氷野の展望
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この小説の夢小説設定フェードラッヘ・白竜騎士団の会計事務
数年前に失明したことで前線を退き、裏方仕事をしている。
下級貴族から家出する形で黒竜騎士団に入った経歴がある。
騎士としてのプライドは高く、皆に優しく自分に厳しい性格。
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「時にカリア」
普通に公務でフェードラッヘに訪れていたアグロヴァル。
アグロヴァルより直々の指名でカリアが案内役として駆り出された。
以前なら「あのアグロヴァルの案内かぁ…」と愚痴を言っていたのだが今となればよろこんで飛びつくようになった。
フェードラッヘがウェールズを一部監視下に置いている。
例えば、騎士団を数名派遣して治安維持をしたり、など。
具体的な政治に干渉はしないようにしているがどうしても力関係としてはフェードラッヘが上回っている。
そのため会議などがあればアグロヴァルがやってくることが多い。
ともあれアグロヴァルの家臣と共にそばに控える機会は多くなった。
そしてこうしてたびたび話しかけられるようにもなった。
「はい?」
「貴様、アウギュステを知っておるか」
「ええ、あの海があるという島ですね
話では伺っています」
「そうか」
アウギュステの話になるのかと思いきや、特段話が広がるわけでもなく。
なぜそんなことを聞いたのだろうか、とカリアは疑問に思うばかり。
しかし次の会議が入っているので深くはうかがい知れなかった。
それから、国王陛下への謁見も。
弟のパーシヴァルを預かっていたのもあって、さすがのアグロヴァルもいつものとげとげしさは鳴りを潜めていた。
「フェードラッヘの騎士団は統率がよく行き届いておられる。
出自が騎士団の者でさえ、騎士の在り方を忘れておらぬのだから」
ふと、アグロヴァルはカリアを見ながらそう褒めた。
とりあえず何が起こるかわからないため周りの音に注意していたためにあまり話を聞いていなかったカリアは少しだけきょとんとしてしまう。
騎士の鋭い目から、急に目元が柔くなる変化にアグロヴァルは見逃さない。
聴いていなかったなこやつ、と逆にアグロヴァルが目つきを鋭くさせた。
「はっはっは
カリアをよほど気に入っておられるようだ
働き者ではあるが度が過ぎるのが唯一の難点か」
「その通りだ陛下
国を思うがゆえの行動であるのは明白だな」
カリア自身の話をされているとわかれば、静かに頬を赤くさせる。
国王にまでカリアの話が届いているのは意外ではあるが、気恥ずかしい。
「これはカリアをウェールズに引き抜かれるのも時間の問題のようだ
カリアよ」
「!?
はいっ」
国王から声を掛けられるのは初めてで緊張のせいで体が硬くなる。
「両国の友好のために、アグロヴァル殿下が望まれる場合は護衛任務につくように」
「はっ!ぜひとも!」
「うむ、カリアもなかなか腕が立つと聞く
存分にその腕を振るうように」
「陛下とアグロヴァル様のご期待に沿えるよう最善を尽くす所存です!」
その言葉を告げた時、アグロヴァルはまるで「言質を取ったぞ」と言わんばかりの笑みを向けた。
悪いようにされるわけではないのに背筋が凍る。
何をされるのだろうか、と心臓がうなる。
フェードラッヘの滞在が終わる最終日。
朝早くから部屋の前で護衛についてたカリアは部屋のドアが開くのを見た。
「アグロヴァル様、まだ起床には早いため、もう少しお休みに…」
「こい」
「え、ええっ」
部屋を出てどこかへ行くので慌てて後をついて行く。
宿の外に出て空へ腕を伸ばすと、その指先に鳩が止まった。
朝焼けがやってくる前の、薄暗い夜空が残る中、アグロヴァルほどの美男が純白の鳩といれば思うことは一つだ。
(び…美人すぎる……)
まるで一枚の絵画だ。
きっとアグロヴァルという存在はいつまでも後世に語り継がれるのだろう。
美男当主として。
「こちらに来い」
「はい」
アグロヴァルに近づくとカリアの手を取り、鳩を移した。
「え、あの?」
「我の伝書鳩だ」
「?」
つまりなんだ?と顔を少し歪ませる。
察しのわるいカリアを見て額に手を当てる。
「そうか…貴様はそういう女だったな…」
「な、なんだか毎度毎度申し訳ありません…」
「…我の文を貴様に出す
この鳩が間違いなく届けるであろう」
「!?」
つまり、手紙を出せというのだ。
これは公的で、護衛任務を依頼するものなのだろうかとかいろんな考えがよぎる。
もう一度尋ねようとしてアグロヴァルをみやるが、その真っすぐに見つめる目で言葉が詰まった。
「あ…はい……手紙、出します…」
「それでよい」
私的なもののようだ。
カリアはアグロヴァルからこのような施しを受けるたびに、おかしな考えばかり浮かんでしまう。
つまりアグロヴァルはカリアを好いていて、だからわざわざ会いに来たり、察しが悪くとも愛想つかさずに接してくれるのだろう、と。
「…あの…」
「なんだ」
「…いつも、私のような者に…いつもありがとうございます
っわ!?」
鳩がばたばたと暴れて頭に乗った。
くせっ毛の強いカリアの髪が鳩の巣のように見えてついつい噴き出す。
「っく…」
「あ!わ、笑いましたね!?
