにキツい言い方をしたかな、などとユリ自身の言葉を思い返す。
「俺、たしかにショックだった
クレイに嫌われてた
鬱陶しがられて、これまでクレイがしてくれたことは自分の為だけだったって
尊敬してたのは俺だけだったんだ」
「うん」
「でも、後であの戦い思い出してやっぱ思うんだ
クレイを助けられてよかったって
俺の人生にクレイが関わっていなけりゃ誰も救えなかっただろうし
…だから…クレイの名前を書類上でも、残したかった…っつーのが俺の本音」
ユリは表情を変えずその言葉を受け止めた。
ガロは照れながらも悲しそうに笑う。
そうして、ガロはユリの眉間に皺が入るのを見た。
あんなに硬い表情が、目に見える形で動いたのはひさびさに見る。
それに呆気に取られているとユリは迷わずガロを抱きしめた。
「…は、…え!?」
「君はいい人間だよ」
左腕はガロの背中から肩まで。
包むようだ。
そして落ち着いた静かな声は耳元ですぅっと入っていく。
「君ほど強い人は見たことない
私よりも、もうずいぶん先へ、遠くへいってしまってる」
「そんな、ことねぇよ」
「だから、だからこそ
君を傷つけたクレイのこと好きじゃないんだ
ごめん」
抱きしめられているようだったが、ただ繋ぎ止めているだけだった。
ゆっくり腕が離れる。
「帰ろう
熱い」
「お、おう」
▽
例のビームを手に入れてからは撤去作業がスムーズに進んだ。
またビームに関する科学情報が漏れないようルチアに手配した上で、急遽危険物取り扱いの管理令状も出された。
分子レベルで物質を崩壊させるなど危険極まりない。
それが何かの間違いで出回れば間違いなく地球も人類も滅亡する。
「何百年のプランがあと数ヶ月で終わるなんてねぇ」
ルチアは一方で悔しそうな顔をする。
誰かの発明品を使うことはプライドが許さなかったのだろう。
だがそれを理性で抑えている。
「ルチアの腕あってこそだよ
あとはこの技術を焼却すればいい」
「そうねぇ」
仕事もひと段落ついた。
一休みするべくマグカップを片手に椅子から立ち上がったところで不意にドアが開いた。
リオだ。
毎度毎度、その中性的ながらも端正な顔立ちにぎょっとさせられる。
「お疲れ
何かあった?」
ルチアの声かけに首を振った。
「いいや、そうではないんだ
休憩に立ち寄った
みんなは」
「瓦礫だった土砂の押し出し作業中
車も全部使って引っ張ってるところね
私らはお留守番」
「そうか」
ユリは改めて給湯室へ足を向けた。
緑茶の茶葉を出しているとリオは改めてユリに声をかける。
「少し、話がしたい」
「なに?」
「答えたくないなら答えなくていい
ただその腕が気になった」
リオの視線は右肩に向けられていた。
ああ、と何でもなさそうに軽く感嘆する。
「燃えただけ
聞きたいのはそれだけ?」
「…淡々としているんだな
僕らが起こした火で燃えたんじゃないのか」
気にしているのはその点なのだと改めて悟る。
リオも燃やしたい衝動に駆られて火をつけた過去がある。
「まぁ、バーニッシュにやられたんだけどね
最近まで私がいなかったのもこれの治療のせいだよ
君自身のせいじゃない」
「…じゃあなぜ目を合わせない
僕のこと…マッドバーニッシュだった僕を、やはり」
恨んでいるはずだ。
その言葉を口にする前にユリは答えた。
「君、顔が良いんだ」
「…は?」
「初めてみるタイプの顔で
一度見ると凝視しちゃいそうだから視線を逸らしてた
気にしてたんなら謝るよ」
聞こえていたのかルチアもケラケラ笑う始末。
リオは気にしていたのは自分だけだと知り顔を赤くした。
「でも綺麗な顔だよ、君」
「も、もういい!何も言うな!」
拗ねてソファーに座り込む。
その様子は男の子らしい。
ユリもようやく緑茶を淹れて戻ってきた。
「ガロと仲良くしてくれてるみたいで
結構君のことを気に入ってるんだよ」
「…やたらガロのこと気にかけるんだな」
「昔からまとわりついてきた子供だったからね」
そう言うとルチアも思い出したように思い出話を始めた。
「そうそう、街でユリが追いかけられてるのを見たことがあってさ
それが新人のガロだなんて誰も想像しなかったよ」
「火消しを教えろだの、本当にうるさくて
一年くらい経って私の走りに追いついたから根負けしたんだよ」
「あのしつこさは昔からだったのか」
ユリはフ、と笑う。
笑った顔を見てルチアも釣られて笑った。
「それに、クレイの一件があって
君みたいな相棒がいるのは幸運なことだ
ガロは余計なお節介だと怒るだろうけど
できれば仲良くしてあげて」
リオは頷いた。
それを見てゆっくり緑茶を飲む。
「ガロのこと好きなのか」
ばふぉ!とお茶を吹き出した。
「あー、アタシも気になるかも!
