青年期
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私は曹叡の代わりとして出る。
先端が尖っている帽子のような兜は刺繍が施しており顔が簡単には見えないようになっていた。
そして体型を隠すようにくびれには腰から太ももまで伸びる鎧をつけている。
さらには肩にまで。
「元仲殿は部隊を率いて潜んでください
そして、陽動部隊が撤退し、合図した時に襲撃を」
「わかりました」
「初陣ということで我が息子、司馬師をつけよう」
顔の半分を仮面で覆っている、私と近い年齢の男子が現れる。
しかしこの親子、顔つきがとても似ている。
狐の親子だ。
「どうぞ宜しくお願い致します」
「よろしく頼む」
「それでは先んじて出立を
司馬師、頼んだぞ」
「はっ!」
率いる兵の数は50
あくまで敵の動揺を誘えればそれでいい人数だ。
敵の規模などは私たちにはわからない。
伝令兵が随時連絡を入れるものの、私たちはほぼ情報がないと言っても過言ではない。
ただ、囮役の部隊がうまくここまで誘導できればそれだけで十分。
だったはずなのだが、まったく予想外のことが起こった。
戦いの鍔迫り合い。怒号と悲鳴が届く距離。
味方陣営は頃合いを見計らって引く。
軍勢が逃さぬようにと進んでくる。
挟撃の形で崩すつもりだった。
「いまだ!
続け!!」
司馬師の完璧なタイミングで事実挟撃は成功。
そして私は襲いかかる男の肘を貫いた。
肉を割く感覚は、うさぎをさばくのと同じでひどく馴染んでいた。
身なりが一般兵よりは上だからと多くの兵が襲いかかってくる。
それを私は斬って追い返す。
斬らなければ殺される。
一心不乱だった。心に余裕がなく、戦場でたった一人ぼっちのようだった。
「元仲殿!!」
司馬師の叫び声とともに私は空中に投げ出された。
爆発かとも思ったが飛ばされている間痛みはない。
地面に腹ばいで落とされた。
「ぐっ!!?」
「我が槍でこうも簡単に打ち上げられるとは」
馬の上に乗る男。
逆光で分からなかったが体を起こし改めて見やる。
この男もまた、敵の幹部だと気づく。
「っ!!
撤退!!退けー!!」
(撤退!!?)
司馬師の撤退。
この男もまた馬で逃げる兵を追いかけるようだ。
「っ逃げるな!!」
剣で突くも、こちらを見ずに槍で跳ね返される。
そして柄で腹を突かれる。
「っう!」
「魏は年端もいかぬ子供をも戦場に駆り出すのか」
この戦場で初めての肉体的苦痛。
そして圧倒的な経験値の差。
相手は私を舐めているが故に追撃をしない。
「元仲殿!!分が悪すぎます!一度撤退を!」
いいや逃しはしないだろう。
すでに奴の目は私と司馬師を写している。
首を振り仮面を見る。
「この男の出陣は司馬仲達殿も予想外か」
「…ええ
蜀の五大将軍、趙 子龍、同盟に応じて参戦したのでしょう」
「なら貴殿は伝達に行け」
「なにをおっしゃる!」
「現状を最もよく見ているのは貴殿だ
私は恥ずかしながら、先ほどまで余裕がなかった
だから行け。足止めならできる
それに武術なら貴殿よりは幾ばくか上だ」
勝てるとは思わない。
ただ、最善の行動をとったまで。
私の目が趙子龍を見ていると知り、司馬師は伝令に向かった。
「一騎討ちか」
「ああ、そうとも」
すると何故か馬から降りた。
馬上のほうが有利だというのに。
「正々堂々、真っ向からお相手しよう」
ある種舐められているのではないかと思ったが、その目はまっすぐだ。
私しか写していない。
ならばと私も柄を握りしめて相対する。
本物の殺し合いだ。
子龍の刃は早かった。
風を切る音が後から追いかけるほど。
ただ必至にその斬撃を防ぐだけだ。
手も足も出ないというのはこのこと。
隙を突いても、その挙動すら封じ込められる。
体に刃が掠れる度に本能が逃げ出したいと叫んだ。
ヒリヒリする肌。子龍の殺意。
もう私は逃げられないと悟って、ここで死んでしまうとも確信した。
力も技術も何もかもが足りず、私は八つ当たりの如き剣で反撃しても、手のひらを槍で突かれるだけだった。
「ぐあっ!?」
槍が血を纏う。
払って地面に飛び散った。
「惜しい、あと数年もすれば良い部将となったはずだ」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「一つ聞く
その剣は誰から伝授された?」
恐怖と痛みで脳が動かない。
子龍が何を言っているのかすらわからない。
私は時間を稼げたのだろうか。
体感時間がわからなかった。
わからないから、また血まみれでも剣を握った。
右手が痛い。
血で柄が滑る。
しかししっかりと握って相手を見定めた。
打ち合いを始める。
何度振るっても安安と跳ね返されていく。
悔しくて堪らず叫び、そして体を斬られて柄で飛ばされた。
「っ、あ、あ…」
「ここまでだ
味方を逃がそうとする気概、誠に見事」
兜が取れ、青空が見える。
綺麗な青色なのに腹だけが熱い。
いや、手も血で熱かった。
「最後に名を………」
子龍が私に近づき、真上から見下ろす形で顔を見た。
反射的に顔を背けて這いつくばってでも逃げた。
「っ!」
「そなたは…、女子か…!?」
「黙れ!!貴殿には関係なかろう!!」
しかし子龍はそれから槍を構えることなどなかった。
ただ肩を落とし、戦意を失っている。
「槍を構えろ!!