私だってちょっとくせっ毛なの気にしてるんですから!
どうせ鳩の巣とか思ったんでしょう?」
「なんだ、自覚はしているのか」
言っているうちにカリアもおかしくなってしまい、くすくすと笑う。
そんな隻眼の女を見て、アグロヴァルも笑みを浮かべる。
「帰国後文を出す
ウェールズ当主の命だ
忘れず返答せよ」
「はい、忘れたりしません」
鳩を優しく抱いて、アグロヴァルにかえす。
すると朝日が顔をのぞかせた。
「あ、もう朝ですね
お部屋に戻りましょう
薄着で寒いでしょう
…アグロヴァル様?」
朝日を背に、カリアの髪がキラキラと輝いている。
それを見て、まるで自身の顔を隠すように無言でその場を離れてしまう。
(時々何考えてるかわかんないんだけど…まぁいいか)
◆
手紙の主なやりとりはこうだ。
「貴様のクッキーが食べたい」
「この間もそれでしたね。
先日お渡しした分は食べてしまわれたのですか?
一度に食べてしまうと体に毒ですよ」
「旅行でフェードラッヘを離れたことはあるか」
「この島自体出た経験がありません
群島になら何度かあります」
この具合で、まるでアグロヴァルの一問一答を受けているようなものだ。
手紙とは…と、その意味を問いただしたくなる。
どれだけこちらが長文で返しても、アグロヴァルはやや淡白な手紙の内容しか送ってこない。
おそらく文書ばかり見ていて、こちらの手紙に割く時間がないのだろう。
そんなある日、突然手紙と共にチケットが入っていた。
「飛空艇の搭乗チケット…?
なんでこんなのが…間違えて送ったのかな?」
ともあれ一緒にある手紙を読む。
この手紙は珍しく長文だった。
『心身に委細問題はないか
貴様は自己をおろそかにする傾向がある。
ゆめその欠点を忘れるな』
こんな始まりの文章に、つい(占いかな?)と思ってしまう。
続きを読む。
『飛空艇の搭乗券を共に送っておいた。
とある島に用件がある故護衛任務を命じる
以上のことはフェードラッヘ国王にも伝えているため改めての報告の必要はない』
またこの人は勝手なことを…。
そんなことを思っても心から嫌なわけではない。
結局なんだかんだとほだされているのはカリアの方かもしれない。
『日時は下記を参照せよ』
手紙、というより任務依頼のような気もしなくはないが。
初めて島を出るということにワクワクを覚えた。
(いや、けれどこれは護衛任務だ
アグロヴァル様に何かあればフェードラッヘの沽券にかかわる!)
身を引き締めて、その日から体を鍛え上げることにした。
のだが…
「あの、アグロヴァル様?」
「なんだ」
「思いっきり、私服ではありませんか」
私服は私服でも、ロイヤル感たっぷりの、青い色が美しいものだ。
長いストールをかけ、ワイシャツに皮のベルトが良く映える、黒のズボン。
こっちは籠手を着けて、動きやすい装備でやってきたというのに。
「貴様は駆け引きが下手だな」
(下手っていわれた…よくわかんないけど…)
「まぁそうであろうと思い先に手をまわして正解だったな」
(しかも予想されてた…)
すると停泊所まで来ていた家臣の一人がカリアに一つトランクケースを渡した。
「艇内であけるがよい
家臣ども、後のことは委細任せた
ゆめ我を失望させるな」
「はっ」
「えっ、えっ、えっ」
話について行けないカリアは家臣とアグロヴァルを何度も見やるばかり。
アグロヴァルは先に飛空艇へ乗ってしまう。
混乱するカリアに家臣より一言。
「アグロヴァル様の休暇の護衛、お願いいたしまする」
「ふぁっ!?