ガロにはすっごい世話焼いちゃってさぁ」
「そんな風に思われてるなんて、驚いた
そういうわけじゃない
ほっとけないだけだ」
タオルで口周りを拭う。
じわりじわりと耳が赤くなっていた。
「ほっとけないってことは好きってことじゃないの?」
「そういう感情はないよ
ルチア、こういう時だけイキイキするね」
「そりゃユリの人間らしい話題は面白いからね〜」
そんな談笑の中、バーニングレスキューの残りのメンバーが雪崩れ込むように帰ってきた。
皆クタクタで表情も疲れ切っていた。
「なーんか珍しいメンバー
何話してたの?」
アイナがソファーの後ろから、ルチアとユリの間に顔を出す。
「ルチア」
絶対に言うなよ、という視線に意地悪そうな笑いで返す。
「ユリの恋バナしてたのよ〜」
「ええ!?それ詳しく聞きたーい!」
男性陣はその話の前に各自散り散りになっていたので食いつくこともなかったがアイナは違ったようだ。
キラキラした目でユリを見つめる。
「食事、作ってある
各自温めて食べなさい」
「あ!逃げた!」
ユリは基地の屋上に逃げる。
好き、などという感情はきっとバーニングレスキューに入ると同時に紛失したのだろうと自分で思っていたからだ。
上着のポケットから小さな箱を取り出し、タバコに火をつけた。
吸うわけではない、ただ置いて匂いを感じるだけだった。
煙たくて臭くて、良い匂いなどしない。
だがこれがユリ自身を肯定するための儀式で、たまにやることだ。
すすんでホラー映画を見たり、嫌いな人間のSNS覗いたり、使えない同僚の仕事ぶりを観察したり。
とにかく嫌な気持ちになることはわかりきっているのにわざわざ見たがるその行動と似ていた。
ユリの仕事は落ち着いてきた。
撤去が終わればあとは各会社が建設を始めるだろう。
そこはバーニングレスキューの管轄ではない。
そうなれば、ユリはこの仕事を辞めようと思っていた。
▽
「あのっ、ユリさん!」
撤去最終日。
さまざまな最終行程を確認しながら点検を行っていた。
日も暮れ始め、じきに夜が来る。
これまで参加していた元バーニッシュたちも長い仕事が終わったと喜んでいた。
そしてこうしてひとりの青年に声をかけられている。
「忘れ物?」
「い、いえ、
そういうわけじゃないんです
ただ…あの…」
何か言いたげだが、言い淀んでいる。
ユリは急かさず待った。
「あのっ、俺、ユリさんのこと尊敬してます!」
「あ…ありがとう」
急に何を言うのやら。拍子抜けしたくらいだ。
だが青年はまだ話があるらしい。
顔を真っ赤にさせてじっとユリを見つめる。
太陽の光が反射してその瞳は輝いていた。
そこでようやく、気づいたと同時に青年は言う。
「す、好きです!
俺、好きなんです!
