氷野の展望
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この小説の夢小説設定フェードラッヘ・白竜騎士団の会計事務
数年前に失明したことで前線を退き、裏方仕事をしている。
下級貴族から家出する形で黒竜騎士団に入った経歴がある。
騎士としてのプライドは高く、皆に優しく自分に厳しい性格。
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年に一度、白竜騎士団のパレードが行われる。
それは国として成立した記念日を祝うものだ。
国をあげてのお祭り騒ぎ。
それを楽しみにしない者などいなかった。
ただ、事務方を除いて。
「こっちの書類発注よろしく!」
「あー会議資料の紙がない!!」
「予算これだけって言ったでしょ1ルピもオーバーさせてんじゃないわよ!」
「まだ届かないのか!?何やってんだ!!」
この追い込みの時期になると朝から晩まで戦争だ。
かくいうカリアもまた戦争の真っ只中。
「あーもーなんで人数を勝手に増やしたりすんの!!
その人数しか甲冑整備頼んでないのに!!」
「す、すみません!!」
「仕方ない…こっちでなんとかするからあんたらさっさとパレード練習に行ってきなさい!!」
「はいぃっ!!」
行進に使う甲冑は様々。
まず行進の構成を話し合い、人数や武器、旗持ちなどの確認をすればその武器種にあった甲冑を見繕う。
そもそもパレード用の甲冑はあくまで実戦で使用するものではないので、パレード以外は文字通りお荷物。
1年間はほぼ放置状態である。
とはいえ日差しに照らされた騎士達の汗ばむ甲冑をただ放置というわけには行かずある程度は掃除をするのだが
昨年は予想外の出費でその費用が無かった。
そのためカリアが掃除をしたのは嫌な思い出だ。
(今年だけは!そうならないようにって思ったのに!!)
出先でまだまだ打ち合わせをすることが多い。
会議資料も提出し、パレード内容をさらに上の祭り運営に報告しなければならない。
とりあえず甲冑整備を任せている店に走っていく。
「はぁ!?ったく仕方ねぇ!いいからさっさと持ってこい!!」
「はいっ!すみません!!」
汗だくになり甲冑を届けたところで、別の会議。
パレード中の警備とその後の警備だ。
町中に「ここがいつも不良の溜まり場」とか「今年こそうちの店の前に」とか。
とにかく騎士たちを置きたい店が多いのだ。
祭りということもあって島の内外から訪れる観光客も多い。
そのぶんトラブルも多いわけで、町中の店はこの時だけ闘争心が昂ぶる。
「過去5年間の騎士団配置資料を持ってきました!
それを見ながら改めて今年の配置を決めさせていただきます!!」
「おいおい去年はここじゃねぇだろ!」
「今年こそうちって言ったじゃない!」
声を張り上げての会議は難航。
こちらがいくら努力しても一方からは嫌われ一方からは批判される。
じゃあお前たちがやってみろと言いたい気分だ。
無論休みなどはなく、数週間出突っ張りだった。
事務職員は目の下にクマを抱え、死ぬ気で戦う。
徹夜で次の資料を作る腕は悲鳴をあげていた。
こうして祭り当日。
事務職員は休めるわけではない。
問題があれば適宜対処、また人員が足りない部署に行き手伝う。
もはや何でも屋だ。
祭りが終わるまでは気を抜けない。
ぴりぴりと張り詰めていた。
「ちょっとそこの事務職員!
チラシ足りなくなったから他の屋台から持ってきて!」
「わかりました!」
カリアは騎士上がりでフットワークが軽いと言えども、人並みに疲れるのであって、身体中ボロが出ていた。
祭りは本日含めあと2日
そのうち最終日は民間が主体となっているため、実質あと一日だ。
「誰かー!路地裏で喧嘩が始まったの!」
「ったく!こんなクソ忙しい時に!」
他の仕事も並行している今の状況で心のゆとりがあるはずない。
カリアは殴り合いの喧嘩の最中に胸ぐらを掴んで一人ずつに頭突きした。
「ごあっ!?」「いでぇっ!?」
「こんな日に喧嘩してんじゃない!!
