氷野の展望
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この小説の夢小説設定フェードラッヘ・白竜騎士団の会計事務
数年前に失明したことで前線を退き、裏方仕事をしている。
下級貴族から家出する形で黒竜騎士団に入った経歴がある。
騎士としてのプライドは高く、皆に優しく自分に厳しい性格。
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年に2回、国の貴族を集めて会議とそれにかこつけた食事会が開かれる。
フェードラッヘ各地の治安維持と政治を任せているため、たとえ無駄な出費と思えども貴族を労わなければならない。
今回はその内の一回、冬の季節に行われるもので、フェードラッヘの騎士団は手もかじかむ中会場周辺の守りをしなければならない。
むろん、カリアも同様だ。
たとえ事務職と言えども、ランスロットとヴェインが期間限定の不在の今
実質的にまとめ上げられるのはカリアしかいない。
無論カリアと同期の騎士は小隊を率いており隊長らしく指示をしているが、結局周りを見渡せるほどの圧倒的余裕と戦闘力と先見の明までは備えられない。
比較的仕事内容が軽く、会計事務目線での国内の事情や他地域の現状、城下の様子などが分かっているのがカリアであっただけだ。
とは言え、会計は会計でも忙しさは変わらず。
むしろ体を動かすだけでいい騎士団時代の方が楽だったかもしれないと思っているところだ。
会計の仕事に会場護衛の責任者として名前を挙げられ、断るわけにも行かずに遅くまで仕事をしていた。
そして当日に目の下のクマが酷いカリアが出来上がった。
騎士団も各自指示をしているカリアを見て少し申し訳なさそうな顔をしている。
「カリアさん、大丈夫ですか?」
「ひよこ班、君らは高台で魔物の見張り」
「いや、それは分かってるんですけど…」
ひよこ班の一人、アーサーは顔色の悪い中でも真面目に正確に指示するカリアが心配になった。
「何年、白竜騎士団にいると思ってんの?
さぁ行った行った
他人の心配より見張りしっかりするんだよ!」
「は、はい!」
事実、指摘された通りボロボロだ。
しかしこの後も会場の最終点検があり、家に帰って眠れるのは5時だろう。
それから仕事に戻り、3日間出た後漸く休みが来る。
それは有給であり、必死に勝ち取った貴重な休みだ。
それまでの辛抱だ。
頑張れ、と自分を鼓舞する。
正直国を挙げての祭りほどの苦労ではない。
それなら何故こんなにも疲労しているのかと言うと……
(こんな時に…月モノ…)
女である身を一瞬だけ呪う。
男であったらどんなに楽なことか。
つんざくような痛みと頭痛。
後輩に心配されているようでは、情けない。
気合いを入れ直して会場の中へ入った。
煌びやかな会場に現れる貴族たち。
白竜騎士団の代理とは言え現状では長だ。
カリアはその名に泥を塗らぬよう、気合いだけで護衛任務を続ける。
謎の気迫に団員も身が引き締まる。
それはアグロヴァルが来場しても変わらなかった。
「久しいなカリア」
「はっ!」
踵を揃えて敬礼をする。
それに合わせて騎士団も敬礼をする。
その様子を見て、ただ騎士団の一兵卒ではなく、それなりの立場として警護していると悟った。
「ふ、よく統率が取れているようだ
今後とも期待しておこう」
「はっ!勿体無いお言葉、ありがとうございます!」
とはいえ痛みと戦っているカリアにアグロヴァル用の対応が出来なかった、というのが正解だ。
しかしアグロヴァルはそれに気づかないということは、顔色を上手く隠せているということだ。
カリアは自信をつけた。
このまま警護も順調に進むであろうと安心していた。
「……ごめん………予定より数分早く休憩行っていいかな…」
「カリアさん無理しないでください、さっきから顔色やばいっすよ」
「そうですよ
後の警護は任せて、休んでください」
腹痛頭痛で視界がぐるぐる回っていく。
思考も定まらない。
これは重いやつだ。
逆に倒れれば迷惑をかける。
「ごめんなさい…休ませてもらいます…
元気になったらまた戻ってくるから」
「いいんすよ、たまには休んでください」
(素直に休むってことは相当だな……)
後輩に任せ、会場を裏から抜ける。
緊張と気合いの糸が切れたせいで膝から崩れる。
「うぅう〜……」
これから這ってでも帰らなければならない。
そうなるくらいならここで少し休んだ方が良いのではないかとも思うのだが、痛みの波が襲う。
「か…帰ろう……」
裏から抜ければ遠回りになるが、それでもこのままではより悪化する。
幸い、痛みを緩和する飲み物は家にいくらでも常備している。
それを飲んで温まれば一瞬で良くなるに違いない。
木や壁を伝いながら歩く。
頭上には演奏や談笑の声。
そして強烈な空腹の音。
腹痛の時の空腹が一番きつい。
よたよたと歩き続け、そして敷地の外へ出られた。
夜の風はひどく寒く、星空だけがあたたかそうだった。
「さむい……いたい……つらい………かえりたい……しんどい……」
言葉にして流さなければどうにもできず痛みに負けて倒れそうだった。
一歩進むのが辛く、こんな事なら辞退しておくべきだったと後悔する。
それを後悔すれば、会計事務も嫌になり、今の自分までも嫌になった。
「なきたい…いたい……」
「おい」
低い声がしたので機械的に振り向けば、さっきまでの鎧を脱いだアグロヴァルがいた。
