幼少期
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徐庶はそれからというもの来なかった。
私は健気に筆を持って待っていたが、来ない。
父である曹丕は冷酷で短気な人物だ。
噂によると、忠言しただけで処刑された人物もいたのだとか。
もし、徐庶がそうなっているならばと居ても立っても居られずに甄姫の元へ駆け込んだ。
「母上…東郷です…いま、お体はよろしいですか」
つわりが日に日に強くなっているらしい。
何ヶ月目かは分からないがこの様子では生まれるのはあと半年後か早くて4ヶ月後かもしれない。
甄姫は見た目通り、妊娠してもお腹があまり出ないタイプの人物のようだ。
「入りなさい」
甄姫は少し疲れ気味だ。
そんな時に自分ごとの相談など改めて考えたら気が引けてしまい、結局甄姫の話し相手をしただけだった。
授業がないため時間を持て余している。
どこかに協力者がいないものかと期待したが、そう都合よくいくはずがない。
そもそも私はいろんな人物に出生を疑われている身分。
快く思っている人などいるはずがない。
通常の好感度ゼロより私の場合、マイナスからのスタートだ。
ため息を漏らす。
女中もいないことだし外で気晴らしに歩く。
結局誰とも会うことができずに、地面に指を這わせて似顔絵を描いた。
(似てるかも)
徐庶だ。
ちょっと困ってそうな顔と、ふわふわの頭。
ひげだって描いている。
次は曹丕を描いてみよう。
顔つきはおぼろげだが、目が鬼のそれだと覚えている。
「何描いてるんです?」
「?」
顔を上げると、腰をかがめた天然パーマの軽い男。
李典だ。
「わー!」
ちょうど良いところに小間使いが!!
嬉しさのあまり腕を掴む。絶対に逃がさない。
「李典さん!」
「はいあなたの頼れる李蔓成とは俺のことですよ」
「ちょうど、探してました!」
「へぇ、そりゃどういったご用件で?」
周囲に話を盗み聞きしている人がいないか確認した上で、耳打ちする。
「徐庶さんって知ってます?」
「あ、ああ、知ってるも何も
有名人ですよあの人」
「ちょっといろいろあったみたいで
心配で
どこにいるかもわかんないんです
暇な時でいいので、一緒に探して欲しくって」
「あー…うーん…
まぁ、そう言われちゃ俺も探しますけど
あいつ外者なんであんまり信用しないほうがいいですよ」
「そと…?」
「ああ、えっと…まぁとにかく
そういうことなので」
それってどういうことなの。
真顔で見続けると流石に李典も雑な説明だったと反省したらしい。
言葉を濁しながらも、徐庶について話した。
「奴自身悪い奴じゃないんですけどね?
まぁいろいろとありまして
元直殿が俺らのことよく思ってないんじゃないかと思うんですよ
姫さまには甘いみたいですけど」
「なんで良くないっておもうの?」
「うーん…まぁこの話はまた今度ってことで
元直殿を探してるんですよね?多分大丈夫ですよ、俺の勘は結構当たるんで」
「そういうフワッとしたのじゃなくて…」
「それに、そう簡単に死ぬような男じゃないので
そのうちひょっこり帰ってきますって」
かなり根拠のない勘だ。
私は不安を覚える一方。
むしろ子供をなだめる方法として、勘という言葉を選んだのではないかと思うほどだ。
「…あー、まぁ、俺も見かけたら顔出すよう言っとくので
それに、市場の巡回も命じられたもんで
ついででもいいなら探しときますよ」
「ありがとうございます…」
「よし、じゃあ中に入りましょうか
近くまで送りますよ」
結局、徐庶については何もわからずじまい。
こんなことならどこに住んでいるのかくらい聞いておくべきだった。
(約束したのになぁ…)
心の臓が重たくなった。
こんなに憂鬱になるのは、甄姫が倒れた時以来だ。
もし、曹丕が気に入らず、処刑されたならとても悲しいし、追放されたとすれば一言何か言って欲しかった。
「これは曹子桓殿」
「っ!」
運悪く、父が付近を通りかかった。
背後にやはり武将を複数連れているので軍議の帰りだとわかる。
「李典、東郷姫を連れて何をしておる
理由によっては厳罰対象だぞ」
「まぁまぁ于禁殿
そう怒らないでくださいよ
お一人で遊ばれていたんで、送り届ける途中です」
李典が于禁、と呼んだ男性。
よくこの怖い男相手に明るく話せるものだ。
一周回って李典の度胸が恐ろしい。
「東郷」
「は、はい、父上」
「外へ出るなら使いの者を連れて行けと言ったはずだが」
確かにその言葉は女中から聞いたが
事実周囲に女中が居らず甄姫につきっきりなのだから仕方がないじゃないか。
「すみません…」
「10日ほど部屋から出るな
いいな」
「はい…」
結局罰を食らったのは私の方だ。
曹丕は幾分不機嫌そうに歩き去る。
残った李典が気まずそうな顔をしていた。