何があろうとなかろうと言葉があるなら言葉で解決しろ!」
鬼の形相なのに非常に疲れ切っている顔。
その不協和音に喧嘩の2人はただ頷くのみ。
そんなことをしているうちに昼食も夕食も取らず翌日の準備にはいった。
「おーいカリアー」
明るい声が聞こえる。
顔を向けると、うわっと悲鳴をあげられた。
「…なにヴェイン
忙しいから手短にね」
明日の会場のプログラムのチラシを台車に乗せて運ぶ作業。
それを見ていたヴェインは無言で手伝う。
「いいよ、ヴェイン疲れたでしょ」
「俺よりカリアのほうはしんどそうだ
これくらい俺にさせてくれよ
どこ運ぶんだ?」
「会場控え室」
「ん、わかった」
ヴェインと並んで目的地までいき、荷物を下ろす。
それを見届けてから、さて次に行こうと足を進ませようとしたところでヴェインが肩をがっちりと掴んだ。
「ちょっと待てって
ほら、なんも食ってないんだろ」
ヴェインはサンドイッチを見せた。
カリアの胃袋は急に思い出したのか、ぎゅるぎゅると凄まじい音を出す。
「それみろ」
「…いただきます
ありがとう…」
「カリアに休め、なんて行ってもきかねぇのは分かるけどよ
無理に動くのは良くないぞ」
「うん…」
ヴェインもよくサンドイッチを作る暇があったな、と感心しつつ、両手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
「おう、おそまつさん
んで次は何すんだ?」
「夜警隊の炊き出し
食堂のおばちゃんたちじゃ各地に持っていけないから
ヴェインも夜警でしょ」
「そうだけどよ……よし、じゃあ俺も回る
ちゃっちゃと終わらせて、カリアは寝ろ」
疲れ果てて反論する気力もない。
一周回って、そうか、これ以上は無理か、と判別した。
食堂にいき、おにぎりの入った容器を台車に載せる。
食堂と夜警隊の場所まで行ったり来たり。
リストにチェックしながら配って回った。
「こんなん去年は1人でしてたのかよ〜
大変だなこれ…」
「事務職は当日何もすることないからね…
休んでたらそれこそヒンシュクを買うし」
「ん〜…休んでいいと思うけどなぁ」
ただの事務ならいいだろう。
だがカリアは白竜騎士団の事務だ。
たとえ事務であろうと騎士団の顔に泥を塗るわけにはいかなかった。
無事夜食を配り終えたヴェインに、礼を言う。
疲れがピークなせいか言葉が棒読み気味
「1人で帰れるか?途中で寝るなよ?」
「うん…」
荷物を持って、帰路につく。
明日…もとい日をまたいだので今日で終わり。
そう、気にすることなど特にないはずだ。
後片付けは騎士団にそれぞれ役割を与えているし、ゴミでも拾っていればいい。
静かに自分に言い聞かせる。
2日目となると流石に多くの事務職員の目は死に絶えている。
案内所に座っていてもその真顔さが不気味だ。
中にはうとうと眠りこける者も
カリアもそのうとうと組の1人だ。
椅子に座っていようが立っていようがうとうと。
倒れそうになったりもする。
しかし仕事なので必死に自分を抓りながら起きている状況だ。
明日はきっとぐっすり一日中眠れる。
今だけ我慢すればいい。
どうにかこうにか起き続けた夕暮れ。
祭り終了の鐘が鳴り響く。
それまで寝ずに頑張り続けた事務職員のほとんどが足早に去っていく。
流石のカリアも黙ったまま帰路に着いた。
自分がきちんと真っ直ぐ歩けているかどうかも曖昧のまま
鍵をバッグの中から取り出し無心で開けた。
家の中に入るともう既に休んでいいのだと思考が切り替わる。
まるで倒れこむように玄関に眠りこけた。
◆
この建国記念日に、友好として隣国のウェールズ当主、アグロヴァルも招かれていた。
これでも一応公務のため、護衛にはランスロットがつく。
カリアがいい、と一応は言ったのだが、
『今カリアをはずされたらこの祭りのパレードが成り立ちません』
とまでランスロットが言い切った。
それでなくともこの国の事務職…とりわけ騎士団の会計事務といったら激務だ。
ランスロットが把握しているカリアの仕事を羅列するだけでも、ウェールズの家臣は耳を痛く(あるいは同情)させたという。
そういうわけで今アグロヴァルはランスロットといる。
家臣ともどもまとめて引き連れて歩いているので目立たないわけがない。
通り過ぎるたびに年若い女性たちが黄色い声をあげていた。
とはいえこれだけ活気に満ちた祭りなのにアグロヴァルはいつもよりぼんやりしているように見えた。
表情は真顔だが、瞳に覇気がない。
「そろそろパレードの時間です。
お席を用意していますのでご案内します。」
「ああ」
こんな祭りの任務でなければ「カリアを呼ぼうか?」と言えるのだが。
毎年祭りの後のカリアは一日中死んだように眠りこけている。
祭りの中心人物であるにもかかわらず、祭りを全く知らないのだ。
可哀そうと言えばかわいそうなのだが、背に腹は代えられない。
どうしても有能でフットワークの軽い、カリアという事務員(何でも屋)が必要だ。