あ、あの、その
付き合って、ほしいです…」
「………気持ちは嬉しい
ありがとう」
「俺、元バーニッシュだけど
バーニングレスキューに入ります
それで、もっと強くなって
ユリさんに認めてもらいたいんです!」
こういう時、なんと返事すればいいのだろうか。
正直なところ名前も知らない。
顔だけは覚えていて、ただこの青年の性格や生い立ち、話し方仕草全て知らない。
わからないことだらけでユリは自分がたじろいでいることに初めて気づいた。
「レスキューに、入るのは個人の自由
好きにしなさい
ただ、それと私を好きというものは別にするべきだ
一緒くたにしてはいけない」
「はい……」
「……それに、私はレスキュー隊を辞める
きっと君のイメージしている私は、バーニングレスキューはもういない」
「え」
「期待に添えないと思う
私は淡白な人間で、…その…
ごめん、君の好意にきちんと返事が出せないくらいには何も知らない」
「ど、どういうことか、説明してください」
「ごねんね
君の気持ちにも期待にも添えられない」
はっきり言葉にすると、青年は悔しそうな顔をした。
一つ頭を下げてこの場を離れた。
今夜は撤去最終日としてみんなで飲み会を開く予定だ。
彼はそこにいけないだろう。
ユリも同じだった。
後片付けをした後、手にタバコを持ちながら歩いた。
ひたすら歩いて森に囲まれた道路に差し掛かった頃、車のライトに照らされた。
「何やってんだユリ」
「イグニス…」
「夜の森は危険だ
乗れ」
助手席に乗るとUターンするわけでもなく道路をまっすぐ進んだ。
いつしか街の光も遠くなり、山も越えてキャンプができそうな開けた場所に車を止めた。
星が綺麗に輝いている。
「お疲れさん」
ひゅん、と何かを投げた。
左手で受け取ると冷たい。
ビールだった。
「たまにはいいだろ」
「ビールなんて、何年ぶりだろう」
懐かしいラベル。左手でプルタブを開ける。
横たわる大木に腰掛けて一口飲んだ。
「イグニス」
「なんだ」
「バーニングレスキュー辞める」
「…そうか」
「止めたりしないんだね」
「お前は合理的だ
何か理由があって発言する
そりゃユリみてぇな経験豊富なレスキュー隊員手放したくはないが
縛り付けることはもっとしたくねぇのさ」
だがこれからどうするんだ、とイグニスは言う。
その事だけは考えていない。いや、レスキュー隊員以外のことをしているユリは想像できない。
「…わからない」
「まぁ、いろいろやってみればいい
お前だってまだまだ若い
これまで色んなことがありすぎて忘れてるかもしれねぇがな」
辞めようと思ったのは右腕が原因だ。
自分が蚊帳の外にいる気がして、実際人の手を借りないと何もできないことに気付いてしまって、嫌気がさした。
過去の思いを振り切れないまま、このバーニングレスキューにやってきたのにいつの間にか救われて生きてきた。
もうレスキュー隊員であるユリには戻れない。
人を助ける仕事をしているのに人の手を借りないと一人分の仕事すらできないのは苦痛だ。
心の中が深く重い罪悪感で浸されもがいていた。
だからユリは辞めるという選択を選んだ。
「来月辞表を出す
みんなには、言わないでほしい」
「ガロが何ていうかな」
「ガロはもう立派だ
相棒も仲間も、イグニスもいる
もう、私の手はいらない
そもそも私はまともな理由でここに居るわけじゃないから」
ビールを飲み干した。
「それに、はは
リオ、私がガロのこと好きなのかって
おかしなことを
思春期だねぇ」
「なんだもう酔っ払ったのか」
「もう一本あるでしょう
たまには飲まなきゃ
ああ、それから今日私告白されたんだ」
車に向かって歩く。
こんなに饒舌に話すユリが珍しくイグニスは黙って話を聞いていた。
ビールの缶が増えていく。
ユリは顔色は変わらないが口数が増えていく。
「もう一本あけようかな」
「もうやめとけ
皆心配する
車に乗れ」
ビニール袋に缶を入れて後部座席に乗せる。
ユリは立ち上がるがふらふらとしているのでやはりしっかりと酔っ払っていた。
肩を貸して助手席に乗せた。
運転席に乗って、いつもしっかりとした姿勢だったのが今はぐったりしているユリをみる。
「ユリ、お前は昔からそうだな」
「何が」
「自分以外に世話焼きで、使命感で何でもできちまう」
「褒められてんの?
