世界の天蓋
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この章の夢小説設定デフォルト:エカ
種族:想像にお任せします
元前衛オペレーター。酷い怪我のため左腕を欠損。
以来精神的不調も見られる。(自覚なし)
現在は子供たち向けに絵本を描いたりしている。
名前を覚えられない欠点がある。
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正直に言うと鬱憤が溜まっていた。
何より私はロドスでの中堅に近いほうだったし、あと前線で戦いを何度も経験した。
ドクターとの信頼もそこそこ良好だったし、不自由などなかった。
きっと多くの人たちは戦いは怖いと言うだろう。
私も実際怖いと思う場面が多々あるが、数時間すればケロッとストレスは回復するしメンタル的にはいわば戦闘向けだった。
だから感染者が多く、かつ戦いに巻き込まれやすいロドスでも自分の性格は功を奏していると思う。
さて今はどうか。
左腕はなくなり、毎日気ままに過ごす。
正直要請があれば貿易部などで仕事もするが雑用程度ですぐ返される。
あと小説をかいたり、レンジャーじいさんの話を子供達と聞きに行ったり。
別に悪くはない。
悪くはないが今まで身につけた剣術が全て無駄になっている。
幼い頃から気づけば真剣を持っていた。
極東で経験を積んで、勉強は興味があるやつだけしていたら退学になった。
それでも剣術だけはやめなかった。
そうしたらロドスに勧誘されて、所属することとなったのだが。
何のために今ここにいるのか、意味がわからない。
今日の食事はなんだか冷たい泥のような味で、食欲も失せた。
自分の味覚もおかしくなっているのだろう。
早々に片付けようとすると急に声をかけられた。
「隣いいかな?」
ウンだ。
あまりの体格の良さに後ろが詰まっている。
思わず頷いて隣に座らせれば渋滞は解消されていく。
「もしかしてちょうど食べ終わったところだった?」
「まぁ…
でもお腹いっぱいでゆっくり部屋に戻ろうと思ってたから」
「そっか」
さらにその隣に、どかっと座った。
気怠げに目を擦って何も言わずに食事を口に運ぶ。
「ア、ちゃんとゆっくり噛んで」
「胃に入りゃ同じだろ?」
「同じじゃないから
そうだ、紹介するよ
一緒にロドスに入ったア
俺の…友達…というか俺が保護者…?」
「どうもーお前が隻腕のエカだな?
噂はかねがね聞いてるぜ
凄腕の前衛オペレーターだったんだって?」
フォークで私を指す。
態度にウンは怒るが、それよりも。
「名前、アっていうの?」
「そう、ABCのA
あいうえおのあ
亜鉛のあ」
「すっご
マジ?そういうのあり?テンション上がる〜
メモさせて、今度参考にする」
「…はぁ…」
アはフォークを噛んで上下に揺さぶった。
すかさずウンがそれを引き抜いて皿の上に置く。
というかあまりにも完璧な流れにいつもこうやって世話を焼いているのだと知った。
(まぁ私に声かけたり運ぶのもやりかねないな)
「すごいなぁ…アが俺以外で黙っちゃったの初めてだよ」
「なんで?アって名前最高にカッコいいじゃん
いいね、センスが光ってる
私は好きだよ」
ふん、とため息なのか呆れなのか、不思議な息をはいてがつがつと食事を食べ始めた。
「アは照れ屋だからさ」
「ウン、あとで新薬試させろ」
「ごめん断る」
「しかもサイエンティスト?
うっわ、個性強すぎて主人公みたいだ
今度取材させて
邪魔しないからさ」
「邪魔」
「邪魔しないから」
「いやだから、邪魔だっての」
「邪魔しません」
「なんなんだこいつ…」
肩を揺らしていたウンが堪えきれず笑った。
目尻に涙まで浮かせてお腹を抱えている。
「アー、いい友達できたな!」
「ウンまでいい加減にしろ」
「いい友達なれそう」
「お前マジで俺に近寄るなよ」
最後の食事をかきこんで足早に去っていった。
その後ろ姿を私は好奇心旺盛な目で見つめていると、またウンは笑う。
「アーのやつがあんなにタジタジになるなんて、
ああいうぶっきらぼうな奴だけど、仲良くしてくれると俺も嬉しいな
根は悪い奴じゃないし、いい奴なんだ」
「あんな良いモデルいないって
すごくいい人材だ
さすがロドス
ドクターにゴマすってコネ作ろう」
ご機嫌のままパッドにアの情報を簡単に入れていく。
現実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。
「そういえば取材って、何かロドスの広報でもしてるのか?」
「ううん、ただの資料として収集してるだけ」
「資料…?」
「あんまり人には見せられないけど、子供たちに絵本と小説を書いてあげてて
たまたま見せたらバカウケしちゃって
この腕になってからは月一くらいで新作出したり読み聞かせしてるんだ」
一瞬ウンの呼吸が止まったように感じた。
あれ、と見上げれば子供のようにキラキラとした目で私を見た。
「あれ、君が書いてるの?」
「う、うん…
もしかして、見たことあるの?」
「もちろん、ていうか、たまたまなんだけど
絵本の挿絵も見たんだ
あれは?」
「あれは…私…」
「そうだったんだ!著者も名前がなかったからきっとロドスにいる誰かとは思ったんだけど!