休暇!?」
「…お聞きになっていないので?」
「わ、私は護衛としか伺っておりません…
い、一体どういう…」
家臣はため息をつきながらもなんだか全貌を理解してしまったようで
「アグロヴァル様をよろしくお願いいたします」
それだけ言ってカリアを飛空艇へ乗せた。
久しぶりに乗る飛空艇に、少しドキドキするもアグロヴァルの存在でそんな余裕はないと悟る。
「ここから飛空艇での移動が長くなる
部屋を取っておいた
ついてこい」
言われた通りについていくと、なんとカリアに一室予約していたようだ。
驚く間もなく部屋に押し込まれる。
ドア越しに、アグロヴァルは言う。
「トランクケースの中にある衣類に着替えよ」
「は、はい…」
全くなんなんだ、とケースの中を開けると、上品なワンピースがあった。
カリアの好みに沿っていたので一瞬見とれたが、何故?という気持ちもある。
ともあれ着替えて、部屋をでる。
「ふむ、悪くない」
「あ、ありがとうございます…
わざわざとってくださったんですよね、お部屋も、この服も…
でも、休暇なら休暇と言ってくださればよかったのに」
自分で言って、あれ?と気づく。
休暇ならわざわざ自分を護衛に付けず、腹心のような家臣を連れて来ればいいではないか。
わざわざ、フェードラッヘに交渉までしてカリアをつれてくる手間をする理由が見当たらない。
だが、それも少しだけ、勘づいてしまった。
(ま、まさか、私と…?)
顔が赤くなる。
「なるほど、ようやく察したようだ」
「いっ、あっ、そのっ
ええと………」
途端に言葉が出なくなる。
おさげで顔を隠す。
こういう時に長い髪は便利なのだが、今ばかりはすべて見透かされている気分になる。
「こい
それでも貴様が我の護衛であることに違いはない」
「は、はいっ」
広い甲板にまで出た二人。
カリアは空の広さに圧倒される。
「す、すごい…空ってこんなに大きいんですね…」
遠くに魔物の群れもあるが、こちらに近づく気配もない。
下を覗くと吸い込まれそうな暗い青が見える。
「落ちるぞ」
「あっ、はいっ」
自然と甲板の端に来ていたカリアに合わせ、アグロヴァルも隣に立つ。
「ところで、この飛空艇はどこへ?」
「アウギュステだ」
「あう…ギュステ!?
ほ、ほんとに…!?」
そしてまたカリアは思い出す。
以前フェードラッヘで護衛をしたとき、アウギュステを知っているか、など、カリアを護衛に駆り出す、など。
すべてはこの伏線だったのだ。
あまりのしたたかさ、準備の良さに口をあんぐりしてアグロヴァルを見上げる。
「なんだその間抜け顔は」
「まぬっ………はい…私は間抜けです………」
ここまでされては、もう鈍感ではすまされない。
『そういうこと』だと理解してしまう。
だが、なぜそうなったのか、思い当たる節がない。
(でも……いままで会いに来てくれたのも、ホワイトデーも、バレンタインも…結局はそういう…)
はぁ~~~~、と顔を覆って自己嫌悪した。
「す、すみません……私、そういうことは、めっぽうでして…」
「であろうな」
「す、すごく、不快な思いをさせてしまい…」
「我を何度も愚弄したな」
「はい…今ならその意味も理解できます……」
しばらく沈黙が続き、不意にアグロヴァルは肩を揺らしていた。
笑っているのだ。
人が真剣に悩んでいるのに。
しかもカリアに振り回された人間が、
「な、な、何故笑うんですか!」
「いや、……くくっ」
「また!?」
「いやはや痛快だ
今貴様の内に我がいると思うとおかしくてたまらぬ」
「ぐっ……う…」
耳が痛いくらいだ。
たまらず少し背を向ける。
なんていえばいいだろう、返事をするべきなのか、
悶々としているところで呼びかけられる。
「カリアよ」
「ど、どうされましたか」
「今は返答は聞かぬ
何せ我はそなたの国を滅ぼそうとしたのだからな」
(急に重い話を…)
「我が確固たるウェールズの主として君臨した暁に、正式にそなたへ伝えるとしよう」
頭の中が爆発するくらい熱い。
くらくらして倒れてしまいそうだ。
実際少しよろめいた。
ないはずの左目の中がドクドクと熱でうずく。
「…この程度でよろめくのか貴様」
「だっ…だって…
その……なんといえばいいか…」
「騎空艇から落ちては困る
我に近く寄れ」
うわーー!と頭の中でたくさんのカリアが暴走を始めている。