まぁ私は、そういう生き物なんだよ
そういう生き方でそういう女で…腕がなくて…もう何もできない…」
「褒めてねぇよ
ただな、ユリはもっと自分に正直に生きてほしい
これは誰もが思ってることだ」
「正直って、なにが正直なんだ」
なにそれ、つまんないお菓子みたいだ、と不貞腐れぶつぶつ呟いているのを聴きながら町に戻る。
イグニスがユリを背負って帰ってきてもまだ宴会は続いていたがユリが酔い潰れてると知って皆が集まった。
「うわ!ユリ珍しい!」
「なになにー!2人で飲んでたの?」
「飲んだのはユリだけだ
ここしばらくで根を詰めてやがる
そっとしといてやれ」
ユリの自室にまで運ぶ。
毎度毎度、質素な部屋に本当に人間かと思うほどだった。
「んー、ここ基地?」
「そうだ
さっさと水飲んで寝やがれ」
「ありがと…」
椅子に降ろされて、ユリはようやく酔いが醒めたようだった。
イグニスが部屋を出て、すぐシャツを脱ぎ散らかす。
備え付けのシャワーを浴びるため下着すら珍しく置き去りだ。
下からは宴会の声が未だ微かに聞こえる。
振り切るように洗い、肩にタオルをかけたままシャワー室から出た。
(寝よう…きっと疲れてるんだ)
何もかもが面倒になり、部屋の真ん中で呆然と突っ立っている。
思考が回らない。
考えたくもない。
早く逃げたくなった。
部屋にノックが聞こえる。
「センパイ…起きてるか?」
「ああ、起きてる」
ガロの声だ。返事と同時にユリはクローゼットをあけた。
下着を取り出してフックにかけて、それからシャツを引っ張り出した。
「あのさ…今日きいたんだけどよ……」
そして自然にドアを開けた。
ユリは不機嫌な顔でガロと目が合う。
「あっ…がっっ…は……っ」
近くの枕をぶん投げてガロの顔面に当たる。
「早く閉めなさい」
「す、すみませんでしたぁ!!」
返事はしたが開けて良いなど一言も言っていない。
脱ぎ散らかした服を全て回収しカゴに投げ入れる。
それから下着とシャツと短パンを着用して再度ドアを開けた。
鼻血が出ているガロはもう一度謝る。
「ごめんなさい」
「次からよく確認しろ
もしやったら蹴る」
「はい…」
枕をひっつかみ、ベッドに投げた。
ガロは恐る恐る一歩踏み入れる。
「それで、何」
「いや…大した用でもなくて
……世間話にきた!」
椅子を足に引っ掛けてガロに向かって押し出す。
酔っ払っているせいか足癖が悪い。
ユリはベッドに腰掛けて顎で指示した。
「座りなさい」
「う……おう…」
素直に座るとユリはガロをじっと見る。
「世間話って?」
「や…ええと
…振られたって言ってたやつがいて
聞いたらセンパイに告白したって言ったから気になって」
「物好きだね君も
片腕ないやつの世話をしなきゃいけない羽目になるのに何が良いんだ
きっと私のことを同情めいているにちがいない」
舌打ちをする。
ガロは驚いた。
そんな素直な言葉をこの人も言うのかと。
ユリは頭を振ってため息。
「忘れて、今の
疲れてるんだ私
もう寝るよ
悪い」
「いや、俺も悪かった」
立ち上がり部屋から出る。
だがその前にガロは言いたかった。
「あのさ、きっとそういう目で見てないぜ」
「は?」
「好きなやつの助けになりたいってのは
当たり前のことだ」
「…そうだね」
ガロは部屋を出た。
ユリはベッドの上で丸まった。
▽
荷物を静かに運び出す。
寝静まっている早朝にそれを終えて、ユリは基地を後にした。
そもそも荷物など服くらいであとは何もない。
必要最低限のものはすべてトランクに入れた。
辞表も出した。
正式に受理され、ユリはとりあえず街を出ることにした。
