少年期
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書館に通う子供たちは将来的に魏の文官やそれ相応の職が約束されている。
しかし未来の自分の子供たちのためにより上の職を求めるのは当然のこと。
したがって、教師に媚を売るなどが横行している。
それは年を経て、“県校”に進学するとより顕著になる。
魏という国は身分を問わず実力主義なところがあるので当然そういうズルをしている者は蹴落とされるのだが、
結局学生時にそういう”ズル”をしていると有能であっても負けてしまうという、正直者が馬鹿を見る言葉通りの現象が起きてしまうのだ。
私はそういうことをする必要性がなかったために傍観しながら勉学と剣術に励むばかり。
自分で言うのもなんだが顔が良いらしいので時折教師から“そういう目”で見られることは多くあったものの、無関心を貫けば自然を向こうから引いて行った。
沖という名前で過ごし始めて3年。
15歳になり、体つきは女性のそれになっていた。
月経だってあるし、毎日サラシを巻いて誤魔化す日々。
心理的にきつい時もあったがそういう時こそ徐庶が支えてくれ、なんとか取り持つことができていた。
そうして今日も論語の暗記や慣れ親しんだ武具を振るうことが始まる。
とはいえ県校は内政に携わる上流階級が集まる場所。
剣術指南などただの気分転換だった。
むしろどうでもいいという気風さえあった。
徐庶を見習え!なんでもできるしめちゃめちゃ強いぞ!と大声で言いたくなる。
やる気のない今日の指導に私も気が抜けてしまう。
そんな中、思わぬ来訪があった。
全員が一斉に頭を垂れる。
まるで波紋のように。
私は周りにならい、そうしたものの、誰が来たのかわからずじまい。
「よい、礼を解け」
「はっ!」
ちらりとみれば、依然として変わらぬ気風の祖父、曹操だ。
隣にはあのくるくる天然パーマの李典。
私は一人で焦った。
李典は私のことを”幼くして死んだ皇女”程度にしか思っていないだろうが
それでも“東郷”と知られればめんどくさいことになる。
少なくとも”何か裏がある”と察するに違いない。
「今は剣術の指南をしておるか」
「は
左様にございます」
「ふむ」
急にこんなところに来る理由もわからない。
現在は皇帝の座を曹丕に譲ったとも聞いたが、逆にこんなところにいていいのだろうか。
言うなれば上皇とも言える立ち位置で、好き勝手に動かれては曹丕も渋い顔をするに違いない。
いや、逆に曹丕が仕組んだことであるとすれば…
さまざまな考えが溢れて混乱している。
いや、もしかすればただ単に気が向いたから来たということもありえる。
現実逃避に片足突っ込んだ発想もし、自己保存をしたところで曹操は言う。
「李曼成
腕試ししてみよ」
「ご命令とあらば喜んで」
あ゛ーーーー
絶対選ばれませんよーに!
知らぬふりを続け、あえて私は人形を演じた。
そうだ、私など見えていない。
背丈で言えばワースト3位だ。
クソどチビなど、お偉い方々にはとてもとても…
「相手を務める者は…」
曹操が歩き出す。
周りの学生は冷や汗をかいていた。
何せ李典の相手をするにはあまりにも格の差が大きすぎる。
むしろあの巨大な得物をみれば足がすくんでしまうだろう。
「貴様、名はなんと申す」
「…姓は徐、名は沖と申します」
ア゛ーーーーー!!
わざとだーーーーー!!
絶対そうだーーーーー!!
面白がってきたに違いない!!
今日は参観日じゃありませんよーーー!!