排熱機器が欲しいほど、うまくものごとが考えられない。
この状態で護衛だなんて、難易度が高すぎる。
しかも、休暇の間ずっと。
「何をしている
寄れと言っているのだ」
「……はい」
まるで命令に従う人形のように、肩をアグロヴァルにぴったりくっつけてしまう。
目じりが優しいまま、カリアの肩にそっと手を伸ばす。
肩で感じるアグロヴァルの体温に心臓が飛び跳ねている。
この音は実際に聞こえているのだろう。
「大層混乱しているようだな
我もそなたがあまりにもいじらしい故口走った」
「なっ…!」
なぜそんなに口説こうとするのか!キャラを取り戻して!と願う一方で、
顔を上げればいつでもアグロヴァルが見つめている。
見たことないくらい優しい目が、じっと。
ようやくアウギュステに辿り着いたようだ。
結局あれからうまくアグロヴァルの顔を見ることができなくなっていた。
出自だとか身分とかはさておき、とにかく意外な人物から思っていた以上の好意を寄せられていたのだ。
驚かない方がおかしい。
カリアは荷物を持ってアグロヴァルの背についていく。
人込みの多さに驚いたが、それよりも眼前に広がる海に視線が釘付けになった。
「すごい!水!アグロヴァル様!水がいっぱいです!」
「宿は近くだ
耐えよ」
「が、我慢できますよ…」
ハーヴィンの店主にチェックインをして、案内された部屋に通される。
そこらの宿とは違う、広い部屋とテラス、南国特有の装飾が施され、さわやかな部屋だった。
そこから見える海がまた光で輝いている。
「すごい!水が!見てください!とても綺麗ですね!」
「気に入っていただけだようですね~
これから海にいかれるのですか~?」
「え、ええ、まぁ」
「でしたら耐水性のある衣装に着替えるとよろしいですよ~」
確かに、ここにくるまでだいぶ派手な衣類を身にまとう男女を見かけたが
「あ、いえ、私は遠慮しておきます
アグロヴァル様はどうされます?」
アグロヴァルと騎空艇であんなことがあってはこれ以上恥ずかしいところを見せられない。
護衛だ、と自身に言い聞かせていた。
「こやつの分も見繕おう」
「ええええええ」
「はい~すぐご案内いたしますね~」
それで案内された店は案の定下着のような服ばかりだ。
アグロヴァルはそりゃ男性なのだから特に躊躇することなどないだろう。
だがカリアは別だ。
「こんなものはどうです~?」
「あ、あの…あまり露出が多いものは…」
ずい、とアグロヴァルからも出されるが、完全にアグロヴァルの趣味だ。
青い水着にいささか大胆。
「遠慮します…」
いろいろと見てはいるものの、これだと思うものは少なく、あきらめかけたその時。
「あ、兄上!?」
「ほう、パーシヴァル」
「は!?」
思い切りアウギュステを堪能しているパーシヴァルとばったり出会ってしまった。
パーシヴァルはアグロヴァル、カリアのセットに出会ってしまったことで気まずくなる。
何せ、兄がカリアに対してどう思っているのかわかっているからだ。
(パーシヴァルがすごい渋い顔してる…)
「まさかこんなところで出会うとはな」
「え、ええ…俺も驚きました…」
「ちょうどよい
貴様も協力せよ」
そうしてパーシヴァルもカリアの水着選びに参戦。
兄に言われてしまえば断ることもできず、とりあえず選んでみるがことごとく、一次審査であるアグロヴァルに却下される。
「と、とりあえずワンピースのもので…」
「ではこれは」
「あの、それ、すっごいスカート短くないですか」
兄弟にあれやこれやと言われている中、また背後から驚く声がする。
「カリア!?」
「うっわほんとにカリアだ!!」
ランスロットとヴェイン
こちらもリゾートを堪能しているようで水着だ。
パーシヴァルがいるあたり予想はできていたが、フェードラッヘの外で出会うと妙な気分だ。
「ひっさしぶりー!アグロヴァルも一緒なのか?」
「おい駄犬!口を慎め!」
「まぁまぁ、ヴェインもカリアを心配してたし、大目に見てくれ」
ヴェインはぽんぽんと頭を撫でられる。
1歳しか変わらないのに子ども扱いなのは少々納得いかない。
「ちょっと、頭ばしばししないでよ」
「カリアは目を離すと倒れそうなとこがあるからなぁ…お兄ちゃんとしては心配なんだよなぁ…」
「は、はぁ!?」
「アグロヴァルもしんぱ…………」
ぽふぽふと、カリアの頭を何度も撫でるヴェインに、氷皇の目つきが鋭利な刃物になっていた。