私は、まだ、戦えるぞ!!」
「……何故、何故戦っている!!」
「女で戦場に立つ者は他にもいるはずだ!!」
「しかしそなたほど幼くはない!!」
「幼い女だからと!それで貴殿の刃は鈍るのか!!」
幼いつもりはないのに、そう言われてはただただムカつく。
だが何度仕掛けてもやっぱり跳ね返される。
終いには、その手で刃を掴まれてしまった。
引き抜こうとも、抜けない。
「わかるか、貴殿の手にはもう何も込められていない」
手が離されて私はよろめいた。
血が抜けて体が寒い。
「貴殿の剣技には見覚えがある
さぞ高名な師に教えを受けているのだろう
悪い事は言わない
この戦場から離れるべきだ」
「知りもせず勝手なことを!!
ならばここで私の首を撥ねろ!!
その覚悟で他人の体を何度も貫いた!!」
子龍はただ黙って私を見下ろし、そして刃を向ける。
「一角の武人として死ぬことを望むのであれば、そのように」
せめて絶対に泣くものか。
痛いの辛いのもこれで終わりだ。
首を向けてただ天を仰いだ。
「待て!」
私たちの間に割り込んだのは李典だった。
大柄な体で子龍を遮る。
私が負け続けていたからか、それとも心が怯えていたからか、李典はいつもより大きく見えた。
「そんなヒラの首取って何になるんだか!
トチ狂ったか!趙子龍!」
「……貴殿が相手をするのならば喜んで応じよう」
「時期ここには応援がくる。
何せ相手が子龍だからな
それまでの時間なら余裕で稼げる
それでもいいなら俺が相手になるぜ」
巨大な斧のような武器を地面に叩きつける。
そんな飛び抜けた武器を扱えるのは李典くらいだ。
「ならばこの場はひくとしよう。
再び戦場で見えるならば、次こそ決着を」
子龍は馬に乗り、撤退した。
馬の足音が遠くに響き、聞こえなくなったところで膝を抱えた。
「おい、沖
しっかりしろ」
「っ、う」
「ったく、文官になったんじゃなかったのか?
それに、元仲殿はどうした」
私は泣き出しそうな顔で、ただ堪えた。
痛みに負けてしまいそうでもプライドで持ちこたえている。
「傷見せてみろ」
首を振って拒絶する。
「わがまま言うな!
子龍の槍受けてただで済むはずが………」
斬られた下にあるのはただの女の体だ。
李典は絶句し、しばし固まっていた。
「…あー、ええと
まて、待て待て、どういうことだ
お前女…いや、おかしいだろ
県校にいたはずだよな!?
どうやって女であることを隠してきたんだ!