「ま、まぁ、10日なんてあっという間ですよ
さ、いきましょ」
結局曹丕は私に何をしたいのか。
私が書庫に篭り、徐庶に文字を教わっているというだけで教師に当て
街で少し不穏な輩に絡まれただけで徐庶を罰する。
生きているかさえ不明だ。
ああやって1週間に一度だけ顔を合わせるだけの親子関係では意図が何一つ伝わらない。
気が沈んでいることを察していたらしい。
結局李典は部屋の前までついてきてくれた。
「ありがとうございました…」
「い、いえ……その、徐元直殿は俺も探しますから、そう悲しまないでください」
李典だって暇じゃないだろうに。
こんな子供に付き合わせるのもなんだか申し訳なくなってきた。
「あの、やっぱりそのことは、大丈夫です
私、へいきです…」
「平気って、顔してないですよ姫さま」
「…平気じゃないですけど
でも…わがままは、いけませんし」
「あー……
うーん…
俺の勘ですけど、子桓殿は構ってもらえないし、甄夫人はご懐妊だし
そもそも戦で出ずっぱりだし…
徐元直殿のこと、すごく好きでしょ」
「え、えっ、ち、違います」
「え〜?本当ですかね〜」
「そりゃ、やさしいけど、ちがうもん」
「はいはい、わかりましたよ
それじゃあ俺はこの辺りで
最近寒くなってきたんで、風邪引かないようにしてくださいね」
李典は一つ笑って去っていった。
ただ、徐庶に必要以上に懐いてしまっていたのは事実だった。
そうでもなければ今これほど落ち込んではいないだろう。
私はとりあえず部屋にこもることにした。
■
「以上が事の流れです」
ただでは済まされないだろうとぼんやり考えていた。
東郷姫に甘い曹丕であるがこそ、魏から追放されるのも、最悪の場合処刑されるのも目に見えている。
もちろん東郷姫との約束もあるため死ぬつもりはない。
だがどう足掻いても、今の一介の文官という立場では抵抗などできるはずもない。
むしろ戦を放棄してもなお生きている事の方が幸運だ。
「それで、東郷には傷一つついていないだろうな」
「はい、それは事実です」
曹子桓は黙ったままこちらを見る。
「一つ、問う」
「は」
冷徹な目が槍のように見えてしまう。
「東郷はいつかただの妃となる
妃となるには、あの頭は惜しいか?」
「……率直に申し上げれば、あの方はあと数年もすれば神童と呼ばれるでしょう。
あの歳にしてみれば、賢すぎます」
「東郷が男であったなら、次の皇帝として世継ぎも決まったと安心して腰を下ろせたのだがな」
「しかし、たとえ男子だとしてもあの方は優しすぎます
とても、子桓殿の願うような皇帝にはなれないでしょう」
不敵に笑みを浮かべる。
まるで蜘蛛の巣に捕らわれたようで居心地が悪い。
「よほど東郷に心を砕いておるな」
「いえ…はい…そう見えてしまわれたのなら」
「徐元直、ここでひとつはっきりさせておこう」
ここで突きつけられた言葉はあまりにも鋭利だった。
これほど冷たさを感じさせる言葉を出せるのであれば、それは一種の才能か
はたまた自身が勝手にそう思い込んでいるか。
「私に仕えるか、東郷に仕えるか
今すぐ選べ」
言葉一つでこれからの未来が見えてしまった。
驚愕と、落胆と、悲痛の色を目に浮かべてしまい、曹子桓はなおのこと笑みを絶やさない。
そもそも選択肢などない。
「しかし、一つ、一つだけ、教えていただきたく」
「ならん。
決めよ、今すぐ」
東郷姫がいくら賢いといえど、世継ぎに選ぶなど
その発想が信じられない。
東郷姫の何が曹子桓をそう思わせたのか。
それはわからない。
だが逆に、自身の娘を戦乱に巻き込むことを是とする曹子桓に忠義を示すことは不可能だった。
「私は…東郷姫に、お約束しました
また再び学を教えると
私は東郷姫に仕えます」
「ふ、
よほど東郷にも気に入られているようだな
だが、その約束は破棄せよ
徐元直、貴様に任を与える」
夜、月だけが明るく松明の火が一歩先の闇を照らす。
頭巾を深くかぶり、車輪の往来で荒れた道を歩き続けた。
しばらく握っていなかった剣の柄は嫌になるほど手になじんでいた。
あの柔らかい手を包んだはずなのに、ぶしつけな剣が飲み込んでいく。
(こんなことになるなら、姫の言うとおり、黙っておけばよかったかな…)
少しだけ後悔する。
もしそうしていたなら、明日、姫と読み上げる書簡を喜んで選び抜いていたのに。
ここから先は森だ。
より闇を孕んで、姿さえも飲み込んでいきそうだ。
松明を消し、足を踏み入れる。
しばらく歩いていると木々の隙間から明かりが見える。
男たちが大笑いしながら飲み食いしているようだ。
(姫……)
いま思えば、曹子桓の言葉でさえ疑いをかけたくなる。
盗賊が跋扈し、村を襲い女たちを奴隷として外へ売り飛ばしている。
さらに質が悪いことは、国の豪族の女にまで手を出し始めたことだ。