(ごめんなカリア…
このあと休みをとれるよう調整するからな…)
心の中で謝り、特等席の一歩手前で待機する。
すると従者に案内されてきた国王陛下が同じ場所に現れる。
「アグロヴァル殿下、祭りの様子はいかがだったであろうか」
「これだけの活気にあふれているにもかかわらず、治安も維持されている
この祭りには島の外からも観光客が来ると聞き及んでいる故、正直なところ驚いている」
「そうかそうか、いやはや我が白竜騎士団がこの祭りを守っているといっても過言ではない
我ながら鼻が高いものだ」
ランスロットは国王に深く頭を下げる。
「だがこの国直属の者には祭りを最高のものにしようと尽力してくれている。
故に祭りを知らぬ我が臣下に多いのだ
せめてこの笑顔だけでも見せてやりたいものだ…」
パレードの準備も終わり、真下にいるヴェインがランスロットへ合図を送る。
それをみて、ランスロットは号令を発した。
下方にいる白竜騎士団と宮廷の音楽隊が行進を始めた。
パレードが祭りを最高潮にさせている。
民が持っている花びらをパレードの者たちにかける。
そこに風が駆け抜ければ花びらが街中に降り注いでいく。
パレードを街中が見届けると、今日の祭りは終わりとなる。
国王陛下が祭りの品評をし、民は笑顔に包まれる。
「アグロヴァル様、ご宿泊先まで案内いたします」
「…あやつはどうした」
ランスロットはいつも通り、最後の任務を果たそうとしたときに耳馴染みのない言葉を聞いた。
それまでは上の空のように、ああ、とか、わかった、と相槌を打っていたのに。
「あやつ…と、いうと」
「………言わねばわからぬほど、あやつは粗末な存在か」
あいつのことだな、と察したのでその名前を言おうとした瞬間、アグロヴァルの目つきが一番鋭くなる。
家臣がいる建前上、あまり聞かれたくはないのだろう。
ただカリアに会いたい、だなんて。
(たぶんバレてると思うんだけどなぁ…)「今の鐘で本日の業務はおわりましたが、連日の激務で明日まで寝込むかと」
「…ふん、そうか」
家臣の後ろのメイド二人が笑みを浮かべている。
なんだもろバレじゃないか、と思わず苦笑い。
ランスロットはとりあえずは気にせず宿泊先まで案内した。
疲れているから寝込んでいる。
とはいうものの、ただせっかくこの国に来たのだからカリアの顔を見なければすっきりしない。
アグロヴァルは直近の家臣にしか行き先を告げずに宿泊先から出た。
郊外にあるカリアの家に行くためだ。
これまで町の中を歩き回ったがそれのどれよりも足取りが軽い。
疲れた顔してへらへらしているのだろうと予想しながら。
そもそも、この祭りでカリアが一番激務であるというのはカリアの手紙から分かっていることだった。
祭りには来てほしいが私はとてもじゃないが案内できない、と。
あのカリアが付き添えないと断言しているほどと分かればアグロヴァルはそれをねぎらうほかない。
厳選に厳選を重ねて作らせたハーブティーの茶葉を片手に家の前へ。
いつみてもさびれた一軒家だが、そんな家の外装を見るだけで胸が躍る。
コンコン
とりあえずドアをノック。
しかし返事はない。
もう一度ノックすると、鈍い音を立てて玄関が開いた。
以前カリアのピンチにドアを蹴破ったことがあるが、まだ立て付けを直していなかったようだ。
2度は助けられんぞ、と思いながら玄関を開けると、そこにはぶっ倒れているカリア。
さすがの氷皇アグロヴァルも目を見開き抱き上げた。
「カリア!」
肩を揺らしても揺らしても、頬を抓っても起きる気配が無い。
スッ…と、脳裏に過労死という言葉が浮かんだ。
抱き上げて、まさに氷皇らしく、青い表情のまま騎士団の駐屯所へ駆け込む。
いくら騎士団とはいえその辺に明るい者はいるだろうし、そもそも他国の主がおいそれと公共機関に駆け込むこともできなかった。
またドアを蹴破る。
このドアは完全に金具が粉砕した。
「ここに医療に通じるものはおるか」
それまで打ち上げをしていた騎士団員はシーンと、その腕に抱えられている人物を見る。
「カリアーーーーっ!!!?」
我らが事務員様様がぐったりとしている。
これだけ運ばれても、団員が叫んでも瞼一つ動かない。
回復魔法を使える者が慌てて魔法を使うが反応はない。
「どうしようどうしよう!!?」
「過労死!?過労死なのか!?」
「ヴェイン副団長呼んでくる!!飯作ってる場合じゃねぇって!!」
「ランスロット団長も呼んでこーい!!」
運んできたのが氷皇というのは二の次。
毛布やら枕やら、とりあえず良さそうなものは何でも持ってきていた。
そこでようやく遅れて登場したツートップのランスロット、ヴェイン。
事情を聞いて足早にやってきたものの、カリアの顔色をみて
「なーんだ、寝てるだけじゃん」
「これのどこが寝ているというのだ
永眠という意味か貴様」
「わ゛ーーっ!!?アグロヴァル落ち着け―!!」
思わずヴェインの胸倉をつかみ上げる。
慌ててランスロットが間に入った。
「まぁまぁまぁ!