それこそ皇帝の権限でもみ消すくらいしねぇと…」
何も言わずに李典は真実にたどり着いた。
私を見て黙っている。
私は次第に体が震え、涙だけ流した。
「……」
その様子を見ただけで李典は口を閉ざした。
文句の一つや二つ言いたかっただろう。
けれども言葉を飲む。
「今は深くは聞かねぇ
この事は仲達殿は」
「…知っています」
「んなら話は早い
戦はまだ続いている
俺はまだ先に進むつもりだ
お前は拠点に戻れ」
「わかりました…」
首に巻いていた布を破り、手のひらと腹に巻かれた。
元々血は止まっていたものの、女である事を知られる事への気遣いだろう。
立ち上がり、よろめく私を少し見た後、李典は再び戦場へ戻った。
拠点に戻った私は表から堂々と帰ることなどできずに、司馬師を頼った。
「元仲殿…!よくぞご無事で!」
「言うほど無事ではない
見事な惨敗だった
李曼成がいなければ今頃死んでいた
君に嫌な役目を追わせてしまうが、傷をみてくれるか」
「はい、構いません
こちらへ」
夜までには一通りの戦いは終わり、また明日への軍議が続けられていた。
しかし私が怪我を負ってしまったことで、一足先に帰還させられることとなる。
司馬師も私の守りを受け持っていた責任があったのか、宮中へ送り届けると言うばかりだった。
「私が未熟なばかりに…」
「子元殿、気にしないでほしい
それに私は元仲というただの人形のようなものだ
君がそこまで気にかけるほどの人間じゃあない
逆に、曹叡様が出陣していなくてよかった」
「いえ、しかし…」
「そんなに悔やむなら、もっと研鑽を積めばいい
お互い若い身空なのだから
私は子龍殿に負けないほど強くなってみせるさ」
もう休むべきだと声をかければ子元は深く頭を下げて退出した。
そも、私一人に部屋を与えるのは皆の目があるのでまずい、と言われたため物置のようなところにいる。
わざわざこんなところにまで来て謝る必要もなかったはずだ。
それとも、父である司馬懿の策略か。
どちらにせよ戦闘では使い物にならないという証明をされてしまった。
どうすれば強くなれるのかと考えても答えは出ないまま、基地を照らす明かりが少しずつ消えていった。
「こんなところにいた」
「うわっ!」
今度は李典だ。
ぬっと現れたので心底驚いた。
「失礼なやつだな…心配してわざわざ探してやったっていうのに」
「す、すみません
気が抜けていて…」
「んで、具合はどうだ」
「剣が持てないので…しばらく私は使い物になりません
仕方がないですね…所詮この程度だったということです」
李典は私の隣に座り込む。
それから何事もないかのように、淡々と尋ねた。
「名前、なんていうんだ」
「え」
「どうせ本当の名前じゃないんだろ」
「そ、そうですが………本当の名前を教えるのは、あまり…その…」
「バラされるって心配してんのか?」
「いえ、あなたは真摯な方です
そんなことはしないとわかっています
ただ、巻き込んでしまうので…それを懸念しているんです」
追われているのか?
無理に男のフリをしているのか?
そんな質問を投げられたが答える事はできない。
「結局のところお前はなんなんだ?」
「ただ男のフリをしているだけです
今日が始めて戦に出た、兵士です」
無駄な時間でここに居させるのも酷だろう。
そも、この陣営でまともな戦力は李曼成くらいだ。
正体不明の女のせいで休めないとなればそれは大問題だ。
「お休みください、曼成殿
あなたは一騎当千の将なのですから」
「ここまで引っ張られて逆に気になりすぎて眠れねーよ」
「そう言われましても…」
「わかった、じゃあどんな身分か当ててやらぁ」
「え…」
どんだけ気になっているのやら。
半分は好奇心、半分は女だから、なのかもしれない。
ということはそれは100%邪な下心なのでは?
「身分は限りなく上だな
育ちもいい、身なりもだいぶ良いしな
剣は配られているもんだな
性別隠してたあたり、わざとだろう
それから…」
じっと私を見る。
案外タレ目で、町娘の一人や二人、コロッと落とせそうな甘いマスクだ。
「だいぶ鍛えているだろ
やっぱり前に言った通り、誰かに教わってる剣だ
だが剣技は子龍と圧倒的に相性が悪い
1対1では完封されるのも当たり前だ
あとは…」
「そんなに名を暴いてどうするんですか」
「ほっとけるわけねーだろ」
「それ、は、私が、女だから…」
「たしかに女ってのもあるかもな
けど、子龍相手に体張って食い止めてたのは感服した
有り体に言えばもっと気に入ったってこと」
「……なんというか…本当に素直な方ですね」
呆れ気味に言ったのに李典は笑った。
そうだろう、と何やら誇らしげ。
普通なら嘘でも「力になりたい」とか「協力しよう」とか言うはずだ。いや経験上そうだ。
一周回って李典には下心がないのだ。
ただ私の腕だけをかっている。
「昔と変わらない…ぶつかった時も律儀に詫びをしようとしていたぐらいですから…
そうですよね…そういう人でした」
「は?ぶつかった?」
「……………………気のせいです」
「お前嘘が下手くそだな!
今しっかり聞こえたぞ!」
うっかり昔の記憶を掘り起こしてしまった。
それに私の誤魔化すためだけの笑顔に引っかからないとはこの李典侮れない。
徐庶でさえ釣られて笑顔になって数十分後に誤魔化されたのを気づくくらいだ。
「いえ本当に気にしないでください」
「気になるだろ!
いつぶつかったよ、俺と!」
「貴方ぐらいの方になるといろんな人とぶつかっているのでは?」
「そこまで注意散漫じゃねえよ!