このまま野放しにしていれば、真っ先に狙われるのが東郷姫という。
すでに見目麗しく、聡明さは一部の庶民にも知れ渡っている。
とすれば盗賊もその話を知らないわけがない。
(街に降りるのを許可したのも、わざとらしい……)
だが、結局は盗賊の一人に東郷姫の顔を知られてしまった。
それは自分の詰めの甘さだ。
心を無にして剣を振るった。
首を斬りさき、腹も斬れば中身が溢れてこぼれていた。
盗賊は襲い掛かるがかけた武器や酒が入った体では到底傷一つ入れられない。
すべて切り裂けば、捕らわれていた女たちも解放した。
「この森を真っすぐ、この明かりから遠ざかるように進むと森から出られる
さらにもう少し行けば軍の駐屯地がある
そこで助けを呼ぶといい」
女たちは痩せぎすになっており、それでもなお忠告どおりに集団で歩いて行った。
(さて、次は……)
盗賊を追い立てる野犬になった気分だ。
いつこの任が解かれるのかわからない。
実質追放されたも同然だ。
けれど、あれだけ驚愕しておきながら、ひっそりと反対しておきながら
東郷姫が国を治めるとすればそれはとても平和な治世になるのではないかと勝手に期待してしまっていた。
■
徐庶はそれから全く音沙汰なく
私も、もうそういうことになってしまったのだとあきらめがついた。
そうしているとついに甄姫の子供が生まれた。
男の子だった。
これには曹丕も喜び、笑みを浮かべていた。
私は余計疎外感を肌で受け取る。
(仲が良い人はみんなどっかにいってしまう…)
唯一私に良くしてくれる李典は、見かければ挨拶するが忙しそうにすぐどこかへ行ってしまう。
いつのまにか私は一人でいることがとても多くなった。
それに慣れてもいた。
私はひたすらに、文字を読むだけの機械となっていた。
そもそも、ここまで子供を放っておくのも変な話だ。
甄姫はやはり男の子である自分の子供…曹叡を必死に可愛がっている。
やはり私と血が繋がっていない故に、無意識のうちにそんな態度をとるのだろう。
そうして私はふらふらと宮中を歩く。
なんのために生まれたのやら、とおよそ6歳児が考えるべきことではないことを咀嚼していた。
「こんなところでどうしたのかしら?」
聞き覚えの無い女性の声。
また女中が部屋に戻れと言い始めるのだろうかと、顔を見上げると想像とは真逆の人が立っていた。
白銀の鎧に、胸元は大きく開かれ、一目見てこの女性も戦えるのだと悟った。
「あなた、東郷姫ね
使いはどうしたのかしら」
「あの、どなた…ですか?」
「私?
王異よ」
こんな人いままで見たことがない。
というか戦うのは男ばかりで、女性は戦わないものと思っていた。
逆にショックを与えられた。
「ここにいるとあなたの父上が良く思われないんじゃないかしら」
「は、はい…
…あの、王異さんは、戦うんですか?」
「ええ、そうよ
何人も殺したわ」
その細腕からは想像できない。
その顔つきはとても美しいが、反面暗殺者という言葉を思い起こしてしまう。
「今まで、どんな戦場にいったんですか」
「…子供にきかせる話ではないわ
それほど戦場の話を聞きたいのなら、曹子桓殿に尋ねなさい」
「はい…」
率直な感想としては、怖い、の一言だ。
むしろ仲良くする気などみじんもなく、とりあえず聞かれたから受け答えしているだけの印象。
忠告通り私はその場を離れて部屋に戻った。
結局ここ数か月で特別な出来事はその王異さんだけで、後は何ら変わり映えの無いものだった。
いや、変わり映えがないというよりは、私は幽霊のようになっていくだけだった。
知らない間に側室同士が敵対し、どちらが次の魏を担う君主となるか。
そのせいで宮中でぎすぎすしている。
余計私は忘れ去られる。
そんな中私は熱を出した。
解熱剤などない時代、やはりこうなっては自分の体は自分で治すしかない。
しかし、忘れ去られた私の元に来るのは女中だけ。
それも一日に2回程度だ。
(私が死んでも…もういいか……)
喉が痛い。節々がきしむ。頭がぼんやりする。体が重たい。
もう全部嫌になった。
「東郷、苦しいか」
ぼんやりと声が聞こえる。
ああ、そりゃもうとんでもなく苦しいですよ。
6歳の体で、病原体と戦ってますよ。
「東郷」
ひやりとした手で、ぼんやりとした思考が目を覚ました。
曹丕はいつもの仏頂面で私を見降ろしていた。
今更こんなことされても全然嬉しくない。
「ちちうえ……かぜが、うつりますから…」
「甄はどうした」
「ねていたので…わか、りませ…ごほっ、えほっ」
6歳の声とは思えないほど、喉が自分の咳でズタズタにされた汚い声だ。
咳ばかりで頭がくらくらする。
酸素が足りない。
これ本当に死んでしまうのではないだろうか。
「東郷、薬をもってこさせた」
「い、いえ、こんなかぜ、すぐ、なおります」
何故いまさら!こんな父親面して!