昼にも言ったけど、カリアは疲れすぎたら何やっても起きないんだよ!
黒竜騎士団に居た時も何やっても起きなくて、それこそジークフリートさんも冷汗かいたくらいなんだから!」
「そうそう!ジークフリートさんに冷汗かかせたの、カリアくらいだぜ?」
ほらほら、と言わんばかりにカリアの頬をつまむ。
そんな行動にまた胸倉をつかんだ。
「こやつに触るな…」
「す、すいませんでした…」
「と、とりあえず、寝かせてやろうな?」
ランスロットがカリアを抱き上げた時、頭がこてんと、胸に寄り掛かった。
「んん…けっさい…ぜろ…けっさい…ルピ…」
夢の中でもうなされているなんて、と団員は同情するしかない。
ともあれ生きていることが確認されたことは僥倖だ。
「家は遠いし、個室があるから俺が運んでくる」
ランスロットならばカリアと仲もいいし気の知れた友人であるので任せられるのだが、何故かアグロヴァルが抱き上げる。
団員は目を丸くする。
そもそも、カリアを運ぶのに最適解なのはランスロットかヴェイン。
ウェールズ当主が運ぶ意味など無いはずだ。
「なんだ
進言は受け付けんぞ」
「はは……そこをでて突き当りを左に曲がると個室があるから…」
ランスロットは空笑い。
そこまでか、と見せつけられた気分だった。
特にカリアについてそういう感情は持っていないものの、気難しいアグロヴァルに好かれることの大変さを、何故だか想像してしまったからだ。
アグロヴァルは言われるがままに進むと確かに個室があった。
半開きの個室はいつも清潔に保たれているようだ。
使った形跡もないので、そこにカリアを寝かせる。
「……この愚鈍め」
ここまで冷汗をかかせられたのは初めてだ。
いまさら心臓が飛び狂う。
いつもの眼帯も慌てて運んだためにずれていた。
頭の後ろにある結び目をほどいたらあらわになる。
カリア自身、もう目はないのだと自己申告してきた瞼の上を撫でて寝顔を眺める。
そうして、ただ眺めるだけの時間が過ぎる。
しばらくすると、ドアがノックされた。
視線をやると体格のいい男の影が見える。
「なんか食うか?