なんか今日は気安いなお前!」
思わず笑ってしまいそうになるので口を隠す。
しかし肩が震えてしまっているので簡単にばれてしまった。
「ったく、笑ってんじゃねえっての
真面目でしたたかで控えめな沖はどこいったんだか」
「ふふ…」
「というかよく考えりゃ俺お前と模擬戦したんだよな
ほんとよくやるぜ
今どこに配属かはしらねぇけど、やっぱもったいねぇ
都にいればいくらでも鍛えてやれるんだけどな」
「よかった、曼成殿がいて
本当は、少し…怖かったんです」
包帯を巻かれた右手をさする。
確かに痛いし、これからも戦場に行くことが多くなるはずだ。
司馬懿のいう通り、武功を求められるだろう。
「あなたは本当に、律儀で優しい人だから…
すみません、少しだけあなたに甘えてしまっていました
次までには、もっともっと強くなります
訳あって今は遠い地にいますが、鍛錬は怠りませんので」
「…前にあった事があるか?県校の時より前に」
「そろそろお休みください
明日も、子龍殿が出陣されるはず
私のように怪我はしないでください
いつか、私に稽古をつけてくださいね」
李典はどうあっても口を割らない私に今夜は根負けしてくれたようだ。
立ち上がって雑然としたこの場から離れる。
「絶対、そのうち口を割らせるからな」
負け惜しみみたいなセリフだ。
やはり適度に気安くて接しやすいところは変わらない。
私とはおそらく10年ほど前に出会っている。
李典はきっとその頃に魏軍に入ったのだろう。
あの頃から私に兄のように気にかけてくれていたことは今でも覚えている。
李典が覚えていないのは、無理もないかもしれない。
そして私は司馬師を連れて朝早くに出立する。
司馬懿はお気を付けて、なんて言っていたが大事な息子を連れて行かれることを面白くは思わないだろう。
目が笑っていなかった。
「お怪我の具合はいかがですか」
「平気です
それより私などに気にかけて今度は子元殿が倒れては元も子もない。
私のことはどうか気になさらず」
「…父はああですが、本当にあなた様に期待しておられます」
「ありがとうございます…気を遣わせてしまってすみません」
今はどうにも居た堪れない気持ちだ。
物事に勝敗は付き物であれ、これほど惨めになるならいっそ戦わない方がマシだ。
せめてこの感情が司馬師に伝わらないよう口を閉ざす。
馬は貴重なため徒歩で都に戻った。
行軍していた時よりは遥かに早く帰ることはできたが、この怪我を見て徐庶…または甄姫がどう思うか。
しかし隠していれば余計大ごとになる。
意を決して宮中に入った。
「子元殿、ここまで本当にありがとう
私などに付き合わせて申し訳ない
きっとこの礼はしよう」
「いえ…もったいないお言葉です」
司馬師も疲れが溜まっている様子。
見送りなどせずすぐに体を休めるようあえて命令した。
そうでもしないと帰って来れなさそうだ。
そして人目を避けてようやく宮中での私に当てられた部屋に戻る。
「はぁ…」
がしゃん、と物が割れた。
驚いてそちらの方を見れば、甄姫がいた。
「は、母上」
「東郷!?
怪我をしているの!?」
これは随分とタイミングが悪い。
近寄って私を抱きしめた。
「いたたっ」
「ご、ごめんなさい、
ああ、東郷…どうして…」
「ちょっとだけ、ドジを踏んでしまったんです
大げさに巻いているだけですよ」
甄姫は泣きそうだった。
小汚い私の右手をさすって、唇を噛んだ。
「我が君が…戦に出ろと命じなければ…」
「母上、大丈夫です
本当に、すぐ治る傷です
現に早期の帰還が許されました」
「あなたが怪我をするのを黙って見ていることできるわけないでしょう!」
もう怪我なんてしません、とは言えない。
戦にも出ません、とも言えるはずない。
けれどこのままなら甄姫が曹丕に突撃して、最悪殺されるかもしれない。
「母上、私は母上をたてるためにも、強いては私が治める武徳を盛り立てるために戦っています
だから、どうか父上を恨まないでください
きっと母上が心配しなくともいい人間になりますから」
「…母という生き物は、皆一様に我が子を一生案ずるものですよ」
「………はい」
「…ええ、ですが
貴方を困らせることもまた私の本望ではありません…
体を清めましょう
それから母の膝で休みなさい」
包帯を解かれ、深い傷を見ても動揺せず、淡々と私の体を拭いてくれた。
膿が出ないように、傷口も水で洗い流し布で押さえる。
一通り綺麗になれば今度は文字通り寝具で膝枕をされた。
恥ずかしくなって、顔を赤くしてしまう。
「あの…母上…」
「母の膝は休まらないかしら」
「いえ…えっと…」
「ふふ、安心して眠りなさい
母が守って差し上げますわ」
柔らかい、女性の脚を枕にする日が来ようとは。
それがたとえ母親であってもだ。
頭を撫でられながら、甄姫は微笑む。
(ああ…多分…眠れていないと…分かっているんだ)
母親とはすごい。
私よりも私のことを知っている。
過ごした歳月は少ないはずなのに、もしかすればあの徐庶より私のことを知っているのかもしれない。
次第に呼吸は深まる。
吐息と共にうわ言まで漏れる。
久しぶりに微睡み、それに身を任せた。
先端が尖っている帽子のような兜は刺繍が施しており顔が簡単には見えないようになっていた。
そして体型を隠すようにくびれには腰から太ももまで伸びる鎧をつけている。
さらには肩にまで。
「元仲殿は部隊を率いて潜んでください
そして、陽動部隊が撤退し、合図した時に襲撃を」
「わかりました」
「初陣ということで我が息子、司馬師をつけよう」
顔の半分を仮面で覆っている、私と近い年齢の男子が現れる。
しかしこの親子、顔つきがとても似ている。
狐の親子だ。
「どうぞ宜しくお願い致します」
「よろしく頼む」
「それでは先んじて出立を
司馬師、頼んだぞ」
「はっ!」
率いる兵の数は50
あくまで敵の動揺を誘えればそれでいい人数だ。
敵の規模などは私たちにはわからない。
伝令兵が随時連絡を入れるものの、私たちはほぼ情報がないと言っても過言ではない。
ただ、囮役の部隊がうまくここまで誘導できればそれだけで十分。
だったはずなのだが、まったく予想外のことが起こった。
戦いの鍔迫り合い。怒号と悲鳴が届く距離。
味方陣営は頃合いを見計らって引く。
軍勢が逃さぬようにと進んでくる。
挟撃の形で崩すつもりだった。
「いまだ!
