世界の天蓋
名前変換
この章の夢小説設定デフォルト:エカ
種族:想像にお任せします
元前衛オペレーター。酷い怪我のため左腕を欠損。
以来精神的不調も見られる。(自覚なし)
現在は子供たち向けに絵本を描いたりしている。
名前を覚えられない欠点がある。
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まだ少し脇腹が痛いことはあるが、必要な治療は全て終わった。
一緒に担架に運ばれたウンはすでに現場復帰しているらしい。
身体が頑丈とは言っていたが言葉通りとは思いもしなかった。
久々に自室に帰って、腰を落ち着けた。
残念ながらパッドのバッテリーが少なくなっていた。
途端にやることがなくなり、とりあえず体を動かそうと散策した。
ロドスの中はいつもと変わらないものの、外をみやると襲撃された箇所の補修工事を行っていた。
結局なんだったんだろう、などと思っていると外で大きく手を振っている人が。
目を凝らしてみれば特徴的な外見がすぐわかる。
ウンだ。
真似て手を振って見せた。
オレンジの尻尾が大きく揺れていて、あれだけ体格が大きいのに可愛いなと思ってしまう。
反応してウンは両手で振る。
私も両手で振ってみたかったが今義手はメンテナンスに出していてしばらくは帰ってこない。
というか、技術部も忙しく私の義手など最後尾に回されているだろう。
ともあれ元気な姿を見ることができた。
この間助けてくれた礼は今度にしよう。
その場を後にして適当に歩いていると顔見知りの子供たちが前方にいた。
一人の子供が気づくと一斉に駆け寄ってくる。
「大丈夫?」
「骨折したんでしょ?」
「なおった?へいき?」
わぁわぁと声をかけられるが、まとめて返事をする。
「私は平気だよ
もう治ったし」
「よかった、レンジャーおじいちゃんもすっごく心配してたよ」
「あっ、じゃあかけっこしようよ」
「エカが鬼ー!」
私はたまたま歩いていただけなのだが、急にかけっこが始まってしまった。
子供は自由奔放だな、と思いつつも子供達を追いかけた。
久しぶりの運動で鈍っていた身体が再度鍛え直された。
かなり走り回ったが子供は疲れ知らずだ。
昔私もああだったな、とか、たしかに疲れよりも楽しさが勝ってそんなことどうでもよかった感覚はまだ覚えている。
「エカ!」
遠くから声をかけたのはウンだ。
機材を抱えて手を振っている。
私は腰掛けていた段ボールから降りて駆け寄った。
「外壁直してたの?」
「そうだよ
ああ、あと、怪我は大丈夫?」
「治ったよ
爆発のとき助けてくれてありがとう」
「いや…そのことなんだけど…」
ウンは恥ずかしそうに、または気まずそうに頭をかいた。
もともと垂れている耳が余計垂れた。
「肋骨骨折はたぶん…俺だよね…」
「え?ああ、でもあれくらいの勢いがないと今度は右腕が吹き飛んでたかも
逆にウンくんも危なかったし」
「そうかもしれないけど…」
「もう終わったことだから気にしない」
ぽんぽんと肩を叩いた。
ウンも少し笑う。
「次はウンくんが休む番だよ
重たい機材置いてサクッと休む!」
「うん、そうだね
またね、エカ」
手を振ってウンを見送る。
左右に揺れる尻尾をみて頰が緩んだ。
すると子供達から裾を引っ張られる。
後ろを振り向くと、にんまりと笑って私を見ているのだ。
「え、なに?」
「カレシだカレシ!!」
「エカにカレシだー!」
またいらぬことを言っているな、なんて思いながら肩を竦めた。
今日も見事な晴天。
平和な1日だ。
◆
退院してから2日目。
まぁこのロドス自体が病院のようなものなので退院と表現していいかはわからないが。
片手でトレーを持ち、食堂で今日の食事を取る。
黙々と食べていると隣にのっしりと現れた。
ウンだ。
「すごい、よく会うね」
ハイビスでさえ食堂で会うことは稀なのに。
「そうだね
まぁ警備っていうか修理に回ってるからだろうけど」