曹操はニヤリと笑い、私を責め立てるように言う。
「相手も務まらぬ、などは言わせぬぞ?」
「は、全力で務めさせていただきます」
学生は一気に安堵したことだろう。
確かに徐庶から直々に教わったとは言え、実践で行ったのは狩りと徐庶との模擬戦のみ。
それも最近はしていない。
鈍っているはずだ。
教師から模擬刀を受け取ると、耳打ちされる。
「もし、相手が務まれば、大学へ行かせることも考えよう」
私は何も言わず黙って踵を返した。
李典も模擬刀を受け取る。
「よし、孟徳様の目の前だ
お互い全力で頑張ろうじゃねーの」
私が幼い頃はまだ青年だったが、やはり10年経つと一人前の兵士の風格が漂っていた。
そもそも腕の幅から筋肉量の違いが目に見えている。
負けは確定事項だ。
しかしそんな時でも徐庶から教わったことはただ一つ。
とにかく私が力で勝てることなどほとんどないだろう。
ならどうすれば生き残れるのかと考えた時、結論はとにかく動き回ることと考え続けることだった。
野山で鍛えた足腰は伊達ではないと知らせてやろう。
「では両者、はじめ!」
曹操の合図に李典が足を踏み込む。
まともに受けては模擬刀が弾かれるに決まってる。
避けることだけをまずは考えればいい。
縦の太刀筋が避けられるのならばと次は突いてくる。
戦場を駆け抜けただけあってどれも急所ばかりを狙っている。
時折模擬刀で軌道を反らしながら逃げていく。
「逃げてばっかりじゃ…!?」
こうして相手が余裕を見せてきた時が一番の隙なのだと教わった。
正直李典が何を言ったのかわからないが、口を開いた瞬間に模擬刀を払い、懐に踏み込んで胴目掛け当てにいくが反射的に避けられた。
(流石に早い…!経験値不足が響いてるし、何より軸がブレない…)
(今のなんだ!流石に焦ったぞ!?
つうか、ただの学生なんかじゃねぇなあの動きは
明らかに誰かに師事している剣術だ、舐めてかかってたがしゃれにならねぇ)
じりじりと睨み合い、切っ先が触れ合いそうだ。
李典は完全にさっきの一刀で私を警戒し始めた。
それに李典の性格を考えればここで尻込みすると「どうした?かかってこいよ」などと言う。
しかし口を開けば私が襲いかかってくるとさっきので理解した。
絶対に向こうから仕掛けてくることはない。
パシッ、と模擬刀を当て一瞬警戒させる。
そこでもう一度思い切り模擬刀をぶつけさせれば李典は攻めに転じた。
互いに剣戟を反らし、ぶつけ、激しい音が響く。
一瞬李典が足を引いた。
それよりも早く当てに行くために首を狙う。
李典のその引きは囮だったようで私の胴を狙った。
互いに体に当たる手前で止まる。
というか互いの手の甲がぶつかりそれ以上進まなかっただけなのだが。
「そこまで!
良い模擬戦を見せてもらった
李曼成、ご苦労
徐沖、よくぞ務めを果たした」
「勿体無いお言葉ありがとうございます」
「お褒めに預かり恐縮です」
学生からは拍手が起こるが、よくぞ身代わりになったと言われているような気がした。
「お前小さいのになかなかやるな」
「ありがとうございます、これからも精進してまいります」
汗、というには極度の緊張感がありすぎた。
つまりこれは冷や汗というものだ。
女であることがバレればこれまでの苦労が水の泡だ。
だから極力表に出たくはなかったのに、これで私の容姿がほぼ全ての学生に筒抜けになってしまった。
(もう帰りたい…)
「よき…鍛錬をさせているようだな?」
「は、ははっ、恐悦至極でございます!」
「あの男子でさえ李曼成を唸らせた腕だ
より強い猛者がいるであろう?」
「そ、それは……」
曹操は剣術指南が甘いことを見抜いてあえて皮肉っているのだろう。
教師もこの発言にはあからさまにタジタジだ。
「知に長け、剣の腕がある者は魏にとって貴重な存在だ
今後とも育成に励むが良い」
「ははっ…!」
これで教師生徒共々心を入れ替えて真面目になってくれればいいのだが。
人間というものはそう簡単に変わりはしない。
悲観し、今年一番とも言える苦難は乗り越えた。
だが、そんな事件があったせいか今度は学生から両極端な視線を浴びせられる。
一つは文武両道の美男子
もう一つは試験を不正して入った顔がいいだけの男色家
陰湿な悪口と、年下からは熱狂的な信者とも言える者が付いて回る始末。
余計心が休まる時間が消え失せた。
「徐庶さん……」
「うわっ!?」
死んだような顔をしている私を見て驚いていた。
というより気を張り詰めてばかりなので顔色が悪いと自覚している。
「大丈夫ですか?