貴族らしくフォーマルな格好をしていながらも、毛皮のコートが暖かそうだ。
「アグロヴァル様…まだ会場では演目が続いているはずですが…」
無言でコートを脱ぎ、私にかけられる。
とてもあたたかい。
「って、こ、コート、どうして私に」
「カリアにしては珍しく泣き言を言っていたではないか」
「き、きいてたんですか!……〜っう」
「貴様が会場を情けない足取りで出るのを見かけた
それだけだ」
恥ずかしい。
情けない。
羞恥で押しつぶされそうになり、顔を伏せる。
「我が送る
歩けるか」
「い、いいえ、遠慮します。
コートも、お返しします
申し訳ありません、ほんと…情けない、ところを…」
コートを脱ごうとすると前のボタンをしっかりと止められてしまう。
そして肩を抱かれる。
「良い
心落ち着かぬだろうが
家まで送らせよ」
カリアの歩調に合わせて歩き出す。
トロいだの何だのと言われるかと被害妄想を抱いていたがそんなことはなく、ただ優しく辛いか、と確認するように囁く。
「騎士の前に一人の女だ
自身を労ってやれ」
「はい…」
「家までまだかかるか?」
「えっと…そうですね…あと20分くらいかと…
でも、騎士団の宿舎ならあと5分ですし…」
「家までの時間を聞いたのだ
まさか、宿舎で良いと言うつもりではあるまいな」
「あ、あははぁ、そんな、コトナイデス」
長らく会場を留守にさせてしまうのは申し訳ない。
そもそもアグロヴァルはまた会場へ戻らなくてはならない。
結局1時間も無駄にさせてしまうのだ。
「……アグロヴァル様」
「なんだ」
「私などにこれ以上お時間を割いてしまうのは勿体ないです
さまざまな方と積もる話もあるでしょう
ですから………わ、わ、わ!?」
急に姫抱きをされた。
アグロヴァルは澄ました顔でなおも歩き続ける。
「あ、アグ」
「それ以上口を開けば塞ぐぞ」
「………」
「ふん、我が何に時間を費やすかは我が決めること
貴様が心配するなど100年早いわ」
途中道案内しつつも、家の前へたどり着いた。
しっかり鍵を開けて中ふ足を踏み入れるところまで見られる始末。
「コート…ありがとうございます」
「うむ」
アグロヴァルの背から袖を通す。
「…いつもいつも、迷惑ばかりかけてしまって申し訳ありません」
深々を頭を下げた瞬間、1秒も経たないうちに顎を掴まれて体を起こされた。
「いいから中で休め」
勝手にドアを閉められてしまい、真っ暗な家の中で足音が遠ざかる。
(あのコート…すごくあったかかった……)
カリアは忠告通り、部屋の暖炉に火をつけ、体を温めながら眠りについた。
翌日は本命の会議だ。
騎士団も警護をする。
カリアは依然として腹痛に悩まされていたが昨日よりは改善されており、この程度なら全くの余裕であった。
顔色もマシになり、本人も一安心する。
(後でアグロヴァル様にお礼言わなきゃ…)
貴族に深く頭を下げる一方で、品定めもされていく。
特に女の身であればそうだ。
女騎士は近隣国では珍しく、またこの国でも珍しい。
なのでからかわれるような発言を受けるが基本スルーだ。
「貴様…」
「アグロヴァル様、昨日はお世話に…」
会議に来場したアグロヴァル。
カリアを見るなり眉を潜ませた。
俗に言うキレる2秒前だ。
「また性懲りも無く…
いい加減休めと言っておろう」
「申し訳ありません
しかし私に与えられた任務は私が果たさなければなりません」
どうかご容赦くださいと言ってもアグロヴァルは苛立ちを露わにする。
どんなに怒っても、休めないものは休めない。
そもそも、アグロヴァルはそれ以上他国の騎士に口出し出来ない。
立腹してはいたが、それでも会議室へと入っていった。
私を心配しての言葉であることはわかっている。
だからこそ嬉しく思ったりした。
会議が始まれば会場の四方を取り囲むように配置し数時間警護にあたる。
こんな時に襲いかかってくる敵も、魔物もいない。
それよりも数日に渡って魔物避けの匂いを撒いている。
日が上り、日差しが暖かくなってだんだんと日が暮れる。
その時に漸く中の会議が終わったらしい。
貴族たちは付き添いの者と会場を後にする。
クタクタだ、などと愚痴を言っているがそれはこちらのセリフだ。
アグロヴァルも出てくるだろうと思いきや、若い女性がアグロヴァルにまとわりついている。
恐らく貴族の娘だろう。
娘を連れて貴族間の縁談に持ち込もうとする輩は少なくない。
しかもよりによってアグロヴァルに目をつけるとは。
(…お腹痛い)
しんどい、と口にすれば楽だろう。
だが何も言い出せず黙って送り出すだけだ。
最終的に会場周りの見回りをして本日の勤務は終了。
早く横になろうと帰路につく。
が、昨日のこともあってくるりと振り返ってみる。
(いない…)
いや、これではまるで私が期待しているようではないか。
カリアは首を振ってただ家に帰った。
体を洗い、その間に沸かしていた湯でハーブティを作り、毛布に包まって飲んだ。
(さむい…)
血がどんどん無くなっているという事実が体温を通してわかる。
何か食べるものはないかと保存食を漁る。
しかしこんな時に限ってロクなものはない。
(今頃おいしいご飯食べてるんだろうなぁ…)
毛布に包まったまま歩く姿はさながらミノムシだ。
アグロヴァルに見られたら品のカケラもないと怒られるだろう。
仕方なく乾燥したパンと、卵のスープを適当に作りそれを夕食とした。