半分は嫉妬で、自分でもそんなに撫でたことも、親しく話したこともないのに、と。
「す、すみませんでした………」
「そ、そういえば、ここで何してたんだ?カリア」
慌てて別の話題をふるランスロット。
水着を選んでいたと言えば、新たにヴェインとランスロットも水着選抜メンバーとなった。
ここに女性がハーヴィンの店長しかいないのが納得いかない。
結局、さっさと終わらせたい気持ちもあって、アグロヴァルの勧める水着にした。
上下はビキニと呼ばれるもので、さらにシャツと腰に巻くロングスカートで隠している。
だがさすが水着用、いとも簡単に透けてしまっている。
着替えて、どうでしょうかと言う前にアグロヴァルが前に進み出た。
「悪くないな」
「あ、ありがとうございます」
「店主、会計だ」
「え、いえ、これくらい私が…」
がっしりと頭を掴まれて動かぬよう固定された。
「我が良いというまで、動くな」
「…は、はい……」
アグロヴァルがカリアに、どう思っているのか
見てわかる事ではあるが、パーシヴァルは実際に目の当たりにして遠い目をした。
◆
それから念願の海に辿り着いた。
ちらちらとアグロヴァルを見上げているので、少し笑って
「好きにせよ」と
首輪が外れた子犬のように海に駆け寄ってきゃっきゃと楽しそうにしている。
それを見つめる兄を見て、パーシヴァルはまたくらくらと頭を抱えた。
「元気出せよパーさん
兄貴とられてショックなのはわかるけどよ…」
「だまれ駄犬め…」
「それともカリアを取られてショックなのか?」
「違うほっとけ…」
何とも言えない感情にさいなまれるが、ふとアグロヴァルがパーシヴァルを見やる。
そして目で言っていた。
早急に、この場から、消えろ
凄まじい圧に、末弟は、ランスロットとヴェインを引きずって海の家へと向かった。
「あれ?あの3人はどちらに?」
「予定があると言っていた
おそらく今日は会うことはなかろう」
「そうなんですね…」
(……久しぶりだったからいろいろ…来年の予算とかいろいろ…言いたかったんだけどな…)
いかに眩しい日差しと潮の匂いに囲まれていても仕事のことを考えるときは目が座っていた。
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ともあれ今はリゾート地であるアウギュステにいるのだ。
楽しまなければ損だろう。
「アグロヴァル様も海にいきましょう!
冷たくて気持ちがいいですよ!」
今のカリアはアグロヴァルにとって子犬にしか見えない。
いつも気難しい顔をしてばかりの印象だが、本当はなんて事はない。
笑みをすれば実年齢より幼く見えた。
アグロヴァルの休暇というより、カリアの散歩をしているかのよう。
海辺を歩いたり、アウギュステの飲み物を買ったりして存分に楽しんだ。
「アウギュステって景色もいいですし、食べ物は美味しいですし、とても良いところですね!」
「ああ、そうだな」
アグロヴァルでさえも機嫌が良くなって居た。
間違いなく、アグロヴァルの休暇の中で最も良い思い出になるだろう。
そう確信していた。
にこにことしては話しかけてくるカリアを目に焼き付ける。
「カリアか?」
どこからともなく、男の声がする。
呼ばれたカリアが振り返ると、茶髪で長身の男がいた。
「ジークフリートさん!?」
「ああ、よかった、やはりカリアだったか
アグロヴァルも久しいな」
カリアを呼んだ男の名前はジークフリート。
フェードラッヘの最終兵器と言っても過言ではない。
とりあえずジークフリートで今の国が成り立っているようなものだ。
「あ、その衣装…」
「うん?これか?ジン、という団員仲間に勧められてな
アウギュステの伝統的な衣装らしい」
「とっっっても、よくお似合いです!!かっこいいです!!」
「ありがとう」
それまでカリアはアグロヴァルしか瞳に映さなかったのに、ジークフリートがきたら途端にこれだ。
そもそもアグロヴァルはジークフリートとカリアが知り合いである事すら知らなかった。
パーシヴァル、ランスロット、ヴェインとも違う。
アグロヴァルへの当初のような事務的な対応とも違う。
これは憧れだ。
カリアの言動と態度をみて、すぐさま分かってしまった。
アグロヴァルは鋭い目つきになる。
「そんな素敵な衣装があるなんて…
アグロヴァル様もどうですか!?