気分が悪そうですね
失礼します」
額と頰に手を当てられるが熱ということはない。
「…わがまま言っていいですか」
「え、ええ!なんなりと!」
「膝枕してください」
「えっ」
人間が疲れた時は寝るのが一番ってばっちゃんが言っていた。(生前の家族の記憶はないが。)
なのであわよくば徐庶の膝で寝たい。
真顔でわがままを言えばこれは重症だと察したらしく、座り込んで恥ずかしそうに
「どうぞ…」
と言った。
膝枕兼徐庶いじりと思えば一石二鳥というやつだ。
遠慮なく寝転がり、膝に頭を乗せる。
「男の膝は寝心地悪いと思いますが…」
「安心するから徐庶さんがいいです」
「そ、それならいいのですが…
何かあったんですか?
いつもよりお疲れの様子なので、俺に出来ることがあれば言ってください」
徐庶の言葉に甘えて、県校での今までの出来事をいう。
今に始まった事ではないが、人々の注目を浴びるということがどれほど大変なことか。
さらに両極端な感情を私が一気に引き受けているようで、キャパオーバーになっている。
それらを話し始めていくと、徐庶の相槌が直に響く。
優しい声音とはこのことか。
次第にウトウトし始めて完全に寝落ちしてしまった。
手が微かに髪を払い、撫でていく感触を残して暗闇に溶けた。
結局わかったことは、徐庶の膝はヤバイということだ。
本当に悪い意味で私をダメにする。
これもまた病みつきになりそうなので自分で禁止した。
「また俺の膝で良ければいつでも…」
「ダメっ!!私がダメになる!!」
「さようですか……」
▪️
久しぶりに宮中に帰ると甄姫が喜んで出迎えてくれた。
新年の挨拶と曹丕の誕生日に帰るだけなのだが、今回は例外だ。
甄姫の強い希望で、私の15歳の誕生日に呼び戻された。
「とても可愛らしいですわ
私の思った通り、涼やかな色がお似合いよ」
「あ、ありがとうございます…
なんだか、変な感じがしますが…
そう言ってくださるのなら、きっとそうなのでしょう」
甄姫は私に衣装をこしらえた。
何故15歳にこんなことをするのか、よくわからないがその理由は甄姫の口から告げられた。
「女子は15歳になれば成人…あなたは男子として生きていますが、それでも私の可愛い女子です
個人的ではあるけれど、これで成人の儀とします」
「あ…それで、わざわざこの衣装を…?」
ポップ体でやさしい!と脳内に浮かんだ。
曹丕は嫌な顔をするだろうがこれは女性にしか分からぬ気持ちなのだろう。
そもそも曹丕はこの場にいないが。
代わりにいるのは徐庶だけだ。
「徐元直、あなたの仕える人は美しい人なのだと再度目に焼き付けておきなさい」
「はっ」
(何故か気恥ずかしい…)
男の格好ばかりで立場を忘れるなよ?という牽制も含まれているだろう。
「あの、母上
私からも下賎なもので大変申し訳ありませんが」
金銭を貯めて漸く作った特注品のかんざしだ。
甄姫に似合う青いとんぼ玉で、ここにくるまでは自信があったのだが、実際に目の前にすると甄姫のほうが綺麗で霞んでしまう。
「お気に召さなければ、捨てても…」
「まぁ、母にこれを…?