「そっか…ていうか機械強いんだね
すごい」
「うーん俺ができるのは手伝いくらいだし、
あと俺自身機械に興味があってね
勉強をしたいって思ってたんだ」
ならば今回のような修理はウンにとっては興味の塊だ。
気持ちはよくわかる。
「あと昨日から気になってたけど、左腕は?」
「ああ…あれね、ちょっと調子悪くて修理に出してる
って言っても、今は他にも修理すべきものがたくさんあるじゃん
そっちが終わってから、やっと始まるだろうし…まぁ片腕なくても不便しないから」
事実、片腕で半年ほどは生活してきた。
体にすっかり染み込んでいるのだ。
今更動揺することではない。
「そっか…でも、いつものエカとちょっと違うなって思ったのはそのせいかな」
「?」
「なんだか元気ないように見えてさ
俺で良ければいつでも呼んで
いつだって助けるから」
「…う、うん
ありがとう…」
光属性、とでもいうべきか。
ただその光があまりにも強くて私の心をえぐった。
その気持ちは嬉しいのにどうして悲しい気持ちなのか。
よく分からず混乱して笑顔を作った。
ウンの笑顔は眩しく、とてもじゃないが今の私はそれに釣り合わない。
というか釣り合いが取れるような瞬間は一度も起こりはしないだろう。
羨ましい。
このロドスにいる全ての人が羨ましい。
「エカ?大丈夫?」
「あ、え、何?」
「ぼーっとしているから」
「はは、ちょっと最近根をつめてるのかな
気晴らしに資料探しに行こう
じゃあね」
どうにもならなくなって、資料室…いわば図書館へ入り込んだ。
ほとんどのものはアーカイブとして残されているが、絶版になっているものなどは厳重に保管されている。
私の目当てはアーツの運用方法だ。
まだ身になるための勉強をしていたほうが精神的に落ち着く。
自分自身を納得させることができる。
薄暗い中でアーカイブにかじりついた。
他の思考を一切排除すればどっぷりと本の中に入り込んだ。
「エカ」
がしり、と掴まれた右腕。
顔を上げるとドーベルマン先生がいた。
「何度も呼んだつもりだったが」
「あ…すいません…」
慌ててパッドを閉じるがドーベルマンは椅子に腰を下ろす。
「エカ、お前はいつも最前線で任務をこなしてきたオペレーターだ
今の現状がつらいのは分かる
だが、アーツを使うな
お前のアーツ適正は低過ぎる」
「……はいはい、分かりましたよ
自分の身の丈は自分が一番わかってます」
肩をすくませてその場を離れようとするが、また腕を掴んだ。
無言のまま、席に座ることを指示される。
厳しい目だ。
「まだ、なにか?」
あえて笑顔で座った。
ドーベルマンはただ息をついて説得するように問いかけた。
「なぜそれほどまでにアーツに執着する?
エカなら他にも活躍の場はある」
「なんでって、別に
たまたま目についたのがアーツだっただけで」
「いいや嘘をつくな
閲覧記録は残っている」
「逆に聞きますけど、なんで私をそこまで見ているんです
私はもう前線には戻れない
そんなこと分かってます」
「ああそうだ
何よりその精神状態で前線に出すなど死人を送り出すようなものだ」
「じゃあ何でですか」
肩を掴み、そして撫でられる。
そんな優しいドーベルマンは初めてでギョッとする。
「…死に急いでいるようにしか見えない
ここでお前を止めてやらないと、もう二度と止まらないだろう」
おもむろに席を立つ。
そしてその場を離れた。
むろんドーベルマンも後を追う。
「エカ!」
「もううんざりだ…」
「話を聞くんだエカ
そしてお前の気持ちも聞きたい」
つまり私は、今は役立たず。
これからもずっとロドスの金食い虫だ。
今までの人生、ほとんどを戦いに費やしてきたこの虚しさ。
挫折。
いちいち指摘されるまでもない。
「お前には才能がある
剣以外にも」
「うんざりだ…」
「エカのかく本は子供たちに夢を与えている
このロドスでは…しいてはこの世界に必要な才能だ