きっとお似合いに………」
「おっと、すごい顔になっているぞ」
アグロヴァルの顔に書いてある。
ヤキモチを焼いている、と。
カリアも思い出す。
そういえば好かれていた、と。
「カリアに何用があって声をかける
今は我の護衛だ」
「そうなのか?」
「は、はい…アグロヴァル様のご依頼でして」
「とても仲よさそうに話しているからてっきり…」
てっきり?
カリアが問う。
「でえと、というものなのかと」
「でえ……デート!!?」
「というかそうとしか…いくら世間に乏しい俺でも察知したさ」
「そうだ、逢瀬だ」
「おぅっ!!?」
デートから逢瀬に格段に語彙を上げてきたアグロヴァル。
どうしてもカリアを取られたくないようだ。
ジークフリートからアグロヴァルへ右往左往しているカリアを横目でみつつ、早く去れと目で訴えた。
「お前は口より目でモノを語るんだな
これ以上邪魔しても悪い
俺はこれで失礼する」
「は、はい、」
しゅんとするカリアに、嫉妬ばかりの自分が醜く感じる。
しかし暴れ出した感情の、振り下ろす場所がない。
「…そのように大事な男か」
「だ、大事というより
私の元上司でもありますし…」
「ふん」
「…すみません…軽率な行動をしてしまって」
それに返答もせず一人歩き出す。
特にどこへ向かっているわけではないが、一人ずっと歩く。
カリアはその後ろをついていった。
いつの間にか少しずつ距離が離れて、人気のいない岩肌の海岸にきていた。
太陽も傾き始めている。
「アグロヴァル様…」
以前の事件で分かっていた事だが、執念深い。
そう自覚してはいたものの、好いている女ですらこうなのだから厄介な男だと自己嫌悪した。
「そろそろ戻りましょう…お体も冷えますし」
「好きに戻ればよかろう」
「…私はあなた様の護衛で来ています
お一人にできません」
カリアも嫉妬なのだろうと分かってはいたが、会話だけで嫉妬されるとは思ってもみなくて少しばかり疲れている。
なので事務的な言葉を使って説得しようとしたが逆効果だった。
頑なに返事もしてもらえなくなってしまったのだ。
どうしてこうなったんだか。
一人頭を悩ませながらその背中を見つめる。
だが、ふと視界が急に落ちる。
意味もわからずに意識だけが取り残された。
派手に地面とはまた違う地面、おそらくは地下に落ちてしまった。
直後ガラガラと連鎖して海岸側のむき出しの岩肌が落ちて来た。
慌てて逃げようとするも足をくじいていて、石で頭を強く打つ。
泣きっ面に蜂という言葉がカリアの運命なのか。
うっすらと嘆きながら意識を手放した。
とはいえ次の目覚めまでそう長くはない。
名前を強く呼ばれて、目を覚ますと心配そうな表情をしたアグロヴァルがいた。
「カリア!」
「あ、あの…ここは…」
周りを見渡すと、空高く夜空が見える。
あの空が見える場所から落ちたのだろう。
「頭を強く打った、あまり動くな」
鎖骨にまで伸びる赤い血を見て割と大出血だったことは伺える。
「すみません…こんなことになってしまって」
運の悪さもさる事ながら、アグロヴァルに迷惑をかけてしまった事実が重い。
しかしゆっくりと首を振って否定する。
「つまらぬ意地を張った
すまなかったな」
軽い脳震盪のせいか、頭の中がふわふわして視界がぐらつく。
「と、ともかく地上に出ましょう」
「いや、落ちて来た岩はすべて風化のせいか脆くなっている。
あの土砂の上を登ることも考えたが無駄のようだ」
手元に落ちている岩のかけらを掴んで見ると、砂のようにサクサクと簡単に潰れてしまう。