あなたは本当に優しい子ね
捨てるなんて勿体無いこと致しませんわ」
甄姫は早速その長い髪にかんざしをつけた。
見劣りしてしまうが、甄姫が実際に喜んでくれたので私も嬉しくなる。
「嬉しいです
すぐつけてくれるなんて」
「子からの贈り物が嬉しくないわけないではありませんか
我が君に自慢したいくらいよ」
「えへへ」
だらしなく笑うと甄姫もまるで目に焼き付けるように私を見つめた。
頰を少し撫でて離れる。
「あまり長く引き止めても酷ね…名残惜しいけれど、もう着替えなければ」
「母上、今日は本当にありがとうございます
一生忘れません」
甄姫と曹丕の関係は悪化していない、とだけ聞き及んでいる。
このまま、改善してくれればいいのだが人の気持ちを動かすには労力が必要とされる。
甄姫にはもうその気力すらも残っていないように見えた。
「あと5年かぁ」
ぼんやり呟く。
「不安ですか?」
「ううん、なんだか早いなって…」
「ええ、確かにそうですね
こんな背丈だったのが本当に大きくなって…」
曹丕よりも父親らしい徐庶は懐かしそうに話す。
徐庶は私にとって、師であり育ての親同然だ。
父と間違えて呼ばぬよう気をつけなければならない。
フードをかぶり、宮中をさっさと抜ける。
徐庶だって数年前姿を消した男として認識されているだろうし、こんなところにいては変な目を向けられることが多い。
せっかく甄姫が気を遣って、兵士が戻ってくるよりも早く帰してくれたのだ。
無駄にすることはできない。
カラスが大きく鳴き始めると、徐庶は私を制した。
「兵士がいます
下がりましょう」
もはや予知能力とも言える徐庶の気配察知。
なんで分かるの、と以前尋ねたら、何ででしょう…気がついたら分かるようになりました。と言い出す始末。
実際こういうときに役に立つ。
角に隠れるように待っていると、更に徐庶は私を下がらせて部屋の中へ。
(ここは宮中でもあまり兵士が来るはずないんだけど…)
隙間から覗き込むと、わりとしっかりとした体格の持ち主がいた。
何にせよあの男が退かなければ帰るに帰れないのだ。
私たちはただ息を潜めて、じっとしている。
「はぁ……んなわけないよな…」
聞き覚えのある声が踵を返した。
一体何がしたかったのか。
頭の中を疑問符だらけにしていたが、徐庶だけはほっとしていた。
「危なかった…今回は運が良かったですね」
「何が?」
「今のは李曼成です
あの男にはどんな策略も通じない時がありますから」
(そこまで警戒するほどなの?)
確かに今の素性は隠しておいた方が身のためだが、徐庶が警戒するほどの人物であるのかは理解が追いつかなかった。
李典はとっつきやすく、また話しやすいタイプだと認識している。
だからこそ計略などには疎いイメージがつきまとった。
「今のうちに出ましょう
長居は禁物です」
「はい」
徐庶がそう言うならそうなのだろう。
指示通り足早に歩く。
せっかく甄姫が私に成人として綺麗な服を気つけてくれたのに、こんなところで大ごとになっては申し訳が立たない。
誰も出会わぬようにと祈りながら無事帰路へついた。
しかし未来の自分の子供たちのためにより上の職を求めるのは当然のこと。
したがって、教師に媚を売るなどが横行している。
それは年を経て、“県校”に進学するとより顕著になる。
魏という国は身分を問わず実力主義なところがあるので当然そういうズルをしている者は蹴落とされるのだが、
結局学生時にそういう”ズル”をしていると有能であっても負けてしまうという、正直者が馬鹿を見る言葉通りの現象が起きてしまうのだ。
私はそういうことをする必要性がなかったために傍観しながら勉学と剣術に励むばかり。
自分で言うのもなんだが顔が良いらしいので時折教師から“そういう目”で見られることは多くあったものの、無関心を貫けば自然を向こうから引いて行った。
沖という名前で過ごし始めて3年。
15歳になり、体つきは女性のそれになっていた。
月経だってあるし、毎日サラシを巻いて誤魔化す日々。
心理的にきつい時もあったがそういう時こそ徐庶が支えてくれ、なんとか取り持つことができていた。
そうして今日も論語の暗記や慣れ親しんだ武具を振るうことが始まる。
とはいえ県校は内政に携わる上流階級が集まる場所。
剣術指南などただの気分転換だった。
むしろどうでもいいという気風さえあった。
徐庶を見習え!なんでもできるしめちゃめちゃ強いぞ!と大声で言いたくなる。
やる気のない今日の指導に私も気が抜けてしまう。
そんな中、思わぬ来訪があった。
全員が一斉に頭を垂れる。
まるで波紋のように。
私は周りにならい、そうしたものの、誰が来たのかわからずじまい。
「よい、礼を解け」
「はっ!」
ちらりとみれば、依然として変わらぬ気風の祖父、曹操だ。
隣にはあのくるくる天然パーマの李典。
私は一人で焦った。
李典は私のことを”幼くして死んだ皇女”程度にしか思っていないだろうが
それでも“東郷”と知られればめんどくさいことになる。
少なくとも”何か裏がある”と察するに違いない。
「今は剣術の指南をしておるか」
「は
左様にございます」
「ふむ」
急にこんなところに来る理由もわからない。
現在は皇帝の座を曹丕に譲ったとも聞いたが、逆にこんなところにいていいのだろうか。
言うなれば上皇とも言える立ち位置で、好き勝手に動かれては曹丕も渋い顔をするに違いない。
いや、逆に曹丕が仕組んだことであるとすれば…
さまざまな考えが溢れて混乱している。
いや、もしかすればただ単に気が向いたから来たということもありえる。
現実逃避に片足突っ込んだ発想もし、自己保存をしたところで曹操は言う。
「李曼成
腕試ししてみよ」
「ご命令とあらば喜んで」
あ゛ーーーー
絶対選ばれませんよーに!