恨み言が頭をよぎる。
「いいから飲め
父の言うことがきけないか」
「ちちうえ……
わたしなど、いりません」
「…なにが言いたい?」
「わたしは、おんなで、
ははうえは、おとうとが、すきで
ちちうえも、わたしなんて、どうでも、いいんじゃ、ないかって」
「もういい、それ以上は熱が下がってから聞く」
「熱が下がったらもう来てくれないじゃないですか!!!」
つい本音をぶちまけた。
そしてこれまでの恨みつらみ、すべて涙に変えて膝を抱えた。
なぜこんな家に生まれたのか。
意味が分からない。
誰が私を生前の記憶を持たせたまま転生させたのか。
犯人がいたら顔面を殴ってやりたい。
「東郷、」
「熱を持った重石など斬り捨ててくれればいいのに!!!
こんなのいりません!!!」
器を投げた。
水が床にこぼれて、私は獣のように荒く息をしていて
しばらくして私は、静かに自分がしてしまったことに気づいた。
泣き止んで、せき込みながら、うなだれる。
曹丕はただ黙ったまま、私のそばにいる。
そして吐き気を覚えた。
寝床から出て、歩く。
「どこへ行く」
「は…はきそう…なので…」
自力で戸を開けて、暗くなった廊下を歩く。
すると曹丕が私を抱き上げて、便所へ。
タイミングよくそこで戻した。
戻した量もまたえげつなく、胃液も出しているような気がしないでもなかった。
曹丕はただ私の背中をさする。
吐きすぎて、嗚咽だけが出る。
口の中が気持ちが悪い。
そんな私をまた曹丕は抱えて、今度は宮中で働く医者の元へ。
夜中でも君主に起こされればすぐに診察した。
「さきほど大量に吐いた
熱は2日前からと聞いているが、女中に問いただせばよい」
「……それほどまでに、戻したとすれば、もしかすれば…
毒、ということも考えられるかと」
「ふむ、考えられんでもないな」
「今晩は私が診ておりますゆえ、子桓様はお休みなさいませ」
「……いいや、私が診ておく」
「ですが、ただの熱病であった場合、あなた様のお体が…」
「そう…です
いいです、から
ひとりで、ねれます…から…」
絶え絶えになりながらそう言えば曹丕はまた冷たい手で頬を撫でる。
「1人にさせて、すまなかったな
許せ、東郷」
絶対に許すものか、と思いながらも私は泣いていた。
声を殺してただ泣いてばかりだった。
今夜ばかりは冷たい手が心地いい。
私は安堵して眠っていた。
だがその後、2,3日は食べては吐きを繰り返し、さすがの曹丕も心労が祟って顔つきに変化が起こっていた。
目の下のクマと、苛立ちと、疲れ。
「子桓様、お耳に入れたいことが」
「わかった
東郷、寝ていろ、すぐ戻る」
いや、寝るべきは曹丕のほうでは?とツッコミを入れる。
曹丕は部下に呼ばれ部屋の外へ出る。
私はただ見慣れた天井を見上げる。
そうして案外すぐ帰ってきた。
「父上…もう、もう私は大丈夫です…
父上のほうこそ、お休みください」
「我が子が10日も床に伏せっているのを放っておける父親がどこにいる」
(でも…血が繋がってないじゃん……)
けれど、そうとわかっていても曹丕にとってはそれがすべてだ。
それ以外に理由など特にない。
「ありがとう、ございます」
ぷにぷに、と頬で少しだけ遊ばれてほほ笑む。
…たしかに…こんな風にされては、甄姫がメロメロになるのもわからないでもない。
曹丕の手を遠慮がちに握ると何も言わず握り返す。
「懐かしいものだ
お前がまだ赤ん坊の時、私の指を強く握りしめていた
赤ん坊と思えぬ力で私の心までも掴んだのだ」
(私を拾った時のことか…)
「東郷、お前は強い女になる
どの男よりも、必ず」
「はい…つよく、なります……けど…はき、そうです…」
曹丕は苦笑してまた私を運んでくれた。
私は健気に筆を持って待っていたが、来ない。
父である曹丕は冷酷で短気な人物だ。
噂によると、忠言しただけで処刑された人物もいたのだとか。
もし、徐庶がそうなっているならばと居ても立っても居られずに甄姫の元へ駆け込んだ。
「母上…東郷です…いま、お体はよろしいですか」
つわりが日に日に強くなっているらしい。
何ヶ月目かは分からないがこの様子では生まれるのはあと半年後か早くて4ヶ月後かもしれない。
甄姫は見た目通り、妊娠してもお腹があまり出ないタイプの人物のようだ。
「入りなさい」
甄姫は少し疲れ気味だ。
そんな時に自分ごとの相談など改めて考えたら気が引けてしまい、結局甄姫の話し相手をしただけだった。
授業がないため時間を持て余している。