ということはカリアに当たった岩だけが普通より硬かったのだろう。
こんなところで運の悪さに輪をかけなくともいいであろうに。
文字通り頭を抱える。
「痛むか」
「いえ…私の運の無さに絶望してました…
私はもう平気です
この先は何があるんですか?」
ゆっくり立ち上がると、大きく続く道。
まるで発掘場のようだ。
「無理をするでない
余計悪化されたら困る」
「わぁっ!?」
いとも簡単にお姫様抱っこ。
「おもい!おもいです!」
「人間なのだから当たり前だ」
「いや…だから…」
アグロヴァルはとりあえずここでくすぶっていても仕方ないと思ったようだ。
その一本道を突き進む。
「重かったら、言ってくださいね
私歩けますから」
「くどい、口を塞ぐぞ」
「ひぇ…」
やはり機嫌は悪いまま。
足元が暗いのでカリアは魔法で光を灯す。
「あ、あそこ、光が見えますよ」
外の光が漏れているのだろうか。
少しばかりひらけた場所のように見えたので無論向かっていく。
すると、その場所はひらけた場所などではなく
巨大な水晶に壁面を覆われた異空間のようば風景が広がっていた。
「す、すごい…!
こんな場所があったなんて!」
「ふん…全て氷か
随分と降ってきたからな
地下水がここで凍っているのだろう」
すると、その奥で数名人が行き来しているのを見かける。
地元住民の可能性もあるので近づいて視認する。
声をかけようとする前に、向こうの方から気づいたようだ。
「むっ!?貴様らどこから現れた!!」
一人二人…警戒の声に続々と人数が集まる。
「待て、我らはここに落ちて来ただけだ
出口を知っているのであれば速やかに申すが良い」
明確に単純に、今の状況をアグロヴァルが言う。
貴様らのことなど知ったことはないと。
だがその兵士たちも知ったことはないと言った具合に剣を引き抜いた。
慌ててカリアも降りようとするが、逆にアグロヴァルに降ろされた。
「…見た所氷の採掘をしているようだな
アウギュステでは氷の無断採掘は違法であると認識しているが
エルステ帝国はそれほど財政難なのか?」
こちらの言うことに聞く耳を持たないと確信したせいか急に煽り出す。
ちょっとお!と制止しようとしても時すでに遅し。
一人の兵士が丸腰のアグロヴァルに斬りかかる。
足の痛みなど知ったことかと立ち上がろうとする。
剣を引き抜くと同時に、アグロヴァルは手のひらから巨大な氷柱を一瞬で成形した。
氷柱は兵士の首元に添えられている。
「ぁ…かっ…」
「それを踏まえた上で一つ尋ねる
察するに背後の通路にも氷に覆われていたはずだ
それらも余すことなく採掘したのは貴様らか」
アグロヴァルが一体何を聞いているのかわからない。
カリアもその意図を読めなかった。
アグロヴァルの間合いから抜けた男は肩で息をして荒々しく言う。
「だっ、だとしたらなんだ!!」
「……そうか
では、この女が怪我をしたのも、すべては貴様らの行いが原因か」
「はぁ!?」
思わずカリアも目を丸くするが、ふと思い返す。
あの石は穴だらけでスカスカだった。
そういう石の素材であるならもっと地上に穴があってもいいはず。
「ええと…つまり氷であの場所は支えられていた…ってことでしょうか?」
「そういう…ことだ!!」
氷柱を突き出して兵士の剣を折る。
その凄まじい破壊力にカリア含む全員が悲鳴をあげた。
「退却!退却ー!!」
「1匹たりとも逃がさんぞ!!!」
逃げてー!エルステ帝国逃げてー!