シチューなんだけど」
「いらぬ
カリアに食わせよ」
「そりゃとってあるけどよ…
アグロヴァルも食べないか?」
ヴェインは湯気の立つ皿のシチューを見せた。
「あと、女の子が寝てるのを見るのは感心しねぇなぁ」
「……我はさきほど夕餉を食した
それに走ってきたばかりだ」
ベッドに腰かけていたが立ち上がり、部屋の外に出る。
ドアをしっかりしめて、寄り掛かる。
「これでよいか」
「あー………椅子持ってきた方がいいか?」
「よい」
「なーんだ、すげぇ好きなんだな、カリアのこと」
直球に物事を言ってくるので、いささか苛立つが、カリアがヴェインのそういうところが憎めないのだとぼやいていたのを思い出す。
カリアのような、気の抜けた底抜けの明るい笑顔をしている。
もしや似たような人種なのでは、と勘繰るが意味はない。
返答はせず黙っていると、にっしっし、と実にいいものを見たような笑い声をあげた。
「だいじょーぶ!俺は口が堅いからな!」
◆
結局カリアが起きたのは朝だ。
騎士団の駐屯所…宿舎とも言うべきところだ。
あまりにも見慣れた光景なので『黒竜騎士団時代の寮』なのだと寝ぼけていた。
当番制で洗って置いているカゴの中にタオルとシャツ。
ドアを開けると早朝のためか誰もいない。
とりあえずシャワー室に入り、すっきりしたあとでシャツと、鎧の下に着るインナーに着替えた。
食堂のおばさんから食べ物をもらおうとふらふらしながら食堂へ。
「おはようございます…カリア出勤いたします…」
それまでがやがやしていたのにいきなりシーンとなった。
何故だ?と顔をあげると、新米たちと一部見知った顔。
寮だと思ってきた食堂は、確かに食堂は食堂なのだが、団員たちが自ら調理して食べる食堂だった。
「あれ?」
そこでいろいろと思い出す。
右目に触れるとがらんどう。
そういえば今は会計事務だったな。
昨日はただ事務ではなく、大きな行事だった。そう、祭りだ。
家に帰って…それから記憶がない。
混乱しているところでズンズンと歩いてくる男。
「え、は、
あ、アグロヴァ」
「まともな服も着れぬのか貴様!」
「え」
一応下着はつけているものの、シャツはあくまで臨時の服。
長年繰り返し洗われ素材が薄くなっていたため朝日でも射せば体のラインが透ける。
アグロヴァルは自ら着ていた服を脱いで勢いでカリアにかぶせる。
「いいからとっとと着替えてこい愚か者め!!!」
「ひっ、は、はいぃっ!!」
ばたばたと走り去っていく会計事務。
一部に人気があるが、それでもカリアほどのスタイルの良さならだれもが朝から良いものを見てしまったと思っていたであろう。
だが食堂にいる団員全員を目で殺すアグロヴァル。
今見たことをすべて忘れろ、と。
パージヴァルの兄ならば、その恐怖を植え付ける技術は尚更高い。
どちらかといえば、カリアのスタイルよりアグロヴァルの恐怖のほうが強く印象付けた。
アグロヴァルはいつもの宿泊している宿にいるのではないのか?というか何故私はここにいる?
答えを教えてもらわなければわからない疑問だ。
とっさに着せられたアグロヴァルの服を脱ぐ。
「…いいにおい」
さすが名家、匂いも桁違いだ。
「何使ってんだろ…メイドさんにきこうかな…」
ともあれまともな服を見つけられたので着替えてもう一度食堂に戻ろうとしたとき、寝ぼけた顔したランスロットがいた。
ちょうどいい、この疑問の答えを教えてもらおう。
「ランスロット!」
「ん…ああ、カリア
よく眠れたか?」
「寝すぎて何も覚えてないんだけど…
私夢遊病でも発症してた?」
「いや、逆だよ
アグロヴァルが、カリアが動かないって
慌ててここに駆け込んだんだ」
数年前、また黒竜騎士団でジークフリートが騎士団長をしていた時代だ。
山に魔物がはびこるようになり、いつしか街を取り囲む事態となった。
とりあえずこれを倒さなければ国が無くなる。
連日連戦。
仮眠してもいつ魔物が来るかわからない山では誰もが休めない。
そうしてめぼしい魔物は消え失せ、数日は騎士団全員眠りこけたのだ。
そこまでならまだしも、カリアは仕事ならばいつまでもどこまでも、搾りかすまでもエネルギーに変える人間だ。
最後まで意識もしっかりしていたのだが、一度眠れば3日は眠り続けてしまったのだ。
食事もせず3日。
同期のヴェインが泣きそうになりながらランスロット、ジークフリートに言って全員が冷汗をかいた。
まさか過労死…………そう悩んでいた矢先
『ふぁあ…よくねた…』
気の抜けた声で起き上がったのでちょっとした感動を生んでしまった。
ジークフリートはとてもほっとして、それからというものカリアには言わずとも気に掛ける場面はランスロットから見ても何度かあった。
「まさか…」
「ああ…何しても起きないんだって
まぁ寝てるだけだって言ったら一晩ここで泊まることになったんだよ」
また心配をかけてしまった…
以前の縁談事件といい、氷無断採掘事件といい、なんどもアグロヴァルに心配させてしまっている。
「とにかく食堂へいこう」
ランスロットの言葉にうなずき、たどり着いたはいいものの食堂の外で威圧感を発している人物が遠めでも見えた。
手に持つシャツを、ランスロットに任せたくなったのは言うまでもない。
「お、おはようございます…」
「おはようアグロヴァル」
「カリア、貴様に話がある」
「はい……」
「はは…」
とりあえずシャツを返す。
アグロヴァルはそれを着ながら歩き出した。
人気のない廊下に辿り着いたところで、カリアから口を開いた。
「…すみません…以後、気を付けます…」
「それは何に対してかわかっておるのか」
ぎろり
見下す目がとても鋭利だ。
「えっと…うすいシャツ…」
「すべてだ愚か者!