腹痛で容易に歩けないだけでこれほどひもじい思いをすることになろうとは。
数日前の私に買い物はしっかりしてくれと言いたい。
とはいえ体も温まり、だんだんと痛みは薄くなっている。
このまま温まり続ければ明日の勤務には差し支えなさそうだ。
ならば今のうちに臭い消しの薬草を用意しておくのも手だろう。
ノソノソと歩き、庭裏に出てハーブを摘む。
茶葉と持ち歩くことで清涼な匂いがでて血のニオイも緩和されるだろう。
こういうエチケットは大事だ。
冷たい風が今にも雪を運んで来そうなので、逃げるように玄関へ向かう。
(そうだ、次の休みにアグロヴァル様にお礼の手紙を出そう…
仕事の合間にどんなことを書くか考えてもバチは当たらないでしょ)
匂い袋にハーブと茶葉を入れて振ると、いい匂いが広がる。
明日はこれを腰につければいい。
ベッドに横になり、まるでうたた寝するかのように微睡んだ。
翌日、痛みは完全に引いていた。
辛いのは最初の2日間だけだったようだ。
安心して働くことができる。
「カリアさん、これ騎士団長代理まで」
「あ、はい」
夏に予算案を出していたがその是正だ。
代理との話し合いをしなければならない。
ついでに支払わなければならない経費のあれこれをまとめて、騎士団訓練所にいくまでに提出しよう。
腕を唸らせ書類を完成させて飛び出すように事務所を出た。
が、もう少しゆっくりすればよかったと後悔してしまう。
街に支払いに出ていると、高級料理店からアグロヴァルと貴族の娘が出てくるのを見てしまった慌てて目をそらし、見ていなかったフリをする。
そう、なにせ私は眼帯をつけている。
視野が狭いわけだ。
それに私から声をかけるのも変な話だ。
というか仕事中だ。職務怠慢は許されない。
支払いと次の注文をしなければ。
わっせわっせと書類を抱えて小走りで街を行く。
(ていうか邪魔しちゃ…悪いし…)
少しモヤっと胸の中にわだかまりが出来たが気のせいだろう。
それにすらも無視を決め込み仕事に専念した。
「これが前期予算なんだけど
魔物退治とかで最近は名声が上がってるから予算通りやすくなってよかったよ」
「確かに、前はちまちまと上がうるさかったからな」
「ただ、宿舎への予算が昨年より引かれたかな
配給品を切り詰めないといけないから、来年からは節約するように伝えてくれる?」
「わかった」
話し合いをしつつも代理からの了承をもらい、急ぎの案件は落ち着いた。
これからまた戻り、宿舎へ向かって備品管理をしなければ。
「ああ、カリア、まだ確定したことじゃないんだが、意見を聞きたいことがある
今いいか?」
「うん」
「白竜騎士団の事務、もうひとり増やした方がいいんじゃないかっていう意見があるんだ」
「え!」
「カリアの負担も減るし…この間なんか顔色すごかったし…祭りの時は地獄だろ
時々団長代理で指示することも多いわけだし…
それでなくてもカリアの直属の部下って形でもいいと思うんだ」
「それはありがたいけど…
会計もあるから必然的に学のある人間が必要じゃない?」
「そうなんだよな…そんなに都合のいい人間…上流階級が騎士団事務なんてなあ…
カリア知り合いいないか?」
「いたら多分もっと早くに意見出してる」
「だよな」
おそらく人材不足でこの話は平行線を行っているのだろう。
私のようにたまたま、偶然貴族で学があって、騎士だった人間などフェードラッヘにはそういない。
「でも人材登用するにしても事務の仕事が何なのか、わかるようにしなきゃ
ただの意見書では上も納得できないだろうし
仕事の合間にやってみるよ」
「なんだか悪いな
仕事を増やしたみたいで
護衛や討伐の任務はカリアに回さないようにするから」
「ありがとう」
ともあれ職員が増えるのであればこの程度の苦労はして当然であり報われる労力だ。
これまでの仕事が半分になるというなら喜んで協力しよう。
もしかすれば休みだって増えるかもしれない。
そう考えるだけでウキウキしてきた。
が、小会議所に慌ててやってきたのは入隊したての兵士だった。
「た!大変です!街に魔物が!」
「数は!」
「わかりません!
今当直の団員が対応してますが手に負えなくて!」
「団長代理は指示出し
私が行く
君、案内して」
「無理すんなよカリア」
一つ頷いて、書類をその場に置き、団員の後を追いかけた。
街の外れに行くに連れて人々が家の中に逃げていく様子が見える。
そして魔物を相手にどうにか中央への侵入を防いでいる団員たちも確認できた。
援軍はあとから来るだろう。
今はあの魔物を倒すのが先決だ。
「負傷者は私の後ろへ!
槍兵、盾兵!隊列を組め!」
私を中央に白竜騎士団は隊を組む。
剣を引き抜き、冷気をこぼした。
それだけで魔物は少したじろいだが、それも束の間。
獣らしく襲いかかる。
切っ先を地面につけ、地に足をつけた魔物に攻撃を仕掛ける。
範囲は狭いが、足を薄氷で凍らせて対応する魔物の数を減らした。
中には氷を破り、獰猛に迫り来るが槍で突き刺す。
「隊列前へ!」
ここから先は侵入させない。
そして街から追い出す。
数が少なくなれば一気に叩きのめす。
20頭近くいた魔物も数を徐々に減らしていった。
一気に全体を対処するのは難しい。
それこそジークフリートさんにしかできない荒業だ。
できないのであれば頭を使えばいい。
「総員たたみかけろ!」
団員の声に怖気付いた魔物は翻して逃げていく。
「街から追い出せ!