どこかに協力者がいないものかと期待したが、そう都合よくいくはずがない。
そもそも私はいろんな人物に出生を疑われている身分。
快く思っている人などいるはずがない。
通常の好感度ゼロより私の場合、マイナスからのスタートだ。
ため息を漏らす。
女中もいないことだし外で気晴らしに歩く。
結局誰とも会うことができずに、地面に指を這わせて似顔絵を描いた。
(似てるかも)
徐庶だ。
ちょっと困ってそうな顔と、ふわふわの頭。
ひげだって描いている。
次は曹丕を描いてみよう。
顔つきはおぼろげだが、目が鬼のそれだと覚えている。
「何描いてるんです?」
「?」
顔を上げると、腰をかがめた天然パーマの軽い男。
李典だ。
「わー!」
ちょうど良いところに小間使いが!!
嬉しさのあまり腕を掴む。絶対に逃がさない。
「李典さん!」
「はいあなたの頼れる李蔓成とは俺のことですよ」
「ちょうど、探してました!」
「へぇ、そりゃどういったご用件で?」
周囲に話を盗み聞きしている人がいないか確認した上で、耳打ちする。
「徐庶さんって知ってます?」
「あ、ああ、知ってるも何も
有名人ですよあの人」
「ちょっといろいろあったみたいで
心配で
どこにいるかもわかんないんです
暇な時でいいので、一緒に探して欲しくって」
「あー…うーん…
まぁ、そう言われちゃ俺も探しますけど
あいつ外者なんであんまり信用しないほうがいいですよ」
「そと…?」
「ああ、えっと…まぁとにかく
そういうことなので」
それってどういうことなの。
真顔で見続けると流石に李典も雑な説明だったと反省したらしい。
言葉を濁しながらも、徐庶について話した。
「奴自身悪い奴じゃないんですけどね?
まぁいろいろとありまして
元直殿が俺らのことよく思ってないんじゃないかと思うんですよ
姫さまには甘いみたいですけど」
「なんで良くないっておもうの?」
「うーん…まぁこの話はまた今度ってことで
元直殿を探してるんですよね?多分大丈夫ですよ、俺の勘は結構当たるんで」
「そういうフワッとしたのじゃなくて…」
「それに、そう簡単に死ぬような男じゃないので
そのうちひょっこり帰ってきますって」
かなり根拠のない勘だ。
私は不安を覚える一方。
むしろ子供をなだめる方法として、勘という言葉を選んだのではないかと思うほどだ。
「…あー、まぁ、俺も見かけたら顔出すよう言っとくので
それに、市場の巡回も命じられたもんで
ついででもいいなら探しときますよ」
「ありがとうございます…」
「よし、じゃあ中に入りましょうか
近くまで送りますよ」
結局、徐庶については何もわからずじまい。
こんなことならどこに住んでいるのかくらい聞いておくべきだった。
(約束したのになぁ…)
心の臓が重たくなった。
こんなに憂鬱になるのは、甄姫が倒れた時以来だ。
もし、曹丕が気に入らず、処刑されたならとても悲しいし、追放されたとすれば一言何か言って欲しかった。
「これは曹子桓殿」
「っ!」
運悪く、父が付近を通りかかった。
背後にやはり武将を複数連れているので軍議の帰りだとわかる。
「李典、東郷姫を連れて何をしておる
理由によっては厳罰対象だぞ」
「まぁまぁ于禁殿
そう怒らないでくださいよ
お一人で遊ばれていたんで、送り届ける途中です」
李典が于禁、と呼んだ男性。
よくこの怖い男相手に明るく話せるものだ。
一周回って李典の度胸が恐ろしい。
「東郷」
「は、はい、父上」
「外へ出るなら使いの者を連れて行けと言ったはずだが」
確かにその言葉は女中から聞いたが
事実周囲に女中が居らず甄姫につきっきりなのだから仕方がないじゃないか。
「すみません…」
「10日ほど部屋から出るな
いいな」
「はい…」
結局罰を食らったのは私の方だ。
曹丕は幾分不機嫌そうに歩き去る。
残った李典が気まずそうな顔をしていた。
「ま、まぁ、10日なんてあっという間ですよ
さ、いきましょ」
結局曹丕は私に何をしたいのか。
私が書庫に篭り、徐庶に文字を教わっているというだけで教師に当て
街で少し不穏な輩に絡まれただけで徐庶を罰する。
生きているかさえ不明だ。
ああやって1週間に一度だけ顔を合わせるだけの親子関係では意図が何一つ伝わらない。
気が沈んでいることを察していたらしい。
結局李典は部屋の前までついてきてくれた。
「ありがとうございました…」
「い、いえ……その、徐元直殿は俺も探しますから、そう悲しまないでください」
李典だって暇じゃないだろうに。