続け!!」
司馬師の完璧なタイミングで事実挟撃は成功。
そして私は襲いかかる男の肘を貫いた。
肉を割く感覚は、うさぎをさばくのと同じでひどく馴染んでいた。
身なりが一般兵よりは上だからと多くの兵が襲いかかってくる。
それを私は斬って追い返す。
斬らなければ殺される。
一心不乱だった。心に余裕がなく、戦場でたった一人ぼっちのようだった。
「元仲殿!!」
司馬師の叫び声とともに私は空中に投げ出された。
爆発かとも思ったが飛ばされている間痛みはない。
地面に腹ばいで落とされた。
「ぐっ!!?」
「我が槍でこうも簡単に打ち上げられるとは」
馬の上に乗る男。
逆光で分からなかったが体を起こし改めて見やる。
この男もまた、敵の幹部だと気づく。
「っ!!
撤退!!退けー!!」
(撤退!!?)
司馬師の撤退。
この男もまた馬で逃げる兵を追いかけるようだ。
「っ逃げるな!!」
剣で突くも、こちらを見ずに槍で跳ね返される。
そして柄で腹を突かれる。
「っう!」
「魏は年端もいかぬ子供をも戦場に駆り出すのか」
この戦場で初めての肉体的苦痛。
そして圧倒的な経験値の差。
相手は私を舐めているが故に追撃をしない。
「元仲殿!!分が悪すぎます!一度撤退を!」
いいや逃しはしないだろう。
すでに奴の目は私と司馬師を写している。
首を振り仮面を見る。
「この男の出陣は司馬仲達殿も予想外か」
「…ええ
蜀の五大将軍、趙 子龍、同盟に応じて参戦したのでしょう」
「なら貴殿は伝達に行け」
「なにをおっしゃる!」
「現状を最もよく見ているのは貴殿だ
私は恥ずかしながら、先ほどまで余裕がなかった
だから行け。足止めならできる
それに武術なら貴殿よりは幾ばくか上だ」
勝てるとは思わない。
ただ、最善の行動をとったまで。
私の目が趙子龍を見ていると知り、司馬師は伝令に向かった。
「一騎討ちか」
「ああ、そうとも」
すると何故か馬から降りた。
馬上のほうが有利だというのに。
「正々堂々、真っ向からお相手しよう」
ある種舐められているのではないかと思ったが、その目はまっすぐだ。
私しか写していない。
ならばと私も柄を握りしめて相対する。
本物の殺し合いだ。
子龍の刃は早かった。
風を切る音が後から追いかけるほど。
ただ必至にその斬撃を防ぐだけだ。
手も足も出ないというのはこのこと。
隙を突いても、その挙動すら封じ込められる。
体に刃が掠れる度に本能が逃げ出したいと叫んだ。
ヒリヒリする肌。子龍の殺意。
もう私は逃げられないと悟って、ここで死んでしまうとも確信した。
力も技術も何もかもが足りず、私は八つ当たりの如き剣で反撃しても、手のひらを槍で突かれるだけだった。
「ぐあっ!?」
槍が血を纏う。
払って地面に飛び散った。
「惜しい、あと数年もすれば良い部将となったはずだ」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「一つ聞く
その剣は誰から伝授された?」
恐怖と痛みで脳が動かない。
子龍が何を言っているのかすらわからない。
私は時間を稼げたのだろうか。
体感時間がわからなかった。
わからないから、また血まみれでも剣を握った。
右手が痛い。
血で柄が滑る。
しかししっかりと握って相手を見定めた。
打ち合いを始める。
何度振るっても安安と跳ね返されていく。
悔しくて堪らず叫び、そして体を斬られて柄で飛ばされた。
「っ、あ、あ…」
「ここまでだ
味方を逃がそうとする気概、誠に見事」
兜が取れ、青空が見える。
綺麗な青色なのに腹だけが熱い。
いや、手も血で熱かった。
「最後に名を………」
子龍が私に近づき、真上から見下ろす形で顔を見た。
反射的に顔を背けて這いつくばってでも逃げた。
「っ!」
「そなたは…、女子か…!?」
「黙れ!!貴殿には関係なかろう!!」
しかし子龍はそれから槍を構えることなどなかった。
ただ肩を落とし、戦意を失っている。
「槍を構えろ!!