深追いはするな!」
街の路地に逃げようとする魔物を殺し、それでも戦場全てに気を張る。
ここが片付いたら周囲の警備隊の編成、さらに負傷者の手当てと穴ができたシフトの再作成。
ぐるぐると頭の中で思いながら魔物を街から追い出すことに成功した。
「はぁ…カリアさんが来てくれなかったら大変なことになってました…」
「息をつく暇はないよ
まずは負傷者の運搬を
君、ほかの地区にいる団員を呼んで
他の動ける団員は周囲の警戒を怠らないように
魔物の血の匂いは別の魔物も呼ぶ
近くの川で数人単位で血を落としにいきなさい
間違っても川に流さないように」
あれもこれもと指示を出す。
慌ただしい空気に包まれているが住民はほっと一息ついたようだ。
窓からこちらの様子を伺っていた。
「住民のみなさん!まだ屋内にいてください!
明日には隊を編成して警護にあたりますが少なくとも本日は不要な外出を控えてください!」
一週間は事後処理に追われるな、などと思う。
「きゃあっ!?」
悲鳴をあげながら路地裏から飛び出してきたのは品のいい女性。
そして魔物が追いかけるように飛び上がっていた。
反射的にその魔物に飛びかかり、口を押さえながら路上に転がった。
(しまった!武器を持たずに飛びかかった!)
魔物は私の顔や腕を爪で引っ掻く。
「カリアさん!!」
「女性保護!!!」
いいやマウントはこっちが取っている。
迷わず首を締め上げた。
苦しそうな魔物の声は、思わず指を緩めてしまいそうだがそうなると今度はこっちが食われる。
魔力を使い果たしてしまったことが大きな敗因かもしれない。
せめて楽に死なせてやれるよう、ありったけの力を込めて首を折った。
バキッ!と音が響いて魔物は息絶える。
「は…はぁ…はぁ……」
ああ、この後は魔物の死骸を外へ運んで、それから
息を整えていると名前を強く呼ばれていたことに気づく。
「大丈夫ですか!?」
「あ…ああ、うん
はぁ…死骸を外へ…」
すると団長代理が小隊を率いてやってきた。
「周囲の警戒を!
カリア!」
「魔物は多分いない
今は血を落としにいかせてる
たださっき路地からこいつが出てきた
班を組んで巡回に当たらせて」
「わかった」
「それから女性の保護を
街の中央まで送り届けて」
ふと、団長代理は渋い顔をした。
救護班は何も言わずに私の顔や腕に布を当てる。
「お前も救護対象だ
せめて応急処置を受けていけ」
「ああ…うん、わかった」
血が服に染み込んでいる。
思ったより引っ掻かれていたようだ。
顔中ガーゼを貼られて、視界が少し悪くなってしまった。
「あ、あの、助けてくれて、ありがとう…」
「ここは危険です、
街へ送ります」
にこりと笑って団員と共に街へむかったのを見送る。
が、そのまま仰向けにばたりと倒れてしまった。
原因は貧血。
めまいで起き上がれず、脳内が状況をまともに把握できないまま、救護所へ運ばれていった。
それから翌日。
変わらず仕事があるので事務局へ向かうと大層な身なりの人々がぞろりと並んでいた。
何かの見学だろうかと思った矢先に目の前に躍り出たのは昨日救護した女性だった。
「騎士さま!昨日は助けていただきありがとうございます!」
「え、ええ
白竜騎士団として当然のことです…
それで…この方々は…」
「私の付き人です
彼らもお礼を言いたいと」
とんでもない上流貴族だと知る。
一同、お嬢様を助けていただきありがとうございます、と綺麗に礼をしていた。
困惑しているところでさらに困惑させられる人物がやってくる。
「この騒ぎは一体何事だ」
「あ、アグロヴァルさま!」
女性は顔色明るくその名を口にした。
そういえばどこかで見たことがあると、思っていたが彼女はアグロヴァルと仲睦まじく話していた女性だ。
そしてこのまま振り向けばとんでもないことになる。
何せ私は今満身創痍だ。
「昨日この騎士さまに助けていただいたのです!
ぜひ紹介させてくださいな!」
やめてやめて
死んじゃう。
「ほう?」
アグロヴァルも面白がってそんな反応をする始末。
私の顔色の悪さを気にせず女性はくるりと私を反転させた。
気まずそうな私にアグロヴァルは徐々に厳しい顔つきになった。
「貴様…」
「あ、あの…これには…深いわけが…」
ただでさえ会議の時でも眉間のシワを深くしていたのだ。
この顔面ガーゼマンに何も言わないはずがない。
「私騎士さまのファンになってしまいました…
ぜひ白竜騎士団に融資させてくださいな」
「ほんとですか!?
それは願ってもない話です!」
さらに反転し、女性向けの笑顔を作る。
「はう…お、お近いです騎士さま…」
「あ、失敬…ぜひ私のことはカリアと
よろしければこの後騎士団の見学などいかがでしょうか
私が精一杯エスコートさせていただきます」
「う、嬉しい…ぜひ…ご一緒に…」
だが、首根っこを掴まれた。
「生傷の癒えない騎士がエスコートなどはなはだ情けないとは思わぬか?