行ける限り遠い切符を買い、復旧したばかりの列車に乗る。
定住地が見つかるまでは放浪するつもりだった。
そもそもユリはバーニングレスキューに入りまともになった。
挨拶もせず辞めるのは薄情だろうが、レスキューを辞めることを引き止められたくもなかった。
皆優しいから、引き止めるに決まってる。
そうなると甘えて留まってしまう。
動き出した列車に安心する。
景色が流れて街が遠くなる。
ようやく、深く眠れるような気がした。
「あ?ユリは?」
バリスの発言に皆どうせ朝のトレーニングだろ、と言うがイグニスが正解を出した。
「バーニングレスキューを辞めたよ」
「は?」
「なんで!?」
驚きの声の中、ガロが食い下がる。
「何で俺たちに言わねぇで辞めるんだよ!」
「それがユリの選択だ
誰にも言わないでほしいと頼まれた」
「センパイは!?今どこに!」
「さぁな
俺も知らん
だが、まぁ始発に合わせて出たようだな」
ガロは飛び出す。
バイクに乗ってまずは駅に行った。
もちろんあの背中はない。
始発の列車を調べて各駅回ったが見つからなかった。
一日中探し回り、ガロは最後にバイクにもたれながらうずくまる。
こうすれば帰ってきてくれるかもしれない、そんな淡い期待をして顔を上げたが誰もいなかった。
「何で…俺に何も言わないで…」
息が詰まりそうだ。
それほどユリの背中が大きかったと自覚した。
「何が後見人だ
何が守りたいだ
嘘言うなよ!」
何もない空虚に恨言を投げつけても帰ってこない。
「頼むから
俺に何も言わずに、どっか、行くなよ…」
ガロはトボトボ基地に帰ってきた。
その様子からはユリは見つからなかったのだろう。
皆落胆していた。
それでも火事が発生すれば出動しなければならないし、仕事もしなければならない。
ユリの背中を瞼の裏に焼き付けていたのに数ヶ月もすればただの寂しさとなって日常を送れていた。
元バーニッシュたちはバーニングレスキュー隊に入りバリスやレミーの訓練を受けていた。
その中にリオや慕っているゲーラとメイスもいた。
休憩時間、リオは不意にガロに尋ねる。
「もう大丈夫なのか」
「あ?何が」
隣に腰掛ける。
リオの言いたいことは言わずともわかっていた。
それでも知らないふりを続ける。
「ユリのことだ」
「……大丈夫に見えてんなら大丈夫だろ」
「そうか」
「いらねぇ心配かけちまったな!」
明るく笑う。
かつて見ていた笑顔とそっくりだから余計に心配になる。
無理して笑っているようにしか見えないのだ。
「好きなんだな、ユリのこと」
「はぁ?」
「なんだ、無自覚なのか」
「好きって
そりゃ俺に火消しの極意を教えてくれた恩人だ
尊敬もしてるし憧れてる
ああいうクールな火消しになりたい
けど、好きとは違うだろ」
「ふぅん、そういうものか」
「そういうもんだ」
ぱん、と膝を叩いて立ち上がる。
伸びをして腰に手を当てた。
「休憩終わり!
さて、トレーニングでもするか!」
▶︎
小さな街で、運良く雇ってくれる店を見つけた。
以前プロメポリスでレスキュー隊をしていた、この腕はその時に失ったと世間話程度にしていれば店の店主に同情されたのか
正式な就職先が決まるまでこの店にいるといい、と。
そう言ってカフェで働くことを許された。
毎日くる客は同じ。
だが新顔の店員がいるとなると見物に客が増えたようだ。
「カフェオレ、サンドイッチAセットです」
「どうも」
左手でテーブルに皿を置く。
それから店の裏手に行って届いた豆を倉庫へ運ぶ作業に戻った。
「いやぁ若い子が入ってくれて助かるよ
それにそんじゃそこらの男より力持ちで頼りになる!