例え一人しかおらぬとは言えすべての仕事を一人でこなしおって!
玄関で鍵もせず寝てそれこそ先の二の舞になったらどうするつもりだ!」
「うう……」
正論すぎて何も言えない。
確かに一人で仕事をしすぎている自覚はある。
その仕事のしすぎて疲れて玄関で倒れてしまったのだとすると、その働き方に問題がある。
「貴様の体に万一不調など出てみろ!
それみたことかとあざ笑ってやろうか!」
「は、はい…すみませんでした…」
ここまで怒られたのは初めてだ。
いつもなら頬を抓るだけで終わるにもかかわらず。
全てを言い切ったアグロヴァルは息を荒くしていたが次第に冷静を取り戻す。
「はぁ………
よいかカリア
これ以上無理をするなら我が連れ去るぞ」
「えっ!や、その、それは、ちょっと困ります……」
「であればわが身を労われ
それだけだ」
そしてその場から離れようとするが今度はカリアが呼び止めた。
いつものように控えめに裾をつまむ。
それは些細な力で、気を張っていなければ気づかないほどだ。
カリアは特に気づかれなくともいいのかもしれないが、できれば気づいてほしいのが本心だろう。
「なんだ」
「…あの、ごめんなさい…
心配ばかりかけてしまいまして…
倒れていたから運んでくださったんですよね
……怒鳴ってくださって、ありがとうございます」
ふと、カリアの匂いがする。
いつもの距離感と変わらないのに、なぜかと考えれば単純なことだ。
今アグロヴァルが着ている服を少しとはいえカリアに着せたのだから。
「それに、宿から出て私に一言、ねぎらってくださろうとしたんですよね…
驚かせてしまって本当に、申し訳ありません」
カリアは頭を下げた。
いいや、そういうことをさせたいがために怒鳴ったわけではない。
ただそうしなければいつか本当に倒れてしまいそうで。
「顔を上げよ
もうよい」
「はい…次から、気を付けますから…」
寝言をつぶやくカリアを見て一番安心したくせに、
ただ一言、それ程過酷なら辞めてしまえと言えばいいだけの話だ。
それなのに空笑いをさせて、今にも泣きそうな顔をさせてしまっている。
「カリアよ、貴様、我のことをどう考える」
「えっ、相変わらず突然ですね……
ええと、優しい方だとは思っていますが…」
「異性に触れられるのはどう考える」
「は!?
ま、まぁ、気の知れた人ならとくには…」
「我はその『気の知れた者』か?」
驚きつつも顔を赤くさせる。
妙なところで奥手なのは、縁談事件のことを気にしているのか、ただそういう気質なのか。
ともかく、アグロヴァルに撫でられるところを想像するも特に嫌という感想は浮かばなかった。
むしろ褒められたと喜べる。
「はいっ、気の知れた方ですっ」
にこっと笑顔で答えるとアグロヴァルはカリアを抱きしめた。
「む!?」
予想外の展開にカリアはひたすら目を白黒させるばかり。
長い腕に囲まれていると同時に、アグロヴァルの匂いがする。
「あまり我に心労を重ねさせるな
よいな」
「ふ、ふぁい……」
返事をすると離される。
真っ赤な顔はお互いだ。
アグロヴァルでさえも頬は赤くなるのかと感心する。
右頬をいつものように指の背で撫でる。
「ではな」
別れもいつもどおり。
あっさりとその場を離れてしまった。
呆然としながら食堂に戻ると、ランスロットがどうだった?と聞いてきた。
「…いい匂いだった」
「ブッフォ!?」
「ちょっと団長きったねぇ!!」
[pager]
珍しく目覚めてしまったため、帰路に就くついでに民間主催の祭りを眺めていた。
(そういえばこうやってみるのは初めてかも…)
昼前なので、昼食を買って帰ってもいいだろう。
とりあえず美味しそうなものをあらかた買う。
「ねぇねぇ昨日来てたウェールズのご当主みた!?」
「みたー!すっごい綺麗な方よねぇ!