せめて傷が癒えてからが良いだろう」
「ええ、ええそうですね
ぜひカリア様が快復されましたらいつでも…」
「このカリアは我の護衛も務めた騎士だ
信頼は指折り付き
約束を破ることもあるまい
なぁ?」
「あーはは…さようです…」
氷皇アグロヴァル恐るべし
私を推薦しながらも威圧するとは。
その場はそれで丸く収まったものの、今度はアグロヴァルのターン。
「貴様、この傷はなんだ」
怒っているけれども指先は優しい。
優しいのだが…
「えと…昨日の…魔物騒ぎで…」
「魔物程度でこの傷を負うほど弱くはあるまい」
「…いろいろあったんです…いろいろ…」
いい加減職場に行きたい。
「あの…仕事があるので…いいですか?」
「ならぬ」
「え」
「こい」
「え!?」
ぐい、と腕を掴まれたが痛みが走る。
顔をしかめると、アグロヴァルも眉間にシワがよった。
「……こい」
そっと背中を押されて、そのままほぼ強制的に拉致された。
ヨゼフ王に怒られるのではないかと言い訳をしたかったがそれよりもいつもより優しい手がそれをさせなかった。
「手当てをせよ」
「は」
アグロヴァルお付きの従者が私に治癒魔法をかける。
傷跡もほぼ見えなくなった。
「す、すごい
ありがとうございます」
「…本当に拐ってやるぞ貴様」
「ひっ」
アグロヴァルの本心だ。
だが逆も立場なら私も同じくらい心配するだろう。
「ごめんなさい…気をつけます…」
「そう言って何度怪我したか
申してみよ」
「う……」
図星で胸が痛い。
顔もあげられず、説教を受ける子供のようだとつくづく思った。
「で、でも、あの
もしかしたら、会計の人員が増えて、私の仕事も減るかもしれないので!
きっと今度こそ、大丈夫です!」
「確定されていない事項に我がぬか喜びすると思うか」
「…………オモイマセン」
厳しい。
いつもより数倍厳しい。
そして逃してくれない。
まるで見張りのように目の前に立たれている。
「何故我があの場所に来たかわかるか」
「?」
「ただでさえ体調の優れない貴様が、無理を押してあの場にくるだろうと踏んでいたからだ」
「え…と…」
「つまり、我は今日一日、貴様を軟禁する」
なん
きん
一瞬言葉が理解できず、数秒後に目を見開いた。
「はい!?」
「こうでもせねば
貴様はいうことを聞かぬ」
「いやいやいや!
軟禁って!」
アグロヴァルの冷たい目が私を見ていた。
軟禁というよりは監禁だ。
為政者の目で私を見ている。
「あ…アグロヴァルさま…」
「楽にせよ
一日のみだ
ヨゼフ王からは、我が話しておこう」
一瞬だけでも怖いと思った。
軟禁という発想もだが、簡単に人を縛り上げる感性が、だ。
アグロヴァルの見ている世界は遥かに高すぎて理解ができない。
「…お言葉ですが
できません
私はやるべきことがあります」
「なんだと?」
「魔物が街に現れました
市民を守るために私はしなければならないことがあります」
「すぐに深傷を負う貴様が誰かを守れるとでも思っているのか
あえて言ってやろう
貴様は弱い」
「そんなことわかってます!!」
アグロヴァルは私が睨み返したことに一瞬だけ目を見張った。
だがすぐに言葉を返す。
「誰も得をしない自己犠牲の悦に浸るな!」
「私は騎士です!それが前線を引いた今でも変わりません!」
私は足に力をこめる。
その初動をみて、強く足を床に踏みつけた。
氷魔法で地面から氷柱を出し、私の手首を固定させた。
「まだわからんか」
「わかりません!私にはアグロヴァルさまの考えていることがわかりません!」
炎を出し、氷を溶かす。
手首を凍らせなかったのはアグロヴァルの最後の良心だったのだろう。
炎を出して脱出しようとする私の両手を炎ごと握る。
氷の手で根絶やしにされた。
「カリア!」
「わかりません!!」
思い切り頭突きをした。
まさか頭突きをされると思ってもいなかっただろう。
互いの額の皮膚が割れて血が出る。
アグロヴァルはふらふらと数歩下がった。
氷を折り、すかさず窓から飛び出した。
「逃すものか!」
宿を出て町の中を走る。
血塗れで走る2人は周囲の注意を引くに十分だった。
というよりは、アグロヴァルの形相が鬼のようだったから、というのもある。
全力疾走で街を抜けて城の膝下まで逃げてきた。
以前アグロヴァルは追いかけてくる。
中に入ってもいいが、事務の人たちから冷ややかな目で見られるのも癪だ。
ちらりとアグロヴァルを見て、扉を開けて勢い良く閉めた。
「逃げるな!」
アグロヴァルもその扉を開ける。
私はホールにて待ち構えていた。
「そこを動くなカリア」
「動けないのはアグロヴァルさまのほうです」
小さな魔力で仕掛けるトラップ。
扉に氷魔法を設置し、そこにふれると魔法が発動する。
アグロヴァルの鎧に包まれた手は氷によって扉と結合されている。
「!」
「私を弱いと言いましたね
確かに私は弱いです
弱いせいで右目が壊れました
ですが、弱さを理由に逃げることなどしません」
「自己犠牲で何を得る!
貴様のような弱い人間は、庇護される立場にある!
なぜそれがわからん!」
「弱かろうが強かろうが私を縛る権利はあなたにはない!!