前に強盗が来た時は一瞬で撃退してね
頼もしいったら」
「それに美人だね、良い人がいないのが不思議だ」
そんな勝手な話を遠くで耳にしながら、在庫をチェックした。
この生活は安定していて居心地がいい。
ユリは初めてレスキュー隊員以外の生き方を知った。
それ以外の自分もいて良いのだと知れた。
街に来て早4ヶ月。
テレビから時折プロメポリスの話題が出るが自然を顔を背けてしまう。
彼らの名前はもう、できれば聞きたくなかった。
客がまた1人、来店する。
近くで土地開発が行われて工事業者が来ているそうだ。
カフェで居心地のいい場所を探してやってくることも多くなった。
「いらっしゃいませ
メニューはこちらです…」
右腕を凝視する。
動きはしないがただ空虚な袖を見せるよりはと義手を手に入れた。
節々が関節球であり木製の義手は誰がどう見たって腕が無いとわかるがないよりあるほうがマシだ。
「あんた元バーニッシュ?」
「…いえ、ちがいます」
「バーニッシュって欠損してるやつ多いよなあ
「そうですか」
「それにしてもあんた結構顔はいいよな
どう?連絡先交換しない?」
「結構です
仕事中ですので」
男は工事現場で鍛えられたであろう筋肉を見せつけたがもとより興味などない。
相席だった人間に振られたことを揶揄われて顔を赤くしこちらを睨みつける。
視線を逸らしカウンターに戻った。
はじめは寂しかった。
バーニングレスキューのみんながいないことが日に日に実感し、戻ってしまおうかと思うこともあった。
だが踏ん張ってここにいて、時間が経ってようやくそれも薄れてきた。
(みんな、元気かな)
時折それを思うくらいは許してほしい。
カランカランとまた1人カフェにやってきた。
そいつはカウンターを見るなりツカツカと歩いてユリの前に立つ。
「あの…?」
「ユリさん!やっと見つけた!
ずっと探してたんですよ!」
その声を聞いて、以前ユリに告白した元バーニッシュ…シードであることに気づいた。
ユリは頭を抱える。
「知り合いかい?」
「ええ、前の職場で
君、今は困る
お昼に出直してほしい」
「…逃げたりしませんよね」
頷く。
それを見て男は店主にひとつ頭を下げて店を出た。
店主は気まずそうな顔でユリをみる。
「すみません、ご迷惑を」
「いいや、いいんだよ
けど探してたって…前の職場で何かあったのかい?」
「上司以外には黙って辞めたもので」
そうか、と一つ言うだけだ。
それ以上何も追及せず、淡々と仕事をこなす。
昼になれば店主はユリを気遣ってか、長い休憩時間を与えた。
「たまにはゆっくり休んでおいで
積もる話もあるだろう」
「すみません、ありがとうございます」
店の前で彼を待っているとちょうど12時にやってきた。
逃げなかったことへの安堵が滲み出てこちらへ駆け寄る。
「ユリさん」
「裏で話そう」
少し薄暗い路地裏につれて、木箱に腰掛ける。
それからユリは口を開いた。
「みんなには言った?」
「いいえ…俺、バーニングレスキューに入って、休暇のたびにこうして街の外を探してたんです」
「そう…」
「ユリさん、俺、振られたのわかってます
でも諦めきれなくて!
レスキュー隊員じゃなくても、どんなユリさんでも関係ないです
俺はユリさんの隣に居たいです」
戻って来てくれませんか、と提案を受けた。
それにははっきり首を横に振った。
シードは拳を作って俯く。
そして思い切ったようにまたユリを見た。
「じゃあ!バーニングレスキュー辞めてこっちにきます!」
「は?」
「俺の勝手です!振り向いてもらおうとかそういう意味じゃないです!
ただここにいたいだけです!」
「それは…たしかに君の勝手だけど
今リオから離れるのはやめなさい
まだバーニッシュの向かい風がキツい」
「リーダーにばっかり甘えたくないです!