噂じゃまだご結婚されてないのだとか!」
ああ、アグロヴァルね…
なんて冷静に話を聞けるのは、アグロヴァルがカリアを好いていると知ってしまったからだろう。
それと、今朝のことだ。
あんなにやさしく抱きしめられたのは、いつぶりだろう。
今思い返すと、どきどきしてくる。
それにしてもいい匂いだった。
いろんなことを考えながら家に帰ると、散らばった荷物が倒れていたことを物語っている。
そして、見知らぬ小包も落ちていた。
『カリア』
差出人の名前はない。
だが昨日のことを考えればアグロヴァルが持ってきたことは明白だった。
中身が気になるので開けてみると、綺麗にラッピングされた茶葉だ。
嗅いでみると、ハーブのつんとした匂い。
ハーブティだ。
あらためて、いや、そうでなくともだ
きっと死ぬほど驚いたのだろう。
また私が玄関で倒れていたのだから。
まず自分を落ち着かせるためにその茶葉を使ってお茶を淹れた。
◆
昼食を食べながらゆっくりのんびり、ただぼーっと時間を過ごしていた。
ランスロットから聞いた話なのだが、明日から3日も休みをもらえるのだとか。
それはそれでゆっくり休みもとれるし家の掃除もできる。
今日は本を読みながら昼寝でも…なんて考えていた矢先、玄関からノックが聞こえた。
「はーい」
玄関の鍵を開けて、ドアを開くとまたもや見知った顔。
「ッッッ」
思わず後ずさる。
「おい貴様、なぜ後ずさった」
「いえ…もう今日はお会いしないものかと」
アグロヴァルだ。
抱きしめてきた張本人がやってきて驚かないわけがない。
カリアの男性経験値を格段に上げているので意識しないわけがなかった。
「あー…上がられますか?」
「いや、
貴様、着替えよ」
「え?」
「祭りに向かうぞ」
「あの…滞在は本日までですよね?
お帰りの時間では」
また急に頬をつねってきた。
カリアはまた何かを察せられなかったようだ。
「いてててて」
「我が滞在日数を伸ばしたのだ
言わねばわからぬか」
「えぇっ!!どうし…いたたた!」
「早く着替えよ
我は気が長いほうではない」
ひりひりする左頬をさすりながら、また着替える。
裾のレースで一目ぼれした小綺麗なシャツとズボンをひっつかんで、髪を櫛で梳いた。
「お、お待たせしました」
「ゆくぞ」
「!?」
ハイカットのブーツを履いた途端に手を握られる。
今日はいったい何事だろうか。
いつになくアグロヴァルが積極的………なのはいつものことだ。
やたらとカリアに接触してくる。
それは珍しい事だ。
アグロヴァルは決して、多くを触れようとしなかった。
まだ想いすら告げていないのに、という考えもあるのだろう。
だが急に、こうして指を絡める。
ごつごつした男性の指がカリアの指先を緩く握る。
「あ、そ、そうだ
ハーブティー、頂きました
とても美味しいです、ありがとうございます」
「…貴様のせいで渡しそびれたがな」
人目を気にするためアグロヴァルはフードを深くかぶる。
けれど体温が上がっているのは指先から感じられていた。
次第に街に近づく。
昨日と同じく賑わいを見せる市場。
「あぐ……あー…えっと……なんてお呼びした方がいいですか?」
「好きにせよ」
「じゃあ…アグさん!………好きにしろって言ったじゃないですか」
不服そうな目にカリアも抗議をした。
たしかに好きにしろとは言ったがそのように気軽に呼ばれることに違和感を覚える。
小さくため息をつく。
「わかった、貴様の好きなようにするがいい」
「ふふん、はじめてアグさんに勝てました」
「………。」
得意げな顔をしたカリア。
言われてみれば確かに、と思ったとたん腕を引いた。
「な、なんだ」
「ほら!あそこ!