私は、まだ、戦えるぞ!!」
「……何故、何故戦っている!!」
「女で戦場に立つ者は他にもいるはずだ!!」
「しかしそなたほど幼くはない!!」
「幼い女だからと!それで貴殿の刃は鈍るのか!!」
幼いつもりはないのに、そう言われてはただただムカつく。
だが何度仕掛けてもやっぱり跳ね返される。
終いには、その手で刃を掴まれてしまった。
引き抜こうとも、抜けない。
「わかるか、貴殿の手にはもう何も込められていない」
手が離されて私はよろめいた。
血が抜けて体が寒い。
「貴殿の剣技には見覚えがある
さぞ高名な師に教えを受けているのだろう
悪い事は言わない
この戦場から離れるべきだ」
「知りもせず勝手なことを!!
ならばここで私の首を撥ねろ!!
その覚悟で他人の体を何度も貫いた!!」
子龍はただ黙って私を見下ろし、そして刃を向ける。
「一角の武人として死ぬことを望むのであれば、そのように」
せめて絶対に泣くものか。
痛いの辛いのもこれで終わりだ。
首を向けてただ天を仰いだ。
「待て!」
私たちの間に割り込んだのは李典だった。
大柄な体で子龍を遮る。
私が負け続けていたからか、それとも心が怯えていたからか、李典はいつもより大きく見えた。
「そんなヒラの首取って何になるんだか!
トチ狂ったか!趙子龍!」
「……貴殿が相手をするのならば喜んで応じよう」
「時期ここには応援がくる。
何せ相手が子龍だからな
それまでの時間なら余裕で稼げる
それでもいいなら俺が相手になるぜ」
巨大な斧のような武器を地面に叩きつける。
そんな飛び抜けた武器を扱えるのは李典くらいだ。
「ならばこの場はひくとしよう。
再び戦場で見えるならば、次こそ決着を」
子龍は馬に乗り、撤退した。
馬の足音が遠くに響き、聞こえなくなったところで膝を抱えた。
「おい、沖
しっかりしろ」
「っ、う」
「ったく、文官になったんじゃなかったのか?
それに、元仲殿はどうした」
私は泣き出しそうな顔で、ただ堪えた。
痛みに負けてしまいそうでもプライドで持ちこたえている。
「傷見せてみろ」
首を振って拒絶する。
「わがまま言うな!
子龍の槍受けてただで済むはずが………」
斬られた下にあるのはただの女の体だ。
李典は絶句し、しばし固まっていた。
「…あー、ええと
まて、待て待て、どういうことだ
お前女…いや、おかしいだろ
県校にいたはずだよな!?
どうやって女であることを隠してきたんだ!