知らぬふりを続け、あえて私は人形を演じた。
そうだ、私など見えていない。
背丈で言えばワースト3位だ。
クソどチビなど、お偉い方々にはとてもとても…
「相手を務める者は…」
曹操が歩き出す。
周りの学生は冷や汗をかいていた。
何せ李典の相手をするにはあまりにも格の差が大きすぎる。
むしろあの巨大な得物をみれば足がすくんでしまうだろう。
「貴様、名はなんと申す」
「…姓は徐、名は沖と申します」
ア゛ーーーーー!!
わざとだーーーーー!!
絶対そうだーーーーー!!
面白がってきたに違いない!!
今日は参観日じゃありませんよーーー!!
曹操はニヤリと笑い、私を責め立てるように言う。
「相手も務まらぬ、などは言わせぬぞ?」
「は、全力で務めさせていただきます」
学生は一気に安堵したことだろう。
確かに徐庶から直々に教わったとは言え、実践で行ったのは狩りと徐庶との模擬戦のみ。
それも最近はしていない。
鈍っているはずだ。
教師から模擬刀を受け取ると、耳打ちされる。
「もし、相手が務まれば、大学へ行かせることも考えよう」
私は何も言わず黙って踵を返した。
李典も模擬刀を受け取る。
「よし、孟徳様の目の前だ
お互い全力で頑張ろうじゃねーの」
私が幼い頃はまだ青年だったが、やはり10年経つと一人前の兵士の風格が漂っていた。
そもそも腕の幅から筋肉量の違いが目に見えている。
負けは確定事項だ。
しかしそんな時でも徐庶から教わったことはただ一つ。
とにかく私が力で勝てることなどほとんどないだろう。
ならどうすれば生き残れるのかと考えた時、結論はとにかく動き回ることと考え続けることだった。
野山で鍛えた足腰は伊達ではないと知らせてやろう。
「では両者、はじめ!」
曹操の合図に李典が足を踏み込む。
まともに受けては模擬刀が弾かれるに決まってる。
避けることだけをまずは考えればいい。
縦の太刀筋が避けられるのならばと次は突いてくる。
戦場を駆け抜けただけあってどれも急所ばかりを狙っている。
時折模擬刀で軌道を反らしながら逃げていく。
「逃げてばっかりじゃ…!?」
こうして相手が余裕を見せてきた時が一番の隙なのだと教わった。
正直李典が何を言ったのかわからないが、口を開いた瞬間に模擬刀を払い、懐に踏み込んで胴目掛け当てにいくが反射的に避けられた。
(流石に早い…!経験値不足が響いてるし、何より軸がブレない…)
(今のなんだ!流石に焦ったぞ!?
つうか、ただの学生なんかじゃねぇなあの動きは
明らかに誰かに師事している剣術だ、舐めてかかってたがしゃれにならねぇ)
じりじりと睨み合い、切っ先が触れ合いそうだ。
李典は完全にさっきの一刀で私を警戒し始めた。
それに李典の性格を考えればここで尻込みすると「どうした?かかってこいよ」などと言う。
しかし口を開けば私が襲いかかってくるとさっきので理解した。
絶対に向こうから仕掛けてくることはない。
パシッ、と模擬刀を当て一瞬警戒させる。
そこでもう一度思い切り模擬刀をぶつけさせれば李典は攻めに転じた。
互いに剣戟を反らし、ぶつけ、激しい音が響く。
一瞬李典が足を引いた。
それよりも早く当てに行くために首を狙う。
李典のその引きは囮だったようで私の胴を狙った。
互いに体に当たる手前で止まる。
というか互いの手の甲がぶつかりそれ以上進まなかっただけなのだが。
「そこまで!