こんな子供に付き合わせるのもなんだか申し訳なくなってきた。
「あの、やっぱりそのことは、大丈夫です
私、へいきです…」
「平気って、顔してないですよ姫さま」
「…平気じゃないですけど
でも…わがままは、いけませんし」
「あー……
うーん…
俺の勘ですけど、子桓殿は構ってもらえないし、甄夫人はご懐妊だし
そもそも戦で出ずっぱりだし…
徐元直殿のこと、すごく好きでしょ」
「え、えっ、ち、違います」
「え〜?本当ですかね〜」
「そりゃ、やさしいけど、ちがうもん」
「はいはい、わかりましたよ
それじゃあ俺はこの辺りで
最近寒くなってきたんで、風邪引かないようにしてくださいね」
李典は一つ笑って去っていった。
ただ、徐庶に必要以上に懐いてしまっていたのは事実だった。
そうでもなければ今これほど落ち込んではいないだろう。
私はとりあえず部屋にこもることにした。
■
「以上が事の流れです」
ただでは済まされないだろうとぼんやり考えていた。
東郷姫に甘い曹丕であるがこそ、魏から追放されるのも、最悪の場合処刑されるのも目に見えている。
もちろん東郷姫との約束もあるため死ぬつもりはない。
だがどう足掻いても、今の一介の文官という立場では抵抗などできるはずもない。
むしろ戦を放棄してもなお生きている事の方が幸運だ。
「それで、東郷には傷一つついていないだろうな」
「はい、それは事実です」
曹子桓は黙ったままこちらを見る。
「一つ、問う」
「は」
冷徹な目が槍のように見えてしまう。
「東郷はいつかただの妃となる
妃となるには、あの頭は惜しいか?」
「……率直に申し上げれば、あの方はあと数年もすれば神童と呼ばれるでしょう。
あの歳にしてみれば、賢すぎます」
「東郷が男であったなら、次の皇帝として世継ぎも決まったと安心して腰を下ろせたのだがな」
「しかし、たとえ男子だとしてもあの方は優しすぎます
とても、子桓殿の願うような皇帝にはなれないでしょう」
不敵に笑みを浮かべる。
まるで蜘蛛の巣に捕らわれたようで居心地が悪い。
「よほど東郷に心を砕いておるな」
「いえ…はい…そう見えてしまわれたのなら」
「徐元直、ここでひとつはっきりさせておこう」
ここで突きつけられた言葉はあまりにも鋭利だった。
これほど冷たさを感じさせる言葉を出せるのであれば、それは一種の才能か
はたまた自身が勝手にそう思い込んでいるか。
「私に仕えるか、東郷に仕えるか
今すぐ選べ」
言葉一つでこれからの未来が見えてしまった。
驚愕と、落胆と、悲痛の色を目に浮かべてしまい、曹子桓はなおのこと笑みを絶やさない。
そもそも選択肢などない。
「しかし、一つ、一つだけ、教えていただきたく」
「ならん。
決めよ、今すぐ」
東郷姫がいくら賢いといえど、世継ぎに選ぶなど
その発想が信じられない。
東郷姫の何が曹子桓をそう思わせたのか。
それはわからない。
だが逆に、自身の娘を戦乱に巻き込むことを是とする曹子桓に忠義を示すことは不可能だった。
「私は…東郷姫に、お約束しました
また再び学を教えると
私は東郷姫に仕えます」
「ふ、
よほど東郷にも気に入られているようだな
だが、その約束は破棄せよ
徐元直、貴様に任を与える」
夜、月だけが明るく松明の火が一歩先の闇を照らす。
頭巾を深くかぶり、車輪の往来で荒れた道を歩き続けた。
しばらく握っていなかった剣の柄は嫌になるほど手になじんでいた。
あの柔らかい手を包んだはずなのに、ぶしつけな剣が飲み込んでいく。
(こんなことになるなら、姫の言うとおり、黙っておけばよかったかな…)
少しだけ後悔する。
もしそうしていたなら、明日、姫と読み上げる書簡を喜んで選び抜いていたのに。
ここから先は森だ。
より闇を孕んで、姿さえも飲み込んでいきそうだ。
松明を消し、足を踏み入れる。
しばらく歩いていると木々の隙間から明かりが見える。
男たちが大笑いしながら飲み食いしているようだ。
(姫……)
いま思えば、曹子桓の言葉でさえ疑いをかけたくなる。
盗賊が跋扈し、村を襲い女たちを奴隷として外へ売り飛ばしている。
さらに質が悪いことは、国の豪族の女にまで手を出し始めたことだ。
このまま野放しにしていれば、真っ先に狙われるのが東郷姫という。
すでに見目麗しく、聡明さは一部の庶民にも知れ渡っている。
とすれば盗賊もその話を知らないわけがない。
(街に降りるのを許可したのも、わざとらしい……)
だが、結局は盗賊の一人に東郷姫の顔を知られてしまった。