それを多くのものが認めている」
無言で通路を歩く。
後ろでドーベルマンが何か話しているがどうでもいい。
「エカ、今は辛いだろうが
進んで身を滅ぼすようなことだけはするな
お前も大事なロドスの一員だ」
無い腕が疼く。
頭の中でさえも煮え立ち、短絡的な思考しかできなくなる。
怒りがとめどなく溢れる。
これはドーベルマンへの怒りではない。
自身への不甲斐なさへの怒りだ。
堪えなければならない怒りを淡々と歩く廊下へ、足から逃す。
「先の戦闘でも、そうせざるを得ない状況であったことは分かっている
だが今後は一切戦闘に関わろうとするな
ロドスに所属していれば誰もが自分だけの命ではない事くらいわかるだろう。」
「わかってるさ…そのくらい…」
返事をすればドーベルマンは駆け足になり、私の前に立ち塞がった。
「エカ、今は休め
お前の物語はお前にしか生み出せない
子供達もそれを待っている」
また強烈な光にめまいがした。
痛みすら走る。
「わかってる…そんなこと…」
「…それなら、いいんだ」
ドーベルマンは静かに去った。
どこかで、この悲しみをぶつけたい。
衝動的な感情の塊をどうすればいいのかわからない。
一人でに体の内側で暴れまわっている。
私も仕方なく部屋に戻ることにした。
とぼとぼと、叱られた子供のように歩く。
昼間の日差しがやけに肌を刺激して鬱陶しい。
部屋の前にたどり着くとウンがそこにいた。
ノックして私が出てくるのを待っているようだ。
「ウンくん」
「ああ!エカ!
……どうかした?朝より元気ないけど」
「大丈夫、それより何か用事?」
「ええと、大したものじゃないけど
よかったら甘いものでもどうかなって」
クッキーだ。
まるで販売されているもののようで美味しそうだった。
ただ食欲は沸かないが。
「ありがとう…これはどうしたの?」
「俺の手作りだよ
口に合えばいいけど」
「…ゆっくり大事に食べるね
今日はちょっとやることあるからこれで」
「そう…じゃあ、何かあったら呼んで
すぐ駆けつけるから」
人懐っこい笑みを向けられる。
疎ましくて羨ましくて、下唇を噛んで俯いた。
その様子にウンは慌てて膝をつく。
「エカ、大丈夫?
やっぱりどこか痛いんじゃ」
顔をくしゃくしゃにさせて泣いていた。
こんなに泣いたのは腕を失った日以来だ。
「エカ…」
「ずるい…腕があるのずるい…」
私も膝を抱えてその場でうずくまる。
「エカが良ければ、俺でいいなら話聞くよ」
「優しくしないで
惨めだから」
立ち上がり、涙を自分で拭う。
ごめん、とだけ言って部屋に入った。
「惨めじゃない
エカのこと、きっといろんなことがあって俺が言える立場じゃないけど
人に頼ったりすることって…惨めじゃないよ」
扉の向こうから優しく声が響く。
これ以上はウンに迷惑をかけてしまう。
いらぬ心配をかけてしまう。
それにきっと怒りの矛先をウンへ向けてしまうだろう。
「急に泣いたりしてごめん
本当に、少し疲れただけだから…
ウンくんも疲れてるのに変なことしてごめん」
「エカ…」
「お休み
また明日」
明日を無事迎えられるだろうか。
このロドスからどこか行ってしまおうか。
龍門に潜ってもわりとバレなさそうだ。
そんな野垂れ死ぬ未来ばかり思い描いて、もう一歩も外へ出たくなくなった。
「エカ、あのさ…」
まだ扉の向こうからウンの声がする。
きっとアの保護者をしていたから心配性で過保護な性格なのだろう。
最後の気力を振り絞って元気な顔を作り出す。
ドアノブをひねる前にウンは言葉を続けた。
「俺、エカと知り合う前からエカのこと知ってたんだ」
呆然として、ただ静かに待つ。
「あの物語を、子供たちに読み聞かせを強請られて
本当に綺麗だった
こんな世界を想像できる人を一目でいいから見たいと思ってた」
「それは…失望しただろうね」
「いいや、失望してない
エカを見て何となく納得した」
「隻腕だから?