良い模擬戦を見せてもらった
李曼成、ご苦労
徐沖、よくぞ務めを果たした」
「勿体無いお言葉ありがとうございます」
「お褒めに預かり恐縮です」
学生からは拍手が起こるが、よくぞ身代わりになったと言われているような気がした。
「お前小さいのになかなかやるな」
「ありがとうございます、これからも精進してまいります」
汗、というには極度の緊張感がありすぎた。
つまりこれは冷や汗というものだ。
女であることがバレればこれまでの苦労が水の泡だ。
だから極力表に出たくはなかったのに、これで私の容姿がほぼ全ての学生に筒抜けになってしまった。
(もう帰りたい…)
「よき…鍛錬をさせているようだな?」
「は、ははっ、恐悦至極でございます!」
「あの男子でさえ李曼成を唸らせた腕だ
より強い猛者がいるであろう?」
「そ、それは……」
曹操は剣術指南が甘いことを見抜いてあえて皮肉っているのだろう。
教師もこの発言にはあからさまにタジタジだ。
「知に長け、剣の腕がある者は魏にとって貴重な存在だ
今後とも育成に励むが良い」
「ははっ…!」
これで教師生徒共々心を入れ替えて真面目になってくれればいいのだが。
人間というものはそう簡単に変わりはしない。
悲観し、今年一番とも言える苦難は乗り越えた。
だが、そんな事件があったせいか今度は学生から両極端な視線を浴びせられる。
一つは文武両道の美男子
もう一つは試験を不正して入った顔がいいだけの男色家
陰湿な悪口と、年下からは熱狂的な信者とも言える者が付いて回る始末。
余計心が休まる時間が消え失せた。
「徐庶さん……」
「うわっ!?」
死んだような顔をしている私を見て驚いていた。
というより気を張り詰めてばかりなので顔色が悪いと自覚している。
「大丈夫ですか?
気分が悪そうですね
失礼します」
額と頰に手を当てられるが熱ということはない。
「…わがまま言っていいですか」
「え、ええ!なんなりと!」
「膝枕してください」
「えっ」
人間が疲れた時は寝るのが一番ってばっちゃんが言っていた。(生前の家族の記憶はないが。)
なのであわよくば徐庶の膝で寝たい。
真顔でわがままを言えばこれは重症だと察したらしく、座り込んで恥ずかしそうに
「どうぞ…」
と言った。
膝枕兼徐庶いじりと思えば一石二鳥というやつだ。
遠慮なく寝転がり、膝に頭を乗せる。
「男の膝は寝心地悪いと思いますが…」
「安心するから徐庶さんがいいです」
「そ、それならいいのですが…
何かあったんですか?
いつもよりお疲れの様子なので、俺に出来ることがあれば言ってください」
徐庶の言葉に甘えて、県校での今までの出来事をいう。
今に始まった事ではないが、人々の注目を浴びるということがどれほど大変なことか。
さらに両極端な感情を私が一気に引き受けているようで、キャパオーバーになっている。
それらを話し始めていくと、徐庶の相槌が直に響く。
優しい声音とはこのことか。
次第にウトウトし始めて完全に寝落ちしてしまった。
手が微かに髪を払い、撫でていく感触を残して暗闇に溶けた。
結局わかったことは、徐庶の膝はヤバイということだ。
本当に悪い意味で私をダメにする。
これもまた病みつきになりそうなので自分で禁止した。
「また俺の膝で良ければいつでも…」
「ダメっ!!私がダメになる!!」
「さようですか……」
▪️
久しぶりに宮中に帰ると甄姫が喜んで出迎えてくれた。
新年の挨拶と曹丕の誕生日に帰るだけなのだが、今回は例外だ。
甄姫の強い希望で、私の15歳の誕生日に呼び戻された。
「とても可愛らしいですわ
私の思った通り、涼やかな色がお似合いよ」
「あ、ありがとうございます…
なんだか、変な感じがしますが…
そう言ってくださるのなら、きっとそうなのでしょう」
甄姫は私に衣装をこしらえた。
何故15歳にこんなことをするのか、よくわからないがその理由は甄姫の口から告げられた。
「女子は15歳になれば成人…あなたは男子として生きていますが、それでも私の可愛い女子です
個人的ではあるけれど、これで成人の儀とします」
「あ…それで、わざわざこの衣装を…?」
ポップ体でやさしい!と脳内に浮かんだ。
曹丕は嫌な顔をするだろうがこれは女性にしか分からぬ気持ちなのだろう。
そもそも曹丕はこの場にいないが。
代わりにいるのは徐庶だけだ。
「徐元直、あなたの仕える人は美しい人なのだと再度目に焼き付けておきなさい」
「はっ」
(何故か気恥ずかしい…)
男の格好ばかりで立場を忘れるなよ?という牽制も含まれているだろう。
「あの、母上
私からも下賎なもので大変申し訳ありませんが」
金銭を貯めて漸く作った特注品のかんざしだ。
甄姫に似合う青いとんぼ玉で、ここにくるまでは自信があったのだが、実際に目の前にすると甄姫のほうが綺麗で霞んでしまう。
「お気に召さなければ、捨てても…」
「まぁ、母にこれを…?