いかに王といえど弁えられよ!!」
アグロヴァルは静かに俯き、そしてしゃんと立った。
ようやく分かってくれたか、と一瞬でも思ってしまった。
その逆だ。
氷を無理やり壊し、冷気を漂わせて私ににじり寄った。
殺気、とまではいかないが、限りなくそれに近い何か。
プレッシャーだ。
「よく分かった
貴様が言葉では聞かぬ頑固者だとな」
その瞬間に氷が廊下を走った。
横に転がり避けるも壁にまで氷柱が刺さっている。
「剣を抜けカリア
この際決めようではないか
どちらが正しいか」
迂闊に返事もできない。
だが、私はここで折れてはいけないと分かっている。
腰から剣を抜いて構える。
アグロヴァルは氷柱を折り、それを構えた。
通行人が私たちを見て悲鳴を上げて逃げていく。
気が散る。
こうして一世一代の大喧嘩が始まった。
本物の殺し合いのような空気に騎士団までも駆けつけていたが誰もが手を出せなかった。
氷、炎、氷、氷
ホールを氷河に変えて激しく剣戟を交わす。
アグロヴァルは代わる代わる氷柱を変えて、いくら私が打ち砕いても攻撃の手をやめない。
むしろ私が攻撃する度に私の手の内がバレていくような気さえした。
周囲を氷に変えられては魔法を出すまでの挙動に時間が掛かりすぎる。
炎で溶かそうにも相性が悪い。
「不利な状況であると!分かっていながらまだ戦うか!」
手がかじかむ。
寒い。
実力差がある上に私の氷ではアグロヴァルに太刀打ちできない。
「無力と知れ!!」
攻撃が来る。
十分反応はできたが足場が悪く滑らせた。
片腕を氷に覆われて捉えられる。
「勝負あったな」
氷柱を投げ捨て、私に近づく。
氷さえ割れれば、私はいつでも逃げ出せるのに。
何より、今アグロヴァルに捕まればいつまでも見返せないままだ。
単純な話、ムカつく。
「……………いいや、まだ終わってません」
「終わった。
帰るぞ、カリア」
「今ここで負けたら白竜騎士団の名が廃る!」
足で氷を蹴り砕く。
というよりは、足に雷魔法を微量に纏わせた。
むしろそれくらいでいい。
氷の摩擦が雷を増幅してくれれば、それでよかった。
雷が手を覆う氷まで打ち砕き、魔力を与えてさらに増幅。
全体に雷が走り、氷の世界を崩した。
部屋に張り付く氷柱も降ってきたが放電がそれすらも壊していく。
雨なんか降っていないのに雷の音が連続して響き渡り、増幅しすぎた雷魔法でホールの扉、窓、シャンデリア、花瓶すべてが吹っ飛んだ。
もちろん私とアグロヴァルもだ。
相討ちのような形になり、呆然としている所を運悪く、ヨゼフ王に見られてしまった。
「一体なんの騒ぎだ」
「王よ!危険です!お下がりください!」
側近がそう言うレベルなのだ。
きっと私の姿は惨めだろう。
体に無理をいって起こし、膝をつく。
「もうし…わけ…ありません…」
「カリア、無理をするでない
一体どうしたのだ」
「すべては、私が…悪い…のです
あ……アグ、アグロヴァル…さまと…喧嘩を…しまして」
喧嘩という規模ではないぞ!と側近が叱責するがヨゼフ王がそれを制した。
「そうか…それで、どちらが勝った?」
「…喧嘩…両成敗…
相討ちと…なりました…」
がくり、と体を支える腕が崩れる。
ヨゼフ王の温かい手が肩に触れた。
「王!かの者に制裁を!
街に魔物が侵入したばかりというのにこの騒ぎ!さらにはアグロヴァル殿下に喧嘩を仕掛けるなど、白竜騎士団の名が廃れます!」
すみません、と口にするもヨゼフ王は困ったように笑うだけ。
むしろ、子供のケンカを見ているような、そんな眼差しだった。
そして、私より吹き飛んだアグロヴァルが息を乱してホールにまで戻ってきた。
「カリア…」
うまくアグロヴァルの方を見れないが、足音がまばらだ。
足を痛めてしまったのか。
私を抱き起こす。
「ヨゼフ王よ
王の膝下で羞恥を晒したこと、深く謝罪する
だがカリアに慈悲を
少なくとも我も冷静さを欠いていた」
「まずは、治療を
医者を呼ぶのだ」
「はっ!」
騎士団員が忙しなく動く。
ああ、これでクビ確定だ、などと悲観的なことを思っていたが自分の意思を曲げずに貫いたことに関しては、胸を張っている自分がいた。
■
それにしても話し合いでなんとかならなかったのか、と思っていた矢先に騒ぎを聞きつけたランスロット、ヴェインが病室にやってきた。
「カリア〜!!大丈夫かー!?」
「アグロヴァル相手に戦ったって本当なのか!
痛いか!?頭も包帯だらけじゃないか!」
いつかのごとく、ほぼほぼ包帯で覆われている。
雷が全身を駆け抜けたのだから当たりまえだ。
「つらい」
「カリアが素直だ…」
「相当痛いんだな…ヴェイン…少しそっとしてやろう…」
全身焼けただれたように痛いし何より中も痛い。
雷発生源なのでアグロヴァルの数十倍のダメージを負っている。
「それで、なんで喧嘩しちゃったんだ?」
ヴェインの問いかけにはただ、意見の食い違いだと伝えた。
そしてお互い頑固だっただけ。
どっちが悪いだとか今更言うつもりもない。
どっちも悪く、どっちも正しい。
それがすべてだった。
「結局どっちが勝ったんだ?」
「…ヨゼフ王にも聞かれたけど
引き分けだったよ
なんでそんなこと聞くの」
「だって、カリアとアグロヴァルだぞ?