片腕でもめげずに書いてるって?」
「違う
エカはずっと前だけ見ている
それがエカの魅力だと思う
でも今は下を見ていて、心配だ」
まるで小説のような台詞だ。
私は特に反応できず真顔でその言葉を眺めるだけだ。
このドアを開けるだけで眩しさに胸が苦しくなる。
恐怖すら覚えた。
「俺のカンなんだけど
今エカの言葉を信じて離れてしまったらもう会えない気がして」
「なんだそりゃ…」
「俺も、変だなって思ってる
きっと思い過ごしなんだろうけど」
深呼吸をした。
少しでも胸の内を軽くさせたい。
この意味不明な感情、結論のない問題をぶつけるほど子供になりたくはなかった。
ゆっくりドアノブを回す。
心配そうなウンが前にいた。
私は笑う。
「思い過ごしだよ、ウンくん」
「そうかな」
大きな手が頭に乗った。
ゆっくり撫でられる。
まるで私が子供みたいだ。
笑顔がかすんで、口角があげられない。
表情筋が震えて、私はまた泣き出してしまう。
ウンは静かに見つめて慰めるようにまだ頭を撫でた。
「もう…意味わかんない…」
また座り込む。
ウンも同じく膝をついた。
「エカ、中はいっていい?」
「……好きにして」
するとウンは私を軽々と抱き上げて座布団の上に下ろした。
ドアを閉めて、また前に座る。
「よかった、素直に泣いてくれて」
「私は…泣きたくなかった」
「まぁ…たしかに泣かないで済むならそれでいいけどね」
しばし沈黙があり、自然とわたしから話が始まった。
実はね、と内緒話のように。
「元前衛オペレーターだったんだけど
利き腕、左腕吹っ飛んで、いつかは前線に戻れるって言われながらリハビリも頑張ったのに
結局、もう戻れないって言われた」
「そうだったんだね」
「昔から…刀一本で…小説よりももっと長い時間をそれに費やしたのに
いや、それよりロドスに来たのはこの腕をかわれてだったのに」
断面を憎しむように握った。
爆発し、あの激痛は夢に出てくるほど未だに鮮明だ。
爆風で吹き飛ばされた先の鉄棒に腕を貫かれ、
レユニオンが目の前に迫るなか
逃げるために引き抜く
意識が朦朧とするけども帰りたい一心で撤収ポイントまで彷徨った先で再び爆発。
完全に体ごと吹き飛ばされて気づけば左腕は無かった。
「もうここにいる意味はないと思う」
項垂れて呟いた。
何より感染者でもない。
なんだったら感染して居場所を作った方がマシだと思えるほど。
だがそんなことをしてもなんの意味もないと思う。
「ウンくん、逃げていい?」
泣きながら笑った。
すると深く傷ついた顔をした。
あの笑顔ばかり浮かべる好青年にそんな顔させること自体罪深い。
綺麗な布を切り裂くような快感が薄らと身を汚した。
ウンはそれでもゆっくりと首を横に振った。
「逃げないで
ここにいて欲しい」
「なんで」
「うまく…理由は言えないけど」
「ちゃんと、理由づけをして
根拠のある言葉で私を説得して」
ここでも私は理由を求めている。
それはウンにだって分かっていることだ。
結局私はここにいてもいい理由を求める子供なのだ。
承認欲求と言い換えてもいい。
「エカの本を読みたいから…じゃダメ?」
「あんな…駄作…
なんの意味があんだよ…
もっといい本あるだろ…」
「エカの本が良い理由はあるよ」
自信に満ちた言葉だ。
ウンにとって譲れないもののように。
「全部、広くて綺麗な世界がある
この戦いだけの世界じゃなくても、輝いてるところはあるって前向きになれる
それが良いところ」
「……そう」
私の知る地獄を描きたくなくて避けていたことで綺麗に見えていたのならそれは良いことなのだろうか。
わからない。
「それでも足りないなら
俺がいて欲しいっていうから
もう少しだけロドスに居てよ」
根拠もないくせに、という恨み言が泡のように浮かんで消えた。
全部ウンのせいにしても良いと、意図して言ったように感じた。
私は意味もなく泣いた。
人生でこれまでたくさん泣いたことはない。
今日が一番、たくさん泣いた日だろう。
自然と私は謝り倒した。
泣きながら言葉にならないまま、嗚咽混じりで膝を抱える。
「謝らなくていいよ
辛かったね」
また優しい言葉を投げかけるので余計に泣いた。