なんと言われようと、俺はまた来ます!」
じゃあ!と言ってシードは走り去った。
厄介なことになったと思いつつ、携帯を取り出した。
レスキュー関係の携帯は捨て、新しいものにしたのだがイグニスの電話番号はまだ覚えている。
ため息混じりに電話をすると低くて不機嫌そうな声が聞こえた。
『もしもし』
「イグニス、ユリ・ガンデラだ」
『ユリ!?
まったくお前急に連絡寄越すな
基地だったら大騒ぎだぞ』
車の中にいるのだろう。
とにかく周囲に誰も居ないようだった。
「元バーニッシュの…シード
私のところに来たんだ
前に話したでしょう
告白して来たって」
『あいつもよくやるよ
それで、何か用件か?』
「バーニングレスキューを辞めてこっちに来ようとしてる
今リオとガロの元を離れるのは危険だ
それに今私のいる街は差別が強い
引き止めてあげて」
レスキュー隊員でもなんでもないくせに、烏滸がましいことは重々承知している。
だがユリが原因で彼に何かあれば責任を取ることなどできない。
むしろ引き止めなかったことを一生後悔するだろう。
そのことを無言でも悟ったイグニスは同様にため息をついた。
『やれることはやってみる
悪いがリオには伝えるぞ』
「うん、それでいい
忙しいのに邪魔したね」
『なぁユリ、
せめてレスキューの古株のやつらに電話してやれ』
「……ごめん
それはできそうにない」
『特にガロは今じゃ元気に振る舞ってるが相当きてるぞ
どうせ電話番号覚えてるんだろ
いつでもいい、かけてやれ』
善処する、と曖昧な言葉を返して、通話を終えた。
ガロは多く仲間がいる。何より愛されやすい性格だ。
ユリ自身、自分の存在はそこまで大きくないだろうと思っていたがただの思い込みに過ぎなかったようだ。
たしかに、後見人になると言って勝手にクレイの名前を消した上でこうして黙って出ていくなど、怒って当然だ。
番号をうつ。
何を話せばいいかわからないがとりあえず謝っておこう。
音が響いて、携帯から懐かしい声が聞こえた。
『誰だ?』
「……ガロ、ごめ」
『センパイ!?』
電話口からざわつく声が聞こえる。
ガロは走ってその場から離れたようだ。
『いま、今どこにいるんだ!?』
「遠いところ
ガロに一言謝っておこうと思って」
『いい、別にいいそんなの
それより、なんで急に黙って出て行ったんだ!
なんで、みんなを置いて行ったりしたんだ!』
ガロが本気で怒るのは珍しい。
出て行ったあの日どれほど落ち込んだかを示唆していた。
「…腕がないから
もうあそこで働けないよ」
『そんなの関係ねぇよ!』
「あるよ
ガロ、障害者に無理矢理、危険な仕事させたいの?」
意地悪な言い方だ。
ガロが何も言えなくなることを見越して言葉を選んだ。
「君たちは優しいから引き止めると思ったんだ
だから黙って出て行った」
『でも…相談とか…してくれたってよかっただろ…
俺って、そんなに頼りないのか』
「ガロ、ねぇ、私がいなくても立派にやってのけてる
じゃあそれでいいじゃない」
『よくねぇよ!いいわけあるか!』
「何に怒ってるの?謝ったじゃない」
『そんなの俺にもわかんねぇよ!
でも…!センパイ……俺…
センパイに、…会いたい』
振り絞る声に、ガロらしくないと思いながら無意識に笑う。
やはりガロは子供だ。
「ガロ、ごめんね」
『いいよ…もう…
会いたい、センパイ
バーニングレスキューにいなくていいから』
先程似たようなことを言われた。
さっきの言葉は二度目の告白だった。
ならガロのこの言葉はなんだろう。
何も2人して同じ意味はないだろうがそういう意味ではないかと勘繰ってしまう。
「……できないかもしれない、曖昧な約束はしたくない
ごめんね」
「でも、できるかもしれないんだろ」
じゃあね、と言ってユリは逃げた。