もし他に作品があるならぜひ見せて欲しいな!」
こんなに好奇心を寄せられるとどう対応していいかわからない。
今更ながらアの気持ちが分かった気がする。
「き、きっとがっかりするよ
傑作ができたらまた」
逃げるようにその場を離れた。
傑作など、今までで一度もできた試しはないが。
◆
約束の日だ。
ハイビスを迎えるためにお茶菓子を用意して、ハイビスが気に入ってくれたお香も少しだけ焚いた。
ハイビスは貴重な休みを使って本を読んでくれるのだからリラックスできる空間を作るのはあたり前だ。
ドアがノックされ、勢いよく出ると元気よく挨拶する声が2つ。
「え?」
「ウンさんと昨日任務でご一緒しまして!
エカさんのことご存知で、しかも小説や絵本みてみたいって言ってらしたのでお誘いしたんです!」
「急にきてごめんよ
でもどうしても気になって…」
しゅん、と耳が垂れた。
その様子は普通にかわいい。
理屈はよく分からないが、かわいい。
恥や自己嫌悪、作品の至らなさ、時間の工面をいろいろ考えて、もっとちゃんと作ればよかったと今更ながら後悔する。
いや、いつもちゃんとしているつもりではあるが、
未完成の原稿を読ませることは恥だ。
「…ハイビスにしか原稿読ませられないけど…他のでいいなら…」
「ありがとう!」
とりあえずもともと汚い空き部屋だったところを無理言って一人部屋として使わせてもらっている。
3人は多少キツイが私がベッドによじ登ればなんとかおさまるだろう。
「座布団でごめん」
「ううん、ありがとう」
「えーと、ウンくんは苦手な飲み物ある?」
「エカさん私もお手伝いしますよ!」
「ハイビスは今日はお客さんなのでダメでーす」
えー!とハイビスはしおれていつもの座椅子に座った。
仕方なく無難なウーロンを用意した。
「はいどうぞ
お茶菓子は机から好きにとってね
ハイビスはこっちお願いします」
「わーい!」
「ウンくんはこっち」
「わーい!」
にしてもこんな三流が書く物語、面白いのだろうか。
スポットは相変わらず辛口なので「そこそこ」という評価だった。
好みの問題はあるだろう。
あと「絵は綺麗」とのコメントももらった。
だが世の中には多くの書籍があり、ほそぼそとそれを生業に生活している人物はいる。
たしかに私は無料で本を制作して提供している。
そのメリットはあるだろうが子供たちの成長など考えると高名な小説家の本を読ませた方がいいのではなかろうか。
「あ、エカさん二重否定」
「またか…癖ついてるなぁ…」
ハイビスも楽しんで読んでくれているのだが、ウンもまた食い入るように読みふけっている。
じっとその横顔を見つめて、
綺麗な赤の瞳が万華鏡のようだと思いながら。
光の揺らめきを眺めていた。
ぼーっと、思考を珍しく解き放っていた。
何も考えないなんてここ最近はあり得なかった。
そして時間経過にも少し驚いた。
「エカさん今回も面白かったです!
キラキラしてて、そこを旅してるような気分になりました!」
「お、おおげさ〜」
「本当ですよっ
ねっ、ウンさん!」
まだ一冊の本を読んでいる。
というかかれこれ3週目だ。
「なんか…あの…繰り返し読んでる…恥ずかしい…」
「よかったじゃないですか!ファン獲得ですよ!」
「恥ずかしい…」
ウンが我に返るまで、ハイビスと他愛無い話をして、最近のトレンドだったりオシャレを聞いて楽しんだ。
ハイビスは明るくて優しくていつも笑顔で素敵な子だ。
せめてハイビスの休みの日はハイビスの好きな話をして欲しい。
彼女の楽しそうな笑い声は私の清涼剤でもあった。
「エカ、すごく面白かった」
「あ、我に返ってきた」
「え?」
「すごく集中されてましたよ?」
「ご、ごめん!無視したつもりないんだけど…」
「良くある良くある
私も本書いてる時そんなだから」
からからと笑ってはぐらかす。
とりあえずそっと本を回収したい。
「私、その『偶像の子たち』で好きな文があって!」
「やめてハイビス!」
ダイブしながらハイビスを止めるが抱きしめられてしまいそのまま耳元でハイビスの感想を直で聞いてしまう。
「『苦しくなる本当なら言わなくていい』って主人公が言うセリフ大好きなんです!」
「確かにそこはぐっときた
でもその後の返しで、『本当を言わないと後で苦しい嘘になってしまう』っていう反復のセリフもまた理解が深いなぁって」
「わかります〜!」
奇声を発しながら私は二人の間でのたうち回る。
黒い耳をへにゃりとさせながら顔を隠す。
「やめて…せめて私のいないところでやって…静かにやって…つらい…恥ずかしい…
いや嬉しいけど…」
「じゃあこの後食堂で」
「そうですね!」
「おあぁあああやめて私も行く置いて行かないで
あとそういうところじゃなくてもっとこう狭いとこでやって!」
しょうがないですね、なんて言いながらハイビスは私を起き上がらせてこなれたように片付けを済ませてしまった。