心の中でエールを送るも悉くアグロヴァルに粛清…もとい捕まって気絶していた。
ようやく怒りの感情をぶつけていい相手に出くわしたのだから加減はないだろう。
そもそもこのフィールド自体アグロヴァルに有利だった。
氷を生成しやすい環境と言っても過言ではないだろう。
それにカリアも捻挫した足首が冷えて程よく気持ちよかった。
そのうちタイミングよく自警団がやってきて無断採掘の件で兵士たちをひっ捕らえた。
「アグロヴァル様、手は大丈夫ですか?」
素手で氷をいくつも作ったのだから軽い凍傷になった。
かく言うカリアも捻挫で足首をぐるぐる巻かれている。
「……我は良い
カリア、頭と足首はどうだ」
「お医者様からはこのぶんなら1週間で良くなると
すぐに患部を冷やしたのが良かったようです
…アグロヴァル様がすぐ応急処置してくださったんですよね
ありがとうございます」
宿に無事戻って来られたはいいものの、今度はアグロヴァルの表情が浮かない。
とはいえいつも真顔なのだが。
やや俯きがちなのがそう見せているのだろう。
「…つまらぬことで癇癪を起こした
すまぬ」
「あ…えっと…
本音を言うと、少し困りました
…ええ、少しだけ…」
控えめに言ったのだがそれでも心を抉られたようで、アグロヴァルは余計俯く。
「でも、それと怪我のことは関係ありませんし
心配をおかけして申し訳ありません
どうか元気を出してください」
「ああ…」
(どうしよう…だめそう…結構ダメージ大きかったんだ…)
何かうまくフォローできればいいのだが。
ここまで落ち込まれるとなおさらやりにくい。
あれこれ悩むが、どう考えても余計落ち込ませてしまう。
どうやってメンタルを回復させるか考えたその時、ドーンと大きな音が響いた。
何事かと、驚いて外を見れば大きな光でできた花が夜空に輝いていた。
「あっ、アグロヴァル様!
ほら見てください!」
俯くアグロヴァルの腕を引っ張って夜空を見せる。
考え込んでしまって音など聞こえなかったのだろう。
初めて目にした花火に目を丸くさせる。
「すごく綺麗!
アグロヴァル様、ちゃんと見てます?」
「あ、ああ」
「すごいすごい!
アウギュステにこんなものがあるなんて!
なんて魔法なんですかね!?」
花火に夢中になるカリア。
捻挫のことを忘れてベランダに駆け寄った。
「おい、足が…」
「ここからが一番綺麗!
アグロヴァル様もはやく!」
次々に打ち上がる華々がカリアの背後を彩る。
屈託無く笑う笑顔に、本当に気にしていないのか、とある意味落胆した。
せっかく想い人との休暇に…なんてことを考えていたのがバカらしく感じる。
明るい笑顔に吸い込まれるようにして隣に立つ。
「ほらっ!赤い花!
どんどん上がってます!」
花火も花火だが、どうやっても今は楽しそうにはしゃぐカリアばかりに目がいってしまう。
うるさい音がカリアの声を邪魔するので、自分の中でかき消していた。
「うわぁっ!すごいっ!」
連続で上がる花火は一粒一粒が花のように見えて、カリアに壮快感を与えた。
光の粒が青の瞳に反射して、いつもより輝いて見える。
なんて輝かしい女なのだろうと、改めて恋慕を抱いた。
「あ、終わっちゃいましたね…」
「…そうだな」
それでもアグロヴァルはまぶたの裏に光の残穢が残っている。
火花をあげるカリアの瞳に吸い込まれていた。
「明日もありますかね!?
楽しみですね!」
「…カリアよ」
「はい?」
「なぜそなたはそのように美しいのだ」
「…あの…申し訳ありません、話の腰がバッキバキなのですが」
◇
残りの休暇を見事楽しんだカリア。
帰りの飛空挺の一室でうとうとしていた。
これまでの思い出を語り合っていたがカリアはここにきて限界のようだ。
「…よい、肩を貸す」
「ん……申し訳ありません……もう少し、話を」
それでも必死に起きようとするので、膝に頭を乗せてやると面白いくらいに一瞬で寝た。
すうすうと、子供のような寝息だ。
足も頭も医師の言う通り、休暇中にだいぶ治り、もともとの自然治癒力に舌を巻いた。
肩まで上着を羽織らせ、そっとしてやる。
あれの事件からの休暇は、ひたすら買い物をしたり、海岸のベンチで語り合ったりと、派手ではないにせよアグロヴァルにとっては有意義であった。
カリアがようやく砕けた口調で話してくれるようになっただけでも大進歩だ。
しばらくは、この思い出だけで笑みが作れそうな気がした。
「ん…あ…アグロ…ル…さま…
こおり…おいひい…」
一体どんな夢を見ているのやら。
少なくとも帰りまでも退屈しなさそうなのは間違いない。