それは自分の詰めの甘さだ。
心を無にして剣を振るった。
首を斬りさき、腹も斬れば中身が溢れてこぼれていた。
盗賊は襲い掛かるがかけた武器や酒が入った体では到底傷一つ入れられない。
すべて切り裂けば、捕らわれていた女たちも解放した。
「この森を真っすぐ、この明かりから遠ざかるように進むと森から出られる
さらにもう少し行けば軍の駐屯地がある
そこで助けを呼ぶといい」
女たちは痩せぎすになっており、それでもなお忠告どおりに集団で歩いて行った。
(さて、次は……)
盗賊を追い立てる野犬になった気分だ。
いつこの任が解かれるのかわからない。
実質追放されたも同然だ。
けれど、あれだけ驚愕しておきながら、ひっそりと反対しておきながら
東郷姫が国を治めるとすればそれはとても平和な治世になるのではないかと勝手に期待してしまっていた。
■
徐庶はそれから全く音沙汰なく
私も、もうそういうことになってしまったのだとあきらめがついた。
そうしているとついに甄姫の子供が生まれた。
男の子だった。
これには曹丕も喜び、笑みを浮かべていた。
私は余計疎外感を肌で受け取る。
(仲が良い人はみんなどっかにいってしまう…)
唯一私に良くしてくれる李典は、見かければ挨拶するが忙しそうにすぐどこかへ行ってしまう。
いつのまにか私は一人でいることがとても多くなった。
それに慣れてもいた。
私はひたすらに、文字を読むだけの機械となっていた。
そもそも、ここまで子供を放っておくのも変な話だ。
甄姫はやはり男の子である自分の子供…曹叡を必死に可愛がっている。
やはり私と血が繋がっていない故に、無意識のうちにそんな態度をとるのだろう。
そうして私はふらふらと宮中を歩く。
なんのために生まれたのやら、とおよそ6歳児が考えるべきことではないことを咀嚼していた。
「こんなところでどうしたのかしら?」
聞き覚えの無い女性の声。
また女中が部屋に戻れと言い始めるのだろうかと、顔を見上げると想像とは真逆の人が立っていた。
白銀の鎧に、胸元は大きく開かれ、一目見てこの女性も戦えるのだと悟った。
「あなた、東郷姫ね
使いはどうしたのかしら」
「あの、どなた…ですか?」
「私?
王異よ」
こんな人いままで見たことがない。
というか戦うのは男ばかりで、女性は戦わないものと思っていた。
逆にショックを与えられた。
「ここにいるとあなたの父上が良く思われないんじゃないかしら」
「は、はい…
…あの、王異さんは、戦うんですか?」
「ええ、そうよ
何人も殺したわ」
その細腕からは想像できない。
その顔つきはとても美しいが、反面暗殺者という言葉を思い起こしてしまう。
「今まで、どんな戦場にいったんですか」
「…子供にきかせる話ではないわ
それほど戦場の話を聞きたいのなら、曹子桓殿に尋ねなさい」
「はい…」
率直な感想としては、怖い、の一言だ。
むしろ仲良くする気などみじんもなく、とりあえず聞かれたから受け答えしているだけの印象。
忠告通り私はその場を離れて部屋に戻った。
結局ここ数か月で特別な出来事はその王異さんだけで、後は何ら変わり映えの無いものだった。
いや、変わり映えがないというよりは、私は幽霊のようになっていくだけだった。
知らない間に側室同士が敵対し、どちらが次の魏を担う君主となるか。
そのせいで宮中でぎすぎすしている。
余計私は忘れ去られる。
そんな中私は熱を出した。
解熱剤などない時代、やはりこうなっては自分の体は自分で治すしかない。
しかし、忘れ去られた私の元に来るのは女中だけ。
それも一日に2回程度だ。
(私が死んでも…もういいか……)
喉が痛い。節々がきしむ。頭がぼんやりする。体が重たい。
もう全部嫌になった。
「東郷、苦しいか」
ぼんやりと声が聞こえる。
ああ、そりゃもうとんでもなく苦しいですよ。
6歳の体で、病原体と戦ってますよ。
「東郷」
ひやりとした手で、ぼんやりとした思考が目を覚ました。
曹丕はいつもの仏頂面で私を見降ろしていた。
今更こんなことされても全然嬉しくない。
「ちちうえ……かぜが、うつりますから…」
「甄はどうした」
「ねていたので…わか、りませ…ごほっ、えほっ」
6歳の声とは思えないほど、喉が自分の咳でズタズタにされた汚い声だ。
咳ばかりで頭がくらくらする。
酸素が足りない。
これ本当に死んでしまうのではないだろうか。
「東郷、薬をもってこさせた」
「い、いえ、こんなかぜ、すぐ、なおります」
何故いまさら!こんな父親面して!