2人ともいつも嘘みたいに真面目で、信念が強いじゃないか
どっちが勝ったのか、気になるだろ?」
そう言われて、お互い似た者同士なのかと漸く合点がいった。
決着などついてはいないが、一生決着がつかない。
深くため息をつく。
「もう…あんな泥沼試合したくない」
「俺ちょっと見てみたかったかも」
「俺も」
「やめて
死ぬ」
今度は本当にしんでしまう。
身が持たない上にこんなアホのような喧嘩したくもない。
するとパーシヴァルが病室にやってきた。
兄に怪我させたのだ。面白い顔をするわけがない。
先に謝ろう。
「ごめん、パーシヴァル」
「……承知している
気にするな」
珍しくしおらしい。
と、言うよりは先にアグロヴァルのほうへ行ったのだろう。
そしてことの顛末を聞いたに違いない。
「で、どっちが勝った」
「パーさんも同じこと聞いてるし」
「引き分けって言ってたぞ」
パーシヴァルはヴェインとランスロットの返答に少し考えて、言った。
「悪いが少し席を外してくれ
すぐ終わる」
「…ん、わかった
行こうぜランちゃん」
「ああ…」
2人が部屋を出て、それからパーシヴァルは呟くように言った。
「すまなかった」
「え?」
「兄上は何も言わなかった
だが、あの様子からして…
…カリアが兄上に喧嘩など、すすんでするはずがない
それだけは、分かっているつもりだ」
「…アグロヴァルさまは、ずっと1人だったから
人との接し方がよくわからないんだと思う
だけど、いいよ
私も本音をぶちまけてすっきりしたし
私も、動けるようになったら謝りに行く
どっちも正しいしどっちも悪いんだから」
「…そうか」
「…それより……一週間後にヨゼフ王から処分言い渡される予定があってそれで鬱なんだけど…」
「ホールをあれだけめちゃくちゃにしたらそうなるに決まってるだろう
まぁ、兄上にも非があるから、ウェールズには俺から進言しておこう」
持つものはコネだな、なんて現金なことを考えながら
ぼんやりと天井を眺める。
「疲れた…すこし…寝るね…」
「ああ、休むといい」
「あと…ランスロ…に…事務…はん…こ……よ…さん…けい、かく……………」
気絶するようにまた長い眠りについた。
■
目覚めて、漸く話ができるようになった頃。
それでも歩くことは難しく車椅子での移動となっていた。
ランスロットやヴェインが責任を追及されたらどうしようと思うばかりで胃が痛い。
まだクビになるのならマシなほうだ。
案の定顔色の悪さを指摘された。
王の御前に連れられ、周囲の側近の目が酷く痛い。
そんな中、1人の側近が前へ出てことのあらましを言った。
「白竜騎士団、会計事務所属、カリア
ウェールズの王、アグロヴァルとの交戦をし
さらには城内入口の破壊を行い
次いで魔物の侵入阻止の職務の怠慢を働いた
以上の件に異論はないか」
「ありません…」
ぐさぐさと言葉が胸にささる。
確かに、あの場で話し合いにできればすべて丸く収まった。
少なくともアグロヴァルと交戦する必要もなかったのだ。
クビだけでは収まらない。
きっと皆に迷惑をかけてしまう。
今後どう生きていけばいいのかさえ分からずに、今すぐ泣いてしまいたいくらいだ。
「王よ、処分を」
ヨゼフ王は髭を撫でながらじっと私を見ていた。
「カリアよ
いかなる処分も受け入れるな?」
「はい…そのつもりです…」
どんな戦いでも今ほど心細いことはない。
まるでカエルのような私に何を言い渡すのか。
「今回の件、フェードラッヘだけでなく、ウェールズにも影響を及ぼす案件であることは間違いない」
ごもっとも。
よりダメージが深くなる。
「だが、不問としよう」
一瞬周囲が無音になる。
「え…」
思わず私が言葉を漏らせば周囲があっという間に驚きに包まれた。
「お、王よ…!」
「今回の件だけを見れば処分は不可欠
だがカリアがこれまでの白竜騎士団を支えてきたのは言うまでもない
それにカリアよ、ケンカ、と言っておったな」
側近はそれでは周囲に示しがつかないと声を荒げているがヨゼフ王はただ静かに私に語りかける。
「ケンカに目くじらを立てるほど
ワシは心狭き王ではないぞ」
一気に肩の力が抜けた。
ずるりと、腰が抜けた。
車椅子で良かったと思うが心のそこから安心出来て、人前でぼろぼろと泣いていた。
ウェールズとの交渉は!
不問にしたなどと、ウェールズ家が許すはずがない!
などと側近の声にも耳を傾けずにヨゼフ王はただそこに座していた。
「ヨゼフ王よ!ウェールズとの交渉、ぜひ白竜騎士団ランスロットにお任せください!」
「うむ、任せたぞ
カリアよ、下がるがよい
今はまだ体を休ませるのだ」
騒然とした中、ヴェインに押されて出る。
会場の雑言が遠のいたところで情けなくも大声をあげた。
「うわぁ〜ん!!!」
「うわっ!?びっくりした!」
「ああ〜!うええ〜ん!!!」
「な、泣くなって〜!大丈夫だカリア!