フェードラッヘの名物ですよ!」
アグロヴァルが目をやると演奏が始まる。
その前で踊るのは飛び入りの民間人。
足取り軽く、次々に踊る相手を交代しながら。
音楽に合わせて女性は回転し、男性は手を引く。
「ほら嬢ちゃんも入った入った!」
「え、え!?」
男性に手を引かれてカリアが巻き込まれる。
とはいえカリアもカリアで楽しんでいるようた。
カリアも踊る相手をとっかえひっかえしているが、まれに女性に当たることも。
その時はカリアは騎士らしく男性役をして、恭しく礼をしながら次の相手へ引き渡す。
「アグさんも!」
「なっ」
手を引かれてアグロヴァルもとうとう巻き込まれた。
「大丈夫、ワンパターンですから!」
「そういう心配をしているのでは…」
えーい!とカリアはアグロヴァルを女性へ引き渡す。
顔だけは見られないようにすることがどれだけ大変か。
この時ばかりはカリアを恨む。
曲が次第にテンポが上がってゆく。
やはりどれだけ周りの女性が美しく祭り用に着飾っていても、青い髪には劣って見えた。
カリアはドレスでもなく、どちらかというと騎士のようにズボンをはいているのに。
そして踊る者たちは次第に円を描いて回る。
カホンを打ち鳴らし、周りは盛り上がっていく。
これが曲の最後かと思えば、また相手を交代される。
結局曲が終わると同時にまわりまわってアグロヴァルの胸に帰ってきたのはカリアだった。
「あはは!」
「…貴様…我を巻き込みおって…」
「あ、えへへ…ごめんなさい…」
カリアの手に引かれて、踊る輪から抜ける。
「楽しくなかったですか?」
「……そうとは言っておらん」
どうにも、カリアの笑顔に弱いのだと自覚してきた。
へらへらとした気弱な笑みではない。
心の底から楽しいと思っている笑顔だ。
「でも、あれは偶数番目に組んだ相手と最後また会えるようになってるんです
たまたまでしたけど、アグさんと当たれてよかったです」
「まったく…」
カリアは少しアグロヴァルを振り回せて楽しいと思っていた。
いつも頬をつままれたり、いろいろと振り回されっぱなしのような気がしていたからだ。
そのあともカリアはあっちもこっちもとアグロヴァルを連れまわす。
まさに興奮した犬の散歩状態だ。
飼い主はアグロヴァル。
引きずられて勢いに負けている。
日も暮れた頃、十分楽しんだカリアはベンチに腰かけていた。
アグロヴァルは疲れ気味だ。
「あーたのしかった!」
「…貴様覚えておれ」
「ひっ…」
しまった、やりすぎたか。
カリアは反省していても後悔はしていない。
「でも、きっとアグさんと一緒に居たから楽しかったんですよ!」
「…ふん」
「そうだ!ハーブティのお礼もかねて、今度クッキーいっぱい作って持っていきますから!」
ね、機嫌なおして?と言わんばかりだ。
弱みに付け込んでいるかのような、その笑顔。
あとクッキーで釣れると思っているようだ。
「菓子はもうよい」
「えっ
…てっきり好きなのかと」
「代わりに我に口付けすれば今日の非礼を許してやらんでもない」
「はい!!?」
これでカリアも大人しくなるだろう。
アグロヴァルはいつだってこの手の駆け引きでは勝っていた。
顔を真っ赤にさせて、あーだこーだ頭を悩ませている頃のはず。
わざとつっけんどんにしていた視線をカリアにやる。
「ど、…どこにとか…制限はあります…?」
顔を真っ赤にさせながらそう尋ねてきた。
予想外の展開にアグロヴァルも目を丸くさせる。
(まさか、本当にするつもりなのか!?)
カリアがどういう意図で言ったのか全くわからない。
今の今までアグロヴァルはカリアに対してアプローチをしても大きく空振りしていた。
それを見越していたのに、思わぬ当たりが出てしまって逆に驚く。
もらえるものならもらっておきたいと言う男の本音と
まだそういう仲ではないのに、目撃などされたらたまらない、という当主の本音
そのはざまに揺れ動く。
だが、カリアに恥をかかせては憐れだ。
そう思えばあとは自然に動いていた。
自分の手の甲をカリアの唇にあてた。
「これでよい」
「ッ!?」
「なんだ、塞いでほしいのか」
「いっ、いえっ!」
カリアも、私は一体何を言っているんだろうと、自分を責めた。
そんなことを言ったとしてもアグロヴァルを困らせるだけだ。
ついでに、今のこの沈黙にも、カリアは困っている。
そうこうしているうちに鐘がなる。
祭りの終わりの合図だ。
「あ…祭り終わっちゃいましたね」
「そうだな」
「よかったら、また来年もきてくださいね」
「…貴様が今度こそ倒れぬよう、我が見張ってやろう」
「え゛……あ、あはは…お手柔らかに…」