それこそ皇帝の権限でもみ消すくらいしねぇと…」
何も言わずに李典は真実にたどり着いた。
私を見て黙っている。
私は次第に体が震え、涙だけ流した。
「……」
その様子を見ただけで李典は口を閉ざした。
文句の一つや二つ言いたかっただろう。
けれども言葉を飲む。
「今は深くは聞かねぇ
この事は仲達殿は」
「…知っています」
「んなら話は早い
戦はまだ続いている
俺はまだ先に進むつもりだ
お前は拠点に戻れ」
「わかりました…」
首に巻いていた布を破り、手のひらと腹に巻かれた。
元々血は止まっていたものの、女である事を知られる事への気遣いだろう。
立ち上がり、よろめく私を少し見た後、李典は再び戦場へ戻った。
拠点に戻った私は表から堂々と帰ることなどできずに、司馬師を頼った。
「元仲殿…!よくぞご無事で!」
「言うほど無事ではない
見事な惨敗だった
李曼成がいなければ今頃死んでいた
君に嫌な役目を追わせてしまうが、傷をみてくれるか」
「はい、構いません
こちらへ」
夜までには一通りの戦いは終わり、また明日への軍議が続けられていた。
しかし私が怪我を負ってしまったことで、一足先に帰還させられることとなる。
司馬師も私の守りを受け持っていた責任があったのか、宮中へ送り届けると言うばかりだった。
「私が未熟なばかりに…」
「子元殿、気にしないでほしい
それに私は元仲というただの人形のようなものだ
君がそこまで気にかけるほどの人間じゃあない
逆に、曹叡様が出陣していなくてよかった」
「いえ、しかし…」
「そんなに悔やむなら、もっと研鑽を積めばいい
お互い若い身空なのだから
私は子龍殿に負けないほど強くなってみせるさ」
もう休むべきだと声をかければ子元は深く頭を下げて退出した。
そも、私一人に部屋を与えるのは皆の目があるのでまずい、と言われたため物置のようなところにいる。
わざわざこんなところにまで来て謝る必要もなかったはずだ。
それとも、父である司馬懿の策略か。
どちらにせよ戦闘では使い物にならないという証明をされてしまった。
どうすれば強くなれるのかと考えても答えは出ないまま、基地を照らす明かりが少しずつ消えていった。
「こんなところにいた」
「うわっ!」
今度は李典だ。
ぬっと現れたので心底驚いた。
「失礼なやつだな…心配してわざわざ探してやったっていうのに」
「す、すみません
気が抜けていて…」
「んで、具合はどうだ」
「剣が持てないので…しばらく私は使い物になりません
仕方がないですね…所詮この程度だったということです」
李典は私の隣に座り込む。
それから何事もないかのように、淡々と尋ねた。
「名前、なんていうんだ」
「え」
「どうせ本当の名前じゃないんだろ」
「そ、そうですが………本当の名前を教えるのは、あまり…その…」
「バラされるって心配してんのか?」
「いえ、あなたは真摯な方です
そんなことはしないとわかっています
ただ、巻き込んでしまうので…それを懸念しているんです」
追われているのか?
無理に男のフリをしているのか?
そんな質問を投げられたが答える事はできない。
「結局のところお前はなんなんだ?」
「ただ男のフリをしているだけです
今日が始めて戦に出た、兵士です」
無駄な時間でここに居させるのも酷だろう。
そも、この陣営でまともな戦力は李曼成くらいだ。
正体不明の女のせいで休めないとなればそれは大問題だ。
「お休みください、曼成殿
あなたは一騎当千の将なのですから」
「ここまで引っ張られて逆に気になりすぎて眠れねーよ」
「そう言われましても…」
「わかった、じゃあどんな身分か当ててやらぁ」
「え…」
どんだけ気になっているのやら。
半分は好奇心、半分は女だから、なのかもしれない。
ということはそれは100%邪な下心なのでは?
「身分は限りなく上だな
育ちもいい、身なりもだいぶ良いしな
剣は配られているもんだな
性別隠してたあたり、わざとだろう
それから…」
じっと私を見る。
案外タレ目で、町娘の一人や二人、コロッと落とせそうな甘いマスクだ。
「だいぶ鍛えているだろ
やっぱり前に言った通り、誰かに教わってる剣だ
だが剣技は子龍と圧倒的に相性が悪い
1対1では完封されるのも当たり前だ
あとは…」
「そんなに名を暴いてどうするんですか」
「ほっとけるわけねーだろ」
「それ、は、私が、女だから…」
「たしかに女ってのもあるかもな
けど、子龍相手に体張って食い止めてたのは感服した
有り体に言えばもっと気に入ったってこと」
「……なんというか…本当に素直な方ですね」
呆れ気味に言ったのに李典は笑った。
そうだろう、と何やら誇らしげ。
普通なら嘘でも「力になりたい」とか「協力しよう」とか言うはずだ。いや経験上そうだ。
一周回って李典には下心がないのだ。
ただ私の腕だけをかっている。
「昔と変わらない…ぶつかった時も律儀に詫びをしようとしていたぐらいですから…
そうですよね…そういう人でした」
「は?ぶつかった?」
「……………………気のせいです」
「お前嘘が下手くそだな!
今しっかり聞こえたぞ!」
うっかり昔の記憶を掘り起こしてしまった。
それに私の誤魔化すためだけの笑顔に引っかからないとはこの李典侮れない。
徐庶でさえ釣られて笑顔になって数十分後に誤魔化されたのを気づくくらいだ。
「いえ本当に気にしないでください」
「気になるだろ!
いつぶつかったよ、俺と!」
「貴方ぐらいの方になるといろんな人とぶつかっているのでは?」
「そこまで注意散漫じゃねえよ!