俺とランちゃんがなんとかしてやるから!な!?」
ヴェインは前で膝をついてどうにか泣かせまいとしているが、今はただ不問とされたことだけに泣いているわけではない。
これまでのことも、全て引っくるめて泣き叫んでいた。
しゃくり上げて、しくしくと泣く。
泣き止む気配が見つからないためヴェインは城内ではなく、騎士団の事務所に車椅子を押してくれていた。
フェードラッヘのあちこちで警護をしているためにここはもぬけのからだった。
ヴェインは椅子に座り、私の頭を撫でた。
「ありがとうな
俺たちがいない間も、気を張って頑張ってくれたんだよな
魔物が出て、真先に出てって指揮取ってくれたんだろ」
「でもぉ、私、よわいからぁ」
「カリアが弱いわけないだろ!
大丈夫だ!カリア、俺たちはお前の味方だし、絶対に見放したりしない
ていうか!カリアになんで怪我させたんだって俺はそっちに怒ってる!」
顔を覆って泣き続けた。
ヴェインは覆いかぶさるように抱きしめてくれる。
「今までの分今度は俺たちが頑張る番だ
カリア、お前の居場所くらい守れなくて何が副団長だ
もう泣かなくていい
思いっきり頼ってけ」
まだ痛みがあったが、背中に腕を回して力を込める。
そうして、漸く涙が止まっていった。
呼吸が落ち着いたのを見て背中を撫でられる。
「よし、じゃあ病室に戻るか!
まだ痛いだろ?」
「う…うん……」
つんつんと頭を軽くつつかれる。
目が真っ赤になった私を見てヴェインは少しだけ笑った。
すると、カランカランと、何かが落ちた音。
出入り口の方向をみると、そこにはパーシヴァルと、鎧を脱いだアグロヴァルがいた。
落ちたのは杖だった。
「やぶへび……」
ヴェインがそう呟いた瞬間、アグロヴァルは杖を一瞬で氷で覆い、私とヴェインの間に突き刺した。
「今のは、なんだ
申してみよ」
「あ…いや…あの…」
「カリアが泣いてたから…」
尋常ではない殺気だ。
さすがのヴェインもたじろいでいる。
「カリアが、泣いていたら貴様は抱きしめるのか…?
ほう……そういうことか貴様」
「ち、ちが!だってカリアすっげぇ泣いてたんだぜ!
声上げてさ!」
「ちょ、ちょっと…!あんまり言わないでよ!」
ジロっと私をみる。
アグロヴァルは片膝をついて、目尻に手の甲を当てた。
ひんやりしていて気持ちがいい。
「……こい駄犬」
「俺絶対とばっちりだったよな?」
「いいからこい」
ふてくされるヴェインをパーシヴァルが無理やり引き摺り出す。
それから、アグロヴァルは言った。
まるで確認するように。
「そなたは強い
確かに、強かった」
それなりにダメージを与えたつもりなのに、もう元気に歩いている人をみると自信がなくなるというもの。
だがアグロヴァルはそれらとは別のものを指していた。
「あり方が、我とは違う
縛れぬわけだ」
「……あの…怪我を、させてしまって…」
「よい
それ以上は言うな」
じいっと見つめられて、ため息をつく。
「いつか倒れるのではないかと
いつかの時のように、差し伸べる手がないのだと
気がはやり、貴様を閉じ込めようとした
許せとは言わん
ただ、そう思ったとだけ、伝える」
「え…………
し、心配してくれたんですか…」
アグロヴァルは何も言わない。
だったらそう言ってくれればいいものを
だがそれが言えたらアグロヴァルも苦労しないし、言葉の裏を読めなかった私にも非があるのだろう。
「貴様には、白竜騎士団が唯一の居場所なのだろう
居場所を奪うほど、酔狂ではない」
「アグロヴァルさま」
「ではな
カリア」
急に来て急に去っていくアグロヴァルが背中を向けて別れを言うのは、初めてだった。
離れる背中を思わず追いかけて背広をガシッと掴んだ。
「うわあ!?」
足が思うように動かず、そして全身の痛みが駆け抜けて床に転がる。
アグロヴァルも急なことに驚き、私が引っ張ってしまったために尻餅をついた。
「ご…ごめんなさい…」
「全くだ」
足首には包帯が巻かれている。
気丈に歩いてはいたがまだ痛みがあるのだろう。
私はアグロヴァルをそのまま見上げる。
「あの…うまく言えないんですけど
………また、クッキー焼いていいですか」
引き留めなければどこかに行ってしまう空気があった。
二度とアグロヴァルに会えないのではないかと思ってしまった私に敗因がある。
ただ言葉にするにはあまりに稚拙で、捻り出せない感情でもあった。
呆然として、アグロヴァルはもう一度息をついた。
ごつんと杖で頭を叩かれる。
「痛い……ひどいです…」
「痛みわけだ
全く…貴様という女は…」
私を抱き起こし、ただ、暖かい感触に包まれる。
今何が起こっているのか
目を開けるとアグロヴァルは私を抱きしめていた。
いい匂いがする。
金の髪が柔らかい。
薬品の匂いがする私がはずかしいと思うくらいだ。
けれど背中に腕を回して、肩に顔を埋めるとアグロヴァルは何度も私の頭を撫でた。
「大量に焼いておけ
全て平らげる」
「あはは
ほんとですか?
後で泣き言言わないでくださいね」