恨み言が頭をよぎる。
「いいから飲め
父の言うことがきけないか」
「ちちうえ……
わたしなど、いりません」
「…なにが言いたい?」
「わたしは、おんなで、
ははうえは、おとうとが、すきで
ちちうえも、わたしなんて、どうでも、いいんじゃ、ないかって」
「もういい、それ以上は熱が下がってから聞く」
「熱が下がったらもう来てくれないじゃないですか!!!」
つい本音をぶちまけた。
そしてこれまでの恨みつらみ、すべて涙に変えて膝を抱えた。
なぜこんな家に生まれたのか。
意味が分からない。
誰が私を生前の記憶を持たせたまま転生させたのか。
犯人がいたら顔面を殴ってやりたい。
「東郷、」
「熱を持った重石など斬り捨ててくれればいいのに!!!
こんなのいりません!!!」
器を投げた。
水が床にこぼれて、私は獣のように荒く息をしていて
しばらくして私は、静かに自分がしてしまったことに気づいた。
泣き止んで、せき込みながら、うなだれる。
曹丕はただ黙ったまま、私のそばにいる。
そして吐き気を覚えた。
寝床から出て、歩く。
「どこへ行く」
「は…はきそう…なので…」
自力で戸を開けて、暗くなった廊下を歩く。
すると曹丕が私を抱き上げて、便所へ。
タイミングよくそこで戻した。
戻した量もまたえげつなく、胃液も出しているような気がしないでもなかった。
曹丕はただ私の背中をさする。
吐きすぎて、嗚咽だけが出る。
口の中が気持ちが悪い。
そんな私をまた曹丕は抱えて、今度は宮中で働く医者の元へ。
夜中でも君主に起こされればすぐに診察した。
「さきほど大量に吐いた
熱は2日前からと聞いているが、女中に問いただせばよい」
「……それほどまでに、戻したとすれば、もしかすれば…
毒、ということも考えられるかと」
「ふむ、考えられんでもないな」
「今晩は私が診ておりますゆえ、子桓様はお休みなさいませ」
「……いいや、私が診ておく」
「ですが、ただの熱病であった場合、あなた様のお体が…」
「そう…です
いいです、から
ひとりで、ねれます…から…」
絶え絶えになりながらそう言えば曹丕はまた冷たい手で頬を撫でる。
「1人にさせて、すまなかったな
許せ、東郷」
絶対に許すものか、と思いながらも私は泣いていた。
声を殺してただ泣いてばかりだった。
今夜ばかりは冷たい手が心地いい。
私は安堵して眠っていた。
だがその後、2,3日は食べては吐きを繰り返し、さすがの曹丕も心労が祟って顔つきに変化が起こっていた。
目の下のクマと、苛立ちと、疲れ。
「子桓様、お耳に入れたいことが」
「わかった
東郷、寝ていろ、すぐ戻る」
いや、寝るべきは曹丕のほうでは?とツッコミを入れる。
曹丕は部下に呼ばれ部屋の外へ出る。
私はただ見慣れた天井を見上げる。
そうして案外すぐ帰ってきた。
「父上…もう、もう私は大丈夫です…
父上のほうこそ、お休みください」
「我が子が10日も床に伏せっているのを放っておける父親がどこにいる」
(でも…血が繋がってないじゃん……)
けれど、そうとわかっていても曹丕にとってはそれがすべてだ。
それ以外に理由など特にない。
「ありがとう、ございます」
ぷにぷに、と頬で少しだけ遊ばれてほほ笑む。
…たしかに…こんな風にされては、甄姫がメロメロになるのもわからないでもない。
曹丕の手を遠慮がちに握ると何も言わず握り返す。
「懐かしいものだ
お前がまだ赤ん坊の時、私の指を強く握りしめていた
赤ん坊と思えぬ力で私の心までも掴んだのだ」
(私を拾った時のことか…)
「東郷、お前は強い女になる
どの男よりも、必ず」
「はい…つよく、なります……けど…はき、そうです…」
曹丕は苦笑してまた私を運んでくれた。