あなたは本当に優しい子ね
捨てるなんて勿体無いこと致しませんわ」
甄姫は早速その長い髪にかんざしをつけた。
見劣りしてしまうが、甄姫が実際に喜んでくれたので私も嬉しくなる。
「嬉しいです
すぐつけてくれるなんて」
「子からの贈り物が嬉しくないわけないではありませんか
我が君に自慢したいくらいよ」
「えへへ」
だらしなく笑うと甄姫もまるで目に焼き付けるように私を見つめた。
頰を少し撫でて離れる。
「あまり長く引き止めても酷ね…名残惜しいけれど、もう着替えなければ」
「母上、今日は本当にありがとうございます
一生忘れません」
甄姫と曹丕の関係は悪化していない、とだけ聞き及んでいる。
このまま、改善してくれればいいのだが人の気持ちを動かすには労力が必要とされる。
甄姫にはもうその気力すらも残っていないように見えた。
「あと5年かぁ」
ぼんやり呟く。
「不安ですか?」
「ううん、なんだか早いなって…」
「ええ、確かにそうですね
こんな背丈だったのが本当に大きくなって…」
曹丕よりも父親らしい徐庶は懐かしそうに話す。
徐庶は私にとって、師であり育ての親同然だ。
父と間違えて呼ばぬよう気をつけなければならない。
フードをかぶり、宮中をさっさと抜ける。
徐庶だって数年前姿を消した男として認識されているだろうし、こんなところにいては変な目を向けられることが多い。
せっかく甄姫が気を遣って、兵士が戻ってくるよりも早く帰してくれたのだ。
無駄にすることはできない。
カラスが大きく鳴き始めると、徐庶は私を制した。
「兵士がいます
下がりましょう」
もはや予知能力とも言える徐庶の気配察知。
なんで分かるの、と以前尋ねたら、何ででしょう…気がついたら分かるようになりました。と言い出す始末。
実際こういうときに役に立つ。
角に隠れるように待っていると、更に徐庶は私を下がらせて部屋の中へ。
(ここは宮中でもあまり兵士が来るはずないんだけど…)
隙間から覗き込むと、わりとしっかりとした体格の持ち主がいた。
何にせよあの男が退かなければ帰るに帰れないのだ。
私たちはただ息を潜めて、じっとしている。
「はぁ……んなわけないよな…」
聞き覚えのある声が踵を返した。
一体何がしたかったのか。
頭の中を疑問符だらけにしていたが、徐庶だけはほっとしていた。
「危なかった…今回は運が良かったですね」
「何が?」
「今のは李曼成です
あの男にはどんな策略も通じない時がありますから」
(そこまで警戒するほどなの?)
確かに今の素性は隠しておいた方が身のためだが、徐庶が警戒するほどの人物であるのかは理解が追いつかなかった。
李典はとっつきやすく、また話しやすいタイプだと認識している。
だからこそ計略などには疎いイメージがつきまとった。
「今のうちに出ましょう
長居は禁物です」
「はい」
徐庶がそう言うならそうなのだろう。
指示通り足早に歩く。
せっかく甄姫が私に成人として綺麗な服を気つけてくれたのに、こんなところで大ごとになっては申し訳が立たない。
誰も出会わぬようにと祈りながら無事帰路へついた。