なんか今日は気安いなお前!」
思わず笑ってしまいそうになるので口を隠す。
しかし肩が震えてしまっているので簡単にばれてしまった。
「ったく、笑ってんじゃねえっての
真面目でしたたかで控えめな沖はどこいったんだか」
「ふふ…」
「というかよく考えりゃ俺お前と模擬戦したんだよな
ほんとよくやるぜ
今どこに配属かはしらねぇけど、やっぱもったいねぇ
都にいればいくらでも鍛えてやれるんだけどな」
「よかった、曼成殿がいて
本当は、少し…怖かったんです」
包帯を巻かれた右手をさする。
確かに痛いし、これからも戦場に行くことが多くなるはずだ。
司馬懿のいう通り、武功を求められるだろう。
「あなたは本当に、律儀で優しい人だから…
すみません、少しだけあなたに甘えてしまっていました
次までには、もっともっと強くなります
訳あって今は遠い地にいますが、鍛錬は怠りませんので」
「…前にあった事があるか?県校の時より前に」
「そろそろお休みください
明日も、子龍殿が出陣されるはず
私のように怪我はしないでください
いつか、私に稽古をつけてくださいね」
李典はどうあっても口を割らない私に今夜は根負けしてくれたようだ。
立ち上がって雑然としたこの場から離れる。
「絶対、そのうち口を割らせるからな」
負け惜しみみたいなセリフだ。
やはり適度に気安くて接しやすいところは変わらない。
私とはおそらく10年ほど前に出会っている。
李典はきっとその頃に魏軍に入ったのだろう。
あの頃から私に兄のように気にかけてくれていたことは今でも覚えている。
李典が覚えていないのは、無理もないかもしれない。
そして私は司馬師を連れて朝早くに出立する。
司馬懿はお気を付けて、なんて言っていたが大事な息子を連れて行かれることを面白くは思わないだろう。
目が笑っていなかった。
「お怪我の具合はいかがですか」
「平気です
それより私などに気にかけて今度は子元殿が倒れては元も子もない。
私のことはどうか気になさらず」
「…父はああですが、本当にあなた様に期待しておられます」
「ありがとうございます…気を遣わせてしまってすみません」
今はどうにも居た堪れない気持ちだ。
物事に勝敗は付き物であれ、これほど惨めになるならいっそ戦わない方がマシだ。
せめてこの感情が司馬師に伝わらないよう口を閉ざす。
馬は貴重なため徒歩で都に戻った。
行軍していた時よりは遥かに早く帰ることはできたが、この怪我を見て徐庶…または甄姫がどう思うか。
しかし隠していれば余計大ごとになる。
意を決して宮中に入った。
「子元殿、ここまで本当にありがとう
私などに付き合わせて申し訳ない
きっとこの礼はしよう」
「いえ…もったいないお言葉です」
司馬師も疲れが溜まっている様子。
見送りなどせずすぐに体を休めるようあえて命令した。
そうでもしないと帰って来れなさそうだ。
そして人目を避けてようやく宮中での私に当てられた部屋に戻る。
「はぁ…」
がしゃん、と物が割れた。
驚いてそちらの方を見れば、甄姫がいた。
「は、母上」
「東郷!?
怪我をしているの!?」
これは随分とタイミングが悪い。
近寄って私を抱きしめた。
「いたたっ」
「ご、ごめんなさい、
ああ、東郷…どうして…」
「ちょっとだけ、ドジを踏んでしまったんです
大げさに巻いているだけですよ」
甄姫は泣きそうだった。
小汚い私の右手をさすって、唇を噛んだ。
「我が君が…戦に出ろと命じなければ…」
「母上、大丈夫です
本当に、すぐ治る傷です
現に早期の帰還が許されました」
「あなたが怪我をするのを黙って見ていることできるわけないでしょう!」
もう怪我なんてしません、とは言えない。
戦にも出ません、とも言えるはずない。
けれどこのままなら甄姫が曹丕に突撃して、最悪殺されるかもしれない。
「母上、私は母上をたてるためにも、強いては私が治める武徳を盛り立てるために戦っています
だから、どうか父上を恨まないでください
きっと母上が心配しなくともいい人間になりますから」
「…母という生き物は、皆一様に我が子を一生案ずるものですよ」
「………はい」
「…ええ、ですが
貴方を困らせることもまた私の本望ではありません…
体を清めましょう
それから母の膝で休みなさい」
包帯を解かれ、深い傷を見ても動揺せず、淡々と私の体を拭いてくれた。
膿が出ないように、傷口も水で洗い流し布で押さえる。
一通り綺麗になれば今度は文字通り寝具で膝枕をされた。
恥ずかしくなって、顔を赤くしてしまう。
「あの…母上…」
「母の膝は休まらないかしら」
「いえ…えっと…」
「ふふ、安心して眠りなさい
母が守って差し上げますわ」
柔らかい、女性の脚を枕にする日が来ようとは。
それがたとえ母親であってもだ。
頭を撫でられながら、甄姫は微笑む。
(ああ…多分…眠れていないと…分かっているんだ)
母親とはすごい。
私よりも私のことを知っている。
過ごした歳月は少ないはずなのに、もしかすればあの徐庶より私のことを知っているのかもしれない。
次第に呼吸は深まる。
吐息と共にうわ言まで漏れる。
久しぶりに微睡み、それに身を任せた。
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